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231  4%の責任 / 光の御子

 

 誰もがどうすればいいのかを考えていた。悔しい気持ちでキャンプに戻って来たのとほとんど同時だった。


ネイサン:

「幻体だよね!?」

バリー:

「〈ミラー・ミラージュ〉なら防げるかもしれない」

ウォルター:

「これが本当だとしたら、レイドが変わるぞ……!」


 色めき立つレイドチーム。デバフを幻体に引きつけて逸らすことができるのであれば、まさしく『ジャンケンのチョキ』を手に入れるのに等しい。

 直接攻撃の命中によって付与されるデバフであれば、障壁などでダメージを通さなければいい。しかし、レイドボスの必殺攻撃で付与されるような『範囲攻撃に付随するデバフ』の場合、障壁でも防ぐことはできない。これまではごく低い確率で抵抗するか、直後に快癒させるしかなかった。これには即死効果も含まれていたため、蘇生や死亡保険を対策にするしかなかった。もし〈ミラー・ミラージュ〉で事前に対策が可能であれば、ファンブル的な不運による攻略失敗を防止すると共に、新しい攻略方法が開拓されるだろう。


 〈ミラー・ミラージュ〉は再使用規制1分。でも1回攻撃を受けると消えてしまう。パーティーやフルレイドでの使用では〈付与術師〉の人数も限られる。つまり、タイミング良く使わなければ失敗する可能性がある。だが、レギオンレイドでならそうしたリスクは大幅に下がって使い易い。


オスカー:

「問題は、〈ケイオス・グロウブ〉が範囲攻撃ってことだよ」

ヒルティー:

「ジンにダメージはなかったように見えたな」

ギャン:

「ともかく、実際に試してみようぜ!」


 光明が見えた途端に元気になる現金さは、レイダーに共通するマインドというものだろう。


葵:

『センセ、これ(、、)だったん?』

英命:

「正直、予想していた訳ではありませんでしたが」

リコ:

「またまた、謙遜ですか~?」

英命:

「……それよりも、気になることがありませんでしたか?」


 ナチュラルに話題をすり替えているのだが、実際に思うところもあったようだ。


ジン:

「アレな、機械が持ってる武装じゃねぇだろ」

葵:

『だぁね。超金属の「死神の鎌」とかだと思ってたんだけど……』

シュウト:

「機械の神だからじゃ? ともかく、一撃死とか無さそうで良かったじゃないですか」

レイシン:

「うん、そういう見方もできるよね」

ジン:

「だが、ミスマッチがうまい方向に働いててイヤらしいんだよな」

葵:

『直線的な武装だと1人で前に行った方がいいんだろうけど、こうなると、そうも言ってらんないからね』


 弾丸やレーザーのような直線的な攻撃、もしくはミサイルのような爆風を伴う攻撃の場合、ジンが回避しても後ろの僕らに当たってしまう可能性がある。後衛は装甲が薄いため、通常攻撃を1撃もらっただけでHP半減、ひどい場合は死ぬことすらある。ジンが1人で前に出て戦えば、そうした僕らの被弾を防ぐことができたのだろう。


 しかし、ジンがどれだけ強かろうと、強制的なステータス異常で弱体化され、そこに攻撃を重ねられれば、あっという間に殺されてしまう。もちろん敵の必殺攻撃とはいえ、ジンひとりなら余裕をもって回避できるだろう。でもその場合、僕ら十数人を巻き込んで炸裂するだけなのだ。ジンがレイドボスの必殺攻撃を引き付けてくれるからこそ、リソースを温存でき、勝機を見出すことができる。


 何が何でも、快癒を間に合わせなければならない。通常攻撃に被弾しようとも、僕らはジンの快癒を優先しなければならない。


葵:

『ミラミラの実験はやるとして、どうにかして〈キュア〉を間に合わせたいところなんだけど』

ジン:

「んなこといったって。……いま奥伝なんだろ?」

ユフィリア:

「うん。秘伝じゃなきゃダメだった?」

シュウト:

「そこまで要求できないよ。秘伝はレイドが必要だから」

タクト:

「秘伝がダメなら、口伝とか?」

ジン:

「〈キュア〉の口伝ってなんだよ(苦笑) どういうイメージだ?」

ユフィリア:

「きゅ、キュアキュアとか……?」


 一生懸命考えたんだろうけど、もうちょっとナントカならなかったんだろうか(笑)


葵:

『もうこうなったら、「プ●キュア」しかねぇ!』

ジン:

「あーあ、始まっちゃったよ」

葵:

『謎パゥワーで威力を高めんだよ、ミライク●スタルとか、アスパ●ワ、キ●キラルだとか!』

ジン:

「キル●キルがなんだって?」

葵:

『ちっがーっう、キラキラキ●ルン、キラキ●ルだって!』

英命:

「謎パワーと言うなら、〈共感子〉(エンパシオム)では?」

葵:

『それだーっ!』

ジン:

「ちょっと待て、気が付いてなかったとか言わないだろうな?」

葵:

『気が付いてましたぁー、ただちょっと忘れてただけですぅー』

ジン:

「忘れてんじゃねーよ」

ユフィリア:

「でもその、エンピシアム、だっけ? どうすればいいの?」

石丸:

〈共感子〉(エンパシオム)っス」

ユフィリア:

〈共感子〉(エンパシオム)!」

葵:

『ジンぷーの竜の魔力(ドラゴンフォース)で強化するとか?』

ジン:

「前提がおかしいだろ。レイドボスの必殺攻撃に巻き込まれたら、ユフィもステータス異常になんだろうが!」

葵:

『あっはっは、そりゃそーだ』

リコ:

「念のために試してみません? ユフィの場合、増幅できますし」

ジン:

「そりゃいいけど、人の特技まで増幅できるかぁ~?」


 ユフィリアの場合、エネルギー操作・制御を司る『春の女神』がある。やってやれなくはなさそうだ。場所を移して実験してみることに。


ジン:

竜の魔力(ドラゴンフォース)!」

葵:

『ジンぷーはレイドボスのところに移動~』


 本当にレイドボスがいるわけではないけれど、それらしい場所に移動するジン。


ジン:

「はい、ほいっと。……どうだ?」

ユフィリア:

「うーんと、威力みたいなのはすごくなってるけど、レベルみたいなのは上がってなさそう」

ジン:

「そうだった、威力アップしかできねーんだ。忘れてた」

葵:

『だめかーっ!』


 〈キュア〉の威力アップってなんだ?とか思わないでもないけれど、失敗らしいのは分かった。めちゃくちゃにメチャクチャをかけ算しても、やっぱり結果は滅茶苦茶らしい。それはそれで仕方ないような気がする。


 威力強化された〈キュア〉が解き放たれる。ユフィリアの周囲に薄青いエフェクトが大量に渦巻き、それが青い粒子の滝となってジンに降り注ぐ。……なんか、痛そう。


英命:

「仕組みの上では誰もが『共感因子』を保持しているハズです。問題はその使い方だと思うのですが……」

葵:

『また、サンクロフト大先生に教えを請うしかないっかなー?』

ケイトリン:

「……減らない方の魔力の使い方なら分かったんじゃなかったか?」


 痛いところをうまく突いてくる。そっちも方法論が確立していないのでやりようがないのだ。とりありず、つらつらと考えてみた。僕の経験の中で〈共感子〉(エンパシオム)みたいなものを使った相手といえば、カドルフがいる。


シュウト:

「カドルフのことを考えると、何か犠牲を捧げる必要がある、かも?」

ジン:

「ユフィだぞ? へんな儀式だのに染まられてもなー」

リコ:

「うーん。……問題はレベルだけなんですよね? オーバーライド以外にも、一時的にレベルを上げる方法ならあるじゃないですか。アクアさんにお願いすればいいんです!」


 対リヴァイアサンの最終局面、アクアはレベルブーストにたどり着いていた。その話だろう。という訳で、お伺いを立ててみた。


アクア:

「……残念だけど、アレはあの場限りのものよ」

ジン:

「あー、そんな都合良くいかなかったか」

アクア:

「ええ。レイド=ライドにただ乗りしただけでしょうね」

葵:

『参ったなー。幻体でスルースキル発動させるっきゃねーか?』

ジン:

「地道にレベル上げるのは?」

葵:

『今が1月8日、既に2週間。ぶっちゃけ、外の吸血鬼騒ぎがだんだん隠せなくなって来てる。ブカレストの〈大地人〉が吸血鬼になったりしてて、実はあんまり時間もない』

シュウト:

「それは……」


 けっこうなお手上げ状態だ。外の状況は攻略班のプレッシャーにならないように、わざと伏せていたのだろう。〈スイス衛兵隊〉のセカンドレギオンが対応に当たっているから、まだマシな状況に収まっているのだろう。それでも時間的な猶予はギリギリといったところか。


リコ:

「うーわぁ、聞きたくなかったぁ~」

リディア:

「どうしよう、今からドキドキしてきたー!?」

ジン:

「あ? ……お前ら、緊張するような仕事ねぇだろ」

リコ:

「ひっど! そうですけど、ひっど!」

ユフィリア:

「ジンさんのいじわる! いじめっこ!」

リディア:

「だって、〈ミラー・ミラージュ〉のタイミング間違ったら……」

ジン:

「何? お前らが活躍して世界を救っちゃうつもりなのー?」ぷふー

リディア:

「さすがに、そこまで、言うつもりじゃ……」

ユフィリア:

「イヤミジンさん! 最悪ーっ!」

葵:

『けひひ。まぁ「世界を救う」だのはあたしらにお任せだよ』

ジン:

「え? お前って口挟んでるだけじゃ?」

葵:

『にゃんだとう? テメ、喧嘩うってんだな? あ? 買ってやんぞ、コラァ!?』

英命:

「そうですね、我々は報酬分の責任だけ果たせばいいと思いますよ」

石丸:

「4%っスね」


 借金の返済で50万を貰う予定のジンが50%の責任を、僕らはそれぞれ4%程度ということになる。(レイド中に得たものとは別に)

 イヤミで口が悪いとは言っても、責任の所在を明確にすることで、プレッシャーを感じにくいように配慮してくれている。その程度の事は分かるものなので、それほど反感を覚えたりはしない。


 とはいえ、この人達がどれだけのプレッシャーを背負って戦っているのかは、ちょっと考えてしまうところだ。……たぶんゆるみ度の高さで相殺処理していて、大したことはないのだろうけども。いや、それだって僕のゆるみ度では相殺しきれないような重圧には違いないわけで。

 重圧を背負うのなんて、ただ邪魔なだけだと頭では分かっていることだ。でも、背負って戦ってみたい気もしていた。







ユフィリア:

「明日は、餃子パーティーにしたいなって」

ジン:

「へぇ、いいんじゃねーの?」


 なんて話しているジンの前には、髪をアップにしたヴィオラート様が座っていた。夕食タイムに、誰が、どこに座ろうと自由といえば自由なのだが、狙いがあからさま過ぎるというか(苦笑) 髪型を崩してサラサラ~とかやって、ジンの気を引きたいのだろう。

 

ジン:

「で、どうした?」

ヴィオラート:

「……いえ、ジン様をお慰めしたいと思いまして」

ジン:

「お慰め? ……別に間に合ってるんだが?」

ヴィオラート:

「本当にそうでしょうか? ジン様はつらい心の内を誰にもおっしゃらず、傷ついた本心を隠してしまう方です」

ジン:

「…………。いや、悪いが本当に、特につらくもなけれど、傷ついてもないんだけど? それに、ほら、今では癒し係がこうして触れるポジにいてくれるから」

オスカー:

「本当に、癒されるよね~。さわってもいい?」

ジン:

「ああ。優しくしてやってくれ」

オスカー:

「ありがとう」ナデナデ


 そして何故か、オスカーが殿下近くのポジジョンに陣取っていた。これは『類友』ってやつかもしれない。


ヴィオラート:

「だめですー、癒し係は私の仕事なのです。……とってはダメですよ?」

殿下:

「うむ。我が輩は留守の荷物番と、キャンプ内のパトロールが任務だ」

ジン:

「生真面目~! 萌えポイント高いなぁ~。グッジョブ!」


 デレッデレである。ヴィオラート様も対抗して「わたくしだって生真面目です!」とか言っていたけど、そういうことではないような気がする。


シュウト:

「ところで、殿下に頼んでいる仕事って、意味あるんですか?」

ジン:

「あんまり無いけど、薄気味悪いだろ? 戦闘しなきゃ歩き回れる可能性だってあるんだし」

シュウト:

「それは、そうですけど……」

ジン:

「てゆうか、カインだのに連れてかれたり、殺されたりしないか心配でしかたないんだけどなー。逃げるんだぞ、殿下。絶対に死んだらダメだぞ!」

殿下:

「了解した」

ジン:

「ほんとのとこ、アキバに戻ってからが本番だし。殿下には対諜報戦でウチの切り札になってもらわねば」

シュウト:

「対諜報戦?」

オスカー:

「カウンター・インテリジェンスだね。スパイを防ぐお仕事」

ヴィオラート:

「『防諜』が必要なのですか?」

ジン:

「アキバに戻る頃にはシュウトも入れて3人はレベル100になってそうだしなー。やっぱ、目立つことすると敵は増えていくものだろうし。探りを入れてくる奴が何人いるか把握しとくだけでも違うだろ?」

オスカー:

「確かに、殿下なら24時間監視できそうだ。しかも偵察任務用の能力が備わっているなら、……かなり良い切り札かもしれない。可愛いし」


 余計なコメントを付け足したけれど、気にしたら負けだと思う。


殿下:

「こちらを偵察してくる相手を殺せばいいのだろうか?」キラリン

ジン:

「いやいや、相手に気付かれないように逆に監視するのがお仕事。殺しちゃったらそれ以上の情報は得られないだろ? それに〈冒険者〉はすぐ復活するから、殺したら相手に警戒されちまうからダメなんだ。基本、把握だけして、泳がせる。追跡する必要があったらシュウトに行かせたりするから」

シュウト:

「わかりました」

殿下:

「では、我が輩が追跡するのではないのか?」

ジン:

「切り札は自慢げに見せびらかすものじゃない」

殿下:

「了解した」


 やる気に逸る殿下を諫めつつ、的確なポジションに落ち着くようにもっていくジンだった。本心としては『この可愛さは自分たちだけで楽しむべきものだ』とか思ってそうだけど。


ジン:

「レイドのコントローラーやってる時、葵が無防備になるのも気になってたんだよな。これですでに一石三鳥か、四鳥だな」

殿下:

「うむ。必ずや、任務を果たしてみせよう」

ジン:

「仕事は多いけど、忙しくはないだろうから。のんびりと頼むよ」


 殿下に言っても理解してくれるかはわからないけれど、ギルドの平和を保つお仕事、だった。ジンも存外、重要な仕事を任せるつもりだったようだ。


シュウト:

(それにしても)


 時計仕掛けとは思えないほどに愛くるしい。

 きっと星奈なんかは、目をまあるく開いて、キラキラした瞳で殿下を見つめることだろう。今から楽しみだ。


 ……食事を終え、食器を下げるなどの雑事をこなしていると、ヴィオラート様がジンに詰め寄っていくのが見えた。やっぱりやるつもりらしい(苦笑) ジンなりにがんばって話をそらしていたみたいだけど、それで通用するはずも、彼女が諦めるはずも無かった。


ヴィオラート:

「ジン様、この髪型はどうですか?」

ジン:

「アップも似合ってていいと思うぞ。……ていうか、やるつもりか?」

ヴィオラート:

「もちろんです。それとも、見たくない、ですか?」

ジン:

「見たいか見たくないかと質問されると、返答に困るんだけども」


 思いっきり『見たい』そうです。


ヴィオラート:

「でも、タメたり、じらしたりが重要と聞き及んでおります。ので、その、やっぱり明日の方が良いかもしれません」


 微妙に自信無さそうなのは何故なのか、絶対的美少女が何を不安に思うことがあるというのだろう!(怒) ナチュラルなのかテクニックなのかというと、このレベルの人はもうわからない。


ジン:

「そうだな、明日より明後日、明後日よりその翌日の方が、確実にタメが利くかもしれない。じゃあな!」


 さっさと逃げようとしているジン。何か危険を察知しているかのよう。ただ髪をおろすだけだと思うのだけど(苦笑)


ヴィオラート:

「お待ちください!」

ジン:

「なんぞ……?」ビク


 ちょっと必死な感じで呼び止められ、そろぉり、と振り返るのだが、口元は確実にひきつっていた。


ヴィオラート:

「一言、見たいと仰っては頂けないのでしょうか……?」

ジン:

「ぐふっ……!?」


 謙虚なのか、押しが強いのかも良く分からなくなってきていた。いや、確実に強引な押せ押せ展開のはずだ。しかし、見せたいの?見せたくないの? 見てほしいの?などと僕の心のツッコミパートが弱々しく反応している。


ジン:

「えーっと、見たい、です」

ヴィオラート:

「……ジン様は、いじわるです」


 男にそう言わせといて、そう返しますか?!

 いかん、ヴィオラート様の言葉に過剰に反応してしまっている。言葉、視線、仕草のひとつひとつに翻弄される。まるでジェットコースターだ。こういうのは以前にも経験していた気がする。そして、それを直接向けられているジンに嫉妬に似た感情を覚える。


シュウト:

(はい、3、2、1……)


 疼きを覚えるような感情の炎。それが『あまりにも便利な呪い』によって凍り付く。喪失感にも似た、胸の内の冷ややかさだけが代償だった。温めるように、服の上から何度も胸をさすっておく。

 精神支配とか、強制的な魅了とかそういう類いの攻撃なのかもしれない。……超美人の常時発動スキルおっかない。



ヴィオラート:

「いざとなると、ちょっと恥ずかしいです」


 見つめられていると困る、とでもいうかのように、瞳を伏せ、顔を逸らした。横顔も可憐だ。アップになっていることで、普段は見ることの出来ない『うなじ』や白く細長い首筋が、目に焼き付くように迫ってくる。

 髪留めをそっと外すと、弾けるように金髪が流れ落ちた。自然と解き放たれる色香に、僕の心臓は跳ね上がっていた。折り曲げたことによって癖が付いてしまっている髪すらも、彼女の魅惑を損なうことがない。それは、隠されていた素顔を垣間見てしまったかのような……。氷結の呪いの直後だというのに、この威力。素で喰らったらどうなっていたことやら(苦笑)


 ジンがスッとヴィオラート様との距離を詰める。


ジン:

「結婚しようか」


ヴィオラート:

「まぁ、まぁ! まあ!!」キラキラキラキラキラ~


 どうやら理性が吹っ飛んだらしい。ヴィオラートの方も予想していなかったらしく、うまく対応できずにいた。光りが、輝きが、お花畑が広がっていく。ここに割り込んだのはスタークだった。


スターク:

「ストップ、ストーップ! このぉ、ジンのロリコン!」

ジン:

「!? 誰がロリコンだ、コラァ!」

ヴィオラート:

「スターク、どうして邪魔するの!?」

スターク:

「はい、無効! 今のなし!ヴィオラートも返事してなかったし!」

ジン:

「は? なんの話だ? それより俺がロリコンたぁ、どんな了見だ、あぁ?」

ヴィオラート:

「なんてこと! 千載一遇のチャンスだったのに!! なんてことしてくれたの(涙)!?」


 詰め寄られたスタークが涙目になっているので助けにいくことにした。どこかで葵が思い切りギャハギャハ笑う声が聞こえる……。最悪だ、最悪が人の形をした悪意として存在している。


ジン:

「じゃあ何だ、俺が結婚しようって言ったってのか?」

シュウト:

「記憶にないんですね……」

葵:

『いやぁ、笑った。しっかし、すんげーポテンシャル高いね、あの子』

ジン:

「ヤバいぞ。意識能力者の俺が落とされただと?」

葵:

『それセキュリティホールじゃねーの?(笑)』

ジン:

「テんメェ、人の弱点バラしといて笑ってんじゃねーよ!」

葵:

『弱点放置する方が悪いにきまってんべー』

オスカー:

「それは悪党の論理だよ?」


 一方でヴィオラート様の方は、もう完全に色めき立っていた。


ヴィオラート:

「今回は邪魔が入りましたが、それでもすごい成果です。本当に凄すぎます! これならば、いけますっ!」

マリー:

「おめでとー」

ヴィオラート:

「でも、どうしましょう。マリー、ここからどうしたらいいのでしょうか?」

マリー:

「んー、わからない」


 ここで悪魔の囁きがヴィオラート様を唆そうとやってきた。


葵:

『……これはもう、アレしかないね』

ヴィオラート:

「アレ? アレとはなんのことでしょう?」

葵:

『フッフッフ。既成事実を作るのさ』

ヴィオラート:

「既成事実……」ごくり

葵:

『それさえあれば勝ったも同然。恋愛では先行逃げ切り型こそ必勝の型。……しかし、この策にはひとつ問題があるねぇ』

ヴィオラート:

「問題、とは?」

葵:

『キミだよ。やり遂げる覚悟は、あるかい?』

ヴィオラート:

「……やります!」キッ

葵:

『くっくっく。いい子だ』ニマァ

ヴィオラート:

「愛を、勝ち取ることができますか?」

葵:

『我が策の威力、その身で理解したのではなかったかねぇ?』

ヴィオラート:

「はい。それはもう、すばらしいものでした。……ですが、どうしてわたくしを助けてくださるのでしょう?」

葵:

『フフフ。それはあたしが通りすがりの「愛の女神」だからさ! キミも入信するかい?』

ヴィオラート:

「入信いたします!」

葵:

『では会員制のメールマガジンに登録したまえ。……あ、有料だけど?』

ヴィオラート:

「喜んで!」

ジン:

「見てないで、誰か止めろよ! 新興宗教の教祖が、別の宗教に入信してんじゃねーっつー!」


 とかくこの世は罠だらけ。あまりにも世知辛いと思いました(涙)


葵:

『では次なる作戦を授けよう』

ヴィオラート:

「はい、女神様!」

シュウト:

「まだ続いてる!?」ガクガクブルブル

ジン:

「レイ、てめぇの嫁だろ! 暴走してんぞ、さっさと止めろ!」

レイシン:

「んー、……ゴメン。はっはっは」


 朗らかに笑って誤魔化した。これを平常運転ともいう。まぁ、旦那さんが一番わかっているのだろう。悪ノリしている葵は何を言っても止まらない。

 

葵:

『ジンぷーの弱点と言えば、猫とプリンなのだよ。まず第一段階として美味しいプリンを用意します。そして2人きりなれるように、さりげなく、どこぞのテントに誘い込みます。プリンがあると言えば、疑われることなく連れてくることができるじゃろう』

ヴィオラート:

「勉強に、勉強になります!」

葵:

『こうして2人きりの状況を作り出せば成功は約束されたも同然! あとは、プリン食べさて、奴がホクホクしてるところで、自分の服をはだけさせて、もう一度、髪をサラサラ~ってやると、理性を失ったジンぷーが、がばぁ!っと、……ね?』

ヴィオラート:

「はわわわわ、はわわわわ!」

葵:

『後は分かるな? これでジンぷーも一巻の終わりだ!』バハハハハ


 勝ち誇る葵、一方でジンの側も震えていた。


ジン:

「やっべー、やっべーよ。そんなの防ぎようがないだろ……」ガタガタ

シュウト:

「いやいや、プリンの誘いを断ればいいだけなのでは?」

ジン:

「えっ?」

シュウト:

「……えっ?」


 もしかして、そこが無理ってこと……?


ヴィオラート:

「ここが勝負所なのですね。そして既成事実を……」ぷるぷる

葵:

『そう。ロリコンという名の重い十字架を背負わせちまえば、こっちのもんよ! こればっかりは、責任とらない訳にゃいくめー』げっへっへ


 邪悪だ、邪悪が降臨している(苦笑)


ヴィオラート:

「んっと? あのぉ、それはちょっと可哀想な気が……?」

葵:

『ん? でもこれ、完璧にハマる作戦だよ? 確実に()れるで?』

ヴィオラート:

「でも、でも、やっぱり、一生の重荷になるのは、いやですー!(涙)」

葵:

『えーっ? やぁー、それはー、ちょっち考えてなかったかも……?』

 

 聞いていたこっちも完全に目からウロコだった。


シュウト:

「そうか……」

タクト:

「確かに……」

英命:

「攻略法を思いつくと、その瞬間から勝つ方ばかりに意識が行きがちになります。ですが、だからこそ常識が大切なのです。我々、レイダーにとって重要な戦訓でしょうね」


 ジンにロリコンの汚名を着せることが出来たとしても、ヴィオラート様がロリコンの対象となる期間は人生全体からすればごく僅か。既成事実の責任を取らせるにしても、ロリコンの十字架をジンに一生背負わせておいて、2人の関係が良好なまま長く続くのかを真剣に考えれば、やはり疑問だろう。

 さすがに、勝てばなんでもいいってもんじゃないような気がする。


リコ:

「んもぉー、しょうがないなー。……ヴィオラート! あなた、悪霊に騙されているのよ!」

ヴィオラート:

「悪霊、ですか?」ぱちくり

リコ:

「そう。あの悪霊は、あなたの焦りにつけ込んで、操ろうとしているのよ!」

葵:

『なぁぁにぃぃぃぃ!?』

リコ:

「ユフィとジンさんは、そこまで進展している訳じゃないの。ううん、現状ではあなたの方がリードしているかもしれない」

ヴィオラート:

「でも、でも、わたくしは年齢が……!」

リコ:

「焦ってはダメ。大切なのはお互いの気持ちでしょう? 女の子が、自分を安売りしてはいけないわ」

ジン:

「ほぅ。なかなか大きなブーメランではないか?」

リコ:

「助けてあげてるんだから、ジンさんは黙ってて!」

ジン:

「へいへい」にやにや


 リコの場合、タクト相手に常時売りつくし大特価セール中である。少しは出し渋った方がうまく行くような気がしないでもない。


リコ:

「やるわよ、スターク! はあああああ、悪霊、退散!!」

スターク(←エクソシスト):

「エロイムエッサイム、悪しき魂よ、浄化してやる!」

葵:

『ぎゃぴぃぃぃぃ! おのれ、おぼえておれぇぇぇぇ!!』


 そうして悪霊は去った(笑) うーん、見事な退治だったなー(棒)


リコ:

「ふぅ。葵さんが相手だと、ノリがいいからこういう手が使えるんです」

シュウト:

「お見事」

ジン:

「まぁ、説得力は皆無だったけどな」

リコ:

「それはそれ! これはこれ!」


 そんなまとめをしていると、スタークとヴィオラートが口論めいたことになっていた。


スターク:

「一体、何を考えてるのさ、既成事実だなんて、バカじゃないの!?」

ヴィオラート:

「ちょっと考えなしだったかもしれないけれど、悪くない作戦だったでしょう?」

スターク:

「人に迷惑かけてまでやるようなことじゃないよ!」

ヴィオラート:

「だけど結婚しようって言ってもらえたの!スタークが邪魔しなければ、婚約成立だったじゃない」

スターク:

「ジンに子供扱いされてるって、どうしてわかんないの!?」

ヴィオラート:

「それは、わかってる。わかってるけど……!」


ジン:

「やっべーな。おい、ちょっと止めてこい」

シュウト:

「はい!」

リコ:

「……自分で行かないんですか?」

ジン:

「俺が行くとややこしくなるだろ」


 ジンの言葉を背中越しに聞きながら、2人の間に割って入るようにしてスタークを抱き止める。


シュウト:

「スターク、それは不味い、これ以上は言っちゃダメだ!」

スターク:

「ジンはロリコンじゃないって言ってるのに! プラトニックでもあるまいし、巧くいきっこないってわかんないかな!?」

ヴィオラート:

「でもそれは……、えっ?」


 ニキータやリコがヴィオラート様をひっぱって連れていく。スタークはそこまで酷いことを言ったようには思えなかったけれど、この手の話は相手がどう思ったかが全てだろう。


ジン:

「落ち着けよ、スターク」

スターク:

「わかってるけど!」



 その時、目の端に光を捉えた。満月の月夜が続くゾーンには似合わない、太陽が生み出すような輝き。それが天へと立ち昇っていく。他のレイドメンバーも気が付き、騒ぎ出していた。


スターク:

「何が、起こってるの?」

ネイサン:

「ジン! あれって何!?」

ギャン:

「大丈夫なのか?」

ジン:

「ヴィオラートだ。別に爆発したりはしねぇだろ。……でも、スゲェな」

シュウト:

「意識光じゃない、ですよね?」


 『意識の光』だと見える人が限られる。一応、誰にでも目では見えていて、情報が脳にも送られてはいるものの「不必要な情報」として分類されると見えなくなってしまうのだとか。この辺りの別枠に幽霊だのの話もありそうとかなんとか。

 光の柱はみんなの目にも見える『ちゃんとした光』だ。その場合は、何らかのエネルギーが放たれていることになりそうなのだが……。


ジン:

「魔力の光だな。ここんとこ『後光』が強まってたからそろそろだとは思っていたが……」


 そういいつつ、念話を始めていた。


ジン:

「俺だ。ああ、そうそう。しばらく付いててやってくれ。お前の時と同じ要領でいい。……後で俺も様子を見に行くから」


 相手はユフィリアだろう。ヴィオラート様の付き添いを頼んだらしい。

 ユフィリアが『春の女神と氷の女王』に目覚めた時は、安定するまでに何日も掛かっていた。今度はどうなるのか、まだ分からない。


 こうしてヴィオラート様の異能が発現することになった。

 


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