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182  アルバ・ユリアへ

 

 タウンゲートをくぐると、僕たちは一瞬でルーマニアのプレイヤータウン〈アルバ・ユリア〉へと到着していた。〈妖精の輪〉で慣れていることもあり、転移で酔ったりの問題はなかった。

 印象はヨーロッパの地方都市ってこんな感じなのかな?という具合。よくわかっていない。タウンゲート前だけ見たぐらいで何かを語れるわけもなく。

 セブンヒルから東へ数百キロ転移したこともあってか、夜明け直後よりも日を高く感じた。


ラトリ:

「はい、前へ、前へ」

ギャン:

「どんどん前に進んでくれ」


 転移してくる後続に場所を譲るべく、前へ進む。〈スイス衛兵隊〉は素早く点呼確認を始めた。パーティー単位でいる・いないのチェックだ。僕も目で確認だけしておいた。12人揃っている。これらを流れ作業のように素早く終えた。200人の移動と点呼をあわせても、全部で3分と掛かっていない。

 そして連絡を入れてタウンゲートを閉じてしまう。万一にも吸血鬼化した人を向こうに送らないためでもあった。


ラトリ:

「ほーい。そんじゃここでしばらく待機~。うろついたりは勘弁ね~?」


 ヴィルヘルム達は〈緑の庭園〉の関係者とコンタクトを取る手はずになっている。待機時間がどのくらいになるか読めなかった。


ユフィリア:

「じゃあ、我慢しよっと」

ジン:

「屋台のある広場みたいなところで待機すりゃいいのになぁ~」

シュウト:

「……朝ご飯、食べましたよね? 大盛りで」

ジン:

「それがどうした?」

シュウト:

「いえ、確認しただけです」

ジン:

「テメー、随分とイヤミな確認するようになったじゃねーか。 あ? 買い食いは犯罪か? 人より多く食ったらなんぞ罪に問われるんですか? あぁん?」

シュウト:

「いえ、特に、そういうことでは……」


 虎ならぬ、破壊神の尾を踏んでしまった。食糧難だったら問題になるような気もしたけれど、そんなこと言えるはずもなく。謝罪が土下座になる前に状況に救われた。いや『救われた』などと、言うべきではなくなっていた。


アクア:

「……悲鳴ね」

ジン:

「外か?」

アクア:

「近いわ。街中のはず」

ジン:

「よし、いくぞ」

シュウト:

「はい!」


 瞬間的に頭を切り替える。町中での吸血鬼騒動は終息したと聞いていたが、昨晩のうちに状況が変わってしまったのかもしれない。

 〈カトレヤ〉の第1、第2パーティーにアクアを加えて、取り敢えず出撃。90レベルの〈冒険者〉が咬まれてモンスター化していたら、モンスターレベルも90になりかねない。偵察するにも、平均で94レベル以上の僕らが適任だ。

 

ラトリ:

「ちょい、ちょい、どこいくつもり?」

アクア:

「町中で悲鳴が聞こえたのよ」

ジン:

「噂の吸血鬼とやらの強さを確かめてくる」

ラトリ:

「マジ? ……ん、頼むねぇ~」

スターク:

「僕らもいくよ」

クリスティーヌ:

「わかりました」


 ジンとアクアが先頭に立ち、小走りで町中へ。僕らは後ろで油断なく周囲を警戒する。現場らしき場所に到着したものの、さっそく問題発生。


ジン:

「うげぇ。どいつが吸血鬼だか、わからん!」


 脳内ステータスから相手の基本情報を確認するものの、それでも相手が吸血鬼かどうかは分からない。衛兵は来ていた。しかし、手出しは控えている。そうなると、〈冒険者〉同士の揉め事と見た目が変わらない。ほかの〈冒険者〉に襲いかかろうとしていた側の〈冒険者〉に、ジンが蹴りを入れて吹っ飛ばしていた。


シュウト:

「ステータスにも表示されないってこと……?」

スターク:

「そうだった。サブ職の変更っぽいから、分からないんだ」

ユフィリア:

「えっと、どうすればいい?」

ニキータ:

「取り敢えず、葵さんを呼んで」

ユフィリア:

「うん!」


 ユフィリアが超スピードで念話呼び出しをかける。彼女の脳内ステータスいじくり速度は異次元なのだ。

(いじくり速度だと、ジンさんはそんなに速くないらしい。全部の位置を記憶している石丸さんよりも、葵さんの方がさらに速いらしいけれど、その葵さんがユフィリアにはまったく勝てないと言っていた)


 葵が参戦するまでの間、僕らは吸血鬼と見分けるためのアイデアを出し合うことになった。


ジン:

「めんどくせえ。太陽の光で灰になれっつーんだよ!」

スターク:

「えっとー、吸血鬼なんだからー、……回復魔法でダメージとか?」

リディア:

「〈イセリアルチャント〉に触れて、ダメージを受けた人だ!」

リコ:

「それ、連続で使えないでしょ」

ジン:

「レギオン連れてくるか?」

英命:

「……モンスター化しているかどうかが分かればいいのであれば、もっと簡単な手があります」

シュウト:

「それは一体?」


 すると英命は大きな声で訴えかけた。


英命:

「みなさん! モンスターは話せません(、、、、、)! 意味のある言葉をください! 助けて!でもいいのです。 貴方は吸血鬼ですか? 人ですか?〈冒険者〉ですか、〈大地人〉ですか? 男性ですか、女性ですか?」


「助けて、助けて!」「男、男、男、男!」「女です! 人です!」「〈大地人〉です、助けてください〈冒険者〉さま!」「男の〈冒険者〉です!」「あたしは、吸血鬼じゃない!」「人です!女の〈大地人〉です!」


 モンスター化したら意味のある言葉を話せなくなる。それを逆手にとって利用した形だ。英命の機転によって、素早く『人』と『吸血鬼(バケモノ)』が腑分けされていく。


英命:

「悩んでしまうような難しい質問は避けてください!」


 警戒しながら、住民の避難誘導をする。人か吸血鬼かを問いかける。このやり方は順調だった。

 路地のひとつをケイトリンが受け持ち、立ちふさがるのが見えた。


ケイトリン:

「そこで止まれ。質問に答えろ」

町人A:

「俺たちは吸血鬼じゃない」

町人B:

「そうだ、ここを通してくれ」

ケイトリン:

「キチンと確認しなくてはダメだな。フフフ。……恋人はいるか?」

町人A:

「そんなの、今は関係ないだろ?!」

ケイトリン:

「早く答えろ。ホラ、後ろから吸血鬼がくるぞ?」

町人B:

「うぐっ。いない! 今はいないです!」

町人A:

「俺もだ! さぁ、通してくれ!」

ケイトリン:

「なるほど。では、2人とも(自主規制)か?」

町人A&B:

「「…………はい(涙)」」

ケイトリン:

「(クスッ)通っていいぞ」


 えーっと。吸血鬼が可愛く思えるような邪悪が……。僕はそっとその場から離れることにした。(あや)うすぎる。君子じゃなくたって近寄りがたい。


ジン:

「こっちにこい! ……内側に囲え!」

葵:

『ヘイ、おまっトゥ! 忙しいねっ。いしくん、状況ちょうだい』

石丸:

「町中に吸血鬼出現中っス。外見およびステータスでの判別不能」

葵:

『なぁる。それでしゃべらせてんか。やるね、せんせー!』

英命:

「恐れ入ります」

葵:

『いしくんは弱属判別の眼鏡を装着。リディアちゃん、クラウドコントロール開始。2~3体、足止めヨロ。 ……ジンぷー、無力化は?』

ジン:

「縛ったりだのは手間だ、ロープの扱いは得意種目じゃなくてな」

葵:

『目標高すぎ』

ジン:

「あ?」

葵:

『もっとつまんない感じで』

ジン:

「生意気な。……んじゃー、これでどうだ!」ずびしっ


 超デコピンが炸裂し、吸血鬼化した人が悶絶する。痛みによる無力化は有効のようだ。逆にいえば、モンスター化したからといって、痛覚まで馬鹿になってはいないということだろう。4体ばかり悶絶させ、一度状況が落ち着いた。

 けっこう可哀想な気がしないでもない。吸血鬼の悶絶度合いに避難した住民も怖れおののいている。


葵:

『囲ってる人に咬まれてるひと居ない? 時間差で吸血鬼化しても対処できるようにね!』


 ほぼ全員が咬まれてないアピールをしていた。咬まれているとデコピンされるため、みんな必死だ。


ジン:

「そこのお前、人か? 吸血鬼か?」

冒険者らしき男:

「ノー、どちらでもない」

ジン:

「ん?」

葵:

『へ?』

冒険者らしき男:

「俺は、KABANERIだ! イヤァー!!」

葵:

『ぎゃはははは!』

ジン:

「ぬぅ。海外のアニメファンはバケモノか!?」

シュウト:

「とゆーか、余裕ありますね(苦笑)」

葵:

『たりめーよ。この程度さばけないでどうするっちゅー。アクアちゃん、どう?』

アクア:

「…………特に聞こえない。落ち着いたようね」


 10分掛からずに制圧完了のようだ。

 瞬間判断、機転、人間力。更に捕獲能力と、足りない部分を自覚させられる。そうしたことも仲間内で補いあっていけばいいのだろうか。信用して仲間に任せるのと、自分に足りない部分を放置する油断。その境界線はどこなのか?と思ってしまう。

 絶賛悶絶中の吸血鬼化被害者達を拘束していると、白の聖女・ヴィオラートがやってきた。さすがにドレスから動きやすい格好になっている。ちょっとお値段張りそうな魔法のローブだ。


ヴィオラート:

「ジン様、ご無事ですか!?」

スターク:

「ちょっとー、危ないって! 護衛も付けないでウロウロしないでよ!」

ヴィオラート:

「護衛ならいます。後からくるわ。それよりジン様が心配だったの!」

ジン:

「心配って……」


 護衛、というかヴィルヘルムとギヴァが後ろからやってきた。マリーも一緒だ。


ヴィルヘルム:

「終了しているようだな?」

ジン:

「クリアだ。問題ねーよ」

シュウト:

「ただ、外見だけで区別するのは難しいです」

ギヴァ:

「どうやって解決したー?」

シュウト:

「モンスターはしゃべれないので……」

ヴィルヘルム:

「なるほど。お互いに声を掛け合うのが有効、ということだな? ……了解した」

ギヴァ:

「うむ。我々も徹底しよう」


 仕事の話が終わった瞬間を狙い、ヴィオラートがジンの腕に抱きついていく。


ヴィオラート:

「ジン様! ご無事でなによりでした!」

ジン:

「……ちょっと待とうか?」

ヴィオラート:

「なんでしょう?」キラキラキラキラ


 期待に満ちた眼差しを向けるヴィオラートだったが、ジト目のジンが一言ぴしゃりと言い放つ。


ジン:

「お前、ウザいぞ」

ヴィオラート:

「…………えっ?」


 完全に予想外だったのだろう。硬直するヴィオラート。あの美人によく言ったなぁ、と変な部分で感心してしまう。僕なら、絶対に言えない。


ジン:

「この程度のことで心配って。……もしかして、俺の実力に不安があるってことか? とりあえず、料金に見合う程度には働けるからさ(苦笑) 『心配させて悪かったな』」

ヴィオラート:

「(はぅ)も、申し訳ございません……」

スターク:

「そうだよ、そうそう! 第一、ジンがやられるようだと、僕らも全滅だからねっ!」


 ジンの厳しいコメントにスタークが勢いづく。内容はちょっぴりアレだが、事実なのでなんとも言いにくい。ジンが簡単にやられるようなら、僕らも全滅は必至だ。それと、スタークの態度はやっぱり分かり易かった。

 叱られてしゅんとなったヴィオラートを見かねたのか、ユフィリアが参戦。面倒くさいことになりそうだった。


ユフィリア:

「もう! 女の子にそんな言い方しなくてもいいでしょ?」

ジン:

「そうかぁ? かなり初歩的なミスだと思うんだけど……。上から目線で心配してたら何様?ってなって感じ悪いだろ。別パターンでアリガチなのは『心配してるワタシ可愛いでしょ?』アピールだな。ブリっ娘が嫌いなのはむしろ女子同士じゃねーの?」

ユフィリア:

「ジンさん!」

ヴィオラート:

「わたしは、大丈夫ですので……(半泣)」

葵:

『でも、まるで心配してないんだけど、“心配だから”を口実にそばに来たがるのとかどーよ?』

ジン:

「あ、それならアリかもしれん」

ヴィオラート:

「……わたくし、心配なんてちっともしていませんでしたよ?」ぱちくり

スターク:

「それもどうなの?(苦笑)」


 つよい(確信)。


ジン:

「しかし最近の物語って、ヒロインは目の前で誘拐されるためだけに出てくる『スーパー構ってちゃん』だったりするから、油断できない」

葵:

『さらわれたお姫様を救いにいくのって盛り上がるもんね~。でも美人設定なのにレイプすらされてないとか、物語の都合って怖いよ』

ウヅキ:

「そんなの、犯られてるに決まってるだろ」

ケイトリン:

「救出後、主人公と笑いながら会話しているが、太股には血の混じった汁がしたたり……」クックック

葵:

『部屋に戻ってから、1人で泣くやつだ?』

リディア:

「ちょっと! そういうの止めてよ!?」

スターク:

「も、モンスターに連れて行かれるから大丈夫、とか?」

葵:

『それはそれで“クッ(コロ)”じゃん』


ヴィオラート:

「申し訳ありませんでした。……以後、気を付けます」


 ヴィオラートの『安易な単独行動』を諫める形で決着したらしい。


ジン:

「仮定の話はともかく、この吸血鬼はどうする?」

ヴィルヘルム:

「どこかで見張らなければならないな」

英命:

「思ったよりも状況は深刻ですね……」

ギヴァ:

「うむ」


 上の人達が深刻そうにしているが、何がどう深刻なのか分かりにくい。けっして脳天気なつもりはないのだが。……そんなことを思っていると、先にウヅキがツッコミを入れてくれた。


ウヅキ:

「おい、何が深刻なんだ?」

ヴィルヘルム:

「……もっとも重要なのは、助ける側と助けられる側の人数比だ。吸血鬼を捕獲するにしても、拘束するにしても、数倍の人手が必要になる。このバランスが崩れると、状況は大きく傾く」

英命:

「彼は簡単そうにしていましたが、1体の吸血鬼を安全に捕獲するには、たとえば6人パーティーが必要でしょう。しかし、まとめて数体を相手にすれば、その難易度は数倍から数十倍に跳ね上がるでしょう」


 ジンの場合、『咬まれたら危険』といった要素がまったく感じられない。一方的に殲滅できてしまうのだ。1体なら僕も似たようなことはできると思う。けれど、これが3体・4体となるとそうも行かなくなってくるだろう。たとえ40~50体いても、僕ひとりなら逃げ切れるぐらいの自負はあるが、無力化となればもう不可能だ。


葵:

『〈大地人〉の場合、モンスターとしてのレベルは低いかもしれないんだけど、逆にそれで殺し合いになっちゃうかもしんないね。大人しく咬まれてくんないっしょ』

ヴィオラート:

「そんな、それでは……」


 一時的な吸血鬼化の問題が、〈大地人〉の虐殺に変わる可能性。助ける側の人数比率が低くなれば、余裕が失われる。余裕が失われると、安易な行動に出やすくなる。対処できなくなれば、大人しく咬まれて、吸血鬼になって待っていてくれれば、その間に僕らが原因をどうにかできる。……しかし、誰だって大人しく咬まれたくなんかないだろう。すると、〈大地人〉は死ぬ可能性が出てくる。レベルが低く、HP量も心許ないからだ。たとえば拘束するために〈パラライジングブロウ〉を当てただけでも、〈大地人〉は即死する可能性がある。〈冒険者〉の吸血鬼の中に、〈大地人〉の吸血鬼が混じっていたら? それで範囲魔法に巻き込まれる危険性がある。そしてそんなことを危惧していたら、吸血鬼への対処が中途半端なものになりかねない。


ジン:

「それじゃ片っ端からブッ殺して、大神殿で捕まえる手は使えないなー」

ラトリ:

「部分的にはアリだと思うけどね~。……どうぞ、こちらです」


 タウンゲート前で待機していたはずのラトリが、2人の女性を伴って僕らの前に現れた。

 1人目は金髪の女性・ベアトリクスだ。ステータスを見ると、レベル90の〈盗剣士〉で、ギルドは〈緑の庭園〉。スピード重視の〈盗剣士〉としては、そこそこ重量のありそうな鎧を身につけている。特に胴鎧に施された薔薇の意匠が素晴らしい。幻想級と思われる出来映えだ。

 もう1人は赤い髪、赤い瞳、赤い服の〈盗剣士〉で、シーン・クゥ。ギルド無所属。こっちの赤い人は完全な軽装だ。名前も格好も中国人っぽい。


ベアトリクス:

「貴方が〈スイス衛兵隊〉の隊長、ヴィルヘルムか?」

ヴィルヘルム:

「ああ。〈緑の庭園〉のベアトリクスだな? 君がギルドマスターを継いだことは我々も耳にしている」

ベアトリクス:

「重責に身が引き締まる思いだ。よろしく頼む」

ヴィルヘルム:

「紹介しよう。我々〈スイス衛兵隊〉のギルドマスターだ」

スターク:

「スタークだよ。よろしくね」

ベアトリクス:

「そう、でしたか。私はてっきり。んん? 君の、そのレベルは……?」


 スタークのレベルに気が付いたらしい。彼も94に到達している。


シーン:

「ビー、こいつらレベルが! なんなんだ? 94、95、……97までいる!」

ベアトリクス:

「ビーと呼ぶな。……説明して欲しい。彼らは、一体?」

ラトリ:

「我々の勝算ってヤツ、ですかね?」


 吸血鬼達は、突っ立ったままだった衛兵に引き渡すことになった。ルール違反者を閉じこめるのに使う、出入り口のない広めの空間があるという。そこに閉じこめることで既に取り決めがされているらしい。


 〈スイス衛兵隊〉と〈緑の庭園〉のトップ会談の形になったが、なんとなくその場に居合わせる形になってしまったようだ。


ヴィルヘルム:

「……今回の事件、解決に協力してもらいたい」

ラトリ:

「正直なトコ、心当たりとかある感じ?」

ベアトリクス:

「ゲーム時代、吸血鬼化して味方に襲いかかるようなバッドステータスなら見たことがある。しかし、戦闘中のごく一時的なものだ。放置したとしても、しばらくすれば元に戻らなければおかしい。ずっと吸血鬼化しているだなんて、効果が強すぎる」

マリー:

「わたしもそう思うー」

葵:

『まさか、ずっと戦闘中、とか?』

ギヴァ:

「そんなことがありえるのか? ……ずっと全滅しない、もしくは敵を倒さず意図的にゾーンに居続ける、だなんてことが?」

葵:

『んー、たとえば固定式のボスで、攻撃範囲外で石化トラップを踏んじゃって、石化し続けている、みたいな?』

シーン:

「さっき、シモンと連絡が付かないって言ってたろう」


 シーンの言葉を受けて、ベアトリクスに視線が集まる。彼女からそのことに付いてのコメントは無かった。


アクア:

「ともかく、この問題を解決するには、原因と思われる現象・敵・クエストを見つけて、対処しなければならないの」

ベアトリクス:

「シモンが関係しているとなれば、きっと『あそこ』だろう」

シーン:

「やめな、ビー! それは〈緑の庭園〉みんなの悲願だろ!」

ベアトリクス:

「(!!)部外者のお前に、何がわかる!」


 ベアトリクスが激昂する。どうやらシーンは逆鱗に触れてしまったらしい。


シーン:

「だから~、あたしがお姉ちゃんなんだってば。ビー、そろそろ信じてよ~?」

ベアトリクス:

「姉を侮辱するな! 私の姉はアレクシスだけだ! お前とは似ても似付かない」

シーン:

「ちょっ、人のリアルネームばらしやがったな!?」

ベアトリクス:

「私の姉、アレクシスはとても優しい人だ。無知な私が〈エルダー・テイル〉のキャラデータを消してしまった時も、困った顔をしていたが、笑顔で許してくれたぞ。自慢の姉だ」


 キャラデータ消したとか、なにそれ、ひどい(苦笑)


シーン:

「だって、年の離れたアンタに本気でキレるわけにいかないでしょ」

ベアトリクス:

「それに姉は、ゲームを引退した。今頃は恋人と結婚して幸せになっているはずだ。異世界にくる前に連絡した時は、とても幸せだと言っていた」

シーン:

「いや、あの時にはもう別れてて。……あー、思い出してきた。何もかも上手く行かなくなったのは、アンタがあたしのキャラ消した時からなんだよ!」

ベアトリクス:

「貴様に何十回襲われたと思っているんだ! 優しかったアレクシスがそんなことするかぁ!!」

シーン:

「私の場所にちゃっかり居座りやがって! シモンがギルマスになりゃいいのに、アンタがなるとか! いちいちイラつくんだよ! 表に出ろ!!」

ベアトリクス:

「望むところだ!」


 吸血鬼問題を完全に置き去りにして、街の外で決闘する流れに……。会話内容からいろいろ複雑なのは漏れ聞こえていたけれど、人のご家庭の問題に踏み込める訳もなく。いや、姉かどうかの真偽を問われているらしいので、なんだろう。よくわからない話だった。


 街の外に場所を移す。両手に鞭をもったシーンが叫ぶ。


シーン:

「掛かってこい、ビー!」

ベアトリクス:

「ビーと呼ぶな!」

シーン:

「ベアトリクスの正式な略称でしょ。何が気に喰わない!?」

ベアトリクス:

「姉貴面して、ビーと呼ぶなと言っているっっ!!」


 波打つ刀身を持つ剣・フランベルジュの二刀流。鞭 vs 剣の二刀流対決だ。


ベアトリクス:

「……」


 ベアトリクスが、爪先で地面をトンと叩く。それが合図かのように、2人の緊張感が増していく。シーンは鞭を軽く振り回し始めた。肩慣らしを兼ねた戦闘の構えといったところか。


ジン:

「……へぇ」


 ジンが何に反応したのか気になるが、戦いの行方に気を取られてスルーしてしまった。


シーン:

「今日こそは勝つ! 双神鞭!!」


 本格的な鞭使いの戦闘をみるのはこれが初めてだ。達人の繰り出す鞭の先端速度は、音速の壁をも越えるという。操作する手元を見て、攻撃到達前に回避するしかない。


シーン:

「お前は、わかっていない」

ベアトリクス:

「だとしても、どうすればいい」


 鞭の長さを見切っているのか、次々とバックステップしつつ回避するベアトリクス。シーンとは戦い慣れているのだろう。参考にしようと思う。しかし、近接武器しか使わないのであれば、間合いに潜り込まなければ勝ち目はない。


シュウト:

「鞭使いが有利ですよね?」

ジン:

「いや、そうでもない」

シュウト:

「じゃあ……?」

ジン:

「あの鞭ビルドだと相性はそんな良くない。……見逃すなよ。眼が慣れたら、一瞬だぞ?」

シュウト:

「はい」


 ジンの予測通りだった。眼が慣れたのか、ベアトリクスが間合いを詰めるべく突撃する。素早いステップ・イン。当然、シーンはその動きを捉えていた。右腕の鞭が正確にベアトリクスを狙って振るわれる。完璧に捉えたと思った。だが、互いの対戦数によるものだろう。先読みしていたらしく、ベアトリクスは素早く躱している。次々と撃ち出される鞭の連撃を、まるで打ち合わせでも済ませているかのように躱すベアトリクス。鞭の回転が上がり、一定距離から近づけなくなる。


シーン:

「アンタは、シモンに置いていかれた! 人徳が、カリスマがないのにギルドマスターなんか務まるのか!」

ベアトリクス:

「シモン兄さんは、姉さんが居なくなって、焦っていた!」

シーン:

「ッ!」


 ベアトリクスが鞭を避け、近接間合いへと踏み込む。それにしても異常な回避力だった。何故、あんなにも躱すことができるのだろう? シーンの攻撃精度は決して低くない。繰り出される鞭の速度も、回転も素晴らしいものだ。


シーン:

「〈ライトニングステップ〉!」


 自分の間合いを保持するためだろう。シーンがライトニングステップを発動させる。


ベアトリクス:

「〈ライトニングステップ〉!」


 続けてベアトリクスも特技を発動させ、シーンを追いかけていく。


シーン:

「〈ユニコーンジャンプ〉!!」

ベアトリクス:

「逃がさない!〈ユニコーンジャンプ〉!」


 ライトニングステップの速度を乗せたユニコーンジャンプでもって、空中に砲弾のように撃ち出される2人。見たこともない長さの放物線を描いて飛んでいく。


シーン:

「まだ!」


 一瞬先に着地したシーンが必至に駆けて距離を取る。

 鋭い踏み込みを見せるベアトリクスに鞭を振るう。ベアトリクスはギリギリで見切って、サイドステップ。しかし、逆の鞭が素早く振るわれる。……こればかりは避けようがなかった。ベアトリクスは双剣で顔をガード。胸当てに吸い込まれるように鞭の打撃が入った。

 止まらない(、、、、、)。ダメージをもらう覚悟が出来ていたのだろう。ベアトリクスはそのままシーンとの間合いを詰め切った。それで終わりだった。素早く鞭を捨て、サブウェポンに持ち変えるも、一方的に切り刻まれて終わった。


シュウト:

「うっ……」


 衝撃的だった。自分の口からうめき声が漏れて聞こえた。


ジン:

「『鞭を選ぶしかなかった』んだろうな。しかし、間合いに飛び込まれればそこまでだ。あの幻想級っぽい胸当てがあるから、一度ぐらいなら鞭を受けても平気だろう。なにか特殊効果もありそうだが、何かまでは分からんな……」


 しかし、それでも尚、凄まじい練度だと思えた。二刀流の鞭の攻撃速度は予想以上だった。正直、間合いに踏み込める自信はない。超反射で1度は避けられても、二刀流なのだから、もう一方の鞭が残っている。自分が戦うなら、外側から弓を使うことになるはずだ。なぜ、アレが回避できるのだろう?


 当のベアトリクスはというと、偽姉への情は無さそうだった。全損させて、さっさと大神殿送りにしてしまった。ユフィリアが蘇生がいるか聞いていたが、断っていた。反省が必要とのこと。


ジン:

「さて、今度は俺の番だな」


 意外に意外をかけ算して、さらに意外を掛けたぐらいに意外だった。ジンが自ら戦闘を望んで立つとは思っていなかった。

 ベアトリクスは、『選ばれた』のだ。そのことに嫉妬している自分を見つける。


ジン:

「よぉ、もう一戦いけるか?」

ベアトリクス:

「もちろんだ。しかし、貴方と戦わなければならない理由を教えてくれ」

ジン:

「俺が一番強いからだ」

ベアトリクス:

「……それは、どういう意味だ?」

ジン:

「さてね。……今回のイベントは正直、しんどい。アイツらに1ミリたりとも疑わせる訳にはいかなくてな。頂点は2つ要らないんだ」

ベアトリクス:

「ああ、貴方はシンプルだな」


 公平を期するため、ベアトリクスに回復が行われた。再使用規制が解除されるのを待つため、数分間のインターバルを取ることにした。

 段々とギャラリーが増えていく。その大半は〈スイス衛兵隊〉のメンバーたちだ。シーンも蘇生して戻って来ていた。街の外は吸血鬼に襲われる危険があるからか、一般の〈冒険者〉はほとんど見に来ていないらしい。


 数分が経過し、戦闘前のルール確認の打ち合わせなどが始まった。


ジン:

「師範システムで、レベルはそっちに合わせてやる」

ベアトリクス:

「そんな余裕があるのか?」

ジン:

「形の上では挑む立場だ。あんまり大口を叩きたくはないんだが。……俺を本気にさせてみな?」

ベアトリクス:

「それ以上の挑発があるとでも?」



 2人の間に沈黙が降りる。何かを期待する心理が、戦場に集まってくるようだった。


アクア:

「はじめなさい!」


 素早く間合いを詰めるベアトリクス。迎え撃つジン。苛烈な打ち込みが数合続く。優勢なのは当然のようにジンの側だった。棒立ちのような立ち姿、なのに強い。ベアトリクスの顔色が変わった。


ベアトリクス:

「〈ダンスマカブル〉!」


 早すぎる切り札の投入。しかし、一瞬だった。唐突にベアトリクスの間合いに現れると、盾で彼女をカチ上げていた。


ジン:

「〈クロス・スラッシュ〉!」


 ダンスマカブルを強制キャンセルし、浮かせたところでクロス・スラッシュを叩き付ける。ギャラリーが瞬間、沸き上がり、すぐに沈黙した。


 余程の、初心者と対戦上級者ぐらいの差がないと、こんな真似はできない。ダンスマカブルを『発動させてから』潰したので、再使用規制が発生しているはずだ。1フレーム・レベルの完璧なタイミングが必要になる芸当。ギャラリーの沈黙は理解不能を表している。〈スイス衛兵隊〉だから、実質的に不可能なことがかろうじて分かったのだろう。


 本当には、体幹部移動で間合いに入った辺りに秘密があるはずだった。技が決まるまでの時間の方を削ったのだろう。しかし、実はそちらの方がタイミングなんかよりも遙かに神業なのだ。ダンスマカブルが来ると分かっていて、あんな風に間合いを潰しに行けるものじゃない。ダメージを予測し、本能に近いレベルで体が固まってしまうハズなのだ。どうイメージしても、自分には不可能だと思わされる。当たらないとわかっていない限り、あんな風にゆるんだ状態をキープなんてできるものじゃない。


ジン:

「ふむ。そろそろ本気だしてくんないと、弱いものイジメしてる人になっちまうんだけど?」

ベアトリクス:

「……女が相手では不満ですか?」

ジン:

「別に。実力のなさを性別のせいにできると思ってる?」

ベアトリクス:

「私、好きですよ、フェミニズム」

ジン:

「そいつは参ったね。……んじゃ、終わりにしよっか~」


 興味を失ったのか、背を向けて歩き始めるジンだった。終わりかと思ったが、ベアトリクスが言葉を放つ。


ベアトリクス:

「赤き暴風・レオンを倒した戦士、貴方でしたか」

ジン:

「それがどうかした?」

ベアトリクス:

「そうでした。『一番強い』んですよね?」


 その姿を見て『心のスイッチ』が入ったのだと思った。闘いに理由が生まれた。闘気が、そして意思力が明らかに違ってきている。


ジン:

「あれれ~、まだ戦いたいの? だったら、なんか言うべきことがあんじゃね~の~?」


 あっさりと立場が逆転していた。いけしゃあしゃあと、言葉を要求する。


ベアトリクス:

「これでも女の子です。優しくしてくださいね?」

ジン:

「心配しなくても、負けそうになったら本気出すって」


 密度が、圧力が、決戦のそれに見合うものに高まっていく。まるでレオンと最後に戦った時のようだった。間違いない(、、、、、)、彼女は……!


ベアトリクス:

「私のサブ職は〈騎士〉なのですが」

ジン:

「俺は〈竜殺し〉だけど、それがどうした?」

ベアトリクス:

「『騎士の本質』を、理解していますか?」


シュウト:

「騎士の、本質?」

葵:

『アーサー王的な騎士道だったら、人を護ることかな?』


ジン:

「騎士のルーツは、騎兵だ。馬に乗る兵のことだが……?」

ベアトリクス:

「嬉しいな。理解しているのですね」

ジン:

「正解は?」


 ベアトリクスが構える。まるで弓を引き絞っているかのようだった。その姿勢のまま、叫んだ。


ベアトリクス:

「騎士とは! その本質とは! 『最速の兵』を言うのだ!!」


 消えた。圧倒的なスピードに見失う。


ウヅキ:

「馬鹿なっ!?」

シュウト:

「速すぎるっ!!」

葵:

『まさか、あの子ってば……』

アクア:

「オーバーライド。その能力は、“速度”!!」


ジン:

「くくく、アハハハハハハハハ!!」


 激突をまともに受けたのか、躱したのか。ジンはただ、愉快そうに笑っていた。

 

 

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