002 〈カトレヤ〉へ
モニターの中で、青い光が瞬いている。
父のやっていたゲームを、肩越しに見た記憶。
父の横顔はなんだか辛そうだった。見てはいけなかったのかもしれないと思って、この後しばらく悩んだりしたものだ。
シュウト:
(懐かしい夢をみたな……)
もう何年も前の記憶が夢になって再現されたものだった。
この日を境に父は〈エルダー・テイル〉を辞めた。前より仕事に対して一生懸命になったと母は喜んでいたが、子供心には何かが残ったのだろう。大学入りが決まり、勉強から解放された修也は、〈エルダー・テイル〉を始めていた。
父親を理由にする気はなくても、影響されたのは事実だろう。授業を疎かにして単位を落とすつもりはなかったし、飲み会があれば何度かは顔を出しもした。そうして2年もの時間を費やし、大学3年の春には一人前の〈冒険者〉になっていた。
窓を開ければ既に日も高く、お昼に近い時刻になっていた。
シュウト:
(それにしても……)
アキバの街を出て、ソロでシブヤまで移動し、宿に泊まった。
途中でアキバへと向かう〈冒険者〉の何組かとすれ違った。今更ながら、人と違うことをしているのだと強く感じた。今時、アキバに向かう〈冒険者〉はいても、シブヤに向かう〈冒険者〉はいない。他人と違うことをするのが好きというわけではなかった。だから不思議な感じがした。
シュウト:
(…………暇だ)
昨日は一日部屋にこもって矢を作って過ごした。
命中率にボーナスのある矢をベースに、威力のある矢の、鏃をくっ付けて、即席の『高威力・高精度の矢』を作ろうと遅くまで起きていた。
〈円卓会議〉が結成され、アイテム作成の裏技が公開されて以降、生産系プレイヤーの多くが、新しいアイテムを自分の手で作り出そうとやっきになっている。
自分のサブ職は〈矢師〉。矢を生産することに特化した専門職だ。弓に関連する特技も会得できることから、生産系とロール系の中間的なサブ職とされている。
冒険をサポートする特技が追加される〈狩人〉の方が全体的には便利ではあるが、他人の手をあまり借りたくなかった。自分で特殊な矢を作りたかった。
幸い、矢の作成は(一部の魔法の矢を除いて)炉などの作業場所を必要としない。これはクエスト中に矢を補充する必要からそうなっているのだろう。おかげで作成場所を選ばずに済む。
しかし、矢をイチから自作するのは流石に嫌だった。箆と呼ばれる棒状の、いわゆるシャフト部分を真っ直ぐに作るだけでもごめんなさいと謝りたくなる。メニューから作れば10秒で完成し、規格も統一された『真っ直ぐのシャフト』が付いた矢が出てくる。意地悪で歪んだ材料を使っても、10秒して出てくるものは真っ直ぐなのだから頭が下がる。
『鏃だけ交換大作戦』は、メニュー作成した矢を利用することにした。交換する鏃をどう固定するか?という部分に時間が掛かったが、考えるのを止めて、ああでもないこうでもないと触り始めると、意外とすんなり満足の行く結果が出せた。
最初に壊した何本かの矢以外は、威力も精度もない普通の矢として再利用できることも分かった。『命中プラスの矢』と『威力プラスの矢』から、『命中・威力プラスの矢』と『普通の矢』とを作ることができた。規格統一さまさまといったところだ。
シュウト:
(今日は、もうやることも無いんだよなぁ。……食料が買えるぐらいの金を手に入れればいいだけだし。あ、宿代もか)
食べていくだけなら、銀行にある分だけでも何ヶ月かは何もしなくても良かったりする。ただ、シブヤに銀行施設はないので、アキバまで引き出しにいく手間は掛かる。それなら、近くで手頃なモンスターでも狩った方が早いかもしれない。
仕方が無く、のろのろと出かける準備をした。もう2~3日寝てても良かったのだが、この世界には娯楽があまりにも少ない。一人でじっとしているのが苦痛なのはとうに知っていた。ネットとまでは言わなくても、テレビが無いのが、やはり痛かった。
シュウト:
(どっちにしても挨拶には行くんだろうし、早めに出かけちゃおう)
ギルドに入っていたためか、ギルド以外に知り合いなんて殆どいない。だからってアキバに戻って別のギルドに入り直すのはさすがに無様な気もする。1人で生きていくにしても、最低限の人間関係は付きまとうものだと思う。
元駅前のハチ公前広場に出る。広場でやっている露天マーケットの数が少なくなっているのを横目にみながら、こちらも廃墟となった百貨店のA館・B館の間のナントカいう名前の通りを目指して歩いていく。
シュウト:
(シブヤの知り合いと言っても、〈カトレヤ〉の葵さんぐらいだもんな……)
〈カトレヤ〉というのはシブヤの零細ギルドだが、何故だか事情通には妙に知られている不思議なギルドだった。
葵は自他共に認める“引きこもり系ギルドマスター”で、基本的に街の外には出ない。シブヤの街中にもめったに出ないらしい。専門の生産系サブ職があるならそんなプレイもできるかもしれないが、〈カトレヤ〉のような零細ギルドでは素材の調達も間に合わないだろう。そのため、暇つぶしなのか副業で〈占い師〉の真似事をしていたはずだ。いや、むしろサブ職でやっている〈占い師〉の方が本業なのかもしれない。『表の顔』が分かりにくい人だった。
そんな葵女史も昔は一線級のヒーラーだったらしく、今の旦那さんとの結婚を機にキャラをリメイクしたと聞かされていた。今では〈狐尾族〉の〈召喚術師〉(サモナー)である。しかもレベルはたったの23で、「永遠の23歳」を自称していた。
シュウト:
(一線級、か。そんな話なんて、いくらでも転がってそうだけど)
上限が70レベルになる頃からか、24人プレイのフルレイドや、96人プレイのレギオンレイドでのクエストが『ハイエンド』と呼ばれるようになっていった。これまでにサーバーの歴史に残るであろう幾つものクエストがあったし、僕も〈シルバーソード〉で先陣争いに加わった経験が何度かある。
その昔、ハイレベルクエストの大半が6人パーティで行うものだったという。一部の上級クエストが段々と〈フルレイド〉に移行するようになったぐらいで、〈拡張パック〉によって追加されたばかりの〈レギオンレイド〉での戦闘システムは、いわば戦争の真似事をするための、模擬戦の意味合いが強かったという。
それもここ10年で『ハイエンドのクエスト』は、その全てが〈フルレイド〉に必要な24人、もしくはそれ以上の集団・組織力が要求されるようになっていった。結果として6人パーティで行うクエストは一段次元の低いものだと見做されることになる。特技も奥伝の上に秘伝が追加され、装備でも幻想級のアイテムは〈フルレイド〉以上の戦闘でしか手に入れることが出来ないように制限が設けられた。
一説によれば、戦闘メインのプレイヤーに不人気だったギルドシステムを活性化させる目的があったとか。今でも生産キルドの方が圧倒的に人数が多いのがその名残だと言われている。戦闘ギルドの場合、人数が多いとアイテム報酬で揉める事になり易い、といった事情が複雑に絡み合う。最強のアイテムが欲しかったら自分でギルドを作って、リーダーになるしかない。そうやって戦闘ギルドは分散することが間々ある。
だからこそ、昔は様々な伝説が生まれては消えていった。個人的な見解では、ハイエンドの人数が6人で済んだ事、つまりギルドのような組織力が必要ないことで、そもそもエピソードが記録として残りにくかったのだと思う。人知れず誰かが何事かを成し遂げ、しかし、だんだんとその偉業を覚えている人間が少なくなっていき、本人達と共にエピソードも消え去ってしまう。そうして物語は記憶の片隅でおぼろげな伝説となっていくのだ。
大人数のギルドでもなければ、成し遂げた本人達が居なくなった途端にエピソードは消滅する。それは半ば当然の話だろう。
そんなわけで「昔の伝説」がどの位あるのか見当も付かないし、大半は噂に尾鰭がついた胡散臭い代物だと相場が決まっていた。
現存する幾つかの伝説のひとつを上げるとして、最も有名なものは〈竜殺し〉の話だろう。
ある時、いくつかの攻略サイトで〈竜殺し〉による追加特技の情報が更新された。それはあまりにも早すぎた情報であったため、さすがに真偽が問題となった。イベント用に強さが調整されたドラゴンはともかく、その当時、真竜(上位ドラゴン)はまだ倒せないモンスターだとされていた。いつかレベル上限が解放されて、十分に強くなってから倒せるようになるモンスターのひとつだと考えられていたのだ。
……それなのに、60レベル中盤にも関わらず真竜を打ち倒し、〈竜殺し〉のサブ職を得た戦士職が日本サーバーに現れてしまう。これは世界でも最速と言われていた。
このため〈竜殺し〉のサブ職に関する情報は運営側のミスで流出したか、でなければもっともらしく作られたデマだろうと騒ぎになったらしい。〈レギオンレイド〉によるものだろうとの推測もされたが、大手ギルドにも実行者が見当たらない。一部の人間によって〈拡張パック〉等のデータ解析までもが行われたが、結局は本人によって画面をキャプチャーした画像か何かで解決したという。本当に竜殺しは日本に実在したとされる。
レベル上限の上がった現在、〈竜殺し〉のサブ職はそれほど取得が難しいものではなく、戦闘ギルドで活躍する戦士職であれば普通に選べる程度にハードルは下がっていた。しかし、今でも〈竜殺し〉の成り手は少ない。それはあまり魅力の無い追加特技が理由になっている。
戦士職でない僕も興味から一通り調べてみたが、追加される特技にこれといったモノがない。特に攻撃用の特技は壊滅的で、期待された〈アサシネイト〉に迫る高威力の極大攻撃や、何発も連続で叩き込む爽快なコンボ技などは欠片もなかった。あるのは〈竜破斬〉(ドラゴンバスター)という低威力の単発攻撃技で、戦闘中に何度でも使えることが最大の利点という小技のみ。つまり対竜属性がついていてドラゴンと戦うならちょっと効率がいいかも?という程度の代物で、ドラゴン以外に使えば通常攻撃に毛が生えた程度の代物だった。ネタ的にいわくつきの名前らしいのだが、完全に名前負けしている。これでは一流の戦士達が今までのスキル構成を変えてまでサブ職に選ぼうという動機を生み出さないのも仕方が無い話だった。伝説のサブ職も、今ではネタ職である。
それでも一点だけ、長期戦となる対ドラゴン戦向けに回避系の特技で目玉になるものが入っている。〈フローティング・スタンス〉と言って、不意打ちに対する自動防御機能付きの優れものだ。
防御がメインの〈守護戦士〉にはあまり魅力的ではないが、回避系特技の充実している〈武士〉や〈武闘家〉ならば、稀に選択するケースもあったらしい。
そんな伝説のサブ職も、〈拡張パック〉が追加され、より有利なサブ職を求めるプレイヤー達の影でひっそりと姿を消していくことになる。その後の〈吸血鬼〉を代表とする『サブ職乱立の時代』が来たことが大きい。
この時期は開発が荒れ、強力すぎる召喚生物や、戦闘が一方的に有利になるサブ職の開発がたびたび行われた。開発と修正のいたちごっこが何度か繰り返され、『程よいライン』が模索されるまでしばらく掛かることになる。そうして、なんとなく合意が形成されはしたのだが、〈竜殺し〉のサブ職はこの期間に絶滅した恐竜だった。
実際、僕も〈竜殺し〉のサブ職を使っているプレイヤーを見た事がない。いわゆる「名誉サブ職」。もしくは口の悪い連中に言わせれば「ガッカリ職」の一つだとされていた。最先端を駆け上がる攻略系プレイヤーにとって、時代遅れのサブ職を選択すること自体があり得ないことだろう。
こういった事情も、多くのプレイヤーが同じサブ職を選ばないようにする意味があると言われている。特に〈竜殺し〉は初期に開発された戦闘系サブ職だったため、良い意味で「バランスの悪い特技」が入っていないのかもしれない。日本サーバーの開発担当ではなく、なんとなくアタルヴァ社が直々に作ったサブ職のような感触があるのだ。
〈シルバーソード〉のような戦闘ギルドは、いわば最強を目指す漢達の集団でもあったので、雑談ではこの手の話題になり易い。いろいろな話が聞けるから胡散臭いものも多かった。
その中でも断トツに胡散臭いものといえば、やはり『青』の話だろう。確率数パーセントのクリティカルを狙って連発する〈守護戦士〉の話なのだが、嘘でなければバグかチートに決まっていた。……それでも再現出来ないか議論されるのが面白いところで、いつの時代も最大ダメージは男のロマンということらしい。
道路に放置された大きな瓦礫を避ければ、〈カトレヤ〉は直ぐそこだった。
◆
女の声:
「おなかへったー!」
木製のドアを開けたところで、挨拶するより先に言葉が飛んできた。声の主は奥の部屋にいるはずだ。確かにもう昼飯の時間なわけで、どうもアキバで何かしらの『お土産』を見繕わなかったのは失敗だったように思えてくる。自分の配慮のなさにダメ出ししながら、勝手知ったる他人の家とばかりに奥の部屋へと入っていく。
シュウト:
「どうも、お久しぶりです」
子供姿の女性:
「え? おっ?……やぁ、いらっしゃい。アハハ」
だらしなくぐったりとしていた葵は、不意の訪問者に意表を突かれた様子でいろいろと笑って誤魔化すことにしたようだ。通ってきた無人の受付スペースの奥は、バーカウンターのような場所になっている。カウンターの内側にはお子様体格の葵が鎮座ましましていた。定位置ともいう。
ここでたむろしてくっちゃべるのが〈カトレヤ〉のスタイルだ。
〈カトレヤ〉。
シブヤの零細ギルドであり、いわゆる初心者に対してマニュアルなどでは分かりにくい部分を教えたりする冒険サポート系ギルドのひとつである。
僕もここ、〈カトレヤ〉で学んだ一人だった。
〈エルダー・テイル〉をシブヤからスタートした僕は、チュートリアルのクエストが終わったところで『お約束』を守るべく酒場を探した。素人考えだが、情報収集はやはり酒場から始まるものだろうと思ったのだ。
初心者丸出しでウロウロした末に、〈冒険者〉が張り出すことのできる連絡用の掲示板に〈カトレヤ〉の名前を見つけたのが運の尽き。その後はいろいろ酷い目にも遭わされたが、僕は〈カトレヤ〉で学び、ここを卒業した。アキバで戦闘ギルドに入るように勧められ、〈カトレヤ〉から飛び出したのだ。
僕が〈カトレヤ〉に居たのは、2週間にも満たない時間でしかなかったが、大切な時間だと思っていた。MMORPGの人付き合いはここが起点になったためだ。その後も半年に一度ぐらいは挨拶しに寄るようにしていた程度には、お世話になったと思ってもいた。
葵:
「シュウトくんだったのかぁ、ダーリンと間違えちゃったよ」
シュウト:
「相変わらずアツアツですか?」
葵:
「もちろんでございますとも。……そっかぁ~、〈大災害〉からは始めてだったね」
じろじろと顔を見られて「そういう顔なんだ、悪くないじゃん」とお褒めの言葉を頂戴した。
シュウト:
「葵さんはやっぱりこっちの世界だとロリを地で行くんですね?」
葵:
「残念っ。『非実在美少女』といって欲しかったっ」(アタック24)
微妙に元ネタを分かっていない気がしたが、雰囲気だけで笑い合う。
〈大災害〉からどうしていたのか?などの話題になり、旦那さんも一緒に巻き込まれた話や、なんだかんだと楽しくやっている話を聞いた。笑えないことも沢山あるのだが、お互い笑い飛ばしてしまわなければやっていけないことだと分かっていた。
そして本題へと飛翔した。
葵:
「〈シルバーソード〉、辞めたんだね?」
シュウト:
「……はい」
〈冒険者〉は脳内メニューを呼び出せば、相手の基本的な属性情報を知ることができる。葵がそんな操作をした素振りは僕にはまるで見えなかったのだが、名前を呼んだ時には既に確認を終えていたのだろう。
〈大災害〉から既に一月が経過している。会話時にメニューを呼び出したりするテクニックは必須のもので、本来、呼吸をするぐらい自然に出来なくてはならない。葵は既にこの操作に熟達しているようだ。
脳内メニューを使えば、今、僕がどのギルドにも所属していないことは、〈冒険者〉ならば誰にでもわかる。しかし、『何のギルドを辞めたか』までは当然うかがい知ることはできない。辞めてしまったギルドは表示されないからだ。つまりそれは、知り合いがかなり多いはずの葵が〈カトレヤ〉を離れたシュウトの所属ギルドを覚えていたことを意味していた。そこに気が付いてちょっぴり暖かい気持ちになった。
葵:
「とりあえず、ダーリンが帰ってきたら食事にするから。食べていきなね」
シュウト:
「ごちそうになります」
会話につまると、ご飯もしくはお菓子を勧めるあたり『おばちゃん的会話術』なのだろうという気がしたが、まだ死にたくはないので口には出さずにおいた。
その後は現在のアキバについて根掘り葉掘り問い詰められ、僕が知らないことだらけなのが明らかになっていった。訊かれっ放しは良くないと思い、思いついた質問を返してみた。
シュウト:
「シブヤでかなり上手いソロプレイヤーって知りませんか?」
葵:
「それって何職? 名前は?」
シュウト:
「〈守護戦士〉だったと思います。えっと、名前とかはちょっと。見かけたのが〈大災害〉の当日だったんで、脳内メニューの操作とか、まだ癖になってなくて」
身長や体格、外見で思い出せることをしどろもどろになりながら説明する。どうにも説明が下手だ。
葵:
「大きめのギルドはだいたいアキバに合流しちゃってるし、ウチのダーリンでもないわけだね? 無所属の〈守護戦士〉かぁ~。直継くんとか? ……あとはジンぷーだけど、それとも~」
シュウト:
「その直継ってどんな人です?」
葵:
「んーと、あんま喋ったことないけど、〈放蕩者〉の手錬戦士くんだよ」
シュウト:
「〈放蕩者〉、ですか」
〈放蕩者の茶会〉。
シュウトとは活動時期が重ならなかったためにあまり実感はないのだが、〈シルバーソード〉にとっては重要な仮想敵のひとつだった。〈西風の旅団〉の“剣聖”もそうだし、今回の〈円卓会議〉を仕掛けたのだって〈放蕩者〉の出身者だと聞いている。既に自分が〈シルバーソード〉を離れているにしても、〈放蕩者〉の名はシュウトにとってあまり良い気分のする相手ではない。
もう一人の候補者について質問しようとしたところで、入り口のドアが開く音が聞こえた。旦那さんが帰宅したのだろう。
葵:
「おかえりなさーい。おなかへったよー!」
背の高い武闘家:
「ただいま…………おっと。これはどうも、いらっしゃい」
シュウト:
「お邪魔してます」
葵の旦那さんであるレイシンは、〈狼牙族〉の〈武闘家〉(モンク)だった。引きこもりの嫁を食べさせるためにソロや傭兵をしてお金を稼いでくる出来た保護者だという。いつも留守にしているので、シュウトが会って話をするのはもしかするとはじめてかもしれなかった。なんとなく見覚えがある様な気がしていたが、会っていたとしてもココでではない。外で戦っている時、もしくは街中でのクエストを準備している時の気がする。
名前のイメージはクールな拳法使いだが、話してみると温和そうな、のんびりした人物だと思った。
レイシン:
「じゃあご飯作るから火を入れてよ。……って、お茶も出してないの?」
葵:
「あー、忘れちゃってた。というか、色つきのは全部飲んじゃった(笑)」
シュウト:
(なんという適当ライフ。きっと、お土産無しが正解ルートだな(苦笑))
葵はカウンターの内側に置いてある箱をガシャガシャとまさぐると、「粗茶ですが」と、ただの水を注いで寄越した。何が粗茶だか、詐欺じゃないかと思いながらも、礼儀正しいつもりの僕は、ありがたく木製のコップに口をつけた。
シュウト:
「あ、……冷たい」
葵:
「ふっふーん。即席のクーラーボックスだよん。どうだ、まいったか」
シュウト:
「参りました。……ってことは?」
葵:
「そ、なんと氷の精霊も召喚できちゃうのだ。これで夏場の冷房もばっちり!」
シュウト&レイシン
「「おおー」」
レイシンと一緒に合いの手を入れてみたりした。一連の冗談のやり取りはともかく、冷たい水にはちょっと感動した。たったレベル23で氷の精霊と契約していたこともそうだけれど、〈大災害〉以降、水は常温で飲むのが当たり前になっていたからだ。今のアキバならば冷えた水ぐらい売っているかもしれないが、味がついたのだってごく最近の話でしかないのだ。冷たいのは完全な不意打ちだった。
仮に冷たい水を飲みたかったとしたら、例えば山奥のフィールドで湧き水が出るポイントを探すか、どこかの川の上流まで行くしかなかっただろう。僕はそんな手間をかけようと思った事がない。まだ夏前なので、常温でもあまり気にならなかったこともある。
葵:
「にゅふー、ドマイナーな下級精霊だけど、可愛かったから欲しかったの!どうよ、この先見性。さすが〈占い師〉(アタシ)。えっへん。もっとホメたたえぬわぁさーい!」
シュウト:
「そんな無い胸そらして勝ち誇られても……」
かなり気分がほぐれたせいか、ついつい毒舌が出た。僕も悪い癖だと思ってはいる。といっても言われた本人はまるで気にしたところはない。
葵:
「えっちな目でみないで! このばでぃにダーリンはメロメロなんだからねっ」
葵はキャラの定まらない口調で思いつく限りの台詞を吐き出すのみである。
?:
「……んなわけあるかよ、っと。たでーま」
いつの間にか、後ろにもう一人、今度は〈守護戦士〉が入って来ていて、荷物を降ろしながらツッコミを入れていた。
シュウト:
(あ……れ…………?)
葵:
「ジンぷーお帰り。遅かったじゃん」
その人は、あの日の戦士、その人だった。




