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212  ニュンフスの水中神殿へ

 

ニキータ:

「動いた……」


 静かな湖面は波ひとつ無く、プロがベッドメイクをしてピンと張ったシーツを思わせる。まったく風のない(なぎ)の状態。しかし、船はスルリと動き出した。

 〈スイス衛兵隊〉のメンバーが、好奇心旺盛にあちこち調べて回っている。さながら子供の探検隊のよう。下層で櫂を漕ぐスレイブアンデッドたちを見つけたようで、しきりに感心していた。


ラトリ:

「いやぁ、機能的だ。持ち運びもできるなんて凄いよねぇ~」

シュウト:

「似たようなアイテムとか、みなさんは持ってないんですか?」

ラトリ:

「うーん。船自体はウチにもあるんだけど、このサイズで携帯できる船は知らないかなぁ。海洋系のクエストを後回しにしちゃってることもあるし。これはちょ~っと、反省しなきゃかもね」

レオン:

「仕方がない部分もあるだろう。海にはハイエンドが少ない」

シュウト:

「なるほど」


 聞き役のシュウトが何度も頷いていた。〈シルバーソード〉に在籍していたため、話の内容が腑に落ちたようだ。


 船舶の購入は莫大な金額になると聞く。かといって造船しようと思えば、人手も素材も凄まじいことになる。どちらにしても大規模な組織が前提になるはずだ。アキバでいえば〈海洋機構〉の規模が必要、ということだろう。

 そんな状況で海洋系クエストにハイエンドを多く設定してしまえばどうなるか。大きなギルドしか強くなれないような偏ったバランスになってしまうのだ。ゲームバランスを考えれば、陸地にハイエンド・コンテンツが多いのは必然とも言えそうだ。


オディア:

「霧……?」


 沖に出たところで船の周囲に薄く霧が発生し、乗員の動揺を誘っていた。外から見るとこの船が『霧に包まれている』と分かるのだが、中からだと海域全体が霧に覆われたように見えてしまう。

 霧の発生と共に加速が掛かり、船は水上を駆けた。無風のままの湖、しかし満杯に膨らむ帆。一体、どこから推進力を得ているのか。その秘密がこの霧にあった。幽霊船的な演出であると同時に、風向きなどの外部環境を無視して突き進むことのできる魔法の船だからだ。


アクア:

「……少し、高性能過ぎる気がするのだけど?」

葵:

『魔法の船だから、召喚時間みたいな制限があるんよ。夜だけ高性能の幽霊船。昼間は骸骨ちゃん達も居なくてポンコツっていう』

アクア:

「ああ、夜間に移動を済まさなければならないのだとしたら、……あまり沖には出られないってこと?」

葵:

『そっそ。まぁ、ここはずっと夜みたいだから関係ないけどねん!』


 幽霊船〈黒き幻影〉号(ブラックファントム)は夜の時間帯だけ自動で移動でき、朝から冒険という用途での使用が想定される。もっと大規模な移動、たとえば太平洋の横断など、はできない仕様なのだ。多少なりとも無理してそれをやるつもりなら、陸地に沿って北海道からロシアのカムチャッカ半島を経由し、アリューシャン列島を伝ってアラスカ→カナダと渡り、アメリカへ南下するルートを選ぶことになるはずだ。当然、昼は停泊したままにするか、歩いて陸地を移動するような話になるだろう。

 実際の船と比較されれば不便かもしれないが、私たちのギルドだと十分すぎるアイテムだ。



ニキータ:

(……これはこれで、仕方ないかな(苦笑))


 幽霊船という個人的理想とは真逆に等しい船だが、この際だからその辺りには目をつぶろうと思う。船体が水晶で出来てるとか、空を飛んで欲しいとかはさすがに実現性がない。確かにグリフォンのような幻想生物の背に跨がって空を翔るのも素敵だとは思う。でも高い所はどうしても怖そうな気がしてしまう。そうしてみると、みんなで船に乗って空の旅という方がもっと良い。そうしたイメージは、たぶん別ゲームのテレビCMの影響もあるのだろう。←グラブル


ニキータ:

(どうせならモルヅァートに頼んでみるべきだったかしら? でも、お風呂は最優先だし。そっちは絶対に譲れないわけで……)ぐぬぬ


 モルヅァートに頼めば、この船の改修ぐらいならやってくれたかもしれない。そうしてぐるぐると思いを巡らせてみたが、考えれば考えるほど、まっとうな結末からは遠ざかっていく気がした。冷静に考えて、幽霊船がまっ金金になるだけではなかろうか。〈黒き幻影〉号(ブラックファントム)〈黄金の幻影〉号(ゴールデンファントム)になり、副長以下の骸骨たちもゴールデン・スケルトンになった姿が目に浮かぶ。仮にそんなものが空を飛ぼうものなら、そして目撃されようものなら、たちまち大惨事である。……やっぱりお風呂にしておいて正解だったかも。


ユフィリア:

「ジンさん、どう?」

ジン:

「もうちょい右だな」

ユフィリア:

「取り舵! いっぱーい!」

石丸:

「船首を右に向ける場合は、面舵(おもかじ)っス」

ユフィリア:

「やっぱり、おもかじ! おもかじね?(焦)」

副長:

「…………」


 骸骨の副長はニコリともせず、指示通りに取り舵から面舵へと修正。ジンはニヤニヤするのみ。シュウトは表情が消えているから、たぶんツッコミを我慢しているのだろう。

 ユフィリアは明らかに「取り舵いっぱい」と言ってみたかっただけだろう。適当に言ってみたとしても、面舵と取り舵、正解の確率は50%だ。少し運が悪かっただけとも言える。


 ジンが『10キロにも満たない距離』と言っていたように、大した時間は掛からなかった。

 

ジン:

「そろそろ島だな」

ユフィリア:

「んじゃー、微速前進!」


 最高速のまま島に衝突する訳にも行かない。速度を落としつつ、周囲を警戒しながら近づくように微速前進を選択したようだ。臨時の船長といいつつ、なかなかどうして様になっている。これはユフィリアをホメなければと思った、その時だった。


ニキータ:

「……歌声?」


 速度を落としたことで船を包む霧が晴れる。同時に悲鳴にも似た、叫び声のようなものが鳴り響く。1人や2人のものではない。何段階もの音程が複雑に絡まりあって、美しさを創り出している。まるで音そのものであるかのような歌声。


葵:

『これは、まさか、セイレーンかっ!?』


 モンスターとしての能力は知らないが、セイレーンと言えば美しい歌声で船を難破させる海の精霊だかモンスターのはずだ。

 戦闘になるだろう。まずセイレーンの位置を割り出さなければならない。ミニマップでは点在する彼女らを把握しきれない。いや、その前にこの歌声による攻撃を防ぐべきか。目がジンの姿をほとんど自動的に探していた。


ジン:

「セイレーンだと精神系の攻撃だろ。寝るのか?」

葵:

『いや、なんか柱に縛り付けとかないとダメだったはず。魅了とか混乱の可能性もあんね』

ジン:

「対策は?」

葵:

『んーと、耳栓! もしくは楽器を鳴らして打ち消す!』

ジン:

「なんだ、そういうのか。……よし、ユフィ」

ユフィリア:

「なぁに?」

ジン:

「俺に膝枕だ!」

ユフィリア:

「えーっ、今?」


シュウト:

「ちょっ、ジンさん!?」


 これにはシュウトの方が慌てた。私は、なんとなくそんなことになりそうな気がして呆れていた。最初から戦う気がなさそうだ。


ジン:

「むしろ今しかない勢いで、今だ! はーやーくーぅ~」

ユフィリア:

「もぅ~。お願いしますは?」

ジン:

「おねがいしまーしゅ」


 しょうがないなーという(てい)で膝枕を作ると、そこにジンがいそいそと寝そべる。


シュウト:

「今から戦闘なのに、何を考えてるんですかっ!??」

ジン:

「いいんだよ、どうせ俺の出番はないから。今の内に、ひと休み、ひと休み♪」


 ユフィリアのフトモモに頬ずりし、気持ちよさそうに撫でさすりながらそんなことを言っていた。


ユフィリア:

「でも、モンスターはどうするの?」なでなで

ジン:

「そんなもん、アイツが負けるわけねぇだろ」


 一瞬、つまらないと吐き捨てるような目になって断言していた。まったく不謹慎の塊でどうしようもない人だけれど、言っていることは正しい。こと、音楽に関してアクアが負ける所など想像すらできない。


ニキータ:

「リプロ・リゾナンス!」


 ジンの能力を再現する和御魂(にきみたま)を諦め、アクアの能力を再現する。その際の名称が、リプロ・リゾナンス。アクアの『アクア・リゾナンス』を再現したものだ。

 実際のところ、アクアの能力の大半がオーバーライド級であるため、再現はほぼ不可能だった。それでもジンの和御魂(にきみたま)のように圧倒的な実力、この場合であれば音楽的能力、を得ることができる。リプロ・リゾナンスの状態ならば、体から溢れる音楽を軽く表現しただけで、セイレーンの歌声を遮断することもたやすい。


 葵の提示した対策案は、〈スイス衛兵隊〉によってレイド全体に共有されている。〈吟遊詩人〉は楽器を取り出してそれぞれに演奏を始めていた。それ以外のメンバーは耳を塞いで静観である。膝枕中のユフィリアも耳を塞いでいた。ジンは耳栓そっちのけで膝枕を満喫中だが、心配する必要などないだろう。


ニキータ:

「副長さんは平気ですか?」

副長:

「……問題ございません」


 アンデッドは精神的な魔法攻撃に抵抗がある、というか、ほとんど効果はない。こういうのも幽霊船のメリットになりそうだ。そうして船の操作に問題ないことを確認してから、ようやくアクアを探すことにした。

 その姿はすぐに見つかった。なにせ船首の一番目立つ所に立っていたからだ。ついでにそこで何をしているかも明白だった。


ニキータ:

(目一杯、味わってるのよね。セイレーンの歌声を……)


 セイレーンの歌声は自分にすら効果がない。ましてやアクアに効く道理などあるわけもない。戦闘そっちのけで何をやっているのかと言いたい気分がない訳でもないのだが、同時に痛いほど理解できてしまう。そりゃ聞きたいでしょう。なにせセイレーンの歌声だもの。むしろアクアが特等席に陣取らない方が、余程どうかしていると思う。


葵:

『歌声を解析中ってところかな?』

ニキータ:

「葵さんも無事なんですね」

葵:

『耳とか塞げないし、あたしもヤバいかと思ったけど、本体はローマで寝てるかんね』


 解析のようなことは出来ないが、せっかくなので私もセイレーンの歌声に耳を傾けることにした。そうしていると、かなり巧い個体が混じっているのが聞こえてきた。それより巧い個体もいたが、さらに群を抜いたボス級の歌姫まで存在するのが分かってきた。しかしそれは、この場合は『致命的』になってしまうだろう。そのまましばらくセイレーンの歌声を鑑賞することに。


アクア:

「ふぅ。すっごく堪能できたわ。……さぁ、そろそろお返しするわよ!」


 呼ばれているのが分かったので、お供するべく移動する。音楽に関しては、彼女が私の師だ。言うことは絶対である。


 ついでにいうと、やるべきことも既に分かっている。セイレーンには巧い個体や普通の個体、さらに特別に巧い個体などが存在していた。そうして実力にバラケがあったことで、成長の方向性がなんとなく分かる。これはアクアにとってヒントを与えすぎの状態なのだ。


 やはりというべきか、試行錯誤とも呼べないような短時間でどんどんアクアの音が良くなっていく。チューニングの速度が、そのまま成長の速度になった。私もリプロ・リゾナンスでアクアの成長を追い続ける。


 色を混ぜ合わせると、白か黒になると言われる。透過光を束ねて寄り合わせたようなアクアの歌声は、そのまま白く、まるで光そのものになっていた。どうしてか、私はジンとの対比を強く感じていた。

 〈エルダー・テイル〉では属性を色で表現する。一切の属性を廃して、非属性へと向かったジンと、あらゆる属性を駆使し、全属性を束ねて光へと変換させるアクア。とてもよく似ているのに、まるで逆さまな最強と最高。

 

 魔力を帯びた光の歌声は、周囲を圧倒した。具体的には、私たちに向けられていたセイレーン軍団の歌声を乗っ取り、そのままお返ししていた。元のパワーの数倍の威力にたまらず気絶していくセイレーンたち。……そうしてアクアの一方的な勝利で終わった。彼女にしか成し得ない偉業の一部を垣間見たと思った。


葵:

『うはっ(笑) セイレーンの歌声、ゲットかよっ!wwwwwww』


 ここもジンと同じ。ちょっとした切っ掛けさえあれば、誰にも追いつけない速度で成長・進化してしまう。彼女は、音楽の化身。さっきから肌が震えたまま収まらずにいる。それが感動によるものなのか、戦慄によるものかの区別は付けられなかった。


オスカー:

「褒めるにしても言葉が見つからないよ」

ミゲル:

「ブラボー、しかないな」

アクア:

「(クス)ありがとう」

ベアトリクス:

「ところで、気絶したままのセイレーンがあちこちに散らばっているんだが、どうしたらいい?」

アクア:

「どちらでもいいけれど、……そうね。できれば放っておいてあげて。もう彼女達に悪さは出来ないから。襲ってきたらまた別だけれど」

ヴィルヘルム:

「……では、そうしよう。君たちの素晴らしい音楽への賛美もこめて」

アクア:

「感謝するわ」


 アクアはセイレーンの美声を惜しんだ。そしてその意図を汲んだヴィルヘルムの配慮も素敵だ。スマートでありながら、真面目すぎない、ユーモアを含んで感じる態度。これが大人の余裕かもしれない。


 我が陣営の大人代表を見に行くと、ユフィリアの脚にまだ顔を埋めていた。こっちに大人の余裕などまるでなく、ため息が漏れるばかり。


ニキータ:

「いい加減にしないと、告げ口しますよ?」

ジン:

「ん、誰に?」


 自分が告げ口されて困る相手は誰だろう?と、そちらに興味を持ったらしい。それでもユフィリアの脚から離れる気はなさそうだったが。


ニキータ:

「ヴィオラート、とか?」

ジン:

「ぜんぜんかめへん。それで困るのって俺じゃなくてユフィだろ(苦笑)」

ユフィリア:

「わたし? どうして?」

ジン:

「そりゃ2人の薄っぺらい友情にヒビ(ガンッ)あいたっ!」


 途中まで耳にした段階で、テーブルクロス引きを越える速度で膝を引っこ抜いたユフィリアだった。ヴィオラートとの友情を守るためとはいっても、ちょっと手遅れな感じは否めない。


ジン:

「いっチー、油断した。おい、そのアンヨ返せよ、俺んだぞ?」

ユフィリア:

「意味わかんない。わたしの足はわたしのですー」

ジン:

「もうツバ付けたから俺のなんですー」

ユフィリア:

「やだ! ヨダレ垂らしたの? どこ?」


 単なる慣用的な表現だろうとは思ったが、ジンは実際にツバを付けるぐらいのことはやりそうなので、判断は難しい。


シュウト:

「膝枕ぐらいなら、ヴィオラート様にお願いすればいいんじゃ?」

ジン:

「ぬっ。17歳の膝枕か。……ギリギリでセーフになるのか?」

英命:

「おや、JKリフレのお話でしょうか?」にこにこ


 英命がすっとぼけつつ会話に参加。極めてわざとらしいのだが、言っていることは間違っていない。爽やかに悪質だと思う。


ジン:

「や、ヤッベー、危うくだまされるところだった。17歳とか、もはや犯罪の臭いしかしないなァ。……やっぱロリコンは犯罪だし、犯罪はロリコンなんだな~」うんうん

葵:

『すべての犯罪者にロリコン属性 付与してんじゃねーっつの』


 そんなたわいない会話をしていると、目的地発見の報が入った。

 そこは小さな島だったが、もっと群島というべきかもしれない。複数の陸地の内、英国のストーンヘンジに似た人工物?のある島へと向かう。たぶん目的地をゲーム的にわかりやすくなるように意匠をつけてあるのだろう。これまたゲーム的配慮か、船でそのまま接岸できるようになっていた。全員が降りたところで、ユフィリアの手にボトルシップが戻った。


シュウト:

「えっと、どうなってるんでしょう?」

葵:

『こっから水中神殿に移動するんじゃね?』

ジン:

「そりゃわかるが、何だここの地形? ここいらに神殿があって、水没したのか?」

葵:

『あー、違うっしょ。浅瀬でつながってるみたいだし』

ユフィリア:

「ねぇねぇ、みんなどうしたの?」


 小島ではなく、群島になっていることに違和感を覚えているらしい。その感覚をピタリと言葉にできないもどかしさみたいなものがあった。


葵:

『アクアちゃんさー』

アクア:

「葵、どうかした?」

葵:

『水中でも援護歌って、いけんのかな?』

アクア:

「そうね。試したことはないけれど、距離や威力が大きく減衰するはずよ。……まさか水中戦闘があるの?」

葵:

『ま、に。始まりの地点が終わりの地点。……ここが、ラスボスとのバトルフィールドだよ。間違いない』

ジン:

「そうか、それだな」


 ズバリと言い切ってしまった。

 葵自身は観察と推理とか言っているが、本当は未来予知じゃないのかと疑ってしまう。葵の力もハーモニティアでコピーさせてもらうべきかもしれない。果たして真似できるか分からないけれど。


ヴィルヘルム:

「そうなると、水中と地上での戦闘を適宜切り替えつつ、移動しながら戦うことになりそうだな」

ラトリ:

「念のためってことでもないけど、先にマップ作りを始めます」

葵:

『ダンジョン入る前から!?』

ギヴァ:

「ボス向けとしては、最大の対策になるかもしれん」

ミゲル:

「間違いなく、役に立つだろう」


 本気で勝ちにいく姿勢を見せられ、胸が熱くなる。小一時間ほどでマッピングは終了し、面倒くさいことを嫌うジンが珍しく発案者となり、水中呼吸状態での全軍の移動確認が行われた。マップを見て、頭に叩き込むだけでは、実際の水中のことは分からない。浅瀬でもあって、満月の光が差し込む環境は独特な雰囲気があった。


 先にやってみて幾つか分かったことがある。まず大問題なのが、葵の指揮がまったく届かないことだった。逆に私たちの会話は、レイドでのパーティー念話によって聞き取りやすく、あまり問題にならない。アクアか私のどちらかが、葵の指揮を言い直せば済むことなのだが、ワンテンポ遅れるのはやはり痛い。

 それから水中戦闘専用のポイントが存在していること。雷撃系の呪文を使ったら、どうなっちゃうんだろう?に始まり、おのおの試したいことをやってみた。結論をいえば、特技エフェクトが発生するものに関しては、大きく問題にはならなかった。ここで問題になりそうなのは、泡だった。きっかけはリコがシューティング・スターを使い、隕石を撃ち込んで、ドデカい泡を作ったことだった。これのおかげでレギオンレイドで魔法攻撃をみんなで繰り出したら、泡がすごいことになって視界が遮られるかもしれない、と気が付いたのだ。


 水中戦闘の感覚を掴むため、あと数回はこうして訓練したいという申し出があり、ジンは面倒そうな顔をしたものの、必要性を認めて了承していた。

 しかし、対策が可能なのはここまでだった。どうしようもなく、ラスボスの情報が足りない。これ以上は対策の立てようがないのだ。濡れた鎧や服を乾かす話になったところで、マリーから提案があった。


マリー:

「いつものお風呂を出して欲しい」

ニキータ:

「私の?」

マリー:

「すぐに乾く」うん


 玲瓏たる水玉(ウォータースフィア)に、装備品ごと突入して、戻ってくるだけで良かった。時間さえかければ私でも気が付いたとは思うのだけれど、天才と呼ばれる人はレスポンスも違うのだろう。なんにせよ、これで水中訓練や水中戦闘における不快感の95%ほどが解決してしまった。布類は少し湿って感じられるものの、夏場に外を5分ばかり歩いた時の汗に比べれば、問題など最初から無かったというレベルだ。

 最初は、お風呂に服を着たまま入るとでも思ったのかしら?と首を傾げたものだが、やはりモルヅァートの叡智が正しかったと証明された。そして『お風呂は最高だ』という私の確信もより深まることになった。


シュウト:

「葵さん? ここのラスボスってなんだと思います?」

葵:

『なんでもあり得るんだけどねぇ。魚系だと、シーラカンスみたいなのの、ちょい硬そうなのとか。サメは定番だし、海の王者・シャチって手もある。クジラはちょっとサイズが合わないかな。軟体類だと、大王イカやクラーケン、大タコ、浅瀬だけど深海のノーチラスとかが出てきたっておかしくない』

ジン:

「海じゃねーけど、海竜だろ。おまえの本命は?」

葵:

『チィッ、同じだよ。途中の島、陸地を考慮に入れると、首をもたげたり、触手を伸ばしてくる系統になるはずだからね。上陸パターンもあり得るし』

シュウト:

「なるほど……」

葵:

『とは言っても、そこからまた分岐するんだけどね。水陸両用型モンスターなら何でもいい訳じゃん? オリジナルや機械型、なんでもありっしょ。蛇型と竜型でタイプが全然違うよね。人型でも蛇女型とか考えられるし。まぁ、でも巨人なんだろうなーって』


 ワールドワイド・レギオンレイドなので、何が出てもおかしくないらしい。逆に可能性が見えすぎてしまって、葵には判断が付かないようだ。ジンはたぶんドラゴンと戦いたいだけだと思う。強いモンスターが好きなのだ。(その分、私たちは苦労するのだけど、今更よね……(苦笑))


ユフィリア:

「ねっ、そろそろダンジョンにいこっ!」

シュウト:

「元気だね」

ユフィリア:

「もちろんっ!」

葵:

『元気溌剌、オロナミンC』

ジン:

「んじゃ、いくかぁ」どっこいせっ


 マッピング作業に水中訓練でもう2時間半ばかり費やしている。だるく感じる体に気合いを入れて、再出発することになった。まず入り口の封印解除だが、シュウトがストーンヘンジの中心部に進み出て、矢筒が光って、解除成功。ここまではOKだった。


 螺旋型スロープで下層に降りていくと、広めのフロアに、魔法の意匠を施された床になっていた。簡単にいえば、ワープ用の魔法陣がいくつもある部屋、となるだろう。


マリー:

「!? ここは……」

葵:

『なぁる、ここから転移して、水中神殿の各ゾーンへと飛ぶ訳か。転移魔法陣がえっとー、12あるから、12ゾーンだね』

レオン:

「それぞれのゾーンを攻略して戻ってくれば、ラスボスが出現するわけだな」

ネイサン:

「じゃあ、その辺の床を不用意に踏んだらマズいってことだ?」

葵:

『うんにゃ、時計回りかなんかで一個ずつ攻略すんだと思うけど……』

ヴィオラート:

「……マリー? どうかしたのですか?」

マリー:

「ここ、調べる」じゅるり


シュウト:

「えっ?」

ジン:

「おい、レイドしに来たんだぞ? 後にしろっつー」

マリー:

「ダメ。わたしはむしろこのために来た。魔法文明の古代遺跡なんて、ガードの甘い情報の宝庫。おいしくいただきます」

ジン:

「あ、はい……」


 そこから2時間ばかり調査することになった。むしろ2時間で調査を終える方の頭の中身を強く疑った方がいい、とはアクアの弁である。

 結局、意義が分かってしまうため、誰も強く文句がいえなかったのだ。これまで〈妖精の輪〉にせよ、帰還呪文にせよ、ローマのタウンゲートでさえ、転移先を決められてしまっていた。この研究が進むと、自分達の欲している場所に転移魔法陣を形成できることを意味する。


マリー:

「ここはもういい」むふー

ジン:

「んで? どうにかなりそうなのか?」げんなり

マリー:

「転移先の魔法陣も調べる必要がある。でも、この形式はほぼ理解した。超・簡単! サービス問題!」

ジン:

「マジかよ……」

マリー:

「シンプルゆえに無駄がない。さらに『乱れ』や『歪み』が小さいのだと予想できる!小難しい理論をひっくり返していない点から考えれば、洗練されているとすら言える!でも問題は動力、エネルギー源のほう。他のプレイヤータウンじゃ、タウンゲートの起動すら出来なかった。ローマの規模、サイズが必要な理由が外の世界にはある。なんらかの理由・現象によって、世界の魔法力が枯渇に追い込まれている? それが世界の危機? わからない。けれど、ともかく、ここのゾーン内なら、転移魔法陣は問題なく機能する。やろうと思えば、ここと、ベースキャンプをつなげることもできるはず!」ペラララララ


 普段のキャラ(無口・ぼんやり・のーんびり)はどこへやら、超高速で思考して超高速でしゃべっているこっちが本性なのだろう。はい、ごめんなさいと思った。(シュウトは実際に謝っていた)


ジン:

「じゃー、ウチの石丸にも教えておいてくんね?」

マリー:

「まだ! 転移先の魔法陣も調べる!」

ヴィルヘルム:

「わかった。……とりあえず進もう」


 天才に振り回される凡人たちの図、そのままだった(苦笑) 最初のゲートから移動。さっそくマリーが『転移先の魔法陣』の調査にかかる。


ニキータ:

「ここが、水中神殿……?」

ジン:

「つーか、水圧とかどうなってんだよ(苦笑)」

葵:

『逆に水中神殿だから大丈夫なんじゃね?』


 水中呼吸の魔法は効果時間が長いため、まだ掛かったままだが、それを抜きにしても空気はちゃんとあった。水属性ダンジョンっぽさを演出するためか、そこらの壁などから水が流れている。外から水が入って来ているのだとすると、どこかしらに排水する機能がないと、とっくの昔に水没してそうなものだ。だから水圧についてジンは疑問に思ったのだろう。それに対して葵の回答は、排水機構ぐらい当然に備わってるだろうという意味だと分かる。


 転移装置に出たり、入ったりしながら調査していたマリーが、30分ばかりかけて調査を終えた。満足そうな顔をしていた。


ジン:

「んで?」

マリー:

「まだ、あと、11カ所の調査があるけど、ほぼおっけー」ぼやーん


 省エネモードに戻っていた。調査は終了らしい。


ジン:

「俺らも使えそうか?」

マリー:

「魔力があれば。個人のMP量じゃムリ。アテはある?」

ジン:

「……無くもねぇなー。疲れるからやりたくないけど」

マリー:

「ふーん。便利」

ジン:

「そーでもねーよ」

英命:

「ひとつ、お尋ねしたいのですが。サーバーを飛び越えることは可能ですか?」

マリー:

「それはまた別。こんな簡便な仕組みでは難しいと思う。今のところサーバーを越える仕組みは、〈妖精の輪〉か、ここみたいなワールドワイド・レギオンレイドに限られる。後者は残念ながら、空間やゾーンそのものを生み出す技術にアテがない。

 前者の〈妖精の輪〉の場合、転移魔法陣そのものはシンプル。しかし月齢と関係していて、転移先の選択ができない。例外はアクアの持っている指輪、あれだけ。でもオーパーツすぎて解析できない。壊して確かめることもできないし、壊したからって情報を引き出せるとも思えない。だから結論を言えば、外部的なデバイスの可能性が極めて高い」キュオオオオ


 興味のある話題だったためか、加速状態が再開される。巨大な上丹田がものすごい勢いで活動している。


英命:

「デバイス、周辺機器ということは、本体機能が別の場所にあるということですか?」

マリー:

「そう。そもそも魔法の指輪という形式は、マジックアイテムの中では最強に分類される。現代ファンタジーはトールキンの『指輪物語』の影響を強く受けていることから、むしろ指輪でなければならなかった、と推察される。指輪とは、他の世界とつながる最小のゲートを意味するもの。指輪をはめた指先は、異界と接続される。これらのことから、指輪そのものに力が込められている必要はない、と考えられる」

アクア:

「その本体があるとしたら、どこに?」

マリー:

「一番可能性が高いのは、月」

アクア:

「月? ……月面ってこと?」


 予想外の結論にアクアが驚いていた。突拍子も無さすぎて、ちょっとついていけてない。


ネイサン:

「月? 月面って、そりゃまたどうしてそんなところに?」

オスカー:

「……いや。第14サーバー、テストサーバーが月にあるって話を聞いたことがある」

ラトリ:

「あー、そんな噂もあったねぇ。あれってどうなんだろ?」


ジン:

「月って言われてもなぁ~」

葵:

『ふーん、月ねぇ……』

アクア:

「月、か。考えたことも無かった」


 まだピンときていないようだが、この瞬間から射程に入れ始めたのだと思う。


 そろそろ夕飯にする時刻なのだが、いろいろあって、正式名称〈ニュンフスの水中神殿〉の探索は始まってもいない。せめてモンスターの種類ぐらいは確かめよう!という話でまとまった。


 ダンジョン内部は基本的に明るかった。光源の存在は不明で、白か黄色の系統の光で充満していた。それとは別に、青色の光が各所に点在していた。


タクト:

「青い光の、ロウソク?」

リコ:

「でもロウソクだったら、燃え尽きちゃってないとおかしいし」


 ゲーム的なご都合主義によるものだと思うのだが、気になる人は気になるらしい。


ネイサン:

「へぇ、ロウソクに青い炎が灯ってるんだね? うん、全然熱くないよ。LEDの明かりみたいだ」

ユフィリア:

「綺麗な色。欲しいかも?」

ウヅキ:

「なぁ、これってどうなってんだ?」

英命:

「聖火ですね。聖別された魔法的な炎なのでしょう」

ユフィリア:

「うーんと、オリンピックとかの?」

葵:

『そっそ。あれも建前上、燃え尽きたらアカンやつやからね』


 通路の先に、同じ青色の炎の篝火がより大きなサイズで燃えていた。そちらに歩いていくと、唐突に先頭のジンの足がとまった。


ニキータ:

「えっと……」

シュウト:

「ジンさん? どうかしたんですか?」

ジン:

「あー、ダメだ。こっから先に進めない(汗)」


シュウト:

「えっ?」

ウヅキ:

「はぁ?」


 私たちは普通に移動できるのだが、ジンは先に進めない様子。葵が『呪われた存在ざまぁ、プギャー』などと言って口喧嘩が始まっていた。


シュウト:

「えっと、ジンさん抜きで攻略するんですか?」

ニキータ:

「というか、それって可能なの?」

葵:

『頭から聖水でもかぶったらいいんじゃね? あー、でも、溶けて消えてなくなったりしてな!』ぷーくすくす

ジン:

「こんの、クソロリがぁ!」

葵:

『おーにさん、こっちらっ♪ HEY! てーのなぁる、ほうへー♪って、ダメだ、あたし手ぇたたけないじゃん(爆笑)』


 肝心の葵が遊んじゃっているので、ヴィルヘルムの判断で撤収することに決まった。結局、午後は遊んじゃったみたいな気分だった。

 

 

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