175 聖域の母堂
雪だった。
一晩あけて、一面の白。吹雪というほど酷く降ってもいないだろうに、もう軽く積もっている。現実の地球より寒いからだろう、積もる一方のようだ。
サクサクと踏みならして楽しかったのは最初の10分だけ。先頭の人が〈フローティング・スタンス〉で楽々と歩いているので、『ジンさん、汚い!』などの罵声をみんなで浴びせたりした(ちなみに、アクアさんも楽そうに歩いてはいたのだが、文句を言える雰囲気の人ではない)。
重装備の人にはフライの魔法を使うことにして、黙々と歩いては戦闘、を繰り返す。
当然、戦闘でも雪で動きが鈍る。もう大苦戦だ。ジンのフォローもロクにできないので、動きを止めて戦う普通の戦法に。
ジン本人は〈フローティング・スタンス〉で普段通りの運動状態を確保している。だとしても、味方の動きが鈍いのでそれに合わせてのんびり戦うしかない様子。
雪に足をとられないように半分跳ねながら側面に移動し、〈竜牙戦士〉に矢をひたすら撃ち込んで、ヘイトが跳たら、足止めの魔法を掛けて、という変則戦法になってしまった。
シュウト:
「館、ですね」
ジン:
「城かもしれないな」
茶色の竜翼人に教わったポイントにたどり着き、建物を発見した。
敷地に入ったものの、特に魔物などが現れる訳でもなかった。先にぐるりと周囲を確認。別の出入り口を確かめてから(まぁ、無かったんだけど)、正面玄関へと戻ってきた。
準備はたぶん万全だと思われる。可能な限り買い物などして出発している。
ジンなどは爆発対策でブロードバスタードソードを3本も購入したらしい。いくらなんでも武器がないと戦えない。本人は『素手でも行けるが、最後の手段』と言っていた。もし小手が壊れたりしたら、鎧の修繕費や買い直しがシャレにならないからだろう。
どれだけお金を稼ごうと、使ってしまえば貯まるはずもない。ジンの金運はトコトンまで試練を与えるつもりのようだ。
扉の前で最後の確認を行う。目標は2日での踏破。残り1日はアクシデント対策もあるので予備日として残しておく。それなりに強気の目標設定だ。建物のサイズからすれば半日と掛からずに終わりそうだが、逆に小さ過ぎるのは問題でもある。
英命:
「パターン的には、地下でしょう」
数人が頷く。みんな同じことを考えていた。問題は地下がどのぐらいの広さのダンジョンになっているか、だろう。地盤の強さだのなんだのは魔法には関係ないので、広大なダンジョンが広がっていてもなんら不思議はない。
ダンジョン探索はどうしても時間が掛かる。セーフティーゾーンを見つけてキャンプの準備する必要もある。昼はお弁当でも、夜は食事の支度もあるし、寝る時間も必要になる。
何よりレイドボスが何体いるか?というのが問題だ。ラスボス以外に1体なのか、2体なのか。あまり希望的観測をしていられる状況でもない。
僕は龍奏弓をしまって、以前の弓を取り出して装備した。『瞳』のProcは強力だが、ダンジョンでは敵を引き寄せてしまうので使いにくい。
シュウト:
「お願いします」
ジン:
「うし、入るぞ」
葵:
『いっちょやるけ~。……あ、そうそう。〈竜翼人〉が出てきたら、殺さないで、ふんじばってね~』
〈竜翼人〉が出てきたら、フムフム……、!?
シュウト:
「ちょ、ちょっと待ってください! そういう展開になるんですか!?」
エリオ:
「か、考えてなかったでござる……」
ユフィリア:
「どうすればいいの?」
ジン:
「殺さなきゃいいんだ。 がんばれよ」←他人事
シュウト:
「いやいやいや、少し打ち合わせの時間ください!」
抵抗できないようにして、縄などで無力化する方向でまとまる。理想的にはリディアのアストラルヒュプノで眠らせたい。再使用規制5秒が援護歌でさらに短縮されている。これなら連続使用が可能だ。しかし、空を飛んでる状態で眠らせると、墜落時にダメージで起きるかもしれない。まず地上まで引きつけたり、叩き落としたりする必要があるだろう。
それとダメージは与えてしまうが、パラライジングブロウで麻痺を狙うこともできるはずだ。
ある意味殺すのが得意過ぎて、おとなしくさせて捕まえる方の難易度をずいぶんと高く感じてしまう。ジンは〈竜破斬〉だと殺してしまう可能性もあるからか、手伝う気はなさそうだ。どちらにしてもメインタンクをしてもらっておいて、そんな手間を求められる訳もない。(ジンさんがやるのが一番簡単で早くて楽だったりするけど)
葵:
『リコちゃんの蜘蛛の糸もあるし、なんとでもなるって。難易度的にも、ほどよい緊張感がでてきたっしょ?』
シュウト:
「いや、全然うれしくないです」
ジン:
「ごちゃごちゃ言ってんなよ。そろそろいくぞ」
お気楽な様子のジンが扉を開けて中へ。
まず天井が高かった。内装がキチンとしていて、西洋のお城風。教会かもしれないが、僕にその手の区別はつかない。2階は無さそうな作り。広めの部屋なら飛行系モンスターも十分に動けるだろう。
ゾーン情報も一緒に確認。『聖域の母堂』。フルレイドランク規制。
ニキータ:
「敵です。3、いえ、4体」
葵:
『セットアップ。ジンぷー』
ジン:
「へいよ。……頭上とられるなよ?」
リビングスタチューやガーゴイルといった魔法生命体が相手だった。数が少ない分、一体一体は強い。そこにさっそく〈竜翼人〉が混じって襲ってくる。
『スライムいるかも? 注意してねん!』と葵の声が飛んだ。敵が魔法生命体の場合、スライムが隠れていて不意を衝かれることがあるからだろう。居ても居なくても、注意だ。
リコ:
「イダさん、お願い!」
リコの召喚生物・鋼鉄蜘蛛、イダさんの糸がガーゴイルを捕らえる。空中から引きずり落としてボコボコに。続けて〈竜翼人〉も糸で捕まえた。リディアが眠らせてクラウドコントロールしている間に、他の敵を倒して戦闘終了。〈竜翼人〉は縄で縛って転がせておくことにした。引きずってどこかの部屋に押し込むのは手間なので止めておく。
Zenon:
「その蜘蛛、意外と便利だな?」
リコ:
「当然♪」
鼻を鳴らすリコが微笑ましい。すっかり打ち解けて仲良くなっていた。
考えてみれば、このレイドメンバーとももうすぐお別れになるのだ。アクア、エリオ、スターク、クリスティーヌは戻ったり・帰ったりするだろう。Zenonとバーミリヲンは任務がなければアキバにはいるのかもしれないが、毎日一緒とはいかなくなる。
ジン:
「お、幻想級?」
レイシン:
「だね」
倒した敵は幻想級の素材を落としていった。レイドモンスターだけのことはある。これはかなり割がいい。いや、十分に強いので当然ではあるのだけど、補給的な意味ではもの凄く助かる。
スターク:
「うわぁ、リポップしないかなぁ~」
リディア:
「こんなの、倒しっぱなしでしょ」
非NamedのMobだ。リポップしないパターンも多い。ギミックにも関係してなさそうだし、望みは薄いだろう。
転がされている〈竜翼人〉をじーっと見つめてジンが一言。
ジン:
「アイツも倒せば(幻想級の)素材がでるんかな?」
誰かがゴクっとノドを鳴らしたような、〈竜翼人〉がビクッと動いたような気がした。たぶんどちらも気のせいだと思う。誘惑は小さくないにせよ、ともかく悪趣味だ。
ユフィリア:
「ジンさん、メッ!」
ジン:
「……なんか、このところ俺の扱いが雑じゃね?」
アクア:
「自業自得でしょう?」
ユフィリア:
「そうだよ。じごーじとく!」
調子にのってアクアのセリフを得意げにリピートしている。これは痛い目をみるパターンだろう。本人も分かってそうなものだけど。
ジン:
「お前、メッとかいいたいだけだろ。 あぁん、コラ?」
ユフィリア:
「やーん」
ニキータの背中に隠れようとして失敗。後ろからジンに抱きつかれている。案の定ではないか。
ジン:
「構って欲しいんだろう? モルヅァートが死んで寂しかったか? よーし、このお兄様に任せておけっ!」くわっ
ユフィリア:
「やーだぁ~!」じたばた
葵:
『さすおに!』
お兄様というか、頭のなかで『鬼ぃさま』に勝手に変換されて笑いそうになる。
スターク:
「って、ダンジョンの最初の部屋で、もうイチャつくの?」
ジン:
「『弘法、場所を選ばず』というではないか」
リコ:
「『筆を選ばず』でしょ」
英命:
「『弘法にも筆の誤り』かもしれません」にこにこ
英命のツッコミ参加で具合が悪いと思ったのか、ジンが手を引いた。
ジン:
「チッ、仕方ない。……ごめんな、続きはラスボスの部屋の前でな。期待してていいぞ?」ナデナデ
ユフィリア:
「えーっ!? まだ続けるの?」
不満そうな声を出してはいるが、頭を撫でられて満更でもなさそうな顔のユフィリア。早くも引き返したくなってきた。
それはともかく。リポップを待って、ずっとここらで素材稼ぎをするような望みの薄い話になるはずもない。僕らはまるで床の摩擦抵抗値が小さくなったかのように、するすると奥へ。
調度品も良さそうなものだし、埃をかぶっているわけでもない。誰かが掃除しているとか? ……そうした細かい点が気になった。魔法的な空間だから? まさかお掃除モンスターでもいるとか? 埃を食べるというと、やっぱりスライム?
葵:
『前方に敵1体。情報収集をヨロ!』
葵の視点が偵察して敵を確認。ただし〈竜眼の水晶級〉では敵の名前やステータスは読めない。代わりにステータスを読むべくそろりと近づいていく。
シュウト:
「〈聖域の保護者〉、レベル92です」
葵:
『警報男かな? ……確認のため、呼んでみんべ!』
ジン:
「マジかよ。1体とは限らないだろ」
葵:
『かめへん、かめへん。イケるイケる』
警報男という言葉から察するに、致命的な強さのモンスターを呼び出すタイプといった意味だろう。その『呼び出されたモンスター』を確認したいらしい。
ギミックのパターンを読むためという名目で、特に警戒せずに接近。
〈聖域の保護者〉は骸骨の姿をしていた。アンデッドというよりは、ドラゴントゥースの方だろう。僕らを発見して近づいてきた。攻撃開始から5秒ほどで、両腕を広げ、赤いエフェクトをだし、震えるようにして轟音を発する。予想通りに警報タイプのようだ。
見えない空間をまたぐかのように、巨大な石像が現れる。透明になってスウっと消えていくのの、ちょうど反対だ。何もないところからスウっと現れてきた。
〈石肌の殺戮者〉、レベル97~98。動く石像系を巨大にしたタイプ。フルレイドでも全員で挑まないといけない強さ、それが同時に2体。
葵:
『こいつぁ、ヤベー!(笑)』
ジン:
「だから言ったじゃねぇか!」
シャレになっていない。しかし、葵は冷静?だった。常時おちゃらけているためか、いつも通りが崩れないだけかもしれない。
葵:
『ござるくん、右の足止めヨロ。アタッカー、警報男を先に潰して。ジンぷーは左から、石像をおまとめローン』
エリオ:
「了解でござる!」
ジン:
「……うぜぇ!」
ヘイト獲得前に振り回してきた石の腕をかいくぐってジンは背後へ。飛び上がりつつ、背中にシールドを強く叩き込む。続けて〈シールドチャージ〉を発動させて強引に押し込む。
葵:
『ござるくん、いったん離脱。いしくん、オリスペ準備。全員、場所を確保!』
ジンの突撃の上からレイシンが〈ワイバーンキック〉。ジン、レイシンの順でジャンプして退避。そこでタイミング良く呪文が炸裂した。
石丸:
「〈フレアテンペスト〉!」
レガートの魔杖++からモルヅァートのオリジナルスペルが放射される。杖の先端が魔法の起点になるので、術者の細かい移動と、仲間のポジション管理は欠かせない。
サイズでダメージ変動する魔法なので、大型サイズの〈石肌の殺戮者〉には効果が高いはずだ。ジン達の攻撃で2体目に押しつけた形だが、前になる1体が盾になることはない。熱と光の嵐で揉みくちゃにする、前後お構いなしの範囲攻撃だ。
魔法終了のタイミングに合わせて、僕も特技攻撃を重ねる。新しい矢筒から魔法の矢を掴みとる。
シュウト:
「〈アロー・ランペイジ〉!」
石像2体に向け、矢弾の雨が降り注ぐ。フレアテンペストと合わせて軽く7万点以上のダメージが入ったはずだが、HPゲージの減少量は1/5程度。僕らの胸に敵の脅威がしっかりと刻まれた。とてもじゃないが、ソロで戦える相手ではない。
葵は失敗してもフォローの利くタイミングで、敵の戦力を確認させたかったのだろう。
ウヅキ:
「よし、こっちは倒した!」
警報男こと、〈聖域の保護者〉がダウン。
葵:
『いしくん、2種類の時間測定よろしく! 倒した後と戦闘終了後ね』
石丸:
「了解っス」
ヘイト順位的に石丸を襲おうとする〈石肌の殺戮者〉を足止めして、ジンがダメージを重ねていく。
ジン:
「あー、こういうタイプの敵、好きだわ~」
ジンは強い敵が好みだ。片側を素早く倒しきり、もう一体へ襲いかかる。メンバー総掛かりでなら、HPを削るのはそう難しい話ではない。
シュウト:
「〈アサシネイト〉!」
最後は僕がたまたまラストアタックになった。最新版アサシネイトだ。命中エフェクトが発生し、〈石肌の殺戮者〉が白い輝きの中でシルエットになる。そのまま切断されて倒れる演出になった。
モルヅァートを倒した時に97レベルに到達したため、系統上位特技が追加されている。威力には満足しているが、それ以上は意外にどうこう思わなかった。ただ単に、もっと連射が利いて、威力もある技が欲しい。
〈石肌の殺戮者〉は経験点こそそれなりではあるものの、ドロップアイテムは振るわない。〈聖域の保護者〉の方は経験点も振るわない。
葵:
『チャッチャッと片付けちゃって。すぐ移動、やれ移動、とっとと移動』
そして十分に離れた地点で待機。しばらくして〈聖域の保護者〉がリポップするのを確認した。
葵:
『どっち?』
石丸:
「戦闘終了から、100秒きっかりっス」
葵:
『やっぱそっちか。サンキュウ!』
警報男のあだ名の通り、100秒でリポップしては、強力なモンスターを召喚するらしい。無限ポップでも素材がショボイなら戦う意味はない。
その後も何体か出現した警報男を素早く処理しながら進んだ。建物内部の敵をあらかた倒し、幻想級素材などを確保して、昼食前にあっさりと地上階最後の部屋と思われる場所に到着した。だいたいは葵の指揮のお陰である。
葵:
『いるいる、いたいた。奥にネームドっぽいの発見』
アクア:
「配置がいやらしいわね」
アクアが指摘したのはネームドと警報男の配置が近いことだろう。この場合はネームドとの戦闘中に、背後で警報男がリポップすることになる。放っておけば〈石肌の殺戮者〉が呼ばれて、背後から囲まれて全滅コースだろう。
葵:
『戦闘中の警報男の処理が鍵だからね。いしくん、リポップ15秒前と5秒前に確認で声出しして?』
石丸:
「了解っス」
石丸の精確さは僕らの重要な武器だ。お願いしたことは確実にこなしてくれる。逆から言うと、お願いしなければやってくれない。最近まで『あまり気の利かない人だから』と思っていた。けれど『レイド=ライド』の時に感じたものはまるで違っていた。記憶力も含めて、圧倒的な処理能力のせいなのだ。感知している要素を、取捨選択せず、そのまま丸ごと処理できてしまえるのだ。
たとえば、僕らは戦闘に夢中になれば、覚えておこうと思ったことでも抜け落ちたり、忘れたりする。そういう経験を数限りなくしているから、『注意する必要がある』のだと分かる。自分が『忘れること』を覚えるのだ。
しかし、石丸は夢中になったとしても抜け落ちたりしない。逆なのだ。彼の側からすれば、僕たちがあまりにも『できない』だけ。石丸の視点を想像すると、どうして重要な『そこ』を忘れたりできるのかまるでわからない、となるだろう。
……ずいぶんとダメダメな姿を、自分ではまったく気が付かずにさらしていたらしい。全部に気が付いた上で、黙っていてくれるのだから、本当にありがたい。(というか、できない相手にイライラしている石丸さんは、ちょっと……)
シュウト:
「レイドボスじゃ、ないですね」
ニキータ:
「鎧の、騎士?」
警報男を先に倒して、ネームドの部屋に突撃。そこには重装備の『黄金の騎士』が待ちかまえていた。ステータス情報を確認〈黄金竜牙騎士〉。黄金の竜牙兵、いや、普段戦っている戦士タイプではない。『騎士』だ。
葵:
『中ボスだろうね。ドラゴントゥースだったら、食らいカウンター系っしょ。一応、ダメージ反射にも気をつけろよ、ジンぷー』
ジン:
「おう。じゃあ、様子見すっか」
〈アンカーハウル〉から戦闘を開始。
黄金の騎士は戦闘体勢になり、4本腕のそれぞれに武器を構えた。日頃から〈竜牙戦士〉とは戦っているが、体格が1回り、2周り大きく、異様な重さ、強者の雰囲気がある。『飲まれたのか?』と自分を笑っておく。
ドラゴントゥース系は白兵の反撃が強力なため、近接物理ダメージ担当は攻撃を控えめにして様子見。もうすぐ警報男がリポップするのでそちらも倒すことになるだろう。ここでは弓や魔法の出番だ。ジンの邪魔にならないように側面へ移動する。ニキータは逆サイドからだ。
シュウト:
「〈ラピッドショット〉!」
ダメージを稼ぐべく矢を連射したのだが、なんと、剣で防がれた。ニキータの放った矢も同じ結果に。
リディア:
「うっそ!?」
エリオ:
「堅牢でござる」
敵も然るもの。我らがメインタンクに激しい攻撃を次々と繰り出してくる。だが、ジンはさも当然のように間合いに滑り入り、逆に切りかかっていく。いつもの事で特別でもなんでもない光景だが、これが真似できない。4本腕だろうとお構いなしなのだ。
攻撃が命中するや、すかさず反撃がジンを襲った。モンスターのカウンターは攻撃を受けて、のち、発動する。〈武士〉の木霊返しと同じ『喰らいカウンター』だ。
ジン:
「ほいっと」
敵の武器とジンの盾がぶつかり合い、相殺。すかさず〈竜破斬〉でダメージを与えていく。……何気なくやっているが、これも真似できない。
木霊返しのような反撃技は発動すれば命中率は100%である。それは攻撃直後の『技後硬直にヒットさせる』からだ。どんな技でも、ダメージを与えれば技後硬直が発生する。そうした要素はジンがどれだけ強かろうと適用される、いわば『世界のルール』というべきものだ。
しかし『双身体』を使えれば、左半身・右半身とで特技タイマーを2重化することができる。特技の同時使用こそできないというが、技後硬直をキャンセルしつつ交互の特技使用が可能だ。
右半身の剣で攻撃。ダメージを与えた直後に技後硬直が発生。このタイミングに合わせて敵の反撃は行われる。しかし、双身体により左半身の盾で攻撃し、敵の攻撃を相殺。逆に敵が技後硬直のタイミングで、再び動くようになった右半身で〈竜破斬〉、という具合である。一瞬の攻防の中に超技術が惜しみなく投入されていた。
……いや、逆なのかもしれない。一瞬の中だから、超技術を使うしかないのかもしれない。
唐突に、するりと後退するジン。直後、横薙ぎの攻撃が空を切っていた。そこに〈パルス・ブレード〉をきっちり当てている。……押し・引き・見切りの完璧さ。完璧過ぎて未来予知かと思うほどだ。お手本のような攻防。それでいてお手本にできない。人型相手だからか、その武技は冴えに冴え、余人の模倣を許さない高みにある。こうした『お手本を超えたお手本』に、戦士の本能みたいなものがウズウズと騒ぎ始める。
葵:
『ちょっ、コラ! 無理すんな』
アグレッシブなウヅキの『動きの波』に、みんなが同調し増幅していく。ケイトリンが抜け目なく背後からデバフを狙う。ウヅキの〈サドンインパクト〉に、エリオの〈飯綱斬り〉、大胆に正面からステップ・インしたタクトは〈オリオンディレイブロウ〉を重ねにいく。僕は空きスペースを狙って跳躍し、〈ムービングショット〉を発動。敵の対処能力を上回ることを狙った『飽和攻撃』だ。
ガガガギンッ!
ケイトリン:
「こいつッ!」
〈ブラッディピアッシング〉を弾かれたケイトリンが、睨みつつバックジャンプで間合いを取る。まるで敵は全方位に目が付いているかのよう。僕の矢を含めて、ほとんど防がれてしまっている。
タクト:
「うっ!?」
深く間合いに入りすぎたタクトが逃げ遅れている。敵の腕が振り上がり攻撃態勢に。……そこに飛竜が救援に入った。流星のような蹴りを放つレイシン。防がれはしたが、この隙にタクトは脱出を済ませている。更に空中で回転し、浴びせ蹴りに連絡していく。
レイシン:
「〈ドラゴンバイト〉!」
『竜の上顎』が襲いかかる。強引にガードをこじ開けて痛打。レイシンへの反撃はジンがフォローの〈竜破斬〉を見舞って封殺した。ジン・レイシンの連携は呼吸がぴたりと一致している。
リコ:
「カッコイイ……」
思わず出たセリフだろう。リコが見蕩れるのも仕方ないというものだ。
石丸:
「リポップまで、15秒っス」
Zenon:
「やべっ」
葵:
『第2パーティー! 無理か、シュウくん! バックアップ!』
本当に「やべっ」である。警報男のことなど、すっかり忘れ去っていた。「移動するよりも」と考えて龍奏弓に持ち替える。間に合わないようであれば、〈乱刃紅奏撃〉を使ってもいい。
警報男をぎりぎりで倒し、再び黄金の騎士へ向き直る。
英命:
「これは良くない展開ですね」
意外な苦戦を強いられていた。物理攻撃がまともに入らない。弓もダメとなると、足止めして魔法攻撃にシフトするべきだろう。
スターク:
「じゃあ、コレだ!〈ゴーストヘッド〉ッ!」
バランスボールぐらいの大きさの、『青白い頭』が出現した。うっすらと透けた竜だか狼だかの顔は、大口に牙を晒しけっこうな速度で突撃した。モルヅァートが作った黄金の杖に込められたオリジナルスペルだ。
その威力・使いやすさに気を良くしたのか、再使用規制が解除される度に使っていく。ダメージ源としては良いかもしれないが、その使い方はどうだろう。
ケイトリン:
「このっ!」
ケイトリンがムチで腕の一本を封じようとする。うまく絡まったが、ためらうことなくムチを切断にかかる黄金の騎士。切れるのか? モルヅァートの作ったムチなのに、もう切れちゃうのか?とハラハラしたところ、……切れないで『くにゃ~っ』と伸びた。同時に腕を封じてた先端部分も解けたため、黄金の騎士は解放されてしまう。
ニキータ:
「……入ります!」
ズラリと鞘から引き抜かれる神護金枝刀。相変わらずの異常魔力に空気の色が変化したような、プレッシャーめいたものを感じる。
ジン・ニキータ・レイシン、近接トップ3が切り崩しに掛かった。その攻撃力は圧倒的で、喰らいカウンターを叩き潰しながら追いつめていく。
黄金の騎士の一撃がジンを大きく引き裂いた、……かに見えた。結果は逆だった。体捌きだけでジンは回避し、敵の動きが大きく流れた。そこをニキータが腕を斬り飛ばしている。
3本腕になったところで攻勢に出る。
葵:
『おっしゃ! 畳みかけろい!』
石丸:
「リポップまで15秒っス」
Zenon:
「やべっ!?」
本当に何度でも忘れてしまうのに驚きだった。黄金の騎士がそれだけ侮れない相手で、集中してしまうということなのだと思う(思いたい)。
葵:
『トドメっ!』
ジン:
「終わりだ、ウラァ!」ボンッ!
ジンが突きを繰り出し、突き刺さったままブロードバスタードソードが爆発した。誰よりも深く呆然としているジン。
Zenon:
「いや、爆発させんならもうちょい体力のある時に、だな?」
スターク:
「残りちょっとで使うかなぁ、その技」
ジン:
「そんな、そんな馬鹿な……(涙)」
葵:
『とりま、突き技禁止な、ジンぷー?』
ワタワタしつつも、黄金竜牙騎士を打倒。
すばやくドロップアイテムを回収し、警報男の索敵範囲から逃れるべく奥へと進む。
リコ:
「やった!」
奥の部屋では〈黄金竜牙騎士〉との契約が可能になっていた。
リコがそのまま『召喚生物』として契約し、さっそく従者召喚で呼び出していた。今の今まで戦っていた相手で、その強さも身に沁みているけども、どう反応すればいいのやら?
アクア:
「ミニオンランクでしょう? 一回り小さくなった感じかしら」
ジン:
「ちょっと試してみっか」
パーティーから抜けて、ジンが軽く手合わせしているが、強いのなんの。今し方の戦いを彷彿とさせる切れた動きでジンと刃を交えている。
ジン:
「けっこうやるぞ、こいつ。……ん?」
リコ:
「あれっ? えっ、なんで?」
ジンが動きを止めた途端、打ち掛かる気配がなくなった。ジンは剣の届く間合いにいるのに、だ。
英命:
「専守防衛タイプ、でしょうか? モンスター相手に使う分には困らないと思いますが……」
リコ:
「まぁ、これはこれでいいです。カッコイイし。……騎士様、よろしくね!」
リコの美的感覚は以前からどうかと思っていた。今回の黄金竜牙騎士は割合カッコイイ部類に入ると僕も思う。でも、だからか、『それ、どうなの?』と心の声が叫びたがっていた。
そんな心の葛藤はともかく、僕らは地上階を終えて、地下階へ。雰囲気はグッとダンジョン風に。ここから先は外観から分かる『広さの目安』が通用しなくなる。
葵:
『セーフティーゾーンっしょ? じゃあ、30分休憩~』
ここが攻略の起点となる場所だろう。荷物を下ろし、遅めの昼食をいただく。お昼はお弁当のサイドイッチなので手早く済ませることができる。
味わって食べているつもりだったが、タイムリミットが肌をピンと張っているかのようだった。落ち着かない。早く奥へと向かいたい。
ジン:
「練習はラクに。本番は一番ラクにやれ。パフォーマンスは微塵も落とさずに、な」
シュウト:
「はい……!」
エリオ:
「しかと、承ったでござる!」
タクト:
「わかり、ました」
僕に向けて言ったのだろうと思ったが、そうでも無かったのかもしれない。地下ダンジョンの空気に馴染めていない気がして、ゆったりと大きく呼吸する。それを繰り返している内に、だんだんと〈消失〉に近づいていった。
どこか遠くに、大きな呼吸があるような気がした。なんとなく、アレがラスボスだろうと確信する。
石丸:
「時間っス」
シュウト:
「それじゃ、行きましょうか!」
そうして僕らは地下に広がるダンジョンへと足を踏み入れた。
◆
葵:
『いやぁ~、奏竜っていうのが、まだあと2体ぐらい出てくるんだと思ったわ』
英命:
「HP1000万点ほどの中ボスクラスが9体ですね」
Zenon:
「十分と言われれば十分な気もするんだがな……」
アクア:
「歯ごたえが無いわね」
シュウト:
(あーあ、言っちゃった)
地下2層を制覇して、地下3階層のラスボスらしき部屋の前に到着していた。地下1層にも2層にも、『それらしき』巨大なスペースはあったのだ。割とドラゴンとかがいてもおかしくない感じの。しかし、どちらもそこは『もぬけのから』だった。
葵:
『どうするジンぷー?』
ジン:
「ハラ減った」
シュウト:
「ですよねー? まさか1日で突破できるとか思わなかったんで。えっと、食事後にします? 寝てから明日にします?」
ジン:
「どっちでもよかと! ハラ減ったんじゃボケがぁ!!」
シュウト:
(なぜ方言!?)
時間的には今が夜の22時頃らしい。やろうと思えばここで終わらせることもできる。しかし、食事が最優先だ。これ以上お待たせするとジンが暴れそうな気がする。リディアのフリップゲートでセーフティーゾーンまで戻って、食事の支度をして、食べて、休んで、もう一度この場所まで降りてきたら0時を越えてしまう気がする。いや、食べたら次は眠いが始まるのではないだろうか。
シュウト:
「……明日にします。リディア、フリップゲートを」
リディア:
「〈フリップゲート〉!」
ガツガツと夕飯を平らげ、おなかが満たされたところで、さっさと寝た。