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210  死の視線

 

シュウト:

「タルペイアがいない……?」


 吸血公爵カインの登場に緊張感が高まる。レベルは更に低下して231へ。しかし、まだ231もある。この分ではタルペイアの方も大して下がってはいないだろう。姿が見えないことで不安を強く感じていた。矢筒にミニマップで確認してもらったが、反応なし。ついでにタルペイアが現れたら報せてくれるように頼んでおいた。なるほど、必死になると使い方を思い付くものだ、なんて関係ないことを思う。


ジン:

「よう、女の方はどうした?」

吸血公爵カイン:

「さてな。わざわざ貴様らを襲いにくる義務はないのでな」

葵:

『ふーん。ところで、ひとつ訊きたいんだけど?』


 戦闘が始まる直前にタイミング良く割り込んでしまう。図々しいのもこうなってくると一種の才能だ。


吸血公爵カイン:

「……言ってみるがいい。気まぐれで答える気になるかもしれん」

葵:

『いやぁ、途中までは協力できるんじゃねーの?って思って。封印を解きたいんでしょ? だったらアタシ等を利用すればいい。襲ってどうすんのかなって?』

吸血公爵カイン:

「単に、襲いたいから襲っているのかもしれんぞ?」クックック


 真面目に答える義理はないとでも言いたげに笑うカインだった。しかし、単なる無軌道さというよりは何か目的を隠してそうに思える。


葵:

『でもそっちが目的にしてるアイテムがなきゃ、あたしらも次のダンジョンに挑めないじゃん?』

吸血公爵カイン:

「それは主導権の問題だ。貴様らが持っている必要はない」

スタナ:

「そうか。次のダンジョンの封印を先回りして解除しておけばいいだけ、ということね?」

吸血公爵カイン:

「フン」

葵:

『つまりタルペイアちゃんとは微妙に主張が食い違ってるわけか。あ、これは質問じゃなくて、ただの独り言だから』

吸血公爵カイン:

「くだらんかまかけ(、、、、)だが、大きく違ってはいないな」


 『あ、この人、話せるかも?』という感触を得たが、それを突き放すように態度を改めてしまった。


吸血公爵カイン:

「さぁ、戦おうか」

ジン:

「……うーん。なんのために?」

吸血公爵カイン:

「なんだと」スッ


 冷たい殺気を発するカイン。本気を示すためのものだろう。しかし、ジンはまるで関係なさそうにしていた。


ジン:

「知的な吸血鬼様だし、もう気付いていらっしゃるんでは? ……お前だけじゃ、俺には勝てねぇよ。それともこれ以上パワーダウンする前にトコトンやっときたいってことか?」

吸血公爵カイン:

「…………」

ジン:

「えっ? まさか図星なの? ……あー、なんか、すまん」ポリポリ

葵:

『そこで謝るのとか最悪じゃね?』

ジン:

「んー、じゃー、ボチボチ()ろっか?」


 ぐだぐだ過ぎて反応に困る(涙)


吸血公爵カイン:

「……貴様らは、我ら吸血種の王が目覚めることをどう考えている?」

ジン:

「なんだよ唐突に」

葵:

『かなりヤバそうだけど、なんとかなるんじゃないかなーって』

吸血公爵カイン:

「フッ、脳天気なものだ。いつの時代も、愚か者の行いを妨げることはできんということか。我々をこの狭間に封じた者たちも、今頃は嘆いていることだろう」

葵:

『へー、いがーい。封印の解除に反対なんだ?』


 葵のツッコミに刺激される。確かに封印されたことを肯定的に捉えている口調だった。自分もまとめて封印されたはずなのに。しかし、そんなことがあり得るのだろうか?


ジン:

「ん~? なんか真面目に忠実な部下やってんじゃなかったっけ?」

吸血公爵カイン:

「王には逆らえない。逆らうつもりもない。それはそれとて、王の力は強すぎてな。全てを骸にしてしまっては手遅れよ。もの言わぬ亡者どもの世界など、永劫という名の地獄と変わらぬ」

葵:

『それはココでも変わんない気がするんだけどなぁ』

吸血公爵カイン:

「…………」


 最後の葵のセリフにはコメントを返さなかった。今回はここまでということだろう。それはハッキリと分かった。


ジン:

「ふーん。世界の破滅は望まないが、自分たちの優位は譲る気がないってトコか。その矛盾した在りよう、嫌いじゃないぜ」

吸血公爵カイン:

「私は呪われた吸血鬼だ。血に飢えている」

ジン:

「あんま血液の話には聞こえねぇ~なぁ」ニヤリ

吸血公爵カイン:

「同じことだ!」ギラリ


 欲しているのは血を吸うことではなく、戦い。そう言わんばかりに、猛烈な勢いで激突するジンとカイン。両者の激しい応酬は続く。優勢なのはいつも通りジンの側だった。どうやら今回も太陽は東から昇ったようだ。

 しかし、カインはクエストアイテムを奪うべく行動しているようには見えなかった。もっと別の目的があるような気がする。勘だけど。


 ジンの『竜亜人に覚醒した状態』はさすがに終わっていた。それでも速力は高まっていて、飛ぶような速度で斬り抜けていく。〈竜破斬〉だけでなく、〈フローティング・スタンス〉も更新されたらしい。


シュウト:

(あれはあれで使いにくそうだけど。……水の上ぐらいは歩けるのかな?)


 結局のところ、ジンはメイン職が〈守護戦士〉のままなので、特技に関しては〈守護戦士〉の範囲をあまり逸脱できないらしい。竜の魔力(ドラゴンフォース)は『種族特性』のようなものだ。その派生効果なので〈竜鱗の庇護〉(ドラゴンスケイル)はどうにか使えているっぽい。『使うだけ』ならその性能は秘めているが、使いこなすための特技を持っていない状態だと思われる。

 その代わりとでも言うように、サブ職〈竜殺し〉の特技がパワーアップしていた。〈竜破斬〉の攻撃回数増加、〈フローティング・スタンス〉の走状態での浮力適用、そして〈竜血の加護〉(アイアンスキン)もたぶんかなり強化されたはずだ。


ジン:

「ウオオオオッ!」


 ジンが雄叫びを上げたが、なんとなく似合わない気がした。もっと淡々と戦う人の気が……? よく見ると、足下から赤いオーラのようなエフェクトが吹き上がっている。〈アサルト・スタンス〉だろう。珍しい。ジンが使うのは僕も初めて見る。


 MMORPGはパーティーを組むにしても、レイドに行くにしても、人を集めなければならない。メインクラスで役割が決定していることから、特に攻撃力の低い戦士職は多すぎても潰しが利かないのだ。……こうした事情から、救済措置的に戦士3職に設定されているのが『攻撃スタンス』である。

〈守護戦士〉でも、両手用武器に取り替えて〈アサルト・スタンス〉を使えば、即席のダメージディーラーになれる。当然、本職の特化したクラスには及ばないが、人が揃わない状況では代役をやれないこともないという程度には強化されるからだ。これは当然、予備タンク的な意味もある。巧いプレイヤーの場合、メインタンクのサポートも同時にこなすことで、戦闘での安定感を大きく増すことが可能だ。

 

 こうした事情から、メインタンクであっても、ダメージを出したい時には攻撃スタンスに切り替え、必殺特技をぶっ放すのが基本戦法になっている。

 ただし、ジンの場合は少々特殊で、かなり動き回るため〈フローティング・スタンス〉をメインで使っていた。それ以外だと敵の足止めで〈ヘヴィアンカー・スタンス〉を使うぐらいだろうか。例外的には、レイドボスの範囲攻撃魔法なんかを引き受けなきゃならない状況で〈フォートレス・スタンス〉を使っていたかもしれない。


 ジンが〈アサルト・スタンス〉を使わない理由は、たぶん〈竜破斬〉にダメージが乗らないからだろう。こまかく立ち回ってポジションを作っていくので必要ないとか、変えるのが面倒とかいいそうな気がする。そのジンが〈アサルト・スタンス〉を使う気になったということは、それだけ〈フローティング・スタンス〉が使いにくくなったのだろう。


 〈アサルト・スタンス〉に切り替えたためか、ジンの優勢はますます決定的なものに見えた。


 ミネアーとカインではそもそもの体格が違う。従って攻撃の物理的なサイズがまるで異なる。ジンは最小の動作で回避しつつ、畳みかけるように攻撃していく。対人型戦闘能力の高さに舌を巻く。200レベル超の近接格闘戦は凄まじいの一言だ。あらゆるものの桁が違っている。それでも被弾を避けつつ、攻撃しつつが絡み合い、密度の高い戦闘を実現するジンだった。

 見切りが確定し、ほとんど一方的に殴っているだけになったかどうか。そのタイミングでカインが動いた。


吸血公爵カイン:

「ぬぅぅっ!」


 〈竜破斬〉が肩口に深々と食い込む。カインは敢えて避けなかったように見えた。ジンがその狙いに気が付いた時にはもう遅い。カインはブロードバスタードソードを両手で掴んでいた。攻撃終了で青いエフェクトが消える。


ジン:

「クソッ!?」

吸血公爵カイン:

「ぬんッ!!!」


 引き抜こうとするジンだったが、カインの方が早かった。破砕音と共に剣が砕け、折れた。予備のブロードバスタードソードは残り1本。それを出しても同じ方法で折られてしまうのは予想できる。これはかなーり困った展開かもしれない。

 だがジンは迷わず次の行動に移っていた。握っていた剣の残骸を手放す。カインの眼が柄を追いかけるように下に流れるのが見えた。なんの意味も無さそうな動作だからか、逆にその動きに警戒が走ったのだろう。素手のジンは、カインの顔前で指を鳴らした。200レベル越えで放たれた『フィンガー・スタナー』に、カインが顔を背ける。


ジン:

「うおらぁ!!!」


 一瞬の隙に背後に回るや、翼をもぎ(、、)に掛かった。前段の〈竜破斬〉は深く肩口を抉っていた。このことで翼の付け根に損傷が残っていたようだ。再生する前に行動を起こし、ブチブチと言わせつつ、6枚ある翼のひとつを奪い取ってみせた。


吸血公爵カイン:

「戻れ、我が翼よ」

ジン:

竜の魔力(ドラゴンフォース)!」


 黄金に輝くドラゴンフォースが翼を覆っていく。カインの命令を弾いて無効化したようだ。舌打ちするカイン。一方ジンは翼を剣の代用品として扱うつもりだ。そのまま黙って打ち掛かる。2撃・3撃と喰らい、たまらず後退するカイン。そのまま必殺攻撃のモーションへ。


ネイサン:

「あぶっ、あぶぶぶぶ!」


 のんきに観戦していた僕らも大慌てで避難。蜘蛛の子を散らすよう。炸裂する必殺攻撃をやり過ごし、そのまま戦闘を継続する両者。


吸血公爵カイン:

「ここまで好き放題に刻まれたのは貴様がはじめてだ。恐ろしい技よ。本当に『人』かどうか、疑いたくなる」

ジン:

「武術ってんだ。俺が人間かどうかはともかく、武術は『人の技』さ」

吸血公爵カイン:

「闘争の芸術など、呪われたアートにすぎん。だが、こうまで昇華されてしまえば、美しいと称えねばなるまい」

ジン:

「そいつぁ、どーも」


吸血公爵カイン:

「確認する。……貴様、それが本気か?」

ジン:

「さて、どうかな? けっこーマジで戦ってるつもりだけど?」

吸血公爵カイン:

「食えぬ男だ。どれ、ひとつ貴様の底を炙り出してみよう……!」


 魔が、そして闇が凝縮するのが感じられるようだった。異様な圧力、異様な迫力が満ちてゆく。そちこちで肌が沸騰するようなむず痒さと、体温低下による感覚の喪失とが同時に起こったような気がする。


ジン:

「ぐっ!!!??」


 カインの瞳が妖しい輝きを放つ。あの(、、)ジンが気圧されるのが見えた。死の気配、死の予感、濃厚すぎる死がジンにすり寄っていく。


シュウト:

(ああ、アサシネイトにはもっと先があるんだ……!)


 魔眼だった。ジンの死を見抜く魔眼。あそこまで深くのぞき込むことができれば、あるいはジンにも通用するのではないか、そんな感触を得た。ジンの最強、無敵が揺らぐのを実際に眼にできたのはあまりにも大きかった。

 黄金竜のオーラが立ち上がる。


ジン:

「んの、ヤロゥゥウウ!!!!」

吸血公爵カイン:

「な、にっ!?」


 圧し潰すような圧力に屈したと思われたが(そんな訳ないんだけども(苦笑))、ドラゴンストリームでやり返していた。倍返しだ。濁流のような殺意がカインを飲み込み、押し流さんと欲する。


ジン:

「ブチ殺すぞ、この野郎! いちいち人にめんどくせぇ真似(、、、、、、、、)させやがって! 大元から叩いて、根絶してやるっ!!」


吸血公爵カイン:

「面倒、だと? 貴様ら、面白半分で封印を解いたのではないのか?」


葵:

『おっ、なんじゃそりゃ!? ジンぷー、ストップ、ストーップ!!』

ジン:

「あ゛? いいとこだっつーのに、何なんだよ!!?」


吸血公爵カイン:

「……どういうことだ、一体、どうなっている!?」


 誰が言うのかな?とか思ったけれど、誰も言わなくて、カインがイライラする前に、なんとなく僕が口を開くことになっていた。


シュウト:

「その、外の世界で吸血鬼が増えつつあって。それで僕らはそれを止めるために、ここに……」

葵:

『噛まれただけで吸血鬼になっちゃうタイプで、解除する方法がないんよ』

吸血公爵カイン:

「原因は、あの月か……」


 カインにとっても想定外のことが起こっているらしいのは分かった。でも、だから、どうすればいいのか、どうなるのかは分からなかった。


ベアトリクス:

「待ってくれ! ひとつだけ教えてほしい。たぶん2週間ぐらい前なんだが、私たちの前にもここに〈冒険者〉が来たと思うんだ」

吸血公爵カイン:

「ああ。人数も少なかったから、蹴散らしてやったな」

ベアトリクス:

「兄さんは、兄さんを知らないか!? リーダー風の人なんだ!」

吸血公爵カイン:

「……あの男か。久々に見た人間の姿だ、印象に残っている」

葵:

『でも、その連中が吸血鬼になってたんだけど?』

吸血公爵カイン:

「いや。殺しこそしたが、私は何もしていない……」


 つまり、タルペイアが何かしたってことなのだろうか。


吸血公爵カイン:

「興がさめた。ここまでにしておいてやる」

ジン:

「おい、忘れてるぞ~」


 去ろうとするカインに、ジンが手にもっていた翼を掲げた。竜の魔力(ドラゴンフォース)は既に解除してある。ちょっとというか、かなり勿体ない気がしたけれど、素直に返してしまうつもりらしい。

 ジンの手からは血が滴っている。無理に武器として使ったからだろう。手で持つには少し無理があったようだ。


吸血公爵カイン:

「フン」


 カインが手をかざすと、翼はジンの手の中で変化を始めた。やがて、一振りの剣となった。黒い剣は握りもちゃんとしている。持って使っても手が傷付くことはないだろう。


ジン:

「……いいのか?」

吸血公爵カイン:

「貴様に預けておく。次は水中神殿、あの女のテリトリーだ。せいぜい気をつけることだな」


 そう言い残して、カインは姿を消した。……戦いは、終わった。


ジン:

「葵」

葵:

『…………』

ジン:

「おい、葵?」

葵:

『…………』

ジン:

「あおいー!!!」

葵:

『おおうっ! なんぞ、デカい声出しやがって。なんだよジンぷー!?』

ジン:

「それはともかく、つまり、どういうことだ?」

葵:

『カインとタルペイアの目的が違うんでしょ。うん、『今んとこ』そんくらいかな。そっちは?』

ジン:

「今んとこ、ねぇ。……もう楽勝だと思ってたんだが、そうでも無かったかもしれん。あの野郎、出し惜しみしてやがった」

シュウト:

「そうなん、ですか?」

葵:

『マジ?』

ジン:

「マジだ。殺される可能性が出てきた」

シュウト:

「でも、近接戦だと圧勝ですよね?」

ジン:

「ああ。動きはそうそう変わらんだろうから、魔力がドーンと増えるとか、そういう類いだと思うんだが……」

葵:

『ふむふむ、それも仮説の傍証になりそうだなぁ』


 葵にはなにか考えがありそうだった。


ジン:

物語なら(、、、、)勿体ぶるべきだが、……どうなんだ?」

葵:

『なんで封印されてんだろって思って。かなり必死で封印されてんだよね。2重・3重の封印、しかも封印された時期がいつなのかってのも不明なんだよ。アルヴによる魔法文明よりも前とか?』


 ここでアクアが参戦した。アクアだけじゃなく、周りに〈スイス衛兵隊〉のメンバーも集まって来ている。


アクア:

「あの吸血鬼が封印されるべきだと思ってたぐらいだものね」

葵:

『カインの裏設定とかは、だいたい分かるじゃん』

ジン:

「元・人間とかだろ?」

葵:

『たぶんね。吸血鬼が存在するとして、その大元になってる存在がヤバイのは分かる話だよ。その大元になってる吸血鬼現象がどうだったかはともかく、問題はそいつらに血を吸われたらどうなる?ってことじゃん』

ユフィリア:

「うーんと、吸血鬼になっちゃうんじゃないの?」

葵:

『物語とかならそうだけど、ここってばゲームの〈エルダー・テイル〉の世界なんだぜ?』

シュウト:

「ああ、そっか。いくら〈大災害〉で変化してたって、大元の設定までは変わらないんですよね?」

レオン:

「では、ありがちなのでいえばレベルドレインか?」

葵:

『そっそ。これはあたしの予想というか、仮説に仮説を重ねちゃってるから妄想だと思ってほしいんだけど。カドルフ君みたいな、血だの命だのを捧げてパワーを引き出してる子がいたじゃない?』

ジン:

「まさか……!?」

葵:

〈共感子〉(エンパシオム)とかいうのが、ぶっちゃけどんなモノなのかまだよくわかってねーんだけど、もしも、レベルドレインで経験点的なものを吸い取れて、それをエネルギー転換できたとしたら?』


 暗い穴とか底なし沼に引きずり込まれるとしたらこんな感覚なのかもしれない。不安よりも更に実体的な恐怖が静かにそこにあって、こっちを見ていた。


マリー:

「興味深い」


タクト:

「と、取りあえず、血を吸われなければ……」

英命:

「それでは全く足りないでしょうね」

スターク:

「え、そうなの? どうして?」

レオン:

「敵である我々から血を吸う必要は、最早ないからだ」

スターク:

「味方同士で血を吸って、ってこと? そんな……」


葵:

『はい、すとーっぷ、すとーっぷ。まだ仮説~。仮説の段階ぃ~』

ヴィルヘルム:

「よし、片づけて引き上げるぞ!」







 僕らは撤収を開始。まず、ミネアーのドロップアイテムを集めるところからだ。奥の庭園を調べにいくチームもいた。僕らはドロップアイテム集めを手伝うことにする。アイテムだけなら兎も角、金貨が多いため、結構めんどうな作業になる。

 そんなこんなで、目の前に円形の盾が出てきた。


シュウト:

「ジンさーん」

ジン:

「どしたー? 俺の分までキリキリ働けよ、小僧」

シュウト:

「一緒に働いてください。それはともかく、ラウンドシールドありましたよ、秘宝級の」

ジン:

「なん、だと……?」


 たっぷりと数秒かけて驚きを表現してから、おもむろに石丸に呼びかけた。


ジン:

「てんてー! いしまるてんてー! いらっしゃいましたら、職員室までお越しくださいっ!」

シュウト:

「職員室って(苦笑)」

石丸:

「お呼びっスか?」

ジン:

「どう? どうっ? これどう? どう思う?」


 すんごいはしゃぎっぷりである。まだ自分のモノになるか分からないというのに。まぁ、秘宝級(アーティファクト)のラウンドシールドをジンに渡せないレイドチームなんて、ちょっと考えた方がいいレベルだけど。


シュウト:

(あれっ? なんか騒いでるような……?)


 石丸が調べている後ろで、〈スイス衛兵隊〉の皆さまが大騒ぎになっている。こっちにも飛び火しそうな気配である。へんなトラブルじゃなきゃいいけど。


石丸:

「モノはいいと思うっス。修繕用の素材もアキバで購入可能っスね」

ジン:

「そっか~。よし、じゃあ、俺、コレにするっ!」


 アーティファクト級装備の段階で羨ましくもなんともない。それはともかく、ジンの喜びっぷりはズレまくっているような、祝福したくなるようなものではあった。お目付役的な視線で眺めていると、もっと良い盾を使ってほしい気がするというか。


ギャン:

「おいおい、なに遊んでんだよ。こっちに来てくれ!」

ジン:

「えっ? なんだよ。べっ、別に、遊んでなんかないんだかねっ!?」

石丸:

「ツンデレ乙っス」


 人が集まってるところに連行されるジン。僕らも無理矢理についていった。なにが問題かはひと目で理解できた。幻想級の全身甲冑。胸はライオンがモチーフになっている形状。その名も〈ミネアーの獅子鎧〉。最強の防御を誇るミネアーの名を冠した鎧だけに、その性能は折り紙付きだろう。


ジン:

「でさ、俺、この盾が欲しいんだけど。いいよな? なっ?」


 清々しいまでにいつも通り。何人かズッコケるんじゃないかと期待したけれど、日本のお笑いは世界ではまだ通じていなかった。


スタナ:

「そんなの後よ! アレを見て、なんとも思わないの?」

ジン:

「いわゆる胸ライオンだろ。胸ライオン・ロボの元祖といえば……。なんだっけ?」

石丸:

「『未来ロボ ダルタニアス』のダルタニアスっス」

ジン:

「特撮のイメージだったけど、……超合金おもちゃの影響かな?」

シュウト:

「いや、なんの話をしてるんですか?!」

ジン:

「なにって、胸ライオンの話だけど?」


 マイペース過ぎる。興味ありませんというのだけは分かった。まったく欲しくなさそうだ。


スタナ:

「ワールドワイド・レギオンレイドの報酬なのよ? これこそ世界最高の鎧と断言してもいいわ! 今後の攻略の鍵になってくる装備なの。絶対に、貴方が使うべきよ」

ジン:

「別にいらんて。……それより、この盾が欲しいんだ。いいよな?」

スタナ:

「ダメよ!」

ジン:

「なんですと!?」がーん

 

 勘違いしてはならない。今回ばかりは、スタナの言ってることの方が100倍正しい。むしろ1万倍でも足りるかどうか。絶対にスタナが正しいのだ。


オスカー:

「何か気に入らないってことかな?」

ジン:

「俺、アンケートに希望だしたぞ。そもそも鎧は欲しくない」

スタナ:

「わかったわ。その盾もつけてあげるから」

ジン:

「……装備しなくても、いい?」

スタナ:

「ダメよ!」


 勘違いしてはならない。スタナの言ってることの方が絶対的に正しい。間違っているのはジンの側だ。なにをどう言い繕ったとしても、ジンの側が間違っている。アレは入手すべき鎧だ。それでジンが更にパワーアップしたとしても、そうあるべきものなのだ。

 現実問題としてジン本人もそれを分かっているから、強くは言い返せないのだ。逆からいえば、そこまでしてもあの盾が欲しいらしい。


ジン:

「ライオンだし、レオンに着させときゃいいじゃん、な? 今回もそうだったけど、タンク交代のシチュは絶対あるんだし、サブタンクが優秀だと勝率がググッとアップするぞ?」

オスカー:

「どうしてそこまで嫌がるの? 絶対に理由があるよね?」

ジン:

「……修繕用の幻想級素材が枯渇するからに決まってんだろ!? しょっちゅうレイドいかなきゃダメじゃねーか。俺がいくら強くても、どうにもならない問題なんだよ! 幻想級素材は仲間に回して節約すんの!」

葵:

『まー、ねー。西側世界の中心にいる君たちが国家規模の国際企業だとしたら、うちは自転車操業の零細企業もいいところだからね(苦笑)』


 現実って、ゲームの中でも世知辛いんだなって思いました(涙) ううっ、涙がしょっぱい。


ヒルティー:

「そういうことか。人材レベルが高すぎて、忘れていたな……」

ネイサン:

「ジンも苦労してるんだねぇ~」

ジン:

「そういう訳だから、なっ?」

スタナ:

「やっぱりダメ。このレギオンレイドが終わるまででいいから!」


 そうなるよなぁ(苦笑) だってスタナの言ってることの方が正しいんだもの。さしものジンもスタナの説得は難しいと諦めたようだ。


ジン:

「……おい、スターク! なんとかしろ! 助けろよ!」

スターク:

「いやぁ、いいんじゃない? もう着ちゃえばぁ?」

ジン:

「バカ野郎! 胸ライオンだぞ!? これ↑(黄金竜のオーラ)もあるのに、そんなんじゃ、『ひとり大怪獣祭り』じゃねーか!?」

スターク:

「まぁ、そうなるけどね!(笑)」


 黄金竜のオーラが(ほとばし)る。なぜかボディビルダーのようなポージングを決めて筋肉を誇示していた。もう訳が分からない。……ともかく他人事とはいえ、大怪獣祭りは流石にどうかと思う。ジンが少しかわいそうになってきた。プラスして、横で戦いたくない気分が少々。


ジン:

「てか筋が通らないだろ? くれって話してるんじゃないんだぞ? 『いらない』がなんで通らないんだよ!?」

スターク:

「それも勝つためには必要な犠牲なのかな、って?」

ジン:

「てか俺、お前が作ってくれる鎧に、ものっ凄く期待してんだけど?」

スターク:

「それ、もう要らなくなったんじゃないの?(笑)」


 あっ、怒った。ピキッ#と青筋が入る。……どうしてそこで怒らせるかなぁ? もうちょっとずるずる引き延ばさないと。


ジン:

「おい、スターク」じとー

スターク:

「な、なに?」

ジン:

「誰が逆らえっていった? ああ!? こんのクソガキがぁ!!」

スターク:

「待ってよ! 今回は、装備を受け取ればいいだけの話だよね!?」

ジン:

「……どうやらお前は痛い目を見なければ分からないらしいな」

スターク:

「ひぃぃぃぃ!? 痛いのは勘弁っ!」

クリスティーヌ:

「ジン、どうかギルマスを怯えさせないでほしい」

ジン:

「なるほど。では肉体的苦痛だけが苦痛ではないことを、教えてやろう」


 えっと、スタークへのお仕置きタイムが始まるらしい。まぁ、どうでもいい話だと思いました。


ジン:

「いくぜ、ドロー! ……禁呪発動!『聖女召喚』っ!! おーい、ヴィオラートぉ、おいで、おいで~」

スターク:

「ちょっ、なに考えてんのさ!?」

ヴィオラート:

「ジン様! わたしくを、お呼びでしょうか?」しゅたたっ

ジン:

「うん。よく来てくれた。いやぁ、可愛いな? いいこだな~?」


 そうして呼びつけておいて、ヴィオラートの頭を撫で始めた。「可愛い」「いい子」を連呼されつつ、撫でられ続けるヴィオラート。出来上がるまでに大した時間は掛からなかったという。


ジン:

「なぁ、聞いてくれよ。……スタークが俺に意地悪なことをするんだ」

ヴィオラート:

「まぁ、なんて酷い!」


 なんて酷いはこっちのセリフだ。たぶんこの場の全員がそう思ったはず。少なくともレベル96にもなるいい大人のやることではない。


ヴィオラート:

「スターク! ジン様に意地悪をするなんて!」

スターク:

「いやいやいや! 頭撫でられながらそんなこと言ったって、説得力とかないからね!?」

ヴィオラート:

「スターク!」

スターク:

「いや、だって」

ヴィオラート:

「スターク!!」

スターク:

「そんなの、ズルいよー!(涙)」


 ジンが勝って、ミネアーの鎧はレオンのものになりましたとさ。なんだかなー……。



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