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191  ジェノヴェーゼ

 

 お風呂を終えたら、次は夕食だ。『今日はスペイン料理を食べる』と決めていた。寝泊まりするテントの中にいても狭いので、食事スペースの机で座っているべきかもしれない。


ジン:

「行っとくか。んー、まだちっと、はえーか?」

シュウト:

「行きましょう」


 なんとなくジンと一緒にテントを出る。昨夜とは違い、各自バラバラに食べるようで、とっくに食べ始めているプレイヤーもいた。

 日本チームの料理屋台には行列が出きていた。まだ料理の提供が始まっていないらしい。今日もカレーなのに?とか思いつつ、心配して様子を見に行くことにした。心配と言っても、手伝えるのは誰にでもできることだけなのだが。


 行列の先頭には誰あろう、ヴィルヘルムその人が並んでいた。ガチである。本気すぎて感動すら覚える。つまり、異論を唱えた反対論者などは、軒並みねじ伏せられ『誰もいなくなった』ということだ。やっぱりガチだな、とか思う。こうした普通の結果は、普通じゃない能力によって成し遂げられているのだ。……それはそれでどうなの?とか思わないでもないけど。

 ヴィルヘルムの他にもネイサンやレオンが並んでいるのが見えて、嬉しいような、複雑なような気持ちにさせられる。好きに食べたらいいと思います。


 レイシンやユフィリアの様子を見にいくとと、何故だか、ただじっと待っていた。まさか、じらしプレイのはずもない。ご飯の炊きあがりをまっているとか、だろうか。


ジン:

「おーい、ユフィ?」

ユフィリア:

「なぁに?」

ジン:

「いや、まだできねーの?」

ユフィリア:

「うーん、もうちょっと!」

ジン:

「そっかー。じゃあ、俺のぶんもってきて。大盛りね、大盛り!」

ユフィリア:

「わかった。もう少々おまちくださ~い」


 普段なら並ぶんだろうけれど、仲間の料理だからか、もしくは〈スイス衛兵隊〉が相手だからか、無視してオーダーするとさっさと自陣へと行ってしまった。

 そうしている間に、僕はスペイン班の料理を受け取るべく並ぶことにした。ほどなくして名前のまったくわからない、でも美味しそうな料理を受け取る。わっくわくである。独特な料理の匂いを堪能しながら、料理というのは食べる方も冒険だな!とか思った。

 席に座り、ジンがつまみ食いを狙ってくるのをどう阻止すべきか?と考えていたところで、声が聞こえてきた。


ユフィリア:

「お待たせしました! 今日は牛肉を使った『お肉ごっろごろカレー』でーす!」

ヴィルヘルム&その他:

「「うおおおおおお!」」


 怒濤の叫び声に苦笑いしてしまう。待たされた分、期待値が上がってそうだ。それでも、レイシンの料理ならきっと大丈夫のはずだ。


ジン:

「しかし、ずいぶん盛り上がってんなー」

リディア:

「なんだか楽しそう……」


 他人が楽しそうだと、寂しい気持ちになるのは何故だろう?とか思いつつ、僕は自分の料理を食べ始める。……激烈に美味しい。香りが強いのもあるけど、これはこれで良いものだと思う。しかし、なんでタコがあるんだろうか。別に嫌いな訳じゃない。ただ、西洋の人には悪魔の魚かなんかじゃなかったっけ? あとで質問しようと思った。今は食べる方で忙しく、講義を聴いている場合ではない。


ユフィリア:

「ジンさん、お待ちどうさまー!」

ジン:

「おう、サンキュ。…………んで? どうしてそこに並んだ」


 昨日と同じ、僕らと並びの机。そこにネイサン、ヴィルヘルム、レオンの順で座っていた。もちろん、カレーライスを実食するためだろう。


ネイサン:

「先に言っておくけど、僕は味にはちょっとウルサイよ? いつも良いものを食べてるからね」

ウヅキ:

「金持ちかよ、ウゼェ」


 そういう意味だと、たぶん1番の金持ちはスタークの実家だろう。

 ちなみにスタークは一周して小市民をやっていた。ちゃんとした料理人のつくった、栄養バランスなどが整った食事があるのに、日本のカップラーメンや焼きそば(当然、輸入する必要がある)とか、コンビニで売ってるようなお菓子(チョコとかポテチとか。当然、輸入)を好んで食べているという。新商品を試すのが好きとか言っていたので、日本人なら新商品の並ぶ火曜日にコンビニに行けば済むようなことを、ヨーロッパの実家で実現させていたようだ。

 それを聞いていたジンが、メーカーから取り寄せているのか?と質問すると、スタークは「知らない」と答えた。ジンが呆然としているので何事かと訊ねたら、下手しなくても、日本のコンビニでスタークのために色々と購入して送っている係の人がいる可能性が高いという。金持ちのちょっとしたワガママを実現するためにかかる人件費その他、輸送などにかかる手間暇は馬鹿にならないのだとゾッとしたことをよく覚えている。尚、「んな面倒なことしねーで、日本に棲めコノヤロウ!」「学生だからまだ無理だよ!」とのこと。


ユフィリア:

「う~っ。がんばる!」

ジン:

「いやいや、もう目の前にあんのに、今更がんばりようがねぇだろ(苦笑)」

英命:

「では、愛嬌を振りまく、というのはいかがでしょう?」フフフ

ユフィリア:

「そっか。……美味しく食べてくださいね?」きらきらきらりん

ネイサン:

「任せてくれ」←ダンディに決める男

シュウト:

「何をやってるのさ、何を……」


 くるんと一回転して決めポーズしているユフィリアもユフィリアだが、一番問題なのは、見事にひっかき回しておいて、クスクスと笑っている英命の方だろう。ほんと、楽しんでますね。


ジン:

「だいたい、こんなのくだらん前置きだろ。『ホントに美味しいの~? あ、ホンマや!』ってやりたいだけだろーが。いいから、さっさと食えっつー」

ネイサン:

「そういうつれないこと言わないで、楽しく食べようよ」

ユフィリア:

「そうだよ、ジンさん楽しく!」

ジン:

「俺を悪者みたくゆーな!」

ヴィルヘルム:

「それはともかく、ジン君のお手並み、拝見させてもらおう」

ジン:

「カレー食うだけで、お手並みとかねぇだろ(苦笑)」


 さすがにガチ入ってる人とでは温度差があるらしい。……ジンもどっちかといえばガチの人だけど。僕ももっとガチで味わうべきだろう。


レオン:

「キリがない。そろそろ頂こうか」

ネイサン:

「だけど、昨日とカレースープの器が違う。なんというか、かなりたっぷり入ってない?」

ヴィルヘルム:

「それは私も気になっていた。配分に気を付けなくては」

ジン:

「肉がたっぷりなんだろ。なんか猫みたいなこと言ってたし」

ユフィリア:

「にゃんこじゃないよ、ごっろごろだよ!」

ジン:

「うむ。似たようなものだな」

ユフィリア:

「えーっ!?」

ネイサン:

「煮込んだお肉って、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」


 たしかに、煮込むと肉汁が抜けてしまうのか、パサパサとした印象になりがちだ。とはいえ、これまでに食べたレイシンの料理がパサパサしていたかというと、そんなことは一度として記憶にない。


ジン:

「いただきまーす」

ヴィルヘルム:

「……感謝を」

ネイサン:

「とりあえず、お肉から……っと」

レオン:

「……っ!!」


 カレースープに沈んでいた牛肉の塊を頬張ると、全員が沈黙した。いや、絶句していた。硬直時間が解けると同時に、各所で爆発したような歓声がとんだ。


ネイサン:

「やっばい、これ、美味しいよ!!!」

レオン:

「なんだこの料理は!? いったいなんだ!!?」

ヴィルヘルム:

「やってくれたな! レイシン!」

ユフィリア:

「はっはっはー♪」←とりあえずレイシンの真似してる人


 いまいち状況がわからないのでジンの方を伺う。給仕(きゅうじ)しにきたはずのユフィリアは戻らず、レイシンの代理で笑っていた。

 ジンはというと、美味しそうにニコニコしてはいたが、意外と淡々と食べ進めている。冷静である。


ユフィリア:

「ジンさん、どう? どう?」←自信ありげ

ジン:

「そりゃ、旨いわな。肉は焼いてステーキにして、スープに入れただけだろう。煮込んでいなきゃ、パサパサになる訳がない」

ユフィリア:

「あたり!」

ジン:

「低温でじっくりと焼いてある。だからスジまで柔らい。丁寧な仕事だ」

レオン:

「脳に直接響くような、これは一体!?」

ジン:

「その正体は、コゲの香ばしさだな。強火で仕上げて焦がしてある」

ユフィリア:

「それもあたり~」

ネイサン:

「驚いた。コゲがこんなに美味しいなんて。……まるで、カレー・スパイスが幾重にも織りなすビロードの波。その中に隠された鋭いナイフのようだ」


 ユフィリアがニコニコしていた。しかし、その天使の笑顔に潜む嘘に、ジンだけが気が付く。


ジン:

「その顔、まだありそうだ。……そうか、肉を休ませてあんのか」

ユフィリア:

「えーっ、なんでわかっちゃうの?」

ジン:

「いや、いつも食ってるから(苦笑)」

レオン:

「それはそうとして、カレースープと肉に僅かだが温度差があるからだろう」

ネイサン:

「それ知ってる! 水分子の運動を落ち着かせて、ジューシーさをアップさせるんだよね? 最近はいろんな店でやっている手法だよ」

シュウト:

「じゃあ、お肉の温度が下がるのを、待ってたってこと?」

ユフィリア:

「そうなの。だから時間がかかっちゃって。ごめんなさい」

ネイサン:

「大丈夫大丈夫。超ウンマイから、おじさん全然ゆるしちゃう!」


 じっと待っていたのは、このためだったらしい。


レオン:

「低温で火を入れ、一度強火で焦がし、更に寝かせていたのか」

ヴィルヘルム:

「かけた時間に見合うだけの、……いや、それ以上の完成度だ!」


 ステーキ部分だけで大騒ぎだった。それに続く、本体であるカレーライスを食べ始めると、みんな夢中だった。ひたすら食べ続けている。本日も大好評のようでホッとしていた。

 その間隙を縫うように、ニキータが現れる。


ニキータ:

「ホットコーヒーのサービスです。カレーと一緒にどうぞ?」


 マジックバッグからカップを取り出し、ホットコーヒーを注いでまわっていた。


ヴィルヘルム:

「今日は水ではない、ということか……?」

ネイサン:

「そういえばそうだ。ホットコーヒーって、ミスマッチじゃないの?」

ジン:

「いや。たしかコーヒーの成分が、辛いのを溶かすか何かして打ち消したはずだ」

石丸:

「ポリフェノールっスね」

英命:

「唐辛子の辛さには、ホットコーヒーがおすすめですよ」にっこり


 試してみよう、ということでコーヒーに手を伸ばす3人。


レオン:

「たしかに、辛さが少しおさまった気がする」

ネイサン:

「意外と辛かったのに今になって気が付いたけどね。ウマ過ぎて忘れてたよ! わはははは」

ヴィルヘルム:

「そうか。……そういうことなのか」

シュウト:

「えっ?」

ヴィルヘルム:

「これも要素なのだな? 口の中をリセットすることで、また鮮烈な味わいを取り戻すことができる。それが狙いなのだろう。しかも、香ばしい肉のコゲと芳醇なスパイス、そこにコーヒーの華やかな香りが加わる。……なんという、なんという奥の深さだ!」

レオン:

「恐ろしい。これが日本の料理というものか」

ネイサン:

「ちょー、最高! ちょー、うまい!! お肉いっぱい! ぜんぜんなくならないよ! ガハハハハ!!」


 なんだか1人、奥深さに納得している人と、異次元の恐怖を感じている人、さらに盛り上がり過ぎてテンションゲージが壊れている人がいる。僕らは置き去りにされてしまったようだ。


シュウト:

「(そうなんですか?)」←小声

ジン:

「(いや、わからん。そう、かも?)」


 そっとしておこう。生温かなまなざしを送るだけに留めておいた。僕は少しだけ、大人の優しさを学んだ気がした。♪♪







レイシン:

「やぁ、どうかな?」

ネイサン:

「控えめに言って、……さいっこーだよ!!」

レオン:

「日本のカレーというのは初めてだが、とても刺激的で美味だったよ」

レイシン:

「ありがとう」


 ガチの人はどうかというと、おもむろに立ち上がり、レイシンの手を取っていた。


ヴィルヘルム:

「シェフ。貴方に感謝を。二日目のカレー、堪能さていただきました。貴方は、最高だ(ファンタスティック)

レイシン:

「えっ、……そう?」


 反応までガチでした。若干、引き気味のレイシンの態度に笑いを堪えきれなかった。


レイシン:

「……今日のはどうだった?」

ジン:

「いや、美味いよ。大満足」

レイシン:

「よかった」

ジン:

「ああ、ひとつだけ。……ステーキとして別にしなかったのは、自信がなかったからなのか?」

ヴィルヘルム:

「なっ!?」


 それはカレースープの中に、最初からステーキが投入されていた件についてだった。

 実際のところ、ジンの評価を気にして、レイシンはここに来ているらしい。ジンはジンで、大満足とは言ってもたぶん100点ではなく、90点か95点ということだろう。


レイシン:

「……まぁね。和牛の良いところを使えれば良かったんだけど。ここで使える食材だと彼らには通用しないかなって」

ネイサン:

「僕らには通用しないってこと?」

レオン:

「存外に、高く評価されていたようだな」

ヴィルヘルム:

「むむむむっ」


 西欧人の口を満足させるには、半端な肉ではダメだろうと判断していたらしい。そのことが自信の無さのようにジンには見えたのだろう。ジンとレイシンとの間には料理を介した『会話』があったようだ。


英命:

「それだけではありませんね。ポイントは火加減なのでは?」

レイシン:

「うん。そうなんだ。ステーキにすると、焼き加減のオーダーを聞いてからじゃないと作れないからね」

ジン:

「作業時間の短縮を兼ねてたわけか。……納得」

レオン:

「焼き加減でいえば、ウェルダンか。言われて気が付くとは」

ネイサン:

「この肉の焼き加減には僕も大満足だった。でも、もしステーキだったとしたらレアで注文をしてただろうね」

ヴィルヘルム:

「……なんということだ。これでも、ここまで美味しくても、まだ先があるということか?」

レイシン:

「残念だけど、まだまだぜんぜん(苦笑)」


 絶句が重なるのがわかった。繊細すぎる注文といえばそうかもしれない。しかし、日本人的には突き詰めてしまいたいという感覚の方が強くなるのではないだろうか。必要性を満たしたところで満足していたら、たぶんつまらないのを知っているからだろう。

 僕らが西欧人に感じる変態性を、彼らも僕らに対して感じているのだろう。みんな仲良く変わり者だってことかもしれない。



バジーリオ:

「そろそろ頃合いかな? ……さぁ、今日の一品だ」

ジン:

「おおっ! まっってましたっっ!!」


 本日の追加一品をもってきたのは、北イタリア・ミラノ料理のバジーリオだ。


バジーリオ:

「分け合って食べるんだろう? 量は多めにしておいた」

ジン:

「かーっ、しかも気が利いてる! や、や、ありがとう、ありがとう」


 当然のごとく、ダッシュでユフィリアが参戦。屋台から一瞬で戻ってきた。


ユフィリア:

「ジンさん、私も食べる!」

ジン:

「お、おう……」


 ドス、と重そうな音を立ててテーブルに給仕されたものは、山盛りのパスタだった。緑のソースが華やか。香りも独特だった。バジルをふんだんに使ったスパゲッティだ。


ユフィリア:

「きれいな緑色~」

石丸:

「ジェノヴァソースによるもの、つまり『ジェノヴェーゼ』っスね」

バジーリオ:

「……どうも誤解があるようだ。ジェノヴェーゼとジェノヴァソース、それはどちらも牛肉の白ワイン煮込みを使ったもののことだ。色は茶色に近い赤。緑のこれは、ジェノヴァ『ペースト』のパスタだ」

英命:

「それは、初耳でした」

石丸:

「『ペスト・ジェノヴェーゼ』ということっスか?」

バジーリオ:

「そうだ。これはジェノヴァ風ペストペスト・アッラ・ジェノヴェーゼだがな。エクストラ・ヴァージンを使わないと、本物のペスト・ジェノヴェーゼとは言えない」

石丸:

「原産地名称保護制度っスね」


 何の話かさっぱりわからないけれど、複雑な事情があってホンモノではないらしい、ような? 茶色がホンモノ? いや、エクストラ・ヴァージンとは、たぶんオリーブオイルのことだろう。


ジン:

「とりあえず、味見っと」


 マナーをド忘れしたのか、ズッズーとすすり上げるジン。


ユフィリア:

「おげひん! それで、どう? どう?」

ジン:

「んー、まぁまぁなんじゃないか?」

シュウト:

「いや、ぜんぜん誤魔化せてませんケド……↑」


 ぬん、と現れた黄金竜のオーラが何よりも雄弁に語っていた。にっかり笑って、サムズアップしているぐらいだ。どう見ても『まぁまぁ』の訳がない。

 上を見ながら、ジンが呆然とつぶやく。


ジン:

「まじかー。これ、どうすんだよ……」

レイシン:

「どうにもならないね~(笑)」

シュウト:

「諦めるしかないんじゃ?」

ユフィリア:

「もう食べてもいい?」

ジン:

「あー、いいぞ、食え食え! 今日のもすんげぇウマいぞっ!」


 もはやヤケクソ気味に、食べていいと許可を出す。早速、僕も食べてみた。こうした緑のパスタを食べる機会は、考えてみるとあまりない。


 色で考えると、赤はトマトソース系が主力だろう。ミートソースや、ケチャップで炒めるナポリタンもある。白いのは、クリームソース系だ。スープパスタが流行った時期があった気がする。カルボナーラが卵で黄色に変化するぐらいだろうか。その他のものだと、明太子のピンク色のパスタや、イカスミの黒いパスタなどが浮かぶ。


シュウト:

「いただきます」


 口に入れていきなり『ごちそう』だった。珍しいから変わり種だろうと思っていたが、とんでもない。メインを張れる王道の味。深いコク、うま味、香りも嫌味がない。絶品だった。


ユフィリア:

「おいひい~」

レイシン:

「うん、素晴らしいね」

レオン:

「……これは見事だ」

英命:

「さすがに本場ということでしょうか」

ヴィルヘルム:

「いや。ここまでのものは、そうお目にかかれない」

バジーリオ:

「ありがとうございます」


ネイサン:

「おいしいよ。もしかして本気出しちゃったとか」

ロッセラ:

「あんたまで自分の必殺料理(スペシャリテ)を出すなんて、いったいどうしたのさ?」


 料理長の女性2人、南イタリア・ナポリのロッセラと、フランスのジュディスが、(ネイサンのセリフを食い気味に)バジーリオへ問いかける。


バジーリオ:

「ここに至っても、まだ状況がわかっていないのか」

ジュディス:

「何それ? ……薄気味悪い」

バジーリオ:

「お前たちは出遅れたってことさ」

ロッセラ:

「出遅れた? ……フフッ、一体、何に?」

バジーリオ:

「教えてやろう。今回の〈大規模戦闘〉(レイド)は、客の奪い合いをやっているんだよ」


 ええと。なんだか大変そうなんだけど、端で聞いていると気楽なもので、面白そうな話になっているっぽい。


ネイサン:

「客の、奪い合いだって? 面白そう!」

ジュディス:

「そういうことか。それは、……うかつだったな」

ロッセラ:

「えっ、と。……ごめん、どういうこと?」

ジュディス:

「そのままの意味でしょ。今回は勝負なんだよ。日本からレイシンが来ていること、ミゲルが決め技のタパスを投げたこと。……つまり、ジンに一品作るのは、アピールタイムってことか」

バジーリオ:

「そうさ。一品だけなら、手間を掛けられる。希少な材料も使える」

ロッセラ:

「あー、え? あーあー、そっか、そういうことだ? えっ、でも、それだと、どうなるの?」

バジーリオ:

「どうもしない。美味そうなところに客がくるってだけだ。お前らは、せいぜい色目でも使って客寄せでもするんだな」


 ジンはそれで釣られそうな気がする。ネイサンも釣られそうな気がする。


レオン:

「面白い。その場合、食材の調達がポイントになるな」


 ローマから持ってきている食材には限りがある。偏った使い方をすると最終日までもたせることはできないはずだ。つまり、無茶はできないということ。それは彼ら料理人の方が良くわかっていることだろう。食材をどう確保し、どんな料理を作るか。その中でどうやって人気を得ていくのか。厳しい戦いになりそうだった。


ロッセラ:

「そっかー。な~るほどぉ~。場外乱闘なら、あたしの得意分野だ。ま、アンタは今の内にせいぜい威張っときなよ。直ぐに、泣きっ面にさせてあげる」

バジーリオ:

「フン、大口を叩けるのも今の内だけだ」


ジン:

「おっ。あの女、気が付いたな」にやにや

レオン:

「そのようだ」


 かるく目を伏せてレオンが同意する。なんのことやら、意味が読みとれない。


シュウト:

「えっと、なんの話です?」

ヴィルヘルム:

「フム。言葉を正確に使った、ということかな」


 上の人達は一瞬で状況を察していく。残念ながら、説明してもらわないとまるで付いて行けない。言葉を正確に使った……? 誰が? 何を?


英命:

「『調達』と、『場外乱闘』ですよ」にっっこり


 先生に耳打ちでキーワードを教えてもらう。食材の調達、そして場外乱闘。はて、違和感はどこから来ているのだろう……?


シュウト:

(ああっ。食材の調達がポイントって、そういうことか!)


 広大なレイドゾーンの景色を幻視する。持ってきている食材は限られる。だったら調達すればいい。レオンは確保ではなく、調達と言っていた。場外乱闘いうのは、つまり、このゾーン内で食材を調達することが決め手になる、という意味なのだ。

 ローマから持ち込んだ食材は、時間と共に鮮度が落ちていく。保存が利く食材だけでしのぐのにも限度があるだろう。現地で新鮮な食材を確保できれば、当然、強力な武器になる。

 食材の調達には人手が必要だろう。そうなると次はどれだけ味方を動員できるか?というレイヤーの勝負に変化しそうだった。


 そこまで考えてようやく気が付いた。先生が僕に耳打ちしたことには意味があった。僕がわかっていなければならなかった、ということだ。つまり、レイシンが使う食材を調達するためには、僕たちが動かなければならないのだ。点だった要素が、線になって繋がっていく感覚。それはとても心地好く、少し頭が良くなった気分だった。


ロッセラ:

「……ちょっと失礼」


 去り際、バジーリオが作ったパスタに手を伸ばし、味見するロッセラ。後から思うと、抜け目ない行動と評するべきだった。


ロッセラ:

「やっぱり、いい仕上がり。アンタ、これどうやった? いや、どうやって茹でた(、、、)?」

シュウト:

「茹でる?」


 お湯で茹でる以外に『茹で方』なんてものがあるのだろうか? 言ってる意味がわからない。茹で時間の問題? パスタなら塩加減とかもあるかも。


レイシン:

「標高が高いと、沸点が低くなるから、麺類は茹でても味がよくなかったりするんだよ」

ジン:

「なるほどな~」

バジーリオ:

「その答えは、圧力鍋だ」

ロッセラ:

「それしかないよ。けど、そんなもの、どこで?」


 ようやく事情が分かってきた。〈冒険者〉の体は環境適応力が高いので、標高が高くても問題にならない。しかし、料理はそうはいかないらしい。カルパティア山脈の頂上付近からレイドゾーンに入ったことも関係しているのか、この場所も気圧が低いらしい。

 その対策として、圧力鍋で圧力を掛ければ、麺を茹でる温度?かなにかが高くなり、美味しく茹で上げることができるのだろう。……しかし、〈エルダー・テイル〉の世界に、はたして圧力鍋なんかが存在したのだろうか?


バジーリオ:

「卑怯になるから言っておこう。レイシンに借りた」

レイシン:

「はっはっは」

ジン:

「あ、それ俺の借金に上乗せしたヤツだろ!」

レイシン:

「はっはっは(苦笑)」


 〈海洋機構〉だかロデ研だかに葵が依頼して、作らせたもののようだ。緑のパスタが美味しかったことを改めてジンに感謝しておいた。


レオン:

「どうして圧力鍋を?」

レイシン:

「ドラゴン狩りで山によく行ってるから。標高が高くて、パスタを作ってもどうしても味がイマイチになるから、困ってて」

ヴィルヘルム:

「まさに経験者は語るというヤツだな」


ロッセラ:

「あのー、あたしにも、貸して欲しいんだけど? ダメ?」

レイシン:

「いいけど、……トマトを使った美味しいパスタを教えてくれる?」

ロッセラ:

「え? そんなんでいいの? ぜんぜんオッケー」

レイシン:

「やった」

ジン:

「(よしっっ)」


 何気ない会話なのだが、トマトソース系パスタがパワーアップするとなると、その影響は計り知れない。一粒で何度も美味しいイベントだ。それでこそ、ジンの借金を増やしたかい(、、)があるというものだろう。……借金はご愁傷さまだけど。

 

 そんなこんなで日が暮れて、いや、日は常に暮れっぱなしだった。このゾーンでは朝も昼もない。そもそも月が動かずに同じ位置にあり続ける。なので、時計を見るなどして時間感覚を自分で調整しなければならなかった。

 テントに戻って相談することにした。


シュウト:

「食材の調達って、どうしますか?」

レイシン:

「うーん。明日もカレーだから、まだいいよ」

シュウト:

「じゃあ、明日からゾーン内の様子を見に行きましょう」

レイシン:

「攻略で疲れてるのに、なんだかごめんね」

ジン:

「美味いメシにありつくためだ、少しぐらい協力しないとな」


 その後はゆるを少しやって、早めに寝ることにした。

 


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