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188  自由意志 と 選択

  

 世界共通(ワールドワイド)100人規模戦闘(レギオンレイド)、その初日の夜。ここの月はまるで太陽のように明るく、また太陽よりも大きく空を占領していた。この不思議な月を眺めながら、気の合う仲間たちと一杯やりたくなる。

 残念なことに、今は珍しく酒が入っていなかった。なぜなら、僕ら〈スイス衛兵隊〉の間で話し合いがもたれていたのだ。大抵の場合、酒を飲んだら話し合いではなく、議論や殴り合いになってしまうだろう。そんな訳でただ飲みたい連中を追い払い、穏やかに意見を交わすことにしていた。


スタナ:

「でも、本当は向こうで飲みたかったのでしょう?」

ネイサン:

「まぁね。〈冒険者〉の体は二日酔いにならないのが強みだ」

スタナ:

「肝臓を悪くした方がいいかも。少しはマシになれるんじゃない?」

ネイサン:

「安心してくれ。もうこれ以上、賢くはなれないよ」

スタナ:

「……今より悪くなれると思ってるみたいね」

ネイサン:

「アイタタタ」


 ヴィルヘルム達が会議をしている裏で、僕らも会議をしようという腹積もりである。議題はジンのこと、そしてスタナのことだ。

 僕とスタナは、少し離れた場所からそれを見ていることにした。参加しても、たぶん揉める原因を増やして終わるだろう。


オディア:

「最高の戦士が、最高を要求している。それに応えるのが、我ら〈スイス衛兵隊〉というものだろう」


 現在、青年の主張まがいの話をしているのは、イスラエルの出身の女性〈アサシン〉、オディアだ。

 彼女はまだ20代前半という若さだ。背は低いが、その俊敏な動きは猫科の猛獣そのもの。若い女豹を連想してしまう。物理アタッカーとしてあの(、、)ギャンと評価を二分する実力者である。

 いつもは口元を隠すフードをしている。食事どき以外では珍しく、いまはチャーミングな口元をみせていた。これは意見を言うためだろう。ぷっくりとした彼女の唇をみるたび、もっと自分をアピールすればいいのに、と残念に思ってしまう。これはどうにもならないオッサンとしてのサガかもしれない。

 そんな彼女のあだ名は、『モサドの暗殺者』だ。


スタナ:

「耳が良いんだから、怒られるわよ?」

ネイサン:

「わかってるとも。毎回、『モサドは諜報組織だ、暗殺者はいない』って訂正されるんだけど、それが楽しみでね」

スタナ:

「悪趣味。……あなたが付けたあだ名でずいぶん迷惑してるのよ?」

ネイサン:

「ちょっと待って。僕が付けただって?!」

スタナ:

「違うの?」

ネイサン:

「いや、ラトリだった気がする。酔ってたから記憶は曖昧だけど」

スタナ:

「そのラトリが、あなただって言ってたけど」

ネイサン:

「なんてこった。アイツめ! 人に罪を擦り付ける気だな!?」

スタナ:

「……貴方の手口が分かったかも。そうやって人を蹴落とすのね」

ネイサン:

「おいおい、そんなことはしないよ」

スタナ:

「さすが、上位ランキングの人は違うわ」

ネイサン:

「それはどうも」


 スタナの言い分は仕方のない側面もあった。実際のところ、戦士職(タンク)は最大の激戦区でもある。スタナは〈パラディン〉で2位。〈パラディン〉の1位は、総合で2位のギヴァである。そもそも不動の総合1位ヴィルヘルムからして戦士職と来ている。〈ガーディアン〉2位のオリヴァーも、タンク役としての実力はヴィルヘルムと比べて遜色ない。だからこそ、オリヴァーにメインタンクを任せ、ヴィルヘルムは指揮に専念していた。層に厚みがあることで、不意の事態にも柔軟に対処が可能な余力を生み出している。


 それでも単純なメインタンクの力としては、オリヴァーやヴィルヘルムよりもレオンの方が上だろう。異世界に移動してきた現在、オーバーライドという謎のパワーを得たレオンは、西欧サーバーでも最高位に位置しているはずだ。 ……そのレオンを圧倒的な力でねじ伏せた世界最強の戦士こそ、スタナが喧嘩を売った相手、ジンだ。


 スタナだって〈スイス衛兵隊〉のメンバー。今回のレイドでも上位参加者として選出されていて、第1レイド部隊のまとめ役になっている。十分すぎるぐらいの実力の持ち主である。単に、それでも上には上がいるというだけの話だろう。


スタナ:

「ジンがソロで最強なのは分かる。でもレギオンレイドでも通用するなんてことがある?」

ネイサン:

「たぶんソロとかレイドとかの区別はないんだろう。『戦闘』が巧いんじゃないかな? もしくは逆で、レイドよりもソロの方が難しいのかもしれない。そうしてみると、いろいろ考えられるね」

スタナ:

「それがコミュニケーションを取ったり、連携するよりも大事なこと?」

ネイサン:

「連携した結果、弱くなったのでは意味がないんじゃないか? あのレベルなら考えられることだよ」

スタナ:

「……あなたはジンの味方ということね?」

ネイサン:

「いいや。どちらかといえば、なんて前置きするまでもなく、君の味方さ。ただ、上から目線を改めると彼に約束したんだ。君こそ冷静になってくれ。いくらジンが強くても、君が弱くなったりはしない」

スタナ:

「私は、冷静よ」

ネイサン:

「そうだといいけど」


 話し合いは、会議でもなく、議論でもなかった。このため、それぞれの立場を表明し、互いに考える切っ掛けを与えるにとどまった。どちらにしても結論を出したり、決めたりする方法はないからだ。ヴィルヘルムが宣言した通り『この96人しかいない』。ジンのことがどれだけ気に入らなくても、代役はいないのだ。

 大まかには、スタナの味方は意外と多かった。特に男性メンバーは同情的だ。逆にいえば、女性メンバーの方が彼女に厳しい態度を取っている。誰しも男性社会で揉まれて来ているからだろう。スタナの態度が、ヴィルヘルムに媚びたように見えたのが原因だ。

 もしラトリがここにいれば、『女の敵は女!』と叫んで乾杯していたに違いない。


 状況が膠着しかかった時、〈吟遊詩人〉のオスカーが動いた。彼はとらえ所のない、不思議な雰囲気をまとう人物だ。はっきり神秘的と言ってしまってもいい。今回のレイドで一番ワリを食ったのが〈吟遊詩人〉達だ。アクアがいるだけで、他の〈吟遊詩人〉達の存在意義のかなりの部分が奪われている。しかし、1位のオスカーも、2位のカミュもまるで気にした様子はなかった。


オスカー:

「例えば、人を説得する最良の方法はなんだと思う? ……『自分は味方だ』と相手に分からせることなんだ」


スタナ:

「……その通りでしょうね」


 みんな、自分の経験と照らし合わせて同意しているようだった。互いの陣営が対立している状況でも、交渉では相手のために何が出来るかを考えるものだ。それが妥協点を見つけるほとんど唯一の方法だろう。さもなくば、泥沼の決戦の後に仕方なく妥協することになり、敗者が勝者の無茶な要求を受け入れることになる。


バリー:

「だけど、それって今回の件とどう関係するの?」


 これは〈テンプラー〉のバリーからだ。頭の回転は速いが、イヤミがない。若者にしては人間がデキている。本当にいいやつだ。

 バリーの言うように、内容には納得しても、関連が見えない。


オスカー:

「わからないか? つまり、説得されるのは『我々の側』だってことさ。……ジンは味方なんだよ。どうしようもなく、ね」


 これには(うな)った。敵が強ければ強いほど、ジンに感謝することになるという指摘だった。彼が味方だとどうしようもなく理解させられてしまうだろう。そうなる可能性は極めて高い。


 このオスカーの一言で趨勢が決まった。説得されまいとしてジンに対抗するには、更に強硬な態度を取る必要がある。だがその選択は馬鹿げているからだ。敵が強く、ジンが活躍するほどに、全体の流れや雰囲気はジンに向けて傾くことになるだろう。そうしてメインストリームが決定したのち、いわば逆風になってから態度を変えていては、人間として卑しくなってしまう。いまから態度を軟化させ、様子をみておくのが賢いやり方だ。


 だが、そのことでスタナの孤立は深まることにもなる。味方が減り、反感を持った人間だけが残るだろう。

 そうっと彼女の顔を確認する。表面上はいつものスタナだった。沈んだ表情は隠し、平静を装っている。もしくは、ただ平静なのかもしれない。

 そんな彼女の前に、オスカーが立った。個人的な話をしようとしている雰囲気だった。


オスカー:

「やぁ、スタナ」

スタナ:

「何かご用かしら?」

オスカー:

「君に危険な贈り物をしたくてね」


 オスカーの表情からは何も読みとれなかった。笑顔ではないのに、どこか笑っているような、色気みたいなものを発している。ともかく、危険な贈り物とは意味深だ。


ネイサン:

「危険な贈り物って?」

オスカー:

「ちょっとしたアドバイスだよ」

スタナ:

「プレゼントでしょう? くれるのなら、もらうわ」

オスカー:

「良かった。僕が思うに、君に必要なのは『秘密』だろうと思う」

スタナ:

「秘密?」

ネイサン:

「恥ずかしくて人に言えないことなら、山ほどあるけど」

スタナ:

「それもどうなの? ……ネイサンの暴露話じゃないけど、私にだって秘密ぐらいあるわ」

ネイサン:

「マジ!? どんなやつ? 聞かせて?」

オスカー:

「…………」

スタナ:

「…………」


 不思議なこともあったもので、顰蹙をかってしまったらしい。他人の秘密を知りたいと思うのは、ごく普通のことだと思う。平然とした顔で欲望を隠しているのだ。みんな嘘つきだ。


スタナ:

「秘密って?」

オスカー:

「たいてい、本当に大事なことは人に言えなかったりするものだろ? 秘密というのは、『心のかたち』を決めるものなんだ」

ネイサン:

「確かに」

スタナ:

「抽象的ね。もう少し具体例が欲しいのだけど」

ネイサン:

「たとえば、男友達とやる女子の品評会で、好きな子の話題は振りにくいとかさ。好きだってバレちゃうかもしれないだろ?」

スタナ:

「そんなことしてたなんて驚きだわー」

ネイサン:

「おっと、これも秘密だった」

オスカー:

「君たちは見てて飽きないね~」ニコニコ


 男の友情を守るため、スタナの口封じを考慮していたところ、ニコニコとしたオスカーが話を受け流してしまった。どうやら無駄口を叩いてしまったようだ。反省。


スタナ:

「秘密が心の形を決めるという部分は納得できる。でも、どんな秘密かが問題ね」

オスカー:

「そうだね、特別に僕の秘密を教えよう」

ネイサン:

「ヤバいやつ? いやらしいヤツ?」

スタナ:

「貴方はちょっと黙ってて」

オスカー:

「大した話じゃないよ。僕はくたびれてくると、猫の動画をあさるんだ。見たことある?」

スタナ:

「動画投稿サイトの? 話題になってればみることもあるけど」

オスカー:

「動物ならなんでもいいんだ。僕は特に子猫がお気に入りだった」

ネイサン:

「それが、秘密?」

オスカー:

「まぁね。猫の動画で僕は愛を充填してたんだ。そうやって枯渇した愛を蓄え、なるべく愛に満ちた状態で人と接するように変えたんだ。人と会話する時、愛がないと上手く行かないんだよ」


 ちょっとしたアイデアというか、秘密といえば秘密かもしれない。


スタナ:

「貴方が、時々、気持ち悪い理由は分かったみたい」

オスカー:

「やれやれ、手厳しいね。……ちょっとした会話で揚げ足を取って、自分の優位を確認せずにはいられない。イヤミを言いやすい相手、許してくれる人、勝たせてくれる人しか安心できない」

スタナ:

「…………」

オスカー:

「そんなんじゃ、先なんてないんだよ。……だから僕は猫の動画を漁るようになったのさ(苦笑)」


 一瞬、スタナへの追求かと思った。彼女の弱さを的確に突いていたように思う。しかし、それはオスカーの通った道の話だった。彼もまた、今のスタナと同じような問題を抱えていたことがあり、それを解決したと言いたかったのだろう。


オスカー:

「だけど、これは僕のやり方でしかない」

ネイサン:

「スタナは、スタナのやり方、『秘密』を見つけなければならない」


 立ち去ろうとするオスカーに向けて、スタナは震えるような戸惑いとためらいを乗り越えて声をかけた。


スタナ:

「あの。ありがとう、オスカー」

オスカー:

「……どういたしまして」にこり







シュウト:

「よし、と」


 朝食を終え、いよいよ攻略が始まろうとしていた。今回の目標は『ミリス火山洞』。どんなイレギュラーがあるかも分からない。レギオンレイド自体も初めてでもある。準備はしっかりしておこうと思う。


ジン:

「あ゛~……」


 白の聖女・ヴィオラートが17歳だと判明した影響、もしくは、その後さんざんゴネまくった影響か。攻略開始前から既にジンはぐったりと草臥れていた。どうせレイドが始まるまでのことなので、まったく心配ない。ないのだが、心配しておくポーズをしておくべきかは考えどころだ。


シュウト:

「大丈夫ですか?」

ジン:

「……ダメだ。やる気が全~部っ、吹っ飛んだ」


 どっちの影響かこれで分かった。平気そうにしていたけれど、17歳が相当ショックだったらしい。ヴィオラートには少しだけ吉報の気もした。


シュウト:

「でも、自分でフッた訳ですよね?」

ジン:

「フ、フフフフ。引きこもるぞコノヤロウ」

シュウト:

〈大規模戦闘〉(レイド)に支障を来すようでしたら、報告しないといけないんですけど」

ジン:

「お前って、ドライだよなぁ~。友達がい無いとか言われてそう」


 ナチュラルカウンターだった。かなり深いところに突き刺さった気がする。うーん、僕って冷たいのかな。そんなつもりないんだけど。まったく興味ないのだけれど、慰めになりそうなコメントを絞り出してみた。


シュウト:

「まぁ、2年経てばお付き合いできる訳ですし……」

ジン:

「2年て……。心変わりするのに十分な時間だぞ? だいたい俺の2年はそんな安い時間ではない」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「本来、おっさんの2年は感覚的に1年ちょっとぐらいの長さしかないんだ。毎日が同じような『変化の無い時間』だからな。省略されまくりですよ」

シュウト:

「でも、それじゃ2年なんてあっという間じゃ?」

ジン:

「逆だっつーの。お前らガキンチョと一緒にやっていくには、2倍の速度で生きなきゃならなくて大変なんだよ。2年っつったって、俺の主観的には4年分か、もっと先のことになるだろうな。それとも最強やめていいんか?」

シュウト:

「それはダメです」


 そう言われてみると、ユフィリアあたりは6倍ぐらいの速さで生きてる気がしないでもない。美人薄命ってそういう話なのだろうか?とか考えてみたが、ジンに質問する気にはなれなかった。ヴィオラートの話題とユフィリアの話題は、『混ぜるな危険』だろう。

 ふと、ユフィリアで6倍なら、ジンはそれ以上で生きてる気がした。最強を目指すなら、その辺りの覚悟も視野に入れておくべきかもしれない。


ジン:

「んで? 昨日、会議で呼ばれた時に何かあったろ? 報告しろ」

シュウト:

「特には……」

ジン:

「言えないのは、何か言えない理由があることか? 短時間での変化が大きめだから、把握しときたいんだが」


 そうしてじっと見つめられると、心の底まで見抜かれているようで落ち着かない。本当はステータスをみるみたいに、変化している意識の具合をチェックしているだけなのだろうけれど。


シュウト:

(言うべきか、言わないでおくべきか……?)


 イメージのジンが僕をつまらない目で見ていた。その言わんとすることを理解する。確かに、その通りだ。


ジン:

「どうせ、葵のバカが何かやらかしたんだろ?」

シュウト:

「いえ、お前が後継者かって訊かれました」

ジン:

「ぬ……」


 秘密にしておき、不意打ちやだまし討ちで後継者になるつもりなのか。答えは否だ。誰よりも、ジンに認めさせなければならない。隠す必要はない。堂々と挑むべきだろう。

 でも、当の本人は沈黙してしまった。なんの沈黙か分からないのが少し怖い。さすがに無茶だったか?


ジン:

「……なるほど、それでか。自覚が芽生えたってことか」

シュウト:

「遅すぎるぐらいだと」

ジン:

「まー、そりゃそうだろうぜ(苦笑) でも、そんな『がんばる』だとか、どうせ長続きしないだろ。今だけ今だけ」

シュウト:

「そんなことは……」


 そんなことはないと思いたいけれど、『いつかその内』というのがしんどいのは理解できる。この半年だけでもかなりしんどい思いをしてきている。期限を区切らないと、永遠に続きそうな気がする。


ジン:

「だいたいお前、俺の何を受け継ぐつもりなんだ?」

シュウト:

「……えっ?」


 ド正面というか、ド本質に対するド直球だった。吸血公爵カインが胸のど真ん中に大穴を開けられた時もこんな気分だったのだろうか?とか関係ないことが思い浮かぶ。


ジン:

「…………」

シュウト:

「最強、とか?」


 言ってる側から『失敗した~!?』と思った。


ジン:

「(ため息)一番強いのが最強だろ。そんなの勝手になればいいだろ」

シュウト:

「ですよねー」

ジン:

「いくら自覚しても、中身がなきゃどうにもならないんだが」

シュウト:

「その辺りはおいおいってことで……」


 恥ずかしくて仕方ないけれど、未来の自分に期待することにする。がんばれ、未来の僕(涙)


ジン:

「おいおい(苦笑) しょうがない。未来の後継者さんにひとつ教えておいてやる」

シュウト:

「なんでしょう?」

ジン:

「選ばれようとするな」

シュウト:

「はい?」


 唐突な結論にドキっとした。たぶん重要な話なのだろう。目が真剣だ。おふざけの時と同じぐらいに目がマジである。


ジン:

「神に選ばれた勇者というのが居たとするだろ。どうやって神に選ばれたのか、それをどう証明するかって問題はさておき、神というのは保証人な訳だ。勇者の立場を保証してくれる存在だろ」

シュウト:

「はい」

ジン:

「その場合、神と勇者、偉いのはどっちだ?」

シュウト:

「もちろん、神です」

ジン:

「だよな? 同様の理屈で、俺に選ばれたお前が最強だとする。偉いのは俺とお前、どっちだ?」

シュウト:

「え、ジンさん、です」

ジン:

「でもお前が最強だってことは、俺は元最強なわけだろ? 元最強の俺と、現役最強の未来のお前。偉いのはどっちだ?」

シュウト:

「それは……、知名度の問題、とか?」

ジン:

「あー、まー、社会的な立場としての最強なら、第三者が出てくる必要があるからな。でも、俺より強いのなら、お前の方が偉いってことだぞ。従って、俺に『選ばれて』、最強になることはできないんだよ」


 なんとなく言わんとする意味が分かってきた気がする。


シュウト:

「それはつまり、誰かに選ばれて最強になることはできないってことですか? 確かに強いかどうかと、選ばれるかどうかは関連性がなさそうですけど」

ジン:

「そんなもんだ。俺が一線を退いた後のことなんか知ったこっちゃねーから、俺は、誰も、『アイツがナンバー1だ! by ベジータ』みたく選んだりはしない」

シュウト:

「はぁ」


 肝心なところをアニメネタ(マンガだったっけ?)で誤魔化された気がする。


ジン:

「いいか? 選ばれた存在は、どこかで変節しなきゃならない。『選ばれた』から脱却する必要があんだよ。最強の弟子が最強たり得ないのは、それが選ばれた立場にあぐらかいてるせいだ」

シュウト:

「……どうすればいいんでしょう?」

ジン:

「選べ。選択しろ、決意するんだ。人間の真に偉大な能力は、自由意志にある」

シュウト:

「自由意志」

ジン:

「でも自由意志は、ただの前提だ。何かを選んで始めて機能するものなんだ。大抵の場合、何かを選ぶことは、選ばれなかった何かを生み出すと考えられている。そうして何も選ばなかった結果が、引きこもりとかニートだよ。自由意志だけじゃ偉大も何もありゃしないのだ(苦笑)」

シュウト:

「つまり、いらない可能性を捨てろってことですか?」

ジン:

「それはドツボにハマる罠ルートだけどな。正解を選択し続けることは人間にはできない。正しい未来を知ることができない以上、選択ミスをする可能性は常に付きまとう。世界を選択するという重みに潰された結果が、引きこもりなんだよ。それは弱さ半分、優しさ半分でもあるがな」

シュウト:

「それだと、優しかったら、引きこもるしかないような気が?」

ジン:

「だな。しかし、そもそも正解が存在したらそれはもう自由意志じゃないだろ。正解に選ばれようとしているに過ぎなくなる。正解、正しい未来、もしくは神に選ばれようとするだけの存在に自由意志はないんだよ」

シュウト:

「そのルートがそもそも間違ってそうですね。だから、選ばなければならない、と?」

ジン:

「そ。何が正解かは人が決めることなんだよ。正しいルートは存在しない。お前が、どのルートが正しいと決めない限りは。この時、社会通念はお前の選択を邪魔するかもしれないし、お前の代わりに選択しようとするかもしれない。でも、社会通念なしでは良いも悪いも決めようがない。邪魔だと思わずに、上手に利用することを考えろ」


 たとえば、ロリコンはジンにとっては悪だ。それは社会通念でもあるけれど、ジンの選択でもある、ということだろう。ジンは、17歳のヴィオラートは選ばない。


シュウト:

「じゃあ、僕が後継者になろうと思うのは?」

ジン:

「後継者になろうと思うのはもちろん構わない。それはお前の自由だろ。でも、選ばれようとしてはならない。選ばれようとすればお前は主体性を失うからだ。それは自由意志の放棄に近い。たとえば、後継者になりたかったら、パン買ってこいとか、そういう俺が言うことに従わなきゃならなくなるだろ」

シュウト:

「パシリというか(苦笑) ……服従、ですね?」

ジン:

「主体性の放棄なんだから、従属というべきだな。従属がすべて悪という訳じゃないけど、恣意的に従属させ続けようとする行為は悪だな。たとえそれが子離れできない親であっても」


 子離れと聞いて、それがかなり広く適用できる考え方なのだとわかる。選ぶか、選ばれるかが問題になる状況といえば、就職などが思い浮かんだ。就職活動のことを考えると、異世界にいるのもあって心底から頭が痛い。


ジン:

「恋愛なんかは困った問題だけどな。相手に選ばれようとすると、話がこじれるしかない」

シュウト:

「主体性をもって選ぶことが大事なんですよね?」

ジン:

「お前はイケメンっていう才能があるだろ。うん、天はきっとニ物を与えない。お前の最強は無理だな。諦めろ」うんうん


 すっかりヴィオラートのことは終わった気になっているようだ。現在進行形で白の聖女にモテている人に言われてもどうなんだろうとしか思えない。


シュウト:

「やっぱり、モテるよりも最強ですよね」

ジン:

「モテた上で最強だろ。……アカン。これは阻止するしかない」

シュウト:

「そういう決断はやめてください」

ジン:

「ふふーん。俺の自由意志を曲げたきゃ、戦って勝つんだな」

シュウト:

「じゃあ、そうします。その内に、きっと」

ジン:

「そろそろ行くか」

シュウト:

「はい」


 短くだが、かなり重要なレクチャーを受けた気がした。







ユフィリア:

「すごーい! ひろーい!」


 ミリス火山洞に無事に進入した。レギオンレイド用のゾーンだけあって、道一本からしてサイズが違った。天井も高い。こうした要素があって始めて100人が戦闘可能ということかもしれない。今のところ巨大な洞窟というだけだ。しかし火山洞という名前である。この先のゾーンは剥き出しのマグマがすぐ横を流れる景色などがお約束だろう。


シュウト:

「進入しました。敵影なし、奥に向かいます」


 誰に言うでもなく呟く。実際には100人規模でパーティー念話なんてやっていたら、大混乱することになる。たとえばゲーム時代のシステムログも、フルレイドの24人ですら、かなりの勢いでスクロールしていた。それが100人規模、しかも声でのやり取りだとしたら? 一瞬で誰が何を言ったのかわからなくなる自信がある。

 今回はアクアがヴィルヘルムの近くにいるので、この程度のやり取りはいくらでも融通が利くと分かっている。


 ゲーム時代の〈大規模戦闘〉(レイド)の場合、先頭の歩いた道筋を綺麗に辿るのがお約束だった。1キャラぶんズレて歩いただけで、罠に掛かったりすることもあるからだ。

 さすがに戦闘可能な広めのゾーンでそんな罠があるとは考えにくいけれど、それでもジンの後ろをぴったり同じルートを追いかけて歩くことにしていた。


ユフィリア:

「なんか、大自然!っカンジ。綺麗なところだね?」

ニキータ:

「そうね」


 何気ない会話だったが、そこにジンが食いついた。


ジン:

「あー、そうか。それが違和感の元になってんのか」

葵:

『つーと?』

ジン:

「空間が清らかなんだ。吸血鬼関連ゾーンとは思えないほど」

シュウト:

「何か理由があるんでしょうか?」

ジン:

「さぁ? バリエーションの問題とか? 対アンデッド系装備の連中を関係ない属性でフルボッコにするためとかいろいろだろ」

ウヅキ:

「根性悪すぎんだろ」


 一張羅の本番装備を使っている僕らにはあまり関係ない話題だが、本当の本気で攻略する場合は、当然に属性耐性までコントロールするべきだ。そうした意味で最も気を使わなければならないのは当然メインタンクだろう。そのジンが無頓着極まりないので、どうしてもグズグズになっているところはあるかもしれない。


ジン:

「来たな」

ニキータ:

「セットアップ!!」


 広い空間の中央部に踏み入ったのとほぼ同時だった。十数体の人影がどこからともなく現れ、走ってくる。平均レベルを確認しようとしたものの、口を突いて出た言葉は別のものだった。


シュウト:

「速いっ!」


 鋭い動きで襲いかかってくるのは、バリエーション違いの吸血鬼シリーズだった。


ジン:

「散らばってやがるな」

葵:

『急いで後退!』

ジン:

「間に合わん、前で受けるぞっ!」

葵:

『しゃーない。レオンくん、前線上げて!』


 ここでネックになっているのはアンカーハウルの効果範囲である。フルレイドの24人規模であれば、通常のアンカーハウルの効果範囲10数メートルでほぼ全域をカバーすることもできる。だが、今回はレギオンレイドなのだ。100人の陣形をジンのアンカーハウルで守り切れる訳がない。こうして広い場所で散らばってアタックされれば、弱い側面を突かれることにもなる。

 葵が後退を選択しようとしたのは、素早く下がることができれば、敵の隊列は自然と引き延ばされ、最後尾を追いかける形で直列に誘導しやすくなるからだ。(カイティングの基本的な効果のひとつ)今回はモンスター側の速度によって成立しなかったが、これも使いどころを見極めれば効果的な戦法だ。レギオンレイドには向かないかもしれない。


 平均レベル100前後の吸血鬼シリーズのうち、アタッカーめいたものがあっという間に距離を詰めてくる。ひとり前線を上げるジンを『手頃な獲物』とばかりに次々と飛びかかっていく。


 ズバッ


 当然に『身の程』を知ることになった。1体目を切り捨て、2体目を盾で殴りつけて吹き飛ばし3体目にぶつけて動きを阻害している。ジンをパスした一体に弓を射る。命中。動きが止まった吸血鬼をタイミングよくタクトが殴りつけ、ノックバックさせていた。同様にレイシンも押し返すように敵を吹き飛ばす。


ジン:

「〈アンカーハウル〉!!」


 狙い通りのタイミングでタウンティングを決めている。さらに〈竜破斬〉で1体、また1体と討ち滅ぼしていく。ヘイト・コントロールを万全にするためでもあるだろう。

 ここでアクシデント発生。真っ先に気が付いたのはユフィリアだった。


ユフィリア:

「ジンさん、死んでないよ!」

葵:

『うそん!?』


 アンデッドが死んでないという言い方は変だが、意味は通じる。ジンの強烈な一撃でHPゲージがゼロになった吸血鬼達は地に伏して動かない。しかし、徐々にゲージを回復させ、立ち上がりつつあった。


ジン:

「くそっ、どうなって……!?」

レイシン:

「満月の効果ってこと?」


 僕らはこれでも高レベルモンスターとの戦闘にも慣れている方だろう。それでも100レベル前後のモンスターともなれば、通常の人間の反応速度・思考速度では追いつかなくなってくる。〈冒険者〉としての反応速度・思考速度でなければ、まともに戦闘が成立しない水準だった。今の状況では特技の再使用規制が厳しすぎる風に感じる。

 特技選択ひとつ遅れただけで、ミスが全体への波及効果を及ぼしかねない。下手するとパーティー全滅の危機を誘発することもあるかもしれない。そうした戦闘中にユフィリアが異変を察知したただけでも凄いことなのだ。しかし、対処法をパッと思いつくほど心に余裕がない。……ただ1人を除いて。


葵:

『弱点属性を狙ってみよっか。 虹のアラベスク! いしくん、メガネ装着、弱属を列挙!』


 〈吟遊詩人〉の援護歌〈虹のアラベスク〉で攻撃属性を選択。石丸の指示した弱点属性は、一体ごとにバラバラだった。ジンが一度倒した個体を狙い、火炎属性を選択したウヅキが襲いかかる。ダメージを与え、死滅したかどうかを数秒まって判断する。


リディア:

「倒した!」


 たった17体だったが、その殲滅には予想以上の手間が必要だった。


葵:

『弱点属性じゃないとダメージが半分も通らない。しかも殺せないときた。こりゃジンぷー殺しだね』


 ブースト〈竜破斬〉は非属性攻撃。従って、どの弱点属性にも当てはまらない。今の敵を偶然でも殺し切ることが出来ないのだ。ジン殺しというよりは、『竜破斬殺し』といったところか。


ヴィルヘルム:

「対策が必要なようだな」


 ようやく攻略開始の初戦闘で、もうこの水準の困難に直面することになっていた。

 


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