232 間違った木に向かって吠える / 月と太陽
光の柱が出現した後、ヴィオラートは倒れたという。様子を見に行ったジンがテントから出てくるのを待って、話しかけた。
スターク:
「ジン、……容態は?」
ジン:
「魔力切れで寝てる。一気に放出したんなら、まぁ、倒れるだろうな」
スターク:
「大丈夫なの?」
ジン:
「さぁな」
スターク:
「それ、どういうこと!?」
ジン:
「……お前、特技を使わないでMPを使い切れって言われて、できるか?」
一瞬だけ考えて、考えるまでも無いことだと結論する。
スターク:
「できない」
ジン:
「今はユフィが側にいて補助しているが、ヴィオラートが自分で制御できるようにならなきゃダメだ。最悪、自然回復する度、MPを光にして放出し続けて、ずっと目を覚まさない可能性もあるな」
スターク:
「そんな……、どうすればいいの?」
ジン:
「だから、自分で自分の力を制御するしかないんだって」
スターク:
「だけど、ずっと寝てたらそんな練習……」
ジン:
「うっせーなー、自分で考えろ」げしっ
尻を蹴られた。大して力を入れていなかったのだろうけど、驚いて妙に痛く感じた。蹴られた尻を撫でながら、自分が冷静じゃなかったのに気付く。まるでジンのせいにしようとしていた。
対策を考えてみれば、そこまで難しくもなかった。
スターク:
「そうか、アクアに頼んだり〈付与術師〉に魔力を供給してもらえば、目覚めさせることができるかも……!」
ジン:
「……フン。お前、ちょっと付き合えよ」
スターク:
「え、いいけど」
どんな会話になるのかは予想が付く。いわゆる男同士の会話ってヤツだろう。ブン殴られたらどうしよう?とかの不安がチラっと脳裏をよぎる。心の冷静な部分が、『ジンなら大丈夫だ』と言っていた。いや、でも、かなり暴力的な気がしないでもない。1発、2発は覚悟しないとダメかも。障壁を張っておいた方がいいような気がしてきた。
キャンプの隅っこの方の、人が来なくて、こちらの会話が聞こえないところまでやってきた。
ジン:
「おまえなー、女子にあんまキツいこと言うなよ。自分でポイント下げてどうすんだ」
スターク:
「そう、だけど……」
ジン:
「まー、無関心よりはいいんだろうけど、下手なこと言うと取り返しがつかないぞ。自分のストレス下げるために怒鳴ってんじゃねーよ」
とりあえず、いきなり殴られたりしなさそうなので安心する。ここで子供スキルを発動させ、ちょっとブーたれた顔で不満を口にしてみることにした。
スターク:
「そういうジンは? ジンは彼女のことをどう思ってんの?」
ジン:
「ふーん。……俺があの子を好きだとか言ったらどうする気だ? お前に勝ち目があると思ってんの?」
スターク:
「ロリコンじゃないって言ったよね!?」
ジン:
「言った。慌てんなよ(苦笑) いや、お前の不安は分かる。しかし、俺からも言っておかなければならないことがある」
スターク:
「な、なに?」
かなり緊張してきた。しかし、ジンはタメることなくさっさと切り出してきた。
ジン:
「俺も若い頃は、オッサンが若い子と付き合う必要なんかねーだろ、譲れよ!とか思ったからなー。しかし、自分がオッサンと呼ばれる年齢になってみたら、まったく逆のことを思うようになった」
スターク:
「なにそれ?」
ジン:
「結婚してるならともかく、俺のように大してモテてこなかった若いお兄さんからすると、お前らは若いんだから、これから幾らでもチャンスがあるだろ? むしろオッサンはこれが最後かもしれないんだから、こっちに譲れよ!って気分なるもんなのだ」
スターク:
「あー、そう、なんだ……」
理屈や理由は理解できる。それと感情が納得するかは別の問題だ。
ジン:
「実際、糖尿病だのでチンポ立たなくなってんならともかく、40、50なんて、普通に現役だぞ。ジジイが、まだまだ若いものには負けん!とか言うけど、思ってる以上に実感の割合が高いぞ、ありゃ」
スターク:
「……ごめん」
唐突に、譲ってもらうのが当然と思っていたことを理解した。理由は幾つか思い付く、ジンにはユフィリアがいるからとか、自分の許嫁だからとか、ジンはオッサンだからとか、自分は金持ちの息子だから、とか。そんなどうでもいい理由で『相手が諦めて当然』という気持ちでいたことを思い知った。
スターク:
「ボク、最低だ……」
ジン:
「まぁ、実際お前は最低のヤツだが、ちょっとだけ待て」
スターク:
「……」ずーん
最低と言われてそれなりに落ち込む。自分で口にしておいて、これだ。
ジン:
「本当のところ、あの子のことをどう思っているか?と訊かれたら、『ありがてー』が一番に来るよな」
スターク:
「ありがたいの?」
ジン:
「親ぐらいの年齢だろうに、こんなオッサン好きとか言ってくれんだぞ? そりゃ嬉しいだろ。有り難さが身に沁みるってもんよ」ニカッ
しかし、その答えではどうしても納得がいかないのだ。
スターク:
「好きになったりはしないってこと?」
ジン:
「……美人の天才、天才的美人、恋愛の達人や、生まれながらの恋の天才、だったとしても、俺はその精神攻撃の大半を無効化できる。いきなり恋に落ちたりはしない。少なくともこっちの世界なら平気だ」
現実世界で出会ったら、その限りではない、らしい。とりあえず、ひとつツッコミを入れておく。
スターク:
「さっき、ちょっと例外があったよね?」
ジン:
「うぐっ。……き、記憶にねーし」(汗)
スターク:
「へー、『結婚しよう』っていったのは何だったわけ?」
ジン:
「ぐむー。……不本意だが、説得力が欠けたのは、仕方ない、認めてもいい。俺自身、ちょい想定外だったのは本当だしな。……でも、美少女だからって強制的に好きになったりしないし、そうした確率はかなり低いってのは分かるだろ?」
スターク:
「それは、うん、信じるよ」
ジン:
「まぁ、一般男性的な意味で、美人は好きだし、俺に優しい子は大好きだけどな。正直、まったく好きにならないとまではいわねーよ」
長く傍にいれば、情が移ることはあるのだろう。ジンは正直だった。
スターク:
「おっぱい大きい子とか好きなんでしょ?」
ジン:
「普通にな。……そういうお前こそ、ヴィオラートに猫耳メイドの格好させてセックスしたいのか?」
スターク:
「べっ、……べつに、そういうわけじゃないけどさ」
そういう格好は嫌いじゃないし、そういう妄想をしないわけでもないけど、そういうことではないのだ。……たぶん。
ジン:
「先に言っとくが、聖女ちゃんに嫌いだとか、近寄るなとか言うつもりはないからな?」
スターク:
「別にいいけど、理由は? 念のために教えといてよ」
ジン:
「経験的に、嘘をつくと感情が拗れたりしやすい。本当に好きになったりしたら面倒だろ?」
スターク:
「なんか、わかるかも」
ジン:
「それに、下手するとそっちのポイントが下がりかねない。お前が軽蔑されてからじゃ遅いしな」
スターク:
「そっか、確かにそうだ……」
逆にいえば、ジンは意図的にボクのポイントを下げる行動に出ることもできるということだ。ヴィオラートに「付きまとわないでくれ」と言っておいて、それがボクの指示だったと匂わせればいい。怪しい態度を取るだけで、それが嘘だとしても、彼女に邪推させることができる。それは全部、ボクのマイナスとして計上されるだろう。
だがこれで、少なくともレイドが終わるまでの間、ジンとヴィオラートを自由にさせなければならない、と言うことになる。……長い時間になりそうだった。
ジン:
「ここから先は特別サービスだ。……お前、友達としてのポジションを崩さないように気を付けろよ」
スターク:
「え? ……なんで?」
ジン:
「お前ぐらいの年齢だと、友達になりたいんじゃなくて、恋人になりたいんだ!とか思ったりしがちだからだ。友達のポジションを捨てて、特攻するのはオススメしない。たぶん『裏切られた!』とかって思われるぞ?」
スターク:
「そ、そうかな?」
考えていることを思いっきり見抜かれたような気がした。
ジン:
「現状、お前の強みは『信頼できる友達』の一点だ。そこを崩すと接点すら失いかねないんじゃねーの? あの子はユフィと同じで、友達が少ない。それを気にもしてる。恋人よりも友達の方が貴重だと思っているフシすらある」
セブンヒルの会議で顔を合わせる機会だけはこの先も幾らでもあるだろうけれど、親しい友人のようなやり取りがなくなったら、確かにちょっと逃げ出したくなるかもしれない……。
次に自分の口から出たのは、思っていることとは別のことだった。
スターク:
「ジンって、異性の友達が成立すると思ってるタイプ?」
ジン:
「成立する組み合わせも、成立しない組み合わせもあんじゃねーの? ……でも、『異性の友達』が成立しないのは悪いことじゃねぇだろ」
スターク:
「へ? どうして?」
ジン:
「女側が拗らせた場合、恋人関係になったり、セックスできるってことだ
ろ。それが福音じゃなかったら、なんなんだ?」
スターク:
「あっ……」
そう言われてしまえば、異性の友人を作ることはマイナスの話ばかりではないと思えてきた。ジンの言葉にだんだんと引きずり込まれていく。
ジン:
「ヴィオラートに一途ってんなら、女友達なんて関係ない話だろうけど。でも、好きになってから友達になろうと思ったら、メチャクチャ大変だぞ? お前、既に信頼できる友達の位置にいるんだから、それ捨てちまうのは勿体ねーよ。友達と恋人の両ラインで話を進めていけって」
スターク:
「ちょっと分かってきたかも……」
ヴィオラートに話しかけて、友達になろうとしたら、とんでもない労力が必要になるだろう。天文学的なハードルの高さだ。そういう意味だと自分はかなりラッキーなのだと思える。気付いたら友達になっていたのだから。
ジン:
「それから、お前の仲間に人脈作りのプロとか達人とかが何人もいるだろうから、ちょっと話を聞いて、調べて、俺に報告しろ」
スターク:
「ネットワーキング?……なんで?」
ジン:
「人脈作りってのは、金とか成功のための人間関係だろ? 恋愛は、セックスとか恋人作りのための人間関係だからだ。自分の欲絡みの人間関係の構築と言う意味で、ほとんど同じものだと予想できる」
スターク:
「なんか、なんか凄い話を聞いてる気がするんだけど……?!」
ジン:
「でな、人脈作りの答えは、たぶん『友達になること』のハズなんだ」
スターク:
「そうなの? ってことは……」
ジン:
「その辺の話は、まず調査が必要だ。いいから調べてこいよ。恋愛の必勝法を聞いてまわるのと比べりゃ、楽勝だろ?」
スターク:
「ジンって、天才なの!?」
ジン:
「よく言われる」フフン
楽しくて踊るような気持ちだった。しかし、不安がこみ上げてきた。急速に心がしぼんでいく。
スターク:
「でも、そんなに巧く行くわけないよね……?」
ジン:
「ああ、難しいだろうな。確率的に恋人を作りやすい方法論は提示できたとしても、特定の誰かのケースで通用するとは言えないからな」
ジンは、正直だった。それが有り難くもあり、憎たらしくもあった。恋仇として、いっそ憎むことができたら良かったかもしれない。なのに、憎むこともさせてくれなかった。味方だと信じきれないのは、ボクの弱さか、ジンの人格的な問題か……。(ジンの人格的な問題に決まってるけど)
スターク:
「不安なんだ」
ジン:
「ああ」
スターク:
「ボクと、彼女じゃ、ぜんぜん釣り合ってないし……」
ジン:
「俺よかマシなんだがなー」
スターク:
「ジンは、だって、『最強』じゃないさ」
ジン:
「それなー。日本のマンガとかアニメだと、後付けで釣り合いを取るのが多いんだよなー。実は、誰それの血筋でした、とかって」
スターク:
「ああ、あるある」
ジン:
「現実でそんな都合の良い展開がある訳がないんだが、お前の場合、金持ちのドラ息子じゃん」
スターク:
「ドラ息子ですが、何か?」
ジン:
「釣り合いとか面倒なこと言うんなら、跡取りになっちまえよ」
スターク:
「……でも、兄さんたちがいるし」
ジン:
「そいつらは、ヴィルヘルムやレオンより凄いのか?」
スターク:
「そんなこと、流石に、ないけどさ~(苦笑)」
ジン:
「じゃあ、何が問題なんだ?」
スターク:
「いや、それは……」
なかなか自分の口から言い出せないような理由とかも、ある。
ジン:
「やっぱ、ヴィオラートの方の、家の格のことか?」
スターク:
「っ! どうして、知ってるの?」
ジン:
「いや、葵のヤツがブツブツ言っててなー。たぶん当たってんだろうなって」
スターク:
「あはは。なんでも分かっちゃうんだね……」
金持ちの家の三男坊の許嫁として定められた相手がヴィオラートだった。年々、美しくなっていく彼女を見て、兄たちは当然ボクを羨んだ。もしも努力して跡取りになってしまったら、ヴィオラートとの結婚は、どちらかの兄のものになってしまうかもしれない。それが恐ろしい。
しかし、何もしないうちに、手のひらからこぼれ落ちようとしている。
ジン:
「ヴィオラートが、周囲の圧力に負けて、屈服した結果として嫁になるのが、お前の理想なのか?」
スターク:
「でも、ボクだってどうしていいか分かんないんだよ」
ジン:
「なぁ、……あの子、そんなにバカなの?」
スターク:
「え……?」
ジン:
「だって、親しい友人のお前と『嫌々ながらも結婚します』とかって最低の事、言うと思うか?」
スターク:
「…………」
何事もなければ結婚できると考えている自分と、親しい友人だからこそ、そんなことを望まない彼女という構図がハッキリと見えてしまった。友人のままだからダメなんだろうと思いこんでいた。彼女が何を望んでいるのかや、彼女の立場からどう見えているのかを、まるで考えてこなかったのだ。ボクにとって、その妥協は最善かもしれない。けど、彼女にとっての妥協は、ボクという親しい友人を裏切る結果になる。
ジン:
「お前の望みは、既に果たされている。それが不味いんだよなぁ。努力もせずに手に入るような、安い女だと思ってんだろ?」
スターク:
「それは、ないよ、絶対。だけど、何を、どう努力すりゃいいのさ!?」
ジン:
「いや、俺にもわっかんねー」
スターク:
「!??」
肩すかしを食らって、パニックになりそうだった。
ジン:
「お前も、自分の殻を破らなきゃならんのだろうよ。ありがちなところで言えば、冒険して、成功体験や英雄体験を得て、自信を身につける、だとか」
スターク:
「はははっ。ワールドワイド・レギオンレイドやってますけど?」
ジン:
「まぁ、そうなるよな(笑)」
ジンは笑っているけど、ヴィオラートも一緒に参加しているのでは、あまり意味はないだろう。しかし、これ以上を望まれても、ちょっと困る。
スターク:
「……これが終わったら、また日本に行った方がいい?」
ジン:
「そういうことじゃないだろ。……まず、何事かを成し遂げるには、大情熱をもって、人のやらないことに挑まなきゃならない、とか思ってないか?」
スターク:
「違うの?」
ジン:
「ハァ……、海外のお前らがどう感じているかは知らん。でも日本人にとってはそれなりに問題になっているんだ。バカをやること、冒険することが答えだ、みたいな風潮が蔓延しててな。……その火を飛び越えて来い!つってさ」
スターク:
「なにそれ?」
ジン:
「伊豆の踊り子。そんなん知るわきゃねーよな(苦笑)」
なにを言いたいのか、まるで見えてこない。
ジン:
「日本語における『自信』は、自分を信じると書くんだ。自信がない場合は、『自虐』だな。自分を虐める、虐待するといった意味だ」
スターク:
「自信はわかるけど、自虐はちょっと酷いね」
ジン:
「困っちまうのは、自己評価が正確な時なんだ。あの子と釣り合いが取れていないと感じる時、周りが『そんなに自虐的にならなくてもいいのに』と慰めてもほとんど意味がない」
スターク:
「……分かるよ。よく分かる」
ジン:
「お前は金持ちのドラ息子だし、ボンボンなんだから、釣り合いが取れてないってほどでもねぇんだろう。だとしても、相手に対して引け目を感じる場合はあるし、それはあまり良いことじゃない。バランスが取れていないと、人間関係はうまく行かない。時には逃げ出したくなったりもするもんだ」
スターク:
「劣等感がないといえば、嘘になるよね……」
ジン:
「上の立場のヤツが調子こいて見下してくると最悪なんだけど、それは無さそうだから今回は考えないことにしよう」
彼女はちょっと変わってる部分はあるけど、人を見下したりするタイプではない。客観的にそう思っていても、そう思っているからこそ、ヴィオラートにはがっかりされたくなかった。
ジン:
「周囲からの過剰な期待を押しつけられても、出来ないものは出来ない。それは俺も同じだ」
スターク:
「……最強でいることの、プレッシャーってやつ?」
ジン:
「どうだかな。できないハズのことを成し遂げようとするのに、自信を持てとかいわれても困る。自虐的になるなとか言われても、やっぱり困る。そういうときは、自信過剰に振る舞うことが求められている。バカになれってことだろうな」
スターク:
「いるよね、自信に溢れてる人。ジンもそう見えるんだけど?」
ジン:
「俺が自信無いとか言ったら、みんな困るだろ」
スターク:
「それはそうなんだけどさ(苦笑)」
ジンは勝利の絶対的な保証そのものだ。ボクらはそういう役目を押しつけている。いや、お金でその役割を買った、が正確なところだ。
ジン:
「本来、自信とは『成功すると分かっている状態』で発生する。何度も経験しているとか、十分な実力があるとかだな。未経験のことでも、ある程度の才能があれば『できそうだな』って形で予知に近い感覚が生まれたりする。成功を予め知っていて、自分を信じる必要がない状態が、自信がある状態だな」
スターク:
「それを外からみると、成功する自信がある状態に見えるってこと?」
ジン:
「そうそう。成功した経験がたっぷりあるから、そのうちに成功するだろって感じで気楽に何度も挑戦できるわけだ。だいたい失敗するうちが楽しくて、失敗しなくなるとつまんなくなる」
スターク:
「実力が全て、って感じだよね……」どよよーん
ジン:
「実力が全てだといいんだけど、そうじゃないから困るんだけどなー(苦笑)……恋愛とか」
ただでさえダメージが大きいところに、トドメを刺しにこなくてもいいと思うんだけど(苦笑)
スターク:
「それで、えっと、自信がなかったらどうすればいいの?」
ジン:
「自信がないから失敗して当然なんだけど、成功するまで繰り返すことができなくなる。最初の一歩を踏み出せなくなる。失敗できない問題だとこの傾向が顕著だな。
そこで何故か、清水の舞台から飛び降りろ!みたいに無責任に煽ったりするわけだ。バカになって暴走して、それで上手く行くこともそれなりにあるんだろうけどなー」
スターク:
「自信がないのに、無謀になれって、言われてみると変だね……なんで?」
ジン:
「さぁ? 理由はいろいろ考えられるだろ。そのやり方で成功した過去があるとか。もう相手するのが面倒くさいだとか。でもまぁ、たぶん目的がすり替わったんじゃねーか? 成功するかどうかの前に、繰り返しチャレンジできる程度の勇気がないと始まらないから、とりあえず突撃してこいよ、みたいな」
スターク:
「ああ、なんかありがちだよね、その辺」
ジン:
「だがしかし。野蛮で、暴力的な手段に訴えろといわれても、俺のような謙虚な人間にはあまり向いていないわけだ」
スターク:
「それ、ツッコミ待ち?」
ジン:
「自分の実力に対しては謙虚なもんだ。自虐的な態度を取らないだけ」
スターク:
「あっそう」
謙虚と自虐が表裏一体なのは、なんとなく分かった。
ジン:
「野蛮で暴力性が高い方法は、一回限りのチャンスには使いにくい。ワンミスで死亡するようなタイプの問題にも不向きだ」
好きな子へのアプローチも、そういう意味だと1回限りのチャンスに近いかもしれない。誰でもいい訳じゃない。だから失敗するのが怖い。
スターク:
「どうすればいいの?」
ジン:
「うむ。自分の殻を破らないといけないってのは一緒だ。ただ、いっぺんに変わろうとしなくていい。少しずつ、自分のペースで変わっていくしかない。ヘリコプターはあきらめて、地道に登山することだな」
スターク:
「ヘリのチャーターなんて、幾らも掛からないんだけどなー」
ジン:
「だからお前は、ボンボンでドラ息子なんだろ」
反論の余地もない。まったく、その通りだった。その場合、本当に山を登ったのは、ヘリのパイロットか、ヘリを作った人か、ともかく他の誰かだろう。
ジン:
「いいか、本当の冒険家は、冒険などしない。入念な下調べや周到な準備、地道な努力の積み重ねでもって、一歩ずつ先へと進んでいくものだからだ。彼らが無謀な方法を選ぶとしたら、手持ちのリソースと知り得た情報から、もっとも成功率の高い『最善の一手』を繰り出す時だけだ」
無理・無茶・無謀の三拍子が揃ってそうなジンも、最強の戦士としては冒険しないのかもしれない。訓練中も洗練洗練うるさいし。
スターク:
「つまりボクは、ただ楽をしたくて、最善の一手だけ探してるってことだね(苦笑)」
ジン:
「それはそれでけっこう大事なことなんだけどな。『理想』や『最善』はともかく、『一石二鳥』ってヤツは、意識して探さないとなかなか実現しない。ガイウス・ユリウス・カエサルの得意技だな。たぶんヤツは、理想を捨ててでも一石二鳥を探し続けたに違いない」
スターク:
「ふぅーん」
慰めているのかと思ったら、そうでもなさそうだ。本当に大切なことのようだ。評価の高いカエサルと同じように、ボクも理想よりも一石二鳥を追い求めた方がいいかもしれない。
ジン:
「実際のトコ、お前は良くやっているさ」
スターク:
「そうかな?」
ジン:
「そうさ。まず、現状を見つめて、受け入れろ。お前は、お前以外の何者でもない」
スターク:
「うん」
ジン:
「よくがんばっちゃいるが、まだまだだ。それは年齢的にも仕方のないことだろう。最初から完璧な人間なんていない。そこは許してやれよ」
スターク:
「なんとかならないのかな?」
ジン:
「野蛮な手段に訴えるか?」
スターク:
「それは、やめとく」
ジン:
「バカになれって誘惑はしつこいぞ。真面目なヤツほど、バカなことをやってみたかった、とか言ったりもするもんだ。……だいたい最強のラスボスなんかの場合、何やっても負けなくてつまんないからって、ハンデ背負いまくって『負けてみたかった』とか言わせるくだらねー物語がしこたまあるもんだ。どんだけ主人公勝たせてーんだっつー」
スターク:
「それ、もう、自分に言い聞かせてるよね?(苦笑)」
ジン:
「暴力性に身をゆだねないのであれば、……自分を許して、ゆるめてやれ。その上で、『明日の自分』を少しだけ信じてやればいい」
スターク:
「明日の、自分?」
ジン:
「明日は上手くやれるかもしれないだろ? ほんの少しでいいんだ」
スターク:
「でも、失敗するかも?」
ジン:
「失敗したっていいんだよ。失敗しないヤツなんていない。怒られないで大人になったヤツもいない。……己を知り、受け入れ、認めてやること。そして全てを許し、ゆるめて、また明日、自分のやることを少しだけ信じてやればいい」
スターク:
「いつか、彼女と釣り合いがとれるようになるのかな?」
ジン:
「別にいいんじゃねーの? 一緒にいられれば、それで」
スターク:
「…………そうだね」
釣り合いがとれても、とれてなくても、関係ないのだ。彼女の隣に立つ資格がどうとか、そんなことはどうだっていい。周囲にどう言われようき、どういう目で見られようと、それでも一緒に居られるような、そんな強さが必要なのかもしれない。
◆
朝時間の最初に、ジンのお供でヴィオラート様のテントへとやってきた。途中、スタークを目で誘ってみたけれど、首を横に振って断られた。昨晩の言い過ぎを謝るにしても、まずは様子見が必要だろう。その情報収集役を買ってでるつもりになっていた。しかし、女性のテントに入るのは少しばかり緊張するものである。
ジン:
「来たぞ、入るぞ~」
ユフィリア:
「どうぞ~」
シュウト:
「お邪魔します……」
耳に馴染んだユフィリアの声に少し安堵を覚えつつ、ヴィオラート様のテントへと入ってみた。第一印象としては、もっと豪華なのを想像していた、というべきだろうか。まだ寝ているマリーが散らかしていることを除けば、僕らのテントとそう変わらない。……いや、一人当たりの使用面積的な意味で、優遇はされているっぽい。そこ、大事だよね。
ヴィオラート:
「おはようございます、ジン様!」
ジン:
「おう。どうだ、調子は?」
ヴィオラート:
「ご心配をお掛けしました。もう大丈夫だと思います」
ジン:
「無理はすんなよ」
会話が始まっていたので、笑顔で会釈だけしておく。ダッシュしてジンに抱きつくかと思ったが、ユフィリアと手を繋ぎ、大人しく座ったままでいた。顔色などは悪くないように見える。表情にも翳りは感じなかった。
ユフィリアは一緒にこのテントで寝たらしい。ニキータは、たぶん自分のテントで休んで、僕らより先に来ていたのだろう。
シュウト:
「どういう状況なんですか?」
ジン:
「先に質問してやろう。お前にはどう見える?」
シュウト:
「えっ、と」
破眼を発動させてはみたものの、この口伝で意識光のようなものが観える訳でもない。特に違いは……。
シュウト:
「あ、でも、ユフィリアとそっくりに見えていたのが、変わりましたね。別人みたいに感じます」
ジン:
「もともと別の意識をしていたんだが、ヴィオラートの方の意識がくっきりしたことで、お前の中で区別が働いたんだろう」
シュウト:
「なる、ほど……」
同じぐらいの美人だと思っていたけれど、こうして2人が並んでいると、まるで異なった美しさを感じるようになった。冷たい美貌の内から、生命力に溢れた輝きを放つユフィリア。そして、ふんわりと光って見えるヴィオラート様。たぶんこれが後光というやつだろう。2人に共通するのは、近寄りがたさのようなものがあることだろうか。ユフィリアは『氷の女王』の冷たさによるものだと既に知っている。しかし、ヴィオラート様からは冷たい印象は受けない。もっと違う種類のものだろう。
単に質問して、ジンにただ答えてもらうつもりでいた。しかし自分で詳しく観察してみて、違いに気が付くことができた。おかげさまで少し誇らしい気分だった。自分でやろうとすることが大事、なのかも。
シュウト:
「この光ってる感じが、後光ですよね?」
ジン:
「そうだ。中心軸・センターもあるが、背中の後ろの空間にバック・センターが立っている。バック・センターは集団・組織を運営する場合なんかに支えになるものだ。センター単体では扱えない規模の大集団なんかを統制する場合に必要になるらしい。で、このバック・センターから光を放っているわけ。こうした構造を『後光』といって、言っちゃえば宗教的な身体意識だな」
シュウト:
「つまり、宗教組織の運営用ってことですよね?(苦笑)」
ジン:
「見事にそういうヤツだろうな(苦笑)」
ヴィオラート:
「そうなのですかー?」
交互に腕を持ち上げ、脇の下から背後を見ている。ヴィオラート様本人には後光は見えないらしい。MPを消費して魔力を放てば別なんだろうけど、それだとまた気絶してしまう。
ジン:
「日本人と西洋人では、多少、感覚や受け取り方が異なる。西洋人にとって、後光はまんま神性の表現だ。絵画なんかで描かれるように、後光が差している人はかなり直接的に『神』や、その関係者ってことになる」
シュウト:
「日本だと雰囲気あるなぁ~って感じですよね?」
ジン:
「意識が見えるヤツがそもそも少ないからアレだけど、後ろから光ってる程度で神とか断定はしねーだろうなー。神々しさを持ってるヤツなんか、そもそもいないけど(苦笑)」
神々しさ、という言葉で納得していた。それは近寄りがたいと感じるはずだ。
ニキータ:
「でも西洋人にとっては違うんですよね? 神じゃないにしても、聖人や聖女ってことですか?」
ジン:
「その辺は規模にもよるけどな。『神の子』とかな」
ヴィオラート:
「なんだか、畏れ多い感じです」
凄いなぁ、と思ってしまう。だけど本人的には大変そうだ。僕自身が目立ちたくない人なので、ヴィオラート様がこれから苦労しそうだなぁ、と想像してしまう。聖女役をやっていたと思ったら、神の子みたいになっていた、となりそうな話だった。
ジン:
「被操作系、いわゆる操り人形みたいな意識してんだよなー。家が厳しい感じか?」
ヴィオラート:
「そんなことまで分かってしまうのですか?」
ジン:
「たまに。特徴的な意識だと分かる場合もあるってぐらいだけど」
ニキータ:
「天空の高いところから操作されてる感じですよね?」
反応良く言葉を返すニキータ。どこか『知っていた』感じを受けるやり取りだった。
ジン:
「それだ。親のマリオネットだったのを、天のマリオネットにすり替えた感じだろう」
ヴィオラート:
「家からは、少し解放された気分です」
ジン:
「……。この場合、日本人の言語感覚だと『天』だけど、西洋的には天に対応する概念がないらしいからなー。やっぱ神とか、光の神になるんじゃねーかな」
ニキータ:
「光の神の子、ですか?」
ジン:
「言いにくくないか?(苦笑)」
葵:
『なら、短くして「光の御子」かな』
ユフィリア:
「あー、葵さんだー! おはようございまーす!」にっこにっこ
諸悪の根元、邪悪な悪霊の人の登場だった。
ヴィオラート:
「女神様! おはようございます」
葵:
『うむ。元気そうでなによりじゃ』
ヴィオラート:
「……あのー、悪霊様の方が良かったでしょうか?」
葵:
『フヒ。アオイでいいよーん』
ヴィオラート:
「はい! アオイ様」
基本はいい子なのだ。……好きな人にはメチャクチャするけど。
葵:
『ところでさー、マリオネットってんならジンぷーへの気持ちは、歪んだファザーコンプレックスってことになんね?』
ジン:
「なりそうだな」
葵:
『まぁ、締め付けてたのママかもしんないけど』
ヴィオラート:
「えっと、ノーコメントでお願いします♪」
それは答えたも同然なのでは? と思ったけど、神々しいので言えなかった。友達ノリにするか悩むので、悩むぐらいなら止めておこう。というか、僕って顔とか名前を覚えてもらっているんだろうか? かなり疑問だった。
ジン:
「問題はもう一つの要素なんだよなー。顔にはユフィと同じ、美人ディレクターがあるんだけど……」
葵:
『ちょい! ……それはなんの話だ!?』
ジン:
「あ? 前にも言わなかったっけ? フェイスの身体意識だよ。顔の表面に、涼しかったり、爽やかだったり、冷たかったりの、クール系・冷性の身体意識が発生してんだ。面状というか、仮面みたいな形状だからフェイスとかフェイス・バリアって呼ぶんだけど」
シュウト:
「それがあると、美形に見えるんでしたっけ」
美形だのにはさほど興味もない辺りなので、記憶が曖昧だ。
ただ、この美人ディレクターの『ディレクター』という用語は、身体意識の因子のことである。なので、中心軸や丹田もディレクターだという。ディレクトやディレクションと『指揮する』とか『指示する』みたいな意味なので、実は深い意味が与えられていた。
単純に比較してみると、制御装置と呼ぶ場合、コントロールとかコントローラーになっていたはずで、その場合、コントロールする主体は、人間の主体的な意識になったのだろう。……なのに、敢えてディレクターという言葉が配置されている。フェイス・バリアは美人ディレクターであって、美人コントローラーではない。
ここに超反射や細胞意識の話を加味すると、答えがぼんやりと浮かび上がってくる。ジンが秘密を隠していたというよりは、説明されても理解が及ばなかったというべきだろう。人体制御装置として、ディレクトするもの、その因子がディレクターと呼ばれるものになる。中心軸のような極意は、人間を『ディレクトする』ものだ。これらの概念をまとめて『ライド』とジンは呼んでいる。
ヴィオラートのマリオネットな意識構造も、被操作系なので、ライドの可能性がある。
葵:
『あたしは? あたしにはそのフェイスとかいうの、あんの!?』
ジン:
「……さぁ、どうだったかなー?」
葵:
『だーっ! ざっけんな、こらぁ!』
ジン:
「えーっ、そげなこと言われちも、ぼく、ワカンナーイ!」
にやにやしたジンがすっとぼける。これは絶対に言わないやつなので、さすがの葵も舌打ちして諦めた。なにかジンの弱みを見つけてから再挑戦するのだろう。……2人の争いは永遠に終わる気配がない。
葵:
『んで、何が問題だって?』
ジン:
「美人ディレクターがあるのは分かってたことだが、そこに『顔施』がかかっててなー」
ユフィリア:
「がんせ?」
葵:
『なんじゃそりゃ?』
ジン:
「なんていうか、顔から、癒しオーラみたいなのが、フゥワーっと振りまかれているような状態、かな? いや、実例がそこにいるけども」
ヴィオラート:
「わたくしの顔から、何か出ていますか?」
出ていますよ、美人の癒しオーラが。……とは思ったけれど、こんな恥ずかしいセリフ、僕に言えるはずもなかった。
ジン:
「顔から施しを与えるので、『顔施』という。聖母マリア像の顔から、衆生へと慈愛が降り注ぐ、的な? 」
葵:
『的な?』
ジン:
「いや、だから、そこに生きた実例がいるから、やってもらおう」
ヴィオラート:
「こ、こうでしょうか……!」フゥワー
立ち上がって、聖母マリア像ごっこ?をやってみせてくれるヴィオラート様。確かに、何かありがたいご尊顔ではあるし、癒しオーラを施されているような気もするけど、流石によくわからなかった。
葵:
『で?』
ジン:
「で、って?」
葵:
『何が問題なんよ?』
ジン:
「だからさー、『慈愛の聖母』ってキャラじゃないだろ。なんで妊娠もしてない17歳に、母性めいたものが発動してんだっつー」
葵:
『んー、妊娠したとか?』
ユフィリア:
「えっ、ご懐妊?」
ヴィオラート:
「まぁ、いつの間に? もしや、昨晩わたくしが寝ている間に、ジン様が……?」きゃー
ジン:
「って、んなわけねーだろ!」
一生の重荷は嫌!とか言ってたのに、もうこんな冗談を言えるらしい。したたかというか、女性はつよい。
ジン:
「教えてくれ。昨日の晩、何があった? そこにヒントが隠されている」
ヴィオラート:
「はい。……わたくしはスタークとの会話の中で、気が付いてしまったのです」
葵:
『気が付いた? 何に?』
ヴィオラート:
「ジン様はわたくしにとって『特別な方』なのだということを、です!」
ジン:
「えっとー、……とりあえず続けてくれ」
いろいろツッコミたいのを我慢したようだ。特に変化した部分があるようには思えないのだけれど? 前から好き好き状態だし。
ヴィオラート:
「ユフィも同じだと思うのですが、わたしは幼いころから、品定めの視線を浴び続けてきました。この歳になれば、そういうものだということは分かるのですが……」
葵:
『ああ、興味や好奇心、性欲にまみれた視線でじっとりと舐め回すように視姦されちゃってんでしょ?』
ヴィオラート:
「はい」
葵:
『わかるぅー、あたしもあたしも!』
ジン:
「うっせーよ! ……続けてくれ」
ヴィオラート:
「親ですら、商品としての価値を確かめるような目でわたしを見るのです。躾は厳しく、完璧な振る舞いを求められてきました」
ユフィリア:
「そんな、可哀想……」
家でまでそういう目で見られてしまうと、心の休まる場所がない。
ヴィオラート:
「今は大丈夫。だって、ジン様だけは違うのだもの。純粋な、愛の込められたまなざしで、わたくしを見つめてくださいます!」
ジン:
「……ちょっと、まってくれ!」
葵:
『ぷーっ、(ぷるぷるぷるぷる)ぶわっはははははははは!!!』
呻くようにして言葉を絞り出したジン。一方で、堪えきれずに大爆笑した葵だった。
ジン:
「どうしてこうなった……!?」
ヴィオラート:
「スタークが教えてくれたのです。わたくし達の愛の形は『プラトニックなもの』だってことを!」
ジン:
「あのバカ、なんつー面倒なっ。……いや、ちょっと待ってくれ。俺はギンギンなる性欲にまみれた、脂ぎったおっさんなんですが?」
ヴィオラート:
「では、わたくしを性的な目でみていらっしゃいますか? 子作りはいかがです?」
ジン:
「お、おいどんはロリコンじゃないでごわす!」
ヴィオラート:
「やっぱり! ジン様は特別な方だったのです!」フゥワー
ジン:
「ど、どうして!? どうしてこうなった……!?」
なにかが満ちあふれた輝きのようなものが、顔から放射されている。
確かに斜め上の展開だけど、ロリコンを否定するジンにとっては、むしろ好都合なのでは? とか思った。
ユフィリアの隣を抜けだし、ジンに抱きつくヴィオラート様。
ジン:
「ちょ、近い、近いっ!」
ユフィリアから離れたため、さっそく光がこぼれ出す。ニキータに目線で永続式援護歌を依頼。〈瞑想のノクターン〉がすぐさま発動した。
ユフィリア(165センチ)よりも更に高身長のヴィオラート様が、その顔をジン(186センチ)の顔に近づけていく。
ヴィオラート:
「熱いベーゼをご所望ですか?」
ジン:
「ご所望じゃありませんっ!」
ヴィオラート:
「ウフフフフ」
シュウト:
「これが、殻を破った状態……!」ゴクリ
2択に見せかけた1択問題。更にその選択肢すら潰されている。今のヴィオラート様に弱点は無かった。性愛によって濃厚さを増したアプローチを断られたとしても、それこそが純愛の証だとして喜んでしまっている。なんて、なんて恐ろしい……。
ジン:
「人前でそんな誘い方をしてはいけません!」
ヴィオラート:
「では、2人切りの時だけに致しますっ」
ジン:
「ちゃう! そういう話やないねん」
ヴィオラート:
「わかっています」
ジン:
「……ほんまか?」
ヴィオラート:
「もちろんです。たとえプラトニックな2人でも、間違いを犯してしまう日もあるってことですよね?」もじもじ
ジン:
「ぜんぜんわかっとらんやないかぁーーい!」
ヴィオラート:
「ウフフフ。照れたジン様、可愛いっ。大好きです!」
葵:
『やっべー、追加で「お可愛い」キター!』
あまりの強さに戦慄を禁じ得ない。たったの一晩でこうまで変わってしまうとは。幼子を導く母親のごとき視線。これが慈愛ってヤツなのか。全身に大人びた雰囲気を纏ったためか、ジンを一方的に圧倒し、翻弄してみえる。
輝きを増していく光を前に、ニキータがリプロ・リゾナンスへと切り替える。極大化された〈瞑想のノクターン〉でもって、MPの供給を始めた。そうしないと間に合わないようだ。
シュウト:
「質問なんですが、プラトニックでどうして慈愛になったんですか?」
葵:
『そう言われると、あれだね……?』
ヴィオラート:
「決まっています。確固たる愛の確信が、絶対的な愛が、そうさせたのです。……だって、だって、自分がしあわせだと、みんなにもしあわせになって欲しくなるじゃないですかー!」フゥワー!
光ってる、光ってる……!
ふと、その時、逆に陰っているジンに気が付いた。
ジン:
「そうだ、八つ当たりしよう」
京都旅行を決めるようなノリで、恐ろしいことを呟いていた。問題は矛先がどちらを向いているかなので、刺激を与えるようなマネはできなかった。
葵:
『アブソリュート・ラヴ。……しっかし、タイプの違う美人さんじゃのー。ジンぷーはどっちが好みなんよ?』
ジン:
「は? このレベルの美しさに、個人の好みとかどうでもよくね?」
葵:
『この際、そういう言い逃れはどうでもいいんだよ!』
光と慈愛に輝くヴィオラート様は、太陽のような美人。
氷のベールを纏うユフィリアは、月のような美人になるだろう。
いつも元気いっぱいのユフィリアだが、いまのヴィオラート様と比べてしまうと、儚げな印象が強まって感じる。西欧的、男性的な、力強い美人のヴィオラート様と、東洋的、女性的、儚げな美人のユフィリアという風に違って見える。
個人的には控えめな印象のユフィリアに軍配が上がるのだが、どこまでが自分の中の日本人的な美的感覚による影響かは分からなかった。そもそも『儚げ』や『ミステリアス』という意味では、神秘のベールを纏うヴィオラート様も負けてはいない。2人とも、どこか推し量りがたい『魔性』めいた部分がある。まさに甲乙付けがたい美の競演だった。
シュウト:
(だいたい、ユフィリアに控えめとかの言葉は当てはまらないし)うんうん
ヴィオラート:
「そうです! わたくしとユフィのどちらが好みなのですか?」
ジン:
「そりゃ、ユフィだけど」
ヴィオラート:
「そんなー(涙)」がーん
ニキータ:
「その訊き方をしたらそう答えるでしょ(苦笑)」
シュウト:
「ロリコンじゃないから(苦笑)」
ヴィオラート:
「はっ、そうでした! ……どちらのタイプが良いのでしょう?」
ジン:
「えー? それはー、かなり難しいぞ? 2人とも高い神性・神秘性を持っているが、神性では女神クラスの判定でユフィの方が上だな。でも二重構造をしていて、奥まってるから感じ取りにくいんだ。比較して神の子クラスのヴィオラートは、神性が少し弱い分、逆に『神への畏れ』を相手に与えないメリットがある上、表面的で伝わりやすい」
葵:
『いがーい、神性ではユフィちゃんの方が上なんだ?』
ジン:
「理由まではわかんねーけどな。そう生まれついたんだろうけど、両親もよほど良くできた人だったのかも。これは性格にも影響を与える。ユフィの内面はかなりいい子のはずだ」
ユフィリア:
「そうかなー? そんなことないかもー?」
黙って聞いてるユフィリアだったが、照れているのか、なにか誤魔化し始めた。彼女の正しさを追求する姿勢みたいなものは疑いようがないと思うのだけれど……。
ジン:
「かなり潔癖というか、清廉な性質を内包しているだろう。比較してヴィオラートの方は、マリオネット系なのもあって、神性が人格へはあまり影響していないな」
ヴィオラート:
「はい。神の子の人格はしていないと思っています」
ジン:
「しかし、周りからは良い人として認識されるぞ。周囲に期待される人格を演じることが苦痛かどうかで、今後の話は変わってくるだろう。もう一つの特性、慈愛があるから、心に愛があるのは間違いない。しかし、顔施があることからすると、少々、無差別というか、誰彼かまわずの特性を持っていそうだ。どっちも問題を呼び寄せる傾向が高いね」
ヴィオラート:
「誰でもいいわけじゃないんですー、ジン様だけが好きなんですー」
ジン:
「わかった、わかった(苦笑)」
ニキータ:
「でも、人格的には神性の代わりに慈愛があるんですよね?」
ジン:
「そうだが、同じものじゃない。言葉や概念が違えば、特性も変わる。近い性質であれ、ズレていれば、そこに問題が生じる可能性はある」
ニキータ:
「そうですか……」
葵:
『ガードは厚くしてもらった方がいいかもねー?』
ヴィオラート:
「そこは、自分でも気を付けます!」
シュウト:
「……ってことは、ユフィリアも?」
ジン:
「いや、ユフィには氷の女王があるから、問題を呼び寄せる可能性はそこまで高くない。人格的にもかなり冷徹な部分があるんだろう」にやにや
ニキータ:
「そんな! ユフィは誰にでも優しくするいい子で……」
ジン:
「男には?」
ニキータ:
「そ、れは……」
ジン:
「いい子過ぎるのは問題だから、俺はバランスが取れてることを評価するけどな。冷たい性質をしていても、内心では冷たくしたくない。だから、近づいてこないようにしているってことだろう」
ユフィリア:
「…………」
ユフィリアの視線に厳しいものが浮かぶ。ジンのそれは読心術なんてレベルじゃなかった。身体意識を読みとる能力は、そのまま相手のプライベートな部分を暴き立てる話なのかもしれない。
ジン:
「光と氷、一般受けしやすいのは光の方だな。光は視覚に影響するから、多人数に作用しやすい。意識光は基本的にジャンク情報だが、見えないと意識下へそのまま作用する。ユフィの氷は温度の感覚、『温感』だから、効果範囲は限定的だ。遠くからみてる分には冷たいのも綺麗に見えるだろうけど、近づくと痛い目にあうっつーか」
葵:
『んー? ユフィちゃんの「春の女神」も光属性じゃねーの?』
ジン:
「そうだが、これも『ほのかな温かさ』として作用してんな。内部は膨大な光量・熱量なのかもしれんが、『氷の女王』がそれを程良いレベルまで緩和してバランスを取ってる感じだな」
ユフィリアは気合いと根性の国のお姫様だから、膨大な熱量を蔵しているというのは納得の話だった。彼女は『ほのかに温かみのある』性格なんかじゃない。表面的なものに誤魔化されてはいけない。
ジン:
「まぁ、一般受けするのはヴィオラートの方だろう。でも熱心なファンがつくのはユフィの方だろうな。ヴィオラートの方はストレートで分かりやすく、人に安心を与えやすい。ユフィの方は矛盾していて分かりにくいが、人の好奇心を刺激する。まぁ、単純そーな性格してっけどな?」
ユフィリア:
「むー、わたし、すっごく複雑な性格なんだよ!」
ジン:
「だよな。深く付き合っていかないと、矛盾していることに気が付けない。そういうマスク能力も高いな」
ニキータ:
「…………」
ヴィオラート:
「わたくしも、とても複雑な性格なんですよ?」
なぜそこで対抗しようとする(?)
葵:
『同じぐらいの能力ってのは分かった。じゃあ、視点を変えて、嫌われやすいのはどっち?』
ジン:
「それもどっちもどっちなんだけどなー。神々しさは人を遠ざける部分があるけど、すり寄ってくる輩にはバリアにならなかったりするし。あと、宗教性が高いと、そもそも適正のない人間にはスルーされやすい。日本人だとか」
ヴィオラート:
「そんなー!?」
ジン:
「ヴィオラートのストレートな性質は女性信者をそれなりに獲得させるだろうけど、ユフィの性質は女にゃ嫌われるだろ」
ユフィリア:
「うそ!? そんなのやだー!」
ジン:
「やだって言われても(苦笑) 美人を鼻にかけない性格の良さが逆に嫌われてんじゃねーの? トレードオフが成立しないからな。せめて性格悪くなれよとか、裏でどうせ言われてんだろ?」
ニキータ:
「あは、あははははは(苦笑)」
ユフィリア:
「じゃあ、これからは性格悪くなる!」
ジン:
「無理だから、やめとけ。……お前と友達やれるのは、相当アタマのいい連中ぐらいだ。ニキータ、リコ、葵もか。じゃなきゃ、逆に性格悪いとかの極端なのとか」
性格が悪いというと、ウヅキやケイトリンだろうか。確かに嫌っていないような気がする。お友達ごっこはゴメンだって雰囲気だけど。
ジン:
「あとは勝負しようと思っていないヤツか」
ユフィリア:
「ううう~」
リディアや咲空、星奈なんかだろう。特に星奈は憧れを強く感じさせて、勝負しようとは思ってなさそうだ。そう言われてみると、ユフィリアの女性ファンは近付いてこれないのかもしれない。『氷の女王』は男性だけでなく、女性も遠ざけてしまっている可能性がある。
葵:
『じゃあ、可愛いのはどっち?』
ジン:
「可愛いかどうかはゆるみ度だから、これはユフィのが少し上。出会った頃よりゆるんで来てるからな。訓練の影響もあるんだろうが、友達が増えたから、かもな?」
ユフィリア:
「えへへ~」にぱぁ~
可愛いと言われたからというより、友達が増えたと言われたことが、とても嬉しそうだった。
ヴィオラート:
「ううう~、わたくしも、もっともっとゆるみます!」
ジン:
「そうだな、がんばろうぜ」
ニキータ:
「でも、そうなると、一番可愛いのは私ってことになりますよね?」
なぜ、そこで張り合おうとする……?
ジン:
「そりゃあ、そうだろうけど。流石に抵抗を感じるな。自分を褒めてるようなもんだし」
そういいながら、ニキータの頭を撫でるジンだった。
和御魂でジンの意識を再現すれば、確かに誰よりもゆるんでいることになる(苦笑) 7割再現でも段違いだろう。
2人の対決ムード(ヴィオラート様が一方的に絡んでるだけ)が穏便に治まるように、自分をオチに使ったようだ。
ユフィリア:
「もちろん、ニナが1番だよ! 誰よりもカワイイ!」
ニキータ:
「ありがと(笑)」
ヴィオラート:
「わたしくも、頭を撫でて頂きたいのです!」
ジン:
「あー、わかったわかった。幾らでも撫でてやっから」なでなで
ヴィオラート:
「えへへ~」
ゆるんだ顔で満足げなヴィオラート様だった。
葵:
『んで、これからどーすんべ? レイドボス戦には流石に連れていけねーよな?』
ジン:
「先にヴィオラートのお披露目をする。全員 集めてくれ」
ヴィオラート:
「お披露目、ですか?」ぱちくり
ジン:
「少々、八つ当たり、というか、問題はみんなで解決しようぜって話をな……?」
今、確実に八つ当たりって言った。ジンには何か考えがあるらしい。
レイドメンバーを集めるため、僕は先にテントを抜けだした。
『Barking up the wrong tree(間違った木に向かって吠える)』、邦題は『残酷すぎる成功法則』(エリック・バーカー著、飛鳥新社)です。これを元にアイデアを上乗せしています。




