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203  宇宙の雫

 

 ペア背モゾ、そしてペア腰モゾまで行った。夕飯まではまだまだ時間がある。残り3時間半~4時間ぐらいか。午後の訓練ははじまったばかりだ。


ジン:

「こうした方法を使えば、横にならなくてもある程度まで立位依存や自律拘束を弱めることが可能だ。ペアにならなくても、壁なんかにもたれかかるのでもいい。……ここだと壁が足りないけどな」


 ゾーン出入り口の社はそこそこの大きさがあるとはいえ、とても96人がもたれ掛かるスペースはない。社の反対側にはジンの目も届かないことが理由としてあるのだろう。


オスカー:

「あの、ごめん」

ジン:

「なんだ、どうかしたか?」

オスカー:

「さっきのことだけど。ちゃんとやり方があるのに出しゃばったことしたかなって」

ジン:

「別に構わないと言ったハズだが?」

オスカー:

「そうなんだけど……」

ジン:

「なんだよ、どうして欲しいんだ?」

オスカー:

「怒らなくていいの?」

ジン:

「あぁん? 面倒くせぇなー。……俺の立場はこうだ。ともかく速成しなきゃならん。なので俺の言うことに従わせる必要がある。だからお前らに口を出せる訳にはいかない。それはなぜか? お前らのこれまでの常識では成長できないからだ」

ネイサン:

「ごもっとも」

ジン:

「今は俺の常識にシフトさせなきゃならない。お前たちの判断にゆだねるわけにはいかない。ダメなものはダメだ。だが俺の常識の範囲でなら、イチイチ怒る理由はない。試行錯誤も必要だろう。目的はゆるみ度を高めることだ。精神的に束縛することじゃない。そんなことをすれば、ゆるみ度は下がるだけだ」

葵:

『わかりにくいかもだけど、今はちょこっと我慢する時間ってことだよ』

オスカー:

「わかった。ありがとう」

ジン:

「じゃあ、続けるぞ」


 逆にいえば、ゆるみ度を下げようとする行為には、遠慮なく精神的に束縛するという宣言だった。結果的にはプラスにしかならないけれど、違いが分かるのはそれなりに先の話だったりする。


ジン:

「次は統一棒を使った訓練をする。順序・機序としては、脱力の訓練をしたから、次は最小の力で立つ訓練ってわけだ」


 まだ統一棒の本数に限りがあるので、四角い社の側面と裏面の2面だけ使って、数人ずつ交代で統一棒の訓練をすることになった。


ジン:

「靴はかならず脱ぐように!」


 そうして素早く準備を行う。


ジン:

「ゆっくりしゃがんだら、交差してるポイントに力をかけるように~、程良い力加減でスゥーっと立つ。立ち上がってもそのまま維持して~、スゥーを維持! もっと脱力しながら~、もっと脱力して~、スゥーだ」


 5秒ほどスゥーを維持させてから、またしゃがんでを繰り返す。


ユフィリア:

「ねぇねぇ、ジンさんの統一棒、出して?」

ジン:

「ダメ」

ユフィリア:

「わたしにも使わせてほしいなって」

ジン:

「ダメ」

ユフィリア:

「数が足りないんでしょ? ほかの人には貸さないから」

ジン:

「嘘つけ。お前1人で済むわけないだろ。ダーメ」

ユフィリア:

「そんなことないもん。大丈夫!」

ヴィオラート:

「ジン様。わたくしもお借りしたいのですが!」

ジン:

「あれれー? ユフィは自分だけ使うって言ってたぞ?」

ヴィオラート:

「……そうなのですか?」

ユフィリア:

「え、えーっ? ……ふ、ふたりだけ! 2人だけだから!」

ジン:

「やっぱそうなんじゃねーか。はい、ダメー」

ユフィリア:

「けちー、けちんぼっ!」


 ユフィリア相手なのでポーカーフェイスの維持は無理らしく、ほっぺはニヤついていた。それでもダメと言って要求はシャットアウトしていた。……ジン専用統一棒はそんなに凄いのだろうか。それとも初心者には使いこなせないような難易度の高い代物なのだろうか? けっこう気になる。


ジン:

「よーし、脱力&拘束解除に戻るぞ~。今度は『魚クネ』だ。やり方は、クネクネといいながら、背骨を中心に左右にクネらせる」


 ジンが例題として後ろを向いてクネクネと背中をクネらせている。これが本式のゆる体操に一番近い運動だろう。


ジン:

「はい、やるぞー。背骨が、水の中を泳ぐように~、クネ、クネ、クネ、クネ~。魚が泳ぐように~、クネ、クネ、クネ、クネ~」


 ひたすら左右にクネクネを続けていく。そしてエンジョイ&リラックスを間に挟んで、いるかクネに移行した。


ジン:

「次は、前後にクネクネさせていくぞ~。イルカのように、クネ、クネ、クネ、クネ~」


 ひたすら前後にクネクネを続けていく。前後の方が少し難易度が高いかもしれない。


ジン:

「魚クネ、いるかクネ、どっちかに得意や苦手があるかもしれないが、どっちも苦手意識がなくなるように。同じぐらい上達するように。こうした波動運動は上達していくと威力に変換できるようになるが、練習では決して激しくやらないように。柔らかく、気持ちよく。……じゃあ、統一棒に戻るぞ~」


 統一棒の待ち時間にクネクネさせつつ、スゥーで立つ訓練を繰り返す。クネクネ専用時間は作らず、待ち時間だけクネクネさせて、統一棒を10セットやることになった。


 統一棒5セット目ぐらいで、だんだんと脳疲労状態のメンバーが出始めた。低負荷で疲れない訓練だからといって、疲労しないというものではない。というか、むしろ脳を狙い撃ちにしているかのような練習メニューだったりする。普段からこうした訓練を続けている僕らはまだまだ平気だが、理解できない疲労に困惑する〈スイス衛兵隊〉メンバーだった。


ジン:

「じゃあ、休憩をかねて、大脳ジャブジャブをやるぞー」

バリー:

「大脳ジャブジャブ?」

ジン:

「エンジョーイ!の要領だ。少し応用する感じで~。谷川の、清らかで冷たい水をイメージして~。脳をジャブジャブと洗うように、かる~くゆすって、はい、ジャブジャブ、ジャブジャブ」

シュウト:

「ジャブジャブ」

ユフィリア:

「ジャブジャブ」

ジン:

「下向いて、疲れと一緒に流していくぞ。はい、ザーーッ。そして水を切るように、プルプルプル~」

ユフィリア:

「プルプルプル~♪」

ジン:

「気持ちいい水で~。ジャブジャブ、ジャブジャブ。下向いて、ザーッ、プルプルプル~」

ユフィリア:

「プルプルプル~。ウフフフフ!」

ジン:

「もう1回、ジャブジャブ……」


 確実にユフィリアのお気に入りになったな、と思った。プルプル言いたいだけだろうけど。


ヒルティー:

「少し楽になった気がするな」

スタナ:

「これは普段から使えるかも?」


ジン:

「よーし、少し休みも入れるか。……甘いのってなんかねーの?」

ロッセラ:

「出せる!」

ミゲル:

「ティータイムだな。任せてくれ」

ジン:

「いいねぇ~。よろしく」


 奇抜な練習だろうに、みんなよくついて来ているなぁ、と思う。

 この隙にいろいろと質問したいのだが、矢筒関連で怒らせてしまったので、もう少し間をおくことにした。質問できないマイナスは大きい。


 ティータイムと言っていたので紅茶だろうと思っていたが、出されたのはしっとりしたチョコレート菓子とホットコーヒーの組み合わせだった。これはこれですばらしいものだ。

 甘いものが入ると効果はてきめんで、みんな笑顔で幸せを満喫することができた。


ヴィルヘルム:

「頃合いだろう。練習を再開しよう」


 〈冒険者〉の回復力の高さもあり、30分強の休憩を経て、再び統一棒へ。残り5セットをやり直すことにした。クネクネして、統一棒。クネクネして、統一棒。


ジン:

「では次。中心軸の形成とその確認を行っていく。中心軸はそのままで体を動かしてズラす運動だ」


 ジンが実例係のようで、前に立った。


ジン:

「統一棒でやっているのと同じく、脱力して、スゥーっと立つ」


 立った状態でのスゥーを何度も何度も練習したので、意味は分かる。


ジン:

「では体をゆるめて~。2~3歩あるいてー、クルン!と回転する」


 普通に歩いてから、ダンサーがやるように、ただクルッと軸回転(スピン)していた。


ジン:

「スゥーっとした軸の感覚がブレないように、綺麗に回ってみよう。さ、やってみろ」


 ここでしばらく「スゥー、クルン!」を繰り返し練習する。スゥーの感覚を掴むのに、統一棒に戻っていいと言われたので、何人も統一棒に戻って練習を繰り返した。やり方は参加者に委ねられた。互いに意見を言い合うように指示され、できている、できていないを評価しながらの訓練になる。

 スゥーで歩いて、クルン!で軸がブレないように綺麗に回転させていく。軸と体の無意識な癒着をはがすような訓練である。軸回転は効果的な練習メニューだと思う。正面を向いている時には軸があっても、横を向いた途端に消えそうな不安がある。軸回転を繰り返すことで、軸が在り続ける感覚を強化できるようだ。


ジン:

「よし、では最初の訓練に戻るぞ。……足ネバだ」


 みんなそこはかとなく、自信のありそうな顔つきをしている。この一日の訓練で何かを掴んだという感触を得ているのかもしれない。……大甘とだけ言っておこう。ジン語でいう『はちみつあんこシロップ』である。


ジン:

「しかしだ。ただ同じことをやったんじゃ面白くないだろう? 飽きちゃうよな?」

ネイサン:

「いやぁ~、そんなことは、無いんじゃないかな?」

ジン:

「おいおい、遠慮するなよ。こんな簡単なのじゃ上達できないって言ってたじゃないか。納得いきません、みたいな」にっっっこり

スタナ:

「あの時は、そう思ったというだけで……」


 たった午前中の話なのだが、みんな負荷がそれなりの量で掛かっている。連続で新しいことに挑戦した後なのだ。感覚的には2~3日前の話に感じていてもおかしくない。初心者の、しかも初日の訓練としてみれば、もう限界付近まで積み上がっている。


ジン:

「なに、心配するな。本来の難易度に戻すだけだから。では、中心軸を立てた状態で、足ネバを行ってもらいます。……分かってると思うけど、一歩も動かないわけだから、中心軸はその場から1ミリもズレません」

スターク:

「うひぃ~っ!」


 スタークがその難易度を察して悲鳴を上げた。分かってくると、ああなるよね(笑)


ジン:

「まぁ、楽しようと思えば楽できるんだけど。……まさかね。〈スイス衛兵隊〉のエリート様が、手抜きとか? そんなのするはずがないわな」

アクア:

「当然よ、手抜きだなんて、絶対にするハズないわ」

レオン:

「彼らは誇り高きレイダーだ」うんうん

ベアトリクス:

「なにしろ尊敬すべき『西欧最強ギルド』だからな」うんうん


 ここぞとばかりに思い切りハードル上げまくる人たちがいる。すばらしいコンビネーションだ。


オスカー:

「みんなして、そういうことするんだ?」

ネイサン:

「手抜きなんて、するはずないじゃないさ」ヒクヒク

ウォルター:

「や、やってやらぁ!」


 にんまりと笑って、ジンが死刑を宣告する。


ジン:

「よし、そうこなくちゃな。じゃあスキルフル・バージョンの足ネバだ。楽しんで行こう。まず脱力から~、抜いて~、抜いて~。ほれ、中心軸を忘れるな」


オディア:

「む、むずかしい……」

ブルーノ:

「ダメだ、どうしても左右にブレてしまう!」

ハイナル:

「こんなこと、本当に可能なのか?」

ジン:

「……じゃあ見ておけ。体は動いても、軸は動かさないようにするんだ」


 そうしてジンがその場歩きを見せる。朝やったことを、そのまま同じに。


ヴィルヘルム:

「……確かに、軸は動いていないように感じる」

オスカー:

「わずかな違いなんだろうけど、違うってことはわかるよ」

スタナ:

「不可能ではないってことね……」


 僕の目には軸が光っていて、まるでブレていないのが見える。そこまでは見えていないのだろう。しかし、基本的な観察力が高いからか、自分の動きとの違うことと比較して、なんとなく『違いが分かる』というところまで来ている人が何人もいる。さすが〈スイス衛兵隊〉。エリートだからとバカにしたものではなさそうだ。


ジン:

「お前らはこの程度のことを難しいと言っているが、その場歩きでできないことは、歩いてできないし、走ってもできない。ということは? 当然、戦闘中もできない。もう一度、目的に戻ろう。なぜ、中心軸が必要なのか? そう、ゆるみ度を高めるためだ。立位依存と自律拘束が強くかかった状態だと人間はゆるむことはできない。ゆるみ度を高めるためには、脱力状態と、中心軸による統一状態の両方が同時に必要だ」


 本来の足ネバは、前段でやったクルン!と同じで、中心軸と体をズラす運動を、全時間で行うものだった。軸とのズレ運動は、中心軸を強く形成する効果があるからだろう。


 しかし、その難易度、さらに必要となる集中力は文字通りに桁が違った。ようやく慣れ始めたばかりの意識操作鍛錬で、この難易度はさすがに死屍累々となるものだった。

 訓練を終えた時、〈スイス衛兵隊〉は当然のように大半が脳疲労でパンクした状態に陥った。〈カトレヤ〉組からも数人の脱落者が出た。第1パーティーの脱落者はもちろんゼロだ。(タクトとは鍛え方が違うのだと言っておこう)

 でも逆からいえば、パンクするぐらいの方が、後で成長を実感できるという意味はあるかもしれない。


 そんなこんなで午後の鍛錬を終えて、夕食へ。







 夕食にしようとしたところで、問題発生。レイドメンバーの大半が食欲もなく、寝たいと言っていたし、寝た。料理班も機能しておらず、料理班長もロッセラ・ジュディス・バジーリオがダウン。ミゲルは動けるものの、さすがに眠そうにしている、という具合だった。


レイシン:

「どうしよっか?」

ジン:

「いや、夜の訓練もやるから。叩き起こして全員にメシを食わせよう。簡単なのでいいんだけど、100人分、頼めるか?」


 ジンに容赦とかの概念は無かった。ナチュラルに鬼である。


レイシン:

「それだとアレだね。炊き出しみたいなのでもいい?」

ジン:

「もちろん。たまにシンプルなのだって、いいものだ」

レイシン:

「りょうか~い」


 お茶漬けが食べたい日もある、ということだろう。


ユフィリア:

「おにぎりにする? 私、がんばれるよ!」

ジン:

「それはみんなにお任せだ。楽しみにしている」

ユフィリア:

「うんっ!」

レイシン:

「あ、そうだ。ちょっと手伝って貰ってもいいかな?」

ジン:

「おう。別にいいけど、……難しいのはパスだぞ?」


 ミゲルと打ち合わせをして、具多めのスープとライスボール(おにぎり)で行くことに決まった。スープの味付けはミゲルの担当になり、ユフィリアがおにぎりを握る係だ。和洋折衷のバランス・舵取りはレイシンのお仕事である。

 〈新妻のエプロン〉を装着したジンはというと、スープをかき混ぜる担当だった。その姿をひと目みれば、レイシンの狙いは丸わかりだ。鍋の前に立ち、ぼーっとしながら、ぐるぐるとかき混ぜているのだが……。天地を貫く中心軸が煌々と輝いている。なんとも果てしない光景だった。


 スープ自体はミゲルが味付けしているのだから美味しいに決まっている。その状態でジンが混ぜ混ぜして大宇宙の気や大地のパワーやらのアレコレをこれでもかと注ぎ込んでいる。ただ事ではない。尋常な状況であるはずがない。あれはもはや『宇宙の雫』的な何かのはずだ。竜の魔力(ドラゴンフォース)とかどうなっちゃうんだろう……。

 自然とよだれを飲み込み、ノドがゴクリと鳴った。早く味わってみたい。ひたすらに楽しみで仕方なかったけれど、ちょっぴり怖いような気もしてしまう。アレを飲んで脳がパンクして爆死したとしても、それはそれで本望だろう。


シュウト:

(矢筒は背負っておこう、そうしよう……)


 味が分かるとも思えないが、僕が美味しいと思う感情は共有できるかもしれない。万が一、ダメダメだったとしても、それはそれで道連れが必要だ。

 実際のところ、そうした心配は杞憂だった。


ジン:

「さぁ、食え!」

ネイサン:

「量が多いよ~、この半分でいいんだけど……」どんより

オスカー:

「食欲が、わかない……」どよどよ


 スープとオニギリだけなので、量としてはかなり控えめなのだが、それでも多すぎると感じる人が大半だった。頭が重くて、眠りに逃げたいのだ。何度も経験しているので、その気持ちは理解できる。


ヴィルヘルム:

「明日はレイドだ。こうした食事も準備の内だろう。感謝し、味わっていただこう」


 ヴィルヘルムは意外というか、さすがというか、まだ平気そうだ。リーダーの発言には嫌と言いにくいのか、仕方なさそうな様子でスプーンを手に取り、いやいやのしぶしぶで僅かな量のスープを口元に運ぶ。


ネイサン:

「んっ!?」


 まるで倒し終わったドミノが、立ち上がって逆方向に倒れ直すかのようだった。飛び上がるようにして座り直すと、スープ皿につかみかかる。

 結果はわかりきっていた。僕もスープを口に運ぶ。……泣きそうなほど、素晴らしかった。身にしみる。五臓六腑が喜びで満たされる。細胞が活気づくのが分かる。命が輝いている。


ネイサン:

「お、おっ、おいしいっっ!!!」

オスカー:

「なんだこれ? いったい何なんだ!?」

ヒルティー:

「信じられん、旨すぎるっ!」


 邪魔くさそうにスプーンを置くと、皿を持ち上げ、口から流し込むように飲む強者まで現れた。それも見て、幾人もが真似をする。


ウォルター:

「おい、皿で飲む方がもっと旨いぞ!」

ギャン:

「これはヤバいだろ!」

ラトリ:

「あー、永遠に飲んでいたい……」


 ユフィリアの握ったオニギリを掴み、もぐもぐと食べ始める。そうした勢いはまったく止まらなかった。


シグムント:

「ヤバい、腹が減ってきた」

オリヴァー:

「食欲がなかったのが嘘のようだ」


 復活したロッセラたちが料理を作りに行き、今日ばかりはみんなで同じものを食べるパーティーみたいになった。例のスープはおかわりを求める人々が殺到し、見事に瞬殺されてしまった。


葵:

『すんげーな、あたしも飲んでみたかった!』

ミゲル:

「確かに信じられないぐらい美味いんだが、アレは俺の味付けとは違っていたな」

レイシン:

「そうなんだ?」

ミゲル:

「うむ。全体的に格段になめらかになり、均一?になったような……」

ジン:

「それって、俺が混ぜ過ぎたってことか……!?」

シュウト:

「でも、美味しければいいんじゃ?」


 やりすぎちゃったか?とジンが驚いていると、葵が納得の声を上げた。


葵:

『あー、だから普通なのかー』

ユフィリア:

「葵さん? どういうこと?」

葵:

『うーんとね、顔でいうと、目とか鼻、口があってデコボコしてるから個性的なんだよ。ジンぷーはぐるぐる混ぜて、のっぺらぼうにしちゃったんだね』

ジン:

「チャーハンの話だろ? つまり無個性化の作用があるってことか」

葵:

『たぶんね。理由は分かんないけど、たぶん〈エプロン〉の調理スキルじゃ、そうなっちゃうんじゃないかな?』

レイシン:

「そっかー。……じゃあ、疲れてる時だけにしよっか?」

ジン:

「だなー」


 疲労度が高くて脳がパンパンの時は神クラスに美味しいけど、疲れていないと無個性な普通味……。残念ながら、次に味わえるのはいつの機会になるのやら。


オスカー:

「アクア、1曲頼めるかな?」

アクア:

「あら、たった1曲でいいの?」

ネイサン:

「じゃあ、いっぱい!」


 オスカーがアクアに歌をリクエストしたらしい。鷹揚にOKしたようで、立ち上がると歌い始めた。何曲か歌っていたが、特にマイケル・ジャクソンは盛り上がったと証言しておこう。何人か踊り始めたりしていた。彼らは彼らのやり方で、ゆるむことを知っているのだと思った。

 そうしてしばらく、愉快な、楽しい時間を堪能できた。



ジン:

「さぁ、もう十分に楽しんだだろう? 夜の訓練の時間だ。だが、体調を鑑みて自主練にする。自主練だが、科目は指定するからな。『寝ゆる』だ」


 やり方を見せるという役で僕が前に。テーブルの上で横になった。ちょっと(かなり?)お行儀が悪いけれど、こればかりは仕方がない。


ジン:

「ちょっと腹をまくっとけ。……横からみると分かりやすいんだが、こうして仰向けで寝転がると、腰の背骨部分が床に触れずに浮いてしまっているだろ? 『ペア腰モゾ』でやった時のように、腰を密着させて刺激したいわけだ。それには、どうするかというと、膝を立ててやればいい」

オスカー:

「なるほどね~」


 ジンの指示で膝を立てる。腰の形状が変化し、密着感が生まれる。大事な部分なので丁寧に。膝を立てないと変な違和感が生まれたりしやすい。


ジン:

「この状態で腰を軽く床面に擦り付けるのが『腰モゾ』。さらに、立てた膝の上に、ふくらはぎを乗せ、足の重みで膝にこすり付けるのが、『膝コゾ』だ」


 実例係なので、腰モゾと膝コゾを実例としてやってみせた。


ジン:

「コツは、全身、特に肩の力を抜くこと、そしてモモ前の筋肉から力を抜くようにしてコゾコゾと動かすこと。……疲労が激しい場合は、『首モゾ』や『後脳ゴロゴロ』を試してみるように」


 首の力を抜きながら、首をモゾモゾと動かす『首モゾ』

 ほとんど変わらないけれど、頭蓋骨と床との接点でゴロゴロと優しく転がす『後脳ゴロゴロ』とやり方を教わりながら、みせていく。決して強くやってはいけないと繰り返し注意するジンだった。


ジン:

「オススメは『膝コゾ』だな。形式としても血栓をこさえるエコノミークラス症候群を逆転させたものになる。血液循環の改善は、生活習慣病の撃退に加え、代謝活性化の根幹をなすものだ。しかも脱力して行えば、柔らかい振動が脳幹まで刺激し、中心軸の形成を促してくれるだろう。

 これらを寝床で10分以上~1時間以下で行うように。疲れを残さないのも訓練だ。やりすぎるなよ? ……以上、解散!」


 どうやら鬼はひっこめたようだ。どちらにしても寝ゆるは場所を必要とする。このキャンプ地点だと寝床でしかできないので、夜に指導すると決めていたのだろう。

 ジンが疲労回復を優先させたことで、レイド攻略が再開されたのを感じた。と同時に、レイドのプレッシャーも戻ってきた。逆にいえば、今の今までプレッシャーを忘れていたということだ。休息日として楽はさせてもらえなかったが、これはこれで感謝すべき話だろう。



 この日は寝る前にもう一つイベントがあった。お風呂である。


シュウト:

(さすがに矢筒は外して入らないとね)


 巨大化した水球に身を投じる。軽く足をバタつかせて泳ぎ、中心付近の無重力っぽい部分を目指す。


シュウト:

(水の、クオリティ……!)


 トロトロでも、ネバネバでもない。水独自の在り様、存在感。

 どこまでも柔らかく心地好いのに、まったく同時に重い抵抗も存在している。粘りとも違う、こうした圧力感が達人のステージなのか?と想像してみる。


シュウト:

(イメージしても意味ないか)


 ごく身近にありふれて存在しているもののはずなのに、どこか遠い。今、この瞬間、その水の中で漂っているのにちゃんと記憶できないというような。それが身体意識レベルでの実現度が低いせいだと気が付く。水をまるで理解できていなかった。実感として、体感として、動きとして、何よりも身体意識として理解できていない。

 そうして、ようやくスタート地点に到達したことを知った。『知っているつもり』というマイナスから、『何も知らない』というゼロ地点へ。


シュウト:

(でも、3日で終わるものに、10年かけちゃダメなんだ)


 ニキータのおかげで、毎日お風呂に入れる環境にいるのだ。毎日、少しずつでもいい、噛みついてでも習い・覚えてやろうと決める。


シュウト:

(…………)


 なんとなくガブッと噛みついてみる。口の中にお湯の感触がした。







マリー:

「後脳ゴロゴロ、最高だった」


 翌朝(といっても月夜のままだが)、朝食待ちの時間帯にマリーがやってくる。いつもの平坦な声色は変わらずだが、どうやら気に入ったらしい。


ジン:

「オー、お前やっぱそっち系か。アレいいよなー。上手くなってくると、目の奥の方の疲れも抜けるんだぜ」

マリー:

「もっと知りたい。もっと教えて欲しい」

ジン:

「わーったわーった。まぁ、いろいろつまみ食いするより、お気に入りのひとつ上達した方がいいんだがなー」

マリー:

「うーん。それなら新しいのはまた今度にする」

ジン:

「そうか? まぁ、だいたいゴロゴロさせる感じだけどな」

マリー:

「わかった」


 今の短い会話で、さらに頭良くなるんだろうか。いや、なるだろうなー、とか思ったりしながら聞いていた。後脳ゴロゴロ、僕もやりこむべきだろうか……?


 朝食後、レイド出発前に疲れない程度に短く朝練を行うことに。


ジン:

「ハラヘっこまして~、引き上げて~、ハイ、モモ上げ~。前モモは脱力させて~。いいぞ、その調子だ」


 男女で組を分け、腸腰筋の訓練女子メインで指導して行く。足ネバではなく、モモ上げ訓練だった。


ネイサン:

「ちょっとちょっと、なんか女子だけ贔屓してない?」

ジン:

「無論、贔屓するとも。いいか? 基本的に女子の足を太くさせないためには、(1)運動をさせない。(2)徹底した管理教育。……のどちらかしかない。その点、男の足が太くてもどうでもいい話だからな!」

ヒルティー:

「ふぅむ。これは賛同するしかなさそうだ」

ラトリ:

「ちょっとちょっとぉ~(苦笑)」


 女子の足を太くしない組合だか委員会だかの活動だろう。実際、〈カトレヤ〉でもユフィリア&ニキータを中心に、意味不明なまでの情熱でもって指導していた。筋肉が付かないのだから〈冒険者〉の足が太くなることはありえない。つまり、現実世界に帰った後のことを考えていて、足が太くなるような癖を付けないようにするための活動なのだ。


ジン:

「骨を使って~、体重は骨で支えて~、筋肉も筋力も、一切合切使わないつもりで~。つま先立ちとかスーパー論外っ! 使っていいのはモモ裏の上半分だけ! おまけで内転筋群を少々。モモ上げする時、モモ前、ヒザ付近の筋肉は完っ璧に使わないように! これをやるには腸腰筋を使う必要がありまーす。はい、ハラへっこまして~、引き上げて~、モモ上げ~、足が軽くあがりまーす」

スタナ:

「足を太くしたくないのはわかったけど、それで弱くなったら意味がないと思うのだけど?」

ジン:

「罠に突撃する自爆女の意見とかどーでもいいでーす」

スタナ:

「うぐっ」

ジン:

「バスケの神様ことマイケル・ジョーダンのふくらはぎはめっちゃ細い。はい、論破」

スタナ:

「だって、それだけじゃわからないでしょう?」

ジン:

「そうは言っても、脚部運動半径の問題だから。ヒザから下なのと、股関節から下なのかの違いだ。股関節から下、脚部全体としてみた場合、ふくらはぎは運動量伝達に使う部分になってくる。なのに筋出力に使ったら? 当然、伝達効率は下がるだけだ。しかも膝下の運動半径での技術を使いたがってしまう。足全体とヒザから下だけじゃあ筋肉量、筋力、ともに比べものにならない。モモとふくらはぎで比較しても結果は同じだ。ふくらはぎを太股の代用品にしてはならない。足は太くなり、でも威力は低下し、弱くなるからだ。……はい、論破」スラスラスラスラ


 立て板に水とはこのことだ。自信たっぷりにすらすらと反論してスタナを打ちのめしてしまう。そもそも常識の変更を強要しているので、スタナの顔が赤くなっていても、容赦する気はなさそうだ。

 話の内容としては『小手先』を戒める概念を足に応用したものになっているようだ。


デジレ:

「タンクなんだけど、踏ん張らなきゃいけない時は?」

ジン:

「おう。シチュエーションごとに対処は変わるが、基本的にふくらはぎを使えば踏ん張れるというのがまず誤解だ。それは単に力を入れやすいから入れたくなるだけ。ぶつかってくる威力に対して受け止める・受け流す状況でも、メインは骨格と姿勢だ。カカトを上手く利かせること。筋力はせいぜい関節角度の固定に使うものだし、むしろショックアブソーバーのように使いたいはずだ」

デジレ:

「……勉強になりますっ!」

スタナ:

「…………」


 完全に包囲されていて、抵抗は無駄だった。というか、狙撃の態勢で待ちかまえていて、射殺する気マンマンである。

 タンクとしての実力も折り紙付きだし、話の内容はとても常識的だった。……いや、何が常識だったのか、僕の感覚はそろそろ普通を代弁できるのか怪しい。

 

 そんなこんなで朝練を終えて、レイドに向かうことに。

 今回の目標地点は、〈獅子の空中庭園〉。キャンプからみた満月を北とした時、北東方向は山岳部になっている。〈獅子の空中庭園〉は東へ向かった先にあるらしい。


ジン:

「到着までは訓練のつもりで! まず前モモの脱力だ。ブレーキをカットして楽に歩くように。慣性の法則を利用するつもりで、勢いを殺さないように。それには真下を踏むことだ。腸腰筋を忘れずに!」

ヴィルヘルム:

「では、出発するっ!」


 ヴィルヘルムの号令で出発になった。これでレイド攻略再開だ。


シュウト:

(やばい……)


 恥ずかしくて口に出せないけれど、前モモのブレーキ成分が更にカットされた。まだブレーキが残っていたとは……。もうとっくに残っていないものだとばかり。思ったよりも奥が深い。ありがたい話だけど、ちょっぴり恥ずかしい。

 〈スイス衛兵隊〉にこうした内情を知られたくないので、ポーカーフェイスを選択。神妙な顔つきで歩いていると、喜びの報告が聞こえてきた。


スタナ:

「すごく、楽! 歩いていて、頭まで軽いの!」

ネイサン:

「本当に凄いねぇ」


 ジンが手間暇かけて仕込んだ訳だから、当然といえば当然だろう。それでも、こっちまで嬉しくなってくるものらしい。人が上達したことが、なぜだか自分にとっても喜ばしく感じられる。


 だんだん景色が変化してきて、山道のようになってきた。明るすぎる月夜で、遠くまでよく見えるけれど、レイドゾーンの入り口はまだかなり先にあるらしい


葵:

『空中庭園ってんだから、山頂まで登ることになるのかもね?』

ジン:

「だな。……よーし、こっからは、『足ネバ』で歩くように!」


 脱力から足ネバに変更だ。さっそくユフィリアが楽しそうにネバネバと言い始めた。


ユフィリア:

「ネバ、ネバ、ネバ♪ ……あれっ? くっついちゃった!」


 なんのこっちゃ?と思いつつ、普段からわけのわからない人なので受け流しておいて、こちらも足ネバを始めた。


シュウト:

「ネバ、ネバ……って、ええっ?」


 足裏に強力な接着感。ビタッと張り付いてしまったかのよう。当然、そのまま普通に歩けるのだが、一歩一歩がまるで違ってしまっていた。まるで足の裏で地面をギュッと掴んでいるみたいだった。


シュウト:

(きた。これだ……!)


 上達だった。新しいスキルだろう。どんなものなのか、試すように一歩一歩と繰り返していった。

 


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