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211  横断性からフレキシビリティ


 ドロップした装備品関係でいざこざがあったけれど、どうにかこうにか解決した(らしい)。残りの装備品は全員が揃ってから配分だのの話になる。奥の庭園の様子を確認してから、僕らは〈獅子の空中庭園〉を後にした。

 ちなみに奥の庭園は綺麗な花壇みたいになっていた。ユフィリアたちは満足げな様子だったので「よかったね」と言っておく。花にはあまり興味がないこともあり、軽くスルーした部分はあった。綺麗だし、綺麗なんだろうけど、ただの花だし。

 葵は高レア度の植物系アイテムの話をしていたが、ぶっちゃけた話、毒薬関係をのぞくとほとんど知識がない。適当に頷いておくのが精一杯だ。木材だったら矢を作る関係で、もうちょっといろいろ分かることもあるのだが……。


 そうしてキャンプに戻ってきた。作ってあったサンドイッチで昼食にする。こうして椅子に座れるのはありがたい。せっかくなので温かい品を追加してもらう事になる。受け取ったスープは塩加減が絶妙だった。


葵:

『つかさー、受け取れば良かったじゃん、胸ライオン・アーマー』

ジン:

「しつけーよ、その話はもう終わったんだっつー!」

葵:

『兜と両手両足も動物デザインのにしてさー、妖怪大戦争とか見たかったなー!』

ジン:

「同じセリフを今からレオンに言ってやれよ!」

葵:

『頭がイーグルで、あとシャークとパンサー的な』

ジン:

「サンバルカンにライオンはいないからな? あとドラゴンも」


 ローマでの食事タイム待ちで、暇そうな葵がジンに絡みまくっている。

 僕は足下の雪を踏んで潰して、ならしていた。毎回、同じ席に座って、踏んでならして~を繰り返している。でもいつも元に戻っているので、またサクサクと踏みならす。


葵:

『冗談はともかく、……受け取らなくてよかったん?』

ジン:

「まだ続くのかよ」

葵:

『エレメンタルゴーレムが“回復の最強”で、ミネアーが“防御の最強”だったじゃん。そしたらその内、“攻撃の最強”もくるって予想つくべ?』

ジン:

「チッ……」

シュウト:

「あー、なるほど。……じゃあ、そのための鎧なんですか?」

葵:

『たぶんね~」

ユフィリア:

「攻撃のさいきょーって、どんな攻撃かな?」


 最強をさいきょーと語尾を伸ばして発音するのを何となくボンヤリと聞いていた。たぶん嫌いな人は嫌いだろう。いや、口元の動きが可愛かったと言いたかっただけなんだけど。


ニキータ:

「うーん、一撃死とか? ありがちかしら?」

葵:

「きっとアレじゃん? 通常攻撃が全体攻撃で、2回攻撃のおかーさんとか」

ジン:

「おい、やめろ」

ユフィリア:

「おかーさんなの? おかーさんとは戦いたくないなー」

シュウト:

「いや、誰のおかーさんと戦う気なの?」

ユフィリア:

「わかんないけど」えへ


 かわいい。……じゃなくて、このごろ心の防御力が下がっている気がして仕方ない。向こうの突破力が高まったのか、こっちの装甲が薄くなったのか。たぶん、この半年で慣れてきたことで油断が生まれているのだと思う。

 いや、かわいいと思ったからなんだって話ではあるのだろう。……でも、なんか負けてる気がしてモヤモヤする。(かわいいと思わなくなったら勝ち? それもどうなんだろう……)


レイシン:

「じゃあ、超連続攻撃で絶対避けられないコンボ使ってくるとか?」

シュウト:

「それでも避けそうな人ですけど……」

レイシン:

「まぁ、そうなんだけどね(苦笑)」


 ジンに関して言えば、そっち方面の信用はまるでない。誰もが喰らうはずの攻撃を、普通に、あっさりと躱したりする。厳しい攻撃に対して『ジンさんなら、ジンさんなら避けてくれるはず!』とか思うことは、もうしばらく前に無くなっていた。今ではむしろ『なんで今のを避けられるんですか!?』とかばっかりである。……そんなのばっかりだ。


ジン:

「魔法だったら、避けられない攻撃とか普通にありそうだけどな」

シュウト:

「そんな慰めは結構です」

ジン:

「……慰めってなんだ??」

石丸:

「むしろ、『防げない攻撃』の方じゃないっスか?」

葵:

『そうかもね~。ゲームバランス的に考えて〈キャッスル・オブ・ストーン〉とか〈刹那の見切り〉を使えばなんとか防げるけど、基本的にバリアも無効、みたいな?』

シュウト:

「……それって〈竜破斬〉のことでは?」


 『攻撃の最強』はすぐ身近にいた、というオチだろうか。当たれば一撃死だし、バリア無視してくるし、テクニックの塊だからほとんど避けられないと来ている。最悪だと思っていたけれど、考えてみたら余計に最悪感が増してきた。

 けれど、ジンの〈竜破斬〉はミネアーの鎧でも防げない。その辺りが微妙に違和感として残った。〈ミネアーの獅子鎧〉でも防げる程度の、『攻撃の最強』たるギミック?(それもなんだかなー)


葵:

『どうするジンぷー? こいつぁ、やっべーぞ!』←コロチキ

ジン:

「どうもしない。普通に戦って普通に倒すまでのことだ」

葵:

『くはっ、最強の分際で優等生的回答とか、なっちゃいねーな!』

ジン:

「はいはい。当たらなければどうということはねぇですダヨ!」


 いつかも聞いたような話を聞き流していると、オスカーがやってきた。


オスカー:

「ジン。今からドロップアイテム配布するんだけど。持ってこようか?」

ジン:

「取りに行く!」


 嬉しそうに立ち上がると、そそくさとラウンドシールドを取りに行った。そして見せびらかすように装備して戻ってきた。


ジン:

「頭が高い、『おにゅー』であるぞ?」

ユフィリア:

「ははーっ」


 ノリ良く、ユフィリアがかしこまった。……というか、見えた。得意げなジンに冷や水を浴びせるべく、葵が張り切り出す光景がハッキリと見えた(未来予知)


葵:

『……てかそのデザインって、ベンツじゃね?』

ジン:

「ベンツじゃねーし。いや、ベンツ嫌いじゃないから別にいいんだけど、良くあるデザインだろ? そこ文句付けるトコか!?」

石丸:

「メルセデス・ベンツのエンブレムは『スリー・ポインテッド・スター』っス」


 やはり始まってしまったか。ジンの新しい装備は〈オケアノスの盾〉という。Y字を丸で囲むデザインだ。色は全体的に白で、Y字と縁取りは青の配色になっている。このY字の角度を少し変えると、メルセデス・ベンツのマークに似ているといいたいらしい。似てると言われれば似てるけれど、そのものではないというか。


葵:

『オケアノスって、フェイト/ゼロでイスカンダルが目指してた海だよね? あれって結局はインド洋なわけじゃん?』

シュウト:

「じゃあ、インド洋の盾、ですか?」

ジン:

「別にベンツでもインド洋でも全っ然、文句ねぇっつーの!(苦笑)」

ネイサン:

「それ、違うよ?」

葵:

『ほへっ?』


 葵のいちゃもん大会に決着をつけたのは、救世主ネイサンだった。


ネイサン:

「オーケアノスは『地の果て』って意味だよ。自動翻訳でちゃんと伝わってるか分からないけど」

ジン:

「地の果てって聞こえたな」

ネイサン:

「なら大丈夫だ。でね、この盾はギリシア神話の円盤型世界を表しているのさ。3つの大陸がそれぞれエウローパ、アシアー、リュビアー。周りを取り囲んでいるのが海で、オーケアノスってこと。この辺りはもしかしたら地中海かもだねー。ま、アレクサンダー大王がホントに目指してたかどうか分からないけど、オケアノスはインド洋じゃなくて、世界の果てだと思うよ」

シュウト:

「じゃあ世界地図だったんですね?」

ネイサン:

「そうそう。割とよくある図柄でしょ?」

ジン:

「最果ての盾か。ますます素晴らしいではないか!」

葵:

『チィッ』

ユフィリア:

「うーん、すっごい詳しいねっ!」

ネイサン:

「ま~ねぇ~、僕に掛かればこのぐらいはね~?」にっこり


 おどけた自画自賛は、嫌みよりもユーモラスを強く感じさせた。

 しかし、問題はデザインより性能だと思う。だというのに、尖った特徴が何もなかった。バランス型というか、高平均点な装備品で、文句もないけど、褒めるのも難しいという具合。ジンは大満足だったので、それでいいような気もする。


ジン:

「どうだ、いいものだろう?」

シュウト:

「(!)……え、ええ。そうですね!」


 すんごい困るセリフが来て瞬間的に焦ったけれど、どうにかやり過ごすことに成功し、見事、僕は生き残った(大袈裟)。

 考えてみれば、敵の攻撃タイプに応じて装備の付け替えとかしない人だし、汎用装備=良い装備という判断をしてそうだ。

 誰も損はしていない。特に誰かの分の幻想級装備を奪った訳でもない。本人もお喜びだし、みんな幸せだったかもしれない。







 食後の休憩時間に鍛錬を行うことになった。全員が集まったところで、ジンがぐいっと体をひねってみせる。


ジン:

「こういう風に体をひねるようなストレッチを、『スパイラルストレッチ』という。もともとは東大、えっとー、東京大学の偉い先生の研究だったと思う。体をひねりながら動かすトレーニングマシンを使うと、インナーマッスルが鍛えられる、とかって話があってなー」

ネイサン:

「ふぅむ」

バリー:

「ひねるストレッチをすればいいってこと?」

ジン:

「そうなんだけど、そう単純な話でもない。なんでもそうだけど、全体の文脈の中で正しく位置付けないと、分かった内には入らないものだ。

 まず、器具を使った『通常の』筋力トレーニングの話なんだが、これは要素主義的なものなんだ。単一要素主義的というかね」

ユフィリア:

「ん~? 要素主義ってなぁに?」

ジン:

「全体に対する要素、全体に対する部分、みたいな考え方だ。筋トレの場合は特にこれが顕著で、どこそこのホニャララ筋にだけ働きかけるようなトレーニングを行う。ダンベルもって腕を動かす時に、『ここの筋肉が動いている!』『もっとここの筋肉に効くように!』と指導すんのをやるわけ」


 腕を動かしながらなので、分かり易い。ユフィリアもふんふんと頷いている。


シュウト:

「ええっとー、要素主義的なトレーニングってダメなんですか?」

ジン:

「んなこたーない。てか、いきなり既存の筋トレシステム全般を、全否定したりできるかよ!」

シュウト:

「すいません。そうですよね(苦笑)」


 いつものノリで、アホなことを質問してしまった。〈スイス衛兵隊〉メンバーの前なのでけっこう恥ずかしい。


ジン:

「筋トレはある種、コレクション的なトレーニングだ。筋肉を鍛える時に、あっち、こっちとコレクションしていくのに近い感覚がある、というかね」

シグムント:

「わかる気がするな……」

ジン:

「もともと、足りていない筋力を補ってやることで、全体的なパフォーマンスを高めてやるという意味合いのはずなんだが、現代は筋トレが前提になってるところがあってな。ゲームのキャラクター・クリエイト的な、いわゆる『ビルド』に近くなってしまった、というかね」

アクア:

「それで、どこが問題なの?」

ジン:

「要素主義的なトレーニングは『合算』に問題点が集約される。結局のところ、諸要素の総計よりも全体の方が大きいという、数学的な問題と思ってもらっていい。筋トレが実際のパフォーマンスに『うまく反映されるかどうか』は、実際には運だのみ、神だのみなんだ。

 ちなみに日本は科学的トレーニングの分野ではかなり遅れてて、こうした合算の意識が弱い。引き算、いわゆる鍛えちゃダメな部分は鍛えない、ってのも徹底できていなかったりする」

シュウト:

「なる、ほど……」

ユフィリア:

「えっと、つまり、どういうこと?」

ニキータ:

「一カ所ずつ鍛えていくから、合算した時に、巧く機能するか分からないってことね」

ユフィリア:

「そっかー。……まとめて鍛えちゃダメなの?」

ジン:

「いい質問だ。じゃあ、要素主義の反対を全体主義とした時、全体主義的なトレーニングとはどんなものだと思う?」

ユフィリア:

「全部を鍛える方法ってことでしょ? えっとー……?」


 改めて言われてみると、『全部を鍛える方法』なんてあったかな?とか思ってしまう。水泳なら全身を鍛えられる気もするけれど。


シュウト:

「ゆ、ゆる、とか?」

ジン:

「ちっがーう。部分ごとにゆるめていくだろがよ。……誰か、分かるヤツは?」


 軽く手を挙げたのはレオンだった。


レオン:

「この場合の『全体』とは、専門種目での実際的な実力のことを指しているはずだ。つまり、全体的なトレーニングとは、試合や実戦形式での訓練のことだろう」

ジン:

「正解。サッカー選手ならサッカーの試合を、テニスプレイヤーならテニスの試合そのものをするのが、全体主義的なトレーニング法ってことになる。まぁ、練習試合のことだな」

シュウト:

「じゃあ、僕らだったらパーティー戦闘や〈大規模戦闘〉(レイド)をやるってことですね」

スタナ:

「まとめると、練習試合などの全体主義的なトレーニングを行いつつ、足りない部分を補助する方法のひとつが、筋力トレーニングだった。しかし、筋力トレーニングそのものが中心的なトレーニング方法になってしまっている、ってことね」

ウヅキ:

「要は、筋トレはサブクエだったのに、いつの間にかメインクエになっちまってるってことだろ?」

ジン:

「その通り。その理由の大きな要因になったのはボディビルだろう」

シュウト:

「そうか……」


 ボディビルには別のメイン種目がない。ボディビルそのものがメイン種目なのだ。ウヅキの言い回しを踏襲するなら、サブクエストがメインクエストになった代表例ということになる。体を鍛えることが専門のボディビルの知識が逆輸入される形でトレーニング理論に影響したのかもしれない。いや、一般常識にまで浸透している気がする。


オスカー:

「続きなんだけど、問題はスパイラルストレッチがどう位置付けられるかってことでしょ?」

ヒルティー:

「確かにその話だったな」

ネイサン:

「あれ? 全体主義的トレーニングかもだけど、全体主義より、もうちょっと中間地点になるってこと?」

ジン:

「そういうこと。敢えてネーミングすると『横断的トレーニング』になっている」

ユフィリア:

「横断的?」

ジン:

「横断歩道の横断。要素を跨がっていること、横断していること。色々な学問分野を跨がる『学際的』に近い意味で、ここでは横断と使っている」

アクア:

「言われてみれば納得よ。スパイラルさせることで、いくつもの筋肉を横断的にストレッチさせている」

ネイサン:

「ああ~。通常の筋力トレーニングを要素主義的と指摘したのはそのためなんだ?」

ジン:

「そう。より全体的に、横断的に、複数の筋肉を刺激させているわけだ。インナーマッスルが鍛えられるって話も、単純にひねりに巻き込まれているせいだと考えられる」

ベアトリクス:

「フム。要素主義的なトレーニングの方が、狙った部位に対して負荷の高い訓練が可能になる。一方で横断的なトレーニングではまとめて訓練でき、負荷は分散する効果がありそうだな」


 静観していたベアトリクスがまとめの発言をしていた。


ジン:

「専門的トレーニングをやるなら、要素主義を突き詰めて丁寧にコレクションしたいかもしれない。しかし、運動不足の一般人はちまちまやるより、横断させてまとめて訓練した方がラクチンって考え方があってもいい。インナーマッスルを訓練するのは、一般人や素人には正直、難しい。だが、スパイラルさせれば、インナーマッスルも巻き込まれる形で鍛えられるって利点がある」

ギヴァ:

「フム。どちらが正しいという話ではなさそうだな」


 横断的トレーニングがまず素人向きの方法論として価値が生まれているのが分かる。それを『どうせ素人向けだろ?』とバカにせずに、僕らも取り入れてみればいいのだろう。実際、僕なんかは素人あがりの初心者なのだから、特にこだわりはない。玄人ぶることより、役立つことの方が大事だ。


スタナ:

「……つまり、足ネバは横断的なトレーニングだったってことね?」

オスカー:

「あ」

バリー:

「そうか!」

ウォルター:

「言われるまで気付かなかったな」

ヴィルヘルム:

「なるほど。……そうして接続させるつもりだったのか」

ジン:

「おいおいおい。『的外れ』が治っても迷惑なまんまじゃねーか! 推理小説の犯人ネタバレして喜ぶガキかよ!」

スタナ:

「ご、ごめんなさい……!」


 やらかしたのはその通りだけど、ネタバレするならタイミングはここかもしれない。説明途中で答えがだんだん分かってしまうよりも、インパクトはあったんじゃなかろうか。

 それにしても、スタナの評価が完全にひっくり返ってしまった。この短期間で、一体どれほどの成長を成し遂げたのだろう……?


ネイサン:

「フフーン。やっぱりスタナは優秀だったでしょ?」ニヨニヨ

ジン:

「チッ。……もういい、やるぞ」


 足ネバでネバネバと粘度を高め、周辺組織を巻き込むように動かしていく。この部分が横断的トレーニングになっているようだ。地足法では脚側の横断性を主として高めている。だから今は肩周りを中心にネバネバさせるように指示された。その場歩きの腕振りを途轍もなく真剣にやり込む。ダメージアップに直接つながっていく部分だけに、熱も入ろうというものだ。


 この後もダンジョンアタックに向かうので、30分程度で終了。そこから追加で5分ばかり、トロッティングでの足ネバも行った。走法のトレーニングはトロッティングでやるらしい。トロッティングのスピードでネバネバさせるのは流石に難易度が高かった。いずれにしても先は長い。気が遠くなるほどに。


レオン:

「腕、肩周りをもっと強く訓練するにはどうすればいい?」

ジン:

「運足法の腕部応用だろ? 基本になるのは『四つん這い歩き』だな。本気でやるなら、毎日30分が目安」

レオン:

「分かった」

リコ:

「最新のトレーニング法のハズなのに、どこか昔ながらっていうか」

タクト:

「言われてみると、そうかもな」


 理論は最新式にアップデートされているから問題なし!と思ったけれど、本当のところはどうなのだろう。トレーニングマシンの目新しさに(うつつ)を抜かしているだけかもしれない。

 昔からのトレーニング方法にも、同じ理屈があったかもしれないのだ。ただそれが抜け落ちて、知らぬ間に形だけのものになって、廃れたのかも。

 

 訓練が終わったところで、説明が追加された。


ジン:

「こうした足ネバや運足法みたいなトレーニングは、横断性だけでは概念として足りていない。敢えて言い直すと『フレキシブル・パワー』となるだろう。日本人として言うと、これが『体を()る』って表現の中身だ」


 地足法は、『接地運足法』の略語であり、その中身は運足法が中心になっている。運足法は、筋トレのような『決められた方式での筋力発揮』とは異なり、『刻一刻と変化する状況の中での筋力発揮』である。これを言い換えるなら『フレキシブル・パワー』がピッタリだった。


 要素主義的な鍛錬では、フレキシブル・パワーの発揮は難しいのだと思う。横断的な鍛錬をすることで、横断的な筋力発揮が可能になるというべきか。フレキシブル・パワーは、周辺組織との有機的な連携が不可欠であり、それは要素主義的な視点からみると抜け落ちている部分となりそうだ。


ジン:

「現実世界の話としては、スパイラルストレッチで横断性までは来てるけれど、『横断性』みたいな認知には至っていない。ここからハイパフォーマンスを目指すことで『フレキシブル・パワー』に到達するのが必然なんだが、今のところ脈絡がまるでない」

葵:

『脈絡がないって、どゆこと?』

ジン:

「横断性から、フレキシブル・パワーに到達したくても、現状では不可能ってことだ。リンクがない。論理が飛躍しすぎてる」

アクア:

「そこにも深い断絶が広がっているわけね……」


 そして僕らはジンに教わることで断絶を越えたことになる。もう当たり前になってしまった『これ』が、どのくらいの幸運なのか。なんとなく満月を見上げてそんなことを想った。


ジン:

「俺は大分類にレフパワー/ラフパワーの概念を配置している。従って、フレキシブル・パワーはレフパワーの内の一概念の扱いになる。……あー、レフってのはリファインの略語として使ってるヤツね。フレキシブル・パワーを加えることで、リファイン・パワーはさらに洗練されたものになるだろう」

葵:

『なーるほっどねーん』

ジン:

「ちなみにこの辺の話を筋トレに詳しい人に振っても、全く通じないからそのつもりで。文献だのは一切存在してなくて、ほとんど俺のオリジナルみたいなもんだ。まぁ『俺の』だなんて傲慢かます気にはとてもならないけど。少なく見積もっても150年以上の未来情報だが、まず失伝して終わりだろう」

シュウト:

「これも失伝するヤツなんですか?」

ジン:

「これもっていうか、ここんとこ教えてるヤツなんか片っ端から失われるよ。跡形も残らんね」

ロッセラ:

「インターネットがあっても?」

葵:

『公園の砂場に針を落としたぐらいなら見つかるかもしれないけど、インターネッツの大砂漠じゃねぇ』

ネイサン:

「サハラを越えたな」


 せめて僕の代で失伝させないようにしようと思いました。



 訓練を終え、水中神殿を探すべく出発。

 道中はスタナが邪魔したせいで話そびれた内容を補ってもらった。歩きながらだと全軍に聞こえる訳もないので、僕ら〈カトレヤ〉組と、近くに寄ってきた数人だけにレクチャーすることに。


 内容は、横断的トレーニングから、フレキシブル・パワーまでの間を繋げるものだった。まず、構造筋力配分と対になる形でブレイン・コントロールが存在していること。〈冒険者〉の筋力は鍛え終わっているため、ブレイン・コントロールが重要になること。正しい構造筋力配分を知ろうにも、こっちの世界はまったく向いていないこと。これは筋肉量が変化しないので、観察できないし、元の地球のデータも無いという意味でもある。どちらにしても、こちら基準の戦闘データじゃなければ意味は薄い。

 従って、どんな動作にも対応できるフレキシブルなパワーが必須化することが言える。フレキシブル・パワーを発揮させるのは、フレキシブル・ブレイン・コントロールってことになりそうだった。


 これらの話にはまだまだ身体意識やディレクトシステムの情報が含まれていない。フリーライドもまるで触れられていない。まだまだ初心者段階なのを痛感させられる。それでも、着実に先に進んでいるのが救いの気もしていた。







ジン:

「水中神殿ってのは、一体ドコにあるんだ?」

ネイサン:

「どこだろ? 水の底の方に建物っぽいのがあるらしいんだけどねぇ」


 湖に到着。周囲を散策しつつ、水中神殿を探すことになった。湖畔、『湖のほとり』というよりは、砂浜が広がっていて海のそれを思わせる。


ジン:

「良く乾いた砂浜だな。ここなら十分に訓練できそうだ」

葵:

『砂浜を走るのなら、キャッキャッ、ウフフ、捕まえてごらんなさーい!とか言いながらじゃないとダメっしょ』

ジン:

「真夏の太陽の下ならな。だが、ここは月明かりの砂浜だぞ? もうちょい大人のコーデで頼む」

葵:

『じゃあ、魔法を花火に見立てて打ち上げよう。終わりゆく夏の景観が、2人の距離を縮めていく。……もう宿題、やった?』

ジン:

「いいや、まだだ」

葵:

『2人は、エンドレスエイト……』


 ダメだ。付いていける気がしない。ついて行きたいとも思わない。


アクア:

「その頭の悪い会話はともかくとして、ここからどうする?」

葵:

『飛行系の獣魔が呼べれば、空から確認して欲しいんだけど』

ジン:

土爪(トウチャオ)光牙(コアンヤァ)!」

葵:

『呼ぶならフェイオーだべ?』

ジン:

「あれって獣魔だっけか?」

シュウト:

「新技か何かの話ですか……?」

石丸:

「3×3EYESのネタっス」


 おふざけが過ぎる気がしたけれど、なんとなく分かった。今日はもう疲れたから休みたいらしい。ミネアー相手には激戦だったし、カインとも息詰まる攻防を繰り広げていた。さすがのジンもお疲れということだろう。


 とはいえ、どこかで時短しなければならない。少なくとも今日の内に水中神殿へのルートを確保しないと、明日の時間をロスすることになりかねない。今日しなければならないことは、今日の内にがんばりたい。


スタナ:

「騎乗動物の召喚笛は使えないわ。〈召喚術師〉が一人乗りの飛行系召喚生物をもっているから、偵察を頼みましょう」

葵:

『あ~、それはパスして。罠があっても対処できないし、どっちみち全軍での移動には使えないから』

スタナ:

「何か別の考えが?」

葵:

『階段がめっかったら、基本通り、水中呼吸で歩いて水の中』

ジン:

「マジかー(苦笑) ビチョビチョどころじゃねーだろ」

ユフィリア:

「ぐっちょんぐっちょん?」


 ビチョビチョとぐちょぐちょにどういう差があるというのだろう。言わんとすることは分かるけど(苦笑)


スタナ:

「階段が見つからなかったら?」

葵:

『船でウロウロする!』

ネイサン:

「船だって? 船はどうするの?」

葵:

『なければ作ればいい。……とか言うトコだけど、実は用意してある!』

ユフィリア:

「じゃーん!」ガサゴソ


 じゃーんと言いながら、魔法の鞄に手を突っ込んでゴソゴソやり始めた。タイミングが違うよ!とは思ったけど、ご愛敬だ。ワンテンポ遅れて、シュパっとボトルシップが出てきた。幽霊船〈黒き幻影〉号(ブラックファントム)。偶然に入手した『魔法のボトルシップ』である。


ユフィリア:

「これを、水に浮かべます」


 ボトルシップが湖にプカリと浮かんでいる。


ユフィリア:

「…………」

ジン:

「…………」

アクア:

「…………」

葵:

『…………』

シュウト:

「…………」

スタナ:

「…………」

ネイサン:

「…………」



 だが、なにも起こらなかった。おっかしーなー?とユフィリアが頭を傾けている。


シュウト:

「ねぇ、ちょっと! ……何回か試したりしたんじゃないの?」

ユフィリア:

「うん。アキバで実験した時は成功したよ」

ニキータ:

「え、そんな目立つところで実験したの!?」

ジン:

「思ったんだが、ここで船が出てきたら、浅瀬すぎて座礁するんじゃねーか?」

葵:

『あー、砂浜だしねー』


 船が停泊できるような、深さのある場所が必要らしい。いわゆる港とか桟橋になる地形のことだ。もしくは沖で船を出現させるか。つまり、沖までボートか何かで移動し、そこから乗り換える形になる。そんなのは面倒だし、なるべくなら濡れたくもない。


 とりあえず水中神殿の情報&港探しのため、砂浜を往復することになった。ここは当然のように足ネバをしながらである。サラッと乾いた砂の感触はまた独特だった。足を取られるような、でも抵抗感は強めなような。


 なんとなく、なぜ砂が乾いているのか?と疑問に思う。湖なので水面が静止している(ようにみえる)からかもしれない。波が打ち寄せてこないから、砂浜の砂は濡れていない。それでどうして砂浜になるのか?とは思ったけれど、そこは地形データとか設定とかの話だと思うのでスルーしておいた。ここの地形はとても不自然なのだ。


葵:

『イエス! エスケイプ! 逃げろ ジー・オー・ディー ブンブン~♪』

ジン:

「何の歌だよ(苦笑)」

葵:

『イエイ ブンブンブ~ン~ パラリラパラリラ~♪』


 えっと、みんな疲れてるんだと思う。もう今日は止めにした方がいいかもしれない(苦笑)


???:

『マスター・アオイ。湖に島らしき地形を発見しマした』

葵:

『うおっ、マジか! コッペちゃんナイス!……って、ドコ?』


 目を凝らしているのだけれど、まるで見あたらない。


葵:

『シュウくん、腕を伸ばして矢印!』

シュウト:

「はい!……こうですか?」


 肩から腕を真っ直ぐにのばして指先で指し示した。


葵:

『O.K. コッペちゃん、方向を指示して。シュウくんの指より右? それとも左?』

コッペリア:

『左でス』

葵:

『シュウくん、指先をゆっくりと左へ、コッペちゃんは該当地点で停止の合図!』


 細かな指示で目標地点への情報を特定していく。こうしたやり方は矢筒と話す時に役に立ちそうな気がした。ゆっくりと指先を左へと動かしていく。


コッペリア:

「そこデす」


 やはりその方角には何も見えない。〈暗殺者〉の目をもってしてもダメだった。矢筒に指示し、ミニマップによる地形探索を行うが、そちらも情報なし。


ニキータ:

「何も感じないんですが?」

ジン:

「ああ、かなり遠いな。あるって聞かされなきゃ、俺も気付かなかった」


 自分のミニマップが劣っていないと分かって一安心だった。しかし、ジンでも気が付かなかったと言っているのが不思議だ。つまり、それはジンでも気付かないものに、気が付いたってことだ。コッペちゃんとは、一体何者なのだろう……?


ユフィリア:

「すっごく遠いの?」

ジン:

「いや、分かりにくいだけ。10キロも無いはず。鎧がなければ泳いでも行けそうだな。ただ、それだとモンスターが出てきた場合、何も対処できない」

葵:

『砂浜も終わってんね。あそこまで行ってみて、船が使えるか試してみよっか』


 砂浜の彼方に岩場のようなものが見えた。そこまで移動してみることに決まった。港として使えるか分からないが、ゲーム世界なので『都合のいい地形』である可能性は低くない。



 キャンプ地点にしているゾーンの入り口、(やしろ)を中心に、満月の方向を北に見立てると、北に〈満月城〉があり、北東が山岳地帯で〈ミリス火山洞〉があった。東には〈獅子の空中庭園〉がある。南東はなだらかに丘陵地帯へと変化し、〈パテル大墳墓〉がある。南には〈ヘリオロドモスの塔〉がそびえ立つ。ダンジョンが見つかっているのはここまで、南西は平地に広がる広大な森林地帯。西方向も未発見。北西は果ての見えない巨大な湖になっている。水中神殿があると思われるものの、未だ発見には至っていない。

 これらゾーン全体がどのくらいの広さになるのかも分からない。異なる地形に囲まれていて、本当に猫の額のような、ぽっかりとそこだけ開けた小さなスペースでキャンプしていることになりそうだ。


 湖に沿って南西方向に下って来たことになる。もう一度ここに来るためには、キャンプから西に歩いて、少し湖側に寄っていけばいいことになりそうだ。

 岩場に到着し、桟橋として利用できそうな場所を探りに数人が飛び出していった。あつらえたような場所を発見し、ここを港に決める。


オスカー:

「こうして森林地帯に近いのは、やっぱりボートやいかだ(、、、)を作る時、木材の確保がし易いようにって配慮なんだろうね」


 そんなオスカーの説明に納得しつつ、僕らの船を呼び出すべく、ユフィリアが港に向かった。虹色の魔法エフェクトと共に、巨大な船が現れる。


ネイサン:

「ワ~オ。デカい船だ。これなら全員乗れそうじゃない?」

ジン:

「寝たりの部屋は足りないが、乗るだけなら大丈夫だろう」

ミゲル:

「待て、誰か乗っているのか?」


 ミゲルが問いと警告が半々のセリフを発していた。

 船側から乗り移るための足場が渡された。その差し出した腕を見ての発言だろう。


ユフィリア:

「ちょっと驚くかもだけど、大丈夫!」

葵:

『全軍に通達! ウチの船は食べ物・飲み物の持ち込みは不可。必ずマジックバッグにしまうように! でないと、みんな腐っちゃうからねっ!』

ネイサン:

「おほっ、何それ? やってみよっと」


 乗船を開始。お約束通り、数人が手にパンだのクッキーだの、コップに水だのを持ったままだ。甲板に立つと同時に腐り始めるので、面白そうに笑ったりしていた。


バリー:

「チーズまでダメになったから、発酵とは違うみたいだね」

ネイサン:

「ブトウを貴腐ワインにして大儲けとかしたかったのに」

スタナ:

「どうせ売る前に、半分ぐらい自分達で飲むくせに」

ネイサン:

「そんなの当然じゃないか」

ラトリ:

「半分飲んでも儲けを出すための、貴腐ワインだよね」


 ダメな大人がたくさんいる(笑)

 そんな話をしていると、この船の副長が挨拶に現れた。


副長:

「この船の副長をやっております。お見知り置きを……」ぺこり


 服を着た骸骨が、丁寧に、少しゆっくりとしたペースで挨拶し、会釈するように小さく頭を下げた。反応に困ったように、少し静かになる。


スタナ:

「貴方が副長、……なの?」

副長:

「はい……。私どもがこの船をあずかっております……」

ネイサン:

「骸骨の、船?」

葵:

『幽霊船で、海賊船なんだよ。つまり、襲われたけど撃退したんよ』

アクア:

「そうだったの。それで、船長は?」

ユフィリア:

「やっつけました!」

葵:

『だから、ギルマスのあたしが船長なんだけど、代理でユフィちゃん』

ユフィリア:

「私が船長です!」にっこー


 一日警察署長のノリで、一日船長ということらしい。

 

副長:

「では、ご指示を……」

ユフィリア:

「あっちに向かって、出発、しんこー!」

副長:

「かしこまりました……」


 スケルトンな乗組員たちが準備を始め、ほどなく出発の運びとなっていた。

 


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