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230  アルヴ魔法

 

 サンクロフトの住処(すみか)への道すがら、ジンがラトリと話していた。内容的な配慮なのか、〈時計仕掛けの猫妖精〉こと『殿下』は、ユフィリアが抱っこして離れた位置にいる。


ジン:

「で、あのMADは気が付いたのか?」

ラトリ:

「マリー? 気が付いたって、何に?」

ジン:

「あんなハッキリ人格っぽいのがあるのを、もしAIアイテムなんぞにしたら、えっらい目に遭うだろ」

ラトリ:

「ん~、分かってるみたいだけどねぇ~。それでも実験したいって言ってたから、その辺りのことも含めて相談しに行こうって話だね」

ジン:

「ふーん」


 考えてみれば、武器に後からハメ込んだところで、それを『AIアイテム』と呼べるのかどうか。微妙な話になりそうな気がしてきた。


シュウト:

「でも、あの分身みたいなのが使えたら、かなり強いですよね」

ラトリ:

「七色のビームもあるしね~。魔法だけでもなんとか手に入らないかなー? こう、アルヴ魔法とかで」

ジン:

「お前らの興味はその辺りなわけね。……俺はもう、イヤな予感しかないんだがなー」

シュウト:

「なにか問題があるんですか?」


 ゲンナリ顔のジンに尋ねてみる。好奇心に殺されない程度にしなければと思う。


ジン:

「例の、飛行ユニットにそのふたつを組みこみゃあ、『航空魔●師』の出来上がりだろ。『幼女●記ネタ~』とか言いながら葵がやりそうな話だ」

シュウト:

「あは、あはははは(苦笑)」

ラトリ:

「なーるほど。上空からの遠隔攻撃手段の確保と、バリアを兼ねたデコイか。強烈なシナジーになりそうだね~」

シュウト:

「でもそれってー、…………デメリットなんですか?」


 そこまでシナジーが利いていると、むしろメリットの話に聞こえてしまう。敵モンスターの攻撃が届かない高所からひたすらダメージを与える『ハメ戦術』が成立しそうだ。


ジン:

「飛行能力は外部装置に依存するんだろ? てこたー、移動力が全員同じになって、ほぼ戦力が画一化する。あ、いや、空中機動が可能な特技は使えるのか? ……ともかく、空だと俺はそこまで強くないってことだ。お前らに教えている武術だのも使えなくなるしな」

シュウト:

「あ……!」


 他人事じゃなかった。超・他人事じゃなかった……!


ラトリ:

「戦力の標準化だね。戦闘単位としては扱いやすくなるって言われてるけど、要するに『数の勝負』になるってことだからね~」

シュウト:

「ど、どうすればいいんでしょう?」

ジン:

「どうって、……そんなもん敵がいるかどうかだろ」

シュウト:

「はぁ……。 でも、空を飛んで戦わなきゃいけないような敵なんて、いるんですか?」

ジン:

「いないな、まだ」

ラトリ:

「けど、出てきてからじゃ遅いでしょ~(苦笑)」

ジン:

「ぶっちゃけ、武術的に追いつかれる可能性は極めて低い。無いと断言しちゃっても平気だが、技術的にはそうも行かないだろう。技術流出している以上、油断する訳にはいかない。こうした新たな状況に対処する場合、最低限で済ませるか、最先端を突っ走るかの2択。それに技術開発には少なからず時間が掛かることも考慮しなきゃならん」

シュウト:

「そう、ですね……」


 技術流出が単なる勘違いとか、持ち去ったのが個人とか、小規模なグループとかの、大勢に影響ないレベルであれば、しなくてもいい心配なのかもしれない。でも、そうした希望的観測に未来を賭けることはできない。

 本当に敵が出てきたしまったとしたら、最低限の装備しかなくて、かなり不利な状態で対処すれば十分、だなんて話になるわけがない。万一に備えて、きっちり準備して、しっかり対応するだけだ。


ラトリ:

「もともと個人的な飛行手段は必要になりそうな辺りなんだよねぇ~。空を飛べる騎乗生物が、一部のレイダーにだけ『先に』解禁されている形だからね~。そのうち大規模アップデートか、〈エルダー・テイル2〉みたいな形で、全部のプレイヤーが空を移動できるようになるんじゃないかなぁ?」

ジン:

「個々のマシンパワーがネックなんだろうし、まぁ『2』じゃねーか?」

シュウト:

「空は、規定路線なんですね……」


 過去にレギオンレイドや海戦が追加されたのは知識として知っている。ラトリの言っていることが妄想や夢物語ではないことも分かってしまった。葵も冗談まじりでやっているような態度でも、実のところ真剣なのかもしれない。

 外部からバッチなどでアップデートが期待できない現状、自分たちの手でバージョンアップしていかなければならないだろう。それに、この世界に空戦レイドに対応したダンジョンなどが先んじて存在している可能性だってあるかもしれない。


ジン:

「そうなると、こっちから関わっていって、上前ハネた方が良さげっちゃー、良さげだよなー」

ラトリ:

「うーわ、それ言っちゃう?」

ジン:

「そろばん弾いてもいいんだぜ? 俺が見立てんなら、貰うものは貰っていく。『カスタム品』を後で注文すんのでも別に構わねぇぞー?」

ラトリ:

「……」


 本当に算盤を弾いてるみたいに真剣な顔になるラトリだった。ジンが開発に参加したら、がっつり持って行かれるけれど、アイデアは自分たちの手元に残り、その後も利用できる。僕らがカスタム品を後で注文する場合、アイデアを使わせる気はないだろう。すると漏れ伝わる部分のアイデアぐらいしか得られないことになる。


ラトリ:

「仲良くしよーよー、レイド仲間なんだしさー」

ジン:

「賢明な判断だな」


 しかし、これは考えるまでもないことだったかもしれない。カスタム品のアイデアを利用しているのをジンが見つけたら、その後の協力関係がご破算になりかねない。ジンを裏切れば、強烈なしっぺ返しが待っている。

 この関係を切るには、ジンが大きく弱体化するか、ローマ側がジンを必要としなくなるほど強大になるしかない。


 だが、今回のレイドを考えれば答えは明白だろう。レイドゾーンのような人数規制が掛かる場所では、どうしたって少人数での戦闘が前提になる。3000人とか10000人といった戦闘規模ならばともかく、24人・96人といった人数ではジンのアドバンテージは圧倒的だ。ヴィオラートの個人的な感情を抜きにしたって、仲良くしておくに限る。


シュウト:

(……待てよ、空戦レイド装備があれば、ジンさんは相対的に弱体化するかも。だから、ラトリさんは悩んでいたってこと?)


 いろいろな意味で一筋縄ではいかないようである。と、このタイミングで近づいて来たのは、英命とスタナという珍しい取り合わせだった。


英命:

「お話中、失礼します」

ジン:

「どうした、センコー?」

英命:

「今の内に、ご相談したいことがありまして」

スタナ:

「私も彼に声を掛けられたわ。それで、エイメイ、用件は何?」


 内々に相談しなきゃならないような内容、ということだろうか。僕ってここに居ても平気なんだろうか……? 邪魔なら席を外せって言われるだろうし、それを待ってもよさそうだ。何よりどんな話をするのか聞いてみたい気持ちもある。


英命:

「仮説に仮説を重ねた話になるので、恐縮です。今後、我々の立ち位置についてどう説明するおつもりかと思いまして」

ジン:

「立ち位置??」

英命:

「管理者・サンクロフト氏の目的が、このゾーンの外に出ることだと仮定した場合です」

ジン:

「ああ。それが?」

英命:

「〈幻影宝石〉との交渉は、大きく分けて2通りの結果になるでしょう」

スタナ:

「マリーが手にいれるか、いれないか。たぶんマリーが入手するのは難しいでしょうね」

英命:

「そのどちらの場合でも、結果、『外の世界』へ行くことになると思われます」

シュウト:

「えっと、マリーが連れ出すのは分かりますけど……?」

ラトリ:

「……そうか。サンクロフトに預ける形になるってことだ?」

英命:

「はい。我々の知る、唯一のアルヴ族の生き残りが彼だからです。機械的な知性体である彼女が今後も生きていくためには、創造主であるアルヴ族とのコンタクトが必要になる可能性が高いのではないでしょうか」

ジン:

「それは、――不味いな。しかも他人事じゃないってことか」

シュウト:

「?」

スタナ:

「他の〈幻影宝石〉たちは、盲目的に私たちに攻撃を仕掛けてくるでしょう? つまり、なにも説明しなければ、我々がアルヴ族を滅ぼしたと誤解される可能性が高いってことよね」

ラトリ:

「それは殿下くんも誤解するかもだねぇ~」


 それは他人事ではない。特にジンにとっては一大事だ。


シュウト:

「……なら、先回りして説明すればいいのでは?」

ジン:

「つまり、その場合の俺たちの立場、立ち位置をどうするかって話だろ」


 ジン達が深刻そうにしているので、まだ問題を共有できていなさそうな気がする。一体、なにが問題なのだろう。よくわからない。それはそれとして、殿下に対して、自分たちをどう説明すればいいのかも考えなければならないだろう。


シュウト:

「えっと、難しいな。……正直に『異世界から来た』とかは?」

ジン:

「異世界エイリアンか? 敵で確定だろ」

ラトリ:

「新種の〈古来種〉とかは? 苦しいかな?」

スタナ:

「そもそも〈古来種〉を知っているのかしら?」

ジン:

「ダメか。センコー、案があるんだろ? 先に聞かせてくれ」

英命:

「でしたら、『旧人類の末裔』などで如何でしょう?」にっっこり


 歩きながら、三者三様の悩みっぷりが見て取れた。天を仰ぐジン、目の間を揉んでいるラトリ、そして歯が痛そうなポーズのスタナ。

 なにを悩んでいるのか、僕にはさっぱり理解できないでいた。


シュウト:

「あの、これって、なにが問題なんですか?」

英命:

「社会に出るとよくある『答えの出ない問題』ですね」

シュウト:

「それって、モルヅァートを殺すべきかどうか?みたいな話ってことですか?」

英命:

「ええ、そういうタイプの問題でしょうね。可能な限り、管理者サンクロフト氏を敵にしないで済ませたいのです。サンクロフト氏にとって、現状、世界はどうでもいいもののハズです。しかし、〈幻影宝石〉である彼女にとっては、我々も、大地人も、目の敵になってしまいます。彼女にどのような態度をとるかによっても、サンクロフト氏の態度が変わってしまう可能性があるのでしょうね」


ラトリ:

「ちょーっとリスク判断ができないよねぇ」

スタナ:

「不確定な要素が多いけれど、問題は彼がどうするかだから……」

ジン:

「んー、この状況になった時点で負けか?」


 ふわふわとヴィオラート様が現れた。輝きを纏って感じる。


ヴィオラート:

「ジン様~」

ジン:

「よう、来たのか」

ヴィオラート:

「来ちゃいました。……それでこれは、何の首脳会議ですか?」


 くっつきに来たというよりは、真面目な話をするため、らしい。

 この後、アクアがヴィルヘルムと葵を連れてきて、打ち合わせになった。僕は正直、よくわからないままだった。







 サンクロフトとマリーが話し合った結果、AIアイテムの作成は失敗に終わった。ふたつの別々のものを、ひとつの強力なアイテムにするのは難しい様子。「せめて起動していないジュエルがあれば、話は別ですが」とサンクロフトは言っていた。


幻影宝石:

「封印に異常が発生し、一度、封印された吸血鬼を解き放った上で、再封印するご予定と伺いました。私の破壊が許されないのであれば、上位者に命令を確認したく思うのですが」

ジン:

「その上位者って、あのダンジョンのレイドボスのこと?」

幻影宝石:

「いいえ、監督役のアルヴのかただと思います」


 機械知性なので、上からの命令を確認したいと言い出すだろうと、前もって予想されていた。なるほど、確かにそうなっている。ジンが言いよどみ、『俺が言うのかよ?』みたいな目線を周囲に放っていた。ジンは交渉が得意だとかって事はないらしい。ただ、屁理屈を強引に押し通す『最強』という名のスキルがあるだけ、なのだとか。その便利そうなスキル、僕も凄くほしい。 ……恥知らずな要求をするかどうかは別にして(猫くれ、とか)。


ジン:

「そこの骸骨が、このゾーンの管理者で、アルヴの成れの果てだ」

サンクロフト:

「どうするおつもりです?」

ジン:

「いや、お互い『目的はほとんど一緒』だろ」

サンクロフト:

「……そうですね」


 どうやら葵の案で行くことにしたらしい。外に出ると、アルヴ族が滅んでいることを幻影宝石が知ってしまう。そして僕ら〈冒険者〉の使っている体は、アルヴを除外した種族がベースになっている。従って、どうしても『僕らは何者か?』という話に展開してしまうと予想されるのだとか。

 現状ではレイド攻略を優先し、サンクロフトとの協力状態を維持しておきたい。もう少し先までいろいろと伏せておこう!という投げやりなのが葵の作戦だった。

 

 幻影宝石と管理者サンクロフトがしごく儀礼的なやりとりを終えるタイミングで葵が突撃した。


葵:

『でさ、でさでさ! この子の分身みたいなのの魔法がほしーの! 教えてくんなーい?』

ジン:

「やっぱな。……幼●戦記ってか?」

葵:

『(ビビクゥッ) あ、あたしの心を読んだだとぉ!?』


サンクロフト:

「幻体ですね……。魔法では障壁の機能は内包しません。そうなると、1度攻撃を引きつけて消えるだけの、つまらないものになるのですが……。それでもよければ」

マリー:

「ぜんぜん構わない。実験のためー」


 実際のところ、本当につまらないかどうかは使ってみるまで分からないものだろう。そんなこんなでアルヴ魔法〈ミラー・ミラージュ〉をゲットした。


ジン:

「ふーん。鏡の幻影か……」

石丸:

「ミラージュで蜃気楼っスね」

葵:

『問題は使えるかどうかだよ。全員でミラミラ呪文詠唱、いってみよう!』

シュウト:

「え、僕らもですか?」

葵:

『全員といったら、全員! もしコモンスペルだったら戦士職でも使えるかもしんないし、逆に誰にも使えないかもしんないし、種族的なもんでハーフアルヴだけとか、法儀族OKとかあるかもしんないじゃん!』

ジン:

「ゲー、それだと俺もやんのかー」トホホ


 結果、〈付与術師〉ならば使えることが判明した。新技に小さくガッツポーズするウォルターたち。

 しかもレシピ方式というのか、一度そらんじて使用できれば、それがシステムに登録される。次回以降は、脳内メニューから使用可能になるようだ。アルヴ魔法は鮮烈だった。


葵:

『でさー、ちょっと質問しときたいんだけど?』

幻影宝石:

「なんでしょう?」

葵:

『君のいたところの奥にいるのって、どんなヤツ? メチャクチャ強いの?』

ジン:

「おい、マジか……」


 チラリとサンクロフトの方を伺う。サンクロフト自身は管理者の立場にかかる強制力によって語ることが出来ないらしいが、幻影宝石がしゃべる分には問題ないようだ。


幻影宝石:

「そう言われても、私も詳しいことは知らされていません。知る必要がなかったためです」

葵:

『時計仕掛けじゃないんだよね?』

幻影宝石:

「はい。たぶん機械仕掛けでしょう。守護者といえば聞こえは良いのですが、厄介払いの要素が強かったようです」

ラトリ:

「封印指定されるようなモンスターを使って、吸血鬼を封印してるって感じ?」

幻影宝石:

「まさにその言葉通りだと思います。……ただ、少し気になる事もあります」

葵:

『ほう。なんでも言ってごらん』

幻影宝石:

「配備された当初、私と同じジュエルの反応が複数あったはずなのです。ですが一度も応答がありませんでした」

ジン:

「レイドボスのところにいるかもしれないってことか……」


 知っていることは以上だという。後は本番で見極めるしかないだろう。







 殿下を連れて帰るべくキャンプへと移動した。

 食事用のテーブルの上に殿下を抱き上げると、椅子に座り、覆い被さるようにして抱きしめるジンだった。癒しタイムらしいので、しばらく放っておこう。


ラトリ:

「じゃあ、レイドボスのトコに行くんだけど、その前に、新しい呪文の効果を確認しておこうか」


 新呪文の可能性を探るべく、戦闘訓練をすることになった。キャンプ内では戦闘用の呪文は使えないため、キャンプの外へ。

 消費MPはかなり少なく、何度でも使える呪文になっている。再使用規制は約1分で、連発できるという程でもない。重ねがけが可能で、1人に対して2体まで幻体を付与できる。

 攻撃1回で簡単に消えるしろものだが、立ち止まっていても幻体が動いて攻撃を逸らす機能があるようだ。しかも、攻撃しないでいるとずうっと残り続けている。何分ぐらい持続時間があるのかは時間をかけて調べないと分からない。


ジン:

「お疲れ、俺にもいっちょ頼む」

リディア:

「はーい!」


 リディアも新呪文が使えて本当に嬉しそうだ。コマンドから使えるのはさらに嬉しいだろう。ただ、ショートカットに入れるには何かを削らないといけない。そうした嬉しい悩みに体をクネクネさせていた。……まぁ、コマンドからでも使えるらしいけど。


 ジンが参加したので、さらに調査を重ねていく。


ジン:

「ゲーッ、俺が避けてもダメってことかよ」


 回避職よりも避ける〈守護戦士〉なので、ジンが使ったらどうなるか?が問題なのだ。大きく避けてみるものの、避けた攻撃が幻体に当たって消してしまう。ということは、レイドボスの通常攻撃に当たって消えてしまうということになる。通常のメインタンクなら、通常攻撃1回分のダメージをカットすることでヒーラーの負担を下げられる。でもジンの場合は避けられる攻撃を避けても幻体が消えることになる。これでは意味が薄い。


葵:

『じゃあさー、分身2つで範囲攻撃喰らってみせて~』


 幻体2つで範囲攻撃魔法を受けとめるジン。1度の攻撃で消えるのは1つの幻体だけらしい。もちろん、ダメージは普通に喰らっていた。


英命:

「おや? 幻体に障壁を掛けられるようですね」


 攻撃を引きつける効果があることから、幻体をターゲットにして障壁を掛けられるようだ。つまり、手動で『幻影宝石の幻体』の状態にできることを意味していた。ある意味で当然の仕様かもしれない。


葵:

『お? てこたー、護法とか四方拝で張れる障壁の枚数が増えるんじゃ?』

英命:

「これはもしかすると……」

ジン:

「おーい、先にダメージ周りの実験させてくれ~」


 幻体に障壁を展開した状態で、僕が攻撃役になった。1撃目でダメージを調整し、2撃目にジンが回避しつつ、幻体を破壊する。


ジン:

「うわっ、やっぱダメかー(苦笑)」

シュウト:

「仕組みは変わらないみたいですね(苦笑)」

ジン:

「あー、くっそー!せっかく『質量をもった残像』ゴッコができると思ったのにぃ~!」

葵:

『F91スキーにこれは痛い仕打ち(笑)』


 ダメージ遮断障壁は、突破された時に本体がダメージを被る。これらの仕様が影響するのを懸念していて、ジンは障壁が好きではない。幻体に障壁を掛けても、障壁の性質に変化はなかった。これですっかり幻体への興味を失ったらしい。……それもそうだろう。避けたはずの攻撃が幻体に当たり、障壁をすり減らした上でダメージも貰って、それで動きが止められたら邪魔でしかない。

 強さという条件が異なれば、便利な魔法も足枷になってしまう。僕も『こうなりたい』のだから、よく覚えておくべきだろう。

 

ジン:

「くそ、本当につまらない魔法だったか!」

レオン:

「効果的な使用にはかなりの習熟やセンスが必要なようだ」

ウォルター:

「漫然と使ってもそれなりの効果が得られる。しかし、効果的に使えれば大きな武器になるだろう」

英命:

「これまでになかった、新しい切り札になるかもしれません」


 4人の言ってることがそれぞれに違っていて面白い。


葵:

『センセ、切り札ってどういう意味?』

英命:

「そうですね。ジャンケンで喩えると、敵はすべての手が出せるにも関わらず、こちらはグーとパーしか出せなかった、というイメージです」

葵:

『へ? ……じゃあ、チョキってこと?』

英命:

「その可能性があります」

ジン:

「なるほどな……。確かにディフェンスは『防御』と『回避』だったんだよな。一応は『受け流し』もあるっちゃあるんだが、仕組み的に回避とそんなに変わらなかった。むしろ『相殺』を入れて3つだったんだが、幻体で『逸らし』が加わったことになるのかもな」

葵:

『回復も同じか。障壁か、回復しかなかったけど、『逸らし』が加わったことになるもんね。……って、まだ何かあるの?』

英命:

「何かを見逃しているような……。すみません。実戦で使ってみれば、もう少しハッキリした事が分かりそうなのですが」


 なんだか凄そうな話になってきた。幻体の持つ『隠されたメリット』とは、一体なんだろう?


ジン:

「ふーむ。……スマン、試したいことが出てきた。幻体を利用して、範囲攻撃のゼロ地点を意図的にズラしたりできないか?」

ウォルター:

「それは、試す価値がありそうだな!」


 そこからみっちりと戦闘訓練をこなし、ジンは幻体の基本的な利用法を確立したようだ。僅か数メートルとしても、範囲攻撃の基点を『狙った方向』にズラせれば違ってくる。直接の恩恵を受けるのは第1パーティーの僕らなので、ジンに感謝するばかりだった。







 〈ペルセスの地下迷宮〉第13層。レイドボスと戦うべく、僕らは再び戻ってきた。本来の予定だと昼頃に戦っているはずだったが、なんだかんだ既に夕方の時刻になっている。(外はずっと満月の夜のままだけど)

 初見撃破を狙って行きたいところだが、ダンレボ風ギミックや、デスマーチに苦戦し、それなりに疲労してきている。無理は禁物という雰囲気だった。様子見して撤退するのが攻略としては普通なので、気楽に、リラックスして、楽しんでいくべきだろう。


 バフの効果持続が長いのを利用し、それぞれのパーティーのタンク役に幻体を1体ずつ、各レイドのメインタンクに2体の幻体を最初から付与済みの状態にしてある。幻体の影響で視界の中のジンがブレてみえた。


ジン:

「準備よし! ヴィルヘルム」

ヴィルヘルム:

「了解した。進軍せよ! 各レイド部隊は素早くポジションを確保! ジン君に続け!!」

葵:

『行け行け行け!』


 ダッシュの半分ぐらいの速度、早足?でレイドボスの間へ。暗い室内に、僕らの光源が射し込んでいく。床は太いコード類?が乱雑に散らばっていて、足場としては最悪に近い。足ネバで吸収できる太さではないので、慌てると、あっさり転びそうだ。


葵:

『SFっぽいステージ? もし電源コードだってんなら、バンバン切っちゃった方が良さげだけど……』


 葵の呟きを心に留めておく。「なんか適当にブツブツ言ってるだけ」とはジンの弁だけれど、なるほど、そのブツブツが凄く役に立つ内容になっている。


シュウト:

「!」


 不意に室内の奥が光り、大きな丸っこい物体を背後から照らしている。逆光に目を(すぼ)め、馴れるのを待つ間も攻撃に対処できるように備える。


シュウト:

「出ました!〈機械仕掛けの死神〉(モルス・エクスマキナ)!」

ジン:

「機械型ビホ●ダーか?」

葵:

『ビ●ルダーとか言うな、鈴木土下座ェ門やろ。待った、大きめの触手が3本、いや4?』

ネイサン:

「なにこれ、どうなってんの?」


 左下、右上、右下から3本の触手? 腕のようなものが伸ばされ、攻撃を加えてくる。左上からの攻撃はないが、触手はあり、先端に丸い球体を付けた杖のようなものを装備している。

 触手はそれぞれ、冷気、雷撃、火炎の攻撃を加えてくる。その上で、女性の幽霊のようなものが重なって見えた。


葵:

『わーお、ありゃジュエルちゃん達だ……』

スタナ:

「触手へのダメージは本体と連動していないみたい!」

シュウト:

「ジンさん!」

ジン:

「踏み込むぞ」


 ジンの踏み込みに息を合わせ、各レイド部隊が3本の触手を引きつける。そうして本体への攻撃を開始した。機械仕掛けと時計仕掛けの差はあるが、基本的には現代兵器の延長戦にあるため、攻撃は直線的なものになっている。

 ユフィリアが呪文詠唱を開始したのが目の端に見えた。

 

葵:

『そろそろ必殺攻撃くんぞ~! ジンぷーを残して後退!』


 ギリギリの距離で踏みとどまり、花びらを咲かせているユフィリア。英命先生が障壁を投射して支援している。



 ――〈ケイオス・グロウブ〉



 左上に装備されていた杖のようなものから、濃紺のような、濃すぎて黒く見える渦が放たれた。ガスだろうか。機械仕掛けの攻撃にしては、まるで魔法のようなエフェクト。その名のように、混沌そのものを吐き出したかのような……。


葵:

『ジンぷー!!』


 ジンにダメージは無い。その代わり、把握し切れないほどのステータス異常に見舞われていた。邪毒、麻痺、石化蓄積、腐食、盲目、聴覚遮断、沈黙、窒息、死亡宣告、全耐性ダウン、全抵抗ダウン、攻撃力ダウン、防御力ダウン、特技使用不可、消費アイテム使用不能、移動不能、回避不能、自然治癒不能、萎縮、硬直、放心、衰弱、惑乱、その他もろもろ……。

 下半身の石化がせり上がっていくのを、竜の魔力(ドラゴンフォース)で押しとどめている。しかし、容赦なく死亡宣告のカウントが減っていくところだった。


 次に目で探したのはユフィリアだった。普段なら、ゼロ・カウンターでまとめてキュアしている。ユフィリアは〈ケイオス・グロウブ〉の効果範囲外で、まだ魔法の増幅を続けていた。


葵:

『そうか、〈キュア〉のレベルが足りないのか!』


 ユフィリアはレベル97に上がったばかり。たぶんレベル100のキュアでなければ、快癒できないのだろう。魔法そのものを増幅できるスパイラルメイスを使っているのだが、3レベル分の増幅は一瞬では出来ない。〈機械仕掛けの死神〉が必殺攻撃を仕掛ける前から増幅を始めていたが、それでも足りなかったようだ。根本的な部分で僕らの弱点を突かれた形だった。1種や2種なら水薬などで治すことができても、これだけの種類ではどうにもならない。

 レイドボスの通常攻撃が無防備なジンに突き刺さる。砲弾や爆撃が炸裂する。英命が障壁を、ネイサンが脈動回復を、リディアが幻体を付与したが、それでも、あっという間にジンのHPは削られていく。


ユフィリア:

「……〈キュア〉!」


 ぎりぎりで間に合った快癒と同時に、回避専念でHPの回復を図るジン。そう簡単に死ぬ人じゃないと分かっていても、本気のピンチにこちらまで青くなってしまった。


葵:

『まじい。コレの対策が必要だけど、レベルアップ以外に方法が……』

スタナ:

「いけない、押され始めた!」


 弱気が蔓延を始めていた。圧倒的な最強が揺らぐと、こういうデメリットが出てくる。レイドは心の状態の善し悪しが強く反映される。第2~第4レイドに本来の粘りが見られなくなっていた。動揺でもって集中力がとぎれてしまったのだろう。もはや立て直しが必要だった。


ヴィルヘルム:

「後退しろ、この場から撤退する!」


 こうして僕らは、キャンプへと帰還することになった。今日のところは、僕たちの負けで終わった。

 


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