199 軍門に下れ
呪文の力でキャンプに帰還した。さっきからなにか頭が熱い。激戦を生き延びた影響、もしくは単なる恥ずかしさかもしれないが、まずやるべきことをしなければならない。矢筒を外し、その場でひっくり返した。そして中の矢をかき出していく。地面の雪の上に未使用の矢がどんどん積みあがっていった。周りが引いてても気にしない。
葵:
『いや、シュウくん。それは流石に入れすぎ(苦笑)』
シュウト:
「すみません……(恥)」
ジン:
「その矢筒、インスタントな魔法の矢を作れるんだろ? そんな予備とか要るのか?」
シュウト:
「そうなんですけど」
〈高山流水の矢筒〉はマジックバッグになっているので、凄まじい本数が入る上に、重さに影響しない。そんなことで作ってあった矢を片っ端から入れてある。矢筒が生み出す魔法の矢を使えば、少量だがMPを使う。だから万一を考えて……、というのはさすがに言い訳か。矢を少し減らしたいから持ってきている、とした方が正しい気がする(今更すぎるけど)。もうちょっと積極的に使おう。そうしよう。
そんなこんなで8000本を越える矢をぶちまけ、空になったところでキーアイテム〈四天の霊核〉を探す。……ない。出てこない。見つからない。ど、ど、ど、ど、どこへいった?
ぞっとした。 まさかなくした? 入れたつもりで実は落としてた? タルペイアに奪われたのだろうか。そういえばあっさり引き上げていた気もする。……そうしてあらゆる可能性を考えるものの、この中しか有り得ないはずなのだ。
シュウト:
「す、すみません(滝汗)」
葵:
『まー、落ち着きなって。まずそっちのマジックバッグを外して』
シュウト:
「はい」いそいそ
葵:
『そしたら矢筒を装備しなおして~。……ほい、脳内ステータスから矢筒の中を確認してみ』
マジックバッグの中身は脳内ステータスから閲覧できる。本来のマジックバッグを外したことで、矢筒の中身が見えるかも?ということらしい。
縋るような気持ちで、言われたとおりに行動する。僕はオートマティックだった。
シュウト:
「……あった! ありました!」
葵:
『じゃあ、データ的には無くなってないんだね』
ジン:
「あったのか、シュウト」
シュウト:
「ですが、ぜんぜん取り出せてないんですけど」
ステータスから呼び出して取りだそうとしても失敗する。どうなってるのかぜんぜん分からなかった。
ジン:
「さっきの戦いで勝負を決めたのはお前だ。俺が戦ったりは全部オマケだったからな。よくやってくれた。助かったぜ。……まぁ、取り出せないんなら、それはそれで連中も奪えなかったろうし、プラスに作用した結果と言えなくもない訳だ、な?」
葵:
『だね。まぁ、その後で矢筒の奪い合いになってたかもだけど』
そう言われればプラスになっている気もする。矢筒からタルペイアが取りだそうとして、ぜんぜん出てこない展開になっていた可能性もあったかもしれない。ジンの心遣いで少しだけ慰められたと思う。矢筒から出てきてくれると、もっといいんだけど。
タクト:
「でも、なんで取り出せないんですかね?」
葵:
『んー、……合体した、とか?』
リコ:
「合体って、そんなのあり得ます?」
ニキータ:
「エレメンタルゴーレムは合体したけど……」
名前的にエレメンタルゴーレムのコアだった? いや、それが矢筒から出てこない理屈ってなんだ。頭が熱い。
葵:
『モルヅァートが作ったアイテムってオーパーツだからなー。ともかく、なくなって無いんだし。……シュウくん』
シュウト:
「はい」
葵:
『ご愁傷様』
シュウト:
「それ、どういう意味ですかー!!?」(涙)
葵:
『(無視)……おーい、キーアイテムあったよー、取り出せてないけど』(笑)
ヴィルヘルム:
「そうか……。それは、何とも言い難い話だが……」
恥ずかしさで顔が赤くなっているのが分かる。緊急事態だったとはいえ、どうして矢筒になんか入れたんだろう。後悔でみもだえるとはこのことだ。なんだか頭がぼーっとする。
余計な手間が掛かったおかげで疲労度は3倍だ。……というか、今から8000本を詰め直さないといけない。
つめつめを始めたところで、ジンが宣言した。
ジン:
「まぁ、いろいろと確認したいことはあるんだが、ともかく、明日の攻略は休みにする。あ、ウチのメンバーは訓練だからそのつもりで」
スターク:
「いや、ちょっと待ってよ! あんま時間ないのに休みってどういうこと?!」
ジン:
「だからだ。……いいか、スターク。やめるならココだぞ」
スターク:
「やめるって、なにいってんの?」
葵:
『ルビコン・ポイントだーねぇ~』
僕もやめる気なんて全くなかったのだけど、いつの間にかレイドをやめるとかの話になっていた。えっとー、どうなるのだろう?
ネイサン:
「こないだ、努力する限り見捨てないって言ったよね?」
ジン:
「んなこと言ってねーよ。言質をねつ造すんなっつの(苦笑) ……まぁ、俺は俺の立場をここで変える気はないんだが、でもそれを言うと、このままじゃ到底クリアは不可能だし、そっちには引っかかるんだが」
オスカー:
「理由を訊いても?」
ジン:
「……実際のところ、お前らは完成され過ぎてる。プレイヤースキルという意味だと、伸びしろがほとんど残っていない。レベルを100まで上げたところで、ステータスが少し高くなって、でもそれだけだ。かといって、口伝みたいシステム外スキルは運とか思いつきの話だから、計画的に取得できるものでもない」
残酷な宣告なようでいて、優しさの気もする話だった。なぜなら、それだと1日休みにする必要がない。ここで終わりとジンはまだ言っていないではないか。
スターク:
「なんだ、そんなこと? 日本でやったレイドみたく、ジンが訓練してくれればいいだけだよね?」
ジン:
「そりゃそうだ。俺からみりゃ、お前らなんか穴だらけだしな。だが、それはつまり『俺の軍門に下る』って話になるだろ。俺が言うのもなんだが、それでいいのか?」
そういう言い方をしてしまうと、流石にカドも立つお話なわけで……。
ネイサン:
「さっき仲間だって言ったじゃないか!」
ジン:
「それは確かに言ったけど、それとこれは話が別だろうがよ!」
これはかなり難航しそうな状況だった。えっとー、どうなってるんだろうか。
ユフィリア:
「はい!はいはい、はーい!」
ジン:
「どうした?」
ユフィリア:
「むつかしくてよくわからないんだけど、つまり、どういうこと?」
葵:
『あー。だからね、このまま続けるとどうなっちゃうと思う?』
ユフィリア:
「うーん。……どうなるの?」
ジン:
「少しは考えような?」
スタナ:
「えっとね、カインとタルペイアが出てきて、また殺されることになるのよ」
ユフィリア:
「そっか……。でも、ジンさんがいれば大丈夫でしょ?」
ウヅキ:
「毎度おなじみの、『戦ってくれれば』……だろ?」
ジン:
「まぁな。2対1でも負けるつもりは無いんだが、流石になぁ~」
レイドボス2人を相手にして負けないと言えるのも凄まじいけれど、問題はそこではない。結局、タウンティングできるかどうかの話なのだ。〈スイス衛兵隊〉には説明するまでもないことだろう。今回はたまたま範囲内にいてくれたから、〈アンカーハウル〉で巻き込んで戦闘できた。だけど、単にそれだけだ。
相手に多少なりとも知恵があれば、『戦わない』という戦法も可能になってくる。カインがジンと戦っている間、タルペイアは近付かなければいい。そうやってマークを外してフリーになった状態で、僕らを皆殺しにする作戦に出てきた場合、ジンがどれだけ強くとも為す術などない。
今回にしても、蘇生が間にあった人を勘定にいれて30人以上、40人弱の死者がでている。かなりギリギリのラインだったと思う。
ネイサン:
「ねぇ、もうちょっと良い話とかは? なんかないの?」
マリー:
「封印を解除するごとに、吸血鬼のレベルは下がっていく」
ユフィリア:
「そうなの? どうして?」
葵:
『えっとね、さっき戦ったエレメンタルゴーレムはもともと吸血鬼を封印するためのものなの。でもその封印の効力を逆転させて、満月パワーにしてるんだよ。それでカインとタルペイアはレベルアップしてるわけ。
エレメンタルゴーレムを倒したから、封印が弱まって、満月パワーが減少して、最初に出てきた時よかレベルが下がったってこと。てことは、これからもレイドボスを倒すたびにレベルは下がっていくはずなんだけど、ちょっとずつしか減っていかないみたいだから、まだ数回は圧倒的な戦力差のまんまだよね。……んだば、殺される覚悟あんの?とかって話になるっしょ』
ユフィリア:
「おおー」
バリー:
「そうだね。レベルアップしても成長限界に近いから楽にはならない。だけど今回の二の舞はごめんだし、ジンをあまり消耗させる訳にもいかない。そうなるとレイドボスを倒せるかは分からなくなる。仮に倒せたとしても、またカインとタルペイアに皆殺しにされるリスクを負わなきゃならない。しかも、最終的にクリアできるって保証もない、ってわけだ」
かなり分かり易くなったけれど、行き止まり感しかない。これ、どうするんだろう。いや、ジンに教わるしかないと思うんだけど。
ユフィリア:
「うーん。むつかしいねぇ」
頭を傾げて『困った』のポーズで悩むユフィリアだった。どうせ何も考えてないんだろ?とか思わないでもない。なんだかんだ長い付き合いになってきているし、確実に何も考えていないのを知っている。
ユフィリア:
「でもね、ジンさん。私、思うの」
ジン:
「よし、言ってみろ」にやにや
ユフィリア:
「昔のえらい人は言いました。『元気があれば、なんでもできる』」
ジン:
「それイノキじゃねーか」
ニキータ:
「ぷふふふ、あはははははは!」
ニキータが笑い崩れる。ツボにドハマりしたらしい。
ユフィリア:
「だからね、元気があれば、なんとかなるよ!」どどん
はい。やっぱり何も考えていませんでしたー。予想どーり。
ジン:
「そっかー、そうだよな」うんうん
ユフィリア:
「うん、そうだよ!」
ジン:
「じゃあ、一日休みやるから、元気になってくれたまへ。解散っ!」
良いことを言った!という得意になった笑みを浮かべて歩いていくユフィリア。その後ろからジンはくだらないのを楽しむようにヘラヘラ笑っていた。……どこを切り取っても最悪に近い。
ズボズボと矢をいい加減につっこみ続けてようやく作業終了だった。石の彫刻というか、モアイみたいな顔をしている〈スイス衛兵隊〉の人たちに捕まって変なことになりたくない。僕もさっさとその場を後にした。
◆
スターク:
「まったく、ジンは何を考えてるんだろう」
スタナ:
「彼は、殺されたプレイヤーに配慮しようとしたんだと思います」
スターク:
「えっ、……そうなの?」
初めて殺された訳ではないし、厳しい戦闘訓練をしていれば事故は付き物でもある。クエストをやっていれば、死はすぐ隣にあるものだと分かってくる。慣れたくはないし、慣れることもできないと思う。特に死んだ後に見る夢のことを知っていれば、複雑な感情が去来もしよう。
それ以上に、抵抗もロクにできずに一方的に殺される恐怖がどんなものなのか?という話かもしれない。私は今回殺されていないので、恐ろしくはあっても本当のところは分かっていないかもしれない。今回はよくても、次回もほぼ確実に同じことが起きるとすればどうか。未来の恐怖。1度目は平気でも、2度目でアナフィラキシー・ショックのような症状が出ないとは限らない。
ヴィルヘルム:
「みんな、済まない」
リーダー役のヴィルヘルムに注目が集まる。彼が何を語るのか知りたくて、半ば縋るような雰囲気が生まれる。
ヴィルヘルム:
「どうあっても対処できるように準備を進めてきたつもりだったが、現実の方が常に一歩、二歩と先をゆくもののようだ。……オスカー」
オスカー:
「はい」
ヴィルヘルム:
「すまないが、みんなを集めて、話し合いをして欲しい。頼めるだろうか?」
オスカー:
「もちろんです」
〈バード〉の1位、オスカーは若手の中では頭角を表しつつある存在だ。彼が選ばれた。それを少し悲しく思った。
オスカー:
「ですが、ヴィルヘルム。貴方は?」
ヴィルヘルム:
「今はこの場を離れるべきだと考えている。だが私は、全員の意見を尊重したい。選ばれた意見も、選ばれなかった意見も、同じく尊重するだろう」
退席したヴィルヘルムと共に場から熱が去っていく。どうしていいのか、迷子になった気分だ。他のメンバーも同じように感じているのかもしれない。
バリー:
「オスカー、どうする?」
オスカー:
「……まずは、みんなの意見を訊かせてもらいたい。このレイドを続行するかどうかだ」
ネイサン:
「そりゃ、当然やるでしょ」
ギャン:
「もちろんだ!」
無意識なのか、自覚的なのか、『もうやめてしまいたい』といった気弱な意見が出ないように誘導するようなコメントを被せて来ていた。
スタナ:
「でも、実際にこの96人しかいない訳でしょう。止めたいと言い出せる状況じゃないと思うのだけれど」
オスカー:
「その通りだと思う」
デジレ:
「一緒に東欧には来てるんだし、呼べば来るだろ?」
デジレが言っているのは交代要員の話だ。ワールドワイド・レギオンレイドなのだから、参加したいメンバーの方が多いかもしれない。現実に参加していると、空虚な気分にさせられるものなのだが……。
アルチェロ:
「そのことも含めて考えるべきかもしれない。このレイド自体を続行するべきか、否かを」
これに強く反応したのはベアトリクスだった。
ベアトリクス:
「待って欲しい。ここで止められてしまっては困る。自分勝手だと思われるかもしれないが、どうか力を貸して欲しい」
シーン・クゥ:
「東欧で生きる仲間のためにも、お願い」
まず、どうしようもなく他人事なのだ。戦うだけの根拠や理由がない。直接的・間接的被害がなさ過ぎる。それを知ってか、レオンが口を開いた。
レオン:
「私は先に東欧に入っていたので、ここで怯えて暮らす人たちの顔を知っている。吸血鬼化したため、やむを得ず殺された〈大地人〉には家族がいた。それを知り、手をかけたことに苦しむ〈冒険者〉の顔も知っている。……目を背けたくなる現実だが、起こった出来事は変えようもない。しかし、それを全員が共有し、知る必要はないと思う。大切なのは、我々にできる小さなことを確実に行うことだろう」
レオンはレイド続行のメインストリームを作り出してしまっていた。しかし、誘導しようとする内容に反発を招いてしまう。
ロッセラ:
「誰も言わないから言うけど、殺されるのはやっぱイヤだよ。気分悪い。我慢はできるけど、怖いものは怖いっていうか」
ロッセラの率直な意見に拍手を送った。賛同者があらわれ、少しだけ拍手が増えた。レオンの意見に対して理屈で対抗できないから、感情論に流れたとも言える。……一度、本音でぶつからないといけないのだと思う。
ウォルター:
「俺は、ジンが大嫌いだ。無闇に威張り散らす日本人で、ふざけるなって思ってた。実力があれば何をやってもいいのか? あんなヤツ、死んじまえと思ってたよ」
オスカー:
「ああ」
エレメンタルゴーレムとの初戦、負けて引き上げた時に文句を言ったのは彼、ウォルターだ。100人いるとは言っても、仲間の声だ、聞き間違えることはない。これはたぶん、彼の告解だった。
ウォルター:
「だけど、無敵なんかじゃなかった。その時に初めて納得したというか。理由も理屈もあって突っ張ってんだなって。自分は強いんだ、だからお前らは大丈夫だって言ってたんだ。俺はそれを真に受けて、勝手にムカついてた。さっき、アイツを守ろうとして必死になってる自分を見つけたよ。時間を稼げばなんとかなる、アイツが絶対なんとかするって……」
ロッセラ:
「わかるよ」
ウォルター:
「でも、アイツ、俺たちの気持ちを無視して出てきやがった。チクショウ、怒鳴ってやりたかったよ。……正直、カインの言ってることの方に共感してた。俺たちの犠牲を軽く思ってる。だから、ああいう軽薄な行動が取れるんだろうって。でも、アイツ、俺たちのことを仲間だって……」
オリヴァー:
「仲間を守る。それができなくても、仲間を庇って自分が先に死ぬのが、我らの役目だ」
デジレ:
「口先だけじゃないってことだよね」
ウォルター:
「そんな直ぐに好きになれる訳じゃないけど、仲間として少しは認めてやってもいいかもしれないと、ちょっとだけ、思ってる」
自分の番が来たと思った。考えが纏まらない。
スタナ:
「理屈としては私たちがやらなければならないのは分かっている。他に代わりもいない。現実にこのメンバーよりも勝率の高いチームもないでしょう。でも、そうして強制しても感情は納得するものじゃないわ」
ネイサン:
「スタナ……」
スタナ:
「理不尽に強い敵よね。意思をもった敵が、シナリオと無関係に襲ってくる。馬鹿げた話だと思う。でも、ジンなら護ってくれるのよ。だから、殺されたらその失敗をジンのせいにできちゃうのよね。でも、それはそれでムカつくじゃない?」
ウォルター:
「確かにな(苦笑)」
スタナ:
「私たちは、このレイドでやり残したことがまだあると思う。それが何かは分からないけど、きっと必要なことだと思う。だから、お願い。どうか続けさせてください。……殺されるなら、まず私が貴方たちよりも先に死ぬから。お願いします」
都合の良いことを言っているのは分かっている。みんなの反応が怖い。
オリヴァー:
「ワシも先に死のう」
デジレ:
「当然、アタシもね!」
ネイサン:
「ボクはどうしようかなぁ……?」
スタナ:
「知らないわよ、好きにすればいいでしょ」
ネイサン:
「そんなつれないこと言わないでよ」
ネイサンの情けないコメントで少し笑ってもらえて、助かった。
バリー:
「仮に続けるとしても、クリアできるかは分からないんだよね?」
オスカー:
「うーん。……アクア、意見を訊かせて欲しい」
アクア:
「ジンに教えを請うしかないわね」
ヒルティー:
「だがそれは……」
軍門に下れと言われたのも同然だ。
アクア:
「勘違いしてはダメね。未熟な側が教えを請うのだから、礼を尽くすのが当然なのよ。だからと言って、軍門に下るのも論外よ」
バジーリオ:
「教えは請うけれど、軍門には下るなってことか?」
ロッセラ:
「えっ、どうやって?」
オスカー:
「…………」
アクア:
「あとは、貴方たちで考えることね」
退席するアクアを見送る。
スタナ:
「アクアには考えがあるのね。ヴィルヘルムも、そしてたぶんジンにも」
この場から離れたヴィルヘルム。一日休めといったジン。
ヴィオラート:
「ねぇ、マリー。どういう意味かわかる?」
マリー:
「バラバラ」
ヴィオラート:
「バラバラってこと?」
マリー:
「そう。それが問題」
ヴィオラートの手を引き、退席するマリー。
ベアトリクス:
「なるほど。どうやら部外者の私もここを離れるべきのようだ」
ネイサン:
「部外者はないでしょ。仲間じゃないか!」
シーン:
「どうしたの、ビー?」
ベアトリクス:
「だから、ビーって呼ぶな!」
続けてベアトリクスがこの場を去っていく。
レオン:
「ジンは新たに〈古来種〉の力に目覚めたそうだ。〈古来種〉の由来を知っているか?」
オスカー:
「〈古来種〉の?」
立ち上がったレオンが餞別の言葉を紡ぐ。これが意図的なメッセージなのはもう間違いない。
ネイサン:
「みんな冷たくない?」
オスカー:
「まぁまぁ」
バリー:
「バラバラ、部外者、〈古来種〉ってどういう意味?」
ネイサン:
「うん。〈古来種〉の由来といえば、『国境なき医師団』でしょ。本部はスイスのジュネーブだ」
バラバラの部外者で国境とくれば、もうそのままだ。
オスカー:
「……そういうことか」
バリー:
「あーっ、そういうこと?」
ロッセラ:
「ねぇ、どういうこと? そこで自己完結してないで教えてよ~」
オスカー:
「ジンの軍門に下ることで困るのは何故か。〈スイス衛兵隊〉が〈カトレヤ〉の下につくことになるからだ」
バリー:
「そもそも、このレイドが曖昧だったんだよ。僕ら〈スイス衛兵隊〉が部外者を助っ人として招いたつもりでいた」
スタナ:
「バラバラの集団だったのね。でもレイドをするならひとつにならなければ」
スターク:
「そっか! うん、そうだよ!!」
自分たちがやらなければならないことを自覚した。そして議長役だったオスカーが宣言した。
オスカー:
「〈スイス衛兵隊〉や〈カトレヤ〉という枠を取り去り、このレイドのためのチームとして再編する! もう一度、このレイドに向き合おう」
みんな立ち上がり、同意を示していた。問題は何も解決していないが、ようやく1歩を踏み出したという実感があった。
ネイサン:
「いよぉぉぉしっ、盛り上がってきたぁぁぁぁああ!」
ヒルティー:
「これならジンに教わっても、ジンの軍門に下ることにはならない、か。そもそも彼が最強であることに文句はないのだからな」
スタナ:
「どこのギルドにも所属していないしね」
ネイサン:
「そういえばそうだったよ」
オスカー:
「そんなことよりヴィルヘルムだ」
ギャン:
「ん? ヴィルヘルムがどうかしたのか?」
スパイロス:
「またか」
ロクサーヌ:
「まさか、またなの?」
ミゲル:
「また、だな」
リア:
「またなのね……」
オスカー:
「まただよ、あのサボリ魔。自分がいると再編の話にならないと知ってたんだ!」
ヒルティー:
「ヴィルヘルムの求心力があると、〈スイス衛兵隊〉を形の上だけでも解体する話にならないからな」
バリー:
「働かないで仕事をする、彼の得意技だ……」
一頻り、ヴィルヘルムの悪口で盛り上がる。愛のある悪口だった。誰もが彼のことを本当に高く評価している。少々、サボリ魔な部分も含めてだ。頼られれば悪い気はしないものでもある。
ギヴァ:
「どうやら、巧く纏まりそうだな」
ラトリ:
「ですねぇ~。いやぁ、よかったよかった」
こっちの2人も相当、タチが悪いと思う。
◆
〈スイス衛兵隊〉から十分に離れたところで、ジンが突っかかっていった。ここまで我慢していたらしい。
ジン:
「んで? いつの間にコピーしたんだ、コラ?」
ニキータ:
「えっとー?」
ユフィリア:
「寝てる間、みたいな?」
ジン:
「可愛く言ってもダメだっつーの。なに勝手にコピーしてんの?」
ニキータ:
「いえ、その、もったい無いかなって?」てへっ
ジン:
「はい、ハグするよー。ついでにおっぱい揉んでやんよ」
ニキータ:
「それは遠慮したいなぁ、なんて~」
ジン:
「いやいや、なんだよ、遠慮すんなって」
ユフィリア:
「ジンさん、もう終わったことでしょ!」
ジン:
「終わったこと? 終わったことっていったの? あれ俺のだぞ!」
英命:
「意識に著作権とは聞いたことがありませんが(笑)」
ユフィリア:
「ともかく、ニナに意地悪しちゃダメなの!」
ジン:
「じゃあ、お前でいいよ。さあ! さあ!」
ユフィリア:
「やー、ヤーダー!」
リコ:
「へんたーい」
リディア:
「へんしつしゃー」
レイシンが動かないと止められる人がいない。葵もいないのかもしれない。そうなると放っておくのがベストかもしれない。
シュウト:
「あの時の、第2形態みたいなのってことだよね? どうだったの?」
ニキータ:
「うーん、もの凄かったかな。ジンさんが乗り移ったカンジ?」
ジン:
「ちょっと待て。第2とか言うなよ。まるで第3がありそうじゃないか」
シュウト:
「そこですか?(苦笑) というか、普通にありそうなんですけど?」
ジン:
「ないから。……かなり無理しただろ?」
ニキータ:
「はい。意識の力で強引に身体性能を引き上げるのって、無理があるんですね」
ジン:
「分かってればいい」
英命:
「呼び名ですが、和魂と荒魂はいかがですか? 本当に第3形態がないのでしたら、ですが」
ジン:
「ないから」
ニキータ:
「にきたまとあらたま、ですか?」
英命:
「荒御魂の方が聞き覚えがあるかもしれませんね。和御魂は、柔和な徳をそなえた神霊のことを言います。神霊の穏和な側面のことですね」
ユフィリア:
「じゃあ、荒御魂はジンさんみたいな『らんぼーもの』ってことでしょ?」
ジン:
「誰が乱暴者だって?」
英命:
「ええ。神霊の荒々しく勇猛な側面のことですね」にっこり
ジン:
「何気なく人を乱暴者認定してんじゃねーよ」
英命:
「おや、これは失礼を」
なんとなーく話を逸らすことに成功したような気がした。和御魂、荒御魂で話はまとまったらしい。
シュウト:
「僕も訊きたかったんですけど、あの技ってなんなんですか?」
ジン:
「ん? これのことか?」
半透明の白い盾みたいなものが現れる。
シュウト:
「それもですけど、むしろ……」
ユフィリア:
「成敗!ってヤツでしょ?」
ジン:
「そっち? ……アレは成敗剣だな」
葵:
『おおう、そんな話してんのケ』
シュウト:
「気の斬撃でタウンティングして、優先行動権を獲得しているんですよね?」
ジン:
「なんだ、そこまで分かってんのか。なら、もう分かってるようなもんだろ」
葵:
『一応、聞かせれ。どうなってんの、あれ?』
ジン:
「あー、イマジナリーソードもしくはブレイドで相手を斬るだろ? 相手には斬られたという感触が発生する。これがリアルタウントになっている。その斬られた感触で相手の動きを止める技なんだけど、実ダメがないから、幻覚だって思って無視して突っ込んでくるヤツもいるはずだろ?」
シュウト:
「ですよね」
ジン:
「そこでタウンティングの無視が成立するんだよ。それをテコにして、不利な状態、技後硬直とかを振り切るんだ」
シュウト:
「優先行動権の取得……」
ジン:
「俺に攻撃仕掛けて来てるから無視はしてないんだけどな(苦笑) んで、無視する時に、相手は意識的な無視というか、意識が盲目状態になってる。俺から意識を逸らしているんだよ。そのがら空きのとこに反撃を叩き込むんだ」
英命:
「成敗ということで、ペナルティを強調しているのですね?」
ジン:
「おっ、分かるか。そーいうこと」
技後硬直などの隙でもイマジナリーブレイドは使える。そうした牽制技を無視して突っ込んだら、反撃されるということだ。反撃うんぬんはともかく、技後硬直の隙を打ち消すという部分がどうにもならない。
シュウト:
「イマジナリーブレイドを避ければいいんですよね?」
ユフィリア:
「ソウ様がやってたみたいに?」
ジン:
「まぁ、アイツは突っ込んでこなかったからそのまま勝つことになったけど、本来、俺のイマジナリーブレイドは避けられないぞ?」
シュウト:
「えっ?」
葵:
『だよなー。元ネタはイマジナリーフレンド、「想像上の友人」だべ?』
ジン:
「分かってるなら黙ってろよ。……俺のメイン能力は『意識』だ。避けられるスペースなんぞあると思うなよ?」
瞬間的にイマジナリーブレイドに襲われる。避けたところにもソードが待っていた。地面から罠のように飛び出してくる槍状の斬撃を回避する。
次々と現れる剣と斬撃。にっちもさっちもいかない状況で、ずぶり、と正面からイマジナリーソードに貫かれた。想像上のものに限界はない。無限攻撃を避けられる訳がない。
ジン:
「おい、本気で気合い入れて『無視』しないと、発動しないぞ?」
シュウト:
「いきます。うおおおお!」
近接武器を引き抜き、ジンに一撃入れるべく突撃する。
巨大なブレイドを正面から受け、それを強引に無視した瞬間だった。
ジン:
「成敗、っと」
ポコンと軽く頭を叩かれる。見えないというか、もうどうしようもない。反応するための前提が崩されている。
ウヅキ:
「極悪じゃねーか」
ケイトリン:
「最悪……」
石丸:
「これは、魔法も使えないっスね」
タクト:
「可能性があるとしたら、飛道具か」
弓矢や投げナイフならその場から攻撃できる。たぶんそれでも間に合わないとは思う。だけど優先行動権を取得しても、テレポートまではできないだろう。その移動可能距離の外からなら。……しかし、それは相手の隙を作るのに他の誰かの力を借りなければならない気がする。そしてこの技は相手の人数が多いほど、役に立つ風にできている。
葵:
『んで、白い盾みたいのは?』
ジン:
「〈竜鱗の庇護〉だな」
葵:
『それって仮名?』
ジン:
「たぶん正しい名前だな。本能的に使った時に『分かった』っていうか。巧く説明できないけど」
最大で7枚同時展開できるらしい。実際にやってもらったのだけれど、けっこう壮観な状態だった。半透明の白い盾状の鱗が並んでいる。竜の魔力で作られた鱗のようなものだ。
リディア:
「なんで7枚も?」
英命:
「1パーティー+ゲストということでは?」
それは、なかなかに〈古来種〉の特技っぽい。
ジン:
「よっしゃ。……いけっ、ファンネル!!」うぬぬぬぬ
葵:
『ぜってー、言うと思った』
ビュンビュンと7枚の盾(正確には鱗?)が飛び回る。しばらくしてそれがピタっと止まった。
ユフィリア:
「あれ、どうしたの?」
ジン:
「ダメだ。ファンネルを使う才能がなかった」がっくり
葵:
『ぶわっはっはっはっ!! マジで? マジでか!?』
シュウト:
「でも、十分動いてるように見えたんですけど……?」
ジン:
「うーん。これ戦闘しながら動かすのとか無理だろ。練習してどうにかなるかー?」
葵:
『おろっ、システムアシストは?』
ジン:
「ねーよ、そんなもん。完全特技みたいなもんだぞ」
続けて再使用規制に関する実験をした。結果は、1枚あたり1分半という破格・驚愕の性能だった。7枚をほとんど同時タイミングで打ち消したのに、1分半で復活していた。
葵:
『うわー、強すぎ。〈古来種〉にゲームバランスとか関係ないかー』
〈冒険者〉と〈古来種〉の違いがゲームバランスに縛られるかどうかという部分に出てくるとは考えていなかった。
ジン:
「戦闘しながらだと1~2枚使うのが精一杯だから、自分を守るために使うことになりそうだなぁ」
英命:
「それはシステムアシストが使えなかった恩恵かもしれませんね」
葵:
『逆にそうなるのか。特技だったら、7枚の盾をぜーんぶ自分用に使えるわけないし』
ちゃんとシステムアシストが使えていたら、リアクティブ・エリアヒールみたいになっていたのかもしれない。そちらは回復回数を共有する呪文だけど、ダメージ無効回数をパーティーで共有するとか。
1枚あたり3回の攻撃で破壊されるものが、7枚。計21回の攻撃を無効化するバリアが1分半で回復するのだ。それをジンが使ったら……。
シュウト:
(いや、この件に関して弱音を吐かないと決めたんだから……)
――操作が追いつくとは限りません
シュウト:
(ん?)
頭の中で女性っぽい声が聞こえたような?
確かに、自分で操作するという部分が弱点になってくるかもしれない。たとえば〈天雷〉並のスピードで攻撃されたら、防げないかも。その意味では超反射の方が厄介だ。成敗剣はともかく、イマジナリーブレイドは〈消失〉で回避できるかもしれないし、まだ諦める状況ではない。
そういえば頭が熱かったのがかなり弱まっている。声と何か関係があるのだろうか? そんな妄想めいた発想を笑い飛ばしてしまっていた。




