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181  白の聖女

 

マリー:

「ここは、わたしの工房」えっへん


 セナトリオ宮の中にマリーの工房はあった。寝泊まりもこの建物内部で済ませているらしい。たぶん引きこもりだろう。それは偏見かもしれないが、部屋にはがらくた(、、、、)がそこらに放置されていた。やっぱり、引きこもりの部屋だろう。


 ここまで来たのであるから、あわよくば、何かアイテムを頂戴できないものか?と思ってしまう。それはそれでどうなんだと思わなくもないが、強くなるためだ。多少の強欲は必要な要素の気もする。(自己正当化)


 モルヅァートの作成アイテムも途轍もなく凄かった。ゲーム的にも正統派であり、格調高く、王道・王者の薫りというのか。性能の高さと品の良さが一致しているイメージがあった。

 比較して、白の聖女・マリーの作品はどうだろう。レオンやウルスが使っている衛兵鎧を改装したものや、12連蘇生&完全回復のアクセサリーといったことになる。どこか常軌を逸したイメージだろう。人間だから思い付く手練手管というべきか。もしくは『ずるっちぃ』かもしれない。


 そんなことを考えていると、足に触った箱が目に付いたので質問してみた。


シュウト:

「この、箱みたいなのは何ですか?」

マリー:

「念話妨害装置。人には聞こえない特殊な波を発生させて、この室内で念話できないようにする」

シュウト:

「……ちなみに、なんでそんなものを?」

マリー:

「ひっきりなしに念話がかかってきて、イラついたから」

ヴィオラート:

「セブンヒルに来た頃、マリーに色々な問い合わせがあったようで(苦笑) でもこの装置を逆に利用されたりもして……」


 ヴィオラートに苦しげな微笑みが浮かぶ。苦しみに共感して、思わず心配で声をかけたくなるような種類のものだ。我慢したけど。


マリー:

「レオンに軟禁されてた、らしい」

ジン:

「ん?」

シュウト:

「らしいって……?」

ヴィオラート:

「その、私たちはマリーが捕まっているものだとばかり。念話が繋がりませんでしたし。それで、その……」

ジン:

「前回の騒ぎは、お前のせいか!」

マリー:

「わたしはふつうに生活してた」

ジン:

「だから、お前が引きこもってたせいだろうが!」

マリー:

「ちがう。レオンが狡猾だった。わたしはひがいしゃ」


 マイペース過ぎるマリーだったが、ジンがデコピンの構えをすると、室内を逃げまどう。面倒くさそうに舌打ちするジンだった。


ジン:

「チッ。んで? 他にはどんなアイテム作ってんだ?」

マリー:

「わたしは〈細工師〉。だから付与型アイテム全般」

葵:

「付与型ってことは、バフ? エンチャンターみたいな感じ?」

マリー:

「にてる。けど、ぜんぜん違う。速度上昇効果を付与する場合、被術者に直接、魔法を掛ける。これがエンチャンターのやりかた。付与型アイテムの場合、アイテムと肉体はバラバラ。でも、装備したら効果が適用される」

英命:

「どちらも結果は同じですが、原理は異なっているのですね」

マリー:

「そう。どう捉えるかのもんだい。魔法効果をアイテムに固定化しているとみなすこともできる。永続的なのがふつう。付与の術式が不要という見方もある。それからステータス上昇の場合、重複できるのが大きい」

シュウト:

「そう言われてみると、確かにそうですね……」


 特技や魔法の場合、同じ種類のバフはたいてい重ねがけ出来ない。一番効果の高いものや、一番最後に掛けられた魔法が有効になるような条件がつく。あらゆるクラスの支援効果特技を、重複を避けるようにして使うのがレイド攻略の基本条件だった。

 それに対して装備品の場合、やろうと思えば一種類の効果を複数の装備で高めることも可能だ。(ただし、特技の効果増強に関してはこの限りではない)


英命:

「『より効果の高い装備』を求める方向に向かうのは、装備スロット数が決められているからですね。これがもし、スロット数を増やせることになったとすれば、状況は大きく変化するでしょう」

ジン:

「まさか、……スロット数なんて増やせないよな?」

マリー:

「部分的には可能」


 そういってマリーが手にとって見せたのは、名札みたいなものだった。手書き文字の書かれた紙がセットされているように見える。内容は、外国語で判別不能。数字の14ぐらいしか分からなかった。


ジン:

「なんじゃ、こりゃ?」

マリー:

「わたしを、みて」うっふん

ヴィオラート:

「マリーのステータスをご覧ください(苦笑)」


 お茶目さんアピールをしているマリー。彼女が名札らしきものを身につけると、の名前はグルヌイユに、レベルは14に書き換えられていた。


ウヅキ:

「グルヌイユだぁ?」

石丸:

「フランス語で、カエルのことっス」

タクト:

「どうなって……?」

ヴィオラート:

「これを使うと、名前、レベル、所属ギルドといった基本情報を一時的に変更できるのです。私も気晴らししたい時にお世話になっています」

マリー:

「ヴィオラートのために、つくった」えっへん


 だったら、そのアイテムでユフィリア達と一緒に行けばよかったのでは?と思ったけれど、口にはしないでおいた。

 ……確かに、凄い。でも欲しいのは『そういうアイテム』ではない。


ジン:

「単にアクセサリー分類じゃねえの?」

マリー:

「ちがう」

ジン:

「んじゃ、シュウト。試してみろ」


 僕が名札を装備して、グルヌイユに変身?してみた。アクセサリ欄は埋まったままなので、確かに別枠として機能しているようだ。


ジン:

「……可能は可能ってことか。んで? 装備スロットは増やせそうなのか?」

マリー:

「まだわからない。研究課題のひとつ」

葵:

「基本的なのだと、武器スロットに宝珠をセットしたりだけど?」

マリー:

「その場合、強化されるのは武器。武器の強さにも一定の限界がある。レア素材が必要。それでいて、幻想級以下のものにしかならない」

シュウト:

「やっぱりむずかしいんですね」


 なかなか思い通りに、という訳にもいかないようだ。


ジン:

「だが、捉え方の問題って言うんなら答えはもう出てるだろ。武器や鎧の最終形態は、巨大ロボットだ。鎧を着て戦ってるのは過渡期に過ぎない」

シュウト:

「は、い……?」


 極端な視点変更に度肝を抜かれる。魔法ありのファンタジー世界に、SF的な巨大ロボットの概念を引っ張って来てしまう。ジンとはこういう人なのだった。


マリー:

「ふむふむ」

スターク:

「ま~た訳のわかんないこと言ってるし」

英命:

「ですが、巨大な人型ロボットは効率が悪くありませんか?」

葵:

「地球上じゃ戦車とか飛行機の方が適してるかもね。でも、宇宙空間で運用するなら別に人型でもいいんじゃね?って話はあるよね」

ジン:

「ここでの問題は装備かどうかってことだ。つまり『着る』が、どこまで行けば『乗る』に変わるかだな。ガンダムはその辺、『モビルスーツ』という用語にしていて秀逸だった」うんうん

葵:

「その割に『パイロット』っていうけどな(苦笑) 」


 戦士のつもりでいたら、いつの間にかパイロットしてました、という想像はあまり笑えそうにない。


ジン:

「それともうひとつ。たとえば武術だと、鍛錬によって『武器を手足の延長にする』っていうんだが、 ……意味、分かるか?」

マリー:

「おおう! 身体拡張できれば、そこにあたらしい装備スロットを設定できる可能性! このアイデアは、……イケる!」

英命:

「なるほど。そういう意味では千手観音ということですね」


 もうマリーはこちらの話を聞いていなかった。

 研究に没頭し始めていたので、ヴィオラートが僕らを外へ促した。邪魔しないように静かに退出する。「お茶でもいかがですか?」と誘われたのでなんとなく付いていくことに。

 結果的にマリーの工房ではあまりアイテムを見ることはできなかった。


タクト:

「今のって、結局どういうことだったんですか?」

英命:

「装備スロットを増やすには、体を増やせばいい、というアイデアですね」

葵:

「言っちゃえばそうなるよね」

スターク:

「からだを、増やす???」

英命:

「たとえば、右腕に対応する装備スロットは1つしかありません。装備スロットを増やすには、右腕に対して、2つ装備できるようになればいい、となりますね。……手首から肘までに1つ。肘から肩まででもう1つ、といった具合です。こうした身体部位の『分割』が基本的なアイデアになるでしょう」

ジン:

「腕と腕用装備で、1対1の対応関係ってヤツだな。これを崩すのは結構しんどい。アクセサリー2種が『どこでもいい』って形で隙間を埋めてることも大きいだろうしな」


 確かに魔法使いなら、それぞれの指に指輪をひとつずつ、10個身につけても良さそうなものだ。……僕らは武器を握りにくくなるので、そんなには要らないけれど。

 しかし、そうしてみると、装備スロットを増やすということは、『指を12本にする』といった意味合いになりそうだ。


葵:

「んで、そうしたことの前提は、『身体は増やせません』ってことなわけじゃん?」

英命:

「巨大ロボットの話を引き合いに出すことで、意識を逆転させたのです。装備スロットを増やすには、装備する身体の方を拡張するべきだ、とね」

スターク:

「よくそんなこと考えつくね?」

ジン:

「ヲタクのサブカルチャーならよくある話題でしかねーな。このぐらいは誰だって思い付くんだよ。……実行しようと思うかどうかは、別として」


 問題は、相手があの(、、)白の聖女だってことなのだ。たぶん実現させてくる。あらゆる手管を使って、きっと形にしてしまうに違いない。可能性の広がり方にゾクっと震えがくる。


シュウト:

「ですけど、体は増やせません、よね?」

葵:

「たとえば義手や義足は? 装備品だけど、手足っしょ。君らがしょっちゅう戦ってるドラゴントゥースウォリアーには4本腕や6本腕がいるわけだし、6本腕の全身鎧を作るとかすればいいんじゃない?」

ジン:

「それじゃ安直すぎるだろ」

葵:

「じゃあ、なんぞ言ってみろや! 代案だせオラァ!?」

ジン:

「えーっと、腕として認識させるには動かせなきゃだから。んー、思念だけで動かせるなにか……? ゴーレムと合体して、鎧の腕を動かす、とかか?」

葵:

「わはははは! フレッシュ・ゴーレムでフランケンってか? それならゴースト憑依させて、シャーマンキングの方がまだましだっつー(泣笑)」

ジン:

「ふざけるな! ちょっとまってろ、いま考えるっ!」


 いつもこうなのだ。喧嘩腰で罵り合いながら、勝負になってしまうというか。


英命:

「いわゆるコンピューターは、人間の脳の構造を真似していると言われています。装備スロットの拡張は、増設の意味合いもありそうです」

タクト:

「それは、たとえば千手観音みたいになれば、腕用装備を幾つも増やせるってことですか……?」

ジン:

「現実に腕が10本もあったら、邪魔くさくてかなわんだろうけどなぁ~。身体拡張自体は仮想的なものでも構わないが、装備品は実際に存在してないと効果がないはずだ。この辺りを具体的にどうクリアするかって感じだろう。……ま、あとは天才様にお任せだ」

ヴィオラート:

「マリーなら、きっと今度の課題もクリアすると思います」


 嬉しそうなヴィオラートのコメントだった。歩いている廊下がぱぁっと明るくなる、そんな笑顔だった。ユフィリアで慣れてはいるものの、新鮮な感動がある。


葵:

「フッ、また勝ってしまったか。……あれ? あれれ?」

ジン:

「ハァ? 誰が負け……どうした?」

葵:

「尻尾に幾つも装備できたら、弧尾族一択になんね?」

英命:

「それは、……面白そうですね」


 ぜんぜん面白くないような気がするのは、どうしてだろう……?


ジン:

「それ、身体拡張してなくね?」

葵:

「あたしは、あたしが強くなれれば、それで別にいいのだ!」←狐尾族

レイシン:

「それじゃあ、がんばってレベル上げるんだ?」

葵:

「……やっぱ上げない(笑)」テヘっ

シュウト:

「それじゃダメじゃないですか(苦笑)」

ヴィオラート:

「ウフフフフ」


 思い付きから気まぐれが発動したものの、現実を前にしてしぼんだらしい。それも葵らしいというか。


 お茶をしに食堂へ。さすがにここで紅茶を選んだりはせず、コーヒーを注文した。ジンは欲張ってケーキも頼んでいる。

 しばらく話をして、ヴィオラートが席を立った。セブンヒルのクリスマス行事に出席しなければならないという。僕らは少し早めに宿泊の準備をすることに。早朝出発と時差ボケ対策を兼ねてのものだ。案内の人は〈大地人〉らしかった。


 入浴まで終えて、部屋でバスローブに着替えてみた。慣れないとなかなか気恥ずかしい格好の気がする。それでも、敢えて使ってみることにした。まともな寝具を使えるのは今日までと思ったからだ。明日からしばらく、まともな宿泊施設などは利用できないだろう。


 清潔なシーツの匂いにくるまれ、枕に顔を埋めてホッとする。異国の地に来た緊張感があったのだろうか。ベッドは少し硬い印象だったものの、気が付けば深くぐっすりと寝ていて、翌朝になって感心することになった。流石に西洋はベッドの文化ということだろう。アキバにこのベッドをもって帰りたいと思った。







ユフィリア:

「もう、集まってるね」

ニキータ:

「そうね」


 夜明け直後の早朝、フォロ・ロマーノには〈スイス衛兵隊〉のメンバーが出発に備えて待機していた。ざっと200人ほどか。レギオンレイド2つ分の大集団。これから危地に乗り込むと分かっているだろうに、和やかなものだった。遠足と勘違いしているかのようなリラックスムードだ。


ユフィリア:

「あ、ジンさん達いたー」


 ユフィリアがジンたちを先に見つけていた。遠巻きにしてみているシュウトに声をかけておく。


ニキータ:

「おはよう」

ユフィリア:

「おはよっ、シュウト!」

シュウト:

「おはよう」にこっ


 ジンはというと、ヴィオラートと何やら話しているらしかった。


ジン:

「……つまり、足を上手に動かすための筋肉は、もも裏のハムストリング、インナーマッスルの腸腰筋、最後に内ももの内転筋の3つなんだ」

ヴィオラート:

「そうなのですか!」


 なぜかヴィオラートに指導しているジンと、うれしそうなヴィオラートの組み合わせである。


シュウト:

「知らないのまで教えてるし……」

ニキータ:

「これって、どうしたの?」

シュウト:

「うん。依頼人特権、だとか言ってたけど(苦笑)」


 金貨100万枚の力でジンを独占しているようだ。何を考えているのかいまいち分からない。まさか、お姫様ごっこでもやるつもりなのだろうか?


ヴィオラート:

「ジン様、わたしにも、もっと武術を教えてくださいますか?」

ジン:

「武術とはどこまで行っても人殺しを目的とするもの。貴方のような美しい女性には似付かわしくありませんよ」

ヴィオラート:

「まぁ、そのように褒めていただけるなんて!」


 あのキザの真似事をまだ続けるつもりらしい。美しいと言われて喜んでいるヴィオラートにも流石に呆れるほかない。彼女ならば言われ慣れているだろうに。

 しかし、そうなると2人がやっているのは、表面的なごっこ遊び、ということになりそうなものでもある。

 先に偽りの仮面を外したのはジンだった。根負けかもしれない。


ジン:

「んで? そろそろ君の目的を教えてくれないか、お嬢さん(フロイライン)

ヴィオラート:

「ウフフ。ジン様はどうお考えなのでしょう?」

ジン:

「そうだな。……俺の引き抜き、といったところかな?」

ヴィオラート:

「それは、ええ、そうですね。そうとも言える話だと思います」


 重々しくひとつ頷いたジンだった。


ジン:

「残念だが、その申し出を受けることはできない」

ヴィオラート:

「……理由をお聞きしても?」

ジン:

「俺の預かる武術は、日本に帰属し、日本人に還元されるべきものだからだ。部分的にはともかく、安易に君たちに伝授・伝承することはできないし、すべきでもないものだ」


 ここで会話に割り込んだのは意外にもアクアだった。


アクア:

「待ちなさい。それは考えが狭いのではないかしら? たとえば、音楽は世界のものよ。……その意味では人間に帰属しているかは難しいところだけれど」

ジン:

「人に帰属しねーのかよ(苦笑) ともかく、そっちの話は音楽っていう全体的なジャンルのことだろ? 俺の話は例えれば民族音楽のことだろ」

ヴィオラート:

「世界に広く啓蒙するか、個々の独自性を高めるべきかのお話ですね。……ジン様は、どのようにお考えなのでしょう?」

ジン:

「あー、それは人としての有り様、どの立場で語るべきか?という話だな。人類の視点、国際社会における日本の立場、個人としての視点とさまざまだが、これは住所の書き方と同じでいい」

シュウト:

「住所、ですか?」

ジン:

「日本の、ナントカ県の、ナントカ市の、ナントカ町のナントカ番地の、誰ソレってことだよ。この考え方を逆方向に延長するんだ。日本は地球に属し、地球は太陽系に属する。太陽系は銀河に、銀河はその更に上の宇宙だののカテゴリに分類される。俺は宇宙人であり、その中の地球人だ。同時に日本人でもあるし、いち個人でもある。中心軸によって全体から個までが同時に貫かれて存在しているんだよ。

 全体的には地球人類としての視点・立場を持っているし、担ってもいる、……かもしんない。だが、そうしたグローバル人・世界人みたいなものは、実際のトコ、立脚点が存在しないんだ。宙ぶらりんだよ。宇宙人でも攻めて来てるならともかく、曖昧な『誰でもない人』にしかならない。だから、俺たち日本人は日本にコミットすべきだし、コミットしているんだ」

ニキータ:

「意外にも、まっとうな意見ですね……」

ジン:

「意外ってなんだコノヤロウ。俺は常識人だっつってんだろ!」

ヴィオラート:

「すばらしいです!」


 拍手しそうな雰囲気で瞳を輝かせているヴィオラートだが、これはたぶん『おべっか』のはずだ。


レイシン:

「真下を踏めってことだよね?」

ジン:

「まぁ、な。たいていのものは、天と地の矛盾にくらべりゃ可愛いもんだろう。日本人がこうした思考に慣れていないだけの話だろうし。……そういう訳だから、悪いけど」

ヴィオラート:

「おまちください。私の目的はあなたの武術ではありません」

ジン:

「へ? ……んじゃー、なんだべ?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、ジンにずずいっと迫るヴィオラート。


ヴィオラート:

「わたくしと、交際していただきたいのです」

ジン:

「…………」

ヴィオラート:

「…………」

ジン:

「こう、さい……?」


 トボケたり、誤魔化している雰囲気ではなかった。辞書には載っている言葉だけど、実際には使ったことがないから、意味がよく取れないといった面持(おもも)ちだった。

 まぁ、そうかもしれないと思ったけれど、同時にビックリする気持ちもある。しかし、ジンの反応が鈍いので妙な納得感が先行していた。ヴィオラートの攻撃は、素早くて、強烈だ。


ジン:

「えっ、て、俺と? 嘘ぉ? な、なんで?!」

ヴィオラート:

「一目惚れ、ということでお願いします!」

ジン:

「お、おかしい。こういうのはシュウトに発生するイベントだろ? 何で俺のところに? ……バグか? 鉄仮面!?」


 混乱している。かなり、混乱している。目は泳ぎ、動揺をまるで隠せていない。


ジン:

「いや、でも、えっ、ホラ? もし、仮に付き合うとしたら、どっちがどっちに?」

ヴィオラート:

「私は聖女としての役目がありますので、ジン様が、セブンヒルへ」

ジン:

「あー、えー?、いー、ん~?」


 混乱しまくりのジンに対して、的確に言葉を返しているヴィオラート。これでは、どっちが告白したのやら(苦笑)


ヴィオラート:

「聖女としてのお役目がありますので、交際を大っぴらには出来ませんが、それもゆくゆくはどうにかします。そう悪い話ではないと思うのですが。……いかがですか?」

ジン:

「えー? うーん」

ヴィオラート:

「今なら、3食と昼寝に、恋人付きですよ?」←ダメ押し

ジン:

「ぐはあぁぁぁぁ!!!」


 謎の悶絶をしているジン。何故か、かなりのダメージだったらしい。しかし、愛の告白というよりも、交渉事になって来ている気がする(苦笑)


葵:

「ほぅ、なかなか重い攻撃してくるね。あの聖女ちゃん、見た目担当じゃなかったの?」

アクア:

「白の聖女は2人組と言ったでしょう。顔を出しておいて、話をしない訳にはいかないのよ。ヴィオラートは白の聖女の『顔』であり、政治や交渉を担当する『表側の頭脳』でもあるの」

葵:

「なるほどにー」


 表側の頭脳に翻弄されるジンが返した言葉は、もう元の知性の欠片もみられない片言だけだった。


ジン:

「お、おやつは……?」

ヴィオラート:

「デザートも好きなだけ食べていいんですよ~?」

ジン:

「ほ、ほんとう?」

ヴィオラート:

「もちろんです。……もし現実世界に戻れたら、私が日本語を習います。我が家はそこそこ資産がありますので、生活には困りません。貴方は私のそばに居てくれればいいようにします」

ジン:

「ぐっ、ぐわぁぁああああ!!?」


 結婚まで当然のように視野に入っていた。畳みかけるような連続攻撃にジンはノックアウト寸前である。私は気になってユフィリアの方を見てしまった。彼女は平然と話を聞いていた。……心配にならないのだろうか?


シュウト:

「ちょっ、ジンさん!? まさか、セブンヒルに住む気ですか? 〈カトレヤ〉はどうするつもりですか?」

ジン:

「いや、別に〈カトレヤ〉は葵のギルドだし。……てゆーか、この条件で俺の断る理由ってなんだ? 人間って、望まれている場所に行くべきじゃねーの?」

ヴィオラート:

「そう思います」


 ため息を吐き、アクアが参戦した。


アクア:

「……冗談はそこまでよ。〈ノウアスフィアの開墾〉が適用されている日本にいなくてどうするの? 貴方の力はセブンヒルで遊ばせておくべきものじゃないでしょう」

ジン:

「そりゃそうだけどさ。……それに、この子がコキ使う気なのも丸出しだし、分かっちゃいるけど」

ヴィオラート:

「いえ、決してそんなつもりはありませんよ?(笑)」


 確実におだてて使い倒す気だったろう。逆にいえば、納得さえできれば使い倒されても文句はないのかもしれないが……。


アクア:

「日本人は貴方の強さを知らない。それで周囲に望まれていないように感じるのは、貴方自身が決めたことの結果でしょう?」

ジン:

「まぁ、そうなんだけど……」

アクア:

「強さを喧伝すれば、それに群がり、利用しようとする者や嫉妬する者の悪意に晒される。貴方の善意と関わりなく、周囲の人間を歪めもするわ」


 同じオーバーライド能力を持つアクアだから言えるセリフかもしれない。ジンの強さは理不尽なほどに突出している。それは周囲に戦わない人を増やしかねない種類のものだ。困ったことがあればジンにお願いすればいいと人々が思えば、相手の努力を損なう結果になる。


 平和に慣れきった日本人は、戦闘そのものを忌避する傾向がある。戦って、相手の命を奪うこと、逆に自分の命が相手に奪われること。そうした『場』に立つことの厳しさは理解しているつもりだ。……故に、すべての人にその厳しさを強制すべきでないとも思える。でも、そうした厳しさを受け持つ人達の辛さは、どうか理解して欲しいと願ってしまう。戦っている全員が全員、血を欲する戦闘狂ではないのだから。


 命を奪うことが悪であれば、戦闘は悪の行為だ。武術は人殺しの技で、戦士は悪人に他ならない。であれば、最強の力を振るうジンは大悪人というのが論理的な帰結だろう。悪は悪人にやらせればいいと思えば、自分たちで戦おうとはしなくなる。自分の手を汚すことを避けるだろう。

 そして英雄となるべき人は、やがて差別や侮蔑の対象とならざるをえない。


ヴィオラート:

「アクア様、酷いです。あんまりです!」

アクア:

「そう? 貴方がこの男の強さに目が眩んだのは事実でしょう?」

ヴィオラート:

「そうだったとして、それがなんだというのでしょう?」

アクア:

「…………」

ヴィオラート:

「貴方も同じです。『強いのだから責任がある』そう言っているだけじゃありませんか。 その言葉で傷つくのは、貴方自身なのではありませんか!?」


 ヴィオラートは怒った。少なくとも怒ってみせた。


ジン:

「いや、お嬢ちゃん、それは……」

ヴィオラート:

「ジン様。貴方が『最強の戦士』であるように、私は『白の聖女』です。マリーの代理に過ぎませんが、あの子の負担を減らすことができるのは私だけでしょう。……それでも、本当にイヤになれば、逃げてしまえばいい。貴方は負けてしまえばいい。違いますか?」

ジン:

「……そう、かもな」

ヴィオラート:

「でも、そうはなさらない。でしょう?」

ジン:

「ああ。望んで負けたりは、結局できないだろうな」

ヴィオラート:

「わたしもです。たぶん、切り離すことはできないのです。…………声を荒げて申し訳ありませんでした。失礼します」


 気分を害したであろうヴィオラートがその場を後にした。気まずいような空気が残ったが、あっさりと葵が沈黙を破っていた。


葵:

「上手い。やるねぇ~、あの子」

リコ:

「……ちなみにどの辺が?」

葵:

「きっちりアクアちゃんをダシに使って、フェードアウトしたじゃん。加害者がいつの間にか被害者だよ。これで男子は気になってしょうがないって寸法だーねぇ。それでいてジンぷーには共通点をアピールしていくし。試合巧者だねぇ~」

シュウト:

「つ、強すぎる……」

リコ:

「勉強になります……!」


 リコに関しては同じことをやってた気がしないでもない。計算だろうか?と思ったが、たぶん天然だろう。ユフィリアと同じ、生まれながらの恋愛強者。

 見ると、珍しくウヅキがジンに絡んでいた。


ウヅキ:

「クックック。なんかわかんねぇけど、アレって頭良くてオッパイでかいユフィリアだろ? アンタもついに年貢の納め時か?」

ジン:

「うーむ。……これって、もしかしてモテ期が来たってこと? いやぁ、まいっちゃったなー! モッテモテだよ、モッテモテ!」デレッデレ


 からかいに行ったウヅキが引くほど、ナナメの返しだった。

 顔面に張り付いたニヤケた笑顔を、力付くで引っ剥がしたくなるほどの上機嫌っぷりだ。女子の思惑や計算が分かっているのかいないのか、こういう態度にはムカついてしまう。


アクア:

「ちょっと。これから吸血鬼退治にいくのよ? 分かってるの?」

ジン:

「だいじょぶ、今たぶん絶好調だから! もうなんでもいらっしゃーい!だぜ」

アクア:

「まったく……」

葵:

「ま、ま、……あれが若さってヤツっしょ」

アクア:

「……気にしてないわ、別に」

葵:

「そう? ならいいけど」

アクア:

「…………」


 ヴィオラートはごく短時間の内に多大な影響を及ぼしていった。シュウトの口調からは焦りがにじみ出ていた。


ジン:

「いやぁ、今年はほんと最高のクリスマスかも」ニッコニコ

シュウト:

「まさか、ホントにセブンヒルに住む気じゃないですよね?」

ジン:

「どーしよっかなー? どうしたらいいかな~?」デヘヘヘ

シュウト:

「冗談やめてくださいよ!」


 肝心のユフィリアは平然としていた。心配していないのか、興味がないのかの判断はできなかった。

 戦って欲しいわけではないのだが、負けて欲しくはないのだ。後から出てきたヴィオラートにからかっさらわれて、すべて彼女の思惑通りというのはあまり面白くない。


スターク:

「おはよー。そろそろ行こっか?」


 重役出勤したスタークの登場で、出発になる。最後の確認でラトリがこっちを見に来ていた。


ラトリ:

「なんかモメてたみたいだけど、ダイジョブ?」

葵:

「大丈夫。問題ナッシン!」


 タウンゲートの起動準備を開始。ごく短時間だけゲートを開くため、その周囲に全員が集まっている。


ヴィルヘルム:

「全員、荷物は持ったな? 何か忘れていても、あとは諦めてくれ。タウンゲートからの転移後は、速やかにその場から移動し、続けてテレポートしてくる仲間の場所を確保するように。ゲートの向こうは、〈アルバ・ユリア〉だ。何が起こっても慌てるな」


マリー:

「タウンゲート、起動~」


 マリーの合図でタウンゲートは起動し、不気味な異次元の穴が出現した。〈スイス衛兵隊〉から素早く移動を開始。姿が穴に飲み込まれ、消えていく。


葵:

「んじゃ、みんな。がんばれ!」

レイシン:

「いってくるね」

ジン:

「あとでな」


 葵は〈竜眼の水晶球〉での参加なので、ここでお別れだ。

 私たちはタウンゲートをくぐって、まだ見ぬ冒険の地へと踏み出した。

 

 

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