176 秋の終わり
スターク:
「ねぇ、ちょっと、いいかな?」
ジン:
「ん」
軽く触れてジンを起こそうとしたのだが、どうやらまだ寝ていなかったようで、スクッと身を起こしてくれた。その事にとてもホッとする。
会話する場所といっても、セーフティーゾーン内では『聞いててください』と言っているようなものだ。種族やクラスによってはかなり聴覚が強化されている。アクアは仕方ないにしても、クリスティーヌにまで聞かれたくはない。
そうした葛藤に気付いたのか、ジンが指で上の階層をしめし、先に上がっていった。魔法の明かりを灯して追いかける形になった。
ジン:
「んで、なんの用だ?」
スターク:
「それなんだけど……」
切りだそうとすると、返って難しかったりする。呼び出せただけで勇気が尽きたのかもしれない。そうして無言の時間が数秒続いた。
ジン:
「……タメるんなら、帰って寝るぞ?」
スターク:
「ちょっと待って、待ってよ!」
ジン:
「んだよ、エロガキ。爆乳姉ちゃんのことか?」
スターク:
「いや、まぁ、そっちもあるんだけど、先に別件っていうか?」
追いつめられて急かされて口を動かしている間に、少し話し易くなった感じがした。ちょっとだけど。
ジン:
「じゃあ、好みのおっぱいサイズの件か? 俺はタレ乳で萎えるタチでな。あと、作り物は好まない。やっぱ大きけりゃいいってもんじゃねーん……」
スターク:
「違うからね? おっぱいの話じゃないから!」
ジン:
「えーっ? ……まさかお前、青少年のマトモな悩み相談を俺にする気なの? 相談する相手をお間違えではございませんか? センコーとかいんだろがよ」
スターク:
「うん。ちょっと相手を間違えたかなー?っていま思ったけど」
しかし、こればかりはジンでなければならない相談なのだ。
本当に相談したい相手はいる。けれど、その相手には相談などできない。だからジンでなければならないのだ。
ジン:
「……だから、タメるんだったら戻って寝るっつーの」
スターク:
「わぁー、ちょっとぐらい待ってくれてもいいでしょ?」
ジン:
「どうしてテメェはそう自分本位なんだクソガキ! 俺の睡眠時間は誰が確保してくれるんだよ。だいたい、俺に相談してる時点で対した悩みじゃねーだろ。さっさと言え、このヤロウ」
スターク:
「あー、もう! だからぁー、どうやったら、ヴィルヘルムみたいになれるのかなって……」
自分でも意外なことに、口に出してみたら、そんな重大な悩みでは無さそうに聞こえた。案外、普通というのか。
ジン:
「ブッ。プククククッ。そういう、アレかぁ~」わはははは
スターク:
「ちょっ、笑わないでよ!」
ジン:
「クククッ。ワリィ。……あー、それな?」
スターク:
「うん」
自分でも期待に満ちた眼で見ていたと思う。しかし、返って来たのはアレな返答だった。
ジン:
「あの男は化け物だ。5年でアレになれなんて言われたら、俺なら裸足で逃げ出すね」
スターク:
「へっ?」
ジン:
「実際、10年あっても勘弁だなぁ~。無理無理」
スターク:
「そ、そんなに凄いの?」
ジン:
「そりゃ、武器持って戦えば俺が勝つさ。向こうは手も足もでないだろうよ。……でもそれだけだぞ」
武器で戦えば自分が勝つとは言ったが、それはほとんど負け惜しみレベルの話ではないか。いや、敢えて負け惜しみを言ったのだろう。ボクもヴィルヘルムの価値を戦闘力に求めていたわけではないのだし。
ジンがまるで勝てないと判断する『もの』になろうとしていた、ということらしい。見積もりが何桁か間違っていたということだ。1年や2年、努力して追いつくにはどうすれば? なんて発想自体が子供のものだったらしい。
ジン:
「まぁ、お前の年頃ならそういう無茶な理想だの希望だのを抱いて死ぬぐらいでちょうどいいんじゃねーの?」
話は終わったと言わんばかりに、テキトーに纏めつつ、大きくあくびするジン。
スターク:
「って、死んだらダメじゃん。どこがちょうどいいのさ!?」
ジン:
「まぁ、細かいことは言いっこなしだ」
アレになろうと思うのなら生涯を掛ける必要がある、ということだ。
スターク:
「……じゃあさ、20年あったら? ジンだったらどうするの?」
ジン:
「そりゃあ決まってる。20年あれば、別の何者かになってるだろうよ」
うれしそうに、楽しそうに、そう言った。
20年掛けて、ジンはジンになったのだ。
20年掛けて、結局、ボクはどうしたいのかってことなのだろう。
ジン:
「なんだかんだモルヅァートはちゃんと見抜いてたってことか~」
スターク:
「なにがさ?」
なぜだか唐突にモルヅァートが出てきてよく分からなくなった。
ジン:
「お前の杖、初心者用の罠だぞ。ヒーラーが攻撃魔法に夢中になってんじゃねーよ、バーカ」
スターク:
「え? でも、かなり便利なんだけど?」
〈ゴースヘッド〉は攻撃呪文として考えてもかなり強力な部類に属する。回復職用としてみれば、最高の魔法だとすら思う。
ジン:
「……射程と再使用規制は?」
スターク:
「ダメージが5000点ぐらいで、射程はたぶん10m、再使用規制は8秒だよ! MPも威力の割に……」
ジン:
「普段のお前なら十分に気が付くと思うんだがなぁ(苦笑)」
スターク:
「えっと、なに? 何がいいたいの?」
ジン:
「いいか? 10mの接近に掛かる時間は1秒未満。近接戦闘1秒あたりの攻撃回数は3回前後が基本だ。その呪文の性能じゃ、瞬殺だっつーの」
スターク:
「!?」
青ざめるのを自覚する。どう考えてもこの呪文だけ使ってアタッカーみたいな真似ができるわけがない。最初に1撃加えても、8秒後にもう一度使うまでに、24回も攻撃される。実際問題、3秒か4秒生きていられたらいい方だろう。
無理して使おうと10mの範囲に近づけば、相手の近接攻撃の間合いに入ろうとしているようなものだ。いや、問題はそこだけではない。むしろ今日の自分は……。
スターク:
「今日って、もしかして?」
ジン:
「ああ。覚えたての魔法を連射して喜んでるお子様状態だったな?」
スターク:
「ああああああ!」ガリガリ
ジン:
「やめろ、その癖は付けるな。ハゲてからじゃ遅い」
あまりの恥ずかしさに頭をガリガリと爪でかきむしっていると、ジンが素早く止めた。
スターク:
「じゃあ、モルヅァートはボクがこうなるって?」
ジン:
「……日本語だと『諸刃の剣』と言ってな、とても役立つものでも、大きな危険になる場合もある、って意味だ」
スターク:
「……リスクのこと?」
ジン:
「死んだ奴の意図なんて、好きに解釈すりゃいいんだよ」
大きなあくびをすると、寝るために戻っていった。
スターク:
「そっちこそ、本当に分かってるの?」
朝になればラスボスとの戦いだ。それが終われば、ローマに戻ることになる。もう最後なのだ。何かちゃんとしたことを教えてくれても良さそうな話ではないか。そんなことなどまったくお構いなしなのだから、困ってしまう。
スターク:
「なんか、ボク変われたのかなぁ……?」
日本に来て1ヶ月と少し。たった1ヶ月とは思えないほど濃くてメチャクチャだったけれど、自分の何かが変わったとも思えず、このままローマに帰ってしまって、本当に大丈夫なのか?と不安になるばかり。
スターク:
「…………ま、いっか。寝よっと」
◆
ジン:
「準備はいいか?」
ユフィリア:
「うー」
ラスボスらしき地下3階層の扉の前に再び戻ってきた。不満げにうなり声を出しているユフィリアだが、それもそのハズで、後ろからジンに抱きしめられ、頭を撫でられている。
ジン:
「なんだい、不満げだね?」
ユフィリア:
「どうしてこうなっているのかなって」
ジン:
「それは自業自得というヤツじゃないの?」
ユフィリア:
「そうかなぁ? 本当にそうなのかなぁ?」
ジン:
「これで俺が約束を守る男というのがまた証明されたわけだ。どうよ、嬉しいだろう?」
ユフィリア:
「自分勝手! 別に、ぜんぜん嬉しくないよ!」
ジン:
「ほぅ。では『嘘吐きジンさん』の方が好きだったのか。……我が儘だなぁ~」
ユフィリア:
「私が我が儘なの!?」がーん
嘘吐きジンさんよりはマシな気がするのだが、そういう超理論による展開はともかくとして、レイドである。
葵:
『ここからはぶっつけ本番だからね、あらゆる要素を見逃さないように』
ニキータ:
「うまく行くんでしょうか?」
アクア:
「分からないわ。……ともかく、ベストを尽くすのよ」
ここに至り、全員の心は一致している。難しいミッションになるだろうが、このメンバーで出来ないことは、他の誰にも出来ないと知っている。
シュウト:
「お願いします!」
ジン:
「よし」
扉を開いて中へ、静かになだれ込む。
相当に開けた空間だった。中央にうずくまる個体を発見。
ユフィリア:
「あそこに来てるよ!」
〈竜翼人〉が数体、その中には、赤い竜翼人の姿も混じっていた。
僕たちは割合ゆっくりと近づいていく。まだ感知されておらず、戦闘は始まっていない。大体のポジションを考えながら、状況と周囲のギミックを確認していく。
やがて、中央の個体が猛るように、吼えながら『立ち上がった』。
巨大な〈竜翼人〉。それがラスボスの正体だった。
〈竜翼王ランガージ〉との戦闘が始まろうとしていた。
◆
――前々日の夜、竜翼人の里にて。
竜王の儀。
その正体は、竜翼人の族長をイケニエとして捧げることにある。
イケニエとは言っていたが、『いにしえの竜王』の依り代とするのが目的のようだ。肉体を失った『いにしえの竜王』を復活させ、その秘術により、地脈を活性化するのだという。
茶色い竜翼人:
『地脈の活性化というのは、いかにもだが口だけの話だろう』
いにしえの竜王は、荒々しい性格でおとなしく言うことを聞くとは思えないという。
葵:
『あたしらの目的は、いにしえの竜王の復活阻止になるわけだ?』
茶色い竜翼人:
『うむ。〈冒険者〉からすればそうなろう』
ここまでは以前に聞いた内容とそう大きく違ってはいない。問題はここから先だった。茶色い竜翼人と別れてから話の続きをすることに。
アクア:
「結局、誰を助けるかがポイントね」
英命:
「赤いカレを助けるか、族長を救うか、竜翼人の里を救うか。それぞれ微妙に異なる結果になるでしょうね」
頼まれたのは、次代を担うリーダーである赤い竜翼人を救うことだった。族長を倒しつつ、赤い竜翼人を救うのがここでの依頼だと考えられる。
依り代となった族長を殺せば、里は竜族を裏切ったことにならない。逆に族長を救ったとすれば、里は竜族を裏切ったことになるという。しかし、赤い竜翼人は族長を殺すのを阻止しようとしてくるだろう。赤い竜翼人は自分の死は覚悟しているというが、族長を救えば里が滅ぼされる可能性は残る。
ジン:
「全部助けるのがベストだろ」
ユフィリア:
「そうだよね!そうだよね!」
珍しくちょっと興奮気味のユフィリアだったりした。とても嬉しそうなのは、モルヅァートの時は意見が分かれて寂しい思いをしたこともあるかもしれない。
葵:
『そうなると依り代になってる族長を、いにしえの竜王ってのと分離かなんかしなきゃならないわけだ』
ウヅキ:
「それってどうなるんだ? 普通にレイドクエ回したら、竜翼人の族長をぶっ殺して終わりのはずだろ?」
葵:
『レイドクエ失敗の場合は、依り代になったまんま、族長がいにしえの竜王として復活するんだろうね』
スターク:
「最悪は族長を倒して、赤い竜翼人だけでも救うってライン?」
シュウト:
「最悪はそうなっちゃいそうだね……」
葵:
『でも今回のレイドクエはかなりイレギュラー要素たっぷりだったから、イケる可能性は十分にあるよ。普通にやってたら、〈竜翼人〉たちはただの敵だし、ラスボスもたぶんデカい竜翼人。それを何も考えないで倒して終わるはずだからね』
〈大災害〉のおかげというのか、竜翼人の里と交渉を持つことに成功している。シナリオの別側面というのか、『竜翼人ルート』みたいなものをやっている感じになりそうだった。
葵:
『ま、クエ失敗ではなく、リタイアを目指すことになると思う。倒すもん倒さないんだから』
Zenon:
「出るものも出ないってこったな?」
バーミリヲン:
「貰うものは貰っている。モルヅァートから十分にな」
全員が頷いて、同意を得ることが出来ていた。
◆
巨体を誇る竜翼王ランガージの猛攻に晒される。巨大なスレッジハンマーを躱し、魔法を受け流して前線をひとり構築するジン。
Zenon:
「おい、どうすんだよ、このままじゃ!」
確認できたギミックは、祭壇のようなもの3つ、ボタンのようなもの2つ。そして上空の出っぱりで〈竜翼人〉達が待機中である。
ボタンを押すと、電撃のようなものが発射され、竜翼王ランガージが一時的に停止するが、回数制限がありそうなので乱射していない。
これらの組み合わせに最適解があるのか、ないのか。
葵:
『祭壇を先に破壊するべきか。しかし、ボタンは何の意味があるんだろう。適切なタイミングがある? いや、そもそも勝利条件を考えると祭壇を破壊されたら負けなんじゃ?』
葵の長考が始まっていた。一発勝負だけあって、ギミックの関連を調べることすら限定的になってしまう。責任は重大で恐ろしいが、葵ならば、葵ならやってくれる!と無責任な信頼は無限大にマックスである(苦笑)
ユフィリア:
「なんで降りてこないのかな?」
ニキータ:
「そうね? ……なんでかしら?」
葵:
『思い、出した!!!』☆ビキュイン☆
シュウト:
「えっ、経験済みだったんですか?」
ジン:
「ただのネタだろ(苦笑) まぎらわしいんだよ」
葵:
『フッ、見切った。……オラァ! いけいけぇ、DPS上げろぉ!!』
シュウト:
「えええええ(苦笑)」
スターク:
「いったい何? どういうこと?」
Zenon:
「とりあえず、参戦するぜっ!!」
強制的に10m後退させるショックウェーブをたびたび受けつつ、前に出ながら前線を構築。アクアのハミングが僕たちの能力を底上げし、順調にダメージを積み重ねていく。
強さ自体、モルヅァートと比べてしまえば大したことはない。しかし、強さのバランスは良かった。武器と魔法をそれぞれの腕から繰り出し、ブレスや尻尾がそこに加わる。
デバフ系のいやらしい攻撃よりは、直接ダメージ系なので回復力が求められるものの、竜の魔力を得たジンの防御力は高く、やすやすとダメージを貰わない。
アーマーブレイクのタイミングで、それぞれ必殺攻撃を吐き出す。テンポよく攻撃重視でDPSを上げたり、防御重視で下げたりしながら、油断することなくダメージを積み重ねていった。
シュウト:
(まだ動かないのか……?)
〈竜翼人〉達が動かないのを確認しつつ、HPゲージは半分以下へ。
数十秒ごとに召喚されるようになった追加の〈竜牙戦士〉を倒しつつ、さらにダメージを蓄積。そろそろ新しい展開とかになってくれないとキリキリしてしまう。
Zenon:
「おい、いいのか? このまま倒しちまうんじゃねーのか?」
バーミリヲン:
「まだ動きがない。信じよう」
HPゲージ3割を下回っても、まだ葵の指示はない。〈竜翼人〉達も動く気配がない。祭壇3カ所は特に変化がないし、ボタンも最初に試しで押してからはさわってもいない。
クリスティーヌ:
「このままでは……」
色っぽいメイド服を来たクリスティーヌが、胸を盛大に揺らしながら、レイドボスの背後からデバフを更新する。凄い格好なのだが、最高性能なのでラスボスで使わせない訳にもいかなかったらしい。
葵:
『敵の動きに集中! 何があっても見逃すことのないように!』
残りHPゲージ25%へ。そして20%、15%、10%になっても何も起こらなかった。狂暴化が先に始まってしまう。残り7%でも、状況に変化が起こらない。
シュウト:
「ジンさん!」
ジン:
「…………」
いくら葵でも、知らないことはどうにもならない。間違えたのではないか?という疑念が消えない、拭えない。何かを間違えていた可能性はないのだろうか。先に祭壇を破壊しなければならなかったのかもしれないし、あのボタンには何か別の意味があったのかもしれない。
しかし、ジンは沈黙を守り、動揺を見せなかった。その姿が、その背中を大きく見せてもいた。ただ黙って、信じて、耐えていた。揺らぐことのない精神的・実力的中心としての偉容。それらに勇気づけられる。ギリギリのところでももう少し、もう少しと言葉を繰り返し、堪えることが出来る。
ウヅキ:
「これで、5%、だっ!!」
エクスターミネイションのダメージで〈竜翼王ランガージ〉のHPゲージが5%に突入する。怒りの咆哮と共に、ブレスの体勢に入っていた。
ユフィリア:
「動いたっ!」
全てがギリギリのタイミングだった。ブレス・モーションに入っているのに、ジンの背後から強襲する赤い竜翼人。鋭い槍の切っ先がジンの背中を貫かんと圧倒的な速度で襲いかかる。
赤い竜翼人:
『うおおおおおお!!』
シュウト:
「ジンさん!?」
交錯するジンと赤い竜翼人。そして放たれる轟炎のブレス。もっとも混沌とした瞬間を、ジンは……。
赤い竜翼人:
『……なぜだ? なぜっ!?』
火炎が収まった時、ジンと赤い竜翼人は重なるように立っていた。
ジンは背後からの槍による突撃をいなし、正面のブレスから赤い竜翼人も護り切って見せた。ユフィリアの回復魔法が傷ついたジンに飛ぶ。
ジン:
「信じてたからに決まってる。 ……お前は、必ず、俺たちを裏切るってなぁ!!」
『必ず裏切る』というその一点への絶対的な信頼。ジンは賭に勝った。強引なる予定調和をもって、その一瞬を切り抜けてみせたのだ。
葵:
『よしっ! リディア、バーミリヲン!』
リディア:
「は、はい!」
バーミリヲン:
「おう!」
2人がボタンのギミックを操作しに走った。赤い竜翼人以外の〈竜翼人〉達は、祭壇の破壊を行おうとしている。あの祭壇の破壊は敗北条件になっているらしい。ここが正念場だった。
葵:
『せーのっ!』
ボタンを同時に押すと、電撃が〈竜翼王ランガージ〉の動きを一瞬停止させていた。
葵:
『状況を視認! 変化してるポイントを探せっ!』
全員の攻撃が停止し、変化を探す。この一瞬が全てだ。ここで何も変化していなければ、暴れ続けるレイドボスを殺して終わらせなければならなくなる。記憶の限り、変化している部位を探す。
レイドボスだけではない。ゾーン内部の変化まで含めて、あらゆるもの、変化を探す。
タクト:
「背中だ! 新しいHPゲージ!」
葵:
『そっち! アタッカー、集中攻撃!!』
タクト:
「〈ライトニング・アッパー〉!」
首の付け根に現れた新しいHPゲージ、〈パロールの宝珠〉を集中攻撃する。いち早くタクトが駆け上がり、極拳でライトニングストレートを、アッパー形状で放った。
正面からの攻撃をすべてジンが引き受け、背中の味方に被害が行かないようにヘイトを厳しく管理する。
赤い竜翼人:
『どうする気だ!?』
ジン:
「どうもこうもあるか、お前らの族長なんだろ?」
赤い竜翼人:
『しかし、これでは……!』
葵:
『これしかないっしょ!』
咆哮と共に放たれるショックウェーブで吹き飛ばされながら、体勢を整えて直ぐに再ダッシュを掛ける。
シュウト:
「〈乱刃紅奏撃〉!!」
6つの瞳が吸い込まれるように命中する。〈パロールの宝珠〉はレイドボスほどのHP量はない。
Zenon:
「間に合うか?」
祭壇が既に2つまで破壊されている。先に宝珠を破壊できるかはギリギリのところだった。〈竜翼人〉を足止めする必要があるかもしれない。そう考えていたところ、リディアがクラウドコントロールに向かってくれた。
宝珠が背の高いところにあるので、攻撃を届かせるのに手間がかかる。動く尻尾を躱しながら、背中を駆け上がる。
スターク:
「ご、〈ゴーストヘッド〉!」
遠慮がちの、おっかなビックリな感じで放たれるスタークのゴーストヘッド。ダメージソースとして悪くない。
ケイトリン:
「ハァア!!」
ケイトリンの一撃でようやく宝珠の色がくすんで消えた。入れ替わるようにニキータが宝珠を首もとから切り落とす。転がるように背から落ち、宝珠は地面で粉々に割れていた。
それとほとんど同時に祭壇が〈竜翼人〉によって破壊される。しゃがみ込むように崩れる〈竜翼王ランガージ〉。否、その名前がエラーであったかのように、ゆがんで、消えていく。
ゾーンから緊張感が失われていった。レイドが終わったのだった。
思惑通りの、『クエスト・リタイア』。それが僕たちの得た結論だった。
戦いは、終わった……。
レイドクエストを達成することは出来なかった。最後のレイドボスから報酬を得ることも出来なかったし、このゾーンに僕たちの名を刻むことも叶わなかったが、今の自分たちにとって『可能な限り』を成し遂げたことに違いなかった。
赤い竜翼人:
『礼を言う……』
ジン:
「いいさ。こっちも思惑があってやったことだしな」
葵:
『問題は山積だしね。里の平穏が守れるかどうかはこれからだし、「いにしえの竜王」の件はなんも解決してないっしょ?』
幾分か体が小さくなった族長を連れて母堂の外へ。縛って転がしておいた〈竜翼人〉も一緒だ。
シュウト:
「うっ……」
赤い竜翼人:
『ブライムス、それにシューゼルトか!』
外に出ると、待ちかまえていた。
緑竜と青竜、たぶん上位奏竜であろう2体。それがホバリングしながらこちらを見ている。それ以外にも空を飛んでいる竜が、ざっと数えて30体ばかり。〈竜翼人〉を殲滅しようとしているのか、どうなのか。
多勢に無勢だが、どうなるか。にらみ合いは続いた。
ジン:
「戦るってんなら、殺ってやろうじゃねーか」
構わずにずいっと前に立つ。こんなのに巻き込まれたらひとたまりもないと思うのだけれど、ジンがただで死ぬとも思えない。ジンが立つのなら、僕らはその後に続かない訳にもいかない。
〈竜翼人〉達も武器を構えてにらみ合う。緊張の瞬間が長く続いた。
ふと、雪のちらつく曇り空に光が射したと思った。時間帯はまだお昼前のはずだが、ドラゴン達が光が射した側を見ている。僕も視線が吸い寄せられるように『それ』を見た。
シュウト:
「神竜……?」
直線距離でどのくらいだろう。2キロやそこらはあるはずだ。どこぞの峰に降り立つ巨大な竜が一体。凄まじい力の集合体のような、何か。モルヅァートも凄かったが、それを上回る強さの塊がただそこに在った。
それだけで、ドラゴン達は納得したかのように去っていった。
Zenon:
「…………助かった、のか?」
竜と竜翼人の争いを好まないと伝えるためなのか。神竜でしかありえない個体はドラゴンが去ったのを見届けると、また何処かへと飛んでいった。
本当のことだったのか、ただの幻だったのか、幻想のような光景だった。
赤い竜翼人:
『まさか、神が……』
竜翼人の族長:
『うむ。単なる気まぐれか、それとも』
もう大丈夫だろうということで、空を飛べる〈竜翼人〉たちとその場で別れた。
ジン:
「んじゃ、帰るか」
シュウト:
「そうですね」
リタイヤしたためややあっさりとした結末だが、少なくとも僕は満足していた。葵の言うように、『いにしえの竜王』のイベントがここで終わるかは分からないが、今日のところは良しとなるだろう。
帰還呪文でアキバへ。予定よりもかなり早く終わったとはいえ、11月29日と思えば、やはりギリギリではあった。
ささやかながら、『お疲れさまパーティー』をすることになった。ごちそうの準備でレイシンやユフィリアが駆け回っている。
僕たちは後片付けをし、装備品の修繕、備品の買い足しなどをしている間に夕方になっていた。今夜そのまま帰るのか、明日の朝にするのかはアクアが決めるらしく、どうするのかエリオもスタークも分からなさそうにしていた。なんとも締まりのない話である。
ジンは、ひたすら食べていた。
パーティーの主役になっていたのは、これで帰国するメンバーだったし、もちろんそれが正しいと思う。遠巻きにそれを眺めながら、スイーツ系のピザ(ドルチェピザ、とかいうヤツ?)を食べていた。
葵は騒がしく盛り上げていた。酒を持ち出した頃にはジンに気を使ってか、一番遠くのテーブルに陣どるようになっている。
レイシンは作業に徹していた。食事パートが終わって、イッチー主導のスイーツにシフトしたころに戻って来て、軽くつまんでいた。味見でおなか一杯と言って、ジンのピザをつまんでのんびりしすることにしたようだ。
石丸はいつもと同じ、置物のようだった。少しずつ摘んで満足していたようだ。
ユフィリアは変わらずパーティーの主役をしていた。食べ物や飲み物をもって現れては場の注目を一身に集め、しばらくしたらいつの間にか居なくなり、また現れてを繰り返している。なんだかんだ一番目立つのだった。
ニキータは色々な人の間を歩いて話して回っていた。ケイトリンはそれをずうっと追いかけていた。どんだけ好きなのだろう。
英命は立食しつつ、会話に参加しながら、ゆるやかに場を楽しんでいた。人望もあるのだろう。しょっちゅう話しかけられていた。
エリオ、スターク、Zenonは帰りたくないとか、さっさと帰れ、いや、お前だけ帰れなどとやり合っていた。ここが一番楽しそうだったと思う。
タクトとリコはリディアと一緒に、そー太や静、りえ達としゃべっていた。静・りえが葵と酒盛りを始めたあたりからメチャクチャになっていった。
バーミリヲンは、エルンストや大槻たちとゆっくり酒を飲んで会話を楽しんでいるようだった。
アクアは、話しかけられれば受け応えしているようだが、基本的には1人で飲んでいた。
ウヅキは、食べ物・飲み物を確保すると、隅っこで毛布をかぶって小さくなっていた。まぁ、この場に留まっているだけでも奇跡的な気がしないでもない。ときどき星奈や咲空が話しかけていたようだ。
たくさん食べて満足したのか、ジンは体を傾け、手で頭を支えていた。
そこに近づいてきたのはアクアだった。
アクア:
「宿題が増えたわね」
ジン:
「……だな」
レイシン:
「そうだねぇ」
石丸:
「そうっスね」
ひとつのレイドクエストが終わって、ふたつの宿題が残った。
『いにしえの竜王』と『モルヅァートの弔い合戦』。特に後者は異世界の来訪者との対立ということになりそうなので、様子を見ながらということになるだろう。今のところ典災と予想されていて、その典災は〈冒険者〉と対立する行動を選択している。もし、倒せるなら倒したいところではある。どさくさまぎれでも、なんでも。
アクア:
「私の協力者から情報を得られたら、必ず教える」
ジン:
「頼む。……今回は、助かったぜ」
アクア:
「ええ、私も楽しかったわ」
ジン:
「…………」
アクア:
「…………」
この2人の対話は、見ているだけで胃が痛くなりそうだ。色々考えているのだろうけれど、たぶん2人とも何も考えていないのだ。平和であれば、語るべき言葉を持たないのかもしれない。特にジンはそうだ。
アクア:
「また、世界の危機で逢いましょう」
ジン:
「そりゃあ、いい」わっはっは
アクアは思い立つと行動が早い。エリオ・スタークの首根っこを捕まえると、「帰るわよ」と宣言して男2人に悲鳴をあげさせていた。
それから30分程で帰ることになってしまい、あわてて見送ることに。
シュウト:
「それじゃ、また、世界の危機で」←真似して言ってみた
エリオ:
「そうでござるね! 直ぐにまた会えるでござる!」
スターク:
「え~? 世界の危機なんて、もう当分いらないよ!」
クリスティーヌ:
「ギルマス共々、お世話になりました」
アクア:
「さっさと行くわよ」
それで、終わりだった。なんともあっさりとした別れに拍子抜けする。
エルムが現れたのは、アクア達が去った後のタイミングだった。
エルム:
「お久しぶりです。レイドが終わって一段落ということですが?」
ジン:
「よう、よくもノコノコと顔を出せたなコノヤラウ?」
エルム:
「ええっと、なんのことでしたっけ? このところ忙しくて(笑)」
ジン:
「無理矢理モンスター退治に行かせた時が最後だったろうが!」
ユフィリア:
「マグロ海鮮丼を食べたんだよねっ。美味しかった!」
エルム:
「マグロを釣り上げたと聞いていますよ。さすがの強運ですね」
ユフィリア:
「えへへ~。凄かったんだよ~。こーんな大きくて!」
ジン:
「あー、はいはい。確かにマグロは旨かったよ」
エルム:
「それは何よりでした」ニコニコ
ユフィリアと2人掛かりで押し切ってしまうエルムだった。
パーティーの残りをつまみつつ、エルム相手にレイドの話を語り聞かせたりしていた。ジンはずうっと嫌そうな顔をしていたけれど。
エルムはというと、アクアとまた入れ違いになったことを残念そうにしていた。
ジン:
「んで、そっちはどうなんだよ」
エルム:
「ええ。今の仕事は一段落したましたので、次の仕事に取りかかろうと思っていまして」
シュウト:
「次、ですか?」
葵:
「ほえ~。エルムくん、次は何をやんの?」
ジン:
「引っ込め、酔っぱらい」
エルム:
「大規模な開発プロジェクトを手伝うことになりそうです」
ジン:
「……具体的には?」
エルム:
「『お米』ですね。来年の作付けまでに、農地を確保したいと考えています。まずは、新潟の魚沼辺りを視察しようかと。その土地の大地人貴族と顔見知りになったり、やるべきことは少なくありませんね」
生産ギルドは終わらない戦いを続けることになる。食糧難に備えて、あらゆる手を打つのだろう。
本来豊かな日本の国土で賄える食料は、たとえハーフガイアで面積が小さくなっても圧倒的なものだろう。プレイヤーがたかだか3万人増えたところでどうってことはないはずだ。
Zenon:
「なるほどな」
バーミリヲン:
「了解だ」
エルムが出るとなれば、この2人も付いていくことになるのだろう。
ジン:
「石丸、いいタイミングを教えてやれ」
石丸:
「了解っス」
シブヤ発の〈妖精の輪〉の周期を教えて、出発の足がかりとすれば、大きな時間短縮になるだろう。最短のタイミングが翌日だったため、Zenon・バーミリヲンも帰り支度&出発の支度をすることになって慌てていた。
シュウト:
「寂しくなるなぁ……」
ニキータ:
「たった6人なのにね」
そうして秋は終わり、冬がやってくることになった。