195 バランス と 反作用
ジン:
「じゃあ、パワーの発揮における、バランスと反作用の話な」
本日の朝練は、パワー関連の話題。モルヅァートと戦っていた時に教わった『内的運動量の一致』の話題を軽くおさらいしてから、続いて反作用の話題へ移っていた。
ジン:
「センコー、反作用の説明」
英命:
「そうですね。反作用と言うと少し分かりにくく感じるかもしれませんが、同じ概念を『反動』と呼ぶことがあります。銃を撃った反動、といった具合ですね」
シュウト:
「なるほど」
英命:
「反作用の説明でよく使われるのが、壁を押すというシチュエーションですね。壁を押すという行為が『作用』になります。力を作用させた、のですね。力を加えて作用させたため、同時に反動が返ってきます。壁を押した力と同等の力が反動として返ってくること、これが『反作用』です」
ジン:
「反動って言われたら間違えにくくなるかもな。バズーカを撃った時の反動が、反作用だ。後ろに噴射する高温のガスは、反動・反作用を打ち消すことで、あさっての方向に飛ばないようにするためのもの、ってことだ」
英命:
「そうなりますね。反動というと、歴史の進歩に対して逆行しようとする政治的態度という意味もあります。作用反作用の法則とまとめて覚えればそう間違えることはないと思いますが……」
頭のデキのいい人たちはそもそも間違えないのだろう。僕は反動で覚えたのでたぶん大丈夫になったと思う。
ジン:
「バランス的な反作用の話なんだが、2種類あって、大ざっぱにいえば、相手が発するものと、自分が発するものとになる。外部反作用と内部反作用(※)だな。やって見せよう。……レオン」
レオンを例題係として前に立たせた。自分の体で体験したいので、羨ましい。というか、ちょっと悔しい。
(※注:説明用の造語です。)
ジン:
「横向いて。じゃあ、俺に押し飛ばされないようにしっかり立ってろ」
レオン:
「わかった」
ジン:
「まずは相手が発する反作用な。俺から見て外部反作用だ。じゃあ、グッと力を込めてみる」
寄りかかるようにして一気に押し込むものの、レオンがキッチリと受け止めて動くことはなかった。いわゆる『びくともしない』というやつだ。
ジン:
「思ったより動かねぇな。……OK。これは俺が力を出したことに対して、レオンが筋力でもって反作用と似たような役割を果たしたことになってる。運動競技や格闘技ではこうした対人状況はよくある。
一応、用語定義的な正しさを求めると、反作用的外部運動とか、そんな感じになるかもしれない」
葵:
『めんどいから、外部的な反作用ってことだね』
ユフィリア:
「うんうん」
シュウト:
「わかります」
ここまではとても簡単だ。レオンじゃなきゃ今の押しで吹き飛ばされている可能性もあるだろう。僕では到底、耐えられそうにない。例題係に選ばれなかったのも納得だ。
内的運動量の一致で考えれば、崩の問題に近い。崩の場合、自分がバランスをとる/とらないという点が話の中心だった。攻撃側のジンがバランスをとる代わりに攻撃し、敵に自分の体や姿勢を支えてもらう。同時に威力にも転換される、といった内容だ。
外部反作用の問題(視点というべきか)では、レオンがジンを支えたことになり、ジンからみて、レオンの筋力発揮は、外部的な反作用に位置づけられる。ジンはレオンのパワーという名の反作用によって、倒れずに済んでいた。
言葉で説明しようとすると逆にややこしい。見れば一発で分かるものだろう。
ジン:
「じゃあ、次、自分の発生させる反作用、内部反作用の例題な。……もう一回、押すぞ」
レオン:
「わかった。……来い」
ジンが『ポン』と軽く突き飛ばすと、レオンが2~3歩後退して、たたらを踏んでいた。あっさり、である。驚愕のレオンの表情からして、わざと飛ばされた風には見えない。
何が起こったのか、まるで分からなかった。もっといえば、凄いとも感じられなかった。1回目は余裕で踏みとどまれたのに、今回はあっさりダメである。それは何故なのか?ということだろう。
レオン:
「なんだと?」
葵:
『……? おおっ!? マジでか!』
ユフィリア:
「うーんと、今の、なんで? どうして?」
アクア:
「なるほどね……」
ジン:
「どうだ、わかったか?」
シュウト:
「いえ、全然。さっぱりでした」
ジン:
「レオンはどうだ?」
レオン:
「やり方は分からなかったが、……たぶん、反作用を発したのは『私』ということだな?」
ジン:
「当たり。……まぁ、言ってみれば、これは相撲版の『殺しの呼吸』みたいなもんだ。1回目、俺はもたれ掛かるようにして押し込みに掛かった。そこでは防がれたわけだ。しかし、2回目はもたれ掛からないように『腕だけ』で押したんだ。
この時に何が起こっていたかというと、2回目なので、俺に強く押されるとレオンの内では予測が働くことになる。準備としてしっかりと踏ん張ったものの、俺が押してくる腕なんかから、俺の重心や体軸の傾きなどを察知し、『思ったよりも来ない』と瞬間的に判定したはずだ。レオンの方も、俺の押す威力で体を支えようとしていたが、そのアテにしていた威力が来なかった訳だ。なので、自分でバランスを取る必要ができた。んで、俺はその時にレオン自身が自分に向けて発した力、レオン自身の『内部的な反作用』を利用して、ポンと突き飛ばした、ということだ」
リコ:
「ジンさんの内部反作用じゃなくて、レオンさんの内部反作用を使ってたんですね」
英命:
「そこが少し混乱してしまいやすいポイントですね」フフフ
タクト:
「レオンさんのあのパワーを利用できたから、腕の力だけでも吹っ飛ばせたわけか」
リコ:
「うん。発揮したパワーと結果の関係が逆転してるのが、不思議」
リコの言わんとすることに納得する。体重を掛けて押した時は防がれたのに、腕だけで押したら吹っ飛ばすことができたことになる。不思議だし、面白い。戦闘利用が前提の技術だろうから、こうした内容が存在していること自体が恐ろしくもある。知らなければ引っかかるからだ。
ジン:
「よしよし、よく理解できているな。この原理は電車なんかで観察できるものだ。扉が閉まって、『発車します』とアナウンスされる。動きだしに合わせて体を少し傾けて待っていたところ、いつものタイミングで発車しない。どうしたんだろう?と体の傾きを戻した途端に、電車が発車して……」
ユフィリア:
「うわっ!ってなっちゃうんだ?」
リディア:
「えっと、それだとタイミングの問題ってこと?」
ウヅキ:
「ちげぇだろ」
ジン:
「タイミングの代わりに別のものを使った、ということだ。人間が察知する能力は意外と高いんだ。崩しの時に語ったように、押してくるその力の成分が、筋力なのか、重みなのか、普通の人でも敏感に判別できたりする。更に今回のように、いちいち鍛えんでも、触れていれば重心や体軸の傾きを察知できたりするんだな、これが」
崩しの時と同じように考えてみる。
レオン→←ジン この形なら釣り合って動かない。
レオン→ ジン この形だとレオンが力を出し過ぎて釣り合わない。
レオン←←ジン 慌ててバランスを取ろうとしたところでジンが押す。
こうして考えてみると、崩しと内容が似ている。どちらも運動方向を操作していることが分かる。
ジン:
「相撲や柔道の場合、転んだり、倒れたりしたらダメというルールや約束が決められている。その他の種目もだいたい転ぶのはマイナスの意味合いが強めだ。テニスでボールを追いかけている時に転んだら、やっぱり届かなくなるからな。つまり、『立つ』『立ち続ける』『転ばない』ということに、一定の価値があるということだ。その結果、ある程度の強度で転ばないように努力してしまう。これが前提だな」
レオン:
「転ばないようにする行為を利用する技術、なのだな」
電車の例題でいうタイミングのズレ、崩しの説明の時のように押したり引いたり、そして今回の内部反作用の利用。こうして並べて考えると壮観というような気分になってくる。身体運動の豊穣さというべきか。
ジン:
「理屈はそこそこで、実践しよう。男女に分かれて今のをやってみろ」
コツを教わりながら何回もやってみた。押そう押そうと思うと、無意識に体軸が傾いてしまう。腕だけで押す感覚が掴めると、成功しはじめた。
ジン:
「どうよ?」
シュウト:
「なんだか遊びみたいな練習で楽しいです」
ジン:
「だろうな。子供の頃にこうした運動経験を積むとモノゴトの理解力が高まるハズなんだがなー」
残念ながらそうした環境はあまりないのだろう。
ウヅキ:
「なぁ、遊び『みたい』なだけじゃ、意味ねーだろ」
ジン:
「だな。んだば、バランスと反作用の応用例をやって見せようか。……レオン、昨日の続きな。……石丸先生、3分の測定よろしく」
石丸:
「了解っス」
ジンとレオンが武器を手に対峙する。ジンはまだオーバーライドを使っていなかった。レイシンの『始め』の掛け声で練習開始。号令と同時に、容赦ない打ち込みがジンを襲った。対するジンは、レオンの剣の側面を叩いて、力を流して捌く。勢いが余り、慌てて飛びすさるレオン。
レオン:
「……そういうことか」
ジン:
「時間ねーぞ。本気で来いよ」
バランスがパワーを支配する関係にある。ジンが同等のパワーを発揮しなければ、レオンは強く打ち込めない。だとしても、パワーに勝るレオンの有利は変わらないはずだ。オーバーライドを使わない限り、ジンのパワー負けは決定している。それを技だけで封じ込めることができるのかどうか。僕と似たような立場の戦闘でもあって、僅かな動きも見逃せない。破眼を発動させる。
ジンはきっちり3分間、レオンを翻弄し続けた。
細い立ち方と数センチの移動でレオンの打ち込みを受け流し、威力のない早い攻撃と、踏み込みだけの牽制も利用する。かと思えば、強烈な打ち込みで警戒させることも忘れない。前後左右のポジショニングも巧みで、目測を誤らせるような歩法との組み合わせが絶妙だった。レオン側は1秒として集中を切らすことができなかっただろう。ギリギリで空振りを誘う動きを見せ、かと思えば至近距離に踏み込んで威力を発揮させず、また鍔迫り合いを挑んだ。交差法からの反撃や、合気による崩し、後ろに回り込んで見せる動きなど、変幻自在である。動き続けることで狙いを外す当たりは剣舞に近い部分もあった。
もはやまともに当たらないため、レオンは薙払いを狙うものの、振り回す前に打ち込みで止められたり、斬り抜けを喰らっていた。強く踏み込めば弱く受け流される。コンビネーションを使うしかないが、足を止めれば間合いを外してくる。高速の連続攻撃を放つも、ステップインで間合いを潰され、ボディバインドで止められてしまった。
後半はレオンも対処し始めていた。天才の対処能力の高さに舌を巻く。しかし、そうした動きすら組み込んで、ジンは一方的な封殺をやり遂げてしまった。シンプルなものから、複雑なものまで、あらゆる技法を目の当たりにして、見知っている技術すら、使い方次第だと思い知らされる。そして出来ることのあまりの多さに不思議な感動を覚えることになった。
最後は偶然か、狙っていたのか、鍔迫り合いから内的反作用を利用した吹き飛ばしだった。
石丸:
「時間っス」
レオン:
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ジン:
「とまぁ、こんなもんだな」
ジンの涼しい顔でもって、どちらが勝ったかは明白だ。圧勝というか、完全勝利である。僕たちは沈黙をもって賞賛に代えた。
ジン:
「なーんつって。こんなの嘘だからな、騙されるんじゃねーぞ?」
シュウト:
「……嘘、なんですか?」
タクト:
「かなりスゴいと思ったんですが」
ジン:
「パワーの使い手に技だけで勝とうと思うのなら、圧倒的な実力差がいる。肝心の実戦でこんな風に巧く行くと思わないことだ。特にトップ選手同士の対決では実力差なんてほんの僅かだしな。素直にパワーを身に付けた方がいい」
シュウト:
「じゃあ、……今のは?」
ジン:
「よく考えろ。狙いを絞らせないようにするために、こんだけ技を駆使しなきゃならなかったってことだぞ。バランスがパワーを支配しているとは言っても、それは主にレオンの中で起こっていることであって、あの手この手でひっかき回すにしても限度ってものがある」
レイシン:
「まだ余裕ありそうだったけど?」
ジン:
「そりゃそうだ。レオンも訓練だと割り切っていた。技を盗むのに徹したんだろう。 本番なら形振り構わずに策を講じてたはずだしな。もっというと、オーバーライドの代わりに、竜の魔力でステータスを高めてたんだ。筋力だけならそこまで差はなかったはずだ」
レオン:
「そうだったのか……」
シュウト:
「もしかして、また新技ですか?」
ジン:
「おうよ。武器耐久力をなんとかできないかと思ってな」
ユフィリア:
「武器耐久力?」
ニキータ:
「昨日、痛い目にあったから……」
そういえばレオン相手にガンガン武器を打ち付け合って、泣きそうな顔をしていた。
シュウト:
「昨日の今日で、もう新技作ったってことですか?」
ジン:
「作ったってほどでもないんだがな。ブーストと竜の魔力は混ぜると危険だろ。武器が爆発とかあり得ないことが起こる。だけど、竜の魔力だけなら防御的に使えないかなーって。気で武器を折れなくできる作品とかあるし」
葵:
『それでなんでステータスアップするん?』
ジン:
「だって武器耐久をアップさせるって、ずーっと入れなきゃダメだろ。攻撃のタイミングにちょっと入れるのじゃダメだから、ハンタのスコップ強化みたいに、体から延長してずずーって」
リコ:
「つまり、ステータスアップは単なるオマケ……」
ジン:
「いやぁ、初めてアイツに感謝したぜ。ありがとうモルヅァート……!」ホロリ
タクト:
「誤魔化したな」
リディア:
「感謝が安っぽい」
英命:
「相手が望むものを与えて、はじめて感謝されるのですよ」
リコ:
「喜んでくれなきゃ、ただのお節介ですよね。わかってるんですけど」
葵:
『マーケティングは重要ってことだね』
レオン:
「竜の魔力とは何なんだ?」
アクア:
「ドラゴンが纏ってるオーラのような、防御的な魔力のことみたいね」
レオン:
「では、体に纏うのは正しい使い方のようだな」
ジン:
「……あっ」
新技のお披露目でドヤっていたジンの表情が凍り付く。破眼で見ていた感じだと、たった今、致命的な見逃しに気が付いたような感じだった。
シュウト:
「んっと?」
葵:
『どうした、ジンぷー?』
ジン:
「あ、いや、なんでもない」
ウヅキ:
「ところで、おっさん。そんなに手の内さらして大丈夫なのかよ?」
ジン:
「ん? ああ、問題ない。パワーで負けてても、ダメージソースがあるからな。〈竜破斬〉で一撃死をチラつかせられるから、ガチなら駆け引きの強度がまるで違う。〈天雷〉からのコンボもあるし」
レオン:
「まったく、厄介だな」
多彩さと一撃死の組み合わせは凶悪なものがある。『いつでも殺せる』といった余裕のポーズがハッタリなのか、そうで無いのか。それすらも既に駆け引きになっていた。それに〈天雷〉も厄介だが、ドラゴンストリームはもっと危険だ。よほど不意を突いて、レオン側も一撃死を狙わない限り、勝ち目など見えないだろう。
そう考えたところで、同じ問題がすべて自分にも跳ね返ってくることに思い至り、頭を抱えたくなった。レオンなんて負けてしまえ!と思っていたけれど、むしろ、レオン頑張れ!の気分である。つまり最悪の気分だ。
ジン:
「用事を思い付いたから、朝練はここまで。あとは統一棒とか使った訓練をやっとけ」
シュウト:
「あのぉ、僕にも稽古を付けて欲しいんですが……」
ジン:
「今日はナシだ。おまえは、こいつらがサボんないか監視しとけ」
レイシン:
「それじゃあ、ご飯の支度してくるねぇ~」
雑談に流れた影響か、少し早めに終わってしまった。自主練タイムだけれど、一応、監視係みたいな役目を仰せつかった。ちゃんとやろう。
◆
ユフィリア:
「食事の支度、いってきまーす!」
ジン:
「おう、うんまいの頼むぞ。うんまいの」
ユフィリア:
「うんっ♪ いこっ、ニナ?」
ニキータ:
「ええ」
その時、さりげなくジンがレオンに小声で話しかけるのが聞こえた。『話がある』と言ったようだ。
アクアにも聞こえているはずだ。シュウト、ウヅキといった耳のいいメンバーの様子をざっと確認するが、そちらに変化は見られなかった。
先ほどの様子の変化と、用事が『できた』という言葉から何かがあったのだろうと思う。気にはなるが、放っておくべきかもしれず、これは微妙なところだ。
ニキータ:
「葵さん」
葵:
『ん? どったの?』
ニキータ:
「アレって、なんだと思いますか?」
ユフィリア:
「えっ、なぁに? どうかしたの?」
葵:
『わかんない。へっへー。ちょーっち、覗き聞きしてくるよ』
ユフィリア:
「ねぇ、なんの事?」
ユフィリアが正面からじっと見つめてくる。こちらの姿勢が正される。
ニキータ:
「んー。さっきのジンさん。ちょっと様子がおかしかったでしょう?」
レイシン:
「そうだねぇ~」にこにこ
なんでもない、と誤魔化すことはできたと思う。でも、それは止めておいた。何が必要になるかわからない。ユフィリアの邪魔をすると、どこかで失敗しそうな気がした。何が役に立つかはわからない。
ユフィリア:
「…………私、ちょっといってくる!」
レイシン:
「そうだね、じゃあ先にそっちに行こうか」
レイシンがみんなで行くような雰囲気を出していたので、流されて同行することになった。そもそもレイシンが居ないのでは朝食の準備もできないし、と心で言い訳しておく。
こちらのミニマップでジンの位置を補足できているように、ジンの側も私たちの接近を知っているはず。やはりというか、レオンとの会話はまだ始まっていなかった。
ジン:
「何しに来たんだよ?」
葵:
『覗き聞きだ!』
ジン:
「盗み聞きでいいだろうが」
葵:
『まぁ、そうなんだけど。シュウくんおっぱらって、レオンくんとだけ何を話すのかなって?』
ジン:
「大した話じゃねーよ」
そんな枕的会話に続いて、ユフィリアが前に。
ユフィリア:
「ジンさん、……大丈夫? 私、よく分からないけど、心配だよ」
ジン:
「えっ? お、おお。別に大丈夫だぞ。つか、たった今、ヒロインワードの直撃をくらった程度だ」
ユフィリア:
「ヒロインワード??」
ヒロインワードというのはよく分かる。無意識なのだろうけれど、ユフィリアの言動はどことなくヒロインっぽい。本人はあんまり分かってなさそうだけれど。
ユフィリアは、要するにレオンとの会話の内容が知りたかったのではなく、ジンの心配をしにここに来たということだろう。ヒロインの資格があると行動原理が違ってくるらしい。自分の野次馬根性が卑しく思えてくる。
レイシン:
「それで、どうかしたの?」
ジン:
「勝ち逃げを謝ろうと思っただけだよ。どうやら人間というか、ヒューマンを辞めちまってたらしい」
レオン:
「勝ち逃げ? ……なんのことだ」
葵:
『やっぱそーなん?』
ジン:
「あれ? お前、知ってたの?」
アクア:
「どういうことか、説明しなさい」
ここでアクアがゆっくり歩いて近づいてくる。
葵:
『モルヅァートに竜の因子というか、牙のカケラを埋め込まれた時、改造されたんだべ?』
ジン:
「たぶん。あんま眠くなんねーから、変だなーって思ってたんだよ。龍脈から魔力が流れてくるから、それのせい?とかって」
レオン:
「事情は分かった。それで、結論は?」
ジン:
「外見に変化がないから気が付いてなかったけど、どうも中身は人間じゃないかも。竜の魔力とかどう考えてもヘンだもんなぁ~。ここはダイ大に倣って竜魔人とか言いたいとこだけど、魔人の要素はないから、『竜亜人』ってトコか」
ニキータ:
「モンスターになった、ってことですか?」
ジン:
「かも?」
アクア:
「……種族変更なんて、そんな簡単に起こるものなの?」
葵:
『サブ職の〈吸血鬼〉とかは、肉体の性質も変更されるし、絶対ナシって感じじゃないっしょ』
ジン:
「まぁ、そういうことだな。……てなワケだ。悪いな、勝ち逃げみたいな感じになっちまって」
レオン:
「構わんさ。その程度、気にはしない」
ニキータ:
「よく分からないんですが、それってそんなに大事なことなんでしょうか?」
葵:
『まー、ねぇー。最強にはケチが付くかも。スポーツカーでカーレースしてる所に、F1が出てきたらズルいっつーか』
レイシン:
「それ、分かりやすいね」
そんな会話をしていると、ジンがため息をひとつ。
ジン:
「不可抗力とはいえ、シュウトにゃ悪いことしたよなー。もうちょっと『人間の最強』でいてやるつもりだったんだが……」
ニキータ:
「ああ、それで……」
やはり優しさや思い遣りだった。シュウトが大事にされていることが嬉しい。せめて彼の代わりに喜んであげようと思う。
ユフィリア:
「ジンさんは、ジンさんだよ。 きっとシュウトも大丈夫」
ジン:
「いや、だから。またですかい(苦笑)」
もはや自動的にヒロインワードを炸裂させていくユフィリアだった。純真さが人の形をとったかの様な、その神の与えた愛らしさは罪作りですらある。私が見てても完全にアウトだ。
葵:
『んなこといったら、あたしゃキツネだし、ダーリンはワンワンだぞ?』
レイシン:
「わんわん」
アクア:
「そのノリは、イメージになかったわね」
レイシン:
「わん?」
ジン:
「ハイハイ、そんなこと言ったら、そもそも〈冒険者〉の時点で人間じゃねーんだけどな」
ニキータ:
「なんというか、種族変更よりレベルブーストの方がズルい気がするんですが?(苦笑)」
ジン:
「そんなの極めりゃ誰だって使えるようになる。極めてないのが悪い」
その辺りは微塵もズルく感じていなかったらしい。遠くの空に、シュウトの冥福を祈っておくことにする。
ユフィリア:
「でも、りゅーあじん? になったらどうなっちゃうのかな?」
ニキータ:
「角とか、尻尾が生えたり?」
ジン:
「皮膚からウロコとか、トゲトゲが生えてくるかもだぞ~? 鎧が要らなくなったら裸で戦うっきゃねーな」
ユフィリア:
「きゃー、ジンさんのえっち!」
アクア:
「お楽しみのところ悪いけど、そんなに都合良くいくのかしら? さっきはF1に喩えていたけれど、逆に弱くなってる可能性だって考えられるでしょう?」
ジン:
「F1じゃなくて、戦車とか潜水艦かもだよなー?」
レオン:
「そもそも、本当に怪物なのか?」
葵:
『もしかすると、……〈古来種〉かもしんない』
みんな絶句していた。突飛な想像力のようでいて、聞かされればそれしかないような気がしてくる、というか。
〈古来種〉といえば、〈冒険者〉〈大地人〉に続く第三の人類種だ。モンスターを疑うより前に〈古来種〉の可能性を考えるべきだろう。
レオン:
「なるほど、しっくりくるな」
アクア:
「やるわね、葵。〈古来種〉ならデータがあるかもしれない。どこかのサーバーに竜亜人がいた可能性もあるわ」
ユフィリア:
「どういうこと?」
ニキータ:
「えっとそれは……」
ジン:
「いきなり怪物になるのはヘンだけど、古来種に竜亜人の前例があるなら、それに引っ張られる形で種族変更した可能性があるかも?ってことだな」
葵:
『〈古来種〉のことはあんま分かってないんだけど、〈古来種〉同士で結婚して子供が産まれるんじゃなくて、〈大地人〉が突然変異してなるみたいだね』
ニキータ:
「じゃあ、ジンさんも突然変異で……?」
ジン:
「かな?」
葵:
『にひひ。これでジンぷーもめでたく「人類の守護者」の仲間入りだな!』
ユフィリア:
「正義の味方? ねぇ、正義の味方ってこと?」
ニキータ:
「ええ。ヒーローね」
ジン:
「いやいやいやいや(苦笑)」
ユフィリア:
「じゃあ、もう意地悪なこと言っちゃダメだよね。ヒーローは優しくないといけないんだよ?」
ジン:
「あー、俺、どちらかというと呪われた存在だから。竜魂呪とかあるし? ダークヒーロー側なのだよ」
葵:
『ヴィランじゃなくて、ヒーローなんだ?』にやにや
ジン:
「うっせーわ、そこツッコむなよ!」
レオン:
「ふむ、サブ職を介さずに種族変更をしたことになるのか……」
ジン:
「いやぁ、悪いなぁ、〈古来種〉だなんて、大パワーアップしちゃったかも?」
葵:
『まだ確定したワケじゃねーけどな。つか、レベル上限が110になってたりして(笑)』
ニキータ:
「それは、……流石にズルいですね」
衛兵と〈古来種〉は上限レベルが〈冒険者〉よりも高く設定されていた。〈冒険者〉が100まで到達したとしても、ジンが110になれるとしたら、基礎ステータスからなにまで大きな差が付くことになる。
ジン:
「レベルはいいとして、古来種用の特殊スキルとか使えるようになったら面白そうなんだが」
アクア:
「さすがにムカつくわね。なんのデメリットもない方がヘンだわ」
葵:
『ヒューマン用の特技は使えなくなるだろうね』
レイシン:
「うーん。ドラゴン用の武器で大ダメージとか?」
ジン:
「へっ? ……なんですと?」
浮かれていたジンに突き刺さる第二の矢というか。このパターンはついさっきも見たような気がしてならない。
レオン:
「ドラゴン特効が弱点化している可能性か……。フッ、面白いな」
葵:
『フラッシュニードルで大ダメージとか?(笑) でもあれだ、モンスターは竜特効の攻撃してこないから弱点にはなんないや(笑) よかったな、ジンぷー(笑)』
ジン:
「人間にはむしろ弱体化って言いたいのか? あ? ハッキリ言えよ」
葵:
『べっつにー、あたしは何も言ってないじゃん』
ジン:
「言ってるのと同じじゃねーか!」
〈冒険者〉には、モンスター同様の明確な弱点は設定されていない。それこそ吸血鬼になるなどの特殊な状況で改めて付与されるものだからだ。
せめて防御に穴が出来たというのは、シュウト辺りにとっては朗報な気がしないでもない。
ジン:
「ヤバい。竜特効を防ぐ防具が存在してない……」
レイシン:
「人間にとっては弱点じゃないからね(笑)」
ジン:
「いや、諦めるのはまだ早いだろ。竜翼人の里に行って相談しよう、そうしよう」
アクア:
「まぁ、がんばりなさい」
そろそろ朝食を準備する時間がなくなってしまう。ここらでお開きにしたい。
ジン:
「その、なんだ? しばらくシュウトにはナイショで頼む」
葵:
『それはいいけど、案外すぐバレるんじゃねぇかなぁ~?』
ジン:
「テメ、なにがいいてーんだよ?」
葵:
『あとのお楽しみにしとこうか。予想では今日中に確定するからにん』
ジン:
「……あ? なんかあったか?」
レイシン:
「さぁ?」
ニキータ:
「そろそろ時間なので」
ユフィリア:
「そうだ、朝ご飯!」
難しい顔をしているジンを残して、私たちはその場を後にした。




