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189  拒絶反応

 

ネイサン:

「そうだったのか」


 スタナの言いたかったこと、不安がようやく理解できた。

 ミリス火山洞での初戦の相手は吸血鬼たちだった。その動きはまるで本当の、本物の化け物のごとし。あまりにも素早く、凶暴で、強すぎた。この世界では死なないと理解していてさえ、恐ろしさで足が(すく)む。それも当然かもしれない。相手は平均100レベルのモンスターだ。10レベルもの差が恐怖の原因になっている部分は少なくないだろう。

 しかし、ジンたちはその脅威に易々と対抗してのけた。ジンは当然としても、他のメンバーもあのスピードの戦闘が可能だった。


バリー:

「本当に、……オスカーの予想通りだったね」


 彼らが味方で良かった。それは単純ながらも、複雑な心証をもたらした。喜びや感謝、と同時に冷や汗をぬぐうような感覚。『敵じゃなくて良かった』という安堵を裏返した感情だった。


オスカー:

「予想通りなんかじゃない」

ミゲル:

「タウンティングを見れば、戦士職(タンク)の実力は分かるものだが。……とんでもない連中だな」


 敵が〈アンカーハウル〉の効果範囲内のどこまで進入したタイミングで使ったかで、大まかな実力を見ることができる。近すぎても、遠すぎても良くないからだ。

 近すぎれば、〈アンカーハウル〉を使う前に殴られ、特技を阻害される恐れがある。そうなればヘイト・コントロール失敗、最悪タンク死亡でガタガタ、なんてことになりかねない。

 しかしあまり遠くで使えば、今度は敵集団のほんの一部しか効果範囲に入れられない。結果、特技の使用回数が増え、バタバタとした印象になりがちだ。従って丁度良いタイミングで使うのが基本となるのだが、これは言うほど簡単な話ではない。もはやゲームではないのだから、自分たちを殺そうと敵が迫ってくる状況下での難易度なのだ。殴られれば痛いのだし、噛みつかれたら咄嗟に振り払いたくもなる。普通のことを普通にこなすだけでも場数を踏まなければならない。


 だがジンは、あっさりと敵をパスさせてしまっていた。もうビックリ。そうなれば、後列の仲間が『肉の壁』で(じか)に止めるしかなくなってしまう。単純に考えれば、大失敗だし、即、失格という所だろう。

 ところが、ジンの仲間たちと来たら、まるでお構いなしだ。突撃してる敵をあっさりと受け止め、タウンティングの効果範囲内に押し戻すことまでやってのけた。その後、ジャストのタイミングで放たれた〈アンカーハウル〉は完璧な効果を発揮した。すべて計算尽くであることは誰の目にも明らかだ。結果、敵集団の大部分がジンのタウンティングに巻き込まれることになった。大失敗が、一転して大成功へと変わった。


 バカと天才は紙一重というが、紙一重どころではない。バカの領域を完全に突き抜けて、その先で最適解にたどり着いてしまっている。……つまるところ、僕らはジンと、その仲間たちを語る言葉を持っていなかった。まさしく『計り知れない実力者たち』である。あれだけ強力なモンスターを、ああして集めてしまえば、その負担は信じられないほど大きいだろうに、そこは問題にすらしていなかった。

 もっとジン独りだけが強くてワンマンチームみたいなものだと思っていたし、そう思いたかった。違うのだ。一人一人が恐ろしくなるほど強い。それ以上に頼もしい。途轍もない実力を備えたチームだった。


 だからこそだろう。その実力差は、もはや『異物を飲み込んだ』という表現へと近づいてしまう。その異物を馴染ませる役を割り振られた人物こそが、スタナだった。今回の件は彼女自身の拒絶反応だったと分かる。第1レイドの、ジン達を除いた残りのメンバーが途方に暮れているところに接してみて、ようやく理解することができたのだ。


バリー:

「どうしようか? いっそ、7属性で7回ずつ攻撃する?」

ギャン:

「トドメ専用チームは悪くないかもな」

オリヴァー:

「それでは効率が悪いだろう。応用数学か何かで解けないのか?」

アクア:

「分布や確率でいくら確度が高くても、正解が決まっているのよ?」

葵:

『だね。それよっか、虹のアラベスクを使うにしても属性かぶりしないように打ち合わせておかなきゃだよ』

ウォルター:

「なぁ、おい。弱点の話だけして、みんなもう勝ったつもりでいるのか? トドメの前に、そこまでどうやってもって行くつもりなんだ」

バリー:

「それもそうだった」

ミゲル:

「ともかく落ち着いて対処していくしかない」

オスカー:

「なにより動きが速すぎるのが問題だよ。スロウを巧く使っていこう」


 対応策の議論がそこかしこで沸き起こる。しかし、今はそうした『強い』話に興味はない。もっと『弱い』内容が聞きたかった。そうしてメンバーを眺めていると、ちょうど良い相手を見つけた。


 クリスティーヌだ。豊満すぎる胸を半ば隠し、半ば支えるように腕組みしている。丸みを帯びたヒップラインが、男の冒険心を試しているかのよう。彼女は一歩下がった位置から、話し合いの行く末を見守るようにしていた。こちらから話かけるのにとても都合のいいポジションでもある。


 一ヶ月程前、ギルマスは彼女と日本から帰ってきた。あの2人は何かが変わった。ギルマス相手だと褒めたがりオジイチャン・モードに変身するギヴァの話は半分に聞くとしても、確かに変わっていたようだ。それはクリスティーヌも同様であり、自信が身に付いたというような、落ち着いた大人の女の空気みたいなものを身に纏うようになっていた。


 正直に言うと、彼女の個人的な事情も大まかなところは掴んでいた。本気で知ろうという気になれば、ツテはそれなりにある。結果、バロー家も無茶苦茶なことをするものだと苦笑いするしかなかった。とはいえ、他家の事情に口を突っ込むのは、よほど特別な状況でもない限りマナー違反でしかない。良くも悪くも、見ているしかないものだった。

 クリスティーヌは厳しすぎた。自分にも、他人にも。そこはマイナスだったが、仕方がない側面もあると分かっていた。……だが、変わった。いい方向に、もっと魅力的な『イイ女』になって戻ってきた。


 なんと言ってもフレンチメイドである(!)。とてもじゃないが、良家のお嬢様が着る服ではない。不適切であり、不謹慎だ。だが、それがたまらなくイイ。もっとも低く見積もって、最高だと言おう。 育ちの良さや上品さと、エロい服のコラボレーション。いや、マリアージュと言いたい。それは科学的、かつ、銀河的な大爆発を起こした。高貴さだけが漂わせることのできる香気が、今、彼女をねっとりと包み込んでいる。ひたすらにエロい。そしてヤバい。

 〈スイス衛兵隊〉でも一気にファンが急増することになった。同時に噂や憶測も乱れ飛んだ。「ギルマスとなんかあったか?」「まさかジンに食われたとか?」などの下世話な話で、これでもかと盛り上がったものだ。あの日の酒は旨かった。だが数日と持たず、ギルマスからメイド服禁止を言い渡されてしまった。残念。とはいえ、信じられないほどの高位装備らしく、レイドではフレンチメイド復活である。トレビアン。


 そんな彼女と話をするべく、スタナを強引に連れ出すことにした。


スタナ:

「なんなのよ、もう」

ネイサン:

「やぁ、少しいいかな?」


 スタナにボヤかれるも、気にせず声をかける。勢いが重要な場面だ。


クリスティーヌ:

「ネイサン?、それにスタナ。……何かご用でしょうか?」

スタナ:

「やだ、本当にメイドみたいじゃない」

ネイサン:

「うん。とても素晴らしいよ」

スタナ:

「……いやらしい」

ネイサン:

「ハッハッハ。しばらく日本に行ってただろう? その時、苦労したこととかを教えて欲しくてね」

クリスティーヌ:

「……わかりました。では、スターク様もご一緒の方が良いでしょう」


 さっと動いて、ギルマスの所へ。耳打ちすると、あっさりと戻ってきた。


スターク:

「やぁ、スタナ。ボクで良ければ、なんでも訊いてよ」ぷいーん

スタナ:

「申し訳ありません、ギルマス」

スターク:

「いいって、いいって」にこにこ

ネイサン:

「さっそくですけど、……ジン達って強すぎですよね?」

スターク:

「そうなんだよね」うんうん

ネイサン:

「連携といっても、けっこう困った感じなんですが」

スターク:

「うん。すっっごく分かるよ! すっっっごく!」


 まず軽く足場になるような話題から振ってみた。それが功を奏したのか、スタナの口から質問を引き出すことに成功した。


スタナ:

「時々、フッと居なくなるんです。一体、どうすれば? ……クリスティーヌ、あなた達はどうしていたの?」

スターク:

「いや、あれ、目で追うのとか無理だから(苦笑)」

クリスティーヌ:

「(コクリ)無理です」

ネイサン:

「あ~、やっぱり……」

スタナ:

「そう、でしたか……」


 なんとも絶望的な雰囲気である。


スターク:

「最初の内は本当に大変だったんだよ。メチャクチャなんだもん」

クリスティーヌ:

「ええ。ジンに本当について行けるのは、第1パーティーの5人だけです。特技アイコンを操作したり、HPゲージを確認している一瞬だけで、彼を見失う。そうしたことが何度もありました」

スタナ:

「そう! そうなのよ!」

ネイサン:

「じゃあ、どうすれば? というか、どうしてたんです?」

スターク:

「うん。でもね、結局、敵の所にはいるんだよ。ジンはタンクだしね。だいたい1番強い相手のところか、2番目とか、だいたいそのへんだよ。まぁ、その時の戦法によっても変わるんだけど」

クリスティーヌ:

「第1パーティーの仲間たちを見ておくのも有効です。次にどこへ動くべきかは、彼らの動き方や全体の状況で何となく分かりますから。……お陰で、味方の動きをこまめに見る癖が付きました」

スターク:

「ボクなんか、ずっとイシマルを見てたよ。彼が詠唱開始したら、特技を使っても平気っぽかったから」


 苦労話だったが、その表情に恨みがましさのような険しさは見あたらない。たぶん幸せな記憶だからだろう。彼らの日本での時間が、苦痛や屈辱にまみれていたとは思えなかった。間違いなく、素晴らしい経験として記憶されている。

 そろそろ攻略再開になりそうだった。ここで遅れる訳にはいかない。礼を言って引き上げることにした。


ネイサン:

「参考になった?」

スタナ:

「…………」

ネイサン:

「どうかした?」

スタナ:

「いいえ、なんでもないの」


 どこか不安そうに見える。何かが気になっている様子だった。彼女の不安の正体までは分からない。まさかジンがスタナだけ守らない、なんて意地悪をするとも思えないのだが、彼女がどう感じているかは別の話だ。ジンが最適の位置取りをした結果、スタナのチームが犠牲になることはあり得るかもしれない。ボーっと突っ立っていたら、の話だけど。


ネイサン:

「ないでもないってことはないだろう」

スタナ:

「……ジンは、私たちを守ろうとはしていないのかも」

ネイサン:

「どういうこと? そんなことはないと思うんだけど」

スタナ:

「そういうことじゃない。攻撃は最大の防御といった意味で、攻めを優先しているのよ。いいえ、本当に守ろうとして突き詰めていったら、結果的に守らないで守るようになったってことかも」

ネイサン:

「間接的な防御ってこと?」


 〈ガーディアン〉の攻撃力は、アタッカーと比べて限定的だ。特に片手に盾を持つオーソドックスなスタイルでは、攻撃力はかなり低く抑えられてしまう。このため敢えて両手持ちの武器を選択するプレイヤーも多い。ある程度の攻撃力が、防御に貢献するケースはある。そうした場合、装備のシナジー効果を上手に組み合わせて、それぞれのスタイルを構築するのが鉄板だ。

 だが、ジンはすべてが規格外だ。装備や特技使用の範囲ではおさまらない。攻撃力・防御力・機動力がズバ抜けている。更にそれらを土台として生まれる戦闘力や戦術が、味方を守る方法論にまで影響を及ぼしている。ジンという在り方が強いのだろう。それは彼だけのもので、余人に真似できるものではない。


 ではどうしたらいいのか? ……こうしたことが分かっても、結論はでそうになかった。無駄とは思わないが、先の見えない暗闇にいるように感じる。僕らの我慢強さが試されるハードな時間になりそうだった。







ジン:

「上だ! 気をつけろ!」

シュウト:

「上から!?」


 広大なスペースは行き止まりだった。隠し扉のようなものを探そうとする前に、ジンの警告が飛ぶ。直後、上空からの攻撃が始まった。見上げると、暗闇の中にうっすらと吊り橋のようなものが掛かり、スペースを横切っている。そこに並んで砲撃してくるモンスターは、数種の精霊のようだ。火や氷といった属性の魔力弾が飛んでくる。……四大精霊揃い踏みのようだ。

 気を付けろと言ったジンの言葉からは、注意すべき対象に『気』を飛ばして付けろ、接着させろ、というニュアンスが感じられた。


ジン:

「登れる場所は?」

葵:

『ダメ、見当たらない』

アクア:

「ここまで、一本道でしょう?」

英命:

「どうやら、作るしかないようです」

ニキータ:

「作る……?」


 パラパラと散発的に降り注ぐ魔力弾に気を取られつつも、英命の言わんとすることが理解する。ここは敵の攻撃を引き受けながら、岩を運んだり、切断したりして『階段を作る作業』を要求している場所らしい。それっぽい岩なんかが転がっている。運ぶのも手間だろうが、レギオンレイドなら作業自体は問題ではない。


ジン:

「シュウト、行け。ちょっと上に登ってやつらを倒してこい」

シュウト:

「えっとー、……みんなで攻撃しません?(苦笑)」

葵:

『ちょい無理あるか(苦笑) じゃあ、こうたーい、バック、バック!』


 一端、後退して作戦会議をすることに。


ヴィルヘルム:

「土木工事が必要だな。どのくらい掛かる?」

ギヴァ:

「うむ。10分では無理だ。しかし、20分は掛からんだろう」


 つまり15分ばかり敵の攻撃を引き受けないとならないようだ。一方的に攻撃されっぱなしだと腹が立ちそうな気がする。


葵:

『遠距離攻撃で倒しちゃわない?』

レオン:

「いや、問題はあの吊り橋の強度だろう。後で我々が使うことを考えれば、魔法などの範囲攻撃は控えたいところだ」


 これはレオンの言う通りだろう。部屋の何かを壊しても、室内を出入りすれば元の状態に戻っている……。なんてことにはもう期待できない。そもそもドアなどない剥き出しの岩肌や、くり抜かれただけの穴を通路として通っている形だ。往復すべき入り口の境目が近くにない。


ジン:

「あんな狭いところじゃタウンティングもへったくれもねーだろ。アタッカーで始末してこいよ」

シュウト:

「本気で言ってますよね……」

ギヴァ:

「それはそれとして、どうやって登る?」

ベアトリクス:

「私が行こう」

ラトリ:

「ユニコーンジャンプでもさすがに高さが足りないんじゃ?」

ベアトリクス:

「私のスピードであれば、少しの間なら壁も走れる。適当な足場から跳び上がるさ」


 最速の女性騎士はさらっと凄いことをのたまう。そう言われれば、登れないと頭から決めつける理由もない。〈妖術師〉であれば、フライの魔法が使えるし、リコの蜘蛛なんかもあった。他にもいくつか手段はありそうだ。


ジン:

「支援してやりたいが、俺のタウンティングはあっこまでは届かん」

葵:

竜の魔力(ドラゴンフォース)で範囲拡大できんのけ?』

ジン:

「あれはほぼ威力アップ用だな。無理なく上乗せできるっていう」

ラトリ:

「前から気になってたんだけど、そのドラゴンフォースとかって何なの?」

葵:

『モルヅァートに竜の因子を埋め込まれて、改造人間にされたんよ』

ジン:

「うおおっ、やめろ、ショッカー!」

マリー:

「……それは、どうやって?」

アクア:

「竜の因子を竜魂呪で縛り付けているらしいわ。バフとデハフをセットにすることでバランスを取ったのね」

マリー:

「おもしろい!」

シュウト:

「えっと、それじゃ効果範囲の拡大は?」

ジン:

「通常のブーストを使えばできなくもない。たとえば『範囲ブースト』とかって限定すればいい。だが、どっちみち今は無理だ」

ラトリ:

「ちなみに、それはどうして?」

ジン:

「敵が弱いとがんばれない。敵が強ければ強いほど、俺の性能は強化されていく」

レオン:

「いろいろと聞き捨てならない情報ばかりだが、今はいいとしよう。タウンティングは私が引き受ける」


 レオンが準備したのは、赤い大剣だった。両手武器3つ目である。


ネイサン:

「おっと、本番用だね」

シュウト:

「へぇ。どういうものなんですか?」

ネイサン:

〈絶叫するもの〉(スクリーマー)、だったかな。『赤き暴風』レオンの代名詞みたいな武器だね。もちろん、幻想級。

 ちなみに青白い両手大剣が〈アヴァランチ〉。雪崩の名を持つ幻想級レイド武器。雷撃を纏う両手斧が〈アステリオスの戦斧〉。始祖(オリジナル)ミノタウロスを倒して獲得する幻想級レイド武器だね」


 幻想級両手武器3つとか、どんだけ豪華なのやら……。たぶんプレイヤー数からくるサーバー格差だろう。こんなところで西欧サーバーの豪華さを思い知らされることになるとは思わなかった。


葵:

『じゃー、こっちもいってみっか』

リコ:

「〈従者召喚:鋼鉄蜘蛛〉。イダさん、お願い!」


 リコが鋼鉄蜘蛛・イダさんを召喚。触っても動ける程度の糸を足場にして突入する作戦だ。今回はヒーラーを連れて行かないので、勝負は一瞬で決まる。ジンはイダさんのガード担当。楽な仕事にニヤニヤしている。


レオン:

「始めるぞ!」


 〈絶叫するもの〉(スクリーマー)を装備したレオンが、〈アンカーハウル〉を放つ。その特技効果は上空の敵を見事に捉えてみせた。

 魔力弾に襲われるレオン。同時にベアトリクスが猛スピードで駆け、そのまま壁を疾走する。驚いたのはシーン・クゥだ。彼女は助走をつけただけで、地面からそのまま〈ユニコーン・ジャンプ〉を使って飛んだ。それに続くように、ベアトリクスも足場を捉えてジャンプ。シーンが伸ばした鞭が吊り橋に引っかかり、〈ワイアードアクション〉。サーカスの空中ブランコのような、振り子の動きでぐるりと回転。


 一呼吸おいたタイミングで僕らも突入を開始。レイシン、ニキータ、僕、タクト、ウヅキ、ケイトリンが蜘蛛の糸を走る。先頭を行くニキータが、炎の精霊の放った火炎弾を切り捨てる。金枝刀の力だ。不安定な蜘蛛の糸を足場にしてるのに、それをほとんど揺らさずレイシンが飛んだ。吊り橋に乗り換える隙をフォローするために先行してくれている。

 ケイトリンが糸からすっと降りていく。同時にモルヅァートの鞭を使っての〈ワイアードアクション〉。人の良いところはすぐに真似できるのも彼女の強みだ。柔軟でいて、憎たらしいほど器用なのだ。


タクト:

「ディメンション・ステップ!」


 吊り橋で敵隊列は一直線。タクトがショート・テレポートで強引な割り込みを掛ける。ほぼ中央に陣取る構え。危険な行動だった。


シュウト:

「〈乱刃紅奏撃〉!」


 僕は6つの瞳を飛ばした。狙い違わず、タクトの背中側の敵にダメージを与えて消し飛ばしておく。


タクト:

「!?」

シュウト:

「振り向くな。自分の仕事をしろ!」

タクト:

「……おう!」


 タクトの行動が失敗かどうかは、フォローの存在とその質が決めるだろう。たとえば僕の行動が、タクトの『失敗する運命』を成功に変える可能性がある。


シュウト:

(そうだ。いつもジンさんがしているように!)


 『ジンの後継者』がどういうことかはまだ分からない。だから、同じように立つ所から始めてみる。理想を求める姿勢を貫ぬいて、戦場に自分の意思をみなぎらせる。味方には頼もしくあるように、そして敵には脅威と見なされるように。


 ニキータが神護金枝刀で先頭の土精霊を切り倒すと、レイシンが飛び越すように回転カカト落とし〈ドラゴンバイト〉を水の精霊に放つ。更にその上をウヅキが飛び越し、〈エクスターミネイション〉で火の精霊を真っ二つにした。入れ替わるようにニキータが先頭に向けて走る。


ケイトリン:

「させない」


 ニキータを狙う風の精霊を〈ダンスマカブル〉で切り刻むケイトリン。相変わらず彼女に対してだけは忠誠の人になる。僕は手すりの上に立ち、〈ラピッドショット〉で前列の敵にダメージを与えていく。タクトの支援と、全体のコントロールだ。


 中央地点で一人奮戦するタクトに向けて、前後から挟むように接近していく。ベアトリクスとシーンのコンビは、長年連れ添った夫婦かと思うほど息が合っていた。前衛を務めるベアトリクスを、後方からの鞭で包み込んで守るようにして敵を攻撃していくシーン。圧巻の殲滅速度だ。


タクト:

「極拳!」


 ラストはタクトの突進パンチ、〈ライトニングストレート〉が決めた。敵の掃討を終え、吊り橋に敵性存在がないこと、後背からの追加発生にも注意しつつ、終了報告を入れる。

 下で〈スイス衛兵隊〉が吊り橋へ登るための階段作成を始めた。それまで、しばらくこの場で待機することに。ギヴァたちは、パズル的要素のある階段作りをややあっけなくこなしてしまった。この階段で一度下へ。これは昼食のためだ。


 昼食のメニューは全隊でサンドイッチだ。レイシンによれば白米温存を兼ねているらしい。僕らはなんとなくレイシンのサンドイッチを貰っていた。

 それぞれの料理チームによるサンドイッチを朝食後に受け取り、各自で持ち歩くのが決まりだ。これは食料をまとめて持っている人がロストして復活地点送りになると、食事時に悲しいことになるからだろう。

 

ジン:

「このパン、うまいな」

レイシン:

「だよね。パンは提供してもらったものを使ってるんだ」

ジン:

「本場ってことかよ。やるなぁ~」あむあむ


 大きくかぶりつくと、ちょっとコリコリとした食感がして楽しい。『たくあん』だろうか?とも思ったが、もう少し硬めだ。


シュウト:

「これって……?」

ユフィリア:

「きんぴらゴボウを入れてみました」

ジン:

「でかした。美味いぞ」

ユフィリア:

「えへへ~。でしょ?」


 西洋的なサンドイッチにきんぴらごぼうではミスマッチだろう。それでもあまり違和感がないのは、ハンバーガーでは類似商品があるからかもしれない。

 そんな話をしていると、フラフラとネイサンが近づいてきた。


ネイサン:

「それって、美味しい? 食べてみたいんだけど、いい?」

ジン:

「ゴボウってのは木の根っこのことだ。俺たちには馴染みの食材だけど、わざわざ食う必要はない」

ネイサン:

「いや、そう聞いたら食べてみないと気がすまない!」

スタナ:

「ちょっと、木の根っこなんて食べられるの?」

ジン:

「俺たちには一般的な食材だっつーの(苦笑)」

石丸:

「同じキク科のセイヨウゴボウは食用のはずっスが? バラモンジン、サルシファイ、オイスタープラントなどの名前で呼ばれているものっス。根菜用としてはスコォルツォネラヒスパニカ、キバナバラモンジン、ブラックサルシファイ、ブラックオイスタープラントの名前でよばれている種に人気があると聞いているっス」

スタナ:

「…………ごめんなさい」


 今のはさすがに、謝るしかなかったのだろう。別段、石丸は責めているつもりはない。結果的に知識で圧倒してしまっただけのはずだ。


ミゲル:

「よく勉強しているな。オイスタープラントなら俺も知っている」

ネイサン:

「じゃあ、美味しいってこと?」

ミゲル:

「牡蠣の香りがするからオイスタープラントといわれているものだ。匂いが気になるかもしれん」

ジン:

「だから、無理して食わなくていいっていってるじゃねーか」

ネイサン:

「いや、ここまで来たら後には引けない。いざ、食の見聞を広めようぞ!」


 などと、芝居がかった態度で挑戦を表明していた。無駄な好奇心は猫を殺す気がするのだけれど(苦笑)


ジン:

「おーし、いったな? 後悔しても遅いぞ!(笑)」

ネイサン:

「守られているだけでは、未踏領域には到達できないだろう?」

レイシン:

「初心者だし、きんぴらそのままよりも、サンドイッチに挟んじゃおうか」

ネイサン:

「うむ。よろしく頼む」←重々しく


 サンドイッチにキンピラとマヨネーズを追加して準備完了だ。


ジン:

「まぁ、食感を楽しむものだと思ってくれ」

スタナ:

「食感?」

ジン:

「食事は味を楽しむだけのものじゃない。旨味ぐらいは聞いたことあんだろ?(※)でも辛さを感じるのは味覚じゃなく痛覚だ。それ以外にも温かい・冷たいの温感も重要だし、香り、嗅覚も大切な要素だ。同時に、舌触りの滑らかさや、噛みごたえを楽しむ食感もあるんだよ」

アクア:

「音を忘れてもらっては困るわね」ギラリ

ジン:

「へいへい、すいませんでした」


(※ 旨味は東京帝国大学の科学者 池田菊苗によって発見された味覚のひとつ。旨味がコンブのだし汁に含まれるグルタミン酸であることを突き止めたことで、1908年の化学調味料の特許取得に繋がった。また、辛味は味覚から外され、痛覚によるものとされた)


 わくわくした顔でサンドイッチにかぶりつくネイサン。


ネイサン:

「おほぉ~! こりゃ珍妙だ。面白い。繊維をそのまま感じる!」

スタナ:

「本当に美味しいの?」

ネイサン:

「美味しいというより、面白いとか、楽しいとか?」

ジン:

「柔らかく煮れば、ゴボウはホクホクした食感になるけど、キンピラはやっぱコリコリしてないとな。バリバリいわせながら食ってると、つい食べ過ぎちまう」

ユフィリア:

「ほんと、ジンさん一人で食べちゃうよね」


 その後、ネイサンはキンピラゴボウをそのまま食べるところまでやってみせた。甘めの味付けをされたキンピラを『どこか懐かしい、癖になる味』と評していた。まるで勝ったかのようだった。こうして挑戦して美味しいとわかると、なぜだか勝利したような気分になる。そういうのはわかる気がする。


 見ていたスタナは決して自分から食べようとはしなかった。どこか背中を押して欲しそうに見えたのだが、意外にもネイサンは食べてみろと勧めたりはしなかった。

 僕はどうするか迷った挙げ句に、なにもしないことにした。スタナが自分で食べてみたいと意志を表していなかったからだ。スタナが『選ばれようとして見えた』こともある。

 どちらにしても、きんぴらは食べないと損するというほど美味しいかと言えばそこまでではない。騙されたと思って食べて見ろといって、騙しただけで終わったら困る。美味しいかどうかは本人が決めることであって、押しつけていいものでもない。

 

ラトリ:

「シュウト、集まれる?」

シュウト:

「はい。すぐ行きます」


 お昼休憩のタイミングで打ち合わせをするらしい。葵を誘うように頼まれて移動。ジンはお昼の追加一品をもらってそっちに夢中だ。ユフィリアが当然のように奪い取りにかかる。



ラトリ:

「……ネイサンがなんか騒いでたけど、何かあった?」

シュウト:

「いえ、サンドイッチの具のことでちょっと。ゴボウっていう木の根っこ

が食べられるのかどうかって」

ラトリ:

「食べられるの?」

シュウト:

「日本では一般的な食材ですね。僕は好きですよ」


 そんな感じで短いやりとりで受け流しておく。葵がまだ食事中なので、軽い雑談をする時間があった。


レオン:

「木の根はともかく、昨晩のカレーというのは食べてみたいものだな」

ヴィルヘルム:

「ああ。今夜が楽しみだ」

ラトリ:

「……って、旦那は昨日食べたでしょう」

アクア:

「二日連続でカレー食べる気でいたの?」


 啓蒙した張本人でもある。たぶん食べたいという人は増えるだろうから、二日続けてというのは厳しくなるかもしれない。

 と、ヴィルヘルムから表情が消えた。


ヴィルヘルム:

「……だが、待って欲しい」くわっ

スターク:

「ちょっと!ダメダメ!なに説得しようとしてるのさ!?」

ヴィルヘルム:

「で、ですが、レイシンと交渉した手前、私が食べないのは彼に対して義理を欠くことになります。これは、騎士の誓約と同じ種類の約定と思われます。それを破れとおっしゃるのは、余りにも理不尽なのでは?」

アクア:

「……どうしても食べたいみたいね」


 あきれ顔のアクアが放置を決め込む。処置なしだ。ヴィルヘルムが食べると言ったら食べるのだろう。正直なところ、リディアが居ないとツッコミ役が足りない。


ラトリ:

「旦那の言うこともわからないではないけどねぇ。あのトンカツをまた食べたい気はするよ」うんうん

シュウト:

「あ、今日はトッピング変えるそうです」

ヴィルヘルム:

「なんだって? ……シュウト君。その辺りのところを、詳しく頼む!」

シュウト:

「えっ? いや、えっと(苦笑)」


 肩をがっしりと掴まれて逃げられない。カレーの話題に対するあまりの食いつきの良さには、困惑を越えて、もう笑ってしまう。


ヴィルヘルム:

「質問しては不味かっただろうか? もしや口止めをされているとか?」

シュウト:

「いえいえ(苦笑) 豚肉がダメな人がいるとかで、違うのにするって言ってただけです。まだ決まってないんじゃないかな~って」


 レイシンはレイシンで不思議な人だ。実に何にも考えてなさそうでいて、本当に何も考えてなかったり、既に考えてあったりする。朗らかな笑いの似合う人であった。


ヴィルヘルム:

「そういうことか。…………いったい、何を仕掛けてくる気だ、レイシン」


 この人は本当に、いったい何の勝負をしているのだろう?(苦笑)


スターク:

「ねぇ、ラトリ」

ラトリ:

「なんでしょう?」

スターク:

「気のせいか、レイドより真剣な気がするんだけど?」

ラトリ:

「それは、気のせいではないですね。」


 レイドの真っ最中なのを完全に忘れ去って、指揮官がカレーに集中している。本当に大丈夫なのだろうか〈スイス衛兵隊〉?


 冷静で穏やかそうなヴィルヘルムだが、彼に秘められた熱量の大きさにびっくりする。こうした要素はジンやアクア、葵も同じなのだ。本当に凄い人たちは、みんな突き抜けてしまっている。なんだか自分の性格の普通さは不味いのではないかと心配になるほどだ。

 

シュウト:

(でも、変人になれって言われてもなぁ……)


アクア:

「苦労が絶えないわね」

シュウト:

「うっ、……すみません」


 小声のつもりだったけれど、それは彼女の前では聞いてくださいと言うのと同じことだ。情けないケアレスミスだった。


アクア:

「そうして苦労する場合、問題とスケールが合っていないことが大半ね。自分のレベルに対して問題が難しい時は、問題のスケールが大きいことを疑うべきよ」

シュウト:

「その場合、どうすればいいんでしょう?」

アクア:

「このこと自体が分かったら解決したも同然でしょう?」

レオン:

「面白い話をしているな。相手にとって難しいようであれば、スケールを合わせてやればいい、となるわけか。例えば問題を要素に分解するなどすれば難易度やスケールを抑えることができる」

アクア:

「そう。もしくは、自分のスケールを状況に合わせればいい。……でも貴方の場合、自分のスケールを上げるべきなのではないかしら?」

シュウト:

「なる、ほど……」


 普通な自分で苦労するなら、突き抜けてしまえばいい。問題自体が答えだったようなものだ。

 変人じゃないから苦労するはめになる、という風に言い換えてしまうと、どうにも困った話にしか聞こえないが(苦笑) とはいえ、『ゲームだと思っているから苦労する』のであれば、『現実だと割り切るべき』ではあるのだ。


 その時、ちょんちょんとつつく指先が肩口に触れた。白の聖女、マリーである。


シュウト:

「……なんでしょう?」

マリー:

「そーいう時は、後回しにするのも、大事」

シュウト:

「後回し、ですか? でも、後回しにしちゃってもいいのかどうか」

マリー:

「(コクリ)勇気が必要」

ヴィオラート:

「研究の話?」

マリー:

「そう。難しいテーマにこだわって、何も手に着かなくなったことがある」


 どうやらマリーのような天才にもスランプの時期があったらしい。僕は『スランプになるほどの実力なんか無いだろ』とか言われているので、ちょっと羨ましかったりする。……別にスランプになりたい訳じゃないんだけれども。


スターク:

「へぇ~。その時はどうやって抜け出したの?」

マリー:

「おばあちゃんのアドバイスに従った。敢えて簡単なものを選んで数をこなすことにした。翌年、同じテーマをやるチャンスがあって、今度はあっさりクリアできた。積み重ねた中にいろいろヒントがあったおかげ」


 『後回しにする勇気』、つまり『段階を踏め』ということだろう。これを自分の問題に適用するとどうなるのか。いきなり奇人変人になろうとせず、段階を踏んで、少しずつ変人になれ!ということになりそうだ。ゆっくりと時間をかけて奇人変人になる『勇気』。……どこか間違ってやしないものだろうか? お願いだから間違っていて欲しい(涙)

 

葵:

『ごめ~ん、まったぁ~?』


 わざとらしいクネクネとした声。僕らは雑談を終え、会議を始めることにした。

 


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