178 クリスマス前夜
シモン:
「この封印も、開けられるのか?」
扉の典災サリルス:
「もちろん。それが『扉』なら」
不気味だった。
しかし、もうここまで来てしまった。後ろに控えているレイドメンバーに弱気の態度は見せられない。今にも吹雪だしそうな場所でもあり、足下が崩れるような錯覚を覚える。
相手の名前は見えていた。扉の典災・サリルス。ノーマルランクのモンスターだ。形式としてはヴァイスと呼ばれる人型タイプ。盗賊や山賊として出現するあのヴァイスだ。特殊な条件で発生する何か――たとえば、ネームドとか?――といった可能性もある。
すべてが異常だった。自分の思考も、もう狂っているのかもしれない。
〈アルバ・ユリア〉で不思議な事件が起こった。
『ただ、扉が開かれる』というだけの事件。中に押し入った形跡もなく、盗まれたモノもないという。……まるで理由の思いつかない犯行。愉快犯によるものか、狂人によるものか。
特に被害もない被害は、少しずつ広がり、〈大地人〉の店や家のある区画から、やがて〈冒険者〉の住む区画に移っていった。
異世界転移以後、〈アルバ・ユリア〉を仕切っていたギルド〈緑の庭園〉が捜査することになり、自分たちがこいつを見つけるに至った。
購入されたゾーンの『支配された扉』すら開く力をもった、謎のヴァイス。特に戦闘的ということもなく、NPCのような拙い受け答えをするのみ。異世界転移に比べれば、大半の出来事はどうということもない。『そんなものか』と思うだけだった。
だがその時、ふと閃くものがあった。
シモン:
(これはクエスト発生条件に違いない)
プレイヤータウンである〈アルバ・ユリア〉は、アルデアル地域――現実世界でいうトランシルヴァニア――にある。
ここに拠点を置く〈緑の庭園〉は、〈エルダー・テイル〉サービス開始時点から存在する名門ギルドで、レギオンレイドにも対応できる一流の戦闘ギルドだった。異世界転移時点でログインしていたギルドメンバーは約半数。かろうじてフルレイドに対応できる状況を維持することができた。
ここ数年は、赤き暴風を擁する〈ヴァンデミエール〉や、最強の名を欲しいままにする新興勢力〈スイス衛兵隊〉に押され気味だが、東欧は未だに〈緑の庭園〉の支配地域といって差し支えない。
そして〈アルバ・ユリア〉に拠点を構える理由はひとつしかなかった。
シモン:
(我々が、『吸血鬼の王』を打倒する……!)
扉の典災サリルス:
「さぁ、ここに扉は開かれた」
封印の扉を背にし、サリルスはまるでおどけた道化のように、両腕を大きく広げた。そのポーズに呼応したかのように、背後で封印が解かれていく。あの向こうには、誰も足を踏み入れたことのないゾーンが広がっているはずだ。
シモン:
「……貴様は、何者なんだ?」
扉の典災サリルス:
「キミたちは名が読めるのでは?」
シモン:
「そういう意味では、ない……!」
何かを問いたいのだが、その問いはもどかしくもノドを越えて外には出てこない。コレはきっと何か別のモノだ。それが何かは分からないのだが、どうするべきかは判断が付かないままだった。
扉の典災サリルス:
「では、君たちは何者なのかな?」
サリルスの眼窩の向こうに、空っぽの闇を見た。何もない。何もなかった。
シモン:
「オレは……」
そう、シモンという名の〈冒険者〉で、〈緑の庭園〉という戦闘ギルドで『庭師』と呼ばれるレイドメンバーの1人だ。……しかし、それは『何も表していない』と分かる。自分が答えられないものを、相手に問いかけるのは卑怯な気がしたのだ。
シモン:
「それもそうだな。……我々は先に進むが、お前はどうする?」
扉の典災サリルス:
「どうぞ、お構いなく。次の扉が待っている。開けてあげなくちゃ」
所詮はヴァイスだ。モンスターの心配をしてやる必要はないだろう。そう意識から切り捨てる。目の前には悲願となるレイドゾーンが広がっているはずだった。逸る気持ちをそちらに集中させる。
シモン:
「よし、まずは入ってみるぞ!」
新規ゾーンを前に、仲間たちから気勢があがる。不安を打ち消すように、それは激しさを増すばかりだった。
扉の典災サリルス:
「どうぞ、お構いなく」
――サリルスは扉を開き、空に消えた。それを見た者はいなかった。
◆
シュウト:
「フッ!」
タクト:
「おぉおお!」
床が鋭い悲鳴をあげる。強引なブレーキから再ダッシュ。タクトもすぐ後ろから追いかけて来ている。最後まで油断はできない。最後の直線を駆け抜けて壁にタッチして、ゴール。
シュウト:
「よしっ」
タクト:
「負けたか!」
ジン:
「そのぐらいでいいだろう」
僕たちはここ数日、こうして〈カトレヤ〉のギルドホームで室内ダッシュの練習をしていた。速度的に同格のプレイヤーを競わせ、いくつかの設定したコースを走らせていた。
ジン:
「これはコンパクトな動き、つまり『無駄のない動き』の訓練だ。実力が上の相手と戦う場合、どうしてもMAXのパワーで戦いたくなる。しかし、戦闘で有効に使える速度やパワーっていうのは、どうしても一段階落ちるものになる」
シュウト:
「ラフパワーとレフパワーの違いですよね」
ジン:
「そうだ。広い場所でダッシュしていると、戦闘では使わない無駄な動き・ラフな動きをしたがってしまう。これを抑制するために、狭い場所で走らせている」
朱雀:
「……戦闘で使わない動きは、訓練する必要がないってことですか?」
ジン:
「MAXトレーニングしなくていいってのとは違う、サボらせたい訳じゃない。ただ、MAXの動きに引っ張られるからだな」
朱雀:
「ひっぱられる?」
葵:
「そう。魂が重力に引っ張られるんだよ」
ジン:
「うるさいぞ。……ガムシャラでバタバタした動きでは、防御も回避もままならない。広い場所で競争させると、勝敗に夢中になって、ラフな動きになる。それが癖になるんだ。格下相手ならともかく、同格以上の相手と戦う場合、ラフな動きを基準に自分の戦力を判断していると、勝率を決定的に下げることになる」
ラフな動作、力任せだけで勝てるほど、この世界は甘くはない。
甘く見積もって油断している人はいくらでもいるだろうけれど、僕らはなるべくそうはなりたくはない。
ジン:
「普段から、抑制の利いた『精密な動作』を身につけておくことが肝心だ。戦闘は、スピード競争やパワー競争ではない。もちろん、緊急回避的にラフな全速力を使う場面はいくらでもあるだろう。けれど、それはあくまでも緊急回避的な状況に限定しておいた方がいい」
雨や雪が降っていないのに室内ダッシュさせている理由がこれだった。
続けて、街から出て森に近い木立のような中での戦闘訓練を行う。
当然ながら、大型武器を振り回すようなスペースはない。常に木の位置や足下の確認が必要だが、頻繁に視線を外していては防御もままならない。攻撃魔法を当てるのにも、木が物理的・視覚的に邪魔をする。
班分けしながら、交代で戦闘訓練を行っていく。
そー太:
「うぎーっ! イライラするっ! おもっきし戦いてぇ!」
ジン:
「わははっ。無駄が多いんだよ、無駄が」
英命:
「練習で先に慣れておけば、多少の人数差があっても、こうした場所に誘い込むことで勝機を見いだせる、ということですね?」
ジン:
「ちょっと安易な結論だが、そういう意味がないわけじゃない」
そー太がイライラするのもわかる。でも、あるラインを越えると『利用できるもの』に変わる気がする。木を利用して飛び跳ねたり、木を利用して魔法を当てたり、避けたりに使えるようになる。ゆるんでいるかどうかを前提に、環境を受け入れる能力を高めているような気がする。
何度も交代してパーティー戦闘を繰り返す。それまで見ていただけのジンがのっそりと動き始めた。
ジン:
「よーし、いいだろう。第1パーティー入れ。シュウト、俺の代わりのメインタンクを決めろ。おにーさんが稽古を付けてやる」
レイシン:
「え~っ?」←イヤそう
シュウト:
「はい!わかりました」←うっきうき
今なら結構いい勝負ができるような気がしないでもない。今日こそクリーンヒットを狙ってみようとか思う。
葵:
『話は聞かせてもらった!』
ジン:
「ゲッ!? いいよ、来なくて。来てんじゃねーよ」
葵:
『はっはぁ? ビビッてんか。ビビッてんべ? このあたしがジンぷーに土付けてやんよ!』
ジン:
「あっそ。んじゃセンコー、こっち入れ。残りのメンバーは任せる」
シュウト:
(うげっ!?)
英命:
「承りました。それでは、そうですね……」にこにこ
ジンと英命、マコト、朱雀、リコ、りえとのパーティーバトル。こちらはサイをメインタンクに加えて、第1のジン以外の5人だ。木立の中なので、メイン武器がポールウェポンのサイは、サブ武器のハンドアックスと珍しくシールドを使うことにしたようだ。
葵:
『GO! いけいけいけいけっっ!』
実力的にジンに一番近いニキータを前面に、フォロー・サポートの得意なレイシンとアタッカーの僕とでジンに向かっていく。メインタンクのサイは、マコトや朱雀を相手に戦線を構築する分断策だった。石丸は臨機応変に魔法を連射してもらう。ユフィリアは全体のサポート係だ。
ジン:
「お前にしちゃ、安易だな」
葵:
『にゃんだとぅ!?』
木立程度でジンの動きが鈍るはずもない。ミニマップによる位置関係の把握と、〈フローティング・スタンス〉による自由度の高い機動。まるで隙がなかった。初っ端から剣舞を発動させて向かっていくニキータを片手で捌きつつ、立体機動で攻撃するレイシンと、中距離の弓・近接の剣を使い分ける僕まで加わってもなんなく受け流される。またしても一撃も入らない。
そもそも木立の利用にレベル差があるのが問題だった。木の近くで戦うことで、ニキータの攻撃択が削られている。下手に攻撃して躱されたら、サーベルが木に刺さって抜けなくなるかもしれない。レイシンの立体機動に対しても、絶妙に攻撃できないようにポジションを調整してくる。時間を殺されていた。一瞬の隙に消えた時もあった。同じくミニマップを使えるニキータが追いかけていなければ、相手は〈守護戦士〉だというのに、見失う場面すらあった。
全力で戦えなくてイライラさせられる。先刻のそー太とまるで同じだった。
ジン:
「どうした、石丸先生。俺の相手はしてくんねぇのかよ?」
葵:
『それ挑発だから。乗っちゃダメって、いしくん!?』
石丸:
「〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉!」
葵:
『それアカンやつやー(涙)』
誘導の利く溶岩弾の魔法攻撃。石丸の正確極まりない技術があれば、僕らの連携に差し込んでも邪魔にはならないだろう。しかし、その魔法攻撃はジンの体まで届かなかった。唐突に現れた魔法障壁にぶつかって、消滅してしまう。
葵:
『やっぱり!』
ジン:
「ほいっと」ドガッ
ニキータ:
「ぐっ!?」
余裕で『英命の罠』だった。相殺したポイントが悪く、ニキータの動きが鈍った。予知でもしていたのか、そこしかないようなタイミングでジンの蹴りが炸裂。それは蹴り飛ばされるしかない。
葵:
『やばっ。サイ、そこから後退! シュウくんバックアップ!』
英命:
「マコトくん、朱雀くんはサイさんを逃がさないように」
飛ばされたニキータを石丸は回避。代わりにユフィリアが受け止めに入る。……そこから乱戦になった。というか、あっさりと乱戦に持ち込まれてしまった。
瞬間的な判断が要求される乱戦は、ジンの戦場であり、葵封じの一手だった。思考速度が間に合っても、指示出しが間に合わない。忙しくて指示を聞いていられない。ジンがわざと状況を混ぜっ返すのでどうにもならない。
りえ:
「わひゃー!〈フレアアロー〉!〈サーペントボルト〉! どんどんいきまっす!」←トリガーハッピー
マコト:
「あぶっ、危ないって!」
ジン:
「いいぞ、ドンドン撃て!」
リコは参戦こそしていないが、異様に物理防御力のある黄金の竜牙騎士を連れていて、英命のガードに回っている。物理アタッカーでは相性が悪いので放置するしかなかった。
ジンの強制的な命令によって、足を止めることを禁じられたマコトが、槍を持って懸命に動き回っている。いつの間にか手強くなってきた朱雀とのコンビは片手間で処理することなど出来ない。後手後手に回らされる。そこにジンがやってきて……。ゲームセット。
ジン:
「ハン! なんか俺に土を付けるとか誰か言わなかったっけか?」
葵:
『ぐぬぬぬぬ』
石丸:
「申し訳ないっス」
リコ:
「私、なーんもしてないんですけど」
レイシン:
「はっはっはっ。参ったな」
ジン達の圧勝、つまり僕らの惨敗だった。……最初からわかってたことだけど、もうちょっとなんとかなっても良さそうなものだと思う。
どちらにしても相手のメインタンク1人を3~4人掛かりで崩せないんだから、勝ち目がある訳ないというか。オーバーライドなしでも、やっぱり強かった。
英命:
「ご迷惑でしたか?」
ジン:
「べっつに。……シュウトが足手まといだったし、レイが手を抜いてたから楽勝だったな」
シュウト:
「足手まとい……」
レイシン:
「んー、けっこうガンバったと思うよ?」にこにこにこにこ
かなりニコニコしているので、図星だったんだろうな、ぐらいは分かった。けど、足手まといは酷いと思う。
◇
戦闘訓練終了でギルドホームへ戻る帰りの道すがら、話題にのぼったのは例の殺人鬼のことだった。
シュウト:
「なんでも名前が分かったとかで。エンバート・ネルレスとかいうらしいです。〈武士〉でレベル94とか?」
ジン:
「えんばーと? んじゃあ、カドルフの野郎じゃなかったってことか」
このところアキバを騒がせている殺人鬼。その正体を、僕らはてっきりカドルフだと思っていたのだった。
今度こそ、こっそりとアキバまでたどり着き、夜な夜な〈冒険者〉を殺して回っているのだとばかり。……これで喜んだのはジンだった。
曰く、『折れた剣を弁償させる。絶対、償わせる。泣いても許さない。限界までむしり取って支払わせてやる』とのこと。
思わず、『カドルフ逃げてー!』と思ったぐらい、爛々と、殺る気を溢れさせていた。
……とはいえ。いくらジンでも、アキバの街中をミニマップひとつで探し出せるものではなかった。ミニマップはそこまでお便利なシロモノではないらしく、『反応が多すぎて無理っ(涙)』と言っていた。夜中にウロウロはしていたらしい。葵のいう『護身完成済み』とかの影響なのか、ここまで出会えずに今日に至っている。
マジックバッグを探り、アキバ新聞の最新版を渡す。歩きながらでは見辛いかもしれない。
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アキバクロニクル 第208864328号 アキバ新聞社
アキバに連続殺人鬼!!か?
このところアキバで殺人鬼が出没している。
被害者は十人以上になるものの、その正体は未だ不明である。
このような不穏な出来事が続いているにも関わらず衛士の動きが見られない。そもそも正体不明の殺人鬼に悟られては事件の解決にはならないという事が根底にあるのであろうが、……
ホネスティ アインス氏語る
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
まず意味が分からないのが、2億号を越えてたりする点だ。何秒か毎に、版を重ねてたりするとでも? それとも刷った枚数をカウントしているのか、なんなのか。どうでもいいっちゃ、どうでもいいんだけど……。
ユフィリア:
「次、私にもみせて」
ジン:
「カドルフじゃねーなら、もういいや」ぺいっ
(収入の)アテが外れて興味を失ったらしい。ユフィリアが新聞をピッと広げ、歩きながら読み始めた。
ユフィリア:
「ねぇ? エンバートとかって人の名前、これに載ってないよ?」
シュウト:
「うん? ああ、それは、知り合いに聞いた情報で……」
知り合い=ユーノだ。その辺りはボカして伝えておく。この程度のやり取りだけではきっとバレないだろう。……と思いたい。
静:
「でも、これってどうするんですか?」
ジン:
「どうって?」
静:
「いや、だから、ジンさんなら倒せちゃいますよね?」
ジン:
「まぁな。……相手が目の前に現れて、戦ってくれて、途中で逃げなきゃな」
身も蓋もないニュアンスに沈黙するしかなかった。ジンの『強さ』という特性は、かなり限られた範囲に限定的に作用する能力である。
今回のケースは『戦うまで』の難易度がそれなりに高い。殺人鬼側も、襲って→逃げるのパターンを繰り返している。見つかってしまえば、そこで終わりだからだろう。これで簡単に発見できるようだと、『殺人鬼として問題があるレベル』ということになる。
本気で見つけたいのなら人海戦術を用いるべきで、それは〈カトレヤ〉のような少人数ギルドには向かない方法論だった。
ジン:
「そもそも『戦う必然がありません』だしなぁ」
ジンのやる気が出ないのも分かる話だった。恨みもないのに、街中を走り回って『絶対にやっつけてやる!』とは中々ならない。今のところ殺されているのは〈冒険者〉だし、「殺られたら、殺りかえせば?」という気分は拭えない。
逆からいうと、もし身内が殺されでもしたら、他のギルドに横取りなどさせない。絶対に自分たちで仇を討つ。……それなのに、僕たちが横取りするのはOKという考え方は、やはりおかしい。
リディア:
「あの、怖いんですけど?」
りえ:
「そうっすよ。戦士は武器とかでサッと戦えるかもしれないけど、魔法使いは急に襲って来られたら、やられちゃいますよ?」
直接戦闘力の低い後衛の不安は、ともすれば忘れがちになる部分でもある。気を付けて配慮しなければならないだろう。
名護っしゅ:
「探しても、見つからないもんは見つからないだろ~」
静:
「でもぉ~」
エルンスト:
「うむ。夜間の外出禁止を厳守するのと、なるべく集団行動するしかないだろうな……」
ジン:
「夜、どうしても外出しなきゃならないやんごとなき理由があんなら、護衛付けてやるよ。……シュウトとか」
静&りえ:
「「ホントですか?」」
僕ですか?と言おうとするより早く確認を入れる2人。いやいや、夜、出かけたい場所とかあるの……?
まり:
「それ、むしろ外出、増えませんか?」
ジン:
「いや、シュウトが目当てなだけだろ(苦笑) 俺が一緒にでるの面倒だから言っただけだ。適当に暇なヤツ連れていけばいいんじゃねーの? なんなら俺がいやがらせでついてってもいいんだし」
静:
「むぅ」
りえ:
「ちぇーっ」
朱雀:
「でも。もし遭遇した場合、オレたちで勝てますか……?」
レイシン:
「どうだろうねー?」
エンバート・ネルレスは94レベルの〈武士〉というが、〈ホネスティ〉の5人グループが犠牲になっているのが気になる。戦っても衛兵が出てこないことといい、何かおかしいような気もする。何かカラクリがありそうだった。
英命:
「ですが、ここの所の訓練は、市街地での戦闘を想定してのものですね」
マコト:
「そういえば……」
ジンにみんなの視線が集まる。
殺人鬼のニュースを知ったと同時ぐらいに室内ダッシュの練習が始まっていた。木立での戦闘はその翌日からだ。そう考えると、最低限やるべきことはやっていたことになるのか。
ユフィリア:
「うふふふ」
ジン:
「……あんだよ?」
ユフィリア:
「ジンさんは、優しいね?」
ジン:
「どうしてそうなった。……そんなことよっか、もうクリスマスだろ? いろいろ準備しとけよ」
ユフィリア:
「うん! そうだねっ♪」
りえ:
「クリスマス大好き、パーリィピーポー!」
静:
「鍋パーリィピーポー?」
シュウト:
「……クリスマスなのに、鍋?」
レイシン:
「お鍋も作ろうか~?」
サイ:
「鍋、…………好き」
今年は賑やかなクリスマスになりそうだった。
◆
――セブンヒルの会議室。
スターク:
「てゆーか、……参ったね」
異様な事態に会議室も暗く沈黙する。
日本に出かけている間に、白の聖女は『法王宣言』を発布し、政治権力とは距離を置くことを選択していた。白の聖女を利用しようとする動きを抑制し、権力を構造的に分散することが狙いである。
赤き皇帝レオンの後釜として政治周りを引き受けたのは、〈スイス衛兵隊〉の主要メンバー達だ。それはそうなるのが当然の流れでもある。しかし、白の聖女が表面上、権力の座から退いたことで、代わりの代表が必要になった。そこで、皇帝という制度をそのまま残し、誰かを皇帝として配置することに決まった。
ウルス:
「暫くは、止めなければならんでしょうな」
それが、彼、ウルスだった。レオンが率いたフランスの戦闘ギルド〈ヴァンデミエール〉で副官を努めていた人物。印象は、とにかくデカい。縦にも横にも、だ。しかし、性格はその真逆であり、細かいところまで気が回る、副官向きのタイプだった。
レオンの暴走の責任を取るためと言っていたが、有能なのが分かったため、思い切って採用することにした。無理矢理に2代目皇帝職をやってもらっている。一般プレイヤーや普通の〈大地人〉にはほぼ知名度のないような、お役所仕事だった。今では、大地人貴族とのやり取りなど、ほとんど任せっきりになっていた。報告ではそつなくこなしているそうだ。その辺りの差配も大体はヴィルヘルムの仕事で、ボクは了承しただけだったりする。
ラトリ:
「なんとか短時間で、といいたいとこなんだけどねぇ~? とんだクリスマスだな、こりゃ」
自分に視線が集まっていることに気が付いて、ぼんやりと思考が引き戻される。状況は簡単。吸血鬼が出た。しかし、解決はトコトン複雑だ。
白の聖女の片割れ、というか本体であるマリーが、タウンゲートを限定的に復旧させた。理由は不明だが、エネルギーが足りない『だけ』なのだとか。そうなれば話は簡単。……本当に簡単か?とかボクは思うのだけど、マリーが言うならそうなのだろう。どうにかエネルギーを供給するか、チビチビ使えばいい、とかなんとか。
それでごく短時間の間、使えるように直してしまっていた。
日本から戻って驚いた。正直な話、かなり異常なことの気がしたけれど、ジンとかアクアとかの(それとモルヅァートなんかもいたっけ)異常を見て知っているので、そのぐらい出来てもおかしくないような気もしている。
本来のタウンゲートの能力は凄まじく、西欧サーバー内のプレイヤータウンの、すべてのタウンゲート同士で、しかも転移先を選びながらテレポートを可能にしていた。なので転移先を1カ所に限定することで、ほんの1分間だが、ゲート同士を繋げることに成功したのだった。……これが現在では6分にまで延長されている。
こうした技術革新が政治から経済にまで流用されるのは常でもある。〈スイス衛兵隊〉、というか、ヴィルヘルム達は、西欧サーバーの各プレイヤータウンを『経済的に』制圧していた。
セブンヒル、いわゆるローマを経由する形で、タウンゲートを利用する交易路を開拓したのだ。このことの恩恵は、〈冒険者〉よりもむしろ〈大地人〉のものかもしれない。
実際、タウンゲートを利用した移住を、セブンヒルとしては認めていない。考えなしにそんなことをすれば、交易路の開拓どころか、難民が流入することになってしまう。各プレイヤータウンの代表者も、人が居なくなってしまうことを恐れていた。意見は一致をみたのだ。
これ以上、セブンヒルの台所事情を悪化させるわけにはいかない。といっても、お金の話ではなくて、本当に台所の、『食べ物』が回らなくなってしまう。
安全で、短時間での移動を可能にする交易路の整備。それは食料問題を解決して余りあるメリットを生み出すハズだった。
そこで起こったのが、今回の吸血鬼事件。いや、参った。
スターク:
「結局、どうすれば良いわけ?」
ヴィオラート:
「話を聞いていなかったの、スターク?」
スターク:
「聞いてたよ、聞いてたけど、結論は?」
ボクの問いには答えずに、眠そうな顔をしたマリーが言った。
マリー:
「サンプルを送ってもらった。……みる?」
スターク:
「ええーっ? 危なくないの?」
マリー:
「あぶない」こくり
ヴィルヘルム:
「では、……頼む」
拘束具の他にも魔法の鎖などでガチガチに固められた〈冒険者〉が運ばれてくる。さすがに自分で歩ける状態にはしていなかった。
同時に脳内ステータスから、名前、レベル、所属ギルド名を確認する。ほとんど癖みたいになっている動作だ。
スターク:
「〈緑の庭園〉……? たしか、東欧の名門ギルドでしょ?」
ラトリ:
「ですね。これでだーいたい分かっちゃった感じでしょ~」
スターク:
「……いや、分かんないよ? どういうこと?」
マリー:
「〈冒険者〉がモンスター化してる。たぶんサブ職が書き換えられたんだと思う。コイツに噛まれると、他の〈冒険者〉もモンスターになる」
ギヴァ:
「本人の意識と関係なく、他人を襲うのだな?」
マリー:
「そう。今回の犠牲者には〈大地人〉もいた」
なぜ、そんなことに?……その言葉を飲み込む。起こってしまった出来事は変えられない。これからどうするかが問題だ。
しかし、この状態でタウンゲート交易路を維持し続けると、吸血鬼モンスターを西欧サーバー中に輸出することになる。いや、いったんセブンヒルを経由するのだから、輸入するのが先になるのか……。
スターク:
「治す方法は?」
ヴィオラート:
「あるには、あります」
スターク:
「そうなの?だったら……」
マリー:
「サブ職を上書きすればいい。でも、だめ。それには貴重な素材が必要」
ヴィオラート:
「本来、サブ職の変更は、特定の〈大地人〉と接触し、本人が同意しなければなりません。でも吸血鬼になった〈冒険者〉には自意識がないの。だから……」
スターク:
「それじゃ、アクアのやってたアレか……」
書面による契約。強引に名前を書かせるなどでサブ職を上書きすれば、行けるかもしれない。だとすると、問題は被害者の数ってことだろう。
スターク:
「その手は使えないんだよね。……そんなに多いの?」
ラトリ:
「東欧の状況までは分かりませんが、100人程度で済んでれば御の字じゃないですかね?」
ヴィルヘルム:
「……モンスターが感染するかどうか、だろうな」
マリー:
「足の速い狼みたいなのが感染した場合、ユーレッド全域が、あぶない」
はい、世界の危機きました。
大陸全土とは言っても、ロシア、中東、インド、アフリカ、中国まで飛び火する可能性がある。それはもう世界の危機だ。タウンゲートで繋がってなくても、走っていけばいいだけなのだ。時間の問題で、セブンヒルも確実に巻き込まれるだろう。
スターク:
「んじゃ結論としては、根本的な解決しかないんだね?」
ラトリ:
「でしょうね」
マリー:
「サブ職の書き換えが、一時的なのか、永続的なのか分からない。けれど、これだけ強力なバッドステータスが噛むだけで発生して、永続式なのはおかしい。きっと、何かのクエストが関係している」
ラトリ:
「東欧、〈緑の庭園〉とくれば、ひとつっきゃないでしょう」
ヴィルヘルム:
「吸血鬼の皇帝……」
油断していた。けれど、許される範囲の油断だと思う。西欧サーバーは日本と違って、新拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉がまだ適用されていない。全く新しいクエストが発生するハズがないのだ。このイレギュラーは予想できる範囲を超えている。
ヴィオラート:
「白の聖女として、全力で解決にあたりたいと思います」
マリー:
「それがいい」こくり
スターク:
「僕ら〈スイス衛兵隊〉も全面的に協力する。……頼むよ、みんな?」
ヴィルヘルム:
「お心のままに」
ラトリ:
「そうこなくちゃ」
ギヴァ:
「御意」
スターク:
「だけど、その前に。……金貨100万枚、用意できる?」
あの時、『だからお前は金持ちのボンボンなんだ』と言われた。
今になってそれが痛いほどに理解できる。責任を背負い、世界と向き合って初めて、その価値が分かる。
世界の危機と立ち向かうのに、金貨100万枚で呼ぶことのできる、文字通り『最強』の助っ人。……これほど有り難いものが他にあるだろうか?
ヴィオラート:
「金貨? そんなもの、何に使うの?」
スターク:
「ジンを呼ぶ。ここは物惜しみしていられる状況じゃないからね」
ラトリ:
「おっと! 盛り上がってまいりました!」
ヴィオラート:
「分かりました。お支払いします。白の聖女が100万でも200万でも!」
スターク:
「まぁ、そんなこと言っても、アクアが居なきゃ話にならないんだけどね(苦笑)」
アクア:
「……もう来ているわよ、スターク」
フワリと現れる神出鬼没の歌姫に、口元の笑みが止められない。
当然、来ると思っていた。世界の危機に現れない彼女ではない、と。
スターク:
「これで勝つための前提が整ったね」
可能な限り、勝負は始まる前に終わらせたい。まず最高の手札をそろえるのが、〈スイス衛兵隊〉の、つまりボクのやり方だ。
アクア:
「それはいいのだけど。……私には何もないのかしら?」
スターク:
「……ごめん。やっぱり200万で」




