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179  聖夜の贈り物

 

 クリスマス・イブ。

 正直、もっと派手なパーティーになるのだと思っていた。友達の多そうなユフィリアあたりが誰かれかまわず呼んでくるものとばかり。

 考えてみれば、この日ばかりは、それぞれ恋人や仲間たちと過ごす日なのかもしれない。身内だけでささやかに、とは言っても、いつの間にかギルドメンバーは30人を超えていたりする。十分に大人数だ。

 それに、ごちそうに関して言えば、ささやかどころで済む訳もなかった。


 〈新妻のエプロン〉を手に入れたことで、今まで料理していなかった人が戦力として加わることになった。具体的には、ニキータがテキパキと料理の手伝いをはじめていた。そのエプロン姿に対しては、特に感想はない。……ないったらない。

 なんでもそつなくこなす人とは思っていたが、料理も得意分野らしい。レイシンやイッチーの作る皿と遜色ないため、どれを作ったのか聞かないと区別できない出来映えだった。


ニキータ:

「つまり……?」

シュウト:

「えっと、美味しい、です」

ニキータ:

「そう。ありがとう」にっこり


 今の羞恥プレイみたいなのは、一体なんだったのだろう……?


星奈:

「でき・ました!」


 大根おろし担当大臣の星奈が懸命にすりすりした結果、ボウル3杯にいっぱいの大根おろしが生まれた。やりきった感のある星奈の満足げな表情(猫顔なので推論。ちょっとドヤってる?)が印象的である。

 『おい、大丈夫なのか、あれ?』『ちょ、ちょっと多かった気が?』『はっはっは』などの会話が囁かれたのもご愛敬。

 その大根おろしはというと、レイシンがお鍋に雪崩のように注ぎ込んでいた。みぞれ鍋とか雪鍋とかいうアレだ。冬の大根は甘くて美味しいし、なにも問題はない。出汁がしみこんだ大根おろしを、ポン酢のような少し酸っぱい感じのタレで食べるのだけど、やはりというべきか、絶品だった。


ジン:

「どうせ俺がオチ担当なんだろ?」


 なんというべきか、ジンが厨房に立つ姿というか。男性が身につけても恥ずかしくない感じの、シンプルな〈新妻のエプロン〉を身につけていた。その手になる料理とは、いったいどんな具合なのか戦々恐々となる。美味しいパターンか、やらかして凄まじい味になるパターンなのか、まるで先が読めない。

 完成したのは、卵だけ黄金チャーハンである。具なし、卵のみ。


ユフィリア:

「じゃあ、味見してあげるね」

ジン:

「いいよ、べつに。自分で食うから」

ユフィリア:

「いいから(もぐもぐ)……ふつう。 アハハハハ!」


 などと言いつつ、ふたくち目・みくち目と食べ進めるユフィリアだった。


ジン:

「おい、いい加減にしろ。俺の分がなくなるだろ」

ニキータ:

「ユフィ、美味しかったの?」

ユフィリア:

「ううん。ふつう。なんだけど、なんでだろ? へんなの」

シュウト:

「すみません、僕もひとくち……」


 本当にふつうだった。味はちゃんと付いてるし、パラっとしている。けっして不味いという話ではない。味が単調というか、具があればもっと美味しくなったんではなかろうか。


シュウト:

「確かにふつう、ですね」

ジン:

「で、なんで普通なのをまだ食おうとしてやがんだコラ?」

シュウト:

「えっ? あれっ?」


 自然とスプーンでふた口目をすくって、口元に運んでいた。今から皿に戻すのも変なので、行き場を無くしたチャーハンを食べて処理する事に。やっぱり、ふつうだ。


葵:

「もしかして美味しいんじゃねーの? どりどり」

レイシン:

「ちょっと味見させて~」

名護っしゅ:

「魔法の粉とか入れた?」

ジン:

「入れてねーよ!」

英命:

「それは毒味しないといけませんね」

ジン:

「お前ら集まってくんなよ! 俺の分がなくなるっつってんだろうが!」


 口々に『ふつう』と言われ、さんざんチャーハンをつつかれまくり、もはや残飯状態になった皿だけがジンの前に残された。ちょっと涙目だった気はするけれど、文句を言いながらそのまま食べていた。


レイシン:

「さぁ、できたよー」


 こんがりツヤツヤにローストされた雷鳥がメインである。ジューシーな鶏肉を思う存分堪能し、おなかいっぱいになる前に、今度はイッチーのクリスマスケーキが出てきた。当然ながら、これもとても美味しい。

 この段階になってようやく、僕らは少しばかり覚悟が必要なことを理解した。


タクト:

(なぁ、この量って食べきれるものなのか?)

シュウト:

(……でもせっかく作ってくれてるのに、残すわけにも)

そー太:

(オレはまだ食えるよ、隊長)げっふ

エルンスト:

(みんな、無理はするなよ)


 物量戦、飽和攻撃などのぶっそうな単語が頭の何処かで踊っている。そしてひとり、またひとりと脱落していく仲間たち。包囲の輪は確実に縮まってきている。


大槻:

「すまん……」

マコト:

「もう、たべられない……」

シュウト:

(ここが正念場だ。みんな、押し返すんだ!)


 さすがに呆れたのか、ジンが頭の弱い子を見る目で一言。


ジン:

「なにやってんだか。もっと旨そうに食えよ」

ユフィリア:

「みんな、なにをやってるの?」

ニキータ:

「それはね、男の子ってコトよ」

ユフィリア:

「ふぅん……?」


 大量に出現したエネミー(ごちそう)との〈大規模戦闘〉(レイド)で予想外の苦戦をしていると、咲空がパタパタとやってきた。


咲空:

「あのぅ」

ジン:

「おう、どした?」

咲空:

「お客さまです!」

ジン:

「客? こんな夜中にか。クリスマスに忙しいな」


 来客の名を伝えず、ただ楽しそうにしている咲空。変だと思ったら、客人がそのまま2階の食堂まで上がって来ていた。その軽やかな足取りから、そのままリズムや音楽が感じられそうな人。


アクア:

「ええ、まったくね。私もそう思うわ」

シュウト:

「アクアさん!」

ユフィリア:

「えっ、ウソ!? やったー!」


 ここから久しぶり~などと挨拶して、メリークリスマース!となって乾杯しよっ!とやって落ち着くまで5分ほどかかった。


ジン:

「話が進まないだろ(苦笑) んで、今回はどうした?」

ユフィリア:

「クリスマスでしょ?」

アクア:

「パーティーはまた今度ね」

ユフィリア:

「そうなんだー、残念っ」


 残念そうなユフィリアの頭を撫でているアクア。となると、本命的な用件、ということになりそうだった。


シュウト:

「……世界の危機、ですか?」


 声は小さめに抑えて尋ねてみた。アクアが返事をするよりも早く、ジンが応えて言った。


ジン:

「俺、パスな」

アクア:

「あら、つれないわね?」

ジン:

「こう見えて忙しくてな。タダでコキ使われて喜ぶほどマゾくない」


 左腕で頬杖をつくと、ジンはテーブルにずるずるとぐだる。

 少なくとも忙しそうには見えなかった。結局は助けに行くのに、どうしてこう反発的なのやら(苦笑)


アクア:

「そう、残念ね。せっかく金貨100万枚の依頼だったのに……」

ジン:

「やる! やります! やらせてください!」ペコー


 一瞬で立ち上がると、最後には深々と頭を下げていた。


 弱い、弱すぎる……(涙)

 3べん回ってワンと鳴けと言われたら本当にやりそうな勢いだった。


ジン:

「よかった! これで取り立てに怯えて暮らさずに済む(涙)」

英命:

「師走ですからね」フフフ


 年末だから困窮度が高まっていたらしい。

 いつものドラゴンの狩り場は豪雪地帯らしく、新雪を歩けば足が埋まることになるし、もう少し雪が硬くなれば今度は滑ることになるだろう。その状態でドラゴンと戦闘……。やってやれなくはないが、もう少し違う狩り場を探したい、というのが本音である。どこか近場に巨大なダンジョンとかないものだろうか。100層ぐらいのダンジョンに延々と潜っていたい欲求とかを感じずにはいられない。


葵:

「っていうか、よく100万も出す人みつけたね?」

アクア:

「依頼はスタークから。支払いは白の聖女よ」

シュウト:

「スタークって……。〈スイス衛兵隊〉がいるのに、ジンさんを呼んだってことですか?」


 精強・屈強を誇る、西欧サーバー最強ギルド。その練達をもってしても危ないと判断したということだ。それだけで今度の依頼の危険度が伺えるというものだ。たぶん金貨100万枚では割が合わない依頼。


葵:

「いひひひひ。何? 何が起こったの?」

アクア:

「吸血鬼騒動よ。問題の本質は〈冒険者〉のモンスター化。〈大地人〉もモンスターになってるらしいわ」

葵:

「吸血鬼算か。そりゃ急がないとヤバいヤツだね」

シュウト:

「…………」

咲空:

「あの、吸血鬼算ってなんですか?」

英命:

「吸血鬼が増えていく時の計算のことです」


 英命が黒板で説明してくれるようだ。知ってはいるけれど、一応、聞いておくことにした。一応。(←知らない)


英命:

「吸血鬼が1人いたとします。彼は、食事として2人を吸血するとしましょう」

咲空:

「2人の血をすっちゃうんですね」

英命:

「そうです。そして血を吸われた人も、同じように吸血鬼になるとします」


 1日目は、吸血鬼が1人と、犠牲者が2人。


英命:

「2日目はどうなりますか?」

咲空:

「3人が血を吸うから、犠牲者が6人です」

英命:

「では、3日目は?」

咲空:

「えっと、犠牲者が12人で……」

ケイトリン:

「フフッ。吸血鬼は死んでいないぞ」

咲空:

「死んでる? えっと……。そっか」


 1日目は、吸血鬼が1人と、犠牲者が2人。

 2日目は、吸血鬼が3人と、犠牲者が6人。

 3日目は、吸血鬼が9人と、犠牲者が18人。

 4日目は、吸血鬼が27人と、犠牲者が54人。

 5日目は、吸血鬼が81人と、犠牲者が162人。

 6日目は、吸血鬼が243人と、犠牲者が486人。

 7日目は、吸血鬼が729人と、犠牲者が1458人。

 8日目は、吸血鬼が2187人と、犠牲者が4374人。

 9日目は、吸血鬼が6561人と、犠牲者が13122人。

 10日目は、吸血鬼が19683人と、犠牲者が39366人。


 この計算の場合、吸血鬼は死なない。従って、犠牲者と元の吸血鬼の人数の合計が、翌日の吸血鬼の数になる。

 その結果、僅か10日で吸血鬼が2万人に。その日の犠牲者は約4万人になる。


ジン:

「石丸、これで人類が消滅するの何日目?」

石丸:

「21日目で、吸血鬼と犠牲者の合計が10460353203人になるっス」

シュウト:

「3週間で100億越えですか……(汗)」

ジン:

「まぁ、こっちの世界は人が少なくてスッカスカだから、こんなに巧く獲物を見つけらねぇだろうけどな」


 〈冒険者〉のプレイヤータウン、〈大地人〉の村や都市との距離が離れているので、この計算通りには進行しないだろう。しかし、それは少し余計に時間が掛かるといった程度の話だ。


葵:

「逆からいえば、現実には吸血鬼なんて存在してないことの証明みたいな話になるんだけどね」

咲空:

「どうしてですか?」

ジン:

「そりゃ、こんなペースで吸血鬼になっていったら、人類なんてとっくに滅んでることになるからなー」

咲空:

「ああー、そっか。そうですよね」

エルンスト:

「もしくは、俺たちは全員、吸血鬼かもしれないわけだが」

咲空:

「えっ?」


 意味ありげに八重歯を見せるエルンスト。ジンや葵も同様に牙を見せつけていて、おびえる咲空の態度を楽しんでいた。

 歴史のどこかの時点で吸血鬼がいたとすれば、現在している人類のすべてが吸血鬼ということになる。吸血鬼に限らず、そういった何らかの要素を寄生?させて運んでいないとは言い切れない気もする。ウィルスとか、菌とか、ミトコンドリアとか?


英命:

「最近は吸血鬼よりもゾンビ映画の方が流行していますね」

葵:

「ゾンビ算になっちゃうかもね。まぁ、感染的な意味合いだと、ヴァンパイアよりもノスフェラトゥになるんだけどねー」

シュウト:

「……今回の敵は、『吸血鬼の真祖』ってことですよね?」


 〈エルダー・テイル〉の吸血鬼は2種類存在する。

 通常の吸血鬼は血を吸っても他者を吸血鬼化することはない。自らの瘴気から吸血鬼を作り出すという設定らしい。

 血を吸って吸血鬼を作り出す能力を持っているのは、真祖と呼ばれる特殊な吸血鬼だけだ。サブ職の〈吸血鬼〉も、こうした真祖の能力を利用している。

 吸血鬼算のようなことが発生しないのは、真祖が生み出した吸血鬼が『真祖ではない』からだろう。なので人類はまだ滅んでいない。


アクア:

「ハッキリしたことはまだ分からないのよ。……でも似ていると思わない?」

シュウト:

「似てる? 何とですか?」

ウヅキ:

「モルヅァートの事件、だろ?」


 クリスマスとかパーティーとかに興味なさそうなウヅキも、こうした戦いと血の臭いは好物なのか、話に加わっていた。

 そうして共通点を考えてみると、『自意識を奪われる』という点が一致しているのだと分かる。自分の意識が奪われると考えてみると、モンスター化する今回の事件はかなり恐ろしい話の気がしてくる。


ジン:

「んじゃ、ちょっくら行ってくっから!」しゅた

シュウト:

「えっ?」

ウヅキ:

「はぁ?」


 ……なんと、1人で行く気だった模様。いやいやいや、と押しとどめる雰囲気に。


ユフィリア:

「今回は私もいくからねっ! 絶対!」

ジン:

「えっ? お前らが吸血鬼になったら面倒じゃん」

シュウト:

「危ないって意味でいったら、ジンさんが一番危ないじゃないですか」

ジン:

「なんで?」


 世界最強の吸血鬼……。それは真面目にシャレにならない。


葵:

「ジンぷーはたぶん平気なんだよなー」

ジン:

「失礼だな、それじゃまるで俺が噛まれるみたいじゃねーか。 ……いや、そんなことよりも、お前らが一緒だと俺の金が減るだろ!」

シュウト:

「そっち!?」


 仲間を危険から遠ざけるとかが理由じゃなかったらしい。金貨100万枚の報酬を独り占めするためのご様子。そこまで困窮していたのか……。

 モルヅァートの置き土産・〈竜魂呪〉の能力はよく分かっていないが、確かに自意識を奪われる結果にはならない気がする。たとえ吸血鬼になろうと、ジンはジンのままかもしれない。その意味ではジン1人の方が安全ではあるのだろう。


ユフィリア:

「ジンさんの、お金の亡者!」

ジン:

「なんだと、この金食い虫が!」

ユフィリア:

「そんな虫とかじゃないもん!」

ジン:

「なに? 虫を下にみてんだ? うっわ、性格わっる」

ユフィリア:

「みてないですぅ。私、虫じゃないもん、人間だもん!」

ニキータ:

「話、ズレてるわよ?」


 思考に沈んでいると、話の脱線が著しくて引き戻される。

 この場合、ユフィリアをおちょくって遊んでいるジンを相手にしても、たぶんダメなのだ。


シュウト:

「〈スイス衛兵隊〉は一緒にいくんじゃありませんか?……戦力、いた方がいいですよね?」

アクア:

「そうね。その方が助かるのは間違いないわね」ちらり

ジン:

「だから、俺の取り分が減るっつってんだよ! 借金があんの!」

葵:

「わーった、わーった。特別に半分やるから」

ジン:

「半分!? お前の金じゃないからねっ?」

葵:

「ジンぷーの金はみんなのもの、ギルドの借金はジンぷーのもの。公平じゃんか」

ジン:

「どこがだ! なんだそのジャイアニズム!?」


 アクアはのんびりと食事に手を付けて傍観に徹する構えだ。ジンと葵は永遠に平行線なので、どこかで手を打たなければならない。


シュウト:

「もう、そのぐらいにしましょうよ。世界が滅んじゃってからじゃ遅いわけですし……」

ジン:

「世界が滅べば、俺の借金もなくなるのだが……」

リコ:

「でも、美味しいご飯は食べられなくなりますよ?」

ジン:

「ちぃっ、……しかたないな」


 すっごいイライラしつつも、妥協に至った模様。たぶん取り分で調整すればいいんだろうなーとか思った。その意味だと葵が先に妥当な妥協ラインを出しているのが『強い』ってことになりそうだった。


静:

「えーっ、出かけちゃうんですか?」

りえ:

「えっ、てか、殺人鬼は?」

ジン:

「しらん。適当に放っておけ」

アクア:

「殺人鬼? ぶっそうな話ね」

静:

「そーなんですよ、アキバの街中で〈冒険者〉を殺して回ってるヤツが徘徊してるんです」

アクア:

「街中で……?」


 一瞬キョトンとした表情をしたアクアが、唐突に窓辺へと歩み寄る。

 アクアの邪魔をしないように、静かにするように指示を出す。


アクア:

「驚いた。本当なのね? 誰か戦ってるわ」

シュウト:

「!」

ジン:

「場所は分かるか?」

アクア:

「近くまで行けばね」

ジン:

「よし、殺人鬼の顔を見てやろうじゃないか」ニヤリ


 先導のアクアを伴い、第1パーティーがギルドホームを飛び出すまで、そう長くは掛からなかった。







 エコーロケーション的な能力なのだろう。音の反射を聞き取って、大まかな位置を特定し、近付くに連れて細かな場所を割り出していく。やがて僕にも戦闘音が聞こえて来た。


アクア:

「この先よ」

ニキータ:

「でも、……もう」

シュウト:

「先行します!」


 戦闘音が途切れていた。冷たい予感がする。ジンの返事を待たずに飛び出す。ニキータが一緒なのが心強い。

 少し広めの路地にその姿を発見する。立ち去ろうとした偉丈夫が振り向く。路地には倒れている人影が2つ――死体だ。


シュウト:

「くそっ」


 犠牲者の存在にイラついた言葉が出た。他人事だと思っていても、目の前で誰かが倒れていて気分がいい訳がない。近接武器を構える。弓を取り出すために視線を逸らす愚は避け、それが正解だと直後に知った。


シュウト:

(早い!?)


 ジンのような突進速度に驚いたが、早いのではなく、速いのだと評価を訂正する。対処できないほどではないが、すべて躱すのは不可能だろう。

 向かってくる相手とすれ違うように奥へ飛び込んで攻撃を避ける。路地の出入り口はニキータに任せて、この路地から出さないようにする。逃がさないことと、狭い場所で戦わせるための工夫だった。

 改めてセットアップ。破眼を発動させ、ついでに相手のステータス情報を確認。エンバート=ネルレス、〈武士〉、レベル94。情報の通り。武器は刀、黒のタンクトップとレザーらしき素材のパンツで、かなりゴツい鎧を手足にだけ身につけている。特記事項として、鎧の無い腹部に何度も斬撃を受けた痕跡。しかしHPのダメージは僅かだった。回復したのだろうか?


 一瞬で間合いを詰めて襲いかかってくる。重く、荒々しい斬撃をどうにか受け流す。その速度は相当なものだ。あまりにも荒削りで、斬撃の『起こり』が消せていない。お陰でどうにか対処はできる。

 体感的な印象でいえば、とても94レベルとは思えなかった。軽く100は超えているだろう。もっと上、たぶん110レベルとか、その付近の戦闘力だった。防御に専念していないと対処できない。反撃も間々ならず、浅く削られていく。


ジン:

「〈アンカー・ハウル〉!」


 ジンのタウンティング特技でエンバートの顔付きが変化する。ターゲット変更だろう。


ジン:

「よし、もういいぞ。よくやった」

シュウト:

「はい……!」


 両手をブラブラ振って、のんびり戦闘準備しているジン。その背後でユフィリアが死体の確認をはじめていた。


ユフィリア:

「死体が2つ」

ニキータ:

「間に合いそう?」

ユフィリア:

「ダメだと思う。どっちか選ばないと」


 ヒーラーがユフィリアしかいないのは失敗だった。蘇生が間に合わないらしい。


ジン:

「じゃあ、レディーファーストだ」

ニキータ:

「待って。こっちの彼、ソウジロウ君よ!?」

ユフィリア:

「えっ、ソウ様なの?」

ジン:

「人の話を聞……うおっと」


 武器も盾も構えていないジンに、殺人鬼が切りかかる。慌てず、騒がず、小手で受け流すジン。超速度の連続斬撃、そのことごとくを受け流し、捌く。その上で、平然と一歩踏み込んでいく。


 隙を見た気がした。先に体が動いていて、後からその事に気付く。エンバートの背後から斬撃を浴びせかけていた。


シュウト:

「障壁!?」


 弾かれて、そのことに驚く。体勢の整わない僕に、エンバートが振り向く。この状況は不味い。


ジン:

「〈タウンティングブロウ〉」


 拳を密着させた状態からの、強引なタウンティングブロウを腹部の傷跡にめり込ませる。ワンインチパンチや寸勁と呼ばれるような打撃技を応用したもの、それに救われていた。


ユフィリア:

「ソウルリバイブ!」


 そのタイミングで、ユフィリアの蘇生呪文が発動。〈西風の旅団〉の剣聖・ソウジロウが蘇生した。


ソウジロウ:

「ここは……、ボクは……?」


 殺人鬼の攻撃は苛烈さを増す。あのジンがやりにくそうにしている。見ていると、どうやら足を止めて戦っていた。なんでそんなハンデを?と思ったら、足下が凍り付いて、どうも動けないらしかった。

 これは時間を稼がないと不味いと思い、弓を取り出し、下がって距離をとってから射かけた。

 タイミングを合わせたのであろう、石丸の魔法攻撃でエンバートの体勢がわずかに崩れていた。

 

ジン:

「ざけん、なっ!」


 地面とくっついていた両足を強引にひっぺがし、マジックバッグからようやく剣を引き抜きつつ抜刀攻撃。エンバートはそれを余裕をもって回避していた。


 そこで時間、だった。

 ユフィリアが抱いていたもう一つの死体、女の子のものが、虹色に弾けて天へと還って行った。


ユフィリア:

「ごめんね……」


 間に合わなかったことを詫びていた。



葵:

『こっちは終わったぞ、ジンぷー!』

ジン:

「……シュウト、行けるか?」


 戦闘目的は達した。ジンが、僕に問いかける。撤退支援だろう。できないなら、ジンが自分でやる。でも、僕が出来るなら任せてもいい。そんな視線に内心でうろたえる。

 僕にできるだろうか? 無理か、無茶か?


シュウト:

「やれます」


 この相手には僕が適任だと思った。呼吸は乱れていない。十分に対処可能だろう。それに、一度戦ってみたかった。


ジン:

「石丸!」

石丸:

「了解っス。〈フラッシュニードル〉!」


 ブーステッドスペルを投射。杭のように巨大化した針が次々と飛んでいく。エンバートはそれを刀で弾いていたが、目的はダメージではなく時間稼ぎだ。


ジン:

「条件緩和ブースト、〈ヘイトエクスチェンジ〉!」


 ヘイト値の低い僕との強引なヘイト交換だった。

 元々の〈ヘイトエクスチェンジ〉は、ヘイト値の高い相手との交換しか受け付けない。それはヘイトを誰かに押しつけてズルできないようにするためでもある。


レイシン:

「さ、今の内に脱出するよ!」

ソウジロウ:

「で、ですが……? そんなっ」

ユフィリア:

「走って!」


 ジン達が素早く離脱していく。状況が読めていないのか、ソウジロウは困惑気味だが、なんとかなるだろう。


シュウト:

「さぁ、続きをやろうか……?」


 破眼は解除し、暗視だけを発動状態にする。

 凶悪な殺意をまとうエンバートが突進してくる。その速さは圧倒的であり、下手するとガストステップでも避けきれないかもしれなかった。斬撃を見舞おうと刀を振り上げるその呼吸を狙い、『陰の技』の要領で前へ。ハグするかのように密着。『体幹部交差法(ボディ・バインド)』だ。


エンバート:

「ぐうっ!?」


 ゆっくりと触れさせた刃先を相手の体にねじ込む。横殴りにしてくる相手の動作に逆らわずに飛んだ。狭い路地の壁に着地、そのまま壁を蹴りつけて連続ジャンプ。上へ昇っていく。

 ビルの屋上へたどり着いたと思った直後、転移で追いついてくるエンバート。


シュウト:

(慌てない。焦って動こうとせずに、待つつもりで……)


 超反射を駆使して、エンバートの攻撃を捌いていく。

 だんだんと削られていくHPを他人事のように見ながら、僕は冷静に計算し続けていた。

 殺人鬼の大振りな横凪ぎ。何度か見て、それを狙っていた。


シュウト:

(さらに低く!)


 床面へと体を叩きつけるように自ら転倒。〈羽毛落身〉(フェザーフォール)の浮揚感と同時ぐらいにアサシネイトを入力。動作最適化アサシネイト。最強の一撃で切り抜け、素早く振り返る。


シュウト:

「やはり……」


 衛兵鎧による多重魔法障壁もそうだが、HP量が異常に大きい。これはたぶんレイドボス級だろう。クエストか何かだろうか?と思ったが、今は考えないことにする。

 

シュウト:

「ここまでだ」


 呼吸を整えていく。滑らかに、滑らかに。

 〈消失〉(ロスト)発動前にエンバートが襲って来たため、〈ガストステップ〉で回避運動。着地点に床は無かった。背中から自由落下していく。エンバートもジャンプし、僕に向けて刀を突き刺そうと振り上げていた。

 

シュウト:

「〈乱刃紅奏撃〉」


 予測通り。空中で避けられないエンバートを6つの瞳が直撃する。

〈羽毛落身〉が自動発動して、ちょっと追いつかれそうだった。それでも僕の方が一瞬だけ早い。落下の衝撃は無かった。


エンバート:

「むっ!? 消えた、だと……?」











 そのまま、エンバートが立ち去るまで消えたままでいた。

 〈消失〉を解除すると、葵から念話の着信があった。内容は街の外にいる、とのこと。相手が衛兵の鎧を持っているのであれば、ギルドホームへ案内するようなバカな真似をしないということだろう。

 油断しないようにしつつ、僕も仲間を追いかけて街の外へと急いだ。







ソウジロウ:

「よかった、無事だったんですね!」

シュウト:

「ええ、まぁ。逃げるだけでしたし……」


 『逃げるだけ』にしてはダメージをもらっているのだが、そこはご愛敬ということにしたい。


ソウジロウ:

「今からなら、まだ間に合うかもしれません。力を貸してください」

ジン:

「やだよ、めんどくさい」

ユフィリア:

「ジンさん、意地悪しちゃダメ!」

ジン:

「なんで俺がタダ働きせにゃならんのだ。だいたい、助けて貰ったら、いや、間に合ってはないけど、蘇生はしたんだ。そこでありがとうぐらい言えないのかよ!」

ソウジロウ:

「す、すみません。ありがとうございました」ぺこり


 ソウジロウは素直だった。人柄とか出るよね。


ユフィリア:

「いいんだよ、蘇生したの私だから! ジンさんにお礼とか言わなくてもダイジョーブ」

ジン:

「はぁ? なに言ってんの? あたまウジわいてんの?」


 ……マイペース。ソウジロウも困った風にニコニコしていた。


ソウジロウ:

「ええと。謝礼でしたら、たぶん〈円卓会議〉の方から出せると思うので」

アクア:

「ダメよ、依頼したのはこっちが先」


 有無を言わせない態度でキッパリと断言していた。その迫力はなかなか比類するものが見あたらない。女の人って怖い。


ジン:

「ワリ、高額の依頼を先に受けてんだ。じゃ、そーゆーわけで」

ソウジロウ:

「待って、ください」


 威圧感を発するソウジロウ。しかし、それはどこか泣き出しそうな雰囲気に感じられて……。


ジン:

「やめとけよ、小僧? 1日に2度も負けるもんじゃない」

ソウジロウ:

「それは、やってみなければ、わからないと思います」


 いいや、きっと分かっている。ジンが戦っているところを見たのだから、ソウジロウに実力差が分からないはずがない。勝てないと分かっていて、それでも敢えて挑もうとしている。では、その理由はなんだろうか?

 ……きっと負けたからだ。自分に足りないものを知り、この先も戦い続けるために必要な『何か』を得るために違いない。


ジン:

「だぁーかーらー、タダ働きはゴメンだっての! お前、俺になんか謝礼、用意できんのかよ!」

ソウジロウ:

「謝礼、ですか? えと、今はあんまり持ち合わせは……」

ジン:

「あのなぁ、技を見せろってことだろ? なんでタダだと思うんだよ!」


 ここはフィールドゾーンだ。合意が得られなれば襲いかかればいい。しかし、その場合は試合ではないのだから、全員で倒しに掛かることになるだろう。少なくとも、僕は容赦しない。


ジン:

「……待てよ、閃いた」

ソウジロウ:

「はぁ」

ジン:

「お前、もしかしなくても口伝とかいうの使えるんじゃねーか?」

ソウジロウ:

「……ええ、使えますが」

ジン:

「よし、いいぞ! んじゃー、『口伝の巻物』ってのをどこで手に入れたか教えろ。それなら戦ってやってもいい!」


 やっぱり、まだ諦めていなかった。ナイスアイデアと言わんばかりに喜色満面の得意顔をしているジンだった。


ソウジロウ:

「いえ、その。巻物みたいなアイテムはないんですが?」

ジン:

「そう、なの……?」

ソウジロウ:

「はい」

アクア:

「誠実な子。なかなか見所があるわね」


 たしかにそうだ。戦った後で教えればいいのに、真面目なのか誠実なキャラなのか、ソウジロウは先に教えてしまっていた。


ソウジロウ:

「口伝とは、『よく見て、よく聞くこと。強く望み、そのために考え続けること。諦めずに、鍛錬を続けること。』……これがすべてです」


ジン:

「ハァ? ……(ギロッ)。ふぅ、そうか。システム外スキルのことでよかったんだな」

ソウジロウ:

「え、ええ」


 一瞬の困惑、直後の怒りが侮蔑に変わり、しかし諦めて、憐れみへ。

 バカにしていると思った。それは僕ですらそう感じたぐらいだ。努力は日常の積み重ねでしかない。何を当たり前のことばかり言ってんだ、コイツ?という困惑は、直後に激怒に変わった。その価値観は『努力しない人間のもの』でしかあり得ない。一見すると地味な努力の話だが、それ故に努力を特別視しようとしている。自分が特別な犠牲を払っていると思っている人間は、他人を軽んじる。他人は努力してないと思い込むか、他人の努力はつまらないものだと勝手に決めつける。それ故に、ソウジロウを侮蔑し、見下していた。見下し返した、が近い。

 しかし、すぐさま心は諦めに転じる。ソウジロウのせい(、、)ではないからだろう。他人には期待できない。期待していない。だから彼を憐れみ、弱々しい笑顔を向けたのだ。


 失敗したのを悟ったのだろう。ソウジロウの顔は青ざめていた。


アクア:

「つまり、口伝は『努力の証』ということね。くだらない」バッサリ

ユフィリア:

「どういうこと?」

ニキータ:

「どれだけがんばっても、口伝を得ていないとがんばったって認めて貰えないってことね」

ユフィリア:

「そうなの? そんなのイヤだなぁ……」


 素朴な感想だけに、刺さるものがあった。

 口伝の有無で他人を評価する風潮になど参加したくはない。それなら料理スキルの方がよっぽど『口伝』というべきだろう。

 現在の戦闘ギルドの状況が目に見えるようだった。口伝とやらに振り回され、本来のプレイヤースキルを磨かずに、口伝ばかりを求めて嫉妬や羨望なんかでゴチャゴチャしたことになっているはずだ。僕もあんまり他人事ではないのだけれど(苦笑)


ジン:

「ありがたい情報なのは間違いないな。無駄に探し続けなくて済んだし。 ……じゃあ、ちょっと戦ろうか」

ソウジロウ:

「あの! ボクの口伝は『天眼通』といいます。斬撃の軌跡を見ることが出来ます」

ジン:

「おいおい。スタンド能力はしゃべらないのが基本ルールなんだが、……まぁ、いいか(苦笑)」


 ソウジロウが構え、ジンが得物をぶら下げるように手にした。盾なし、剣のみ。僕は破眼を発動させておく。


ソウジロウ:

「お願いします!」

ジン:

「ひとつ、先に言っておこう。……負けたヤツが、ヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!!!」


 ジンの一喝で、戦いの雰囲気が一変していた。

 ソウジロウから苦笑いの雰囲気が消え、剣気がたぎる。わざわざ怒らせ、本気を出させるのだろう。


 唐突だった。ソウジロウが横っ跳びで回避している。殺気の大斬撃を回避するためだ。ジンはまだ動いていない。しかし、殺気の斬撃を避けられないということは、次の瞬間にそうなるという意味でもある。


シュウト:

(珍しいな……)


 殺意や殺気を込めるにしても、一瞬なのだ。普段はここまで大っぴらに見せびらかしたりしない。そんなことをしていたら、防がれてしまうだけだ。(げん)にソウジロウは避けている。

 ゆらり、とゆらめく。ジンの足取りはゆったりとしたものだった。じりじりとポジションを変えていくソウジロウに、1撃、また1撃と殺気の斬撃を送る。見えているが故に、避けないという選択肢が取れないソウジロウ。ジンの殺気による斬撃は苛烈さと速度を増していった。外からみれば、ソウジロウが飛び回り、ジンがゆっくりとそれを追っているようにしか見えないだろう。


 決着は一瞬だった。ジンの踏み込みが深くなり、ソウジロウの回避速度を上回り始めていた。殺気の斬撃でソウジロウを動かしたところで、その回避先に先回りする。接触する2人。弾き飛ばされたのは体重の軽いソウジロウの側だった。

 

ジン:

「……てなもんだ」


 倒れたソウジロウの首もとに剣を突きつけるジンだった。ただの一度も剣を振るうことなく勝ってしまった。手も足もでない程の、圧倒的な実力差。ただそれだけがあった。

 

ジン:

「まぁ、アレだな。剣術なんてのは確かに棒振りみたいなもんだが、ただ棒振ってりゃいいって訳でもないっつーか(苦笑)」ぽりぽり

ソウジロウ:

「…………はい」


 攻撃の軌道が見えるというソウジロウの『天眼通』という能力は、たぶん〈刹那の見切り〉を応用したものだ。〈刹那の見切り〉は特技時間中の絶対回避能力を与える技だが、その『見切り』部分だけを取り出して運用しているのだろう。性質的には僕の『破眼』と似たような出自といえそうだ。

 ジンは殺気の斬撃でもって、『天眼通』の見切り能力を逆に利用して追いつめていった。殺気によるフェイントからの、先回り。その本質は、『攻撃ポイントの予測』だろう。

 武器の攻撃ラインが見えるソウジロウが相手だからこそ、武器に頼らない勝ち方をしてみせたのだ。……それはたぶん、優しさだった。剣術は棒振りでしかないけれど、『ただの棒振り』ではない、と証明してみせたのだから。



ソウジロウ:

「改めてお願いします。協力してください」

ジン:

「イヤだね」

ソウジロウ:

「どうしてですか! こんなに強いのに、なぜ殺人鬼を! あのエンバートを倒すのに協力してくれないんですか!」

ジン:

「……誤魔化すなよ。バレバレだっつーの」

ソウジロウ:

「何が、です?」


 今回、離脱に徹した理由は僕も分かっている。相手が衛兵鎧を使っていたからだ。


ジン:

「衛兵の鎧。しかも中身はたぶん〈大地人〉、だろ? 」

ソウジロウ:

「……そう、だと思います」

ジン:

「俺に〈大地人〉を殺せってこと? それ、政治的に禍根とか残る話じゃねーの? ……だいたい〈ホネスティ〉だけじゃなく、〈西風の旅団〉の剣聖ソウジロウまでやられてんのに、こっそり裏で始末しときました!とはいかねーだろ」

ソウジロウ:

「そう、なんでしょうか……?」ぱちくり


 このあたりはソウジロウ本人もよく分かっていなさそうだった。


ジン:

「戦っても負ける気はしないが、衛兵鎧のテレポート能力は厄介だ。巧くやったとしても、俺じゃ殺すしか方法がない。……とはいえ、あの腹の傷、お前の木霊返しのだろ? 数えちゃいないが、何発か入ってたろ。それだけでも、本当なら死んでたっておかしくない」

ソウジロウ:

「そうなんです。でもHPはまったく減ってなくて」

ジン:

「その辺に、まだ見えていないものが何かあんだろ?」


 暗く淀んでいたソウジロウの表情に光が射していた。まるで天啓を得たかのように、本来の優しげな笑みを取り戻している。


ソウジロウ:

「そうか。『倒すのと、解決するのは、違う』って、そういう……」

ジン:

「ん? ナニそれ?」


 最後のセリフはジンに尋ねたというよりは、自分の中で確認するためのもののように聞こえた。

 そうして納得したのか、頭を下げて去っていくソウジロウを見送った。


葵:

『ジンぷー、珍しく優しかったじゃん?』

ジン:

「うるへー」


 葵のにやにやしている雰囲気が伝わってくる。


ユフィリア:

「えっ? ジンさん、どこか優しかったの?」

ジン:

「俺はいつだって優しさに満ちてんの!」

ユフィリア:

「……イジワルって名前の優しさ?」

ジン:

「そう。その通り」むふん

ユフィリア:

「もう~。それで、本当は何かしたの?」

ジン:

「べっつにー」


 口にするべきじゃないかも、などとは思わなかった。自分としては珍しい気がした。


シュウト:

「いつも笑顔じゃ、辛いですよね……」

葵:

「おっ!? シュウ君、それ、わかっちゃう子なの? もしかしなくてもハーレム仲間だからか!」

シュウト:

「ちょっ、そういうんじゃ! ま、まぁ、そういう部分もあるかも、ですけど……」ごにょごにょ

ユフィリア:

「わかんない! ちゃんと説明して。ジンさんがイジワルしてないか調べなきゃ、なんだよ?」

ジン:

「だから、俺はいつもベロ甘のとろとろだってば」

ユフィリア:

「イぃーっだ!」


 ユフィリアの変顔を見ていたいけど、これではあまりに先に進まない。


シュウト:

「巧くいえないけど、女の子ばっかりのギルドだから、あんまり泣いたり、怒ったり、八つ当たりとかもできないと思うんだ」


 負けて悔しいのに、ただ慰められて、それでも笑顔でいなければならないとしたら?


葵:

「だーね。それと頭ごなしに怒られることもあんま無いだろうからね。ナズナちゃんあたりが(たしな)めてんだろうけど、オッサンに怒られるのとは意味がぜんぜん違うだろうし」

ユフィリア:

「ふーん。……ジンさんって優しいんだ?」

ジン:

「こないだから、それなんなんだよ? ……まー、アレだ。報酬の範囲内でサービスを提供しただけっつーか?」

ユフィリア:

「ウフフフフフ」


 なんも分かってないくせに、こうして何もかも見透かしたような笑みを浮かべるのだ。女の子はやっぱり、強いのだな、と思うクリスマスの夜だった。

 

 

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