204 地足法
〈獅子の空中庭園〉に向かう山道で足ネバを開始。足裏が地面に貼り付いたように密着・粘着してしまった。これは間違いなく新しいスキル、つまり上達だろう。
シュウト:
「ジンさん、これって……?」
ジン:
「後にしろ。テメーのことだけ考えんな、休憩の時に話してやるから」
歩きながらの説明ではレギオンレイド全体の96人に説明できない。そもそも今は訓練の最中なのだ。僕らが上達したからといって、〈スイス衛兵隊〉の全員が上達したかどうかは分からない。
失念していたというか、他者のことなんてまるで考えもしなかった。これまでは少人数での訓練だったので、優遇されていたのだ。少人数の感覚でジンに接すると、迷惑をかけてしまう。ちょっと自分が情けない。初めての状況なので、仕方がないことだと慰めておく。
シュウト:
(なんで足の裏がひっつくんだろう?)
靴は換えていないし、地面の摩擦力が急激に増えた、なんて訳もない。足裏の筋肉で地面をギュッと掴む、なんて事も当然にやっていない。普通に歩いているだけだ。そうぼんやりしていたら、矢筒から返答があった。
―― 接地面の効率的運用によるもの。
なにやら足の動かし方を変えたってことのようだ。足ネバ歩きの影響だろう。そしてこれがどう作用していくのか、ということが問題だ。ジンの説明を楽しみにしようと決め、ひたすらにネバ、ネバと歩いていく。
訓練に徹していたら、後ろの〈スイス衛兵隊〉でも同じ現象が起こっているのが分かった。〈暗殺者〉は耳がいいため、ある程度の話し声は聞き取れる。
シュウト:
(焦らせずに、工夫の余地を与えているんだろうな)
自分のことだけ考えるな、の意味が分かってきた。
上達には時間がかかる。自分にも上達する時間を与えて欲しいし、他者にもそうあるべきなのだろうと思う。失敗はしたけれど、『時間を与えること』の大切さを学んだことにして帳尻を合わせようと思った。10年かけちゃダメだろうけど、3日すら与えないのはもっとダメだろう。
◆
30分ほど山道を歩いて、中腹らしき場所で休憩になった。ここまで特に戦闘はなし。キャンプからなので小一時間歩いている計算だ。〈獅子の空中庭園〉へはまだかかるので、1時間半か、2時間みないといけないようだ。帰りは一瞬なので、往復を考えなくていいことだけはありがたい。
そうしてようやく、ジンの説明を受けることができた。
ジン:
「さてと、足ネバで上手く歩けていると、足裏の摩擦抵抗が増えたり、密着感が増したり、ギュッとくっついたり、地面をガシッと掴んでいる感じを得ていると思うんだが?」
ネイサン:
「そうそう。その話をしてたんだ。これってなんなの?」
ジン:
「口伝ではなく、プレイヤースキルの一種だ。武術的な意味の技だな。難易度的には、いろいろあって高等テクニックの部類に入る」
そんな簡単に高等テクニックをゲットしていいのだろうか?
スタナ:
「ということは、やっぱり高度な練習だったってことでしょう?」
ジン:
「うーんと、もともと武術だと初伝~中伝ぐらいの内容のハズなんだ。それが現代では高難易度の、高等テクニック分類になってしまっている。 ……だったんだけど、足ネバが余りにも画期的で、割合あっさり習得できてしまうという」
葵:
『それ、結局、スゲーの? スゲくねーの?』
ジン:
「相対的に、現代だとスゲーんじゃねーの?」
さすが、未来情報。こういうことがあるから侮れない。
リコ:
「ジンさん、名前はなんて言うんですか?」
ジン:
「んー、分からん。たぶん、ごく普通の、できて当たり前だった影響だと思うんだがなー。これがまた、微妙な問題を抱えてて。ざっくり言うと、歩法の中の一部って扱いなんだけど、歩法を秘伝とか極意として扱う場合があるんだ。それからネーミング的にむずいのもある。その辺の事情もまとめて語って行こうと思ってる」
シュウト:
「よろしくお願いします」
ジンは手頃な岩を見つけると、そこに移動して僕らを呼び寄せた。もたれかかるように岩に手をつく。
ジン:
「まず原理からだ。足の代わりに手で説明していくぞ。普通の歩き方の場合、サッ、サッ、と歩いて、途中で地面に足がつくことになる」
伸ばした腕で、岩を触りつつ、何度か繰り返し動かしていた。確かに普通の歩き方だ。
ジン:
「足ネバ歩きするとどう変化するか?というと、ネバネバさせたいので、足を地面にくっつけたところから、これが剥がれないように足全体の動き方を変える訳だ。足裏の接地面を有効に活用してやる風に、動か、す!」
岩に手を付いた状態で、手を離さない様に腕の動きを変化させていた。足とは関節方向が違うためだろう、かなりやりにくそうにしているが、意味するところは分かる。そうしてみると、原理的には簡単なもののようだ。
ジン:
「これはどういうことか?というと、運動の中心が、肩から手の方に移動している訳だ。動きの中心が変化することで、足裏に密着感を発生させる風に変わった、ということだな。
従って初期状態は、『感覚の誤認現象』。いわば勘違いみたいなもんだってことだ」
ネイサン:
「これ、勘違いなの!?」
ジン:
「最初はな。そうした感覚の誤認を捉えて放さずに、スキルにまで高めて利用するもの、という意味になるだろう」
オスカー:
「感覚の誤認識を引き起こせるかどうか。それがスキルの条件だとしたら、そもそもの難易度は高そうだね……」
しかし、意味が分かれば誰にでもできそうな気がしてくるのが面白いところだった。
ジン:
「えーっと、まだ感覚を掴んでいないヤツは、焦らなくていい。まぁ、誤認現象だしな。急いで出来るようにしたいだろうが、慌てたり、不安になる必要は全くない。これは優しさや同情で言ってるのではなく、本当に影響がないからだ。……大事なのはゆるむことだ。ゆるんだ結果、ご褒美としてスキルが与えられたんだ。焦ると逆効果にしかならない。それに、実際問題として始まったばっかりだから、全員が絶対に獲得するまでやる。何も問題はない」にっこり
一見すると優しそうなことを優しそうな顔で言っているが、意訳すると1日や2日なんてただの誤差ってことを言いたいのだろう。ほぼレイド最終日まで足ネバばっかりやるって意味だと思われ……(苦笑)
ジン:
「習得が高難易度化している理由についても触れておこう。これは単純に筋トレ、ウェイトトレーニングやマシントレーニングの影響だな。この接地術は足の運び、動かし方、いわゆる『運足』を変更するもので、スキル・フルなんだ。しかし、バーベルを使ったスクワットや、マシントレーニングのような、ラフ・パワートレーニングとは相性が極めて悪い」
レオン:
「……続けてくれ」
ジン:
「ラフ・パワートレーニングでは、姿勢や足の動きをかっちりと決め、パワーだけをトレーニングしていく。このため、運動の中心点が移動するのを阻害しやすい。図らずも、感覚誤認を起こしにくくする効果があるわけだ」
ネイサン:
「そっか、そうだ。足の動かし方を変えなきゃいけないからだ」
ジン:
「こうしたラフ・パワートレーニングは、正しい足の動かし方をしていると思いこませてしまう。マシンを正しく使っているのだから、自分の動き方は正しい、と思ってしまうだろう。この影響もあって、スポーツ・格闘技全般で、現在、失伝しつつある。パワートレーニング全盛の時代だから、たまたま高難易度化したわけだ。足裏を使えるヤツが減って、教えられなくなり、意識されなくなった。技の名前が不明なのも一役買っているんだろう」
シュウト:
「もったいないというか」
タクト:
「寂しいですね」
失伝してしまうと聞くと、もったいない気持ちが強くなる。
ジン:
「基本的にはトロッティングという陸上競技の短距離走でやっている訓練法なんかで、習得をねらうんだけどな。でもトロッティングがなんの為の訓練なのかわかってるヤツがそもそも居なかったりするっていう(苦笑)」
そういうと、ジンが自らその場歩きならぬ『その場走り』の小型版をやってみせた。つま先をくっつけたまま、柔らかい動きで足首だけで走っているような運動をトロッティグというらしい。
ジン:
「なんだけど、これの習得率がすんげー低くてな(笑) 足ネバと殆ど変わらない運動のハズなんだけど、柔らかく動かすってだけじゃまっったく足りなかった訳だ(苦笑) 足ネバとの習得効率の差は、10倍どころか、100倍、もっとかもしれない」
たぶん凄い苦労とかの話なんだろうなー、とこの辺りは聞いておくことにする。喉元過ぎればなんとやら。過去の苦労は、もう僕らには関係ないことだ。ありがたいことであります。
葵:
『んで、どのくれーの威力があんの?』
ジン:
「威力ったって、前提みたいなもんだし。そうだなぁ、マスタークラスとか言って、達人ぶってるマッチョを叩きのめせる程度?」
葵:
『十分すぎてお釣りがくるっちゅーの(笑)』
ジン:
「冗談はともかく、運動量の伝達ロスは減るだろ。人間だとちょい滑る床でも滑りにくくなるぐらいだけど、〈冒険者〉みたいに人間を遙かに越える筋力・脚力がある場合、床面との関係が改善すると空回りがかなり減るわけで」
アクア:
「それが、消えるような動きの秘密なのね」
ジン:
「かなり大事なポイントのひとつ、と言っておこう」ニヤリ
どれだけ脚力があったとしても、一歩辺りの移動力は地面・床との関係で決まる。体重が重ければ接地力も上がるかもしれないが、同時に移動に必要な労力も増やしてしまうだろう。接地力が限界になると歩数のような回数でカバーする戦略を選択するしかなくなる。歩数に逃げたという意識すらなく、逃げることになるはずだ。
接地力そのものを高める効果が見込めると、一歩目から始動性に大きな影響があると予想できる。ジンは初伝~中伝クラスの内容と言ったが、重要性で考えるともっと秘伝・極意クラスでもおかしくない。全員が出来て当然だった時代と比べてもあまり意味がないのだと思う。
ジン:
「これ、武術としてはかなりシンプルな接地術に分類される。いっちゃうと、ただ足を着くだけだからな。でもこれは走法としてみると機能的に正しくなってくる」
ベアトリクス:
「どういう内容だろう?」
ジン:
「例えば、フルマラソンの42キロを走るとしたらどうなるか。足裏のどこかを重点的に使って接地すると、その部分に大きな負荷、ダメージが発生する。単発のマラソンだけならなんとかなるかもしれないが、まぁ、なんないんだけど、普段の練習や年間の試合数まで考慮に入れると、可能な限り負荷を下げるのが前提になってくる」
葵:
『ほんほーん。威力や衝撃、ダメージなんかを足裏全体で効果的に分散させることが可能なわけだ。なんの工夫もなく、ただ足を置くだけのほうが?』
ジン:
「いや、ここまでくると逆に不自然だろー。フラットに足裏を使えるようになること。それは工夫の果てにある境地だ。……こうした接地術に熟練してくると、走り方から逆算して靴のすり減り方に至るまで意識が届くようになってくる。実力まで見抜けるとかいうしな」
レオン:
「誤認識からスキルへと高めていくことが本質的な問題というわけだな」
ジンが属する派閥としては、フラットに足裏を扱う系統の武術、ということになりそうだ。スキルとしては不自然なまでに、どんな場所でもフラットに足を使うようなイメージだろうか。いろいろやってみないと分からないけれど、フリーランニングや壁を走るのなんかは効果が高そうな気がする。
ユフィリア:
「そういえば、名前のお話は?」
ジン:
「ああ、そうだっけな。これ、接地術と呼んでしまうと、足裏でなにか操作しているみたいな感じがするだろう? でも足裏はぺたっと着くだけなんだ。実際には運足法だからな。足を操作して、動作を最適化することで成り立ってる。でも逆に運足法と呼んでしまうと、足裏の技術だって分からなくなってしまうだろ? あー、なんか足を動かす方法のことかなー? みたく勘違いさせてしまうワケ」
英命:
「悩ましいところですね」
ネーミングだけで分かるようにしておくことの大切さというか、なんというか。なんだか、いつも名前で悩んでいるような気がする。
葵:
『じゃあ、くっつけちまって「接地運足法」でいいじゃん。……ん、待てよ。接地の地、運足の足で、地足法。どうよ?』
シュウト:
「おおっ?」
かなり良さげな気がする。昔からありそうな感じの名前というか。
葵:
『キタコレ。会心のネーミングだべ?』
ジン:
「うーん。……反論の余地はねぇな。よし、それで行くか」
葵:
『うっしゃあ! さすが、あたし』
こうしてこの接地術の名前は、『地足法』になった。
ジン:
「とはいえ、走ったり、戦闘中に使えなきゃ意味がないからな。基本的に、戦場に持ち込めるのは身についたものだけだ。特にベアトリクスなんかの場合、足の接地時間は極端に短いはずだな?」
ベアトリクス:
「そうなりますね」
ジン:
「こいつほどじゃなくても、パッシブスキルとして扱うには、まだまだ訓練が必要だ。……じゃあ、説明をかねた休憩は終了とする」
ヴィルヘルム:
「了解した。……全員、準備だ! 行軍を再開するっ!」
慌ただしく準備に取りかかる。
ジン:
「丁寧に足ネバを行うこと。難易度が足りない場合、足ネバをやりながら前モモは脱力するように!」
ラトリ:
「うっ、と。簡単に難易度がアップするね~」
ヒルティー:
「だが、やりがいもある」
バリー:
「なんか、2%程度のブレーキカットとアクセル成分の増加、計4%程度の出力改善ならもう出来そうな気がするんだけど……?」
スタナ:
「まだ2日目よ。たった1日の訓練だけで、これって……」
それがジンに習うことの恐ろしさだろう。自分の存在が変質していくことの不安と、喜び。でも今回のパターンだとこの後に罠が待ってる気がする。それはそれで不安になるだろうから、あえて教えたりはしないけれど。
ジン:
「さ、足ネバで出発するぞ!」
葵:
『ちょっとまてぇい!』
ジン:
「ぁんだよ?」
葵:
『せっかくあたしが捻り出したエレガント、且つ、エクセレンツな名前を、なぜ使わん?!』
ジン:
「はぁ? ……足ネバ歩きの結果として得られるスキルの名称が、地足法だろ? じゃあ、やるのは足ネバじゃねーか」
葵:
『だからぁ、空気読めっつー!』
まぁ、喧嘩はいつものことだし、そのまんま『足ネバ法』とかにしなかっただけ、常識のある人なんだよなー、とか思ったりした。
地足法の訓練だと思うと足ネバがやけに楽しい。ネバネバとやりながら、前モモのブレーキカットに勤しむ。山道を登っているからか、足裏全体に負荷がかかり、軽く熱を帯びている。リアルだったら確実に筋肉痛だったろう。足の使い方が変化し、記憶を通じて脳に書き込まれていく過程を感じている気がした。
山頂のレイドゾーンまで、そう時間はかからなかった。
◆
ヴィルヘルム:
「到着したようだが……?」
目標の〈獅子の空中庭園〉は、切り立った断崖の合間に、遺跡が入り交じるような構造をしていた。たぶん魔法を使ってダンジョンを形成したのだろう。いや、データがあるなら、ダンジョンをデザインしただけか。辺りは飛行系モンスターが辺りを飛び回っている。飛行規制だった。たぶんガーゴイルと、巨大コウモリ。コウモリの方はバンパイア・バットの可能性が高い。
オスカー:
「やっぱり、今度も難易度が高そうだ」
葵:
『だぁね。定番パターンとしては、外した魔法弾で別の飛行モンスターがリンク、とかだ(笑)』
シュウト:
「そのよくあるやつ、ぜんぜん笑えないんですけど……」
弓を扱う自分も例外ではない。レギオンレイドでそれをやらかすと、全滅の危機を演出してしまいそうだ。いや、レギオンレイドじゃなくても全滅の危機になるけど。
ジン:
「そんなんはともかく、……中には入れそうか?」
現在、入り口を捜索中。もしかするともっと別の場所に入り口がある可能性もあるかもしれない。でも、レギオンレイドのコンテンツで入り口を大捜索するシナリオとか、ちょっと想像できない。したくもない。
視点カメラ状態の葵が、上空から捜索に参加し、それらしき場所を発見した。というか、封印箇所を見つけた。
ラトリ:
「たぶんここだと思うんだよねぇ」
ギヴァ:
「問題はどうやって入るかだが……」
パッと見、遺跡のある広場なのだが、ダンジョン入り口の復帰ポイントだと言われると、確かにそれっぽく感じられる。上からみるとココとしか思えないらしい。人間の視点と、ゲーム画面の視点の違いという例のアレだ。
葵:
『さてと。シュウくん、その真ん中付近に立ちたまへ』
シュウト:
「えっ? ……あっ、はい!」
事情を察して青くなる。もしかしなくても、〈四天の霊核〉が必要になる状況、その可能性が高いと判断したようだ。果たして、僕の運命やいかに……?(涙)
シュウト:
「うわっ、なんだ?」
ユフィリア:
「光ってる!」
マリー:
「やはり」
光に包まれたと思ったら、背負った矢筒が光っていた。それに遺跡が反応する。マリーと葵は遺跡に反応するリアクティブ型と言っていたが、まさにその通りの動作をして、〈獅子の空中庭園〉の入り口にあたる部分の遺跡が起動した。入り口の封印が解かれたらしい。
……というか、矢筒のままでも機能して、本当によかった。胸のつかえがひとつ取れた。かなり、ほっとした。
ヴィルヘルム:
「何か注意する点はあるだろうか? なければ、進入しよう」
ジン:
「だな。……よし、じゃあ、俺から一言。 これからレイドゾーンに進入するわけだけど、昨日から今日にかけて行った訓練のことは、すべて忘れるように」
オスカー:
「…………は?」
唐突に爆弾を投下。なんかあると思ったんだよね。コレだったのか。納得であります。
バリー:
「えっ、ちょっと待って、えっ、忘れるの?」
ウォルター:
「なに言ってやがんだ、忘れろだと?」
ジン:
「そうだ。全部忘れろ。頭を切り替えるんだよ。忘れてレイドに集中しろ。これも訓練みたいなもんだし、てか訓練ではなく実戦だ」
スタナ:
「でも、だからって、忘れろってどういうこと???」
ジン:
「……最初に約束しただろ。レイドのコンビネーションは変えないって。それに戦場に持ち込めるのは身についたものだけだ、とも言っておいたはずだ」
スターク:
「確かに言ってたよね、ハハハ(苦笑)」←意外と平気
ジン:
「それともなんだ? 足ネバとかやりながら、お前らが戦えるとでも? ……さ、行くぞ」
ネイサン:
「ちょっと待って! 5分だけ! 5分だけ待ってよ!?」
ジン:
「……うーん。やっぱダメだな。戦いは基本的に待ってくれない。こっちが用意できるまでとか、甘え以外の何物でもない」
それだけいうと、入り口に向かった。僕らに動揺とかはないので、ついて行くだけだ。この程度でアタフタしていたら、お話にならない。
ギヴァ:
「キャンプを出た時に、準備なら終えているはずだ」
ミゲル:
「あとは歩きながらなんとかしろ」
ヴィルヘルム:
「さ、行こう!」
〈スイス衛兵隊〉側もなかなかにスパルタ方針の気がしないでもない。
オスカー:
「このままじゃ不味い。みんな落ち着こう。いつも通りでいいんだ」
バリー:
「ジンたちのチームが先行するから、戦闘開始まではまだ時間がある」
ヒルティー:
「我々はレイドを攻略しに来たんだ。普段の実力を出せばいい」
必死で建て直しを図っている。そんな声を楽しく耳にしながら、遺跡の入り口から進入を開始。
◆
ジン:
「チッ、縦にも広いのかよ」
天井の高さにジンが舌打ちした。
〈守護戦士〉のような戦士職を『壁役』と呼ぶように、前方からの敵に対して壁となって味方を守る役割を担っている。しかし、こうした天井の高いゾーン構成では飛行系モンスターが自由に飛び回ることができる。壁役の上を自由に飛び越えてくる敵は厄介だ。タンクの防御力を活かすのが難しくなる。
石垣のように積み上げられた石の壁は、このダンジョンが人工物であることを示している。人工物と言っても、人間が作った設定なのかは分からない。こうしたダンジョンの『文明度』の違いは、出てくるモンスターの指標になっている。違和感のあるモンスターは出現しにくいからだ。
96人が歩く雑多な音をさせながら、僕らは奥へと進んでいった。
ユフィリア:
「骨……?」
ユフィリアが見つけたのは、巨大な蛇のようなものの骨だった。バラバラになっている。完全に真新しいゾーンだろうに、ここで戦闘があった設定なのか、単なるオブジェクトなのか区別しにくい。
なぜそんなものに興味を抱いたのか、近づこうとするのをジンが止める。
ジン:
「待て、生きてるぞ!」
ニキータ:
「セットアップ!」
素早くジンが前に回り込んでガードの態勢に。ニキータが戦闘準備を呼びかける。ジンの斜め後方から、矢を準備した態勢で様子をうかがう。
バラバラだった蛇?の骨が不自然に浮き上がり、繋がっていく。生きているかのようにウネっている。全体をみると、壁から首だけ生やした状態だ。瞳には炎が揺らいでいる。アンデッドか、魔法生命体か。ステータスを読もうとしたところで葵から情報があった。
葵:
『あー、こりゃアレだ。3WAYぐらいの火炎弾くるから、ジャンプして回避ね』
ジン:
「なんの話だ」
説明の通りに火炎弾が吐き出されたのだが、3方向どころではなかった。ランダムに機関銃をバラまく様な攻撃が繰り出される。ジンなら余裕で避けられるだろうに、ここは敢えてガード。96人を背負っているので、被害を抑える役に回っている。威力が高いのか、ずるずると後退。
ジン:
「くっそ、……ユフィ!?」
ユフィリア:
「大丈夫っ!」
ユフィリアなら自分でちゃんと避けられるのだが、分かっていても確認するのだろう。たぶん今後もこの手のことが起こるからだ。
蛇の化け物?みたいなものは、一通り火を吐き出して満足したのか、攻撃を停止していた。普通に考えればリキャスト・タイムだろう。だとすれば、このチャンスを逃すべきではないが……。
リコ:
「ちょっとぉ、危ないなぁ!」
シュウト:
「何なんですか、これ?」
葵:
『ギミックだと思う。〈魔導砲台〉みたいなもんかな? 原作リスペクトっしょ。好感度高いね~』
リディア:
「原作って?」
葵:
『悪魔城ドラキュラ。……ファミコンの』
ジン:
「2D横スクロールじゃねーんだぞ!?」
石丸:
「原作だと名前は『ホワイトドラゴン』っスね」
葵:
『首がぬるぬる動くから銃口補正高めかも? 命中判定が頭にしかない可能性アリ。近接攻撃も気をつけて~』
そうして喋ったりしていても攻撃してこなかった。距離で判定して自動攻撃してくるならギミックの可能性が高い。
ギミックには意思がないため、ヘイトが発生しない。……ということは、ジンがカバーリングしようにも、ヘイト・コントロールで自分を狙わせることができない。近づけば、誰彼かまわず狙ってくる、ということだ。
ヴィルヘルム:
「位置が悪い。排除するしかないだろう」
ラトリ:
「砲台って魔法防御高めなんだよね~」
〈白骨竜砲〉と戦闘開始。反応外から魔法攻撃で狙撃するものの、ぐりぐり動いて避けながら、反撃の火炎弾がまき散らされる。攻撃に反応して反撃する機能もあるようだ。
しばらく攻撃を続けるものの、HPゲージが一向に減っていかない。
ウォルター:
「おい、当たってねぇーぞ!」
リア:
「首が避けるから」
バリー:
「なんか、やたら強いんだけど……?」
射線を切れるポジションも、遮蔽物もない。そのためタンクのジン達が防戦に回って動けずにいた。
レオン:
「どうする。このままだと埒が明かないぞ?」
ベアトリクス:
「私が行こうか?」
葵:
『うーんと、別案を先に試してみようか。攻撃やめて~』
ヴィルヘルム:
「攻撃中止!」
アクア:
「中止よ、攻撃を中止しなさい!」
しばらく火炎弾が続いたが、どうにか〈白骨竜砲〉側の停止。
ダンジョンに静寂が戻ってくる。一息ついて、周りを見て思った。石畳に石壁なのは、火炎弾が撒き散らされても平気なようにしてあるのかもしれない、と。
ジン:
「……で、どうすんだ。俺が行くのか?」
葵:
『一番ラクな方法で行こう。ギミックなんだし、停止させちゃおう』
ギミックはだいたい解除すれば無害化できるようになっている。
タクト:
「だとして、どうやって接近すれば?」
葵:
『シュウ君がいるじゃん。……さ、主役の出番だ!』
シュウト:
「さっき一番ラクって。僕はぜんぜん楽じゃない気がするんですけど?」
葵:
『気のせい、気のせい』
ジン:
「よし、気のせいだ。行ってこい」
シュウト:
「……はい」
抵抗してもどうせ無駄なので止めておいた。
レギオンレイドの96人すら足止めしてのけるギミックを、僕1人で処理してこいとか言うのだから、正直たまったもんじゃない。爆弾処理班の人とかこんな気分なのだろうか……?
シュウト:
「ふぅ~っ。行きます……!」
〈消失〉!とか掛け声と共に発動できるほど習熟していない。ただひたすら丁寧に呼吸を繰り返していくだけだった。やがて手足が消えたのをそうっと確認してから、呼吸が乱れないようにゆっくりと歩いて近づいていく。距離が遠い。ぎりぎりまで近づいてから発動させるべきだったか?なんて思ったりもしたけれど、後の祭りだ。
レオン:
「……あの技は?」
葵:
『〈消失〉。完全特技の分類。ステルス・インビジ系最強の口伝技だよ』
英命:
「世界そのものからの消失、ですね」
スタナ:
「凄い……」
反応しても良さそうな距離に入っている。たぶん〈消失〉が利いているのだろう。だがまだ安心はできない。間合いに入っても、首が動くなら近接攻撃や、至近距離で砲撃してくる可能性だってある。油断して至近距離で蜂の巣にされたら、いきなりロストだ。まぁ、復帰までの距離は近いけど。
シュウト:
(自分に向けて砲撃は、できないよね……?)
ギリギリ安全な範囲みたいなものがあると思いたい。どちらにせよ、至近距離でギミックを観察しなければならない。どうやって解除すればいいのだろう? 何かあるとしたら、頭のところか、もしくは壁とくっついている部分なのだが。
シュウト:
(うーんと、頭にしか判定がないって言ってたから……)
手を伸ばして、頭のパーツを首からひっぺがす。あっさりと停止し、空中でのたくっていた首の骨パーツがバラバラと勝手に床に落ちていた。
この頭パーツから手を放すと、あっという間に元通りになるのだろうか?とか考えて、つまらないことはしないでおこうと思った。
シュウト:
「巧くいったと思いまーす!」
緊張していた割に、のんびりした声が出た。咳をして誤魔化そうか一瞬だけ悩む。
葵:
『でかした! ナイス、シュウ君』
ヴィルヘルム:
「ああ、……見事だ」
シュウト:
「えっと、どうも」
褒められると照れくさい気分になる。損害を確認して、リカバリーを済ませると、僕らは奥へと進んでいった。僕は手にもっているこの頭パーツをどうしよう?と考えていた。




