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192  統一棒

 

ジン:

「今日から器具を使った鍛錬を行う」

シュウト:

「器具、ですか?」

ケイトリン:

「(あれはエロい道具を使うつもりだな)」ひそひそ

ユフィリア:

「エッチなのはいけないと思います!」

ジン:

「別にいやらしく無いわい! てか何を想像したんだ、何を!」

ケイトリン:

「クックック」

ニキータ:

「ユフィで遊ばないの」ぽこっ


 単純なユフィリアを使ったイタズラに成功して笑っているケイトリン。それを軽く叩いて叱るニキータ。……恐ろしいことに、たぶんここまですべて彼女の計算通りである。そうまでしてニキータに構ってもらいたいらしいその執念というか、サドなのかマゾなのかすら分からない部分というか、処置なしである。


ジン:

「結果、(もてあそ)ばれたの俺じゃね? ……それはともかく、これだ」


 マジックバッグから取り出したのは、長い棒と短い棒だった。


ジン:

「使い方は簡単で、こうして組み合わせて、その上に乗ったり、腕立てしたりに使う」

英命:

「シンプルですね」


 2本の丸い棒にはへこみが付けられていて、十字に組み合わせると、かみ合うようになっている。つまりグラグラする上で立ったり、腕立てをする器具のようだ。


葵:

『うー、ねっむ。おはようさん』

ユフィリア:

「葵さん、おはよ!」

シュウト:

「おはようございます」

レイシン:

「おはよ~」


 唐突に現れたらしき葵に一通り挨拶を終える。現れたとは言っても、竜眼の水晶級なので姿はまったく確認できないけれど。朝食前の早朝の時間帯なのでやっぱり眠いらしい。


葵:

『んで? その棒はなんぞ? 体罰棒?』

ジン:

「そうそう、これでシュウトを……って、殴んねーよ!」

リディア:

「ノリツッコミ……」

ニキータ:

「そういえば、名前はなんて言うんですか?」

英命:

「いつもなら名前が先になりそうですが……?」


 確かに説明の都合とかがないかぎり、名前などは先にきっちり教えるタイプの気がする。


ジン:

「あぐっ。……えっとー」

葵:

『なにその態度? ……あやすぃ』にやにや

レイシン:

「はっはっは」


 眠そうだった葵の目が覚めるのが分かった。いきなり燃料を投下してしまったらしい。それがダメなフラグというのは、ジンの方が分かっていそうな気がする(苦笑)


葵:

『なんぞ、恥ずかしい名前なんか? え? お? キリキリ申し述べよ!』

ジン:

「元は統一棒という。それがいろいろと紆余曲折を経て……」

シュウト:

「はぁ?」

リディア:

「割と普通の名前?」

ウヅキ:

「ヘンとまではいわねーな」

ジン:

「まぁ、いい。俺の知ってる範囲だけだけど、『統一棒』だったのが、『脱力統一棒』になり、その後に『ゆる統一棒』になった。そして今は『ゆるゆる棒』で絶賛販売中だ」

ユフィリア:

「統一棒が消えちゃったね?」

リコ:

「棒は残ってるでしょ」

ニキータ:

「統一が消えたわね」

葵:

『なんだその胡散臭いのは? んん? どうなってんのかにゃー?』

ジン:

「いや、これは本当に素晴らしいアイテムなんだ。1人に1セットかそれ以上はもってて然るべき、最高ランクの運動器具なんだよ!」

葵:

『ステルスマーケティング失敗して、ダイレクトマーケティングってか? プークスクス。ジンぷー、ダッサ』

ジン:

「てんめ、喧嘩売ってんのかロリちび。生意気な、表出ろゴラァ!」

葵:

『はぁ? ジンぷーごときが、アタシに勝てるとか思ってんの? 100年早くね?』

シュウト:

「落ち着いてください、ローマに居る人と喧嘩しないで!」


 正直、自分が何か言ったぐらいで止まるとは思っていない(苦笑)

 その時、パン、パン、と手を叩いてアクアが仲裁に入ってくれた。


アクア:

「はいはい、そこまで! 喧嘩やめないと、ここで歌うわよ? 最大音量で1時間コースでいいのね?」

ジン:

「チッ」

葵:

『ケッ』


 どうにか止まった。さすがアクアである。


レイシン:

「今のは良くないよ。みんな朝食前に時間作ってくれてるんだから、邪魔したらダメだよ」

葵:

『あう。……ごみん』

ジン:

「いや、絶対に許しませんけど?」

葵:

『はぁ? キサマには謝ってないがな!』

レイシン:

「はっはっは♪」←青筋付き


 まぁ、いつも通りと言えましょう。スーパー険悪なムードのまま続きになった。続いただけ良い。喧嘩が再開される前に、話を再開してもらうべく質問してみる。ビバ訓練である。


シュウト:

「えっと、それでー、その、どういったものなんでしょう?」

ジン:

「厳密な説明は難しい。現時点での俺には解答不能だ。これは利益だけとっても多数のレイヤーにまたがって存在しているからだ。商品としての意図から言うと、『脱力体』と『統一体』を同時に形成するために使うものと言える。なので、本質的にはそれをどう実現させるか?という問題になる」

シュウト:

「はぁ」

ジン:

「機能的に考えていくと、運動を司る小脳に対して、よりダイレクトに刺激を与えるトレーニング器具ってことになる」

葵:

『ちょっ!?』

シュウト:

「えっと、それって凄いことなんじゃないですか……?」

ジン:

「まぁまぁ凄いな。名前はゆるゆる棒だけど」

英命:

「フフフ。名前のがっかり感だけはどうにもなりませんね」


 その脱力感は、きっと役に立つと思いたい。


ジン:

「んじゃ、早速やってもらおうか。ここは習うより慣れろの精神で行こう」

ユフィリア:

「うんうん♪」

ウヅキ:

「そーこねーとなァ」


 現在いるセーフティーゾーンの中心、レイドゾーンに進入したゲートのある(やしろ)のような、神殿のような建物に近づく。周囲は石畳になっているからだ。目と鼻の先のそこに移動した。


ジン:

「このヘコミとヘコミを合わせるのがカミカミだな。ヘコミを使わないのがツルツル、片方のヘコミだけ使えば、ツルカミってことになる。……シュウト」

シュウト:

「はい!」

ジン:

「お前ももう初心者レベルだし、ツルカミでやってみろ」

シュウト:

「僕って、まだ初心者レベルなんですか?」

ジン:

「ん? 素人レベルは終わっただろ」


 壁に向かって立つように指示される。預かった統一棒(ゆるゆる棒)をツルカミに組み合わせて、そっと石畳に置く。短い棒は縦に、長い棒は横に。短い方がツルなので、少しやりやすいかもしれない。


ジン:

「言い忘れてたけど、靴は脱ぐんだぞ。……噛み合わせの中心から均等になるように、ウナ(、、)のポイント、えっと、内くるぶしの真下で乗るようにする」


 ウナは『内側の真ん中』の略語である。聞いたことのないメンバーへの配慮だろう。壁に手を付いて、そうっとウナで棒に乗った。少し靴下の感覚がツルっとするかもしれない。


ジン:

「キレイに立とうとしなくていい。自然とそうなるからほっとけ。脱力して、ゆるめて、勝手にバランスが取れて、立つ~。そうしたら壁を支える手を、指一本ずつにして~。……はい、脱力~。はい、ゆるめて~」


 石畳の上でグラグラする。それを押さえ込もうと力を入れると、体が固まってしまう。脱力して、固まるのを回避。さらにゆるめていく。実際、立つだけならそこまで難しいものではない。でもそれは今のレベルでの話だろう。この手の練習はだいたい『底』がない。


ジン:

「かる~く、ふみふみしてみよう。ちっちゃく足踏みして~」


 統一棒に乗った状態で、軽く足踏みする。少し動かしたぐらいでは意外と地面に付かないようだ。踏むことで力加減が分かってくる。脱力できる部分が増えるのが分かる。


ジン:

「じゃあ、ここからだな。バッテンにクロスしてる真ん中を意識して~。ゆ~~~~っくりとしゃがんでいく。支えてる指も下にズラしながら、ゆ~~~っくり」


 姿勢が変化するのは流石にきつい。堪えようもなくほっぺたが笑顔みたいな、苦笑いみたいな表情を作る。プルプルと震えが伝わって、棒がカタカタと鳴っている。


ジン:

「下を見ない。そのままゆ~~~っくりしゃがんで~。震えるのは実はいい兆候だ、気にすんなよ」

葵:

『えっ、そうなん?』

ジン:

「…………」


 葵の質問にはスルーして、それが微妙に気になりつつも、どうにか最後までしゃがみ終えることが出来た。


ジン:

「はい、そのまま~。今度は立ち上がるんだけど、注意点が2つ。スピードは速すぎず、遅すぎないぐらいでスーッと立っていい。立つときは、体重と力を、交差してる中心にダイレクトに掛けるようにすること」

シュウト:

「中心、ですね」

ジン:

「はい、スッ、と」


 しゃがみ切った姿勢から、どうやって力を出せばいいのか悩みつつ、統一棒の交差している中心に力を加えるつもりで。


シュウト:

(速すぎない、遅すぎないように!)


 抵抗は一瞬だった。スッ、と立ち上がる。体の中を、ミントのような清涼感が吹き抜けた感覚があった。気持ちいい。


シュウト:

(いまの、なんだろう?)


ジン:

「じゃあ、もう一度、ゆ~~~っくりしゃがむ」


 次はたぶんもうちょっと上手くやれるはず。

 そうして、しゃがんで、立つのを5回繰り返した。スッと立ち上がるのが気持ちいい。何かが背骨付近を通っていくかのよう。


ジン:

「ここでは敢えてゆっくりしゃがませたけど、ゆっくり過ぎてもバランスを崩しやすい。少しゆっくり目にしゃがむぐらいでもいい。シュウト、もう降りていいぞ。……んで、感想は?」

シュウト:

「えっと、立つときに、何かスッとしたのを感じました。なんとなく気持ち良かったです」

葵:

『ん? でもそれ、バランスボールならぬ、バランス棒じゃん。立つのは自分の体だし。それでなんで気持ちよく感じるん?』

ジン:

「論より証拠というだろう。やってみりゃ本当だって分かる」

葵:

『でも、あたしんトコにそれないじゃん』

ジン:

「…………」

葵:

『…………』


 なんとも形状しがたい空気を作ったところで、ジンが切り替えた。葵を切り捨てたというべきか(苦笑)

 

ジン:

「じゃあ、立ったり、しゃがんだりのゆるいスクワットみたいなのを10回な。予備のセットがここにあるから。……シュウト、ごくろう」

シュウト:

「はい」

レオン:

「では、次は私がやろう」

ジン:

「ん?」


 ごく当たり前の感じで、レオンが交代しにくる。僕もなんとなく場所を代わってしまっていた。


アクア:

「待ちなさい。次は私の番よ!」

ウヅキ:

「ザケんな! テメェも割り込むんじゃねぇよ!」

ジン:

「ちょっ、ちょ、待てよ!(←定番のキムタク) 順番の話じゃねーだろ、テメ、なにしれっと混ざって来てんだコノヤロウ。あ~、シュウト、予備のセットもってけ。……馬鹿! この、靴を脱げ!」

レオン:

「ああ、靴を脱ぐのか?」

ジン:

「素足の方が刺激が強くなって効果が高まる。それで腕立てもやるし、靴だと汚れるだろうが!」

レオン:

「そういうことか。分かった」

ジン:

「じゃねーよ! 混ざりたいんだったらそれなりの手続きってもんがあんだろうが!」

レオン:

「フム、手続きというと?」

ジン:

「この弱い私にどうかご指導ください、みたく頭を下げて教えを請うとか、金貨100万枚払うとか」にっこり


 顔だけみればフレンドリーなにっこり顔だが、コメントとまるで合っていない。悪魔の笑いを放つジンだった。


レオン:

「……つまり、これを私に教えてしまうと、どうにも不都合があるということだな?」

ジン:

「20点。もうちょっと実力が拮抗してりゃ、その手の煽りにも意味があったんだろうけどナー。逆に、強くなりたくて必死な感じが漏れ伝わってきて困っちゃいますぅ~」

レオン:

「…………」

ジン:

「いいだろう。その勇気に免じて、少し稽古つけてやんよ。だが止めといた方がいいかもな? 実力差を思い知って恥ずかしくなるかもだしぃ?」

レオン:

「それはそれは、実に楽しみだ」


 この2人の関係も変な感じだった。端からみているとジンが1人で喋って空回りしているように見える。しかし、よく考えるとジンの側が譲歩するしかないのだろう。強い・弱いがハッキリしてしまい、ライバルとして張り合うことすら出来ないからだ。レオンは何を言われても、嵐をやり過ごすようにジッと耐えなければならない。そんな彼が自粛して断りにくいようにと、煽って誘導していた。プライドの高い戦士同士だからこその、不器用なやりとりに思えた。

 

 予備の統一棒(ゆるゆる棒だけど)が3セットあったので、数人のグループで交代しながら使う。レオンが統一棒を使っているのを何となく見ていたのだが、特に違いとかは分からなかった。


レオン:

「なるほど、興味深い。……それで、このトレーニングにはどんな意味がある?」

ジン:

「んー、希望の光っていうか……。葵が聞いたら笑いそうだけど」

レオン:

「希望、だと?」

アクア:

「へぇ……」

葵:

『ふぅ~ん。笑ってやるからいってみ? ホレ』

ジン:

「バランスをとりながらスクワットをすると、『快』が得られる。だが、理由はよく分からない。正しい動作をしたから、というのは経験則的なもので、原因を示してはいない」

アクア:

「原因から結果を導けないから、ええと、条件を原因にしてしまうわけね?」


 原因は不明だけど、結果的に快を得られる。だから、快を得られることを固定?して、『正しい動作をすれば』という条件を原因にすり替えて認識しようとしてしまう、……らしい。


ジン:

「これは、まるで正しさが設定されているように感じられることになる」

レオン:

「……つまり、神の存在を感じる、といったことか?」

ジン:

「まぁ、部分的にな」

アクア:

「でも確かにそうよね。音楽はすべてただの雑音という可能性もあるの。快を感じるような音や波動が決められていて、それに対して感受性を後から練り上げただけって可能性を、私もときどき考えることがある」

葵:

『1/f ゆらぎ、だっけ?』


 正しさが決められている、だから、快を感じる、という可能性の話らしい。


ジン:

「これがたまたまなのか?という風に考えていくと、たまたま正しい動作に対して快を感じる風で良かった、とかって思う。だけど冷静に考え続け

ていくと、体に負荷が掛かる方向には『痛み』や『不快』を感じるようになっているんだよ」

シュウト:

「そうか、そうですよね」


 骨が折れたり怪我したりするような無理な姿勢では痛くなるのが自然だ。痛いのはイヤだから避けたくなるのが自然であり、合理的だ。


ジン:

「んで、ボトムアップ型AIを考えると、『不快』『それ以外』が設定されていることは分かる話なんだよ」

ユフィリア:

「ぼとむあっぷ?」

英命:

「AI、人工知能の研究ではトップダウン型とボトムアップ型とに分類されるのですが、……後で説明しますね」

葵:

『じゃあ「正しさ」が設定されていることになる、って話?』

ジン:

「そう。ある意味では、人間はボトムアップ型ですらない、という意味でもあるよな。これは重要な指摘だと思う」

リコ:

「世界の謎ですか?」

ジン:

「うーん、どうだろうな?」


 僕にとってはただのスクワットの快だが、ジン達にとっては違うらしい。こうして世界は広がって、繋がっているようだ。


ジン:

「脳の運動野、小脳はバランスのような精密な動作を扱うと言われていた。大脳みたいな新皮質部分から比べると、古くから存在した、いわば『古代の脳』に相当する部分だ。統一棒は強制的にバランスを取らせる器具、装置になる。そこでスクワットみたいな運動を行う訳だから、小脳に刺激がいく。ここまではわかるな?」

シュウト:

「はい」

葵:

『合・合理的ってか』

ジン:

「動物達は、より小脳を駆使している。従って、その運動・動作は快適であると予想できる。たとえば大空を自在に舞う鳥なんかをみて、『ああ、気持ちよさそうだな』と思うのは正しいって意味になる」

ユフィリア:

「そっかぁ。なんか、いい話だね?」にっこり

ジン:

「ああ、いい話だろ」にっこり


 丁寧に時間をとって、ユフィリアの感想に受け答えしているジンだった。一拍おいてから質問を投げる。


シュウト:

「でも、僕たちの普段の動作は、そこまで快を(おぼ)えないと思うんですが?」

ジン:

「だな。……だからさ。快適さを追いかけていけば、上達に近づく指標として使えるって意味もある。ゆる体操が気持ちいいのはこの辺の論理と繋がっているからだろうしな」

レオン:

「人体構造の話に戻れば、ベータエンドルフィンのような脳内麻薬の意味付けとも関係してそうだが」

英命:

「セックスが気持ちいいのは、脳内麻薬による快感で方向付けさせられているからだといいますね。もしもセックスが苦痛だったら、我々は70億まで増えることは無かったでしょう」

葵:

『先進国は軒並み少子化の真っ最中だけどねん』

ジン:

「金銭的な事情もあんだろうけど。でも運動不足で体が硬くなってくると、エッチしても気持ち良くないらしいぞ。女のことはよく分からんけど」

アクア:

「ふぅん。……話を戻すけど、小脳は脳内麻薬と関連しているの?」

ジン:

「さぁ? そこは科学者に聞いてくれ。俺は『快感』と『快適感』は別に分類して扱っているよ。快感には慣れがあり、持続しない。快適感は持続も連続もする」

葵:

『話を纏めると、生命誕生から連綿と続く運動の歴史が、快適感の記憶として、あたしらに引き継がれているってことだ?』

ジン:

「話、まとめてねぇし。壮大なでっち上げをありがとう。ハイパフォーマンスは、快適感として分かるってことだな。チョー、キモチイイッ!みたく」


 安易に纏めてしまったためか、逆に分かりにくくなった気がした。

 原因は不明なまま、結果(快適感)から条件(正しい運動、ハイパフォーマンス)を導ける、ということのようだ。つまり、快を感じたのであれば、それは正しい運動ということだろう。

 こうして正しさが分かるというのは実のところ希望かもしれない。前日の話題を(かんが)みるに、僕らは数千の要素の掛け算から正解を導く必要がある。不快感は体を痛めつける方向だし、快適感を辿っていけばいいというだけでも、十分に有用な道しるべだろう。暗い海で、遠くに見える灯台の明かりは、つまり、希望の光だ。


ジン:

「もうひとつ、重要な指摘がある。この統一棒、ゆるゆる棒だけど、は、運動において大は小を兼ねないと教えてくれる。床でスクワットするのと、統一棒でスクワットするのの違いはなんだ?」

シュウト:

「立ち方が大きいか、小さいかですよね?」

ジン:

「その通りだ。これが問題で、床でもできるはずのことができるのが天才で、床ではできなくなったのが凡人ってことになる」

葵:

『立ち方が大きい、太いと拘束されちまうわけだな?』

ニキータ:

「『拘束された世界』……」

ジン:

「なので、中級者は統一棒から離れるんだよな。だって『床でもできるはずのこと』だし。でも、上級者になるとまた戻ってくるんだよ。この器具の素晴らしさに立ち戻るというか」

アクア:

「つまり、戻って来たわけね、貴方が」

ジン:

「まぁ、そうともいう……。お前らは速成も良いところだから、中級者になっても、毎日使い続けるべきだな。あえて遠回りする理由もないだろうし、その方が効率がいい」

シュウト:

「分かりました」


 ジンは、遠回りだろうと分かっていて、遠回りした人なのだろう。


ジン:

「統一棒での鍛錬の狙いは、感覚の統合にある。『脱力体』と『統一体』を統合すること。その状態が正しい中心軸のある状態だからだな」

シュウト:

「小さい立ち方ということですね?」

ジン:

「そうだ。細い立ち方といっておこうか。大きい立ち方、太い立ち方をすると、アウターマッスルで体を柱のように固めて立つことになる。細い立ち方をすると、体が脱力し、筋紡錘が機能し始め、重み・垂直方向が分かるようになる。そうして骨格を使った立ち方になると、バランスを取るために脳が活発に機能し始める」


 統一棒は、強制的に細い立ち方を実現させるもののようだ。


ジン:

「中心軸は、同時に脱力体の形成手段でもなければならない。四肢同調性を発動させるためには、股抜き・肩抜きが必要だが、脱力体の形成で実現させればいい。中心軸を立てれば、自動的に四肢同調性が発動するようにすること。中心軸に感覚を統合させて、一元処理していく」

シュウト:

「それが、感覚の統合なんですね……」


 覚えることが増える度に、複雑になっていく。同時に複数の概念を操作する難しさがネックになりつつあった。中心軸(と脱力体)だけでいくつかの技術を纏めることができれば、処理は軽くなる。実戦でこそ有用な方法論になりそうだ。


ウヅキ:

「なぁ、それだったら脱力統一棒で良かったんじゃねーか?」

ジン:

「うーん。俺が名前を変えた訳じゃないからなぁ。ゆるには脱力が含まれるけど、脱力にはゆるが含まれないんだよ。脱力ってのは、重みを感じるまでが脱力で、ゆるってのは、柔らかくなるまでがゆるなんだよ」

リディア:

「何か聞いたことあるフレーズ」

葵:

『なんらっけ?』

英命:

「フフフ。家に帰るまでが修学旅行、ですね」

葵:

『それだわ!』

リコ:

「なら、ゆる統一棒で良かったんじゃ?」

ジン:

「ううーん。なんとなく言わんとすることが分かるっていうか(苦笑) 二重表現的なんだよ。筋肉痛が痛い、みたいな。統一棒に乗ったら、統一する必要はないってゆーか。ゆるゆるにゆるめればいいだけなんだよ」

ニキータ:

「だから、ゆるゆる棒、ですか?」

ジン:

「たぶん。……極意である中心軸は身体意識だ。身体意識は、想像力やイマジネーションではない。体性感覚的な意識だ。妄想や想像みたいなライトなイメージではないんだ」


 そういうと、僕らに渡したものとは別の、黒い統一棒を荷物から取り出していた。


ユフィリア:

「なにそれ?」

ジン:

「俺専用の統一棒。一番硬い木で作るように頼んだら、黒檀ってのになった」

ユフィリア:

「私もそれ使いたい」

ジン:

「俺専用だっつの(苦笑) 普通ので我慢しろ」

ユフィリア:

「え~っ、ずる~い」


 組み合わせて、その上で立ってみせた。別に特別なことはしていない。


ジン:

「中心軸を立てる時、どうしても妄想とか想像の成分が混じるんだ。統一棒にただ乗って、自然とバランスを取っていると、正しい状態に矯正される効果が見込める。それが視聴覚的意識によるイマジネーションなのか、体性感覚による身体意識なのか。ここが重要なポイントだ」


 そうして、ゆっくりとしゃがんでいく。


ジン:

「ただ立っている時、そしてしゃがむ間は、脳の出入力関係でいえば、入力になっている」


 しゃがみ終わったところで、スッと立ち上がる。速くもなく、遅くもない。


ジン:

「っと。こうして立ち上がる時は出力だな」


 筋出力と脳の出力関係が一致するからだろう。

 ゆっくりとしゃがむのには、情報を入力する時間を長めにとる狙いもあったのかもしれない。ぷるぷると震えるのは『良い兆候』と言っていた。それは入力に作用するから、なのだろう。


葵:

『それ、もしかしなくても筋トレに使えるんじゃね?』

ジン:

「当然だ。こっちの世界だとそこの例外を除いて、レベルで制限を受けるけどな」

レオン:

「現実世界での話か」←そこの例外

ジン:

「その名も、『レフパワーマシン』! 統一棒の原理を利用した筋トレマシーンだな。どこぞの体育館では導入したとか聞いたな。はっはっはー! どんな無能・低脳だらけの世界でも、価値の分かる有能な人はいるものだ!!」


 やってみたい気はするけど、現実世界の話だし、筋トレしてもこっちじゃ効果は薄い。名前からしても、身体の使い方をレフに変えるためのものだろう。やってみたいのはみたいけれど、無いものはもうどうしようもない。原理は同じだというので、統一棒で満足しようと思う。


ジン:

「ま、ホントの問題は、ナショナルトレーニングセンターで導入してんのかってことなんだけどな~」

葵:

『ああ、オリンピック選手とかが使う場所だ?』

シュウト:

「ないんですか?」

ジン:

「しらん。調べてもいない。どうせ利用しないから関係ないし、たぶん無ぇだろ。トレーニング理論は流行に左右される程度の代物なんだよ。何が正しいかは自分で判断するしかない」

英命:

「ビジネスは理想を実現するツールではありますが、いろいろな意味で競合しますからね……」

石丸:

「今は味の素ナショナルトレーニングセンターっスね」

ジン:

「ん?」

葵:

『えっ? そうなん?』

英命:

「ええ、確か日本初の命名権導入例だったかと」

石丸:

「2009年っス」

タクト:

「そこもビジネスか……」

 

 なんだか世知辛いな、世の中……。とか思わないでもない。


ヴィルヘルム:

「これなんだが、再現して作れそうか?」

ギヴァ:

「誰か、木工職人を呼んでくれ!」

ジン:

「ちょっと、まてー!!」


 放置されていた統一棒を囲んで相談している人たちがいた(苦笑)


ジン:

「なにやってんの? ねぇ、お前ら何やってんの?」

ヴィルヘルム:

「我々にもこのトレーニング器具を使わせて欲しい。そう、レイド攻略のためだと思って……」

ジン:

「そんなくだらん理由が、理由になると思ってんのか、あぁ!?」


 大の大人だろうと構わず、ヴィルヘルムを片手で釣り上げている。流石の変態的説得力だろうと、話を聞かない人には効果がない。

 そのまま地面に叩き付けようとするのを必死に押さえ込む。レオンがいなかったらヴィルヘルムは確実に死んでいたろう。実際にはそのレオンが招いたことなのだけど。朝から2度目の舐め腐った態度にブチ切れたって話な訳で……。


ラトリ:

「待った!お願い、ちょっとまってよ~?」

ネイサン:

「タンマ! タンマ! 話をしよう!落ち着こうよ!」

オスカー:

「…………どうしてわざわざ怒らせるような真似を(困惑)」

スターク:

「ごめん、謝るから!ストップ、ストップ!!」


 とはいえ、この程度の人数を蹴散らすのはジンにとっては容易なのであって、そこまでガチで怒っている訳でもない。舐めた真似をするなら、ヴィルヘルム相手だろうと容赦しない!という怒ってるアピールだと思う。それでも止める僕らの側は全力が必要だ。すんごい疲れた。


ジン:

「おい、責任者」

スターク:

「はひ!」(半泣き)

ジン:

「お前、責任者だったよなぁ? え、スターク。座れ、正座ぁ~」


 カタカタと震えながら正座するスターク。


ジン:

「お前、いつからそんな偉くなった訳? なぁ? 俺に逆らえとか教えてねーだろうが、あぁ?」

スターク:

「すみません、すみません! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」


 正座するスタークを至近距離から、ヤンキー座りしたジンがガン見していた。力関係はヘビとカエルでは済まない。……全体的にヒドい(笑)


ヴィルヘルム:

「申し訳ありません、ギルマス(涙)」

ギヴァ:

「提案なのだが、そちらの人数分を優先して作るというのはどうだろう? あった方がいいだろう? 全員分……」

ジン:

「はぁ? お前らに一方的に有利な提案が、謝罪になるってか? ものの価値も分からん西洋人ふぜいが」


 それは流石に、怒りの炎に油を注ぐ結果にしかならない。


葵:

『いや、ものの価値がわかんねーの、日本人も同じじゃね?』

ジン:

「…………」

葵:

『…………』


 無事、〈カトレヤ〉組全員ぶんの統一棒を優先して作ってもらうことになりました、とさ。ローマに連絡して、葵の分も作ってもらうのだとか。

 決着自体、西洋人にモノの価値を仕方なく教えてやるため、とかの無理矢理な理由だったけれど、実際のところ、日本人の大半よりも〈スイス衛兵隊〉の方がものの価値が分かってそうなのが困った話だったりはする。


 朝食を食べたら攻略なのだが、本当に行くの?とか思うぐらいに疲れた朝になってしまった。本当に行くの? 攻略…………。

 


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