187 服従 と 好意
指名を受けて、僕は会議に出席していた。参加メンバーは〈スイス衛兵隊〉からは、ヴィルヘルム、ギヴァ、ラトリといういつものトリオとギルドマスターのスターク。アクアにレオン、ベアトリクス、白の聖女の2人組マリーとヴィオラートのオーバーライド組。そして〈カトレヤ〉から僕と、ギルドマスターの葵が竜眼の水晶球を使って参加していた。
ヴィオラート:
「もしかして、ジン様は不参加なのですか?」
シュウト:
「えと、なんだかごめんなさい……」
メンバー的に僕が参加していいのか、かなり疑問だった。人数合わせとしか思えないのに、初っ端からご期待に添えていないと来ている。居心地の悪さMAX状態だ。
ヴィルヘルム:
「シュウト君は我々が指名しました。……気を悪くしたら、すまない」
シュウト:
「いえ、大丈夫ですのでー」
慣れているとは言いたくなかった。なんだか泣いてしまいそうだ。それが杜撰な扱いをされたからなのか、ヴィルヘルムに気遣ってもらったからなのかは、僕自身でも区別が付かなかった。
レオン:
「あの男を呼ばないということは、〈スイス衛兵隊〉は意外と結束が脆いということかな?」
ギヴァ:
「そう思われてもしかたない。だが、どちらかといえば結束が強すぎたというべきか。少々、柔軟性が欠けていたようだ」
ヴィオラート:
「そうした配慮なのですね。大変、失礼いたしました」
シュウト:
「はい……」
短い会話で瞬間的に事情を察していく参加者たち。これ、ついて行けるのか?といった不安や焦りが沸き起こる。たぶん、ジンが呼ばれなかったのはスタナと揉めた影響で、なんらかの配慮らしい。その結果、僕が代理を務めることになっているようだ。……それでなぜ僕が? 英命先生あたりの方が適任のような? と考えたところで、葵が指名したのだろうと思い当たる。ということは更にその前に打ち合わせがあったことになるような?
シュウト:
(うーん。わかんなくなりそうだったら、破眼を使おう……)
けっこう情けない決意なのだが、背に腹は替えられない。
レオン:
「ジンはこのレイドをレイドにするための、創造的破壊をしているのだろう。その役、私が負っても良かったのだが……」
葵:
『それは悪手だね。前回 敵だったのに、ここで悪く振る舞ったら仲間にはなれないって。それならジンぷーがやった方が全然マシ。どっちにしても今からじゃ遅いしね』
アクア:
「結局、レオンがいるからジンに対して文句を言い易いのでしょう? 情けない話だわ」
葵:
『依存だーね。しかもこの形が崩れると追いつめ過ぎしちゃうかもだ』
レオン:
「わかった。今は大人しくしておこう」
ラトリ:
「そのうち暴れる気ってこと?」
これはたぶん軸足の話だろう。蹴りを出すときはヒットさせる側の足に意識が向いてしまうが、大事なのは軸足側だったりする。ジンを攻撃する方に意識が向いていることで、軸足側に相当するレオンに対して無意識に依存心が発生してしまう、といった内容のはずだ。
アクア:
「でも、……損な性格ね」
ラトリ:
「だよね。ちょっと効率悪いんじゃないの~?」
スターク:
「効率って? なんの話?」
案外、スタークと立場が近かった。思わぬ味方の発見である。これが結構うれしかったりした。残念ながら、お互いにとってあまり心強くない同士だろう。
葵:
『うーんと(苦笑) ここのメンバーはだいたい似たり寄ったりの状況だと思うんだけども。ジンぷーの場合だと圧倒的に強いじゃない? しかも言ってることがそれなりに正しかったりする。そうした場合どうなるかっていうと、相手を服従させちゃうんだ。……だいたいマンガとかアニメとかで、強いけどバカっぽいキャラが多い理由がコレね。軍隊のシビリアンコントロールと理屈は同じってゆーか』
スターク:
「あー、そっか。強くても、バカだったら、力を使うべき方向が分かっていないってことだ?」
葵:
『そっそ。ぶっちゃけ、愛されるための仕組みっていう』
アキバでいえば、アイザックやソウジロウがこのタイプだろう。強いけれどバカ、というか。バカなら強くても許される・愛されるということなのかもしれない。
ラトリ:
「でも、普通は敵を作らないように、愛想良く振る舞うもんでしょ」
葵:
『そうなんだけどねー(苦笑) ジンぷーはその辺がまだ未熟というか、最強やり始めて日が浅いのもあるしねぇ~(苦笑)』
シュウト:
「えっと、未熟だから敵を作っちゃうってことですか?」
アクア:
「いいえ、違うわ」
レオン:
「本来、どうでもいい他人にどう思われようが、構わないことのはずだが……」
葵:
『んー、まー、だから愛想良く振る舞うべきだろうとは思うよ。でも、それやっちゃうと どうなるかって言うとさー、服従するか、好きになるか選べって話になるじゃん?』
シュウト:
「あ」
スターク:
「そう、か……」
葵:
『そういうどうにもならないニ択を押しつけられるんだよねぇ』
最強であることによる問題。まるで考えたことがなかった。強いのだから、また言ってることが正しいのだから、もう少し愛想良くすればいいのにと単純に思ってしまっていた。ジンは結果に対して責任を負わなければならない立場なのだ。無責任な人間が考えた適当な思惑なんて、何の役にもたたない。
アクア:
「実際はニ択にもならない。誰も進んで服従なんて選ばないのだから。結果、好意による自発的な服従を選ぶでしょう」
レオン:
「言ってしまえば、そうした影響力を『カリスマ』と呼ぶのだがな」
そう指摘されてしまえば、服従よりもタチが悪い。自分が好んで相手のためになろうとしてしまうのだ。服従のような『強制される感覚』がイヤだから、『自分が好きでやっている』という形にすり替える。正直なところ、身に覚えがないとは言えない。
葵:
『そっちのが効率いいだろうってあたしも思ってる。でも、そこまで他人が“どうでもよくない”ってことなわけじゃん?』
ヴィルヘルム:
「彼は、ジン君はそうなのだろう……」
ヴィルヘルムの声に複雑な感情がにじみ出る。深い理解、思いやり、仕方のなさ、互いの立場の違いからくる選択の相違、などだろう。
アクア:
「服従や好意を強制するぐらいなら、自分のことを嫌いになっていい。敵意をもたれた方がマシってことだものね」
ギヴァ:
「確かに効率は悪い。……だが、得難くもある」
ヴィオラート:
「ジン様は、やはりお優しい方なのですね……」
他者に見切りを付けられない未熟さ。しかしそれは同時に相手の価値や可能性を知る優しさでもあるのだ。
しかし、その結果はどうだろう。他者への好意の現れが、嫌われる振る舞いになるとしたら? 無意識的な服従を誘導しないためとはいえ、その努力は確実に報われることがない。こうしてねじ曲がっていることを、どうやって理解しろというのか。
表面だけを見て『最強は孤独』などと言ってしまっていいのだろうか。もはや優しさは、まとわりつく呪いの鎖でしかない。
スターク:
「贅沢な気もするけどなぁ。どうにもならない人間って、どうしたっている訳だし。そういう連中を服従させられるんだったら、服従させたいっていうか……」
葵:
『それも、わからんでもないね』
アクア:
「服従は『支配』を意味する。支配は相手の『自由や尊厳』を奪う行為として文脈的には悪になるわ。自分は支配されたくない。でも迷惑な他人はどうにかしたい。してほしい。支配するという悪を、誰かに委ねて代行させたい。……そうした『正しい悪』に対して依存したい気持ちも、カリスマに含まれるのでしょうね」
スターク:
「うーん。そう言われると客観的に見て性格悪いね、ボク(苦笑)」
レオン:
「どちらにせよ、それは戦士の仕事ではなく、王の仕事だろう」
葵:
『一定の割合で、支配されてたい人だっているだろうしねー』
選択の問題の気もする。服従したい人間は服従させればいい。悪人のような服従させなければいけない人間も服従させてしまえばいい。でも、それをジンの自由意思に委ねていいのだろうか。気に入らない相手は服従させてしまえ!という話はさすがにマズいような気もする。
当然、相手だって黙ってはいないだろう。けれど、相手は最強だ。服従させられたくないから媚びるかどうか?みたいな話に発展する気がした。
そうして考えていくのはかなり面倒なように思われた。ジンがやるなら、全員を服従させるか、誰も服従させないか、ぐらいだろう。
シュウト:
(男だけ服従させるとか。いや、女の人を服従させた方が得とかいいそうの人だけど……)
葵:
『まー、ちょい前までヲタクやっといて、服従だ好意だなんて、そんな押しつけがましい真似できないんだろうねぇ。……でもさぁ、だから選ばれたっていうか、あんな凄まじい力を宿せたんじゃないかって気もするんだよねぇ』
ベアトリクス:
「それは少し、感傷的では?」
レオン:
「だが、私が負けた理由は、案外そうした部分にあるのかもしれない」
自身の弱さを真摯に見つめようとするレオン。傲慢を捨てたときの方がやっぱり怖い気がする。
ラトリ:
「だけどさぁ、世界にはほぼ人間しかいないわけじゃない?」
葵:
『というと?』
ラトリ:
「幸運とか、チャンスとか、そういうのを運んでくるのって、やっぱ人間が大半だと思うんだ。人間以外が運んでくることもあるだろうけど、7割以上は人じゃないかなって」
なんだか分かってしまった。〈スイス衛兵隊〉はエリート集団だから、どこか冷酷な人達だろうと頭から決めつけていた。ラトリは、たぶん、もの凄くいい人だ。
葵:
『ほぇ~、信仰の告白?』
ラトリ:
「うーん、そんなようなもの、かな?」
アクア:
「でも、分かるわ」
ラトリ:
「でしょ? ……人に優しくできるかどうかは、結局、自分に余裕があるかどうかなんだよね。でも周囲からすると、理由がないと困ったりする。だから、自分も理由を求めてしまう」
ヴィオラート:
「優しくされたら、こちらも優しくしなければと思うからですね」
マリー:
「好意の返報性」
ラトリ:
「だけど、そういう目の前の『誰それ』とかの狭い範囲でやり取りしてたら、みんなギスギスしちゃうでしょ。それじゃ人に優しくなんて、出来っこないんだ。良いことをすれば、その自分の行為はきっと戻ってくる。でもそれは、目の前の人からじゃなくていい。チャンスは、たいてい、思いがけないところからやってくるんだから」
アクア:
「だから周囲の人達に優しくすればいい。誰かが、チャンスを届けてくれるかもしれないから、ってことね?」
ラトリ:
「そう。そうなんだよ」
幸運やチャンスが転がっていても、自分のところにまで届かなければ意味はない。ジンは自分でチャンスを失ってしまっている、と言いたいのだろう。ラトリは、いい人なのが良く伝わってきた。自分の周囲の人達は、幸運やチャンスを運んでくれるかもしれないのだ。なんだか少し、人に優しくしたくなった。
葵:
『うむ。大変すばらしいお話でした。……けど、ラトリっち』
ラトリ:
「なに?」
葵:
『この空気、どうしてくれるつもりさ?』
ベアトリクス:
「レイドのための会議に呼ばれたハズだが……」
レオン:
「少々、浸りすぎの気はするな」
ラトリ:
「ええっ~?」
ヴィルヘルム:
「ジン君の内面を理解し、認識を共有することは、このレイドの成否にも関わってくる話だろう」
ギヴァ:
「ついでにラトリの内面も理解できそうだがな?」
ラトリ:
「そりゃないでしょ~」
オチが付いたところでひとしきり笑って満足する。
レオン:
「レイドの話に戻る前に、ひとつ確認させてほしい」
ヴィルヘルム:
「ああ。どの件だろう?」
レオン:
「アオイ、彼がそうなのか? 彼を選んだ、それで合っているのか?」
シュウト:
「えっ?」
葵:
『あっと、それ、は……』タハハ(苦笑)
レオンの指す『彼』というのが、思いっきり僕を指しているのだけれど。いったい何の話だろう?
スターク:
「シュウトがどうかしたの?」
シュウト:
「僕にも意味が? なんのお話でしょう?」
アクア:
「まだ自覚がなさそうね……」
アクアにも呆れたようなため息をつかれる。えっと、何か致命的な失敗とかをしたのだろうか? まるで身に覚えがない。
ベアトリクス:
「すまない、シュウトといったな。君は今いくつだ?」
シュウト:
「21歳、です」
ベアトリクス:
「ならば、早すぎるということはあるまい。だいたい、その歳で覚悟のない人間になど務まらないだろう」
シュウト:
「あの、葵さん? ……みなさん何のお話をされているのでしょう?」
葵:
『それは、そのぅ。外から見たときの、君の立ち位置について?』
アクア:
「葵、もういいでしょう? ハッキリさせることね」
葵:
『えーっ、でも、ジンぷーがいないところで? あとで文句言われるのアタシじゃーん!?』
外から見たときの、僕の立ち位置ってなんだろう? ギルド代表でもないし、ジンの代理に出席している人、だよなぁ。
いい加減、破眼を発動しようか?などと思っていたら、アクアが解説してくれることになった。
アクア:
「いい? どんな分野でも同じなの。まず訓練を重ねて、実力を身に付け、磨き、世界の頂点を目指すのよ」
シュウト:
「はい」
アクア:
「ジンは一番高い頂に到達したわ。彼こそ、この異世界で最強の人間ね。でも、仕事としてはまだ半分でしかない」
スターク:
「半分って?」
アクア:
「頂点に到達した人間は、次に後進の育成を行うものなのよ」
シュウト:
「でも、僕はまだ弟子にも認めてもらえていなくて(苦笑)」
レオン:
「そうだろうな。そう簡単に認める訳にも行かないのだろう」
もの凄く納得されたのだけれど、何で分かるのだろう。弟子にするかどうかジンのこだわりが理解できるということか?
シュウト:
「みんな、一体なんの話をしてるんですか?」
アクア:
「葵……」
葵:
『だからね、その、Fate風に言うとだよ?……“問おう、君がジンの後継者か?”ってことだよ』
シュウト:
「後継……者」
後継者、跡継ぎ、言葉の意味はもちろん分かっている。けれど、僕が、ジンの? なんの?
ギヴァ:
「ジンの最強を継ぐ誰かは、君かもしれない。その意味は相応に重いだろうな。ここにいる彼らは、間違いなく当事者でもある」
レオンとベアトリクス。次代の最強を担い、競う相手。その意味も分かる。
自分の迂闊さ、バカさ加減に呆れた。ジンに勝ちたいと願った。強くなると決めてもいる。しかし、これは考えたこともなかった。
葵:
『もちろん今すぐって話じゃないよ。この世界での寿命がどうなってるのかとかも分かってないし。もしかしたら寿命なんてないのかもしれない』
ヴィルヘルム:
「だが、いつかは若者に道を譲る時がくる。それは彼も理解している」
スターク:
「…………」
要するに、考えたくなかったのかもしれない。ジンがいなくなった世界の話だなんて。軽く想像しただけで心が壊れそうになる。世界がそのままのし掛かってくる過酷すぎるプレッシャーを、あの人は、たった独りで弾き返している。特別なんて言葉じゃ足りないのだ。
レオン:
「現実でドラゴンやレイドボスと、本当に戦ったことのある人間はいない。故に、この世界の最強は、特別な意味を持つ」
葵:
『でもまぁ、ホラ、シュウくんじゃなくても、ね? 普通に考えたら、レオンが順位繰り上げが当然って感じだし。タクトくんとか、ござるくんとか、他にも誰かいるかもしんないし? ね?』
葵は心配してくれているようだけど、なんだか逆に追いつめられている気がしてしまう(苦笑) レオンはまだしも、タクトやエリオに譲ることなど考えられない。彼らだって困るに違いないのだから。
シュウト:
「……そんなの、僕しかいないじゃないですか」
その時、自分がどんな顔をして答えたのか分からなかった。
葵:
『シュウ、くん』
アクア:
「…………」
レオン:
「フフフ」
ヴィルヘルム:
「君がジン君の、いや、我々全員の誇りになることを祈っている。……そろそろ会議を始めよう。分かっていることの報告から頼む」
こうして会議に参加することになった。人数合わせの意味で代理のつもりでいたけれど、ちゃんと代理を務めることに決めた。ジンが誇らしく思えなくとも、恥ずかしくないように。
目標が具体的になった。未来のビジョンが定まる感覚。僕は後継者になるだろう。今までもそうだし、これからもやるべきことは多い。
ジンに勝ちたいと思ってはいたが、勝って終わりではあまりにも軽いのだ。最強に土をつけようというのに、その動機が『ちょっと勝ってみたかったから』とか『意地悪したくて』では、あまりにも軽い。そんな意識で勝てるほど甘くはない。
この世界の月は、明るく、大きくて、動かずにまんまるだった。そのことがちょっぴり残念な気がした。
◆
ニキータ:
「お待たせ。行きましょう?」
ユフィリア:
「うん!」
朝食作りの手伝いをするべく、調理場へ。レギオンレイド用のセーフティーゾーンだけあって、それなりの広さはある。とはいえ、無計画にキャンプを設営していれば、どれだけあってもスペースなど足りなくなるに決まっていた。そうした点で、〈スイス衛兵隊〉は素早く妥当な答えを出す能力が高い。
ユフィリア:
「おはよーございまーす!」
ニキータ:
「おはようございます」
ジン:
「おう」
レイシン:
「おはよう。よろしくね~」
シュウト:
「あ、おはよう」
ジンが珍しく早起きしていた。お味噌汁を飲みに来たのだろう。シュウトはたぶん鍛錬に付き合うつもりなのだろう。
ジン:
「うーん。……やっぱり朝は味噌汁に限る」
シュウト:
「そうですね」
ジン:
「なんだお前? なんかキモいんですけど?」
シュウト:
「そうですか?」
ジン:
「何、やる気だしてんだよ~。……なんかあったか?」
シュウトの態度が少し変わって感じる。折り目正しいというか、気合いが入っているというか。たぶんジンの感覚を共有しているから感じ取れる類いの内容だろう。そうした影響や変化の原因についてジンの心配も分かる。ごく短時間での変化であるから、余程のことがあった可能性もある。
ユフィリア:
「シュウト、いじめられたの?」
シュウト:
「違うよ、ぜんぜん!」
ジン:
「うーん。大人の階段、登ったとか? まさか、コレか?」
真剣そのものの表情で『コレ』と言いながら小指を立てていた。なんとも絶妙な下品さだが、ちょっと興味が出てきてしまった。
ニキータ:
「で?」
シュウト:
「で、って? ……いや、無いよ。何を疑ってるのさ!」
ユフィリア:
「なーんだ」
ニキータ:
「もういいわ。仕事しましょ」
シュウト:
「ちょっ! それだと、僕が悪いみたいなんだけど!」
ジン:
「お前が悪い。確実にな」
シュウト:
「そんなぁ(涙)」
レイシン:
「はっはっは」
シュウトはシュウトだ。根っこの部分は変わらない。ジンからすれば、むしろ少しは変わってもらいたいぐらいだろう。
ジン:
「しっかし、あの子、来なくなっちまったなぁ~。ちょい厳しく言い過ぎたか?」
シュウト:
「ヴィオラートさんですか、……そんなことないんじゃないですかね?」
ジン:
「あーあ、可愛い子だったのに勿体ないことしたかなぁ。逃した魚はでっかいなー」
そういうのを『捕らぬ狸の皮算用』というのだが、実際のところジンは捕らえる側ではなく、ハンターに狙われている側だと思う。
狙い澄ましたかのように、ハンター登場である。
ヴィオラート:
「大きな魚を逃がしてしまったのですか?」
ジン:
「そうさ、アレはきっと伝説のヌシだったんだよ!って。……あれ?」
ヴィオラート:
「おはようございます」
ジン:
「うん、おはよう」
シュウト:
「おはようございます」
これ以上ないぐらい自然な動作でジンの横の席へ。体術としては大した能力はないハズなのに、座り慣れた自分のポジション的な意味合いがたぶんに含まれていて苦笑いしそうになる。
ヴィオラート:
「何を飲まれているのでしょうか?」
ジン:
「日本の味噌汁だ。なんだ、興味あんならレイに頼んで……」
ヴィオラート:
「では、一口だけ」
ジンの器を取り、躊躇なく口を付けていた。
ヴィオラート:
「まぁ、とっても美味しいです!」
ジン:
「……あー(苦笑)」
ヴィオラート:
「どうか、されましたか?」
ジン:
「うーん。なんて言うのかな?」
ヴィオラート:
「もしかして、怒っていらっしゃるのでしょうか? ジン様のスープを飲んだから?」
ジン:
「いや、違う。それだとただの器のちっちゃい男だろう」
シュウト:
「あはははは(苦笑)」
ジン:
「何がいいてーんだ、テメェ、シュウトこのやらう?」
シュウト:
「すみませんでした(汗)」
ここに葵かアクアが居てくれれば、ただの器の小さい男でしょう?と、だいたいの事実だか真実だかを突きつけてくれたはずだ。そう思うと少しばかり残念でならない。
ジン:
「いいか、君は分かっていない。本当の感動というヤツを、俺は知って欲しいんだ」
ヴィオラート:
「本当の、感動?」
ジン:
「もう一口やるから、飲んでみろ。だがその前に、まず、もっと眠そうな顔をするのだ」
ヴィオラート:
「眠そうな顔、ですか?」
ジン:
「心の力を抜くんだ。朝起きて、まだ眠くて、もうちょっと寝ていたいという目がしょぼしょぼした感じだ。やってみろ!」
ヴィオラート:
「はぁ……」
気合いを入れて現れたヴィオラートにそれは酷では?と思わないでもないが、どちらにしてもジンはああした人だ。
ジン:
「さぁ、やってみろ」
ヴィオラート:
「はい!……(ガックリ)……ねむいです」
朝の弱い、低血圧な感じのどんよりとした雰囲気そのままだった。アレは流石に地でやってないか?と思ってしまう。
ちなみに低血圧で朝が弱いとかは間違った情報と聞いている。交感神経・副交感神経の切り替えの問題だとか。
ジン:
「おろ? 巧いな。いいぞ、そのまま、そーっと飲んでみろ」
ヴィオラート:
「そー。(コク)…………あっ」
体の奥のエンジンがスタートし、細胞が目覚める感じ。それを得られたのかもしれない。眠そうだったマブタが自然と開いていた。
ヴィオラート:
「美味しい。なんて優しい味……」
ジン:
「そうだろう?」
ジンは本当にうれしそうに笑っていた。口先で美味しいと言ってもまったく通用しないのだ。だからといって、正しい味噌汁の飲み方を伝授するところまでやるのは、少しやりすぎだけれど。
シュウト:
「美味しいですよね?」にっこり
ヴィオラート:
「はい。美味しいです」にっこり
ジン:
「んじゃ、ちょっくら朝練するかね」
シュウト:
「はい」
ヴィオラート:
「あの、もし宜しければ」
ジン:
「ん?」
ヴィオラート:
「朝食の用意ができるまで、ここでお話していませんか?」
ジン:
「…………」
シュウト:
「…………」
女の子のお誘いを無碍に出来ず、2人は座り直していた。
ニキータ:
(そうか、あの子は……)
普通なのだ。良くも悪くも。ユフィリアだったら、たぶん一緒に朝練をしただろう。ユフィリアだったら、たぶん最初っから美味しくお味噌汁を飲んでいただろう。印象のよく似た美少女だったけれど、だんだんと差異が明確になっていくようだった。違和感から、個性の違いへと分かれて行く過程を辿ってるようだ。
ヴィオラート:
「ジン様にいろいろお聞きしてもいいですか?」
ジン:
「うん、いいけど」
ヴィオラート:
「何色がお好きなんですか?」
ジン:
「色? ……やっぱ青かなぁ?」
ヴィオラート:
「どうして青色なのですか?」
ジン:
「いろいろあるんだけど、やっぱり空の色とか、水の色は青がいいなって思ってて。夕暮れの赤やオレンジの空も良いけど、それは一時的な状態だからだと思うんだよ。緑色の空とかあんま想像したくないっていうか」
シュウト:
「緑の空は、イヤですね」
ジン:
「だろ? そういう、なんつーか、深層の心理で青を好む性質みたいなのが人間には備わってんじゃないかって気がするんだよね。」
ヴィオラート:
「そうなのですか~。てっきり『青の守護戦士』だからかと」
ジン:
「あー、なんかそんな風に言われたこともあるな。あれは〈竜破斬〉のエフェクトからだ。結構いい色だし、あれも好きだけど」
シュウト:
「いい色ですよね」
ジン:
「じゃあ白の聖女さまだろ、白が好きなのかい?」
ヴィオラート:
「いえ、あれはイメージカラーですね」
ジン:
「そうなんだ? じゃあ何色が好きなんだい?」
ヴィオラート:
「私も青色が好きです。奇遇ですね?」
ジン:
「そうだな。……お前は?」
シュウト:
「服だったら、地味で目立たないのが好きなんですが、……色だと、銀色とか?」
ジン:
「それもいい選択だな。地芯とそこから立ち上がる中心軸の色はシルバーなんだ。人間の根本的な色はシルバーだと思っていい」
そういえば、竜の魔力は金色だった。モルヅァートが金色のドラゴンだからかと思っていたが、竜の根本的な色みたいなものが金色だったりするのかもしれない。
ヴィオラートの質問は続いた。やがて朝食の時間が近づき、段々と人が増えていく。楽しそうな会話に苛立ちを感じないでもない。しかし、奇妙なのはユフィリアがまったくスルーしていることだった。
ニキータ:
(何か理由があるのかしら……?)
朝から懸命に働いて、にこにこしている。ジンに興味がないから、そういう態度を取っている? それも不自然な気がする。縄張り意識がまるでないから? いや、縄張り意識ぐらい、ユフィリアにだってあるはずだ。
ニキータ:
(逆? ユフィじゃなくて、ジンさんに理由があるとか?)
…………!
まったくスルーしていたひとつの可能性を見つけた。それなら辻褄があう。
ユフィリア:
「ニナ?」
ニキータ:
「少し、外すわね」
エプロンを外すと、ジン達の側へ。
ニキータ:
「私から質問してもいいかしら?」
ヴィオラート:
「ええ、どうぞ? 私に答えられることでしたら」
どうしても確かめずに要られなかった。胸がドキドキしている。悪いことをしているような、しかし、好奇心の疼きというような。
ニキータ:
「ヴィオラート、貴方って、何歳なの?」
ヴィオラート:
「はい。17になりました」ニコッ
女性として最高の年齢だろう。何をどう言い繕うとも、女性の一生で最も美しい時期だし、個人差はあるが彼女はピーク直前だろう。こればかりはユフィリアでも及ばない。単純な命の美しさそのものの、圧倒的な輝き。それが彼女の自信となって放たれている。
ピシリ。
しかし、それは相手によって価値が変わるものでもある。
認識世界にヒビが入る音がした。ジンの周囲に展開されている意識のマトリクスはかなりの密度であり、それが巨大な構造を成している。つまり、それに亀裂を入れるほどのダメージだったということだ。
ジンは額からテーブルに落下。ゴンと鈍い音がした。
ジン:
「おうふ。……てっきり、ハタチ過ぎてんだとばかり(涙)」
ヴィオラート:
「あの、えっと、これは一体?」
シュウト:
「すみません。ジンさんの守備範囲が、その……」
ヴィオラートには申し訳ないことをしてしまった。彼女は、最初からユフィリアと競う位置に居なかったのだ。たぶんユフィリアは最初に出会った時に年齢を聞いていたのだろう。そしてジンが17歳に対してどういう態度を取るか確信していたのだ。たとえそれがヴィオラート程の美少女であれ、結果は変わらないと分かっていたに違いない。
ニキータ:
(短い夢、だったわね……)
ジン:
「あー、サービスタイム終了ってことかー。今年のクリスマスは、ちょっぴり幸せだったなー(涙)」
ヴィオラート:
「終わっていません!」
ジン:
「え?」
真剣そのものの熱いまなざしで、形振り構わずにジンに詰め寄り、主張するヴィオラートだった。
ヴィオラート:
「何も、終わってなんていませんっ!!」
ジン:
「…………そうだな、ありがとな?」
しかし、ジンの中では終わっていたりする。少し悲しげな、優しい微笑みでヴィオラートの頭を撫でていた。
そのタイミング現れたのはスタークだった。騒ぎを聞きつけたのだろう。慌てていた。
スターク:
「ねぇ、どうしたの? 何があったの?」
マリー:
「ヴィオラートが17歳って言った」
スターク:
「あっ、そうか! ジンって、未成年に興味ないんだったっけ」
ヴィオラート:
「スターク! どうして教えてくれないんですか!」
スターク:
「そんなこと言われても……。この間までヴィルヘルムが良いって言ってたじゃないか!」
ヴィオラート:
「ええ、そう。ヴィルヘルム様はとてもステキな方です。奥様をとても愛していらっしゃるわ。羨ましいなって、私もああなりたいと思ったの!」
スターク:
「それが、どうしてジンなのさ!?」
ジン:
「……なぁ、あの2人ってどんな関係?」
マリー:
「許嫁同士」
シュウト:
「ええええ? 許嫁がいて、どうしてジンさんを?」
ヴィオラート:
「あんな約束なんて、親のいない『この異世界』に来た時点で無効です」
スターク:
「でも現実に戻れたら、また有効になるじゃないか!」
ジン:
「まー、まー、まー、まー。2人とも、仲良くやろうぜ、なっ?」
友達だろ?みたいな凄く軽いノリで、しかもジンが言ってしまうという。もう完全に当事者じゃなくなったつもりでいる。
ヴィオラート:
「ジン様。私ではダメでしょうか」
ジン:
「うーん、ダメじゃないかな」
ヴィオラート:
「はぅっ!? なぜですか? どうして?」
ジン:
「未成年お断りだからだ。でも、特別に大学生はオーケー。あ、飛び級は認めない」ビシッ
ヴィオラート:
「……では、私だけ例外として認めてください!」
果てしなく強い。特例として条件緩和を認めさせる気だった。
ジン:
「それ、無理。だって日本じゃ犯罪だもの。ロリコンの汚名だけでも自殺ものだし。しかも犯罪者って(苦笑)。あり得ないから(苦笑)」
最強の人間による完全な拒絶。これはどう足掻いてもどうにもならないのだと分かる。
シュウト:
「いいんですか? 逃した魚はでっかいんじゃ?」
ジン:
「んなこと言われても。静とか、りえと同じぐらいの歳だろ?」
どうしようもなく納得感のある比較だった。ヴィオラートがどれだけしっかりしていようと、17歳は17歳でしかない。
ユフィリア:
「ねぇ、どうしたの?」
ついに真ヒロイン登場だった。心配したユフィリアまで出てきてしまった。
ヴィオラート:
「ユフィさんは、何歳なんですか?」
ユフィリア:
「私? 来月の誕生日でハタチだけど」
ヴィオラートは予想外の行動に出ていた。ジンが折れないと悟るや、ユフィリアにすがりつく。見苦しいとかを度外視した行動力。いっそ清々しいほどだ。なんて積極性だろう。
ヴィオラート:
「お願いです! 2年だけ待ってください!」
ユフィリア:
「待つ? よく分からないけど、そんな未来のお約束はできないかな」
ヴィオラート:
「ですよねー(涙)」
守れない約束はしてはならない。特に女子同士では危険な行為にあたる。ユフィリアも何度かそうして痛い目をみているハズだ。
ユフィリア:
「2年は無理だけど、んー、1ヶ月ぐらいなら?」
ヴィオラート:
「それでは、毎月お会いすることは……?」
シュウト:
「毎月約束を更新して、2年間もたせる気!?」
そうしてヴィオラートが落ち着くまで、もうしばらく掛かるのだった。