198 守るための力
悪逆の吸血公爵カインと対峙するレオン。また、徒花の邪聖母タルペイアと対峙するベアトリクス。この時、ジンはまだ参戦していなかった。オーバーライドが使えるところまで回復していないのだろう。
レオン:
「ガハッ!?」
レオンが盛大に壁に叩きつけられる。2~3回の攻撃で実力を見切ったらしく、カインはつまらないと言いたげな表情で軽く突き飛ばした。手加減しても、並の〈冒険者〉なら一撃で死ぬような威力だ。
葵:
『やっべー、聖闘士聖矢のやられかたじゃん』
それも当然で、1レベルから100レベルまでのステータスなどの上昇値と、101レベルから200レベルまでの上昇値では、後者の方が伸びが大きくなる計算だ。
家庭用の1人でやるようなRPGならば、だいたいどれも成長曲線が存在し、たとえば50レベル付近で伸び率がピークになり、それ以降はレベルアップしてもだんだんと成長しにくくなるようになっている。
これがMMORPGの場合、レベルキャップという上限レベルが設定され、それを少しずつ解放しながらコンテンツを拡充する『アップデート』を繰り返すことになる。このため、レベルキャップこそが成長限界であり、成長曲線やピークは存在しない。〈エルダー・テイル〉もこの例に漏れず、だんだんと成長率が増していくゲームである。
能力値の数値だけで考えれば、100レベルが1レベルのキャラクターを相手にした場合よりも、200レベルが101レベルのキャラクターを相手にした場合の方が、その実力に開きが生まれるということだ。
もっといえば、彼らはレイドボスでもある。同レベル帯のプレイヤー24人で戦うべき相手なのだ。
スピードを活かせるベアトリクスはどうかというと、そっちも結果は変わらりそうになかった。ヒット&アウェイを繰り返すも、ダメージがろくに通っていない。
邪聖母タルペイア:
「邪魔くさい虫ケラね。まとめて死んでしまいなさい」
ヴィルヘルム:
「避けろ!!」
軽く放ったであろう光球が、あちこちで爆発する。逃げ遅れた隊員が7~8人ほど即死した。辛うじて回避したベアトリクスだったが、呆然と立ち尽くしている。
ベアトリクス:
「バカな……」
ギャン:
「冗談じゃねぇぞ!」
第2レイド第1パーティーの回復役3人が必死の建て直しを図る。〈テンプラー〉のバリー、〈ドルイド〉のメルヴィル、〈エクソシスト〉のヒルティーだ。レオンの傷を癒し、障壁を張り直す。
吸血公爵カイン:
「その戦士を治療しても無駄だ。結果は変わらん」
レオン:
「結果が変わらないかどうかは、やってみなければ分からん」
目的が戦闘での勝利であるならば、結果は変わらないだろう。キーアイテムを見つけるか、ジンが回復して戦闘できるようになるまで時間を稼ぐのが目的なら、結果を変えられるかもしれない。
シュウト:
(僕は、どうする……?)
エレメンタルゴーレムに集中砲火した時、アサシネイトを使ってしまっていた。再使用規制はまだたっぷり3分半は残っている。同時に破眼も使えないことになる。
自分に残された要素で通用しそうなのは〈消失〉だけだ。その使い道は、キーアイテムを持ったまま『消え去る』といったものだろう。
シュウト:
(僕も、キーアイテムの探索に回ろう)
ジンやレオンと一緒に戦いたいが、役に立てる自信がない。たとえば死ぬことで役に立つなら『そうする』だろう。けれど、そうした状況には思えない。今のままだと単なる足手まといだ。まず自分にできることを可能な限りこなしたい。
シュウト:
(どこを探したらいいんだろう?)
エレメンタルゴーレムが出したドロップアイテムは、量が多かったこともあって広範囲にまき散らされている。さすがにレギオンレイドのレイドボスってことだろう。このおかげでチャンスが生まれていた。
しかし、クエストのキーアイテムか何かだとすれば、分かりやすい場所に出ているのはではなかろうか。
シュウト:
(普通に考えたら……。戦ってたエレメンタルゴーレムの場所とか? でも、四神合体の直後に倒したんだから、合体した場所って……)
ゾーン中央付近のドロップアイテムの中に埋もれている可能性はないのだろうか? だとして、どうしてまだカインやタルペイアに見つかっていないのだろう。同時に、オスカーたちがゾーンの外の方ばかり探しているのは何故なのだろう。
シュウト:
(探し終わっているから?…………いや、そうじゃない!)
さっき自分で考えたことじゃないのか。もし、死ぬことで役に立つのなら、僕だってそうする、と。
シュウト:
(囮になってくれている……?)
そういえば、モンスター側は名前を読んだり出来ないらしい。モルヅァートの時もそうだった。だとしたらステータス情報を読みとれないのと同じ理屈で、アイテムを見ただけでは判断できないのかもしれない。でも、僕ら〈冒険者〉なら、キーアイテムの判別を間違えることはない。間違って売ったりできないし、装備品と勘違いもしない。
だが、距離が近かった。カインもタルペイアもすぐ近くにいる。
透明化もステルスも、レベルが上の相手には効果がない。ゾーン中央のドロップアイテムに見つからないように接近するのは不可能だ。
シュウト:
(あれ ……? 〈消失〉なら、普通に近付けるような)
更にもうワンチャンあれば、ドサクサに紛れる感じでイケるかもしれない。例えば、ジンが回復して戦い始めるとか。……なんて思ってしまった。むしろこれ以外にあるだろうか? そう思ったのなら、やらない訳にはいかない。
シュウト:
(緊張しないように、ゆっくり歩いて近づこう。うん、そうしよう)
そうして僕は、呼吸を段々とゆっくりに、滑らかにしていった。
◆
吸血公爵カイン:
「ククク、つまらんと思っていたが」
凄まじい勢いでレオンに掴みかかると、またもや壁に叩きつける。
ビクッと怯えたヒーラー3人を追い払うように、軽く腕を振った。それだけで3人の内、2人が死んでいる。重装甲の〈テンプラー〉、バリーは辛うじて生き残ったものの、ピクリとも動かずにいる。
吸血公爵カイン:
「なかなか愉快ではないか。……いいぞ、楽しませてもらおう」
〈ヴァイキング〉のハイナルが無造作に殺された。
空気が凍り付くかのようだった。カインはまるで急がなかった。ゆっくりと、たっぷりと時間をかけている。それが逆に恐ろしい。
〈クレリック〉のラースローの首が飛び、胴体が遅れて倒れた。
羽根をのばした攻撃で、予見すらできていなかった。あまりにも唐突。誰が死ぬか分からない状況で、次は自分の番かもしれないと誰もが思っただろう。
ニキータ:
(このままだと……)
ユフィリアだけは守りたいのだが、どうしたって護れないだろう。成り行きを見守るしかなさそうだった。
酷薄な笑みを浮かべるカイン。しかし、そこに狂気の熱は見えなかった。無音ならぬ無温というのか。アンデッドの『彼』は周囲の空気や岩みたいなものと同じ温度しかないのだろう。それゆえの冷たさに思えた。
こうした状況でも〈スイス衛兵隊〉のメンバーは賢明さを保ったままでいた。誰もジンを探そうとはしなかった。文句を言うこともしなかった。殺されそうになれば恐ろしいだろうに、仲間が殺されて腹立たしいだろうに、誰もが誇り高かった。
目でジンを探れば、相手に居場所を教えてしまうだけだろう。カインはそうした仕草や、ちょっとした動作を見極めようとしているのだろう。ジンの様子を無意識に目で追いたかった。私は自分こそが恐ろしい。裏切りの恐怖。他者の努力を、勇気を、愚かにも踏みにじることへの恐れが、私を雁字搦めにした。
吸血公爵カイン:
「素晴らしい。ゆえに愛おしいぞ。……まだだ、まだ出てきてくれるなよ?」
カインは殺しを楽しんでいるのではなかった。恐怖に負けない人の意志を試し、そこに愉悦を感じていた。理非を知るからこその悪意、悪趣味。
今度は〈サモナー〉のロベルタが為す術も無く殺される。
アクア:
「ダメよ、動かないで!」
カインを真っ直ぐに睨みつけたまま、アクアはジンだけではなく、むしろ〈スイス衛兵隊〉に聞こえるように言い放った。それは励ましでもあったのだろう。厳しい言葉のトゲには優しさがあった。優しさしかなかったと思う。
邪聖母タルペイア:
「そういうこと。ここの守護者との戦闘でずいぶんと消耗したようね」
ジン:
「……まぁ、そんな感じだ」
ジンの声を耳にし、絶望と希望が混じり合う。どうして出てきてしまったのか?という口惜しさと、これで助かるかもしれないという縋りたい感情。
葵:
『……いけんのか』
ジン:
「んー、170ぐらいなら?」
カインのレベルは244。最初に出てきた時は250だった。なぜか僅かに下がってはいるものの、170だとすればまだ絶望的な状況のままだ。
ちなみにタルペイアは232。初回出現時のレベルを覚えていないので下がっているかどうかはわからない。
吸血公爵カイン:
「つまらん。実に、興醒めだ」
ジン:
「そりゃねーだろ(苦笑) 出てきて欲しかったんじゃないのかよ」
唾棄するようなカインに、苦笑いするジン。
吸血公爵カイン:
「正義を語る人間はどいつもこいつも似たような真似をする。仲間の犠牲を尊いと口で言いながら、その尊い犠牲とやらを平気で踏みにじる」
ジン:
「別に正義とか語ってねぇだろ」
吸血公爵カイン:
「お前の心が一番弱かったということだ!」
カインの姿が消えると同時に、黄金竜のオーラが立ち上がる。
結果は、レオンのそれと変わらなかった。壁に叩きつけられるジン。会話で時間を引き延ばす作戦は通用しなかった。
私たちは、負けた。
ニキータ:
(違う。まだ、まだ負けた訳じゃない……)
いつの間にかシュウトの姿が消えている。まだ完全に負けた訳じゃない。
吸血公爵カイン:
「なぜ、この連中を見殺しにしなかった? 今しばらく回復に努めておけば、我々に勝てたかもしれぬものを。そもそも、貴様が消耗したことすら、足手まといのせいだろう?」
ジン:
「フン……。価値観の相違ってヤツだな」
吸血公爵カイン:
「どういうことだ?」
ジン:
「仲間を護ってナンボなんだよ。こいつら皆殺しにされといて、ボク勝ちました~なんてアホなことが言えるかっ!!」
逆効果だったのかもしれない。〈スイス衛兵隊〉の心意気が、ジンに護るべき仲間だと認識させた。そのことが誇らしくも、悲しい。
カインはその価値観を認める様に態度を改めて見えた。
吸血公爵カイン:
「そうか。……いいだろう、理想に殉じるがいい」
ジン:
「ぐおおおおおおっ!!?」
右の貫手がジンの胸に刺さり、埋め込まれていく。それがゆっくりと引き抜かれると、超再生でもって傷口がみるみる塞がっていった。再び、腕を突き込まれて激痛の呻きを漏らすジン。
吸血公爵カイン:
「貴様に受けた屈辱、ここで少し晴らすことにしよう」
ジン:
「んのやろうううう」
リディア:
「この卑怯者! 憂さ晴らしがしたいなら、回復をまって、全力で戦えばいいでしょ!?」
意外なことに、叫んだのはリディアだった。内心、気弱な彼女がジンのため(?)に声を荒げるとは思わなかった。
吸血公爵カイン:
「騎士道精神というヤツか? ……くだらん。仮に、吸血鬼精神があるとすれば、『嬲れる時に嬲る』となろう。そもそも勝ち負けに余分な思想を差し挟む必要などあるものか」
そしてまた拷問を再開するカイン。
ジンのくぐもった叫びに、目を逸らしたくなる。
ユフィリア:
「負けちゃダメ。ジンさんは、負けちゃダメ!!」
ニキータ:
「ユフィ……」
無茶を言う子だった。しかし、ジンならばとそれでもなんとかしてくれるのではないか。……そんな風に期待してしまう自分がいた。
ユフィリア:
「ジンさん! ジンさんなら、きっと大丈夫!」
ジン:
「ムチャクチャ言いやがって……」
吸血公爵カイン:
「ほう、あの娘。そうか、面白い」
ジン:
「テメェ、止めとけ。アイツに手を出すな。後悔するぞ」
吸血公爵カイン:
「クク、その挑発にのってやろう。……後悔させてみせろ」
壁からジンを引きはがすと、翼のひとつが分離してジンに絡み付いた。拘束技のようだ。ユフィリアに狙いを定めたカインが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ニキータ:
「くっ!」
神護金枝刀を引き抜き、ユフィリアを庇うべく前に立つ。しかし勝てる気がしない。奥の手を出すべき時だった。
ニキータ:
「ハーモニティア! ハアアアアアア!!」
まるで怒号のような、炎でできた高波のような、雷の轟きが体を駆け巡る。戦神の力を降ろし、カインに向かって駆ける。裂帛の気合いが自然とノドから溢れでた。
吸血公爵カイン:
「ぬうううう!」
カインの翼が黒い布のように伸びてくる。ひとつ、ふたつを切り落とし、本体へと迫る。ジンが乗り移ったかのような動き。これまでとは何もかも違った。行けるかと思った瞬間だった。
ニキータ:
「!!?」
横合いから差し込まれた魔力弾に気付き、咄嗟に切り飛ばす。タルペイアだ。カインとの間でリズムにズレが生まれ、ガードに切り替える。
ユフィリア:
「ニナっ!!!」
◆
シュウト:
(…………っ)
呼吸が乱れそうになるのをどうにか堪える。カインの羽根はニキータの腹部を貫いた。背骨が断たれては、もう立てないだろう。
ここしかチャンスはない。勝つためではなく、負けないためには、この機を逃すわけには行かない。めぼしい場所にはあたりを付けてある。あとは姿を現して実際に探るしかない。タイミングだけの勝負だ。
邪聖母タルペイア:
「恐ろしく切れる剣ね。魔法まで切り裂くとは思わなかった」
吸血公爵カイン:
「まだあんな使い手が残っていたとは、驚いたぞ」
そしてユフィリアに向き合うカイン。
ジンは動けないでいた。その呟きが聞こえてくる。
ジン:
「足りない。力が足りない……」
踏んだな、と思った。同時に、ここしかないと思い極める。呼吸を弱めて徐々に姿を現す。手早く、しかし、音を立てないようにアイテムを探す。
吸血公爵カイン:
「娘よ、お前の血は私がいただくといった。私の言葉はやはり絶対だ」
ユフィリア:
「あなた達とはお話だってできるのに。良い人じゃないんだね」
吸血公爵カイン:
「私が血を吸えば、お前は永遠に私の従僕になるだろう。どうだ、恐ろしくはないのか?」
ユフィリア:
「ちょっと怖いかも。でも、平気になったよ」
吸血公爵カイン:
「ほぅ、気丈だな」
ユフィリア:
「ニナに痛いことした。だから、あなた達は、もう許してあげない!」
きっと、その瞳は燃えているのだろう。アイテム探しを中断して顔を上げる。ちょうど、カインが襲いかかるところだった。しかし、ユフィリアの方が一瞬だけ早かった。『ぴとー』っとくっついてしまう。体幹部交差法間かと思ったが、もっと違うものだった。むしろ『陰の技』に近い何か。達人技みたいなものだろう。親しい相手とハグしているみたいな自然な行為だった。
吸血公爵カイン:
「なんだと……? ならば血をいただくまで!」
意表も、不意も衝かれてカインの動きが止まる。完全な予想外だったのだろう。セリフまで含めて、たっぷり6~7秒はそのままだったはずだ。
シャッとしゃがむユフィリア。そのままコロンと転がって脱出。喜劇を呼ぶもの。緊張感やシリアスの破壊者。大まじめにアレをやるのだ。不謹慎にも笑いそうになる。なにしろ彼女が死ぬところを想像できない。
一方、ジンの方からもの凄いエネルギーを感じていた。アレは、ヤバい。余計なことをしてくれたものだとため息が漏れる。
その時、手に触れたものに気を取られた。ふと下をみると、たぶん目的のものが転がっていた。〈四天の霊核〉。キーアイテム発見だ。
邪聖母タルペイア:
「お前、いつそこに? いつからそこに!?」
気付かれた。〈四天の霊核〉をどうするか考えていなかった。〈消失〉の発動にはまだ時間がかかる。超反射に近い瞬間判断で、なぜだか矢筒の方に押し込んでいた。こっちもマジックバッグになってるので、異空間に消える。
邪聖母タルペイア:
「いま、なにを隠したの! 見せなさい」
――それは、守るための力。
頭の中で声がした。襲い来るタルペイア。しかし、僕を襲おうとした直後に、ゾーンが爆発したみたいになった。
邪聖母タルペイア:
「何が起こっているの!? この途轍もない魔力は何!!?」
ジンを拘束していたカインの羽根が弾け飛ぶ。
形成逆転。つまり反撃の時間だ。ジンが黙って手をかざす。すると、ユフィリアを背中から引き裂こうとしていたカインの腕が弾かれた。半透明の白い盾みたいなものがユフィリアと間に浮かんでいた。
邪聖母タルペイア:
「かはっ!?」
同じもののへりでタルペイアが殴られて吹っ飛ぶ。
ジンが操作しているもの、らしい。破眼を使わなくても分かる。竜亜人の力に目覚めたのだ。盾みたいなものはきっと〈古来種〉の特技だろう。
そして叫んだ。〈アンカー・ハウル〉のはずだが、ドラゴンブレスみたいな迫力だった。ヘイト発生でカイン・タルペイアの両名がジンに囚われる。
ジン:
「さて、やろうか?」
しかし、まだ1対2。ジンが大幅に不利なままだろうとほんの少しだけ思った。ジンは先程の半透明の白い盾みたいなものを使って立ち回っていた。ダメージをカットする性質があるらしく、3回の攻撃で破壊されて消える。しかし、またすぐに新しい盾が出てくる。再使用規制が短いのか、枚数があるのか。たぶん後者だろう。
ユフィリア:
「なに、今の?」
ニキータ:
「わからない」
時々、不思議な消える動きが混じっていた。まるで目で追えない。早いのとか速いのとはまったく違う、別物の動きだった。アサシネイトの再使用規制が解除していたので破眼を使う。
ジン:
「成敗!」
まただった。不利になったと思ったら、相手に反撃を叩きこんでいる。直感的にはかなりマズい技だった。あきらかにジンが会得してはダメな技だった。
シュウト:
「タウンティングによる優先行動権の取得?……そんな、バカな」
イブの夜にソウジロウ相手にやっていた技の完成版らしい。気の斬撃を当てて、無視した相手に対して反撃する技、みたいな感じ。
その時、ゾーンの上空に嵐が巻き起こった。
ネイサン:
「今だ! ネイサン・ブレイド!」
片手での超超速度斬撃〈天雷〉を放つと、凄まじい威力の雷撃がカインとタルペイアを貫いた。
ヴィオラート:
「ジン様!」
ジン:
「おう!」
ヴィオラートの呼びかけで待避するジン。
白の聖女マリーとヴィオラートが、1本の杖を一緒に持っていた。
正直なところ、この時までお飾りみたいなものだと思っていた。マリーのアイテムはスゴいけれど、特殊な装備品を作る人だろうと思っていたのだ。
マリー&ヴィオラート:
「〈グランド・クルス〉!!!」
|〈施療神官〉〈クレリック〉にはない、〈テンプラー〉の攻撃特技。
〈イセリアルチャント〉に近いだろうか。回復性能なしで、アンデッド攻撃に特化したような技。巨大な十字架と、小さな十字架の群れ。それが、数倍~十数倍の規模で発生した。
ジン:
「これが『白の聖女』かよ!」
アクア:
「まさか、同じ魔法を合成する杖なの!?」
ヴィルヘルム:
「……これが我々の、切り札だ」
説明は困難だった。シューティング・ゲームでの緊急回避手段としての『ボム』が近いだろうか。画面に存在するすべての敵や敵弾を破壊し尽くすような攻撃。そしてそれを使い続けているかのようだった。
反撃どころか、ガードもままならず揉みくちゃにされ続けるカインとタルペイア。
一瞬の動きでタルペイアが放った針のような魔力弾がマリーを貫いた。〈グランド・クルス〉の効果が停止。同時に、カインとタルペイアは申し合わせたように無言で撤退していった。
緊張と沈黙の十数秒が過ぎ去る。もう何も起こらない。
戦いは、終わった。
アクア:
「どうにか、終わったみたいね……」
重い疲労感と徒労感だけが残った。カインとタルペイアは倒せていないので、また別の機会に来るのだろう。
マリー:
「ふっかつ!」
シュウト:
「あれ、それって?」
即時蘇生&全回復はレオンが使っていた回復装置と同じ挙動だった。
ギャン:
「〈生命のオーブ〉、課金アイテムだな」
ジン:
「おいおい、課金してんのかよ」
マリー:
「わたしはお金持ち」
ジン:
「ほぅ、ちなみに幾らぐらい突っ込んだ?」
マリー:
「ざっと20万ほど」
なんだ20万か、社会人ならボーナスでそのぐらい課金する人いるらしいよなー、なんて聞き流そうとしていた時だった。
葵:
『ちょ、それドル? ユーロ?』
マリー:
「ドル」
えっと、金額の規模が違った。ざっと計算して2000万円とかの話で吹き出しそうになる。
シュウト:
「って、そんなに課金して大丈夫なんですか?」
マリー:
「大丈夫。5万ドルぐらい課金した時に、運営から確認の連絡がきたぐらい」
ヴィオラート:
「マリーは、いくつか特許を持っていまして……」
マリー:
「2年ばかり前、口座に2億あったから、それからは確認してない」
その2億っていうのも、ドルだかユーロだかなんだろう。ユーロのレートって幾らなのかまではさすがに分からなかった。
なんとなく、マリーの強さはこの辺りの要素が影響している可能性があると思った。本人の頭の良さも当然あるのだろう。それに加えて、運営が少しぐらい融通を利かせていてもおかしくない気がする。
ジン:
「しかたないな、少し仲良くしてやってもいいぞ」
ずるっとこけそうになる。ゲーム内マネーだけではなく、リアル・マネーにも弱かったらしい。それでも上から目線なのがジンのスタイルというべきか。
マリー:
「痛いこと、しない?」
ジン:
「いいだろう。だが、ナメた真似はすんなよ」
マリー:
「わかった。契約成立」
ぐっ、と握手するジンとマリー。和解というか、なんというべきか。
ヴィオラート:
「わたくしも! わたくしとも仲良くしてください!」
スターク:
「……てゆうか、それならまずボクと仲良くするべきじゃないの?」
ジン:
「お前のは親の金だろ。こいつは自分で稼いだ自由になる金じゃねーか。レベルがちげーんだよ、レベルが」
ヴィオラートが抱きつくのに任せつつ、スタークとそんな会話に興じていた。
ヴィルヘルム:
「すまない、そろそろ撤収したいのだが」
ジン:
「おう、そうだな」
シュウト:
「そうでした。あ、キーアイテムなら、僕が」
そうしてモルヅァート作の〈高山流水の矢筒〉から、〈四天の霊核〉を取りだそうとして……。
シュウト:
「あれっ、あれっ?……すいません。出てこなくなっちゃいました(焦)」
ジン:
「なにやってんだ、お前?」
とりあえずキャンプに戻ることになったため、ドロップアイテムを拾い集めてから撤収することになった。




