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23  ささやかな祈り

 

 

「例えば、ショートスペル法っス」

「それはどうやればいいの?」

 石丸の説明にユフィリアは興味津々となって身を乗り出した。


「アイコン入力をせず、自分で呪文を詠唱するっス。この時、ショートカットに登録してアイコン入力した時と同じ長さの呪文を唱えるのがショートスペル法っスね。」

「それって、…………もしかして丸暗記ってこと?」

「そうっス」

「なんとなくですけど、一字一句間違えてもダメなんじゃ?」

 一緒に聞いていたシュウトが質問を加える。


「もちろんっス。一緒に動作も真似する必要があるっス」

「……前から思ってたんだけど、『この世界』って、ものすごーくアタマが良くないとダメなトコロ?」


 ユフィリアの言葉に全員が苦笑いしていた。





 特に問題もなく一日の移動を終え、夜は誰が決めるともなく特訓の時間になった。夕食後のメインイベントはシュウトとレイシンの模擬戦である。



 弓をメインウェポンとするシュウトだったが、近接武器を使っても想像以上に戦えている。短めの武器を使う〈暗殺者〉は、手足を武器とする〈武闘家〉とでは間合いがカチ合ってしまう。位置取り(ポジショニング)ではレイシンに一日の長があったため、これを崩すべくシュウトは戦いを加速させていくが、それもきっちりと捌いて返し技を決めていく横綱相撲にてレイシンが勝利を収めていた。必殺のアサシネイトを封じていることもあり、シュウトにはかなり不利な状態でもあり、善戦していたことになる。


 シュウトや石丸からみればレイシンの強さこそ予想以上となる。シュウトが勝っても全くおかしくないはずが、フタを開けてみればレイシンの完勝なのだ。「上手なのは知ってたけど、こんなに強かったっけ?」が正直な感想だろう。

 逆に昨夜の戦いを観戦していた二キータ達からすれば、シュウトが予想よりも巧みに戦っていた、となる。字義の通りにレイシンは『一回りも強く』なっていたためで、この結果は自然な帰結と感じていた。


 ボコボコにされたシュウトをみて満足したジンは、さっさと何処かに消えてしまっていた。理由は言わなかったが、レッサー・ヒドラと戦った時にレベルが上がったためで、追加の鍛錬が必要になっているのだ。


 もう一度と再戦を希望したシュウトだったが、次は明後日と言われてしまう。「連コインしても意味なし」とジンから言い渡されていた。反省やイメージトレーニングをしてから再戦しなければ同じことを繰り返すばかりになってしまう。数をこなすべき時期もあれば、1回1回を大事にすべき時もある。



 こうしてシュウトまでもがかなりの速度で戦闘をこなしていたため、ニキータが具体的にどうやっているのか?という質問をし、モーション入力による特技の任意発動の話題になり、更にユフィリアが「魔法を使う人はどうすればいいの?」と尋ねたため、それに石丸が答えていたところだった。石丸は仮説を混ぜて4つの方法を説明する。



 ショートスペル法。

 18個まで登録できる特技のショートカット・リストから『アイコン入力』を行うと、呪文の場合は短い詠唱ののち魔法がその効果を発揮する。(呪文はショートカットに登録されると『短い詠唱』で使えるようになる)

 この短い詠唱ショートスペルの内容を全て記憶し、自分の口でもって詠唱すればショートカットに登録していないものでも任意に発動することが出来る。ショートスペル法とはこの様な魔法版モーション入力のことである。


 逆にショートカットに登録していない呪文の場合、魔法書から選択すると『通常の長さ』で詠唱したのち発動される。こちらも記憶して詠唱すれば呪文を発動できる(ロングスペル法)のだが、特にメリットが無いために無視されている。


 ショートスペル法では常識を超える早口ならばアイコン入力よりも素早く呪文を発動できる可能性があると言われているが、それよりもアイテムなどで詠唱時間を短縮した方が現実的な手段とされている。急こうとすればするほど、途中で噛んだり、暗唱をトチる可能性が高くなるからだ。

 高レベルのステータス値の影響で記憶力なども高まってはいるが、どんな工夫があるのかはまだまだ模索されている状態だった。



 カスタムスペル法。

 ショートスペル法を応用する仮設理論。対個・対全体といったように対象を選択できる呪文の場合、詠唱時の呪文の語尾や表現が変化している。ここから、ひとつの対象にしか使用できない呪文であっても、語尾を変化させるなどすることで複数の対象に効果を及ぼすことが可能かもしれないとする仮説。

 また、炎の属性魔法などの呪文含まれる特定の文言を別のものに差し替えることで、例えば毒属性などに変えることができるのではないかと予想されていた。これらはまだウワサの域を出ていない。



 ファストブリッド法。

 石丸が考案したテクニック。先に魔力を高めてからショートスペル法で詠唱するもの。詠唱からの増幅時間を短縮し、発動を早めるテクニック。増幅時間のいくらかを詠唱の前に持ってくるため、呪文使用全体の長さは短くはならない。むしろ自分で魔力を高めるために長くなり易い。

 これはちょっとしたタイミングのズレを引き起こすだけの代物なので、通常のアイコン入力と、このファストブリッド(速弾)法との2種類の発動タイミングによって回避しにくくなるといった効果がある。……といっても呪文ごとに発動タイミングは違うため、早いか遅いかの違いは人間同士のハイレベル戦闘以外では殆ど影響しない。よって、発動までの時間が長い呪文に使うのが適切な使用法である。



 ロングスペル・ブースト法。

 石丸の仮説理論。ブーステッド・スペルによって魔法の威力を増幅しようとする試み。

 呪文詠唱を自らで行えば魔法の任意発動は可能で、それがショートスペルでもロングスペルでも結果は変わらない。するとロングスペルからは意味が失われ、長い詠唱時間というマイナスのみが残ることになってしまう。ショートスペルになることで圧縮された『力ある言葉』をロングスペル中に置き換えて埋め込むことが出来れば、あるいは強化・増幅できるのではないか、といった内容。鋭意研究中。



「こんな感じっス」

「そうなんだ。ありがと……」


 説明だけでもユフィリアの心を折るのに十分な威力があった。呪文を丸暗記するだけでも大変なのに、その一部を変更しようと言っているのだ。どちらにしても石丸とは〈職業〉(クラス)が違うため、ユフィリアはユフィリアで独自に研究・開発をしなければならないことになる。



「動作入力、か……」

 一方の二キータは高速戦闘のことで頭を悩ませていた。


 アイコン入力は実際の戦闘と脳内でのメニュー使用とを同時に行わなければならないため、一定以上のスピードで戦うことになると難易度が飛躍的に増大する仕組みであった。特技ごとに設定されている発動までの時間や技後硬直、再使用規制とあわせて自然と戦闘速度を制限しているのだ。


 物理攻撃を行う〈職業〉(クラス)ならば極端な話、使用可能表示のアイコンを端から順に使っていけばいいだけかもしれないが、例えば呪文使いの場合は『使う呪文』を間違うと狙った効果が得られないことになってしまう。味方の毒を回復したいのに麻痺を回復させても意味はないのだ。このため、複雑な戦術を駆使しようと思えば速度よりも正確さがより求められることになる。


 一般的なプレイヤーの感覚で言えば、脳内アイコンをメインで見て選択していればRPGのコマンド戦闘のような感覚で戦っていけるようになっている。これはゲームプレイヤーに最強の肉体を持たせたものが〈大災害〉と呼ばれるものの性質だからだ。従って、その戦闘力はショートカットの選び方によっても大きく上下してしまう。

 この段階では使用可能なアイコンを素早く入力することが即ち『最速の戦闘』であって、それ以外にはない。ニキータの認識もここに近かった。


 上級プレイヤー達は味方との連携を重視するため、アイコン選択に振り分ける集中の度合いは相対的にみてかなり低くなる。周囲の情報を処理していれば情報量はあっという間に数倍化するのだ。ましてやフルレイドやレギオンレイドのような〈大規模戦闘〉(レイド)を制御下において処理するのは困難を極めた。

 彼らにとって最速の戦闘にはあまり大きな価値はない。味方との連携をゆっくりでも適切に行う方が数倍重要であるためだ。戦闘には手順があり、守るべき原則を守らなければチームプレイは機能しない。従って、その範囲における最速の戦闘とは、熟練をもってのみ得られる究極のチームプレイを意味する。


 一方、ジン達はソロ戦闘が基本であるため、移動とポジショニングこそが命だ。特技の使用は二の次である。言ってしまえば、ポジショニングの伴わない特技使用などは最適には程遠い代物でしかない。言葉だけの『最適』が実戦において宙に浮いてしまうのを、彼らはよく理解していたのだ。間合いの外から繰り出される派手なモーションで予告された攻撃など、アクビをしてから対処しても間に合ってしまうものでしかない。



 高速戦闘と言われるものは、結局のところ演出の問題が大きい。アイコン入力による特技の場合は極端にアソビが小さいために大した変化はつけられず、従って誰が使っても特技そのものに掛かる時間は変えられない。特技使用『前後』の動き方に変化をつけることによって速度感を演出することが重要なポイントになるのだ。

 これは演出だからと馬鹿にしたものではなく、フェイントやブラフ、強引さ、柔軟な変化といった虚実であったり、正確なリズムやテンポの変化、精妙なタイミング、距離感、ポジショニングといった間合いの運用、加えて戦術や部分的には戦略までもを包括する戦闘(バトル)センスを発揮する場となっている。


 この演出の一部に利用するものとして、ニキータの気にしているモーション入力による特技使用がある。その利点は大きく分けて2つ考えられる。

 モーション入力を行うと、動作最適化が失われるため、アソビが大きくなる。この一見するとデメリットに見える部分を利用することで、逆に自由度を高めて運用するのだ。

 例えばジンの〈竜破斬〉はモーション入力によるアソビを最大限に利用しており、青色エフェクトの非属性エネルギーを剣に点したら、後は殆ど自分でアレンジした攻撃技にしてしまっている。(〈竜破斬〉は通常攻撃の代わりに使う低威力技のため、モーションパターンが20を越えていることも大きな要因になっている)

 このようにアソビ(=自動制御の外側)を運用するのが一つだ。



 もう一つは技の繋ぎにモーション入力を利用することで、技の起動を短縮することである。

 レイシンの場合は通常攻撃のローキックによってモーション入力の前提条件を満たし、二段目の後ろ回し蹴りとリンクさせて特技を発動させていた。アイコン入力を行えば、「ローキック→後ろ回し蹴り」のコンビネーションが素直にそのまま使われるが、モーション入力を利用した場合、「ローキック(通常攻撃)→後ろ回し蹴り(特技)」ということが可能になるのだ。……その結果、ローキックまでで止めることができるのと同時に、ローキックが含まれるコンビネーションからは後ろ回し蹴りへの派生が可能になってくる。


 これは当然、その他のパンチ系、キック系のコンビネーションの全てで派生が可能であることを意味する上に、ショートカットに登録していないコンビネーション技までもがモーション入力によって引き出されることになる。その組み合わせは使いきれないほど、覚え切れないほどに膨大なもので、大きな可能性が秘められていた。

 こうして武器使用者であるレイシンは、コンビネーション技の不足をこちらの利点によって補っているのだ。



「どうすれば……」

「戦闘速度のこと?…………レイシンさん、どうすればいいと思いますか?」

「うーん、数をこなせば、その内に慣れてくるんじゃない?」


(わぁー、テキトーだー)

(やっぱり、そうなるのよね……(苦笑))



 話がまとまった(?)ところで、解散の流れとなる。ニキータはシュウトと一緒にテントに向かって歩きつつ、雑談に興じていた。


「ジンさんはメチャクチャだけど……」

「レイシンさんはテキ……大らかよね」

 2人揃って溜息をついてしまう。


「でも、レイシンさんがああ言ってると、少しホッとするかも」

「そうかな? 逆に焦りそうだけど」

「フフ、やっぱりジンさんの方がスキ?」

 イタズラっぽい顔をするニキータをシュウトはひと睨みし、視線を外して前を向いたまま答えを返した。


「ジンさんはなんだかんだ言ってても色々と教えてくれるからね」

「それは、そうなのよねぇ……」 


 足音に気付いたシュウトが振り向くと、背後からユフィリアが走ってきてニキータに抱きつくところだった。


「ニナ~!」

「ワォ…………どうしたの?」

「絶対にイジメだよ!あんな呪文なんか覚えられないよ!」

「ああ、さっきの……」

「虐待かもしれない。ううん、虐待だった」

 深く何度も頷くユフィリア。ニキータは苦笑いするばかりなので、仕方なくシュウトが口を挟む。


「それだって『本気になってやろうと思えば』できるんじゃないか?」

「ううっ、だって、いしくん簡単そうに暗記して「何でできないんスか?」みたいな感じなんだよ?」

 石丸の真似がそれなりに似ていて笑いを誘われる。キョトンとして本気で分かってなさそうな雰囲気が良く出ていた。


「……さすがだ、石丸さん」

「目の前で簡単そうに実演されると、逆にハードル高くなっちゃう感じ?」

「あるある」

「そう!そうなの!」



「つまり、こっちは高速戦闘で悩んでて、こっちは魔法の強化で悩んでるわけだ」

「そうなの?」

「私の場合は、永続式の援護歌も問題よね。どうやって強化すればいいのか見当も付かないし」

「永続式の援護歌か…………確かにどうすればいいのか分からないな」

「うーん、ニナが自分で歌うとか?」

「口で歌えるなら単純に数が1つ増えるかもしれないけど、通常の援護歌が使えなくなるよ」

「そっか」

「永続式の援護歌は強力なサポートスキルだから、それでも良いのかもしれないケド……」



「…………ところで、何かあった? 2人とも急に強くなりたい、みたいな感じだけど」

 一呼吸おいて、腰に手を当てながらシュウトが尋ねる。


「うーんと」

 口ごもるユフィリアは分かりやすく目が泳いでしまう。後ろめたいというよりも笑いを堪えようとして見える。


「…………そうなのよね。焦ってる感じに見えた?」

「少し、ね」


 ニキータが言いよどむようにしながら、ついとアゴを上げて闇に漂う星明りを見つめる。赤い髪がふわりと動いて、風の存在を知らせる。沈黙が冷めて固くなる前に口を開いた。


「昨日ね、ジンさんとレイシンさんが闘うのを観戦したのよ」

「ニナ!?」

 ここで驚いたのはユフィリアの方だった。



「えっ…………それで、結果は?」

「だめだよぅ、ジンさんにナイショって言われてるのに~」

「内緒?」

「平気よ……というか、むしろ『オトナ』だったら言われた通りにしてるだけじゃダメでしょう? 良い方向に期待を裏切る努力をしていかないと」

「オトナ?……それは、そうかもしれないけど」

「それに、シュウトには話もしちゃいけないのに、私達には平気で見せたりしているのって、おかしくない?」

「おかしい!そんなの絶対おかしいよ!」


 付き合いが長いからなのか、ニキータは幾つかのキーワードを用いてあっさりとユフィリアを懐柔してしまっていた。

 ニキータは社会人経験が短く、まだ実社会に対して失望するに至っていない。真面目に努力すれば評価されるとどこかしら信じている部分が眼差しに表れており、このことが現実世界ではまだ大学生のユフィリアやシュウトに対して「オトナの世界を知っている人」として説得力を発揮することになっていた。



「なぜナイショにするのかを考えれば、たぶん先入観を持たせたくないんだと思うの。ということは裏を返せば、私達は答えに近いものを見ているってことになるハズよね?」

「うん。あの時のレイシンさんの事だよね?」

「たぶん、ね」

「ジンさんじゃないのか。そうか、それで……」

 シュウトの瞳が思案に沈む。呟きは幾つかのことに納得がいった、という様子だった。


「でも、なんで先入観を持っちゃダメなの?」

「え?…………思い込んだり、頭から決め付けたりするから、じゃない?」

「それ、言葉が変わっただけじゃないかな。何となく分かるんだけど、理由はさっぱりというか」

「だけど、ぶっつけ本番じゃなきゃダメってことなんて、あるの?」

「あ…………」

 シュウトが何かを思い出したような声を出していた。別のものと繋がったのだ。


「なに?」

「ああ、前にジンさんに言われてて、こっちも悩んでいたんだけど、『感覚の再現はタブー』だって言われたんだ。それで『自己ベストを目指せ』って」

「うんうん。コンサートとかお芝居みたいに同じことを何度も繰り返すなら、少しずつでも上手になった方が嬉しいよね」

「え……?」

「わたし、何か変な事いっちゃった?」

「いや、そんなこと、ないと思う……」


 他者のモノの見え方に、一瞬だが触れた気がした。シュウトの認識していたものよりもずっと広い一般的な現象としてなんらかの真実を内包しているのかもしれない。



「ねぇ、『自分化』の反対って、何だと思う?」

 ニキータは自分の疑問を問いかける。


「自分じゃなくなること、みたいな話だろうけど……」

 ジンが話していた内容の中ではシュウトにとっても気になる言葉の一つだった。


「それって、昨日のレイシンさんみたいだよね」

「え?」

「そうなの?」

「……わたし、また変な事いっちゃった?」

「ううん、全然、そんなことないわ」


 ユフィリアの感覚的なものにニキータが舌を巻く。彼女は時々、異常なまでに鋭い時があるのだ。石丸とは違う意味で、同じものを見ているハズなのに、互いに違うものを見ているのかもしれないという気分にさせられる。しかし、決して不快には思っていなかった。年下の友人の、尊敬できる部分である。


「違う、自分…………?」

 最近どこかで感じた、苦いような、熱いような記憶を辿ろうと、自然とみぞおちの辺りにシュウトは手を当てていた。



「だけど、不思議よね。別に努力しろとか言われたわけじゃないのに」

「ジンさんはズルいから何も言わないつもりかも」

「…………いや、僕はいろいろと注文つけられてるんだけど?」

「シュウトは、だって、ねぇ?」

「うん。リア充死すべしって言ってたし」

「そんな理不尽な……」


「シュウトが死んだら、わたし泣いてあげるからね。1滴ぐらいなら気合で泣けると思う」

「女優魂ね?」

「嘘泣きはいらないよ。どうぞ、お構いなく。……それよりユフィリアも不公平だと思うならジンさんに教えて貰ったらどうだ?」


「…………ジンさんがどうしてもっていうなら、教わってあげないこともないよ?」

「なぜ、上から目線……」

「質問は困りますっ。マネージャーを通してください」

「なぜ、スキャンダラス芸能人……」

「ウフフ……実は、もう頼んでみたんだけど、ダメだったのよ」

「そうなんだ?」

「うん。『まずはともかく特技の呪文を覚えろ』って。『それが終わったら仲間の特技も全部だからな』だって……」

「それはそうか。回復職は予測よりも反応速度だからなぁ。覚えてなきゃ仕事にならないし」

「覚えることばっかり。げーむってもっと楽しいものじゃなかったっけ? ねぇ、もしかして何か間違ってるとか?」

「大丈夫、完璧に合ってるから。」にこっ

「ぶー」



「ところで、勝ったのってレイシンさんだろ?」

「アタリ」

「…………意外と自分が負けるところを僕に見られたくなかっただけだったりして」

「ウフフ、それはありそう」

「でも、ホントのホントはジンさんの反則負けなんだよ」

「へぇ、何やって反則?」

「あの〈竜殺し〉の特技を使いそうになったのよ」

「ああ、〈竜破斬〉か。モーション入力だと瞬間的に使っちゃうかもね」

「そういうもの?」

「私が止めたんだよ~」

「それ、地味に凄いよ」



 結局、話はまとまらないままで終わった。シュウトにとっても有益で示唆的に感じてはいたものの、分からないことが分かっただけで、謎が増えた気分になっている。


 しばらく時間を潰していると、練習を終えたのであろうジンが「眠い眠い」と言いながら帰ってきた。



「なんで、いつもそんなに眠そうなんですか?」

「ん? ああ、眠気っていう謎パラメーターと対応するのは、たぶん意識活動だからさ。そもそも極意ってのは意識強化法のことだったりするんだよ。つまりこの世界だと意識を使えば眠くなるってことさ」

「意識、ですか……? それって意識を使えば強くなるってことですか?」

「微妙にニュアンスが違うけど、まぁだいたいな。意到る気、気到る血って言うんだ。太極拳だったっけかな? 意識の有るところに気が集まり、気の集まるところに血が集まるってね」

「はぁ……?」

「だから、気を集めるための意識なのさ。血液っちゅーのは解釈が難しいが、気功治療だと血が集まれば怪我とかが回復しやすくなるって感じ、かな。」

「なるほど」

「解釈をたれると、一つには血ってのは実体だってことだ。意も気も形がないものだけど、血液は実在してる。つまり実体を操作するために、実体の無いものを動かすってロジックなんだ。」


「それともう一つ。これは俺の解釈だが、吸血鬼みたいなものもあるけど、『勇者の血筋』みたいな血の力と関係していると思ってる。遺伝子みたいなものが発見される前は、大半が血で説明されてただろ?血ってのは命の象徴であり、力の源だったりするわけだ」

「それじゃ、遺伝的な力なんですか?」

「んー、この話のポイントは昔の人達が強さの理由・原因をそんなようなモノとして表現しようとした、って部分にあるんだがな…………って、俺は眠いんだった。この話は、またふぁ~」(アクビ)

「あ、はい……」


「そうだ。シュウト、明日は俺とだからな?」

「え、模擬戦ですか?」

「いや、こないだの目隠しのヤツ」

「はい。わかりました」



 ――可も無く、不可も無い。そんな一日。それは、ささやかな祈りのごとし。



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