209 獅子神王ミネアー
スタナ:
「どうしたらいいの?」
ネイサン:
「分からない。いったい何を見落としているんだろう?」
ジンが1人で戦い始めて既に20分、強さそのものに不安はないが、もう20分も1人で戦わせてしまっている。私たちの役割はミネアーのギミックを見抜き、無敵を解除すること。しかし、もう20分。私は途方に暮れていた。
ヴィルヘルムは動かなかった。葵も沈黙したままだ。……我々は認めなければならなかったのだろう。このレイドの攻略をジン達に、特に葵に任せっきりになっていたことを。
最初から動いていたのはシュウトだけだった。奥の庭園がゾーンになっていて、上空からも入れないのを確認すると、外周や壁などを丹念に調べていった。壁の上にも登ってひとつひとつを確認している。シュウトの熱意に動かされ、協力しているメンバーもいたが、そちらにも成果は出ていない。
何かをしなければならない。でも、何を? ……焦燥感に追いつめられていたが、それもピークを越えた感じがあった。何もできず、ずるずると無力感の沼に沈んでいきそうな悪寒。『ただ見ているだけ』でもいいのではないか、そんな生ぬるい安楽さが私を呼んでいる。
ユフィリア:
「もういいかな? ……私、いってくるね」
ニキータ:
「ユフィ、気を付けて」
ユフィリア:
「うん」
スタナ:
「待って! 貴方が行っても、どうにもならないでしょう?」
ジン:
「でもジンさん、1人で戦ってるし」
葵:
『ん、行っておいで。助けてあげて』
ユフィリア:
「任せて!」
彼女は自分に出来ることをしにいくようだった。たとえ何が出来なくても。これまでの戦闘を見ていれば、ジンに回復の必要がないのは明らかだ。しかし、それであの子を止める権利が自分あるわけでもない。
スタナ:
(でも、『もういいかな?』って言ってた。……それって今まで止められてたから、行かなかったってこと?)
ふつふつと疑念がこみ上げる。葵には狙いがあるのかもしれない。彼女は既に答えに気が付いていて、放置している可能性だ。だとしたら、それは何なのか? そんなことに何の意味が? 仮に葵だけが知っている情報が何かあるというのだろうか?
スタナ:
(壁からすり抜けて、偵察してたけど、……それだけよね?)
何かに気が付きそうだったが、あと少しのところで手からすり抜けていく感覚。うまくいかない。どうすればいいのか、分からない。
◆
ウォルター:
「スゲェな……」
ギャン:
「まったくだぜ」
オリヴァー:
「大した男だ」
俺たちはジンとミネアーの戦いを見物していた。レイドボスとソロで戦える〈冒険者〉は世界中探してもあの男だけだろう。このカードを見るためなら、世界中の金持ちが幾らだって払うに違いない。〈エルダー・テイル〉のプレイヤー達は壮大な罰ゲームを喰らったも同然だが、ものは考えようと言えなくもない。
ウォルター:
(悪くない展開だな。いや、むしろ……)
素早く、巨大な爪を振るうミネアー。前回同様、10分経っても必殺攻撃を使ってくる気配はない。ジン以外にダメージを与えることはできないが、これなら良いところまで行けるかもしれない。ただし、通常攻撃とはいえ、一撃一撃がそこらのレイドボスの必殺攻撃並の威力がある。
ジンは怯むことなく立ち向かう。レベル250とかの、気が狂った相手にも恐れない男だ。レギオン級とはいえ、105レベルぐらいじゃ物足りないのかもしれない。近接の攻略パターンのようなものを次第に構築しているようにみえた。
アクションゲームも慣れてくれば、ターン制バトルと要領は変わらない。敵の攻撃が終わったら、自分たちの番がくる。そしてまた敵の攻撃がくる。交互にこのやりとりを続け、ミスをしないように振る舞うのが勝つためのコツだ。押すところは押す、引くときは引くべきという風に作られている。
ミネアーのような巨体のレイドボスと戦う場合、必要なのは機動力だ。爪や牙の攻撃を躱しながら、カウンターでダメージを与えていく。脇に回ることでポジショニング修正をミネアーに強いる。ジンの場合、押しているのか、引いているのかよく分からない。ずっと押しているようにも見える。しかし、引くところは引いて、ミネアーの姿勢が整うのを待つシーンもあった。武術だけじゃなく、戦況のコントロールそのものが抜群に巧い。ミネアーと共に踊っているようでいて、ミネアーだけを振り回していた。
ウォルター:
「ジン単体の戦闘力の問題じゃない。戦闘士より戦術士と言うべきかもしれん」
オリヴァー:
「勉強にはなるが、とてもあの真似はできんよ」
熱い気持ちがこみ上げる。もともと、〈付与術師〉を選択したことに後悔はない。そのつもりだった。ただ、自分ももっとああして熱く戦いたいというのが隠れた感情なのかもしれなかった。
憧れという感情を正直に認めることができず、嫉妬を拗らせていたことに思い当たる。失礼なことをしたと、素直に認めることができた。最強の戦士が割り込んできたから、自分がまるで無価値になった気がした、とでもいうか。
ウォルター:
(バカらしい。俺は、俺だ……!)
自分の役割を全うするだけなのだ。俺が〈スイス衛兵隊〉を支えて、超一流のギルドにする。ライバルは多ければ多いほどいい。最強だろうと、戦う前から負けたことになる訳じゃない。それに戦闘だけが戦い方ではない。レイドは重要な要素だが、それだけがすべてじゃないし、同じレイドに仲間として挑んでおいて、勝ったとか負けたとかを論じてどうするのだ。まずレイドを達成させるべきだろう。
熱い気持ちをぶつけたかった。攻撃としてではない。もっと昇華させて、あるべき形でなければならない。ちょうどステータスを見ていて、気が付いたことがあった。自分に出来ることを見つけた。
ウォルター:
「ジン、受け取ってくれ。〈キーンエッジ〉!」
かけ忘れたのか、効果時間切れかは分からないが、隙間のように空いていた部分にバフを投射する。応援の気持ちや祝福の気持ち、そして、感謝の気持ちを込めたつもりだ。
ガキン
ジン:
「んっ?」
ガキン
ジン:
「おぅ!? ……なんだ?」
あの特殊な青い斬撃が弾かれていた。ミネアーの皮膚を切り裂く力を唐突に失ったようだった。
ジン:
「突然、硬くなったぞ!?」
ユフィリア:
「ジンさん! 〈キーンエッジ〉! 掛かっちゃってるー!」
ジン:
「はぁ? なんで?」
葵:
『マズっ、リディアちゃん! ディスペル急いで!!』
ウォルター:
「なん、だと……?」
さーっと血の気が引いていく。何か、やらかしたっぽいんだが。
謝罪のために前に進み出る。第4レイドの仲間たちの視線が痛い。いや、それが気のせいかどうかすら、怖くて確認することも出来ない。
笑顔の仲間たちが集まってくる。ミネアーと戦闘中だというのに、怖いもの知らずというか、笑い話の方が優先とでもいうのか。
ネイサン:
「ちょっと、ちょっとー(笑) ねぇ、なんで? どうして? どうなってるの?」
ラトリ:
「なになに? どういうこと? 超おもしろそうなんだけど~」
レオン:
「どうなっている? 私も詳しく知りたい」
ヴィオラート:
「ジン様、ジン様ぁ~」
ベアトリクス:
「私はそんなに興味はないんだが、一応な」
シュウト:
「いや、えーっと(苦笑)」
葵:
『もう手遅れだよ。ジンぷーのあの攻撃はサブ職〈竜殺し〉の攻撃特技、〈竜破斬〉。最小ダメージ技だから、逆に直接攻撃っぽい貫通属性を秘めてるっていう』
ヴィオラート:
「サブは〈竜殺し〉なのですね。よくお似合いです」
ウォルター:
「すまん、俺が〈キーンエッジ〉を……」
ネイサン:
「えっと、それで〈キーンエッジ〉がどう関係するの?」
葵:
『物理ダメージの限界が、1万点付近に存在してるらしくてね。これを回避するには、連続攻撃技を使うしかないんだよ。アサシネイトなんかは、その辺の限界を突破してるっぽい技なんだけど』
レオン:
「物理ダメージ限界は私も感じていた。なるほどな。話が見えてきたぞ」
葵:
『ジンぷーの口伝は選択的ブースト能力。つまりブースト先・ブースト内容を選べるの。んで、属性を打ち消すようにブーストさせたのさ。それで物理ダメージの限界点を突破させたって寸法さ』
ラトリ:
「ん?」
ネイサン:
「へ?」
スターク:
「えーっと、それが〈キーンエッジ〉でどうなったの?」
シュウト:
「非属性攻撃の弱点は、『属性を付与されること』だから……」
ネイサン:
「あーっ! そういうこと? 無属性の『物理攻撃』ですらないんだ?」
ラトリ:
「えっ。ってことは、魔法の武器も使えないんじゃない?」
シュウト:
「はい。強い魔力を帯びてる魔法金属なんかはダメだそうです」
ベアトリクス:
「つまりあの技の泣き所は、持続時間の長い〈キーンエッジ〉だった訳か……」
葵:
『ジンぷー本人には解除もできないしね(苦笑)』
応援の気持ちで放った〈キーンエッジ〉だったが、逆に弱点を暴き立てる結果になってしまったようだ。
ウォルター:
「わ、わりぃ……」
葵:
『まぁ、どうせいつかはバレることだったよ(苦笑)』
シュウト:
「武器がいつまでも製作級じゃ、さすがに不自然ですもんね(苦笑)」
ラトリ:
「いやぁ、勉強になるなー」うんうん
ネイサン:
「日本人ってそんなところまで考えてんだねぇー」うんうん
ヴィオラート:
「ジン様が特別なのです!」
スターク:
「ジンがヘンなだけでしょ? ……辻バフで弱点がバレるとか(笑) むしろウォルターのナイスプレイでしょ」
ウォルター:
「勘弁してください、ギルマス」
葵:
『ジンぷーにバフとか、こっちでやるから要らないって言っといたんだけどね~』
ラトリ:
「あ~っ。打ち合わせで言ってたの、それかぁー!」
レオン:
「それは気付かないな」
自分のやらかした失敗でみんな盛り上がっているが、失態でもあってつらい。恥ずかしいし、それ以上に申し訳なかった。
葵:
『じゃ、プラマイゼロにしよっか。……ユフィちゃん、2歩前へ!』
ユフィリア:
「はーい。1歩っ、2歩っと」ピョン、ピョン
ジン:
「バカ! そこはギリ当たるっ、下がれ!」
ユフィリア:
「むーっ、バカって言う方が……」
ジンが焦っていた。言葉を理解しているのか、ジンの動きから察知したのか、ミネアーが女の子を攻撃しようと動く。
ジン:
「「ユフィーっ!!」」
加速が掛かり、ユフィリアの前に飛び込む。同時にミネアーの爪をはじき返していた。爆発的に強さが高まって見える。
レオン:
「発動したか」
シュウト:
「竜亜人の……。このままじゃ、どんどん成長して強くなっちゃう!」
レオン:
「もしや、焦っていたのはそれか?」
シュウト:
「そうですよ! ただでさえ無敵みたいな強さなのに」
ウォルター:
「……苦労してるんだな」
葵:
『苦労性だねぇ』
シュウト:
「そんなこと言ってる場合じゃ! ……あああっ」
噛みつきに言ったミネアーの顔に向けて、ジンは輝く青の斬撃を振り下ろしていた。
◆
ジン:
「〈竜破斬〉!」
1撃、2撃、3撃、4撃と滑らかな斬撃が続く。ライトエフェクトを見ていると、旗を振っているように見えなくもない。
シュウト:
「あああっ! 4連続だなんて!?」
葵:
『わはーっ、えっぐーい(笑)』
ユフィリア:
「ジンさーん! 武器!武器!」
ジン:
「ちょ! 爆発か? 爆発するのかっ!?」
ライトエフェクトが消えなくなっているようで、ブンブンと振って消そうと焦っていた。
スタナ:
「もう武器の方がもたなくなってる……」
様子を見ながら、斬撃の合間に休憩を入れていく。2連撃して休憩を入れて、大丈夫そうなのを確認して3連撃して、休憩させた。4連撃は限界なので諦めたらしい。3連撃までの間に休みを挟む形で戦闘を再構築していく。3連撃にこだわりはないようで、攻撃されるタイミングは斬り抜けつつ離脱、もしくは回避行動に専念していた。攻撃を入れられるタイミングでは2連撃してから、3撃目を斬り抜けてポジションも調整して、次の攻防を有利に運ぶ工夫も忘れていない。
美しかった。深いブルーのエフェクトが戦いというキャンバスを色付けていく。風のように、水のように、雷光のように。走り抜け、飛びかかり、叩きつける。ミネアーの野生の美と交わり、刻一刻と移り変わる情景は、見てて飽きるということがない。優美さと荒々しさが調和していた。シンプルだが、洗練の極み。強さという芸術。
モヤモヤと感情が揺れていた。自分はどうしたいのだろう。ずっと見ていたいような、それだけではもの足りないような。歌いたいような、踊りたいような。ワクワクする気分、ドキドキする感覚、それぞれに胸が高鳴る。焦りにも似た、じっとしていられない気持ちがどこか別の次元で走り始めていた。
唐突に〈カトレヤ〉の1人が、膠着した状況で声をあげた。
ケイトリン:
「なんだこの体たらくは! いつまでただ見てるつもりなんだ! エリート様が雁首そろえて、このザマか! 頭脳労働者が聞いて呆れる。ただ見てるだけなら、誰にだってできるんだよ! アンタラも少しは働きな!」
叩きつけられる罵声に怒りを返すことができなくて。でも、事実だものね、と苦笑いだけでやり過ごすこともしたくなくて。ぼんやりと、自分が何を望んでいるのかを考える。自分は何をしたいのか、自分はどうなりたいのか。どうすればよかったのか。
スタナ:
(たぶん、私は、一緒に戦いたい……)
それだけだろうか。いいや、欲を言えば、勝ちたかった。もっと我が儘をいえば、みんなを勝たせい。でも、それすらも嘘だ。泣きたいほどに、私も勝ちたい。みんなを勝たせたい。みんなで勝って、勝利と、その喜びを分かち合いたい。きっと独りで勝っても、寂しいだけだから。
スタナ:
(私は、勝ちたい……!)
不意に涙が頬を伝った。勝ちたい。勝たせたい。がむしゃらに、ひたすらに、ただ純粋に。激しくて、でも冷たい感情。
スタナ:
「私は、勝ちたい……!」
思いを言葉という『現実』に変える。言葉が『現実を』変える。
わからないまま、分かった。つながらないまま、つながった。不完全で、弱くて、細い糸のようなもの。それを懸命にたぐり寄せる。切れてしまいそうで、折れてしまいそうで、今にも心が砕けてしまいそうで。
気が付けば、目が一点に縫いつけられていた。
ミネアーを縛り付ける鎖。それが気になって仕方なかった。何の根拠もない。確信もない。どこにもピントがあっていない感覚。でも何かのヒントの気がしていた。もうなんでもいい。間違っててもいい。縋り付いて考えるしかないと思い極める。私のような愚鈍には、愚鈍なやり方がお似合いだ。間違ったのなら、何度でもやり直せばいいだけ。何度も失敗してきたのだから、失敗は怖くなんかない。
スタナ:
(ミネアーの鎖は何のためにある?)
言葉にしていない『曖昧な何か』を、言葉という現実に変換する。
あれはミネアーを縛り付けるための物だ。ではなぜ縛り付けているのか。守護者じゃなかったのか。では、守護者として『利用』するため? ……利用? ミネアーは自分の意志でダンジョンや吸血鬼を封じている訳ではないってこと? なぜ? 仮にそれが正しかったとして、あの鎖をどうすればいい? 切ってしまって良いのだろうか? そもそも切れるのだろうか。どうやったら切れる? イヤイヤ封印されているとしたら、ミネアーは逃げ出したいのでは? つまり、あの鎖を千切れないってことでは?
映像が脳裏を駆ける。9層で偵察を終えた葵はなんと言っていたか。ミネアーの鎖のことを報告に上げていたはず。昨日ジンが行った10分ばかりの戦闘でも必殺攻撃は使ってこなかった。今日も必殺攻撃は使ってこない。でも昨日引き上げようとしたら範囲攻撃を使ってきた。……それは、一体なぜ?
まだ戦闘が始まっていないってことじゃ?
スタナ:
「……葵。ミネアーの鎖がギミックなのね?」
葵:
『ふふん。その先も続けて?』
スタナ:
「ミネアーは拘束されていて、このゾーンからは逃げられない。ギミックが存在するとしたら、考えられるのは2パターン。鎖が延びきった先の床。つまりこの中央ゾーンからの出入口4カ所。もしくは、鎖が延びきった状態そのもの。……きっとあの鎖はミネアーを弱体化させるのね? たとえばピンと伸びれば伸びるほど、ダメージを与えやすくなるのかもしれない」
葵:
『やるじゃん。んじゃ、みんながそれに気付かなかったのはなぜ?』
スタナ:
「えっと、それは……」
葵:
『簡単だよ。ジンぷーが強すぎて、ド真ん中で戦えちゃったからだね』
スタナ:
「……そう、か! 無敵ギミックに驚いて、普通なら撤退とか様子見をするんだわ! 諦めなければ、ごく自然に、戦闘が開始されるようになっていたのね?」
葵:
「そゆこと」
頭の中の、意識できない空白が埋まっていく感覚。今まで空白だとすら意識できなかったような、不完全さを認識できた気分だった。
ネイサン:
「スタナ! どうしたんだい、凄いじゃないか!」
ロッセラ:
「ほんと、なんだろ。なんか、昔のスタナが戻ってきたみたい……」
充実感。高揚感。たぶんこれは『昔の感覚』なんかじゃない。新しい何か。新しい『私』だ。ようやく実感を得た。このレイドは、私のレイドだ! でも私だけのものじゃない。これは私たちのレギオンレイドだ!
スタナ:
「お願い、勝ちたいの。私たちと一緒に戦って!」
葵:
『それはいーんだけど、ちょっち待ってね。……おーい、ジンぷー! そろそろ攻略してもよかと? もういいかーい?』
ジン:
「まーだだよ! 今イイトコだから、もうちょいやらせろ!」
葵:
『……やれやれ。やっぱそうなったか(苦笑)』
スタナ:
「ちょっと、どういうこと?」
そのタイミングでシュウトが戻ってきた。
シュウト:
「葵さん、何を考えてんです? 秘策って一体なんだったんですか?!」
葵:
『んー? ペットロスならぬ、モルヅァート・ロスだよ。あんにゃろう、この一ヶ月ばかしぐったりしてたからね。そろそろケツを叩いて点火しようかなーって』
英命:
「なるほど。では目論見通りに、大パワーアップですね?」
葵:
『いしくん、どんくらい?』
石丸:
「〈竜破斬〉のみ、1分平均40回攻撃。110回、3分弱で1%ダメージに到達。一撃の平均ダメージは約55000点っス」
シュウト:
「ダメージはともかく、1分平均が10回以上も増えてる」
スタナ:
「5万点よ? ダメージ量は気にならないの?」
シュウト:
「いや、当たれば死ぬのは2万点でも5万点でも一緒なんで」
葵:
『シュウ君にとっちゃ、攻撃回数が増えたことの方が問題だわな(苦笑) ま、パワーアップは予想の範囲内ってとこかね。それでも5時間かかんのかー』
スタナ:
「冗談よね? このまま彼にやらせるつもりなの?」
葵:
『まっさっか。どっちにしろ、途中であの鎖は千切れるハズ。それまではここでああやってジンぷーが1人で攻撃してた方が、みんなの体力だのを温存できるんだけどねー。それにしたって、ちょっと時間かかっちゃうからなー。んー、悩みどころ?』
スタナ:
(さすがね……)
体力低下後のパターン変化すら予想済みだったということか。4カ所の入り口を使って攻略するパターンが完成する頃、あの鎖が千切れてパターンが変化するのだろう。まるで見てきたかのような結論にねじ伏せられる。あまりにも爽やかな敗北だった。
開始から1時間に達する前に、ジン1人でミネアーの総HPの10%、推定6000万点を削り倒していた。10分で1%だったペースが、後半は怒濤の勢いに変わっていた。この間に簡単な打ち合わせは済ませておいた。残りは状況に合わせて、臨機応変に対処する。
葵:
「よーし、ジンぷー後退しろ!」
ジン:
「へいへいっと、下がるぞ」
ユフィリア:
「うんっ、先にいくね!」
ヴィルヘルム:
「よし、始めよう。戦闘開始!!」
◆
ニキータ:
「貴方にしては、珍しく熱くなってたんじゃない?」
ケイトリン:
「そんなことはない」フイ
彼女はとんでもなく器用で、他人を操ったりも得意なタイプのはず。でも自分の気持ちを表現するのは、本当は苦手なのかもしれない。照れくさそうに視線を逸らし、自分が視線を逸らしたことを気にして、こちらの様子をチラチラと窺っていた。
ニキータ:
(ジンさんに庇ってもらったからよね)
庇われて、嬉しかったのか、悔しかったのかは分からない。どちらにしても借りを作ったままにしておきたくなかったのだろう。不甲斐ない〈スイス衛兵隊〉を責めることで、あの人の役にたとうとした。そうした思いやりのような行動は、いつものケイトリンらしくはなかった。不器用な素顔のように思えて、悪くはなかったと思う。
そんなことを考えている間に、戦闘再開の合図だった。
ユフィリアを出迎えに前へ出ておく。ジンが後退するのに合わせて、ミネアーが追ってきた。前回同様の展開。遠隔攻撃と、まだ見ぬ必殺攻撃とが来るに違いない。
ニキータ:
「ユフィ、怖くなかった?」
ユフィリア:
「ちょっぴり怖かったけど、大丈夫。でっかい猫さんだと思うと、可愛い気もしたし?」
ニキータ:
「じゃあ、ジンさんはでっかい猫をイジメてたの?」
ユフィリア:
「そう。すっごい悪人だよね」
ジン:
「聞こえてんだよ、あんな凶悪なのニャンコ呼ばわりスンナ!」
軽く笑顔になって緊張をほぐしておく。ここからは大変な戦いが待っているのだから。
◆
スタナ:
「ミネアーから離れすぎないで!」
鎖で拘束されているミネアーには移動距離に制限がある。鎖以上の距離に逃げれば、近接攻撃を喰らうことはなくなるだろう。その代わりに遠隔攻撃に切り替えてくるはずだ。こちらのメインタンクは最強のジン。だったら近接攻撃を誘った方が間違いなく有利に展開できる。
葵:
『移動完了だね! 続けてミネアー後方より遠隔攻撃開始。ヘイト跳ねさせるなよ、ジンぷー!』
ジン:
「誰に言ってやがる!」
ここでようやっとダメージエフェクトが発生。ミネアーに攻撃が通り始めた。ジンはタウンティングしつつ、ミネアーの足止めに専念。近接攻撃を防御・相殺していった。ミネアーの全身から雷撃が天に昇り、見えない天井に跳ね返って、落ちた。
ジン:
「今の雷撃は? どうなった?」
葵:
『計4名被弾。攻撃条件不明。 たぶん通常攻撃の一種かな。ランダムで落雷攻撃じゃね? 1撃じゃ死なないバランスだけど、隠れられる場所はなさそう。視線遮っても無駄っぽい』
スタナ:
「……まだ油断できないわね」
葵:
『当然っしょ。このまま死ぬ訳がないんだから』
レギオンレイドのレイドボスだと言っても、どうにか戦えている。落雷は被弾の可能性があるけれど、それは必要なコストみたいなものだろう。フルレイド3部隊分の攻撃力が背後からミネアーを削っていく。背後からのダメージにプラス補正がかかり、大きくHPを削っているようだ。その分、ヘイト獲得値も大きくなる。ヘイトキープの難易度は相当高いはずだ。
攻撃の気配のようなものを嗅ぎ取る。
スタナ:
「風のエフェクト!?」
タクト:
「必殺攻撃か!」
ジン:
「全員、下がらせろ!」
葵:
『そうする!』
はっきりと風のエフェクトを纏うミネアー。もはや誰の目にも凶悪な攻撃なのは明らかだ。
葵:
『竜巻! 壁の後ろに隠れて! 急いで!』
後ろ足だけで立ち上がったミネアーが大音量で叫ぶ。体を取り巻く風の渦が、すべてを引き裂くように暴れ回る。居残っていたジンも必殺攻撃のモーション中はミネアーも動かないと判断。離脱を決めたようだ。引き込まれるような力に必死で抵抗する。
葵:
『くあーっ! 中央広場だと逃げ場がないやね 8名ダウン!』
スタナ:
「仕切り直しね」
竜巻の発生と同時にミネアーはずるずると後退を続けて、中央に出戻っている。ギミックの鎖に引っ張られた可能性が高い。中央の四角いエリア全域が必殺技の効果範囲らしい。風の逃げ場がないのだろう。
戦闘を続けるべくジンが駆け出して、直後にはね飛ばされた。
ジン:
「ホワッ!? 通れないだぁ?」
スタナ:
「透明の、力場?」
ユフィリア:
「ジンさん、痛い?」
ジン:
「痛くない、ダメージもないけど、ちょい恥ずかしい」
ミネアーが使った入り口部分に透明な力場があった。触ってみても壁のようなものが在るわけでもない。磁石の反発力を数百倍にしたようなものだ。ミネアーを逃がさないための仕組みかもしれない。
葵:
『入り口が4カ所あるのはこれかぁ。……アクアちゃん、タンク交代! ヘイトリセットの可能性、大。急いで~』
葵がタンクの交代を指示。広場中央に戻れば、自然と無敵化する。ヘイトが自動でリセットされる可能性もあるということだろう。
第1レイドをかき分け、隣の入り口に向かうジン。飛ぶようなスピードだ。全員でその後を追った。
葵:
『攻撃はヘイトの稼ぎすぎに注意して!』
レオンのヘイトキープ力もかなりのものだろうが、ジンほどの無茶が利くとも思えない。遠慮がちに遠隔攻撃を開始。
すると後衛の魔術師たちに落雷が被弾した。それが2度続いたところで、第1、第3、第4レイド後列のメンバーに攻撃が集中していることが見えてきた。
スタナ:
「落雷は効果範囲があるわ! 全員を内側に入れましょう」
葵:
『うーん、まぁ、やってみよっか』
第2レイド後衛を含めて、全員を落雷の効果範囲から脱出させ、近接距離に配置しなおす。すると次はミネアー自身を中心とした細かい電撃を放ってきた。レギオンレイド全体に小ダメージ。ただし電撃によって麻痺が蓄積し、一定に達すると動けなくなるタイプだった。ダメージは小さくても、いざというときに麻痺して動けなくなるのは不味い。麻痺蓄積値が半分になったところでヴィルヘルムが動いた。
ヴィルヘルム:
「雷撃耐性の高いものでダメージを引き受けるぞ!」
ジン:
「よし、任せろ!」
率先してヴィルヘルムとジンが後列へ向かう。私も後列へ移動した。落雷のダメージには痺れるような痛みが伴ったが、死にはしない。耐えられないようなものでもない。その後、ダメージ遮断障壁が全員に行き渡ることで、十分に賄えるようになった。
約3分で必殺攻撃の竜巻がやってきた。予兆を察知したところで、素早く離脱する。引き寄せるような空気の渦のパワーに必死に抵抗する。次はジンがメインタンクをやる番だった。
葵:
『シュウくん、最初の入り口のトコが通れるか調べてきれくれる?』
シュウト:
「了解です」
シュウトが広場を突っ切るように走っていった。
ジンがミネアーをプルしてくる間に葵に質問をしておくことにする。
スタナ:
「葵、どうするの?」
葵:
『通れたらそのまま続行。ダメなら安全策でいかなきゃ』
状況を想定し直す。3カ所閉じられた場合は、ミネアーが邪魔で脱出できないことになる。3カ所閉じられた状況で、ミネアーをプルしてくるまでにレイドメンバーが中に入って、後方に回り込むような手間をプレイヤーがするとは考えにくい。
もし本当に罠があるとしたら、今回のような2カ所が閉じられている状況と考えたようだ。2カ所が封じられ、ミネアーで通れない入り口がある。脱出可能な入り口が一カ所に限定される。ここが通れなくなったら、中に入ったメンバーが全滅してしまう。
スタナ:
「もし内側に閉じこめられたら、必殺攻撃で3部隊が全滅ってことね?」
葵:
『そっそ。心配しすぎで行こう』
アクア:
『シュウトが調べた。通れないみたい。どうする、必殺攻撃のギリギリまで攻撃する?』
葵:
『うんにゃ、出てくるように言ってくれる?』
アクア:
『わかった』
葵:
『万一、出られなかったら鎖を攻撃ね』
特に罠はないことが確認され、状況は順調に推移した。タンクを交代させながら、レイド部隊に移動を強いる複雑な戦闘だったが、我々はこの手の状況こそが強みだった。一人一人の理解力の高さがウリだからだ。混乱せずに次の手を淡々と打つことができる。
残りHP4割で次のモードへ。ミネアーの鎖が千切れていた。葵の予測通り。
葵:
『中心部で戦闘! パターン変化を全員で警戒して!』
ジン:
「あいよ!」
激しさを増していくミネアーの攻撃。しかし、“最強”はそんなもので怯みはしない。次々とダメージを積み重ね、視線を逸らせば死ぬとこのレイドボスに分からせてしまう。
ギヴァ:
「この調子だ!」
ウォルター:
「ああ、勝ちに近付いている!」
みんなの気持ちがひとつになっているのを感じた。私は見つけたのかもしれない。……最初はただ、役に立ちたかっただけ。それがいつしか、自分が活躍することにばかりこだわるようになってしまった。今でも活躍したいが、それよりもただ勝ちたいと思った。最初のきっかけは、褒められたことだったと思う。嬉しかったのだ。期待されるプレッシャーを跳ね返して、さらに褒められて、それが当然になった。〈スイス衛兵隊〉では勝つのが当然だったから、勝ちたいなんて気持ちはすっかり忘れていた。ギミックを見抜くのはスピード勝負だったから、苦戦しても最終的には勝った。勝つのがただの前提になっていたのだ。レオン相手に戦ったローマでのレイドでは女性の参加が見送られたこともあるだろう。
スタナ:
(今のこの気持ちを忘れたくない)
私は未来の私こそが恐ろしい。また同じ過ちを繰り返す日が恐ろしい。
勝利を目前にしたウズウズするような感覚を抑え込み、リアリズムに徹する。レイドは幸せだった。ミネアーを相手に戦うことは、信じられないほどの困難だったが、それも終わろうとしている。幸せが寂寥感へと変わっていく。ウズウズと寂寥感を抑え込み、着実に歩を進めていった。
スタナ:
(そうか。ジンは……!)
そっぽを向かれているものとばかり思っていた。だが、違った。少なくとも彼は最初から気付いていたのだろう。献身と貢献。それは本当に『私たちの態度次第』だったのだ。なぜならば、彼の献身と貢献は、とっくに捧げられていたのだから!
ヴィルヘルム:
「さぁ、仕上げだ! ここを確実にこなそう!」
スターク:
「ケイトリン、頼んだよ!」
ケイトリン:
「……〈ブレイクトリガー〉」
神速の連撃が無数に走り、駆け抜け、ミネアーの全身に設置されたままだったダメージマーカーが一斉に炸裂する。それだけではなく、小爆発といくつもの大爆発が発生する。
狂乱状態でミネアーの攻撃は最も激しくなっている。ジンは攻撃に回れず、ミネアーへのデバフを放つに留めることにしたようだ。
ジン:
「ラストは譲ってやる。いくぞ『アーマーブレイク』!!」
千切れたギミックの鎖。その根本から発せられた魔力でミネアーの鉄壁の防御は失われている。さらにジンが残った防御力まで根こそぎ奪っていた。最終局面でつぎつぎと放たれる必殺攻撃。この瞬間のDPSは天井を知らない。
ウヅキ:
「アクセルインパクト!」
シュウト:
「〈乱刃紅奏撃〉!!」
ベアトリクス:
「〈ダンスマカブル〉!!」
レオン:
「〈オンスロート〉!!!」
レオンの大剣・〈絶叫するもの〉の刃が、赤い嵐を生み出す。ミネアーの動きが止まった。HPバーの赤ゲージがゆっくりと消えていく。断末魔の咆哮はすさまじい音量だった。
葵:
『警戒! 集中を切らすな!!』
2時間ほどかけて〈獅子神王ミネアー〉を討伐完了。ドロップアイテム発生と同時にダンジョンの封印が解かれる。続けてカインとタルペイアが襲ってくるはずだ。
事前の打ち合わせ通りに、戦闘態勢を維持、一部のメンバーはクエストアイテムの捜索を開始。そちらはすぐに見つかった。人の頭ほどもある巨大なオーブだ。
ジン:
「来たか」
悪逆の吸血公爵カイン。月の明かりを背負い、その翼を大きく広げていた。死を象徴する冷たい悪魔の姿に、どこか美しさを感じてしまっていた。




