228 精神三力 と ハイ・コンセントレーション
ニキータ:
「よろしくお願いします」
アクア:
「揃ったわね、始めるわ!」ばばん
〈ペルセスの地下迷宮〉攻略2日目、無事に9層まで走破し、キャンプへと戻ってきた。あの猫型の時計仕掛けを探して『ちょっと』揉めたりもしたが、大勢に影響はない(と思う。……思いたい)
夕食準備中に、アクア主催で、サブ職〈コーラス〉持ちのメンバーが集められていた。私、オスカー、カミュ、ヘルベルトの4人。サブ職は外から見えないため、どのメンバーだったのか疑問だったが、結局は全員が〈吟遊詩人〉だった。
ニキータ:
「私はともかく、みなさんはサブ職を変更して良かったんですか?」
オスカー:
「アクアが参加するレギオンレイドだと、〈コーラス〉持ちのメンバーは参加が確定しちゃうと思って(笑) あんまり不公平にならないようにって配慮した結果なんだけどね」
カミュ:
「逆にサブ職の調整で迷惑をかけることになったがな」
私の場合は、クラスが被ってしまうことで役立たずになってしまうための『必要な処置』だったけれど、むしろ積極的なレイド参加権の問題に発展するようだ。
カミュ:
「それで、これはなんの集まりなのか説明して欲しいのだが?」
アクア:
「親睦を深める意味もあるわ。けれど、貴方たちにパワーアップして貰いたくて呼んだの」
ヘルベルト:
「パワーアップ、ですか(笑)」
アクアの善意が光り輝いていた。しかし、この時点ですでに結果が見えてしまい、苦笑いがこぼれる。基本的にアクアの能力は余人に真似できないような代物だからだ。
カミュ:
「具体的なプランはあるのだろうか?」
アクア:
「特別に相談にのってあげるわ!」
オスカー:
「……たしか、ニキータの〈コーラス〉は僕らのとは別ものなんだよね?」
話の展開から、オスカーが素早く先回りして本題へと持ち込もうとしていた。視線で『共通認識の形成』を呼びかけて来ている。滑らかで、極めつけに迅速。それでいて、穏やかな口調に不自然さがないと来ている。笑顔が少し大げさな印象を与えてしまっていることが、少し残念なぐらいか。
ニキータ:
「自分の能力に自信がなかったので、いっそ、人の力を借りてしまおうと思って、契約直前に手直しをお願いしたんです」
アクア:
「まぁ、『ハーモニティア』が誰にでも使えたら、それはそれで問題だものね」
ニキータ:
「……!」
問題のあまりの大きさに、今頃になって愕然とする。6~7割とはいえ、ジンやアクアの能力を獲得したプレイヤーを量産できるとしたら?
〈コーラス〉のスキルセットが、オリジナルとそれ以外で別物になってしまっているのは、まったくの偶然なのか、それともアクアが配慮した結果なのか。その横顔から、私は何も読みとることができなかった。
ヘルベルト:
「我々は、アクアの能力を部分的にコピーできるって話だったと思うんだけど?」
ニキータ:
「でも、アクアさんの能力はその殆どがオーバーライド級なので、単純にコピーするのは難しいかと……」
ヘルベルト:
「そうなのか。うーん。我々は全員が〈吟遊詩人〉だから、基本的な部分は同じなんだよね」
オスカー:
「そうなると、必然的にアクアのサブ職、〈歌姫〉の能力をコピーさせて貰うことになるんじゃないかな?」
早々に無難なところで決着しそうでなによりだった。肩の荷がおりる。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
カミュ:
「少し待って貰いたい。そもそも〈コーラス〉というサブ職は、少しメリットが少ないように思えるのだが?」
アクア:
「どうしてそう思ったのかしら?」イラッ
カミュ:
「いや、単なるマイナス評価に聞こえたとしたら誤解だ。謝罪する。そもそも現状において、我々はアクアのサブ・スピーカーでしかない。それは、本来の意味で『コーラス』と言えるのだろうか?」
アクア:
「えっ?」
オスカー:
「本来のポテンシャルを、まだ発揮していないってことか」
無難に終わろうとしていた状況をひっくり返してしまった。
第一印象から、カミュは『否定したいだけの人』かと思ったが、〈スイス衛兵隊〉の上位プレイヤーであって、やっぱりそんなことはなかった。真面目さがマイナス印象になってしまう誤解されやすいタイプなのかもしれない。無駄にイケメンなのが悪いというタイプか。怜悧さが冷たさと重なって見えてしまうようだ。
アクア:
「それは、面白いわね……! 確かに、バックコーラスが成立してもおかしくない」
ヘルベルト:
「確かに永続式援護歌の枠を2つずつ遊ばせてしまっている」
オスカー:
「合計すれば8枠か。何かに使える可能性は十分ありそうだ」
アクア:
「こうして改めて考えてみると、コーラス同士で連携できる可能性もあるのかもしれない……」
カミュ:
「それと、アクアがいない場合でも何か武器になるものがあるとありがたい」
誤解が解けた状況で、そっと一言、付け足したカミュだった。
アクア:
「確かにそうね。……私が居ない時でも、1曲だけなら、私と同じ強さの永続式援護歌を使うことができるわ!」
ヘルベルト:
「それは凄い!」
オスカー:
「そのやり方は?」
アクア:
「永続式援護歌の2枠に、同じ曲を設定しても、1曲分しか反映されないのは知っているわね?」
カミュ:
「ああ。以前、試したことがある」
アクア:
「簡単よ。私がアレンジしたAメロとBメロを同時に奏でることで、1曲の極大化した永続式援護歌に作り替えればいいのよ!」
あー……。アクア本人に決して悪気はないのだと、私は知っている。
オスカー:
「ちょっと待って、それって、永続式援護歌の要領で、Aメロ・Bメロの音を体から出さなきゃいけないってことだよね? システムのサポート抜きで……」
アクア:
「そうなるわね」
ヘルベルト:
「AメロBメロをまず完璧に暗記しなきゃならないけど……」
カミュ:
「しかも一切の混乱もなく、完璧に演奏しきる必要がある。それも戦闘中にだ。……まず不可能だろう」
アクア:
「そんなに大変な事かしら? だって、この子にはできるのよ?」
ニキータ(←この子):
「…………」
繰り返すけれど、私は知っているのだ。彼女に一切の悪意はないのだと。ただ、音楽的才能が圧倒的過ぎて、難易度の判定が正常に機能していないだけなのだ。
ニキータ:
「私は『ハーモニティア』でアクアさんの音楽的才能をトレースしているので、それで出来るんですよ」
アクア:
「あら、そうだったの?」
Aメロ・Bメロと簡単に言っているけれど、正直なところ、それぞれが楽曲として成立していない。雑音みたいなものという表現が近かった。
2つの永続式援護歌のパワーで、1つの極大化した永続式援護歌として織り上げることが必要になってくる。正確に音を捉えて、一音ずつ体から正確に放つ必要がある。ピアノで右手・左手でバラバラの動きをさせるようなものだが、当然のことながら、指5本の運動では足りない。正直にいって『慣れて』しまえば、指を動かすよりも簡単だし、正確に体から音を出せるようになるのだが、リプロ・リゾナンスを使わずにその状態にもっていくまでに、3ヶ月掛かるのか、1~2年掛かるのかは分からなかった。
オスカー:
「えーっと、必死にやれば、1曲ぐらいならできるようになるかな? ちょっと、聞かせてみせて欲しいんだけど?」
アクア:
「いいわよ」
ニキータ:
「あ、私がやりますね。曲はどれがいいですか?」
カミュ:
「当然、〈瞑想のノクターン〉だろう」
繰り返しになるところまで、Aメロ、次にBメロを奏でて、最後に合体させたものまでやってみせた。Aメロの前半で3人が絶望的な表情になっていたのは言うまでもない。
オスカー:
「ありがとう。……とりあえず、蓄音機みたいなものが必要だってことは分かったかな(苦笑) 一度、マリーに頼んでみよう」
カミュ:
「何十回と耳で聞いて、覚えて、体から正しく音が出せるまで繰り返し練習し、チェックを受けて……、数ヶ月は必要か」
ヘルベルト:
「え? 2人とも諦めないつもりなのか!?」
オスカー:
「ただ諦めるには、ちょっと惜しいかな」
カミュ:
「学習環境の意味でも、仲間がいるとありがたい」
西欧サーバーの1位・2位は学習でなんとかなると当たりを付けたようだった。この辺が凡人の私と違う部分なのだろう。感心と尊敬とが混じった感覚になる。
アクア:
「体から出す音、ボディ・サウンド(仮)の楽譜があると良さそうね。ただし、普通の楽譜では表現できない部分があるから、少し時間を頂戴。私も考えてみるから。それにボディ・サウンド(仮)用のメソッドもあると効率的・計画的な学習ができるかもしれないわね」
ニキータ:
「私も、可能な範囲でお手伝いします」
この日の集まりはこんな感じで開きになった。思ったよりもずっと建設的な集まりになった様に思う。
◆
ジン:
「よーし。強くなるにはどうしたらいいか、の話の続きをしてやろう。前に2の話までしたから、今回は3の話な?」
オディア:
「はい! お願いしますっ!」
シュウト:
「先日の話の続きってことですか……?」
どうやら笑顔をがんばっているオディアを見て、構ってやろうと思ったらしい。おいで、おいでとオディアを呼んだジンだった。
ジン:
「3の話は色々あるんだが、まずは精神三力の話からだ。これは2の話とリンクしているからでもある」
1の話は、「強くなるためには、『強く』ならなければならない」の話だった。相手との条件が平等であってはならない、といった内容。
2の話は、まじめ度とゆるみ度の関係が、(10、10)になっていなければならない、という話だった。
ジンが何か始めたこともあり、周りから人がなんとなーく集まり始めていた。
ジン:
「自分の実力を最大限に発揮したいと願うならば、ベスト・コンディションの構築は意識的、意図的、自覚的に行わなければならない。これは自明のことだ。睡眠不足とか、ハラ減りすぎてたりとか、疲労困憊、病気、怪我なんかだと実力うんぬん以前の問題になってしまうからだ。だが〈冒険者〉だとあまり酷いコンディションにはなりにくいっていう……」
オディア:
「そのせいで、逆に、ベスト・コンディションに対して無頓着になる傾向があるかもしれません!」
ジン:
「その通りだ。……ところで、ベスト中のベスト、マキシマム・コンディションみたいなものって、どんな状態だと思う? ただ調子がいいだけじゃ、マキシマムとまでは言えないだろ」
オディア:
「えっと、そう、ですね……」
すっごく調子が良い状態とか言いたかったけれど、それがどんな状態か?という話なので黙っておいた。余計なことを言っても、たぶん殴られるだけだ。それと、発想がちょっとユフィリアめいている部分に、自己嫌悪を感じる。
真面目に再考すると、身体意識が最高の状態、だろうか。
レオン:
「精神三力というぐらいだ。重なり合わない3つの円、もしくは3方向のベクトルのようなものではないか?」
ジン:
「おっ、いいねぇ」
オディア:
「3つの要素というなら、ひとつは『やる気』や『情熱』です!」
ジン:
「いいぞ。あとの2つは?」
レオン:
「戦闘で必要なものといえば、鋭敏な感覚、機敏な反応、『鋭さ』ではないか?」
たぶんジンブレイドの内容の時に、天才性のひとつを「鋭さ」と言っていたのが前提にあるのだろう。確かにぼんやりしている時はどうにもならないし、意識や感覚がハッキリ・シャッキリしていることは重要な要素かもしれない。
いや、もしかすると、レオンにとっては『ぼんやり/ハッキリ』の区別ではなく、『ぼんやり/ハッキリ/シャープ』みたいに分かれているのかも。……んー、なんかヤバいかも?
ジン:
「ほうほう。じゃあ、最後のひとつは?」
ゆるんでいること、と言いたいけれど、たぶん間違っているだろう。
というか、以前にも精神三力の話は聞いたことがある気がする。なんとなくずるっちぃので止めておいた。
ジン:
「……出ないか? じゃあ、ヒントな。めっちゃ情熱があって、感覚的にめちゃくちゃ鋭敏だったら、どういう状態になる?」
シュウト:
「えっと、……それひょっとして、怒って、イライラしてませんか?」
レオン:
「なるほどな。最後のひとつは、落ち着き、つまり『冷静さ』か」
ジン:
「ご明察。……熱力、静力、鋭力で精神三力だ。ただしこれだけではマキシマム・コンディションとは言えないけどな。せいぜいベスト・コンディションってトコだ」
シュウト:
「やっぱり『ゆるんでない』から、ですか?」
ジン:
「いやいや、もっと根本的なところからだな。いくらコンディションを巧く作れたとしても、もともとの状態が悪かったら話にならない。人生で最も充実している時期のベスト・コンディションと、心身ともにすり減ってズタボロの時期のベスト・コンディションなんて、比べるまでもないだろ」
タクト:
「ああ、確かに」
ジン:
「より基底的なレベル、『存在レベル』の話があった上で、『状態レベル』の話が成立するんだ。この辺りはコンテクスト、文脈とよく似ているな」
リコ:
「悲しいことがあって、落ち込んでいる時なんかに、実力を発揮する難しいって、……言われてみれば当たり前のことですね」
ユミカと別れた時期のことをチラりと思い出したりした。そう思うと、今は平和だし、トレーニングに邁進していて、しかもレイド中と来ている。なかなか充実した日々と言えよう。(……なんか恋愛に向いてない人の負け惜しみっぽい発言のような?)
ジン:
「精神三力の話はちょい微妙なニュアンスの話になるんだが、『強くなるために必要なものは何か?』の話じゃなくて、『実力を、余すところなく十全に発揮するためには、どうあるべきか?』の話なんだ」
レオン:
「フム」
ジン:
「誤解を恐れずに言うのならば、『理想的な勇気』とか、『上質な集中力』の中身、といったものになる。恐ろしい敵と戦うには、燃えるような闘志が必要だ。しかし、怒りに身を任せるのではなく、泰然と構えているべきだろう。同時に僅かな隙や弱点を見逃さない明敏な感覚を維持していなくてはならない。
これは戦闘だけでなく、プレゼンなどの商談や、受験のような学力テスト、その他あらゆる本番で目安となる状態だと言える。……って、まだちょっと分かりにくいかもな(苦笑)」
言っていることは分かっているつもりなのだが、僕らがピンときていないようにジンには見えるようだ。
ジン:
「心の強さとして考えると、ここんところ注目を浴びているのは抵抗力や回復力みたいな意味でのレジリエンスなんかもある」
オディア:
「挫折から立ち直る心き強さですね。かなり重要なように思います」
瞳がキラキラしているというか、ちっちゃい子かわいいというべきか。
ジン:
「これらをどう位置付けるかというと、短期的なものと、中・長期的な区分にあたるだろう。実力の発揮としてみると、精神三力のバランスが大切なんだが、その実力の維持・回復だとレジリエンスのようなものが威力を発揮するわけだな。道具でいうメンテナンスのことだな」
シュウト:
「なんだか、かなり複雑なことになっている気が?」
ジン:
「言葉で説明するとどうしてもなー。レジリエンスの中身は実質的にゆるみ度だから、集中力とゆるみ度でほぼ説明が付く話なんだけど」
レオン:
「状況を整理してみよう。まず、『存在レベル』と、『状態レベル』とがある。基底レイヤーである、存在レベルでの心身の充実度(%)が全体に影響する」
オディア:
「その上に乗る形で状態レベルがあるのですね」
ジン:
「そうそう」
レオン:
「精神に関わる3つのパワーのバランスが、上質な集中力の状態であり、ゆるみ度はレジリエンスのことでもある、ということか」
ジン:
「だいたいそんな感じかな。精神力の3要素と、集中力・ゆるみ度の2要素の組み合わせなんだ。高度な能力を発揮させるには、リラクゼーションが不可欠で、リラクゼーション・レジリエンス共に、どのくらいゆるんでいるかでほとんど決まってくる。ゆるみ度は精神にとってダメージ遮断障壁みたいな役割も果たしているから、ストレスの直撃を防ぎ、ダメージを緩和してくれる。そもそもストレス症候群は、人類全体のゆるみ度の低下によって発見された現代病だしな」
リコ:
「ゆるみ度って、大事なんですね……」
ジン:
「しかし、ゆるむことと、たるんでいることの差を明確に区別しなきゃならない。集中力や真面目度が低い状態でゆるみ度だけが高くなってしまうと、たるんでしまう。ダラダラして、怠けて、ぐったりしている状態だ」
タクト:
「引きこもりや、ニートな状態ですか?」
ジン:
「ノー! 断じて、NO! 引きこもりやニートの原因はゆるみ度じゃない。『ゆるみ度の低下』だ。元気がないから、引きこもってニートするしかないのだ。ダラケているわけじゃない。ましてや、ゆるんでなんかいない。連中は『家の中でしか元気でいられない』状態なのだ。お外に出るパワーが無い状態なんだよ。他人からは怠けて見えたとしても、本人的には精一杯がんばってアレってこった。体が固まっちゃって、元気の最大値が大きく減ってしまっているんだ」
リコ:
「なんか切実というか、必死さを感じるんですが?」
ジン:
「がんばってる奴に、がんばれって言っても何も解決しないだろ」
シュウト:
「それは、まぁ……」
分かるような、わからないような、わかりたくないような。
ジン:
「じゃあ、敢えて最上段からの目線で言ってやるわ。お前らが『クッソ弱くて』『頭も足んねー』のは、ろくすっぽ努力してないからだろ。……おい、もうちょっとがんばれよ」
シュウト:
「うぐっ」ズドギャ!
タクト:
「ぐはっ」ズバギャ!
レオン:
「フッ。つまり、足りないのはがんばることではなく、『ゆるむこと』、ということだな(苦笑)」
僕らが、引きこもり・ニートを見下して『怠けている』と考える構図から、世界最強たるジンが、僕らを見下して『怠けている』という構図に転換してみせたのだろう。努力が足りないとか言われると(事実だとしても)やはり切ない気分になるものである。
しかし、引きこもりに足りないのはがんばりではなく、ゆるみ度である。同様に、僕らにとっても足りないのは、がんばりよりも、ゆるみ度だってことなのだろう。もっとゆるませないといけない。
ジン:
「本題に戻ろう。集中力とか真面目さがないところでゆるんでも、ダラケてしまうばかりなんだ。リラックスし過ぎて、力抜きまくりだな。……逆に集中して、超真面目な状態でばっちりゆるんでいると、天衣無縫、融通無碍、自由闊達っていう、達人の境地なわけよ」
シュウト:
「もう精神四力にしちゃった方が早くないですか?」
ジン:
「ゆるみ度も三力ぐらいに分解した方がいいのかもしれないけどなー。
ともかく、精神だけじゃどうにもならんだろ。実体としてのカラダもゆるんでこなきゃダメなんだから」
シュウト:
「ですね(苦笑)」
ジン:
「ま、射程が無闇に広くて大きいのが問題なんだよ。限定的な状況、たとえば受験勉強だったりとか、とあるスポーツ1種目とか、必要になる強さを絞り込めれば、もっとモデルを最適化して単純化もできるかもわからん。しかし、種族としての人間の強みは汎用性だし、環境適応力でもある。
実際のところ、外部状況ごとに難易度や必要な能力は変化する。ついでに言うと、戦闘ってのはあらゆる種目の中でもっとも複雑なものでもあるんだ。そうしたあらゆる状況に対処する能力的な共通性は、そこまで単純化できないのが実状だな。たとえば、仕事、家庭、教養、財産、趣味、健康、……必要になる能力はそれぞれ異なってしまう」
レオン:
「なるほど、精神三力とはそういうものか」ニヤリ
ジン:
「どうやら、わかったようだな」うんうん
シュウト:
「あの、ぜんぜん分からないんですけども……?」
ジン:
「何つったらいいのか、こっちもワカンネーんだよ。学校で『精神三力とは、熱力、静力、鋭力ですよ』と言われたら、『そっかー』って思うだろ?」
シュウト:
「はい」
タクト:
「今、そういう状態ですね」
ジン:
「でも一周して、社会人になって『実力とか言われても、一体どうやったら発揮できるんだよ!? うわあああああー!!』とか思うようになったら、『あー、昔、学校で習った精神三力って、凄いな』とかって思うようになるんだよ。いや、教えてる学校とかねーけど」
シュウト:
「はぁ……」
オディア:
「なる、ほど……」
ジン:
「ダメか。どうすりゃいいと思う?」
レオン:
「地獄に叩き込めば、自然と理解するだろう」
えー……。なんかメチャクチャ言ってるんですけど。
リコ:
「大事なのは分かるんですけどねぇ。たとえばコミュニケーション能力ってどうなるんですか?」
ジン:
「範囲が大きすぎるな。あたたかさ、共感、穏やかさ、ゆるみ度とか」
オディア:
「ほぅ。優しさや寛容さも同じ要素が使えそうですね」
リコ:
「じゃあ、クリエイティビティはどうですか?」
ジン:
「創造力の『創造』は聖書の言葉で、日本人には強くて大きすぎるというのが俺の持論だな。改善・工夫がクリエイティビティの基本だ。情熱、直感力、思考の柔軟性なんかがか必要になるだろう」
リコ:
「参りました。……というか、ゆるみ度の汎用性高すぎぃ!」
精神三力とゆるみ度の組み合わせで対応していないような、何某かの強さや能力を考えろと言われても、すぐには思いつかない。……幸運とか?
ジン:
「よく見かけるんだけど、他人の評価に『凄い情熱』『情熱が凄い』しか言わない輩が一定数いてなー。他者の能力評価とかって、基本中の基本だろ。それで『情熱がどうこう』しか言わないのって、あまりにも稚拙というか、お粗末というか。
評価項目数が多けりゃいいって問題じゃないんだけどな。しかし、言語レベルからしてロクに整備されてないのかよ?とか思っちまうわなぁ。イデオロギーからしてどうなってんだって疑うわー。
まぁ、自分の感動を相手に伝える技術としてそうしてんのか知らんけど」
レオン:
「情熱でしかものを判断しないのなら、情熱だけみせておけばいいのだろう? 与し易い相手で結構なことだ」
ジン:
「フン。食い散らかしておいて、後片付けは他人任せってか。いいご身分じゃないか。
知性が伝染するには長い時間が掛かるが、バカがうつるのは一瞬だ。……お前らもせいぜい気を付けるこったな」
知性の伝染に時間が掛かるなら、バカばかりが増えてしまうことになる。しかし、レオンのようにカモにすればいいと思っているなら、バカが増えても気にならないのだろう。
カモにされないためには、知性を取り込まなければならない。これまでそうして来たように、ジンに張り付いておくべきだろう。
ジン:
「よし、ちょっと実技をやってみっか。熱力・鋭力・静力を意識しながら、ハイ・コンセントレーション!」
ギュギュっと集中を高めていく。熱力・鋭力・静力で心のポジションを調整する。
ジン:
「そのまま維持。リラクゼーションを超えてゆるめていけ。ハイ・リラクゼーション!」
集中を維持しながら、ゆるめていく。前に立つジンの姿を見ながら、自分の姿を重ねていく。集中とゆるみ度の融合した状態を探る。余すことなく、自分自身を使い切るための技術。
ジン:
「弱めるな、ゆるめろ! ハイ・コンセントレーション! ハイ・リラクゼーション! 繰り返せ!」
ハイ・コンセントレーションと、ハイ・リラクゼーションを何度もつぶやき、繰り返す。
ジン:
「……よし、いいだろう。これがハイ・コンディションだ」
レオン:
「セットアップに組み込むべきだろうな」
どうやら僕もセットアップを更新する時が来たようだ。膝を抜いたり、手の内を確認しているが、ハイ・コンディションを入れてみようと思う。
ジン:
「緊張する状況、特にリスクの高い戦闘の場合なんかは、コンセントレーションの方は自然と高まりやすい。だから、ゆるみ度の方が重要になってくるんだ。当然、コントロールも難しい。そんな状況だと、逆に集中力の中身である精神三力のバランス、ポジションを確認するのも有効だったりするな。……精神三力、3の話でした」
オディア:
「ありがとうございました」
翌日は、素直にいけば、〈ペルセスの地下迷宮〉のレイドボスとの戦いになる。不安が残る要素が幾つかあるのだが、それはいつものことだし、たぶんなんとかなるだろう。(猫型の時計仕掛けとか、〈幻影宝石〉とか……)
その後、ジンに稽古をつけてもらった。難易度30のフェイント付きでお願いしたところ、勝手が違いすぎてしまいフルボッコにされた。思わず、「卑怯ですよ!」と抗議したら、「お前がやれって言ったんだろ!」と殴られた。フェイント付きだと一生かかっても勝てそうになかったんだけど、果たして気のせいだろうか……?
レオンが難易度50・フェイント付きに挑み、まるで勝負になってなかった。そんなので難易度40に下げたら、今度は逆にかなり良い勝負になってしまう。これに焦ったジンが「サービスタイム終了!」と叫んで難易度50に戻したり、をやっていた。
もしかして難易度20ならフェイント付きでも平気なのかもしれない。いや、それよりも、難易度40なんてフェイント無しでもかなり大変なので、改めてレオンの強さを見せつけられる結果になってしまった。実力に差があるだろうとは思っていたけれど、ここまでとは……。
ジン:
「お前の場合、落ち込んでるぐらいで丁度良い気もするが、近接特化の相手と比べて勝手に落ち込むな」
シュウト:
「はい……」
ジン:
「わかった、もう一回、相手してやる」
もう一度、相手してくれるというのでお言葉に甘えてみた。
ちょっぴり手加減してくれるかと思ったけれど、そんな甘い話はなかった。逆に難易度50解禁で、メチャクチャ怖い目に遭わされた。しかし、負い目のような、落ち込んだ気分は吹き飛んでしまっていた。必死でやらなければならないのだし、必死にやるだけだと思った。




