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226  大衆文化

 

 階段トレーニングを済ませ、〈ペルセスの地下迷宮〉の攻略に取りかかる。地上から階段で降りてきた部屋の先へ進むと、もはやお馴染みとなったショートカット・エリアに出た。


葵:

『今回はエレベーター方式かな? あー、4台しかないかァ~』

スタナ:

「3層ごとにショートカットがあるってことね?」


 ここまでのダンジョンはすべて12層+レイドボスの組み合わせで出来ていた。〈ニュンフスの水中神殿〉では13層目が無かったものの、その他は13層目がレイドボスのエリアとして設定されている。エレベーターが4台ということは、3層目、6層目、9層目、12層目にショートカットがあることになる。地下に降りていくタイプの、素直な地下迷宮を思い描いた。


ジン:

「12層目行きのドアを蹴破って、13層目のレイドボスだけ倒せれば楽だろうになぁ」

ネイサン:

「ダメダメ! レイドは過程を楽しまなくっちゃ!」


 以ての外!とばかりに拒否権を発動するネイサンだった。僕も似たような気持ちである。経験値的にもアイテム的にも、勿体ないお化けがでると思う。


葵:

『どっちにしろ、たぶんゾーンの技術を利用してるだろうから、その手の裏技は禁じられてんだろうしねー』

スターク:

「んっと、どういうこと?」

葵:

『仮にテレポート能力とかがあったとして、12層目の高さに合わせてジャンプしたって「土の中」ってことだヨ』

ジン:

「てことは、エレベーターシャフトを目安にダンジョン構造を読んで(、、、)も意味ねーんだな?」

葵:

『そゆこと』


 プレイヤータウンにあるギルド会館には、ギルド登録していると安く借りられるギルドゾーンがある。その入り口は整然とドアが並んでいるだけなのだが、ひとたびドアを開けると、中は金額などに応じた様々な広さの部屋が広がっている。隣のドアがあるべき位置もお構いなしなのが、このゲームでのゾーンという空間技術である。

 特に地下迷宮は異空間であることをキチンと理解していないとダメ、という話だろう。



 埃もない整然とした通路と、LEDかどうかまでは分からないが、電気的な照明。この施設の機能がまだ『生きている』ことを示すかのような現代っぷりに、たっぷりと戸惑う。

 いや、もっと未来をイメージしていたらしい。なぜならば、モンスター出現エリアに入った途端、機械系モンスターに襲われたからだ。完全に自立しており、2018年のロボット技術とでは比較にならない。


ジン:

「今度は機械が相手ってかぁ?」

葵:

〈時計仕掛け〉(クロックワークス)の系統上位モンスター、完全に未来兵器だぁね(苦笑)』


 古代遺跡の中に、未来兵器という矛盾に苦笑いしかない。

 レギオンレイドだけあって、相手はちょっとした機械式軍隊の様相である。昆虫の形をした敵モンスターが並んでいる。


ジン:

「つか、〈アンカーハウル〉は効くんだろうな?」

葵:

『ゲーム基準なら、だいじょぶじゃね?』


 ギミックにはタウンティングしても効果がない。それらを下敷きにした会話だろう。

 こうした機械系モンスターは2種類に大別される。ひとつは〈神代〉と呼ばれる古代遺跡などに出てくる機械兵器で、もうひとつが今回出てきているような〈時計仕掛〉(クロックワークス)と呼ばれる兵器群である。遙かな過去の、たぶん科学者たちが生み出したのが前者で、アルヴ族が生み出した兵器が後者である。より緻密な作りなのが前者で、より大ざっぱなのが後者。雷撃に弱いのが前者で、炎に弱いのが後者、というぐらいの認識だ。

 魔法を生み出したのがアルヴ族だとすると、前者の兵器群に魔法らしきもの(魔導)が使われているのは設定矛盾な気がするけれど、超古代兵器の科学力は、僕らにしてみれば魔法と大差ないってことかもしれない。

 


 〈アンカーハウル〉に合わせて弓でファースト・ショットしてみた。……ところが、魔法障壁を展開して防がれる。(機械のくせに生意気だぞ)とスネ夫めいたコメントが浮かぶ。僕にだって魔法障壁での防御なんてできないのに!


英命:

「障壁をご利用になりますか?」

ジン:

「いらねー、よっ!」


 瞬間移動めいた速度で踏み込むと、立て続けに斬撃を放り込んでいく。毒グモ型に何もさせず1機目を撃破。


ジン:

「! っと」


 後方からのギミックによる砲撃を寸前で回避。それらギミックを潰すためにこちらの別動隊が動き始めた。かなり連携がよくなっている。ただ、敵側の前衛・足止め部隊と、後衛・掃討射撃の組み合わせは地味だが強力なものだった。


ジン:

「地雷だと!?」


 また一体と(ほふ)っていくジン。その瞬間、倒したはずの敵が置きみやげを残していった。爆弾である。仲間を後退させる時間がないと判断したのだろう。〈竜鱗の庇護〉(ドラゴンスケイル)を足下に発動させ、サーフィンのようにその上に飛び乗った。そのままウロコ盾ごと覆い被さるように、爆弾の上へ。直後、爆発による轟音と、黒煙が広がった……。




レオン:

「初戦からなかなか歯ごたえがあったな」

ギャン:

「ギミックとの組み合わせがシャレになってねーだろ!」


 しかし、実のところみんな笑顔だった。実に心地好い手応え・歯ごたえに満足感を味わっていた。理不尽なほど強いのは変わらないのだが、ギミックの組み合わせなどが計画的というか、理不尽の種類が好みというか。


ジン:

「……面倒くせぇ」

シュウト:

「あははは(苦笑)」


 面倒くささがメインタンクに直撃するので、こういう感想になるらしい。


スタナ:

「HPが高いのも問題ね」

葵:

『耐火炎コーティングみたいのを剥がさないと弱点を攻撃できない仕組みだねぇ。もしかすっと、雷撃か氷結で剥がせるのかな?』


 休憩中の雑談なのか、打ち合わせなのか、境界が曖昧な会話に興じつつ、回復を済ませてしまう。


 ドラゴンフライが大量に出現し、パルスレーザーの弾幕をかいくぐることに。


ジン:

「めんっどくせぇ!」


 その後もクロックワークスの火砲の嵐が続いた。中衛攻撃型で『刀獅子セイバーリオン』と呼ばれるタイプが混じってくる。一撃必殺の高周波ブレードごと〈竜破斬〉で叩き斬る。


ジン:

「くっそ、めんどくせぇ!」


 1層目のフロアボスみたいなのに天道虫型が出てきた。クロックワークスを再生産する強敵だったけれども……(笑)


ジン:

「だーっ! めんどくせー!!」


 面倒くさいといいつつ、ジンが斬り捨てて勝った。

 ここまででケイトリンがレベル97、タクト、スターク、クリスティーヌがレベル96へ。〈スイス衛兵隊〉の残り全員が94レベルになっていた。

 続けてリコ、リディア、英命、それにアクアも、もうすぐレベルアップするハズだ。6層のショートカットを解放するまでには、4人ともレベル97に到達していることだろう。96レベルのままのジンを少しずつ追い抜いていく形である。



ユフィリア:

「ジンさん、だいじょーぶ?」つんつん

ジン:

「…………」

葵:

『返事がない。ただの屍のようだ。デロレロデロレロデロレロデロレロ リンドン♪』

ジン:

「殺した上に、呪ってんじゃねーよ!」


 うつ伏せに寝たまま動こうとしないジンを、心配しているのか遊んでいるのか分からないが、なんかイジリ倒していた(苦笑) こういう状態の時こそ、自分の出番と弁えている人がやってきた。



ヴィオラート:

「神のお告げがありました。ここはわたくしの出番だと!」

ジン:

「出たな、新興宗教……」

ヴィオラート(新興宗教の教祖):

「拝領いたしました。今からわたくしが、ジン様の癒し係です!」


 やはり手段を選ぶ気などなさそうだ(笑) 癒し効果はバツグンっぽいけど、肝心のジンに効き目があるかどうかは別の問題の気が……(汗)


ヴィオラート:

「さぁ、どうぞ。わたくしのヒザをお使いください」くわわっ

ジン:

「気合い入ってるトコ申し訳ないけど、それ、癒し効果ないから!」


 体をすこし起こし、匍匐前進の姿勢で逃げの構え。なんだかんだ元気が出てきている気がしないでもない。


英命:

「やはり、JKリフレでしょうか……?」

ジン:

「違う、誤解だ。やめろ、やめてくれ! 癒される前に、社会的に死ぬっ!」

葵:

『むしろ本望なんじゃねーの? あのヒザを目一杯味わってから死ぬなら、それこそ男子の本懐ってもんじゃん(笑)』


 果てしなくタチが悪い。支援射撃で勢い込むヴィオラート様。ぺしぺしと自分のフトモモを叩いてアピールしている。


ヴィオラート:

「さぁ、ジン様。さぁ!」


 つめよるヴィオラート、じりじり後退していくジン。最強でもどうにもならないシチュエーションはあるらしい(苦笑)


リコ:

「やっぱりジンさんって……」

リディア:

「ロリコン……」

ジン:

「だーっ!! 俺は、俺はロリコンじゃねぇ!!!」


 涙を流しつつ、天に向かって吼える黄金竜のオーラ。

 元気が出てきたところで2層目の攻略に向かった(笑) またまた山盛りの機械軍団を前に、不機嫌爆発中のジンが高らかに宣言した。



ジン:

「メインタンク交代! ……あとは適当にやっとけ」


 僕らにそう言い残すと、敵軍団のただ中に1人で(おど)り込んでいった。敵の同士討ちを誘いつつ、好き放題に暴れ回る。何しろ、実際に撃ってきたら超反射で躱して同士討ちさせてしまっているぐらいだ。これが出来てしまう人なので、レイドのコンビネーションなどは本当のところ足手まといでしかなかったりする。


葵:

『あまりの面倒くささにレイドを放棄しやがった(笑)』

シュウト:

「どうしますか?」

葵:

『利用するっきゃないっしょ。敵の陣形が崩れたところで、数を削っていくよん!』

スタナ:

「こんなレイド、見たことない……」


 敵の狙いが通用しないジョーカーを放り込んでしまい、生まれた混乱を押し広げるようにフォローしていく。メインタンクをレオンに譲っておいて、こちらに背を向けた敵を狙った。

 水中神殿でも勝手に敵をどんどん斬って行ってしまったが、今回のはもはや完全にソロプレイだった。……それはそれで、そっちの方がやりやすい部分はある。あるのだけれど、釈然としないものも残る。2層目も終わり近くなって、それらの感情が、自分の実力のなさに起因していることを理解した。一緒にああいった無茶がしたいのだ。さすがに無理だけど。


ジン:

「これはまた……」

葵:

『タイムボカンみたいな……。びっくりどっきりメカって感じ?』


 3層のフロアボスはショートカットの区切りが影響しているのか、これまでよりも強そうだった。カブトムシというか、ヘラクレスオオカブトというか、戦車というよりも砦めいたサイズにプレッシャーを覚える。


 戦闘開始からだんだんと混迷を極めていった。敵の物量を前に、乱戦を余儀なくされる。戦っても戦っても、倒しても倒しても、敵の数が減っていかない。


葵:

『わーった。ガベッジ・モンスを先に撃破しないとだ』

スタナ:

「……そうか、コア回収ユニット!」


 倒すと派手に吹っ飛んでくれるので気分はいいのだが、おまけメカは本体の一部という設定らしく、しばらく経っても消えてなくならない。その段階で僕ら攻撃チームは興味もなくなるし、実際問題として忙しいので見なくなってしまう。だが、そこでどうも廃材というか、コア・ユニットみたいなものを回収して、再利用することで敵モンスターの再生産を早める仕組みになっていたようだ。従って、この循環を断つには、回収ユニットを先に叩く必要があった。


 ここまで分かってしまえば、後はどうにかなる。攻撃チームから人数をさいて、待ち伏せをする。回収ユニットを狙い撃ちして撃破していった。敵の再生産の速度が落ち、ゆっくりと均衡が崩れていった。

 ……3層のフロアボスを撃破。ショートカットを解放し、この日の攻略を終えた。予定通り、リコ、リディア、英命、アクアがレベル97に到達した。







ジン:

「は? ラーメン作ってんのかよ!?」


 レイシンたちが夕食を準備している時に問題が発生した。本日の日本チームのメニューがラーメンだと耳にし、ジンが過剰ともいえる反応を示したからである。


ジン:

「おいおい、かん水はどうしたんだよ?」

レイシン:

「やるならタマゴ麺かな?とも思ったんだけど、ここだとタマゴも貴重品だからね。お菓子作り用のベーキングパウダーはあるっていうから、重曹を用意してもらっちゃった」

ジン:

「そりゃ、よかったな。……いや、それよりヌードルハラスメントはどうする気なんだよ?」

レイシン:

「えっとー、ダメだったかな(笑)」


 何も考えてなさそうだった。

 ちなみに前日のギヴァ氏の依頼が、『ラーメンが食べたい』だったという。カレー食べたい人の次はラーメン食べたい人と来たので、寿司か天ぷらもあるかもしれない(笑)


レイシン:

「んー、ラーメンがダメなら、味噌煮込みうどんとかどうかな?」

ジン:

「鬼か! それ、余計にすすらないとダメなヤツ!」

レイシン:

「はっはっは」


 笑って誤魔化す気なのがバレバレのレイシン。というか、これってどうするんだろう……?


ユフィリア:

「ヌードルハラスメントって、すすっちゃダメーってやつでしょ? どうしてダメなの?」

ニキータ:

「おもてなしの精神、かしら……?」

ジン:

「それ本気で言ってんのかよ(嘆息)」


 ジンのため息は深い。話を聞いていたオスカー達が話に加わった。


オスカー:

「僕らの間でも、意見が分かれてる部分なんだ。そもそもラーメンをススって食べるのは日本の文化なんだから、こちらは文句を言うべきではないし、日本人も自信をもった方がいいと思うんだけど」

バリー:

「でも僕らがススッて食べてると、『Weeaboo』とか言われたりするんだけどね(苦笑)」

ユフィリア:

「うぃーあー?」

石丸:

「『日本カブレ』の意味をもつネットスラングっス」


 よく分からないところでいろいろあるらしい。ここで本命(?)の登場と相成った。


ネイサン:

「いやいやいや、変な音を立てて食べたらダメでしょ。恥ずかしいって意見が大半だけど、中には鼻水をすすってる音に似てるから、気持ち悪いって話もあるんだからね? マナーを守って、みんなで幸せになろうよ。美味しい食事は、正しいマナーあってこそだし」


 なるほど、一理あるような気もする。


英命:

「なかなか面白そうなお話ですね」フフフ

ジン:

「……面倒臭いのが来やがった」


 先生もすっかり面倒な人扱いである。ちょっと癖がある人なんだけども、味方の内は最大限に歓迎したい。問題は、今回が味方かどうかってことなんだけど。大問題だ……。


オスカー:

「それで、日本側の意見も聞いてみたいんだけど?」

シュウト:

「えっとー」


 (ドラ)えもんはログアウト中なので、そうなると必然的にジンにお願いすることになる。


ユフィリア:

「ジーンーさんっ♪」←期待の眼差し

ジン:

「わーったわーった。俺が理解している範囲で説明してやろう。……ヌードルハラスメントの問題は、麺をすする行為そのものだとか、好き嫌いを語ってもどうにもならない」

英命:

「では、なにが問題なのでしょう?」にこにこ

ジン:

「説明は遠回りになるんだが、……世界史の謎のひとつに、なぜ日本はこれほどの発展を成し遂げることができたのだろうか?というものがあってなー」

オスカー:

「わかるよ。圧倒的なスピードで先進国の仲間入りを果たしている。実際、アジアの中じゃ飛び抜けて早かったよね」

ジン:

「日本人からすると、別に普通のことで疑問にも思わない話なんだが、この問いは『市民革命も経ずに、なぜ?』といった文脈が隠されている」

ネイサン:

「確かにそうなるだろうね」

英命:

「特にアジアの発展途上国にとっては、重要な疑問のひとつでしょう」


 日本人にはあまり気にならないけれど、先進国に至るために必要なものは何だったのか?とかいう問題らしい。それがどうしてヌードルハラスメントの話で出てくるのか?というのもまだ見えてこない。


ジン:

「対比として市民革命とは何か?と考えていくと、ギロチンに代表される貴族社会の破壊の側面があるのと……」

葵:

『血、血、血ぃ~♪ 血が欲しい~♪ ギロチンの~♪』

ジン:

「ブーッ(←吹き出した)……テメェ、そんな分かりにくいネタを!」

葵:

『私はこの妙なる調べの全てを愛しているっ!……って、なんの話?』


 見事に説明をぶちこわして現れる我らがギルドマスターであった。


ジン:

「(無視)えっとー、もうひとつが農奴の解放だな。いわゆる市民全体で、自主独立の気風を養うこと。少なくとも、こうした両側面が必要になると考えられる」

ユフィリア:

「???」

ニキータ:

「農奴っていうのは、貴族のもっている荘園で農業をしていた人たちのことだけど、農民というより、農奴、いわゆる奴隷みたいなものだったの。奴隷の人たちが自立し、ひとりの人間として立派に生きていくことが必要だったって話ね」

ユフィリア:

「うん、うん」

オスカー:

「フランス革命は特に象徴的な出来事だからね」

ジン:

「ああ。そして問題はここからだ。日本ではフランス革命に対応する出来事が見あたらない。時期的に一番近いのは江戸幕末の討幕の流れだが、やってるのは武士たちで、市民革命とは性質があまりにも違っている」

シュウト:

「だから世界史における謎ってことなんですね……」


 奴隷は、物語の題材になることもある。そこまで詳しい訳じゃないけれど、奴隷がいきなり自立するのが難しいぐらいのことは僕にも分かる。同時に、過去の日本人はそこまで奴隷なんていなかった気もした。ジンはなんて答えるつもりなのだろう……?


葵:

『んで? ジンぷーの答えは?』

ジン:

「江戸時代に花開いた、町民文化、大衆文化がその答えだろう。大衆が、『文化を担う主役』に躍り出たことになるからだ。そうなると、次はどうして大衆文化が花開くことになったのか?という疑問が生まれる」

レオン:

「そうなるだろうな」

アクア:

「ふうん。続けて?」

英命:

「早い段階で武士が支配階級になったからでしょう。そして武士達は貴族化しなかった。この際、貴族の要件とは何かが問題になるかもしれませんね」

ジン:

「日本がどれだけ特殊なのかはしらんが、武士は戦士階級、もしくは軍人みたいなもんだろう。そして武士達は庶民の文化的活動を邪魔しなかったのかもな。それらが巧く作用して、大衆文化が芽吹いたんだろう。まぁ、いってしまえば貴族と袂を分かつのが早かったわけだ」

葵:

『ほーん。じゃあ京都の連中がいい根性してやがるのが、どれだけ貴族文化の影響かって視点はありうる話かもだね~』ニマァ

ジン:

「そ、その辺はノーコメントで頼む(汗) ……ここに付け加えるとすると、俺たち〈冒険者〉は、貴族社会に現れた、武士的な集団かもしれない。こんな視点もありうるんじゃねーかな」

レオン:

「なるほど、面白い」


 平安時代の藤原氏は貴族だろう。その後、いつのまにか武士が出てきて、平氏が実権を握り、源平合戦で滅んでいる。イイクニ作ろう鎌倉幕府だから、1192年には鎌倉幕府を始めていることになる(1185年説もある) ……貴族と袂を分かったのはこの辺りの話になりそうだ。

 その後の室町幕府を織田信長が終わらせた頃が、みんな大好き戦国時代。そして江戸幕府が始まるのが戦国の終わる1600年頃から。鎌倉幕府から約400年後になる。


ネイサン:

「ん~。結局、どういう話?」

スタナ:

「そうね……。貴族文化と大衆文化の対比、かしら」


 そろそろ元のヌードルハラスメントの話に戻っていくのだろう。


ジン:

「日本にも貴族はいた訳だけど、大衆文化の影響のせいか、宮廷料理というのがあまり発達しなかったんだ」

スターク:

「えっ? 天皇家って、ものすごく長い歴史があるのに!?」

ジン:

「天皇家に品物をおろす御用達みたいな店はあるんだけどな。当然、一流ブランド扱いだ。それでも数年前にテレビドラマになった『天皇の料理番』では、主人公はフランス料理を学んでいた。明治の新政府以降、西欧列強と肩を並べるべく努力した人たちは多いんだが、特に外交での会食には、フランス料理が必要だと考えた訳だな」

ミゲル:

「元々フランス料理はローマ帝国の宮廷料理の流れを汲むものだ。少なくとも料理に関して言えば、ローマの後継者はフランスということになる」


 ようやく料理へと話題が移り変わってきていた。


ジン:

「高度成長期の後も、経済一流、文化二流、なんて言ったりしてな。日本には海外と渡り合うだけの文化がない、だなんて自己批判を繰り返していたものだ」

バリー:

「日本に文化がないって、……そんなこと言ったらどこの国にあるの?」

ヴィルヘルム:

「いや、日本の『貴族文化の欠如・不足』のことだろう」

ジン:

「そう。大衆文化を認めない風潮が長く続いたってこった」

アクア:

「同じく大衆文化が主体のアメリカの料理といえば、ホットドッグ、Tボーンステーキ、ロブスターのイメージだものね」

ヴィルヘルム:

「つまり、貴族文化と大衆文化の衝突が、ヌードルハラスメントなる問題の本質だということか」

ジン:

「だいたいそんな感じかな。最後まで言わせてもらえば、近年の日本食ブームは、大衆文化の巻き返し、再評価の動きってことになるだろうな」

シュウト:

「えっとー、つまり、ラーメンやお蕎麦を啜って食べるのって、大衆文化だからってことですよね?」

ジン:

「そうだ。そしてそれを非難する側は、貴族文化の文脈を背景にしていると考えていい。貴族文化からみれば、大衆文化の粗雑さは許し難いってこった(苦笑)」


 まだピンと来ていないが、それぞれの歴史に絡んだ、大きな文化という流れから来ているもの、らしい。


オスカー:

「こうして日本側の視点でみると、フランス革命で打破したはずの貴族たちの文化を、我々は誇らしげに掲げていることになるんじゃないかな? それって、ちょっと滑稽に見えるのかも知れない」

ネイサン:

「それは……。いやいやいや、ちょっと待って(汗)」

ジン:

「いやぁ、まっったくそんなことは思ってないな~」

ネイサン:

「ん? ……そうなの?」

ジン:

「ああ。日本人の目にはヨーロッパが全部オシャレに見える。そういうフィルターが掛かってるからな(苦笑) 宮廷料理と耳にしたら、食べてみたいとしか思わねーんだよ」

葵:

『憧れの上流階級っつってね。だいたい、レシピだの文化だのを敵視したり、消したってしょうもないっしょ。そんなの勿体ないだけだって』

英命:

「それもこれも、日本で市民革命がなかった影響かもしれませんね。貴族憎しで敵視してこなかった訳ですから……」

ヴィルヘルム:

「なるほど」

ミゲル:

「日本という『成熟した大衆文化』を目にしているのかもしれんな」


 市民革命で手にしたものが『大衆の時代』だとしたら、時代の大きな流れは貴族文化から、大衆文化へと移り変わっていくことになるだろう。そうしてみれば、日本食のような大衆文化の食べ物が評価されるのも、ヌードルハラスメントの形で拒否されるのも、大きな歴史の流れの中の一幕ということになりそうだった。ヌードルハラスメントだと、味は否定されていないことになるから、酷いイチャモンという可能性も……?


ユフィリア:

「じゃあ、貴族文化の食べ物も、大衆文化の食べ物も、どっちも美味しく食べたら幸せでいいんだよね?」

ジン:

「その考え方は正しい。ただし、60点だな」

ユフィリア:

「うー。どこがダメなの?」

ジン:

「そうな。大衆文化側の視点だと、貴族文化の料理も楽しみたいとなる。だが今回の話は、貴族文化側に問題の根がある。貴族文化の排他性の強さが発揮された形だからだ。よーするに、貴族文化が大きな顔をしていると、大衆文化は肩身の狭い思いをすることになるってこった」

スタナ:

「貴族文化側が、共存を否定する……」

ジン:

「大きな流れを掻い摘んで話すとこんな感じだな。全体的には大衆文化へと向かっていく流れだろう。しかし、『だから大衆文化の方が正しい』というものでもない。どちらも未成熟な、過渡期の文化様式でしかないはずだ。共存する程度の理性は求めたいが、個々人の趣味の問題はまた別ということになるだろうしな」

葵:

『それじゃ結局、ヌードルハラスンメントはどうにもならねーってことじゃん』

ジン:

「どうにもなるわけねーだろ。人類に叡智を授ける方法なんざ知らんわ。それとも『嫌なら食うな』とでも言えば気が済むのか?」

シュウト:

「それは、違いますよね」

葵:

『あたしだったら、「すっげーうめぇ! 超うめぇ! うっひょ~! えー、キミたち食べないのぉ~? うわぁ、カワイソー」……が好みかな』

ジン:

「性格、わっる」

葵:

『んだと!? テメェ、コラ、表でろや!』


 売られた喧嘩をバカにしながら受け流すジンだった。

 そんなタイミングでラーメンが完成。


レイシン:

「ラーメンおまちどうさまー」

ギヴァ:

「おお、出来たか!」


 いつのまに来ていたのか、ギヴァがさっさとラーメンを受け取りにいった。そして近くのテーブルに座ると、手を合わせてから、一気に麺をススり上げた。まったく悩むことすらなしに、だ。


ギヴァ:

「うん、旨いな!!」

ネイサン:

「ちょっと、ちょっとー! 今までの話の流れってもんがあるでしょ? なんで音立てて食べてちゃってんの?」

ギヴァ:

「すまんなァ、田舎から出てきた粗忽者なのでな。作法だのには拘りはないのだ」ずっずー

アクア:

「じゃあ、私たちも頂きましょうか」


 そう周囲を促すと、さっさとラーメンを受け取ったアクアが食べ始めた。いい音で食べております。


アクア:

「(ずるるるる)美味しい!」

ネイサン:

「アクアも!? なんで? 平気なの?」

アクア:

「別に気にならないわね。……アメリカ人だから、かしら?」

シュウト:

「えっ、アメリカ人だったんですか!?」

アクア:

「……言わなかったかしら? 父の事業の都合で数年前からエジプトにいるんだけど」

ラトリ:

「それでアフリカサーバーか……」


 人に歴史ありというか。何気に社長令嬢っぽいんだけども、それよりも、意外と年齢差はないのかもしれない。


ヴィルヘルム:

「レイシン、ラーメンを頼む」

ミゲル:

「こっちもだ!」


 つぎつぎとラーメンを注文していく〈スイス衛兵隊〉メンバーだった。恥ずかしそうにしながらも、麺を啜る音が楽しげでもあった。


レオン:

「貴族文化は一流の料理人を揃え、一流の食材を集め、贅を極めることで磨かれていくものだろう。対して大衆文化は、より多くの人々が関わることで磨かれていくものだ。その裾野は国家の規模に至る。底辺はともかく、頂点付近ともなれば、その到達領域は貴族文化を大きく超える可能性がある。」


スタナ:

「で、アナタはどうするの?」

ネイサン:

「えっ、えーっとぉー(汗)」

スタナ:

「おかしいわね。行儀の悪いイベントなんて、真っ先に飛びつくタイプでしょう?」にっっこり


 ネイサンを追い詰めるイベントには真っ先に飛びつくんですね(苦笑)


ネイサン:

「いやぁ、でも、なんていうのかな? 趣味の問題とか個人の自由とかは尊重されてしかるべきものじゃないかな? とか、ダメ?」

スタナ:

「やっぱりね。くだらないことをやってみせるのも、そうしたことに『理解があるフリ』をしていただけってことね……」

ネイサン:

「いや! ちょっと待って!! そんなことない、そんなことないよ!?」

ジン:

「おーい、そんなにイジメてやんなよ(苦笑)」

ネイサン:

「やっぱダメ! 貴族文化だと言われようと、貴族文化側にだって誇りをもっていなければならないんだよ!」


 反論をひねり出した。たしかに一方的に大衆文化を押しつけるのは間違っている気がする。


スターク:

「貴族文化だとか、そんな良いもんでもないけどねー。……だいたいラーメン食べるのに啜るのなんか当たり前じゃん。熱くて食べられないよ?」ずるずるずずー


 慣れきった様子でラーメンを啜って食べているスタークだった。


ヴィオラート:

「さすがジン様です。互いの立場を思いやる気持ちこそが、真の解決なのですね。言葉とは裏腹に、わたくし達に叡智を授けてくださったのです」ちゅるちゅる


 音量控えめだけれど、ヴィオラート様も、ラーメンを啜って食べた。


ネイサン:

「ううっ……」


 もはや覚悟を決めるしかなく、泣く泣くネイサンもラーメンを思い切り啜って食べた。


ネイサン:

「(ずるずず、ずっぱぁー!)……おいしい、れす」



オスカー:

「プッ」


 みんなで大爆笑だった。ヴィルヘルムが「大衆文化に!」とグラスを掲げたので、乾杯でもう一段盛り上がった。


スターク:

「ねぇ、ジン?」

ジン:

「あんだよ?」

スターク:

「ジンにとって、一番美味しいカップラーメンって何?」

ジン:

「カップ麺かー。断言できるほど食っちゃいないんだが、名店の味を再現したシリーズとか、どれも美味しいだろ」

スターク:

「ジンにとってでいいよ。どれかひとつって言われたら?」

ジン:

「そうだなぁ。俺は中太ちぢれ麺の喜多方ラーメン派閥なんだが、カップ麺で印象に残ってるのは、期間限定のアイバンラーメンだな。アレは美味かった……!」

スターク:

「なに、それ!?」

ジン:

「これが小憎らしいことに、店主が日本人じゃねーんだ」

スターク:

「そうなの!?」

ヴィオラート:

「でも、ジン様がそうおっしゃるのでしたら、食べてみたいです……」


 お追従ではなく、本気で言っているらしかった。ジンが美味しかったというのなら、僕も食べてみたい。


ジン:

「かなり前のだし、復刻はしないと思うけどなー。コンビニスイーツとかもそうだけど、期間限定と書いてなくても、たいていのものは期間限定になってしまう。一期一会と知らねばならぬのだよ」

スターク:

「コンビニ道は奥が深いんだね……」うんうん

 

 ドタバタな騒動になったものの、収まるところに収まって、穏やかな夜は更けていった。

 


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