215 ハニートラップ
どうにか1層の攻略を済ませ昼食に。このタイミングで仲間の様子を確認することにした。第1レイドでジンとシュウトのやり取りを観て知っていたため、仲間たちが心配だった部分もある。勝つにはやはり仲間のケアも大切にしなければならない。照れくさいとか言ってる場合ではない。
スタナ:
「みんなはどう? 巧くいってる?」
ギャン:
「おう! パワーアップだぜ!」
オディア:
「スピードアップした」こくり
デジレ:
「一番イイのはあたしらタンクだろうな。足元のホールドが利くようになったし、随分とやりやすくなってる。だろ?」
オスカー:
「みんな、調子が上がってるみたいだね」
ギャン:
「調子というより、成長だろ? 成長の醍醐味ってヤツだな」
満足げな顔が並ぶ。逆にそのことで不満のあるメンバーも出てきた。
リア:
「タンクと物理アタッカーはそうよね。もうちょっとスペルキャスター向きの訓練もして欲しいんだけどなぁ~」
ヒルティー:
「気持ちは分からないでもない」
ウォルター:
「フン。そもそも、歩いたり走ったりの訓練しかしてないからな」
バリー:
「そう言われればそうだった。移動用の基礎訓練ばっかりだ」
ギャン:
「改めて考えると、驚異的だな……」
短期間の訓練では、少し動きやすくなるかどうか。しかし、それで戦力増強になってしまっている。『常識の変更』を強制したジンが正しかった。もう誰も異存はないだろう。
ウォルター:
「そういう意味じゃ、素早くポジションに着いたりできるようになってるだろ?」
リア:
「まぁ、そうなんだよね。だから、もうちょっとこっちも良い思いをしたいなぁって」エヘ
リアが言えば、図々しいことも、可愛らしく聞こえる。年齢は私と変わらないのに。ずるい。
ネイサン:
「だけど連携もやりやすくなったよね? みんなの動きが分かるようになったっていうか」
スタナ:
「……どういうこと?」
ネイサン:
「あれ? 感じてない? ジンが言ってたと思うんだけど。出力の改善と、全体の効率アップって。効率アップの話だと思ってたんだけど? 違った?」
集まっていた仲間たちが黙り込む。
たぶん感じ取れるかどうかギリギリの、非言語的な感覚の話だろう。こうして指摘されれば、思い当たる節がいくつも見つかるという類いの。
ネイサンはのほほんとしているが、これでも西欧最高クラスのヒーラーだ。意外だが、天才肌な部分があったりする。でも誰も天才とか褒めたりはしない。褒めると調子にのって、調子を落とすのを知っているからだ。みんな仲間のことをよく理解していて助かる。
オスカー:
「今の、スタナにはどういうことか分かる?」
スタナ:
「あまり自信はないけれど。共通的な運動経験や訓練を通じて、一体感を得る、というか、仲間の身体感覚をくみ取る能力を高めるって話じゃないかしら?」
ネイサン:
「言われてみると、そんな気がしてきたかもしれない」
バリー:
「いやいや、ネイサンが言い出したんだよね?(苦笑)」
リア:
「……じゃあ、みんなで同じ訓練をやるのが大事ってこと?」
スタナ:
「たぶん」
なんでもいいという訳でもないのだろう。たぶんジンの教えているような、身体意識というのを高める訓練でなければならないハズだ。
そんな話をしていると、諦めきれない様子のリアが、オディアに質問していた。
リア:
「ねね、オディアはどうやってジンに教えてもらったの?」
オディア:
「ロッセラが取引してくれて。ジンは甘いのでOKしてくれた。優しい」
リア:
「取引できるんだ!? ……ちょっと行ってこようかな」
取引や交渉が可能だと知った瞬間に、遠慮が吹き飛ぶのがみえるようだった。ビジネスで蓄えられた山のような成功体験が彼女の背中を押しているのだろう。リアも当然のように『やり手』だ。
ネイサン:
「ほぅ、これは面白そうだね」
ネイサンが面白そうといえば、それだけでトラブルになりそうだった。私もついて行くことに決めた。
リア:
「あのぉ、ちょっといいかな?」
シュウト:
「なんでしょう?」
リア:
「ジンにお願いしたいことがあるんだけど……」
ジン:
「俺か? なんだ? えっちな要求とか?」
リコ:
「それはない」
リディア:
「へんたいのひとがいる」
リア:
「アハハ。あの、私たち魔法使いにも、専門の訓練を付けて欲しいんだけど、ダメですか?」
ジン:
「魔法使いの訓練かぁ。俺、戦士職だしなぁ~ どうしよっかなー? 条件しだいってカンジ?」
リア:
「んっとー、おっぱいぐらいなら触らせてあげられるんだけど、どう?」
ジン:
「…………なんですと!?」
スタナ:
(あっちゃー。そうきたか)
料理人に伝手を頼まなかった段階で、そんな予感もしていたのだ。ネイサンは横で爆笑していて役に立ちそうにないし、どうしたものかと考えてしまう。
リディア:
「うわっ。ジンさん、サイテー」
ジン:
「なんでだよ!? いいって言ってくれてんじゃん!? 女神じゃん?」
リコ:
「どうせ教えるつもりなのに、楽しめる時に楽しんじゃおうって、卑怯な考え方だと思うんですけど~」
ジン:
「う、うっせーなぁ! チャンスを大切にしないと、もったいないオバケが出るんだぞ!?」
図星を突かれたのか、狼狽えているジンだった。どうやらハニートラップには弱かったらしい。
英命:
「ところで、大切な確認をしなければなりませんね。……失礼ですが、貴方の年齢は、20歳未満ですか?」キラリン
ジン:
「おおっ! そう、それだー!!」
リア:
「17歳にみえる? これでも27だよっ!」
アナタ、私と変わらなかったハズじゃ? それ、サバを読んで……(げふんげふん)……。 いえ、そのぐらいの年齢だったかも知れないわね(遠い目)
ジン:
「27歳……。ああ、17歳だともう恐怖しか感じないのに。ちょっとの差で天国と地獄ってことだよな~」ポワワワワ~ン
レイシン:
「なんの話?」
シュウト:
「哲学かなにかじゃないでしょうか(苦笑)」
リア:
「じゃあ、オッケーってことでいい?」
ジン:
「勿論、お任せあれっ! 武士に二言は無いでござるよ?」
リア:
「やったー! ジャパニーズ・サムラーイ、最高っ!」
ジン:
「そうだろ、そうだろ!?」
英雄は色を好むという。精力的なため、性的にも強いという意味もあるだろうし、暴力と性とが衝動として非常に近いといった意味もあるのだろう。
だが、それとは別に『交渉相手としての英雄』というのは厄介な存在だと言われている。そもそも交渉しようとする場合、『相手の求めるもの』を提供することで交渉の場に引っ張り出す必要がある。だが英雄は、金銭や名誉をチラつかせても中々なびかない。金銭や名誉は既に持っていたり、興味がなかったりするからだ。その結果、『色を好む』という展開になりやすい。
当然、英雄と言っても人それぞれなのだろうが、色恋を抜きにしても、『情』にこそ動かされたりするという。心や感情、正義、その英雄に相応しい戦場、それら『納得』を重んじるが故に、女性の涙に弱かったりするのかも知れず。
こうした前提を理解していれば、リアの第一選択がハニートラップなのは納得するところではあるのだが……。
ニキータ:
「ねぇ、ユフィ? どうする?」
ユフィリア:
「うーん。私ね、やっぱり甘いものの方がいいなーって」
ジン:
「……はぁ? なに言ってくれちゃってんの?」
ユフィリア:
「だって、私、おっぱい触ってもあんまり嬉しくないよ?」
ジン:
「……ちょっと待て。ちょっと待とうか。なんの話をしてる? 触らせてもらうのは俺だけだろ?」
ユフィリア:
「でも、その場合、私も触ることになっちゃうでしょ?」
ジン:
「ん?」
ユフィリア:
「ん?」
どうも何か話がかみ合っていないようだ。
ニキータ:
「ご存じではないようなので、私から説明を。ジンさんが特別に報酬を得る場合、その半分をむし……徴収するようにギルドマスターから言いつかっております」
ジン:
「今、『むしる』とか『むしり取る』とか言おうとしたよな!? なぁ!? オィー!」
ニキータ:
「言っていません。ですが、意味合い的には同じことかなって」ニッコリ
ジン:
「まったく誤魔化せてないじゃんよ! なんでそんな話になってんの? てか、葵のバカの命令がなんで俺に関係あるんだよ!?」
シュウト:
「あー、だからジェラート半分だったんだ?」
ユフィリア:
「そうなの。とっても美味しく頂きました。……ありがとね、ジンさん」
ジン:
「どういたしましてー、じゃなくってぇ!!」
リア:
「……そっかー、じゃあ、甘いものの方が良さそうだね?(苦笑)」
ユフィリア:
「うん! よろしくお願いします」
リアー:
「かしこまりー!」
ジン:
「や! ちょ、ちょちょ、ちょまっ! や、やらないよ? そしたら俺、がんばらないかんね?」
ユフィリア:
「ジンさん、甘いのいらないの?」
ジン:
「今はそんな場合ではないっ。もっと大切なことがあるんだっ! そこに魅惑の双丘が、俺を待っているんだぁ!!」
ニキータ:
「武士に二言は無いとか言ってませんでしたっけ?」
ジン:
「ボク〈武士〉じゃないですぅー、〈守護戦士〉ですぅー」
リコ:
「うわっ、往生際わっるーい(笑)」
ロッセラ:
「盛り上がってるトコ悪いんだけど、ちょっちいいかなー? 約束のケーキ持ってきたんだけどー?」
最高のタイミングで割って入るロッセラだった。
ニキータ:
「あ、それこっちにください。ジンさん、今は甘いの食べたくないそうなのでー」
ジン:
「ナニ言って? ばっか、ふっざけんなよ!!」
ユフィリア:
「じゃあ、ジンさんの分も、甘いの食べちゃおっと!」
イエーイ!と盛り上がる〈カトレヤ〉女子メンバー。若さって素晴らしい。
ユフィリア:
「スタナさんも一緒に食べよう?」
スタナ:
「いいの? 悪いわね……(笑)」
ジン:
「よくないっつーの!!」
誘われたのに遠慮しては失礼にあたるだろう。いそいそと座り込む。こうしてジンをからかって遊ぶのも、嗜みというものだろう。
ジン:
「バカ、何やって! 俺のケーキ、とっちゃらめぇぇぇぇぇぇ!(涙) ……って、マジで半分以上食べる気かよ!? ガチでムカついてきた。よーし、やれるもんならやってみろや!『ドラゴンストリーム』っ!!!!」
シュウト:
「ちょっ、大人げ無さ過ぎですって!!(涙笑)」
大爆発こそ起こさなかったものの似たような結果になり、ジンの執念が勝利した。ともかくケーキ半分の確保に成功したようだ。いや、話の流れからすると、ケーキ半分になっている段階で負けているような気がしないでもないのだけれど。
ユフィリア:
「ジンさん、もうちょっと頂戴?」
ジン:
「お前、この期に及んで、まだ俺からケーキ奪おうとしてんの?(驚愕)」
ユフィリア:
「だって、みんなで分けて食べられるように、大きく作ってくれたんでしょ?」
ジン:
「そんなことは知らん。俺の労働の対価だぞ? 俺が食べないでどうするんだ?」
ユフィリア:
「一人で半分は食べ過ぎでしょ? わたし、このぐらいでいいから」
ジン:
「は? 5割の中の2割奪おうとか、バカなの? 死ぬの?」
ユフィリア:
「むー、バカっていった」
ジン:
「言うわ、そんなもん!」
ユフィリア:
「じゃあ、このぐらい?」
ジン:
「15パー? 5パーが精々でしょ」
ユフィリア:
「間をとって、10%にしよ?」
ジン:
「え~っ? じゃあ、交互にアーンってしながら食べさせあうのとか、どうよ? それなら10パーでもいいぞ?」
ユフィリア:
「うん。それでいいよ!」
そこから先の光景は凄まじいの一言だった。
ユフィリア:
「はい、ジンさんから。あーん」
ジン:
「あーん。……ってコレ、もしかして俺の方が恥ずかしいんじゃ!?」
ユフィリア:
「次、わたしだよね?」
ジン:
「はいはい、そら、いくぞ? あーん?」
ユフィリア:
「あーん。……うわぁ! すっごく、おいしー!♪」キラリラリン
ジン:
「お、おぅ」
輝くような、とても幸せそうな笑顔だった。演技であるはずのないそうした態度は、ジンを圧倒してみえた。そうやって交互に食べさせ続けて、10%に到達。
ジン:
「さ、約束の10%だ」
ユフィリア:
「じゃあ、ジンさんの番。あーん?」
ジン:
「あーん。……うん。美味しいな」
ユフィリア:
「うん。美味しいね?」
ジン:
「…………」
ユフィリア:
「…………」
ジン:
「…………」
ユフィリア:
「…………」
少し寂しそうに、『次は私の番じゃないの?』と無言で訴えるユフィリア。これを無視できる冷酷さ・非情さは残念ながらジンには無かったようだ。
ジン:
「しょうがないな~、もうちょっとだけだぞ?」
ユフィリア:
「うん! ありがとー。ジンさん大好き!」
ジン:
「ったく、調子のいいヤツめ。ほれ、あーん」
ユフィリア:
「あーん。……おいしー!」キラキラキラキラキラ
交互に食べさせるという条件にした段階で、ジンの敗北は決定していたようだ。結局、そのまま15%もやり過ごし、当初の要求ライン20%分を食べきったユフィリアだった。……英雄は色を好むってことなのかも。
ユフィリア:
「すっごい美味しかったー! もうおなかいっぱい!」
ジン:
「いや、お前、スゲーよ……」
ユフィリア:
「そう? そうだ、残りの分、食べさせてあげなきゃ」
ジン:
「いい。もう後は自分で食べるから!」
ちょっと感動したというか、尊敬が入るレベルだった。通常のビジネス的な交渉術とは別系統かもしれないけれど、『おねだり』のようなプリミティブな手法では圧倒的な上手だった。……可愛いって、強いのね。
リア:
「美味しかったー。……じゃあ、甘いの用意したら、また来るね!」
ユフィリア:
「うん、またね!」
去り際、ジンに近寄っていくリア。
リア:
「じゃあ、魔法の件、よろくね? 例の話は別の機会に、ね?」
ジン:
「おう。期待してっからな?」
リア:
「アハハ、じゃあね~」
リアの交渉自体は悪くなかった。
先制攻撃で注意を惹くことに成功している。ユフィリア達が出てきて、交渉相手が変わった際も、交渉権の持ち主以外を相手にしないというポイントもしっかりこなしていた。交渉材料をスイーツに変えたあたりも、機を見るに敏と言える。相手が本当に望むものは与えないで、自分が欲しいものはゲットする辺りは高ポイントだろう。最後に、期待感を与えつつ離脱するところなども定跡通りだ。
ただ、相手が悪かった。圧倒的な上手が根こそぎ持って行ってしまった。リアの離脱は、敗走に他ならない。
ジン:
「おーい、ラトリっち」
ラトリ:
「なにー? どうかしたのー?」
ジン:
「なんだよ、この店、いい子いるじゃん?」
ラトリ:
「なんの話? ……踊り子さんに手を触れないでください?」
ネイサン:
「そうそう、それそれ!(笑)」
ジン:
「あのリアって子、オモシレーな? 清純派ですって顔して、いきなりハニートラップだぜ? いや、見事なもんだわ」
ネイサン:
「ウチの〈妖術師〉でランキング2位だね。良くできた子だよ。交渉も上手だし」
ジン:
「マジで? ……あの子で2位って、1位は誰なんだよ?」
ラトリ:
「ちょいちょい、ここにいるでしょ~ 1位に相応しい才能が!」←1位
スタナ:
(これは、見立てが違っていたわね……)
やはり、英雄は交渉の難しい相手だと再認識する。ジンは色に弱くなんかなかった。リアの誤りは、私の誤りでもあった。
そもそも人は『全てで勝つこと』はできない。金銭、名誉、色事の全てに強くて、交渉に勝ったとしても何にもならないからだ。『交渉に勝つ=拒絶できる』だとしたら、ただ誰とも交渉しないだけになってしまう。
交渉の根本は交換にある。勝ちも負けもない。互いの価値観や、その時に必要なものの差が、交換の価値なのだ。ジンにとってドラゴンを倒すことは難しくない。その難しくないことを、他者にとっての難しくない事と交換することで、互いに豊かになろうとするのが交換であり、交渉なのだ。負けないだけでは、豊かにはなれない。
……ジンは、最初から『自分が負けてもいいライン』を引いていたのだろう。性格の弱点につけ込み、交渉を有利に進めようとする行為そのものが傲慢でしかなかった。こういう難しい相手には、正攻法しかないのだ。相手の欲するものを提供し、信用を得るしかない。損して得をとる他にないだろう。
スタナ:
(的外れって、怖いことね……(苦笑))
後でリアだけでなく、みんなに諭しておこうと決めた。
◆
リザードマンに苦戦しつつも、3層まで攻略して戻ってきた。満月は時刻を教えてくれないが、心地よい疲労感がかなりいい時間なのを教えてくれていた。
ニキータ:
(私は、特になにも思わないのだけどね(苦笑))
和御魂を使っているので成長した感覚もないが、苦戦も感じていない。いつもより手応えがあるかもしれないが、強いとも思わずに戦っていた。ジンの能力は極めて高い。
意外だったのは、シュウトが余力を残していたことだろうか。みんなと一緒にへばってそうなものなのに、今回は割とケロっとしていた。
ふと、近くに来ていたマリーと目があった。
ニキータ:
「マリー? どうしたの?」
マリー:
「助けてほしい」
ニキータ:
「ジンさんに用事って意味かしら?」
マリー:
「……分からない。ヴィオラートが泣いてる」
途方に暮れて、助力を求めてきたようだ。ジンが慰めれば、よく効きそうな気もする。けれど状況がよく分からないまま、下手なことをするべきではないとも思える。女の子が泣いているのなら、慎重にならなければ。
ユフィリア:
「ニナ? どうしたの?」
ニキータ:
「それが……」
マリー:
「一緒に来てほしい。ヴィオラートが……」
ユフィリア:
「えっ!? すぐ行く! いこっ?」
ニキータ:
「え、ええ」
ユフィリアを連れて行くのは、ジンを連れて行くのと同じぐらいリスキーな気がしたけれど、仕方ないので一緒にヴィオラートのテントへ向かうことにした。
豪奢なテントの中で、横になったヴィオラートが、クッションにしがみつき、ぐずって泣いていた。それだけで可哀想な気がしてしまう。そういう相手だった。
ユフィリア:
「どうしたの? 大丈夫?」
ヴィオラート:
「えっ、どうして、こちらに?」
マリー:
「呼んできた」
ニキータ:
「ええっと、何があったの? 良かったら聞かせて欲しいのだけど?」
ヴィオラート:
「えっと、……それは」
チラリとユフィリアの方を見ていた。ああ、選択を間違えたらしい。どうやら原因の方を連れてきてしまったようだ。
ニキータ:
「だいたい分かったけれど、どうしたものかしらね……」
お酒でも飲ませてみるべきか?とか思った。そういえば和御魂の状態で酔ったことはない。実験する気にはならないけど、私も暴れたりするのだろうか?
ユフィリア:
「ジンさんを呼んでこようか?」
ヴィオラート:
「いえ、いいのです。大丈夫です」ぐすっ
マリー:
「あわわわわ……」
これはもう時間をかけるしかないと思い定める。お茶の準備をして、ただその場に居続ける作戦に変更。話をするように圧力を掛けないのがポイントだ。穏やかに、その場で和やかに過ごすのだ。ヴィオラートを仲間外れにしないように、その場に居続ける。
リコ:
「準備してきた。……どう?」
ニキータ:
「…………」フルフル
10分ほどそうしていただろうか。ヴィオラートがポツポツと語り始めた。案外、早かった。
ヴィオラート:
「わたし、もう少し自分はモテるものだと思っていました」ぐすっ
ニキータ:
「ええ、そうでしょうね」
ヴィオラートがモテなければ、モテる女子など存在しようがない。そういうレベルの存在なのだ。ユフィリアやヴィオラートは、ただそこに存在するだけで光り輝いて、人の注目を集めてしまう。
ユフィリア:
「何が問題なの?」
ヴィオラート:
「……あなたです」
ユフィリア:
「わたし?」
ヴィオラート:
「ユフィは、ずるいです!」
ユフィリア:
「ええーっ!? どうして!???」
リコ:
「そりゃ、『あーん』とかやりながらケーキ食べてりゃそうなるよね」
ユフィリア:
「……そうなの!?」
ヴィオラート:
「そうです! ずるい!!」
マリー:
「えっと、あー、えー?」
狼狽えるマリー。責められてオタオタしているユフィリア。
しかし、問題はもっと別のところにある。ヴィオラートは『ずるい』と言って、負けを認めてしまったのだ。敗北を認めたらそこまでなのだけれど、どうするつもりなのか。年齢とか経験の問題かもしれないが、そういう感覚がないのだろうか?(苦笑)
ヴィオラート:
「ユフィばっかり、ジン様とイチャイチャしてずるい! わたしもイチャイチャしたいです」
ユフィリア:
「ええーっ? い、イチャイチャなんて、してないよ?」
リコ:
「……膝枕とかしてたのは?」
ユフィリア:
「あれはー、頼まれて。……でもイチャイチャはしてないんだよ?」
ニキータ:
「いや、さすがにそれは無理があるでしょ?」
いや、私がツッコミを入れてどうする。冷静にならなければ。
ヴィオラート:
「私なんて、ジン様に嫌われているのに! ずるい!」
ユフィリア:
「別にジンさんは、嫌いじゃないと思うよ?」
ヴィオラート:
「でもでも!話しかけても嫌そうにされますっ」
リコ:
「……それは、単に年齢の問題なのでは?」
ニキータ:
「犯罪者になりたくないだけだしね……」
ユフィリア:
「嫌ってなんかない。ぜんぜん大丈夫だよ?」
年齢の問題は、いますぐどうこうできるものではない。解決は不可能だと思ったが、ユフィリアはそうではないと考えているようだ。
ヴィオラート:
「ユフィ?」
ユフィリア:
「ジンさんに質問してみよう? きっと好きだって言ってくれるから!」
ヴィオラート:
「そんなこと、できません。お前なんか嫌いだ、とか、あっち行けとか言われたら、死んでしまいそうです!」
ニキータ:
「ねぇ、ユフィ。どういうこと?」
リコ:
「うん。絶対に『付き合えない』って言うと思うんだけど?」
ユフィリア:
「お付き合いするかどうかはともかく、好きか嫌いかで言えば、絶対に好きって言うから! 大丈夫。本当だよ、絶対だよ!」
ヴィオラート:
「本当? 本当ですか?」
リコ:
「あー、それなら確かに言うかも。例外として認めろとか言わなければ」
ニキータ:
「嫌いな訳ないものね。ロリコン認定されたくないだけだし……」
付き合えないのは同じだから、問題は解決しないような気がするけれど、嫌いだから付き合えないのではない。嫌われていないという認識に至れば、あるいは……? (いや、どうにもならないと思うのだけど(苦笑))
ユフィリア:
「ね? ちょっと質問してみるだけ。ね? 大丈夫だよ!」
ヴィオラート:
「そうですか……。ちょっと考えてみます……」
17歳という年齢だけが問題なのだ。その年齢が原因で『嫌われてしまった』と思い込んでしまったようだが、理屈で考えれば『17歳だから嫌い』というのはあまりにも理不尽である。だからといって感情の問題は理屈が正しければどうにかなってくれるものではない。どうにもならないのだ。ただ、ヴィオラートは一定の正しさがあると認めたような雰囲気だった。
時間が欲しいというので、この夜はお暇することにした。
――翌朝(ただし、月夜のまま)
ヴィオラート:
「ジン様!」
ジン:
「よう、聖女ちゃん。どうかしたかい?」
ヴィオラート:
「お話がございます」
ジン:
「改まってなんだよ?」
ヴィオラート:
「お尋ねしたいことがあります」
ジン:
「うん?……付き合えってんなら、無理だぞ?」
ヴィオラート:
「はうあうあう」
機先を制されてヴィオラートが凹む。可哀想にべっこべこである。
ユフィリア:
「もう! ジンさんは黙ってて。ちゃんと最後まで聞いてあげて!」
ジン:
「お、おう。なんなの、これ?」
ユフィリア:
「はい、じゃあ、やりなおしね。……がんばって!」
ヴィオラート:
「は、はぃぃ。あのー、そのー。わたしくのことが、お嫌いですか?」
ジン:
「なんで? 別に嫌いじゃないけど」
ヴィオラート:
「そうなのですか?!!!」がばっと
ジン:
「ああ、むしろ好きな方だけど。それがどうした?」
さも、当然という風に答えるジン。ヴィオラートのテンションが大復活を遂げた。ユフィリアの狙い通りである。
ヴィオラート:
「では、ではではでは、私とお付き合い……」
ジン:
「それは無理だけど?」
ヴィオラート:
「うっく。お付き合いするのは年齢が問題なんですよね?」
ジン:
「まぁ、そうだな」
ヴィオラート:
「では、セックスできる年齢まで、申し訳ないのですが、セックスなしでお付き合いするのはいかがでしょう?」
元気になった途端、それかい!とは思ったが、たぶん、そういう子なのだろう。ユフィリアよりも一回り現金というか。
ジン:
「いや、悪いがそれも無理だ。なぜなら、付き合う=セックスだからだ。あいつら、付き合ってるんだってよ?ってなったら、へぇ、やることやってんだろうなって思うだろ? やってないって言ったって、絶対に誰も信じない。つまりロリコンで切腹案件だ。同様に、20歳到達と同時に付き合い始めたり、結婚したりしたら、やっぱりそれ以前からやることやってたんだろうなって思うだろ? 切腹だな」
ヴィオラート:
「それは、実際にそうですよね……」
なぜだろう。他人を評価するその視線に、二人とも純粋さの欠片もないというか。似たもの同士の気がする。婚前交渉が前提なのは、2人とも同じぐらい現金な性格だからではないのだろうか。
ヴィオラート:
「では、バッファ・タイムを入れる必要がありますね。2年+アルファは痛いですが……」
ジン:
「ところで、何の用だったんだ?」
ヴィオラート:
「いえ、用件はもう大丈夫です。私は、ジン様のことが好きです」
ジン:
「おう。俺もお前のことが好きだぜ。けっこー、気に入ってる」
華やぐ笑顔のヴィオラートに、ジンも笑顔を返していた。
何故だろう? 巨大なトラブルの種をまいたような気がしてきた。これはどうなるのだろう? でもユフィリアが満足げなので、これでいいのだと思うことにしておいた。




