19 ミナミへ行くには?
「ミナミの街に住む全ての〈冒険者〉は〈Plant hwyaden〉に所属するように」
〈Plant hwyaden〉。
その告知がなされた時、大勢は既に決していた。その組織は〈衛兵〉を従え、大神殿を購入し、幾つもの大ギルドが参加を表明していた。 『単一ギルドによる、ギルド間差別のない街』というお題目は確かに正しく、美しいものだった。事実、大ギルドが中小ギルドに行なう差別はなくなった。それは当然で、もはや単一ギルドになるのだから、大ギルドもなければ中小ギルドもなくなっていた。
機能的で厳しく統制された組織とは、上下という立場を明確にする。〈Plant hwyaden〉として立場が上の人間が、下の人間に指示を出すという差別ではない形で差別が行われるようになっただけだった。大まかに言ってしまえば、大ギルドが幹部に、その他の中小ギルドは雑用として働くことになったのだ。…………しかし嫌だからと言って逆らうことも出来ない。大神殿を購入されているのだ。どんな〈冒険者〉であっても、流石に〈衛兵〉達には敵わない。戦えば確実な死が与えられる。その時、大神殿の立ち入りを禁じられてしまっていたらどうなるのか? 復活することが出来なくなるはずだった。殺されたままになってしまうだろう。そんな脅しをしたままで、彼らは恐怖によってミナミを統治しているのだ。
「完全な圧政よ!」
だんっ!と机を叩き付け、葵が吠えた。
「本当にそうなのか? なんか見てきた様なこと言ってるけど……」
ジンが冷めたツッコミをするが、完璧にスルーされる。
「それで、僕らは何をするって話なんですか?」
仕方がないのでシュウトが先を促がした。
「人手が足りないの。ミナミから脱出してナカスへ移動するための護衛って話ね」
興奮覚めやらぬ葵は鼻息もあらく、椅子に身を投げ出すように座ると腕組みして頷いた。
「護衛ったって、みんな〈冒険者〉だろ?そんなん俺らが出張る必要があるのか?……って、ミナミどころかナカスまで行けって話じゃねーか」
「西日本横断旅行っスね」
「後々のことまで考えれば、アキバの〈円卓会議〉の息が掛かってるギルドが手伝いに行ったりしたら、モメた時に政治的な禍根を残すかもしれないでしょ? 無名で無関係なギルドで、且つ、小回りが利くってのが絶対条件なの」
「うさんくせぇなぁ…………だいたい俺達は今、〈黒曜鳥〉とモメてるんだぞ? シブヤにお前を残して、そんな長期の外出なんぞしてられるワケねぇだろうが。 今後はちょっとした買い物にも行かせられないだろうに」
「……なに、そんなこと? それならもうアキバの知り合いに匿ってもらうことで話が付いてるから」
「相談する前から決定事項みたいになってんのかよ……」
「段取りが早いっしょ?」
そういって、得意げに無い胸を逸らした。
「それに、本当は分かってるんでしょ? だって、そっちの話は戦って倒してもケリが付く話じゃないじゃない。それとも反省するまで何十回も殺して回ってみる? 相手の行動がエスカレートしてない今の内にちょっといなしちゃうのは絶対アリだよ。」
「だが、それじゃあ……」
ジンが発する怒気のようなものが場を圧しつつある。これを感じるのはシュウトだけではないだろう。
(そう、治まらない。簡単に治めたらダメなんだ)
仲間のために『ちゃんと怒れない人』は好ましくない。それでは気持ちが萎えてしまう。……と、ここでさっきジンが話していた「ちゃんと心配できないリーダーは仲間からの信頼を失う」の件と頭の中で接続した。ボンヤリとしていたイメージにピントが合って理解が生まれる。
同時にその難しさを思わずにはいられない。まず、ちゃんと怒れなければならない。その上で、感情に流されずに的確な判断をしなくては怒ること自体が単なるマイナスにしかならない。(……自分にもできるだろうか?)シュウトはそう自問する。
「ねぇ、もしかして私のこと?」
ユフィリアがジンの目を覗き込むようにした。
「もしそうなら、気にしなくていいよ? だって戦闘中に怪我するのなんてよくあることでしょ?……こんなことで特別扱いされるのは、ちょっと寂しい、かも」
こう言われてしまうと、シュウトは黙らざるをえない。 しかし、
「ふぅ~ん、自意識過剰でいらっしゃいますね? 俺がお前のために怒ってるとでも? まっさっか 」
ジンは軽く鼻で笑ってみせる。
「あのなぁ、お前のためじゃないんだよ。これは俺が怒ってんの。いいかい、お嬢ちゃん。たとえお前が切っ掛けだったとしても、そんなのを言い訳になんかしないんだよ。」
「そっか、ありがと」
「お前、全然分かってないな?」
「そうなの?」
「そうだろ」
「じゃあ、もうちょっと私のためにも怒ってくれる?」
「だが断る」
「えー?」
一転して微妙な雰囲気になってしまうやり取りになんとも疲れてきた。
「じゃあ、おなかも一杯になったし、今日はもう解散にしよっか」
とレイシンがまとめに掛かる。その大雑把、且つ、短絡的な発言に葵が慌てた。
「ちょっとちょっと! ミナミ行きの話は決定事項なんだから!有耶無耶にしちゃダメ!」
「ああ、まだその話してたんだ?」
ジンがさり気なく受け流しの体勢に入る。熟達したコンビネーションだった。
「明日、アキバに連れてって。その後でミナミに向けて出発だかんね!」
「そんなっ、明日出発って、準備も何もまだなんですよ?」
これに一番慌てたのはシュウトだった。旅の計画もまだなのに、出発だけ決定されても困ってしまう。単に食料の問題だけ取り上げてみても、途中で補給できるかどうかに大きく左右されてしまう。事前にルートをキッチリと決めておかなければならない。更にナカスまで行くのであれば不測の事態に備えるきちんとした準備が欲しい。
「よし、分かった。じゃあ、とりあえず寝るか」
「ダメ。これは〈カトレヤ〉のギルマス命令なんだかんね」
「そういえば、葵さんがギルマスでしたっけ」
「シュウ君!? キミまでそんなことを……。 くっそー、ジンぷーに染まりおったな?」
「じゃあシュウト、後は任せた」
「ジンさん!? ちょっと、そんないい加減なのは困るんですけど!」
「あれだ、頑張れば2~3日は出発を引き伸ばせるから。んじゃ、アトヨロ」
「そんな……」
「でーじょぶだって、葵はアホだけどバカじゃねーよ。その程度の日にちは見積もりに入れてるって。つか、むしろ行かなくても平気、みたいな?」
「アンタ、本気でやりにくいヤツよね?」
「俺も、お前が相手だとやりにくいぞ?」
睨む葵、笑って受け流すジン。緊張感があるのか無いのか。
「……仕方ない。今回ばかりは私も引くわけにはいかないの。ここで切り札を使わせて貰うわ」
「切り札? なにそれ?」
「ドロー!トラップカード発動!『出発するまで、お風呂禁止』ッ!!」
「何っ!?」
みんなでニキータの顔を見る。特に顔色が変化していたりはしなかったが、それがポーカーフェイスかどうかの判断は付かなかった。
「既にお風呂場ゾーンへの侵入はロックしてあるわ。フハハ、これぞ権力!」
「何が権力だ。 クソッ、きったねーぞ、悪魔かお前は!?」
「何? 何が? たかがお風呂じゃない。何か文句でもあるのかしら?」
まさかそんな手があったのか、とシュウトは半ば感嘆の心境だった。ピンポイントでパーティの弱点を突き、最小の労力で最大の効果を上げている。ぐぅの音も出ない。
「あの、別にお風呂くらい……」
おずおず、とニキータが申し出るのだが、どう聞いても無理を押しているように(脳内補正されて)聞こえる。
「夏場だもんね。一ヶ月ぐらいなら、お風呂なしにしたって、水浴びだけでも行けるよね」
「おい、そんな具体的に実行可能っぽいプランを提示するなっ!」
「え……、あの……」
「でもホラ、アキバにも入浴施設が出来たらしいじゃない? お風呂に入りたければアキバまで行けばいいわけだし、9月まで我慢しても別に平気なのかな?かな?」
「地味に一月半に延長させてるっスね」
「フザケんな、風呂上りに1時間以上も歩いて帰って来いってか?」
「ニナ、大丈夫?」
「ちょっとだけ眩暈が……」
「いやぁ、今日も暑かったよねぇ。戦闘も激しかったみたいだし、汗かいたりして大変だよねぇ。でも、全部ジンぷーが悪いんだからね?」
「てンめぇ~……」
「ジンさん、これはもう……」
「ああ。みんな、すまない。…………今から、お風呂にしよう。」
「ぃぃぃYes!」
――こうして僕らのミナミ行きは決定した。
◆
「じゃね!ジンぷーと石丸くんにヨロシク!」
「送りがてら、向こうに挨拶もしてくるから」
葵とレイシンは手を繋いで歩いて行った。普段の葵はジンとばかりジャレあっているのだが、こういう所を見るとやはり夫婦なのだということが思い出される。
(お兄さんにしがみ付く小学生の図だけど…………)
あの後、「どうしよ?何を着ていこう?」と久方ぶりのお出かけを前に葵は散々喚き散らしていた。翌朝からシュウト達は葵をアキバまで護衛し、ついでに旅の準備をすることになった。保存の利くものを中心に1週間程度の準備とし、そこから先は現地調達を基本にすると決まった。
ジンが石丸とシブヤに残ると言い出したため、2人を除いた4人に葵を加えて出発する。別れ際のジンはアッサリしたもので、「おう、じゃな?」で終わりだ。そのため葵は「見送りにも来ないとは、どういう了見か!」と散々ブーたれていたのだが、15分もするとすっかり忘れ去り、気分よく異世界を楽しんでいた。
しかし、葵が現在のレベル(23)を維持したいというので、経験点の入ってしまう18レベル以上の敵と戦わないようにするのが予想を超えて大変だった。上手く走れない葵を抱えて走って逃げたり、シュウトが単独で先行して誘き寄せたりするのだが、ミニマップが使えないとこれらの作業がどうしてもシビアになる。全員で周囲を警戒し、中でもユフィリアが何度かいち早く敵に気が付いたため、シュウト以外のメンバーはなんとか戦闘せずに切り抜けることが出来たのだった。
買出しで歩いている時、クラッシュ・シャーベットを手にしたプレイヤーとすれ違った。それが切っ掛けでユミカのことを思い出す。
昨晩、ユミカから念話が掛かって来たとき、急にミナミへ行く事になったのは話しておいた。少しだけ出発前にアキバで逢えないかと期待もしたのだが、生憎と戦闘訓練で出かけてしまっていると言う。しばらく旅先の出来事を聞いたりしながら、シュウトはこの清い交際に満足感を得ていた。そのためか、アキバの街でユミカの影を探してしまっていた。時折、目につく神官服や背の低い冒険者が彼女ではないかと目で追ってしまう。
しばらくして合流したレイシンと食材の調達に向かう。6人×1週間分の用意となると、軽く冷蔵庫1つ分は買い込む必要が出て来る。青く熟れ切っていないトマトなどを加えながら、レイシンは次々と品物を選んでいく。ニキータはメモをとりながら、その後を付いて回っていた。
ギルドの金回りについては、いつの間にかニキータに一任されている。シュウトもこのところは彼女に相談するぐらいで済ませてしまっているので、現状がどうなっているのか把握できていない。先日購入した〈精霊の琴弓〉の出費は大きかったと愚痴を零していたのだが、隠れて弦を弾いて幸せそうにしているのを目撃してしまうと、やはり高い方を買って正解だったように思う。
「ねぇシュウト、これってもしかしてソースなのかな?」
「もしかしなくてもソースじゃないか?」
レイシンとニキータが廃墟ビルのフロア奥に目当ての品を探しに入ってしまい、シュウトはユフィリアの側で店先の商品を見るともなく立っていた。ユフィリアはこうしたタイミングで時々『不思議少女』になることがあって、目を離すと何処かにふらりと居なくなってしまいそうな危うさがある。そのため目を離すことができない。
その折、彼女は店先の商品の一角に黒に近い茶色の液体の入ったビンを発見していた。
「コロッケ……」
「アジフライ……」
「お好み焼き……」
「とんかつ……」
「……そこはむしろキャベツの千切りじゃないか?」
意外と充実してしまった異世界での食生活に、2人ともかなり毒されてしまっていた。食欲を喚起する魅惑の調味料を発見し、何故か食べ物の名前を交互に口にする。その姿は傍からみたらバカのそれでしかない。
「もしかしてシュウトは目玉焼きにソースかける派の人?」
「それはない。……カレーに少しかけたりすることならあるかな。そっちは?」
「一度チャレンジしてみたかったけど…………欲しいよね。美味しければ、だけど」
「味見させてくれないかな? いや、今のタイミングでは買わないぞ。ミナミまでもってく気か?」
「うー、帰ってくるまで我慢かぁ。…………ジンさんに念話したら何て言うかな?」
「止めてくれ、きっとダメな方向の答えが…………あっ」
「何?」
一番会いたくない輩がそこに立っていた。〈黒曜鳥〉のギルドマスター、丸王だ。全身を黒で纏めたスタイルはシュウトも同じだが、2人はどこか奇妙な対比があった。血と獣脂を連想させる雑多な出で立ちに、エネルギッシュにギラついた風貌の丸王。一方で几帳面なほどにこざっぱりとし、整った甘いマスクに無関心の冷たさを湛えるシュウト。
「…………」
「丸っち、何か用?」
「随分と、楽しそうじゃないか」
「そうだよ。私、言わなかった? 楽しくやってるって」
暗に『攻撃をしかけているのは俺達だぞ』と言って来ているのだろうが、ユフィリアは知ってか知らずかトボけた受け答えをしただけだった。意外なことに、彼女にヤツを恐れている様子はない。
「お前ら、山のように買い込んでるが、夜逃げでもするのか? それとも、どこかに引き篭もるつもりか? クハハハ」
(見られていたのか……)
警戒していたつもりだったが、見られていることに気付けなかった。
「私達、仕事でミナミに行くんだよ。ううん、もしかしたらナカスまで行くことになるかも?」
「は? バカ言え。タウンポータルが使えないのにどうやって行くんだ? くだらないね、そこいらにコソコソ隠れるのが関の山だろ」
あっさりと行き先を喋ってしまったユフィリアに唖然としつつも、信じられない様子の丸王の言い分の方が一般的に見て正しい解釈だと思う。
「違うよ。……本気になって行こうと思えば、たとえ歩いてだって行けるんだよ」
彼女が静かに丸王を圧倒したように見えた。
ゲームであれば、時間をかけて歩いて行かせることが出来るかもしれないが、現実世界で東京―大阪間を歩いて行こうとは中々考えられない。新幹線や飛行機を利用するのが当然の選択になるし、長時間の運転が苦痛でなければ車で行くのが精々いい所だろう。
今ではハーフガイアで距離が縮まったことも含め、〈冒険者〉には体力もある。多少モンスターが障害になろうと、ミナミまでの移動を馬や徒歩で行うのは決して無理なことではないだろう。しかし、だからと言って行こうとは思わないし、思えない。それは意思の問題であり、その中でも『本気の度合い』の話になってくるのかもしれない。
話は終わったとばかりにそっぽを向いてしまうユフィリア。この状況にどうしようもなく違和感を覚える。
「今日はあの戦士は一緒じゃないのか?」
「…………なぁに? まだ何か用があるの?」
先日、ニキータに絡んでいた時とはまるっきり様子が違っている。
(これでは、まるで……)
まるで、女の子に相手にして貰えない男の子が、意地悪をしているみたいだった。いや、実際にもそういう話なのかもしれない。瞬間的に被害者と加害者の関係が転倒するような錯覚を覚えてしまう。
「おまたせ~」
どこかのんびりとした響きを持つレイシンの声に振り向き、咄嗟に「しまった」と思う。このままではニキータが丸王と鉢合わせしてしまう。
――と、 振り向けば丸王の姿はそこに無かった。
◆
分が悪くなる前に引いた。いや、最初から分なんて無かった。
街中で姿を見掛け、追跡しながら様子を窺っていたのだが、どうしようもなくなり近付いて話かけてしまった。
話し掛けずには居られなかったのだ。
しかし、あの女の前に立ったら言葉が出てこないではないか。こうして距離を取って始めて冷静さが戻って来ている。何か得体の知れない力があるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
(前からああだったのか……?)
“半妖精”は仲間内でもかなり人気がある。ノリでオモチャにしてしまえばいいと思っていたが、見込みが甘かったかもしれない。“半妖精”とはよく言ったものだ。半分は妖精かもしれないが、もう半分はそんな生易しいものではなさそうだ。仲間に引き込んだとしても内側からメチャクチャにされるだけだろう。奪い合いがそのまま殺し合いになるのが目に浮かんだ。
しかし、一度始めてしまえば戦利品を得るまでは何があっても止まることなどは出来ない。群れを束ねるものは強くなければならないのだ。弱さを見せれば下の人間は妙な考えを起こす。愚鈍な人間は何かにつけて蛮勇を奮いたがる。あの生っちろい騎士気取りの小僧のように、だ。
(やはり、ニキータの方に狙いを絞るか……)
少し内部で動かなければならないが、ミナミへ行くというのが本当ならば時間はあるだろう。奴らが出かけた後で、知らないフリでもして、行き先をつかめなかった手下を適当に叱り飛ばしておけば…………
◆
「ただいま~」「戻りました」
シュウト達がカトレヤのギルドハウスに戻ると、半ば定位置のソファでジンはぐったりとしていて、手だけ挙げて挨拶の代わりとした。石丸の姿は見えない。
「ジンさんはどうして鎧を着てるの?」
歩み寄ったユフィリアが質問する。単に寝ていた訳ではなさそうだ。
「それはね、モンスターから赤ユフィちゃんを守るためだよ」
「えー? じゃあ、ジンさんはどうしてぐったりしているの?」
「ノリがいいな……というか、これのオチに持って行くのは色々な意味でマズい」
「そうなの?」
「狼さんに食べられたいのかい?」 (主に性的な意味で)
「でも猟師さんが助けてくれるんでしょ?」
「俺のハラをかっさばいて殺す気ですかい?……といっても、元になったお話は食べられて終わるエンドだけどな」
「そんなにハラペコなら、お昼にしようか」
レイシンが合いの手を入れる。
「ああ。それなら赤ずきんちゃんを食べずに済みそうだ。」
「……というか、ハラペコでぐったりしてたんですか?」
「いんや、待ち草臥れてただけ」
「?」
ジンは「カツ丼が食べたい」とリクエストしていたが、ムリと素気無く却下されていた。レイシンは代わりに天プラにすると言っていた。こちらの世界では食用油は高価な代物なので、リッチな昼ご飯になりそうだった。ご飯を炊いたりするので1時間後に食べるという話になる。
「ジンさん」
「んー?」
「これからミナミに出発するんですよね?……なんか、ノンビリし過ぎじゃありませんか?」
「おいおい、バカ正直に馬で行くつもりか?」
「違うんですか?」
「そんなメンドクサイことしたくないだろ、常識で考えて」
「それは、そうですけど…………だったら、どうするんです?」
「だから今、石丸と2人でシブヤの〈妖精の輪〉の周期を調べてる」
「ほ、本気ですか?」
「当然だろ。『メンドクサイは正義。』これが全ての基本だな。大体、面倒臭がらないと『歩いてミナミまでいけばいいや~』みたいな事になっちまうだろ? 俺がそれをやったらタダの脳筋ゴリラじゃねーか」
「そうですね」
「なんだとぅ、テメー! 俺が脳筋ゴリラだってか!? ああん?」
「あ、いえ、そうじゃなくって……」
(しまった。考えずに相槌を打ってた……)
ユフィリアとの考え方の違いに気を取られて生返事をしてしまう。ジンが本気で怒っているわけではないのは流石に理解できるようになっているので、そこそこで受け流す。葵が居ないので代わりにされているだけだろう。色々と疑問はあるが、言葉になっていない。
「戻りましたっス」
「お疲れさん。収穫はあったかい?」
「いえ、人が減ってることもあって流石に駄目っスね」
「いいさ。上手い具合に考えりゃいい」
「いしくん、おかえり」
「ただいまっス。皆さんもお疲れ様っス」
「…………どうして」
ニキータがジンに向かって問いかける。
「どうして、みんなに内緒で調査していたんですか?」
「んー、直接的には葵に知られるとめんどっちいから、だな」
「誤解が無いように説明しておくと、そんなに大きなリスクを背負ってるつもりは無いんだ。〈妖精の輪〉で怖いのは、海外のポータルタウンに飛んで『登録』されちまう時だけだ。シブヤの〈妖精の輪〉から飛んでいる場合、最悪の結果はかなり防ぎ易いと踏んだからなんだよ」
「どうして海外の都市に飛ばないって言えるんですか?」
これはシュウトからの問いだ。
「いや、そうじゃない。『海外の都市に飛ばない』のではなく、『飛んでも帰って来られる』と思ったんだよ。ポータルタウンから別のポータルタウンに移動してしまう場合、その逆も可能じゃないとおかしいだろ?」
「日本に直接は戻って来れないかもしれないっスが、別のポータルタウンに移動を何度か繰り返せば、そこから戻って来れる可能性は決して低くないと予想しての行動っス。」
「それと、俺達の目標はミナミまでの移動距離を半分以下にすることだ。これはそんなに無理な話じゃないだろう。東京―大阪間が600キロぐらいだったかな? だから300キロ以下のポイントに飛べば無理せずにそこで終了にする積もりだしな。」
「それじゃあ危険はないの?」
ユフィリアが念押しの質問を加える。
「それは…………」
「不測の事態は常に存在するっス。特に最新の拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉はイレギュラー要素っスね」
「そうか、新規にゾーンが『開拓』されてるかもしれないんですね?」
「?……どういうこと?」
シュウトの理解に追いついていないユフィリアのために、今度はジンが解説を加える。
「拡張パックによって冒険に適したゾーンが追加されるんだが、どうやって追加してると思う?」
「どうやるの?」
「どこかの〈妖精の輪〉の周期が変化して、そこまで行くルートも一緒に追加されるんだよ。そうじゃないと日本サーバーの何処が新規開拓ゾーンか分からなくなっちまうから、いちいちヤマトを歩いてしらみ潰しにしなきゃならなくなるだろ?」
「そっか、クエストで誘導するにしても、移動手段が必要になるってことだね?」
「なるほど。……よく使われるシブヤとかカンダ(書庫塔の林)の〈妖精の輪〉だったら、タイムテーブルを把握している人間がいても不思議じゃない。けれど、拡張パックが追加されていたら、周期が変わっている可能性もある……」
ニキータが話をまとめるように呟く。
「ポータルタウンだったシブヤなんかは特に危険だな。どういう変更が加えられているのか、正直、分からない。何も変わっていないかもしれないし、予想してない事態があるかもしれない。」
「……だから、秘密で行動していたんですか?」
「実は安全にタイムテーブルを確認する方法もあるんス。」
「ちょっ、まっ!」
ジンが慌てるものの、石丸はそのまま説明を続けてしまう。
「〈召喚術師〉の使う特技、〈幻獣憑依〉を利用すれば、海外ポータルに飛んでも憑依を解除すればOKのはずっス」
「それは何?」
「召喚した幻獣と、術者の中身を入れ替える特技っス」
「あー、それってつまり…………」
「レベル、か…………」
「んー? 全体的に難しくてワカンナイけど、よーするに、葵さんのために秘密にしてたってこと? つまり、ジンさんは優しいって結論?」
「それは無い。絶対にない」
「そうは言ってても、ただの照れ隠しでしょう?」
ユフィリアとニキータにそれぞれ持ち上げられ、何故かジンがブチ切れる。
「甘い。ハチミツ餡子シロップ並に甘いっ! お前らは付き合いが浅いからどうなるか予想が付かないんだ! いいか、〈幻獣憑依〉の話なんてしてみろ、アイツはレベルを上げるとか言い始めるのに決まってる。それに自慢げにアイデアを言い触らすに違いない。」
「……まぁ、そうでしょうね」
「しかも、その後でアイツが大人しくしてる訳がない。『全国津々浦々・召喚幻獣ゲットの旅♪』をやるハメになっちまうだろうが! 『85レベルになったー! 今度はフェニックスだかんねー!』とか言うのに決まってるだろ!!」
「あー…………」「ありそう」「でも楽しそうっ!」
「お前ら、アキバまで一緒に行ったんなら分かるだろ? あいつ、あの体形だからロクに走れないんだぞ?」
「あれは、かなり面倒でしたね……」
「だから、想像力が全く足りてないんだっての! その先のルートはだいたい決まってるんだよ! 俺がオンブ紐でアイツを背負って戦うハメになんだろうが!『強いんだから別にいいじゃん?』とか言うのに決まってる!!」
「その時はヨロシク!」
顔だけをヒョイっと覘かせて、料理中のレイシンがコメントを付け加えた。
「オンブ紐って割と悪くないアイデアの気も……」(ボソッ)
「子連れ戦士だぁ」
「『ちゃーん』っスか?」
「プッ……ククク」
「絶対に、イヤだぁ!!!」
(うわぁ、切実だなぁ…………)
「だけどオンブ紐でジンさんに召喚術機能が追加されるんなら、やる価値があるんじゃ……?」
「というか、葵さんが歩けるようになればいいんじゃない?」
「〈外観再決定ポーション〉はこうなるとレア中のレアモノっスから、今から手に入れるのはまず無理っス。古参のジンさん達が持っていないのなら、手に入れる見込みはゼロっスね」
「石丸さんは持ってないんですか?」
「かなり前に譲ってしまったっス」
「そこ、話はまとまったか?」
「はい!質問っ!ギルドのみんなで仲良く冒険するのって楽しいと思うけど、それってダメ?」
「はぁ……パーティが7人になると、バランスが崩れるからダメなの。例えば回復人数が一人分増えるだろ。それだけで行動限界が大きく下がる。回復役なんて2人いても良いぐらいなのに」
「でもでも、普段からジンさんにはあんまり回復してないから……」
「そのメリットを打ち消しつつ、更に俺にオンブもしろと?」
「うーん、ダメ?」
「ダメ。却下。やはり議論の余地は無いな」
「だけど、育ってしまえば、強力な召喚能力をゲットできるじゃないですか」
「ダメだ。仮に回復役をもう一人追加したとしても、俺がオンブするマイナスが消えないだろ。」
「じゃあ……全力の時だけ、降ろせばいいんじゃないですか?」
「……そこまで言うならお前が背負えばいいだろ、シュウト。なに、遠慮してくれるな」
「いや、それは……(笑)」
「耳元でぎゃんぎゃん騒いでも、もしかしてイケメンシュウトさんなら全く気にならないんじゃないか? どうぞ? どうぞどうぞ」
「えっと、あの…………すみませんでした」
「なんだか葵さん、可哀想……」
「照れ隠しが悪口になっちゃうのは褒められないわね」
「そうか、だからさっき一緒に来なかったのか……」
「……実際のところ、単純に戦闘パーティに加えてしまうのはマイナスが大きいっス。〈カトレヤ〉の情報部門は葵さんが一人で支えてるようなものっス。小規模ギルドとしては破格の人材っスね。」
「そうなんだ?」
「例えば、自分達がここに居る理由だけ考えても、ほとんど葵さんの力っス。部下なしの独力で、しかもギルドハウスに引き篭もり、人に直接会いに行くでもなく、念話で情報交換するだけで可能なことなんて限られてるっス。その状態じゃフレンドリストすら増やせないハズなのに、現に今もミナミの仕事を取り付けているんスよ。過去の蓄積を含めて桁違いっスね」
「そこ、あんまり葵のことを褒めるなよ? ホメられると嬉しくなって頑張り過ぎるんだから」
「それで失敗するのがパターンだからね。……さ、ゴハン出来たよ。運ぶの手伝ってくれるかな?」
「はーい!」
サクサクと歯ざわりのいい天ぷらを塩で頂く。白身魚の天ぷらも素晴らしいけれど、この日は野菜の天ぷらが実に美味しかった。野菜の天ぷらにこれまで興味が無かったのでシュウトは不思議な気分になる。〈冒険者〉の体になって味覚にも変化があったのかもしれない。
食事中、ジンが「かき揚丼を食いたい!」と言った。皆が同意したが、醤油やみりんが無いため「タレが作れない」とレイシンに言われて却下されてしまった。
ちなみに以前に手に入れた魚醤は半分近く譲ってしまったものの、レイシンが注意深く使っているため量としてはかなり残っていた。調味料としての目的で作られていないため、現代日本で入手できるものと比べてかなり完成度が低い。生臭さを感じさせないように用途を絞る必要があり、炒め物などでしっかり火を通してからでなければ、レイシンは決して食卓に出そうとはしなかった。牛丼にせよ、かき揚丼にせよ、タレに醤油が必要になるものに、魚醤を使う気は全くないらしい。こと食に関しては頑固なほどに頑なであったが、実はそれがレイシンの作る食事のアベレージを高める秘訣になっている。
シュウト達はかなり本気で醤油や味噌が恋しくなる頃だった。今日の昼食は日本食風味になってしまったことで、美味しくて満足したけれど、少し悲しい味になってしまった。
「ちょっとのんびりしすぎたな。1時間経っちまう前に確認に行かないとな」
「たぶんこの時間帯は残り10分ぐらいっス」
食後の余韻もほどほどに、そう言うとジン達は立ち上がった。
「私も行く!」
「いや、みんなで行きましょう」
「別にいいけど、時間ないぞ? 食事の後片付けはどうすんだ?」
「平気だよ。こうしてお皿を重ねて…………ポイっと」
レイシンは自分のマジックバッグに食器類を放り込んでしまっていた。
「いや、確かにそれで大丈夫かもしれんが……」
「凄い裏技ですね……」
「汁物の食べ残しとかは無かったしね。それに、この方法でシチューとか良く保存してるし」
「そうか、こぼれないのか。まぁ、いいのか…………でも、なんだかなぁ~」
「カルチャーショック受けてないで、さ、行こう」
「そうすっか」
0時越え、体力切れ、またもや直してない状態でございます。
;y=ー( ゜д゜)・∵. ターン
〈妖精の輪〉使用シーンまで辿りつかないとかの痛恨の……
しかも、ところどころ暴走しております(特にキャラ達が)
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!<(_ _)>
謝っても許されようがないのが創作活動なのですね?うわーん。自業自得。