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190  51対49

 

ラトリ:

「つまり、タイプごとに弱点属性が決まっている訳じゃないってことだ?」


 対策会議が始まっていた。ここ数回の戦闘結果から意見を集めてフィードバックすることが目的である。

 ここでラトリがタイプといっているのは、吸血鬼の戦士タイプや魔術師タイプといった意味だ。戦士タイプの弱点属性は火炎、といった具合に決まっていれば簡単だったが、そんなに甘くない。


 〈エルダー・テイル〉は日本のRPGとは異なり、敵の情報を把握する手段は用意されていない。実際に戦って自力で解析していく他に方法はなかった。

 こうして思えば、石丸のもつ『弱点属性が分かる眼鏡』というのは、途轍もなく強力なアイテムといえる。曰く、オーラの色で区別を付ける、とのこと。慣れるまでが大変らしい。しかも敵が複数の弱点をもっている場合の挙動については現在も研究中だとか。正直なところ、僕がもらっていたとしたら、使いこなせた自信などはまるで無い。


レオン:

「その情報は確かなのか?」

葵:

『ウチのいしくんは極めつきに正確だよん。あ、それと真のランダムじゃないってのも言ってたっけか』

スターク:

「真のランダムって何?」

マリー:

「ランダムの場合、各弱点属性の割合が綺麗に1/7に近づくには巨大な母数が必要。20体程度で偏りが生まれないのは不自然」

葵:

「いまのところ、綺麗に割り振られてるって。7の倍数じゃなきゃどれかが足りなくなるみたいだけど」

ギヴァ:

「敵が17体であれば、各属性弱点持ちが2体ずつ。それに加えてどこか3つの属性に1体ずつ弱点持ちが加わるわけだな」

葵:

『そっそ。めっちゃ不自然だよね。ものっそい“ゲーム的”ってゆーか』

スターク:

「そういうのか~。なるほどね~」


 ランダムはランダムなんだろうけれど、むしろきちんとしている、という表現の方が近いのか。


アクア:

「葵、攻略法は?」

葵:

『いろいろ試そうかと思ったけど、今んとこジンぷーがHP削って、いしくんが弱点言って、誰かがトドメって感じ。参ってんのは、いしくんが弱点属性言わなきゃいけなくて、せっかくレアなメガネ持ってるのに、本人は呪文使えないってことだけど(苦笑)』


 結局、このやり方の効率が一番良かったという(苦笑)


ラトリ:

「それはこっちじゃ真似できないよねぇ~」

ギヴァ:

「数が2倍、3倍になったとしても、同じように対処できねばならない」

ベアトリクス:

「範囲攻撃呪文などを使って、もっとまとめて対処できないだろうか?」

葵:

『うーん。たとえば、2体を攻撃した場合、パターン数が7×6で42通り。片方が弱属にヒットしている確率は2/7だから、約3割っしょ?」

マリー:

「それは正確ではない」

葵:

『ん? 違った?』

マリー:

「20体なら、その中で同じ属性の敵が並ぶことはありうる。2体とも弱点属性にヒットしている可能性もある」

葵:

『あべっ、間違えた!(恥)』

アクア:

「それだと誤解しそうね。……続きは? 確率が前提なの?」

葵:

『えっとー、ポイントは弱点属性を知るためには、ダメージ量を比較しなきゃならないって部分にあるんよ。ダメージ量も実際にはわかんないから、敵のHPゲージの減少量をふんわりと比較しなきゃならない』

シュウト:

「近接武器で戦ってて『敵を変える』のって結構むずかしいんです」

レオン:

「敵を放置すれば、後衛の味方に損害が出る。もしくは自分が背中から襲われることになる。とすれは、手の空いている誰かと交代しなければならないわけだが……」

シュウト:

「そうです」


 熟練のプレイヤー集団だけあって話が早くて助かる。


葵:

『そんな事情もあるから、なるべくなら範囲攻撃魔法で数を減らしたい。でも、範囲攻撃魔法が揃ってるのって、火炎・冷気・電撃の3属性ぐらいでしょ?』

ヴィルヘルム:

「……フム」

ギヴァ:

「では、先にその3属性だけ減らせばいいということだな? そうすれば残りは4属性」

葵:

『それには全部の敵を一カ所にまとめなきゃなんない。それもそれでしんどいってゆー』


 タンク役であるジンががんばって何とかなる範囲を越えた話だった。例えば戦闘開始後に背後からのADDに対処しなければならない場合など、様々なケースが考えられる。


葵:

「特に物理アタッカーは2体以上の相手に攻撃を仕掛けて、そのダメージを比べなきゃいけない。でも最初に範囲攻撃を当ててる場合、敵がダメージを受けてるわけだ。それだと毎回みたく計算が必要になるっしょ。そんで余計にややこしくになるんよ。加えて、ほっとくとどんどん回復していくとかもあるから……」

ヴィオラート:

「そうですか~。戦闘中にどうこうするのは難しいようですね」

ラトリ:

「それでやるなら、狙撃でいう『スポッター』とコンビにした方が良さそうな気がするなぁ」


 戦いながら敵のHPゲージを確認して計算して、というのは確かに難しいかもしれない。であれば、別に観測手を用意して作業を外注アウトソーシングすればいい、という発想のようだ。これは合理的な戦法に思えた。人数がいる状況なら巧く使いたい手になる。


ヴィルヘルム:

「……つまり、やるなら全ての敵を範囲攻撃で倒し切り、復活してきた相手に別の属性を試しなら息の根を止めればいい、ということだな?」

レオン:

「それがもっとも効率的な方法だろう。そのアイデアをベースに据え、もう少し小規模な形でも行えるようにすべきだ」

アクア:

「つまり専用のフィニッシュ・チームとの組み合わせね?」

レオン:

「そうなるはずだ」


 理想的には、まず全ての敵を範囲攻撃魔法でダウンさせてしまう。復活直後はHPが少ないので、ともかく火炎・冷気・電撃の範囲攻撃を加えて倒せるだけ倒す。それでも復活してきた相手には別の属性攻撃を繰り返して倒していく、といった手順になりそうだ。

 しかし、全ての敵を範囲攻撃で倒せるかどうかは、戦闘時の状況による。毎回コントロールできるものでもないだろう。なので、小規模でも同じように対処する方法を構築していく必要がある。そのためにはフィニッシュ・チーム、つまりトドメを刺すためのチームを作る必要がある、ということのようだ。


ヴィオラート:

「マリー、どうかしら?」

ラトリ:

「もっと数学的に効率の良いやり方とかってあるのかな?」

マリー:

「ない。ルーレットで毎回数字を当てなければならないとすれば、それは不可能」

ベアトリクス:

「ルーレットみたいなものか。……確かにな」

マリー:

「ルーレットだったら確率を操作してやればいい。数字に賭けないで、赤か黒に賭ければ、外れる確率は下げられる」

スターク:

「へ? ……赤と黒って、そんなのどうやって?」

マリー:

「前に7属性武器を開発しようとしたことがある。その過程で3属性武器をつくった」


 じゃきーんと短剣を取り出してみせるマリーだった。


葵:

『うーわっ、前提からひっくり返しやがった……』


 言葉にしがたい疲労感がのし掛かってくる。内心で僕は思った。『早く言ってよぉ~』、と。


ギヴァ:

「もう少し詳しく聞かせてくれ。それはどういうことだ?」

マリー:

「全自動・弱点属性攻撃武器の研究開発。属性を持たせることから、無属性との相性が極めて悪かった。なので6属性武器を目指した。とりあえず武器の属性を増やす研究をした。火炎・電撃・光輝の3属性と、冷気・邪毒・精神の3属性の武器までは作れた。ここから属性をシャッフルして、6属性まで増やしていくつもりだった」

ヴィオラート:

「それで、どうなったの?」

マリー:

「頓挫した。弱点を突くはずが、逆に耐性に強く反応することが分かった。火炎・電撃・光輝で、火炎にだけ耐性があると、武器も火炎属性になった」

葵:

『求めていた動きと逆だったってこと?』

マリー:

「そう。弱点属性を恣意的に『選択する』ための仕組みが必要になった。AIアイテムが候補だけれど、手に入らなくて作業はストップしている」

レオン:

「アレは基本的に幻想級だからな」

アクア:

「……でも、その場合、今回も使えないことになるわよ?」

マリー:

「問題ない。3属性で同時に攻撃する簡易バージョン」

ベアトリクス:

「つまり、『選択する』という部分の機能を消したわけか」

マリー:

「(コクリ)その分、威力はでない」


 用意されたのは、暖色と寒色の3属性武器を3セット。使い方はダウンした敵に、まず無属性の物理アタッカーが攻撃してダメージを与え直し、直後に3属性武器をもったプレイヤーが攻撃する、というものだ。〈盗剣士〉なら両手に装備できるので、フィニッシュ・チームは7人必要な状況から、最小で2人にまで減ったことになる。大きな前進どころの話ではない。こうなれば解決したも同然だ。


シュウト:

「僕らは必要ないので、振り分けはお願いします」

葵:

『おろろん? 目新しいオモチャ要らないんだー?』

シュウト:

「威力が出ないんじゃ、ダメージソース減るだけですし……」


 〈カトレヤ〉から2人もダメージ源を減らすことはできない。かといって、〈盗剣士〉のケイトリンに渡したら遊びに使われるのがオチだ。ちゃんと使っているかどうかで、さんざんヤキモキさせられるのに決まっている。あの人に働いて欲しければ、決して期待してはならない。


 矢であれば属性ごとに撃ち分けられるので、僕ひとりで4属性、無属性を加えれば5属性に対応できる。火炎・冷気属性は、それぞれ火の矢、氷の矢を作ってある。電撃は特技の〈スパークショット〉があるし、邪毒なら毒矢があればいい。〈暗殺者〉にとっては半ば標準装備のようなものである。

 光輝と精神の2属性は苦手だが、全部をひとりでこなさなくたっていい。光輝属性だけでもユフィリアに譲れば、ズルいだの言われなくて済むはずだ。精神属性は数少ないリディアの出番でもある。見せ場を奪ってしまうのは可哀想だろう。


レオン:

「一度、これで様子を見よう」

スターク:

「それってまだ何かあるの? 気になることとか?」

レオン:

「まだ最初のダンジョンだからだ。この先、状況がエスレートする可能性もある」

葵:

『弱点属性以外はダメージの通りが悪くなったり、ノーダメになったり、吸収したりとかね』

シュウト:

「ああ、なるほど。確かに」

ヴィオラート:

「そうなったら、大変なのでは?」

葵:

『いやいや。そうなったらそうなったで、やりようはいくらでもあるよ。強くなっけど、戦い易くもなるから~』

ヴィルヘルム:

「そうだな。弱点属性かどうか、直ぐ分かるようになれば手間が減る」



 会議を終えて探索を再開した。程なくして、山の内側を『一周』したことが分かった。中心部には火口か何かがあるらしい。〈ミリス火山洞〉の入り口に近い部分にショートカットが作れるようになっていた。これは攻略の都合というアレだろう。

 ここを1層と定義すると、だんだん地下へと降りていく形で残り何層かあるはずだ。1番外側の層が終わったことになるので、距離自体はもっと短くて済むだろう。その分、戦闘は強烈になっていくのがお約束ではあるのだが。


ジン:

「おい、シュウト」

シュウト:

「なんでしょう?」

ジン:

「弓使うのはいいけど、持つとき『死ね』って念じてってか?」

シュウト:

「えっ、と……」


 超反射を教わった時に習った内容だったが、すっかり抜け落ちていた。弱点属性を狙うことで頭がいっぱいだったことが理由だが、言い訳をすると殴られそうなので止めておいた。


ジン:

「ちゃんと死ぬようにと念じて武器を持て。あとはいわゆる無心で処理しろ」

シュウト:

「わかりました」

ジン:

「まー、弓はワカランから、あんま教えてやれなくてアレだけど。だとしても、この辺りまでは全部おんなじだぞ。つか、何をやるのでも一緒だから。ペン握るのでも、キーボード触るのでも、『死ぬように』『殺すように』でイケる」

葵:

『仕事でそれは、ちょい物騒じゃね?(笑)』

ジン:

「そう思うんなら、代わりの言葉なんか勝手に見繕えばいいじゃねーか、……と言いたいところなんだが、言葉自体の意識、いわゆる『言霊』の関係もあってなー。『殺すつもりで』だと『つもり』の部分で意識が薄まる気がする」むーん

ニキータ:

「仕事の場合、『終わるように』じゃダメなんですか?」

ジン:

「自分でいろいろ試してみろって。いちいち、ダメとか言ってられん。だいたい俺が決めてどうするよ?」


 なるべくなら自分で決めさせたいらしい。これも『選べ』ということなのかもしれない。

 耳が良くて聞こえていたのだろう。別チームのアクアが、ふわっと現れる。


アクア:

「ふうん、イメージ操作ってこと?」

ジン:

「イメージ? んー、やっぱあくまでも意識操作系だけどなー。剣を持つときは、ともかく敵を切ろうと思って、太刀を取らなければならない。『切る』の意識がないと、超反射が防御的に働いたりするからな。乱戦とかの、考えてたら間に合わない状況・速度で戦ってっと、そういう部分のちょっとした差が結果を大きく分けたりする」

英命:

「河合隼雄の、51対49の話を連想しますね」

石丸:

「『こころの処方箋』っスね」

タクト:

「51対49……?」

リコ:

「50対50だとイーブンなんだけど、ここで1つ動いただけで、51と49になる。でも、その差は1じゃなくて『2』でしょ? 人間の心の働き方や、葛藤みたいなものは、表面的に2対0と思っていても、潜在的には51対49かもしれないよ、って話」


 たとえばまったく同じ実力の敵と戦うことがあるとする。攻めと守りの配分がこうした部分で無意識に決まっていたとしたら? 攻めが49になってしまうと、敵に押し込まれるかもしれない。勝敗を左右するこうした部分はわずかな差でしかなかったとしても、生きるか・死ぬかという結果で考えれば大きな差がつくことになりそうだ。


タクト:

「よくそんなこと知ってたな?」

リコ:

「けっこー有名だから。 今は2対0で他の子が好きかもしれないけど、潜在意識だと51対49かもしれないんだよ、とかって(にこ」

タクト:

「ふぅーん……(汗」


 凄まじいレベルのヤブヘビをみた気がした。ユフィリア51に対してリコ49という自覚の話だとすれば、いじらしさがあるような話のつもりかもしれない。だが、虎視眈々と逆転を狙っている風にしか思えず、したたかさが強調されて感じられた。タクトはご愁傷様だ。とはいえ、リコもかなり可愛らしい外見をしている。性格的な強気がマイナスに作用しすぎている気がするけど、好みは人それぞれだろうと思わなくもない。考えてみれば、ユフィリアも強気といえば強気だ。なにしろ気合いと根性の国のお姫様である。


ジン:

「まぁ、剣なら切るようにだけど、弓だと『穿(うが)つ』とかのが良いかもなー?」

葵:

『そこは、貫く、とか、貫け、じゃね?』


 なんとなく空気を読んだのか、話を元の流れに戻すジンだった。地味にやさしい。もしくは興味ないだけかもしれない。


ジン:

「イメージ操作は『小手先』と関係していてなー。死ねと念じておくのとはちょうど反対の動き方になってくる」

シュウト:

「そうなんですか?」


 どの変が関係しているのか、ちょっと想像しにくい。


ジン:

「数学や物理学的な発想で、変数を処理することがキーワードだろうな」

ユフィリア:

「へんすうって何だっけ?」

石丸:

「一定の範囲内でいろいろな値をとり得るもののことっス。数学の方程式だと、xやy、zなどの文字を使っているっス」

ジン:

「……つまり、スポーツや運動である種の成功を導くには、正しい変数を代入すればいい、と考えがちだ。矢なら命中する。バスケはフリースローが入る。頭の悪い数学者や物理学者が決してスポーツが巧くならないのは、こうした考え方が原因にある」

アクア:

「なんとなく言わんとすることは分かるのだけど、どうして?」

ジン:

「成功を導くのに正しい変数を代入する必要がある、と考えればどうなる? ……要素を固定しに掛かることになる。『正しいフォーム』がその代表例だ」

葵:

『ふむ、もうちょい続けて?』

ジン:

「運動が上達する方向に進めばどうなるかというと、むしろ変数は増えていくことになる。体がよく動くようになるからだ。使えなかった部位が使えるようになる。体が柔らかくなる。それらが認識できるようになる。でもそれは同時に変数が爆発的に増えることも意味しているのさ。『関係する要素』は、数個~十数個だったものが、数百~数千という形に増えていく。1桁や2桁の要素ならともかく、3桁、4桁の要素の重なり合いは人間の表層意識では処理しきれない」

英命:

「だから無心が必要なのですね?」

ジン:

「そう。脳に暗算させるためにな。……計算しきれないんだから、教える側はとてもじゃないが指導できない。そうしたこともあって、簡略化するために『正しいフォーム』とやらを教えようとしてしまうんだ。そうやって関係する要素を固定化しようとするわけだ。つまり、上達を阻む方向に誘導してるってことだよ。そこからはせめぎ合いの話だ。才能が勝てば、いびつながらもフォームの中で要素数を増やして活用する形になるだろう。だが、たいていの人間はフォームに取り殺されて終わりだな」


 つまり要素数が増えていくのを抑制させるのが、フォームの役割だということになりそうだ。フォームを有効に活用するには、要素数がたくさんあってはダメなのだろう。


葵:

『なるほどね~。だから、小手先で狙いを変えて、矢を当てようとするんだ?』

ジン:

「扱ってる要素数が少ないから、もしくはそう信じているからだ。小手先の計算で変数を入力して変えてやれば、それで矢が当たるって発想だよ」

タクト:

「逆に、念じてやる場合はどうですか?」

ジン:

「根幹の根本、ゼロから全て変化する。穿て、貫けと念じたら、後は身をゆだねればいい。ゆだねるしかない、の方が実状に近いと思うが」

 

 運動の上達に対して、フォームが全く逆に働きかけること。これは『感覚の再現はタブー』とも関係しているはずだ。フォームによって感覚を再現しようとする試みは、必要な変数を固定しようとする行為に他ならない。一時的な成功のために、上達を捨てる作業が練習なのだとしたら、悲しいばかりである。

 ゼロベースで、飽きることなく積み上げ直すこと。大切なことは既に教わっていた。

 

ジン:

「全体的に、扱う要素数・変数が少なすぎる。……まぁ、それはテメーらで減らしてるせいなんだけど。そんなんだから、単純に筋肉を鍛えれば強くなるだろう、みたいな妄想に取り付かれるわけだ。もう自分で自分を、肉体も精神もガチガチに拘束しまくってるわけ」

シュウト:

「『拘束された世界』、ですね」

アクア:

「なるほどね。要素数が少なければ、上達する余地も小さくなる。目先の鍛えられる部分にだけ反応してしまうってことね」

葵:

「だろうねぇ。普通、ここまで認識できないから、才能でポーン!と ひとっ飛びさせて、正解にたどり付かせるしかないんだろうね(苦笑)」

アクア:

「才能頼みは、負け犬の思考停止ね」


 アクアのような大天才が言っても、逆に『どうなんだろう?(苦笑)』と思わないでもない。才能があれば、やはり嬉しい。便利だろうと思ってしまう。


ジン:

「そうは言っても、最低限の才能は必要だ。何か言ったって、受け取り手がある程度の段階に達してなきゃ意味がない。価値があるかどうか、意味があるかどうか、有効かどうかの判断さえままならないのが現状だ。結局、偉いヤツの言うことに飛びつくのが、せいぜい関の山ってことだ」


 知識を得るのに、知識がいる。いや、才能かもしれない。それらも段階を踏むしかないような気がする。


ジン:

「まぁ、アホの話はどうでもいい。ともかく、切るように、と念じておくと、『自然と肩の力が抜ける。』これが重要なポイントだ」

葵:

『アホにも分かり易くってことだ?』

シュウト:

「ハハ、ハ……」

アクア:

「どういう形で重要?」

ジン:

「言語認識と実体の作用とがより双方向的である場合、つまりフィード・フォワードとフィード・バックとが密になることで、イコールと表現すべき現象が観察される」

ユフィリア:

「えっ? えっ?」

ジン:

「例えば、『肩の力が抜けていること』は、リラックスという全体において、一部の現象のハズなんだけど、逆に肩の力を自分で抜くことでリラックスさせることができる、という風に観察されるんだよ。従って、『肩の力を抜くこと』イコール『リラックス』と置き換えることが可能だ」


アクア:

「肩の力が抜けた、のであれば、それはリラックスしている状態ということね?」

リコ:

「でも、肩の力を抜いた『だけ』で、リラックスになるんですか?」

ジン:

「なる。肩の力を抜いた『リラックス状態』を体の側で先に作ってやれば、精神状態もそれに近づくことが分かっている。逆に、肩が上がっている状態を作れば、興奮状態へ誘導される。こころと体はバラバラじゃない。影響しあっている。もっと言えば、同じものの別の現れ方だ」

タクト:

「だから双方向性なのか……」


 ちょっと難しい言葉を使ったことでユフィリアの目が白黒しているけれど、笑ってられる状況ではないのでスルーしておく。


ジン:

「本番などの緊迫した状況で、肩の力を抜くように周りが指示することがある。これはリラックスしろと言っている訳だ。しかし、実際に肩の力を抜けと言われて抜けるかっていうと、無駄だ。まったく別の問題だったりするからな」

葵:

『うんうん。活躍したいと思うほど、肩に力が入るもんだよネ』

ジン:

「戦闘の場合、敵がクッソ強いと怖くて力を抜くことなんてできなくなる。難しくいえば、外部環境への自動的な反射・反応ってことになる。世界の全部を敵のように感じる。その対処となると、かなりしんどいことになるな」

アクア:

「状況を変えるか、自分が変わるかしないと……」

ジン:

「もしくは反応の仕方を変えるかだ。四肢同調性の問題もあって、肩に力が入っているとパフォーマンスレベルは上がってこない。気は(はや)るものの、体はついてこず。そんな状況で『肩の力を抜け』というのは、金言というよりも意味のない気休めの言葉でしかない」

シュウト:

「……でも、念じておけば」

葵:

『だね。勝手に肩から力が抜けるってわけだ』

ジン:

「これが実戦的な方法論だ。才能が足りなきゃ、こうしたホンモノの知識だのに触れとくのがとても大事になってくる」


 そうは言われても、ホンモノに接する機会は必然的に限られる。


ジン:

「リラックスしただけで勝てる訳じゃないが、リラックス抜きでは勝てるものも勝てなくなる。余計な予備緊張は筋出力を邪魔するしな。もっと先を目指せ。力を抜いて、抜きまくって、『重み』に変わるまで脱力を続けろ」


 ジンが振り返ったので同じように振り返ってみたら、〈スイス衛兵隊〉のメンバー十数人が話を聞きに集まっていた。気にした風でもなく、戦闘の開始を予告していた。


ジン:

「オラ、敵のお出ましだ! とっとと持ち場に戻れ!」

ニキータ:

「セットアップ、急いで!」


 出てきたのは弱点属性の吸血鬼ではなく、精霊系のモンスターだった。どうやら吸血鬼と、精霊系という2系統のモンスターが混在して現れる場所のようだ。どちらも属性攻撃を要求されるところに共通点がある。

 さすがに火山の洞窟でもあって氷の精霊こそ出てこないものの、その他では地水火風の精霊が揃って現れるパターンが多い。精霊力の高いゾーンということのようだ。


 特に弱点を狙って選択する必要がなかったため、穿て、貫け!と念じて戦うことができた。肩の力が抜けるかどうかは、まだ半々といったところ。







葵:

『ほえっ? ……もう引き上げ?』

シュウト:

「みたいです(苦笑)」


 三層目を終え、ショートカットを形成、四層目の様子を軽くうかがったところで本日の探索は終了との連絡が入った。〈竜眼の水晶球〉を使用中の葵には直接念話ができないため、僕の所にきた連絡を回す形になる。


ジン:

「ちょっと早くねーか?」

葵:

『でも、もう一層攻めたら、今度は遅くなっちゃうかも。キリが良いっちゃ、良いところだしね~』


 ダンジョンをアタックするという意味では今日が初日でもあり、初日だから、もっと無理してもいいという考え方もあるだろうし、初日だからこのぐらいに抑えてペースを作っていこうという考え方もあるだろう。


レイシン:

「あんまり遅くなると、食事を作ったりが手間だしね」

ジン:

「人数多いもんなー。……んじゃ、けーるべ」


 人数が多くなると、それだけで様々な部分が変化する。覚えておかなければならないことだろう。


シュウト:

「第1レイド、離脱します」

スタナ:

「了解」


 リディアが脱出用呪文〈フリップゲート〉を使った。キャンプ地点まで時間は掛からない。第2~第4レイドも、同様に離脱を確認する。


ジン:

「さてと。メシの前にさっぱりしとくか。風呂だしてくれ」

ニキータ:

「わかりました」

ユフィリア:

「私たち先でもいーい?」

ジン:

「いいぞー。見ててやんよ」

ユフィリア:

「ジンさん、いやらしい!」


 〈玲瓏なる水球〉(ウォーター・スフィア)。モルヅァートの作った、どこでもお風呂である。少量のMP消費で、どこからともなく水球が現れて空中に浮かぶ。さらに〈ドラゴン石〉をセットして、またまた少量のMP消費で熱を発生させると、水が温水に変わる。

 サクサクと装備を脱いで、タオルを被ったユフィリアが現れる。


ユフィリア:

「じゃあ、ジンさんタオル係ね」

ジン:

「ハァ? なんで俺を使おうとしてんだコラ?」

ユフィリア:

「いいでしょ、みてるんだし」

ジン:

「やっぱ見てて欲しかったのか。よーし、わかった。俺の脳内フォルダを充実させてやんよ」

ユフィリア:

「そんなこと言って、な・い!」

ジン:

「ま、見られたからって減るような厚みなんてどうせないじゃん?」

リディア:

「ひどっ!?」

ユフィリア:

「んー、でもそれって、スタイルがいいってことでしょ?」

ジン:

「ぬ。否定はしないけど、ボリューム的に物足りないといいますか……」

シュウト:

「えっと、タオル、預かろうか?」

ニキータ:

「……お願い」


 基本的に専用の下着でない場合、下着はすべて水着である。ユフィリアはタオルをジンに押しつけ、水着だけになると、水球に手から滑り込んでいった。ニキータも後に続く。

 あの水球の中の感覚は独特だ。水をまとめるために中心に重力が発しているような気がするのだけれど、逆に外側に押し出される力が体に加わる。結果、宇宙にいるかのような『無重力の温水プール』になった。もちろん、宇宙に行ったことはないのでこんな感じかな?というイメージの話だけれど。


ユフィリア:

「きもちいい~♪」

ニキータ:

「そうね~」


 プカプカと浮かんで温水プールを楽しんでいた。すると今回は気付かれたようで人が集まってきた。


ネイサン:

「おいおい、こりゃあなんだい?」

ジン:

「んー、……目の保養?」

シュウト:

「いやいや(笑)、どこでもお風呂です」

ギャン:

「日本ってこんなアイテムがあるのか!?」

ジン:

「ねーよ。モルヅァートってレイドボスが作ったやつだ」


 珍しいこともあったもので、水着の美女ガン無視でみんなウォーター・スフィア自体に興味があるらしい。


マリー:

「すごい、手が吸い込まれる……」

ジン:

「こら、触ってんじゃねーよ」


 興味津々の白の聖女・マリーがさっそく手首付近まで腕を突っ込んでいた。


ユフィリア:

「なんか、人があつまって来ちゃったね?」

ニキータ:

「そーねー」


 普段は人目を気にするタイプのはずが、まるで無頓着になっているニキータだった。お風呂に関わると別人格が発動するらしい。ユフィリアは先に上がることにしたようだ。まだ5分と経っていないのだが、このお風呂の使い方としてはそんなものだろう。


ユフィリア:

「よいしょ、っと」


 器用に水球からすべり落ちると、履き物の上に着地。運動神経が良いので、ちょっとした動きも絵になる。


ジン:

「ホレ」

ユフィリア:

「ありがと」


 ジンからタオルを受け取ると、さっと体を隠していた。実はこのお風呂、体を拭く必要がない。風呂から上がる際に、水分が水球の側に戻っていくからだ。ちょうどタオルで体を『拭き終わった状態』になる。髪や肌が水分を吸っているのか、ほどよく潤う仕上がりだ。


 〈玲瓏なる水球〉(ウォーター・スフィア)に使われてる水は、洗浄力が高いらしく、汚れのたぐいは直ぐに落ちる。これを洗濯に応用すると、水球に入れて5秒で取り出すだけで、洗濯して脱水まで完了した状態になったりする。そういう用途ではとてつもなく便利だったりした。

 これらの現象は人間の『お風呂欲求』をモルヅァートが理解していないことが原因である。その結果、5秒でお風呂を終了させるための装置というべき代物になってしまっていた。


 そもそもこの世界ではアイテムの耐久度の関係で、たいていの汚れはしばらく放っておけば自然と綺麗になってしまう。綺麗になる、のではなく、元に戻る、という方が近い。従って、常に汚れ続けるような場所で生活しないかぎり、そのうち元に戻りはする。しかし、『汚くない』のと『清潔』なのとではまったく同じとはいえない。同様に、『綺麗になればなんでもいい』のと、『お風呂で気持ちよくなりたい』のはまったく別のことでもある。

 ……つまるところ、さっぱりしたいのであり、お風呂で気持ち良くなりたいのだ。お風呂を堪能することで高まる意識みたいなものを感じ取りたいのだろうと思われる。


ネイサン:

「ちょちょちょちょ! ……入っていい?」

ジン:

「後でな」


 今日の長湯は無理そうだと諦め、手早く済ませることにした。

 僕たちがお風呂に入っている間にしっかりと長蛇の列が出来ていた。それを見て、ジンは仕方なさそうにため息をつく。2~3mサイズの水球では、2~3人で満員だ。1人5分としても最後尾は1時間待ちとかになってしまうだろう。


ジン:

竜の魔力(ドラゴンフォース)

リディア:

「……でかっ!?」


 あんまり魔力を供給すると壊れそうな気もしたけれど、モルヅァートのアイテムにそうした心配は杞憂だったかもしれない。ジンの放つ『竜の魔力』とは相性も良さそうだ。

 かなり大きな、それまでの数倍の水球がいきなり現れる。サイズは、直径で15mほどにもなるだろうか。こうして大きくなったとしても、水球の中ではもともと水中呼吸が可能なので、おぼれたりする心配はない。そういう配慮までしてある辺りが、さすがというか、心配しすぎというか。

 まとめて10人以上の〈スイス衛兵隊〉メンバーが、水球に向かって突撃していった。……あれはちょっと楽しそうな気がする。

 

ネイサン:

「うっひょー!」

ギャン:

「なんだこりゃ! 凄いぞ!」


 真面目そうな顔をしたジンが、大人げなくはしゃいでいる〈スイス衛兵隊〉メンバーを見ている。不機嫌になったのかと思ったが、そうでもないらしい。


ジン:

「うーむ、次からは金を取るべきか。いくらにしよう……」


 ダイヤ乱れ無し。平常通りに運行中。

 


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