207 獅子の空中庭園
〈獅子の空中庭園〉第9層を攻略中だった。この9層目が標高的な意味で最も高い位置にくるようで、壁の崩れた隙間からレイドボスのいる『空中庭園』を見おろすことができた。
奥は花園になっていて、色とりどりの花が遠目にも鮮やかだ。問題は手前にある整えられた広場、……というよりは外国の庭だろうか、花園を護るように、中央にうずくまっているのがレイドボスらしい。狙撃用の視覚強化薬なども使って、ライオンのような魔獣というところまでは自分の目でも確認した。〈スイス衛兵隊〉もほぼ全員が入れ替わり、立ち替わり、自分の目でこの光景を視認している。
ラトリ:
「これって、たまたま見えちゃったのかな?」
葵:
『まっさっか。ここから見える風に設計したんでしょ。たまたま見えただなんて、あり得ないって』
バリー:
「てことは、プレイヤーに高所から全景を見せたかったってこと?」
スタナ:
「でしょうね。注意深く探索を進めていれば、こうして見えるようになっていた。つまり、これが攻略のヒントかも」
葵:
『十中八九、そうだと思うよん』
ギャン:
「ちょっと、もう1回みせてくれ」
レイドボスがいるのは正方形のような四角いスペース。それを取り囲むように通路がある。正方形の中央スペースと通路との行き来は壁みたいなもので出来なくなっていて、4辺の中央4カ所の入り口からアクセスできるようになっている。
4つの入り口にそれぞれのレイド部隊を配置して、中央に居座るレイドボスを4方向から攻撃、みたいな漠然としたイメージを抱いた。それでは攻略としては単純すぎるかもしれないが。
通路をぐるっと回っていけば、先に奥の花園に入れる気がする。……とは言っても、花園にいくのが目的という訳でもないだろう。封印を解除する目的からすれば、あのレイドボスを倒す必要があるはずだ。
ヴィルヘルム:
「何か思い付くことがあるだろうか?」
ジン:
「特にねーな。戦ってみないことには、なんとも」
シュウト:
「奥の花園に、レアな植物素材とかありそうですよね。強力な毒草が隠されてるとか?」
攻略に必要なアイテム説を唱えてみる。僕としては割とがんばった方だと思う。
葵:
『まだ情報足んないやね。んじゃー、ちょっくら行ってくるわ』
ジン:
「そこの壁、通れるのか?」
葵:
『ん……、ダメかも? ユフィちゃん呼んで』
ジン:
「ユフィ、こっち来てくれ」
ユフィリア:
「はーい!」
竜眼の水晶球の『終点アイテム』を手に持ち、壁の隙間から腕だけをにゅにゅっと突き出す。終点アイテムを落としたら終わりなので、指にきっちりと紐で巻き付けてある。
一度ログアウトした葵が、すぐに再ログインして、壁の向こう側に出現。後は、終点アイテムからの移動限界距離まで偵察しにいくという寸法だ。100m程度だが、接近すればするほど、情報は増える可能性がある。
5分と掛からずに、葵から終わったと報告が入った。腕を引っ込めて、ユフィリアが終点アイテムをしまった。葵も再度ログアウト→ログインを繰り返して、同一ゾーン内に再出現。
ラトリ:
「どう? なにか見えた?」
葵:
『最大望遠で見たけど、特になしかな? ……あー、そういや、鎖で拘束されてるっぽかったけど』
そう言われてみると、鎖らしきものを見たような。あまり気にしてなかったのを反省。デザインだとばかり。いや、デザインなんだけど、攻略に関係あるかもしれない情報だとは考えなかった。
スタナ:
「鎖で拘束されているの? レイドボスなのに?」
葵:
『見た目はそうなってんね。……とりあえず、食べ物が必要ないタイプの魔獣ってことだと思う。ここらのゾーンやダンジョンは長期間封印されることが前提だからね』
ジン:
「俺たちは久しぶりのゴチソウってか?」
アンデッドに精霊、ゴーレム、ガーゴイル。フィールドには鹿みたいな動物や魚はいるのだけれど、ダンジョンは封印されているためか、普通に生きている動物などは存在していなさそうだ。
ラトリ:
「あー、そうそう。ゴチソウで思い出したんだけど、今日ってどこまで行くつもり? 今が9層でしょ。〈ミリス火山洞〉が13層だったから、残り4層かな? 次のショートカットがたぶん11層だよね」
葵:
『新年だしねぇ、11層でやめとく?』
ジン:
「バカ抜かせ。レイドボスを拝んで攻略の糸口を見つけるトコまでやるに決まってるだろ」
ラトリ:
「やっぱり? こりゃ、長丁場になりそうだねぇ~」
ジン:
「どうせ朝も昼も変わんねーだろ」
ネイサン:
「まぁ、そうなんだけどね(苦笑)」
9層の残りを突破して10層目へ。
だんだん大型のレイドモンスターが出現するようになり、必然的に石丸が使う〈フレアテンペスト〉の威力が知れ渡ることになった。
不定形というよりは、半固体・ゼリー状の巨大スライムが現れる。96人で4体を相手にするというのだから、フルレイドクラスのレイドモンスターである。これに対して葵は〈フレアテンペスト〉で3体巻き込むように位置調整を施していた。サイズ補正最大の16万オーバー、さらに火炎属性が弱点だったのか、ダメージに反応する自動反撃すら消し飛ばし、HPをゴリっと20万ばかり削りとってしまう。これに〈スイス衛兵隊〉メンバーが大はしゃぎになった。
ネイサン:
「2体だけなんてもったいないよ!もっと巻き込んでまとめてやっつけちゃおう!」
ジン:
「ぐだぐだとやかましいわ! 石丸、やれ!」
石丸:
「了解っス」
2体を巻き込んで炸裂する〈フレアテンペスト〉に、残念そうな悲鳴?みたいなものが轟いた。もちろん戦闘は問題なく勝って終わった。
なぜだか反省会?みたいな相談を始めていた。
バリー:
「もっとポジショニングを徹底しよう。初期配置から見積もって……」
ヒルティー:
「効率よくスマートに戦えば、ダンジョン攻略もスムーズに」ぶつぶつ
オスカー:
「大型のモンスターだから、もっと接近させるには……」うんだらかんだら
熱く語りあっていて、手の出しようもないというか。
シュウト:
「なんというべきか……(苦笑)」
ジン:
「分散させて各個撃破が基本だからなぁ、物珍しい戦法なんだろ」
タクト:
「でも、普段から接近させておいて、範囲攻撃魔法でまとめて倒せばいいのでは?」
葵:
『それもモチ正解だけど、ヘイトコントロール、ダメージコントロール、味方物理アタッカーのポジショニングなんかを考えると、引き離して戦った方が楽に安定するからね。あんだけ練度が高いと、リスクを負わない選択が癖になるってもんだよ』
スターク:
「そもそもジンがおかしいんだよ。2~3体の攻撃なんか気にも留めないんだもん」
ジン:
「あ? 人の頭がおかしいみたいなこと言ってんじゃねーぞ、この小坊主が!」ぐりぐり
スターク:
「普通は死ぬんだよ、囲まれたらー!」
タクト:
「そういうことか」
頭を押さえつけられ、グリグリやられながらも必死に言い返す。ここの言い分に関しては、スタークが正しい。レイドモンスターに囲まれたら、ヒーラー3枚が全力で支えない限り、何秒と耐えられるものではない。
ジンの場合、ヒーラーは基本的に1枚しかいないし、その1枚のユフィリアも、ちょっと囲まれたぐらいじゃニコニコしているだけだ。慣れたもので、もう焦りもしない。
シュウト:
「レイドボス向けの必殺呪文だと思ってたんですが、レイド攻略用に凄く便利なんですね」
葵:
『フルレイドよっかレギオンレイドの方が、モンスターのサイズもでっかいし、再使用規制がちょうどいいのもあるね』
〈フレアテンペスト〉の再使用規制は10分。ドラゴンブレスと同じ、放射状に広がる攻撃範囲の関係から、戦闘の途中では使いにくい。最初に使ってから、戦闘を終え、休息。そして移動して次の戦闘になるまでの間隔が、短くても10分は掛かるため、毎回の戦闘で使える。
アクアの援護歌で戦闘後の休息時間を短縮もできるが、その間だってボーっとしたり、遊んだりしている訳ではない。地図を更新したり、消耗品の補充など、次の戦闘の準備を済ませる必要がある。また、細かな打ち合わせも欠かせない。大人数のプレイ環境を快適にするには、目立たない努力が必要になってくる。
そうして11層目へ。これまでと比較すると、各層のサイズがかなり小さくなって来ている。11層にあると予想されたショートカットが見つからなかったので、僕らは奥へと進んでいった。
リディア:
「あ、植物モンスター」
葵:
『ごっつぁんです』
庭園が近いからか、植物型モンスターが登場するも、〈フレアテンペスト〉との相性は最悪というか、最高というべきか。よく燃えた。
11層の最後のところでショートカットを開放して12層目へ突入。細い一本道から、大きめの部屋に繋がっていた。室内はびっしりと植物に覆われていて、〈毒根の多頭花〉のレギオンレイド版が登場した。もとから多頭竜っぽかったモンスターだけれど、もう完全に植物ドラゴン状態。それを『とりあえず、燃やそっか?』ぐらいのノリで攻略開始。戦闘中盤で転機が訪れた。
オスカー:
「敵の動きが激しすぎる!」
ラトリ:
「じゃあ、ちょっと使ってみよっかー。〈エナジーフラクション〉」
〈エナジーフラクション〉とは〈妖術師〉の攻撃魔法を、炎、氷、雷の3属性でもっとも効果の高い属性へと自動的に変換する効果を持つ。
そもそも〈エルダー・テイル〉は全6属性である。この特技を弱点属性を知るために使ったとしても、かなり大雑把な情報になってしまう。
ラトリ:
「〈フリジットウィンド〉!」
そのため別属性の魔法を、弱点属性に変換して放つような目的で使われる。付帯効果はそのまま発揮させることができる。たとえば〈フリジットウィンド〉の場合、凍結によって敵の動きを鈍くする効果が付帯する。植物モンスターは炎が弱点になるため、〈フリジットウィンド〉が炎に変換されて攻撃しつつ、付帯効果はそのまま発生させることができる。
ラトリ:
「ありゃ!?」
バリー:
「凍った……?」
葵:
『なんと!? 氷結属性に転換! ナイス、ラトリっち!』
ラトリ:
「まぁ、これがボクの実力ってやつ? もしかして、ま~た、にじみ出ちゃったかな~?」
ヴィルヘルム:
「さすがだ、良くやってくれた」
魔法使いに求められているのは、戦局を一変すること。ドジだろうが、偶然だろうが、結果が伴えばそれでいいのである。
氷結属性に攻撃を切り替えると、あっという間にダメージが積み重なり、程なく打倒できた。
ジン:
「おいおい、マジかよ……」
シュウト:
「目的の空中庭園、ですね」
12層はボスの一部屋だけだったので、外に出るとそこはもうレイドボスのいる空中庭園だった。
通路に入る入り口があって、その更に奥の正方形のスペースの入り口も見える。ということは、レイドボスまでもう見えていた。
シュウト:
「〈獅子神王ミネアー〉、レベル105、レイド×4……」
堂々とさらけ出されたレイドボスの姿は、余りにも無防備だった。たぶんここからでも攻撃が届いてしまう。そのことが逆に不安を掻き立ててくる。いま立っているこの通路部分が、既に安全地帯なんかじゃないと言われているみたいで……。
ネイサン:
「そうか、ミネアーかぁ。そいつは困ったね?」
ユフィリア:
「何が困っちゃうの?」
ネイサン:
「知らないかな? ミネアーってのはヘラクレスが倒した獅子の怪物で、倒された後で天に昇って、獅子座になったんだよ」
ユフィリア:
「そうなの?」
ジン:
「何で困るかを端折ったらわかんねーだろ」
葵:
『……うげぇ! そっか、そういうことだ?』
ユフィリア:
「ねぇ、なにー? なんでー?」
レオン:
「ヘラクレスがミネアーを倒そうとしたとき、その強靱な体に武器はまるで通じなかったという。しかたなく、ヘラクレスは三日三晩かけてミネアーの首を絞めて殺したとされている」
シュウト:
「それって……」
アクア:
「まず、剣も魔法も効果がないんでしょうね」
どうりで。無防備に姿を晒していると思ったら、そういう裏があったということだろう。
ジン:
「じゃ、どうすんだ? 俺とレオンで首を絞めるとか?」
葵:
『タテガミがフサフサしてて分かりにくいけど、あのサイズだと2人じゃ足りねーべ?』
リディア:
「鎖か何かで絞めるとか?」
レオン:
「そこいらの鎖では簡単に引きちぎられて終わりだろうな」
葵:
『裏道・抜け穴も大事だけど、まずは正攻法で攻略する方法を見つけないと。それには戦ってみなきゃ。攻撃が効かないと仮定して、それがどの程度かってのもあるだろうし』
シュウト:
「じゃあ、様子見で戦闘ですね?」
頷きあって、戦闘準備に取りかかろうとした時だった。
ジン:
「……じゃねーよ!」
葵:
『何ギレだ、ジンぷー?』
ジン:
「ここまでで、あの銀ハゲと戦える場所なんかあったか?」
リディア:
「銀ハゲ?」
銀色のハゲといえば、飛行規制を護るべく出てきたレイドボス、コルウスのことだろう。
シュウト:
「そういえば。……レギオンレイドでまともに戦える場所なんて、無かったと思うんですけど?」
構造的に壁がなくて、空中に開けたポイントはいくつかあったものの、レギオンレイドで戦闘できるような立派な場所はなかったはずだ。
葵:
『あえて言うなら、ここ、とか?』
スターク:
「ちょっ、何を言ってるのさ!? ミネアーがアクティブになったら絶対に襲われちゃうってば!そしたらレイドボス2体同時だよ!?」
さすがにレイド×4のボスエネミーを2体同時攻略とかはあり得ない話だろう。それでも「できる」とか「それでもやる」とか言いそうな人だけど。
リコ:
「先にあのライオンを倒して、そこで戦うとか?」
英命:
「いえ、ミネアーがここを封印している守護者だとすれば、ダンジョンそのものがクリアされ、飛行規制も解除されるでしょう」
オスカー:
「カインとタルペイアが襲ってくるのが先じゃないかな?」
ジン:
「やっぱ、今やるしかねぇってか」
シュウト:
「ええええ?」
やっぱりそういう展開になってしまうのだろうか?
葵:
『タンマタンマ。ヤツが飛んでくるのに、前回は2時間半も掛かったんだじぇ?』
ジン:
「それがどうした? 2時間半かけようと、呼んで戦えばいい」
葵:
『いやいや、ここじゃなくても戦えるってことだよ』
ジン:
「ん? ここじゃなかったらどこなんだ?」
葵の言おうとしていることはかなり意味不明だった。しかし、ギリギリで思いついた。
シュウト:
「あ! 別のダンジョン、ですね?」
葵:
『そゆこと』
あれだけの強さの隠しボスなのだから、ここでしか戦えないというのは違う気がする。戦いに向いた場所もないし、むしろこのダンジョンで呼び出してしまったこと自体がイレギュラーだった可能性だ。
ジン:
「それ、可能性の話だろ?」
葵:
『万が一、別のダンジョンでも戦えなくてそのままクリアしちゃったら、それはあたしの責任だ。そんときゃ頭下げて謝ってやんよ!』
ジン:
「いやいや、お前の謝罪になんの価値があるんだっつー……」
レイシン:
「まぁ、レア度は高いと思うけどね(苦笑)」
ジン:
「う~む。…………わーった」
葵がプライドを掛けたからか、もしくはレイシンがやんわりと取りなしたからか、ジンはここでは譲ることに決めたらしい。
ジン:
「だが、忘れるなよ? 外したらギャン泣きで謝罪させっかんな?」
シュウト:
「ギャン泣き!?」
葵:
「あたしも女だ。二言も三言あるけど、勝負してやんよ!」
ピリリと利き過ぎたスパイスのような緊張感の中で、レイドボスとの対決が始まろうとしていた。様子見なので打ち合わせはごく簡単に。イレギュラーに備えて僕らが正面から、レオンの第2レイドが反対の奥側まで移動。第3、第4レイドは左右の入り口へ向かう。
レイドボスがレギオン仕様な為か、通路の壁もやたら高く、周囲を見通すことができなくなっている。俯瞰で全景を眺めていなければ、初期配置を決めるだけで、もっとまごついていただろう。
ボスエリアまでくれば、他のモンスターを引き寄せたりの心配がなくなる。龍奏弓に持ち替え、レオンたち第2レイドの配置完了まで待機になる。〈獅子神王ミネアー〉に動きや変化がないかじっとみつめる。
シュウト:
(とっくに気が付いている……!)
殺意や殺気に至らないまでも、威圧感が充満している。起き出して、ブレスか何かで攻撃しそうな気がして仕方がない。
何百年と封印されても衰える気配のない筋肉の塊だ。爪での攻撃は人体を軽く引き裂いてお釣りがくるに違いない。
アクア:
『第2レイド、配置完了!』
葵:
『おっしゃ! ジンぷーが特攻して、ワンテンポ遅らせて攻撃開始。はじめよう』
ジン:
「おう」
レイドメンバーの心の準備を待つように、そして不意打ちするつもりがないと態度で表し、ジンはゆっくりと入り口スペースに進入した。呼応するようにミネアーがのんびりと立ち上がる。王の威厳が漂う。1人と1体の間に見えない電撃が交差する。……つっかけるジン。雷鳴のような咆哮が迎え撃つ。ミネアーの丸太を越える太さの腕が、爪が振るわれる。迎撃するジンの〈竜破斬〉が青く輝く。
ジン:
「おおおおお!!」
2撃、3撃とダメージエフェクト発生する。ヘイトの上昇を確認したところで、展開した味方の魔法攻撃が始まった。ミネアーの巨体の上部に次々と魔法が命中していく。
ネイサン:
「ウッソでしょ!?」
ダメージなし。半ば予想された通りだった。非属性攻撃の〈竜破斬〉は防げないものの、通常の魔法攻撃は一切、その効果を発揮しなかった。有効属性を探すように、次々と魔法が投射されたが、結果は変わらなかった。石丸の〈フレアテンペスト〉も効果なし。
続けて近接攻撃に移行。物理アタッカーがミネアーを取り囲む。動きの素早い巨体にも怯まず特技を放ち続ける。
スタナ:
「ダメージが、ない!」
驚愕が広がっていった。さすがにここまで圧倒的な防御力には経験がないのだろう。
ニキータ:
「やっぱり、なのね」
シュウト:
「うん。今回はどういう仕掛けなのか、だね」
僕らは比較的冷静だった。この手の『無敵』にも経験があるからだ。ビートホーフェンの時は黒い霧のようなものがダメージを無効化していた。しかし、ミネアーの仕組みは分かりにくい。見た目は特に変化などは見えない。そこが問題だった。
ジン:
「おい、葵! どうなってる?」
葵:
『取り合えず、「アーマーブレイク」と〈天雷〉してみて』
〈アーマークラッシュ〉の口伝技「アーマーブレイク」は効果なし。〈天雷〉も同様に効果なし。完全に〈竜破斬〉以外にダメージがないタイプの無敵だった。ここには存在しているが、ダメージが発生しない。
葵:
『両方とも効かないってことは、そもそも傷が付かないタイプってこった』
ネイサン:
「それより、なんであの青い特技だけダメージがあんの? 直接ダメージ系まで含めて、全部ダメージないんだけど?」
葵:
『説明がメンドいからパス』
〈竜破斬〉でダメージエフェクトはあるけれど、ダメージはなかなか減っていかない。これはHP量の問題だろう。そうしてしばらく見続けていた。しばらく前から諦めて、もうみんな範囲外に待避している。ようやっとダメージが数ドット減ってきた。
葵:
『いしくん、概算でいいからどのくらい?』
石丸:
「オーバーライドなしでジンさんのダメージが約23000点、1分平均26回の攻撃を約10分続けて、全体の1%のダメージ。ミネアーの総HP量は約6億っス」
葵:
『なるほど。多くはないけど、少なくもないね』
レギオンレイドだと思えば、普通のHP量の気がする。モルヅァートが2億だったから、その4倍なら8億までは普通にあり得る。6億なら規格外とまでは言えない。
同時に、普通のHP量であることは、今の完全防御がなんらかのギミックで解除可能であることを示している。
スタナ:
「6億!? それより、23000点のダメージを、260回って?!」
ネイサン:
「ソロで10分戦って600万点かぁ。数字で示されると最強の凄さが分かるなぁ(苦笑)」
葵:
『省エネだし、こんなもんだろうね。ってことは、ジンぷーが17時間ばっかし戦えば勝てるわけだ? オーバーライド使えばもうちょい短縮できるけど、……どうする?』
ジン:
「ふざっけんな!!!」
必死というほど必死ではないが、現在も戦い続けている人に対して掛ける声としてはあんまりにもヒドい(苦笑)
リコ:
「それで倒したとしても面白くな、……じゃなかった。カインとタルペイアが来たら、またヘロヘロですよ?」
タクト:
「今の、本音が漏れてたぞ?」
リコ:
「てへっ」
わざと本音を漏らしておいて、指摘されたら可愛く誤魔化すとか、何がしたいのかまっったく理解に苦しむけれど、そんなことはどうでもよくて、結局はギミックを見つけなければならない。
ニキータ:
「通路との仕切りになってるこの壁の上とか?」
葵:
『見た限りだと、なんもないね。登ってみてもいいよ?』
実際にこのゾーンに立ち入ってみると、壁の存在がかなり邪魔なのが分かってきた。壁の裏の通路まで逃げれば、攻撃されないとしても、こちらからも攻撃できないことになる。壁の上から魔法で遠隔攻撃したくとも、立ち上がったミネアーの爪が届かないほどの高さはない。なら飛行魔法で届かない高度まで上がればどうなるか、飛行規制モンスターが追加されかねない。
ジン:
「おい! いい加減になんか考えろっつの!!」
葵:
『うーんとー、ごめん。さっきから、もう頭回んなくて。……おなかぺっこぺこだおう!』
ジン:
「それは、俺のセリフだ!! くっそ、ハラ減り過ぎて、元ネタが何か思い出せないっ」
石丸:
「フォーチュンクエストっス!」
葵が何も思いつかないだとか、珍しい話もあったものだと思う。そういう日もあるのだろう。
ヴィルヘルムの声はここまでは聞こえないので、アクアから伝言だった。
アクア:
『撤収よ、作戦中止!』
葵:
『りょうかーい。リディアちゃん、脱出準備。ジンぷー、後退せーや!』
ジン:
「くっそ! テメェ、覚えてろよ!?」
壁に挟まれた入り口部分から、通路部分まで後退してジンを待つ。鎖に繋がれたミネアーは当然に追いかけてくることになった。
葵:
『さらに後退! 庭園の範囲から離脱』
ジン:
「ナロッ!」
盾でミネアーの強烈な一撃を受けると、ノックバックでするすると滑って後退してくる。〈フローティング・スタンス〉を利用した形だ。壁に挟まれた入り口部分でミネアーは停止。鎖の限界距離だろう。しかし、その先は遠隔攻撃をしてくることになった。
英命:
「〈四方拝〉!」
英命が迷うことなく切り札を放つ。獅子の口元からは豪炎が、そして全身から発した雷は天空へ。迂回するかのように、上空から幾筋もの雷撃が降ってきた。ジンのウロコ盾が僕らのガードに回されている。最初から逃げる場所も,隠れる場所も無かったのだ。
ジンが合流するのに合わせて、リディアが〈フリップゲート〉の呪文を完成させる。僕は転移するその瞬間まで、ミネアーを睨むように見つめ続けていた。
◆
ジン:
「てんめぇ、何を考えてんだ、何を!」
葵:
『どうせ今日は、様子見だったし、お腹も減ってたんだよね。んじゃ、バイビー!』
ジン:
「バイビーじゃ!、って、あのバカ、切りやがった」
イラついているジンを放置してさっさと逃げてしまったらしい。
シュウト:
「今のって、どうしたんですか?」
レイシン:
「うーん、攻略を放棄してたみたいだからかな? どうもワザとじゃないかって思ってるみたいだね」
シュウト:
「単に気が付かなかっただけなんじゃ?」
ジン:
「……いや、違う。別の目的があったんだろ。先に言っとけっつの」
しかし、離脱しようとした時の苛烈な遠隔攻撃は先に体験できて良かったと思う。そこまで考えて、そこまで含めて計算されていたことに思い至る。あのゾーン構造を見たときから、遠隔攻撃があることは想定していたのだろう。それを炙り出した訳だ。
葵はたぶん攻略のメドがたったから離脱したのだ。その情報は何で、どれが重要なのか。それが簡単に分かれば苦労はしないのだけれど……。
レイシン:
「とりあえず、食事の準備をしてくるね」
ユフィリア:
「私も!」
ニキータ:
「行ってきます」
ジン:
「おう、頼んだ」
ユフィリア:
「うんっ! ……いこっ?」
リコ:
「しょうがないなぁ。お正月だし、タクトの好きなの作ってあげよっかな」
そうしてごくささやかに新年のパーティーを開催するに至った。
……とはいえ、みんなレイダーなので、頭の中はレイドボスのことでいっぱいだろう。切り替えるのは大事だと分かっていても、新しい挑戦のことを考えずにはいられない。それはそれで幸せな時間だとも思う。
ウォルター:
「ジン、今日の訓練をつけてくれ」
ジン:
「いいのか? 酒飲んで騒いだりしなくて」
そして、たゆまずに歩き続けようとする意志があった。
ヴィルヘルム:
「少しでも戦力を増やしたい。頼めるだろうか?」
ジン:
「……じゃあ、今日は趣向を変えて、面白いモンを見せてやろう」
椅子に座った状態のまま、僕ら第1パーティーに対して〈アストラルヒュプノ〉を使うという実験だ。僕らは何度も訓練を重ねて来ている。
ジン:
「お前らなら大丈夫だとは思うが、……俺に恥をかかせないでくれよ?」
スタナ:
「本当に、可能なの?」
ウォルター:
「じゃあ、いくぞ? 〈アストラルヒュプノ〉!」
ユフィリアが小声で「いただきます」と呟くのが聞こえて、笑いそうになった。僕らは下準備として下丹田に集中し、あらかじめ魔力を高めてある。下丹田の一点以外は考えない。魔法の効果を受け入れ、受け流してしまう。下丹田の一点が揺らがないことが大事だ。〈アストラルヒュプノ〉の効果は一瞬。強烈な魔法の波動が通り抜けていった。
シュウト:
「フッ!」
一点集中で抵抗。その直後、全身に魔力を押し広げて、残った効果を吹き飛ばしてしまう。成功だった。
ジン:
「全員、起きてるか?」
ユフィリア:
「起きてるー!」
レイシン:
「うん」
ニキータ:
「平気ですね」
石丸:
「問題ないっス」
シュウト:
「えっと、大丈夫みたいです」
おおーっ、と歓声が上がった。ウォルターのレベルは93ということもあって、レベル差のお陰で抵抗しやすいといった要素もあるのだろう。食事の場なので、装備品なしという要素も大きい。〈アストラルヒュプノ〉のような精神操作系の魔法は、幻想級の杖でかなり成功率を高められると聞く。
ジン:
「遊び感覚でできるが、難易度はそれなりに高い。俺たちの研究では、眠りの魔法なんかは、体内で魔力を高めて抵抗する方が効果が高い。一方で攻撃魔法は体の表面に魔力を広げて抵抗しなきゃ黒コゲだ。
こうした魔力を操作するセンスもだが、状況判断力がないとそもそも戦闘で使いこなせない。それでもどんな攻撃が来るか分かってれば使いようもあるってことだ。
魔法攻撃の場合、特に体表面は気とかオーラの方がいい場合もある。魔術師に強いオーラは期待できないから、物理系の話になるけどな。それに慣れてきたら体表面はオーラで、体内は魔力で同時に防いだりとかもできるようになるぞ。それから戦闘時に常時展開してパッシブスキルみたいにすることも可能だ。……な、奥が深いだろ?」にんまり
げっそりするような、同時に希望にあふれているような不思議な気持ちだった。さっそく訓練に取りかかる。まずは体内で魔力を集中させる訓練からだ。少しでも戦力を増やすべく、繰り返し訓練を重ねていった。




