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18  急場しのぎ

 


「狙撃だ! 止めろッッ!!」


 そうジンは怒鳴ったが、実際には何処から矢が飛んでくるのかも分からなかったのだろう。ユフィリアは咄嗟に女の子を庇うように抱きしめた。次の瞬間、飛来した矢が音もなく彼女の背中に突き刺さる。


「ッ……」


 金属鎧を貫通した矢のダメージに耐えて声を殺していたが、次の瞬間……


「きゃグッ!?」


 驚きに背を反らせて、声を上げたのがシュウトにも分かってしまった。背に刺さっていた矢は炭化して消え去っていた。


(あれは、遅延燃焼型……!)


 敵は着弾後に追撃でダメージを与えるタイプの矢を選択していた。そのチョイスの意図が、同じ弓兵であるシュウトには分かってしまった。

 着弾時に既に燃焼しているタイプの矢であれば突破力が向上し、総ダメージも高くなる。一方で着弾後に追撃するタイプの場合、総ダメージは小さくなるが鎧などの防御を抜けているため、追撃部分は威力を減じられることなく全て通り易い。また二段攻撃になるため、相手の動きを一瞬だけ長く封じるような使い方もできる。


 しかし、今回の場合はもっとサディスティックな狙いがあった。〈冒険者〉は痛覚がかなり緩和されている。痛みに強いのだ。ところが、ワンテンポ遅れて燃焼効果に晒されると、痛覚ではなく温覚が刺激され、痛みが緩和されるまでに一瞬だが熱さを感じてしまう。それは〈冒険者〉に対してより苦痛を与えたい時に適したやり口だった。



 ――ぞぐり


 シュウトは自らの内に(うごめ)くものを感じていた。





(本当に、MPKだったなんて……!)


 ニキータは矢傷を負ったユフィリアの元に駆け寄りたかったのだが、動けずにいた。母親を守らなければならない。しかし、子供も守らなければならない。次にどうすればいいのかわからず、狼狽しそうになる。


「レイ、突破だ! みんな走れ!!」


 ジンが叫ぶが、その意図が掴めない。レイシンと石丸が動き始めたので自分も雰囲気で走り始める。そのまま勢いが付き、ユフィリアの元に駆け寄るようにしながら、自分の行動が正しいのか確認するために振り向いた。すると、母親を横抱き(別名:お姫様抱っこ)にしたレイシンが走り出すところだった。その姿はニキータが見ても、とても『絵になる』ものだった。レイシンという人は普段が大人しくても、ひとたび動けばサマになってしまうタイプなのだった。


「ニナさん、子供を! そのまま距離を稼ぐっス!」

「了解!」


 石丸の補足説明でやるべきことを把握する。脇ではユフィリアに襲い掛かろうとしていたダイアウルフをシュウトが切り捨てていた。その隙に子供を抱きかかえながら、声を掛ける。


「ユフィ、大丈夫? 走れる?」

「うん、ありがと」


 同時に〈永続式の援護歌〉を移動強化の効果がある〈子鹿のマーチ〉に切り替える。一気に囲みを突破して、更に距離を稼いでゆく。後方ではジン達が敵をおさえに掛かっていた。





 焦りにも似た『動き回りたい』という気持ちだった。その時、ユフィリアに素早く襲い掛かるダイアウルフが現れたため、シュウトは切り札として取っておいたアサシネイトを解き放った。苛立ちを叩き付けるべく使ったものだったが、〈絶命の一閃〉(アサシネイト)はあくまでも鋭く、力を叩き付けるよりも早く敵を切り裂いていた。それがシュウトを物足りない気持ちにさせる。


 ――敵を嬲り殺しにしたい。

 敵のサディステックな攻撃によって、シュウトが本来持っていたサド性が刺激されていた。そのまま振り返ったところで目に入ったジンの姿に、軽い失望を覚える。剣と盾をダラりと下げ、肩を落としたように力なく立ち尽くしていた。


(あの人は何をやってんだ? こんな時に、まさか落ち込んでるってのか!?)


 それはほんの1秒ほどに過ぎなかったのだろう。よく考えれば異常な光景だった。激しい戦闘の最中、武器を下げて何もしないでいられるのだろうか。ジンの前には3体のダイアウルフがいるのに…………?


 もしもダイアウルフ達に野生の本能があったならば、この時ジンを襲わなかったかもしれない。しかし、ゲーム的な存在でもある彼らに本物の本能があるのかどうかは疑わしい。襲いかかるのを躊躇していたが、何が切っ掛けになったか、まるでパニックになった乗客が出口に殺到するかの様に、ジンに向かって同時に襲い掛かって行った。



 『 青 』



 輝く剣が振り抜かれ、端の一体が動かなくなる。同時に中央の敵を盾で押さえ付けていた。ダイアウルフは噛み付こうとして首をこじ入れようとするが、巧みに封じてしまう。そのまま右手は二度、三度、四度と剣を突き入れている。敵は逃げようにも背後にもう一体のダイアウルフが居る為に逃げられない。何かが奇妙なバランスで成立していた。がんばれば逃げ出せそうなのに、ダイアウルフはそのままロクに抵抗できずに殺されてしまう。残る一体が襲い掛かろうとするのだが、一瞬早く盾で上から押さえつけられ、爪も出せずにいる。どうも膂力の問題ではないらしい。


 もっと見ていたかったが、自分の方が忙しく、諦めなければならなかった。ジンは一体目だけは瞬間的に本気で攻撃したのだろう。続く二体目からは謎の技術を駆使しつつも、レベル相当の力で戦っているらしい。酷いダイコン役者だと苦笑する。

…………と、シュウトの澱んでいた感覚はスッキリと消えてしまっていた。


 その後は撤退戦のように後退しながら戦って行った。「両翼を展開させるな!」と指示を飛ばしつつ、ジンも敵を引き付けながら下がって行く。

 こうしてシュウト達は敵に追いつかれ、襲われながらも、少しづつ数を減らし続けた。また、ダイアウルフが遮蔽になっているのか、敵の弓矢による追撃はこないままだった。


 しばらくの後、残った2~3頭も逃げ去っていった。……こうして、無事に勝利を収めることが出来たのであった。



「…………よし、追撃もなさそうだ。どうやら終わったな」

 ジンが確認を終え、全員がホッと一息つく。ジンはそのまま〈大地人〉親子に話しかけていた。


「怪我はありませんか? 怖い思いをなさったでしょう。申し訳ありませんでした。」

「お陰で助かりました。……あの、途中で娘がご迷惑を」

「いえ、こちらの不注意もありましたので、気になさらないでください。ともかく、ご無事でなによりです。」


 頭を軽く下げて一礼してから、こんどはユフィリアの前に立った。複雑そうな顔をしている。

 ユフィリアは心配させないためか、普段よりも明るい笑顔を作っていたのだが、ジンをみて、その顔が曇った。


「ユフィリア……」

「うっ……」


 膝から崩れたのを、ジンが慌てて受け止める。


「なんだよ、大丈夫か?」

「平気……でも、ちょっと、だけ、」

「?」


 苦しそうにしているので、ジンは支えながらユフィリアを地面に下ろすようにする。



「どうした、ステータス異常でも残ってんのか?」

「ううん、大丈夫……あの、ね?」


 息も絶え絶えといった様子で言葉を懸命に紡いでゆく。


「ああ、なんだ?」

「わたし、ジンさんた、ち、みんなと、いっ、しょ、に、いられ、て……」

「ユフィリア?」

「すっごく、ウウッ、うれし、かったよ?」

「おい、ユフィ? う、嘘だろ?」

「あ、りが…………かくり。」


「ユ……ユフィリアーーーー!!!」





「って、死ぬわけないだろ……」

「…………テヘッ」


「お前、しょうがねぇヤツだなぁ」

「えー? がんばったんだから、もうちょっと褒めようよ?」

「よーしよーしゃしゃしゃしゃ」

「馬じゃない!」

「どーぅどーう」

「も~!」


 ぷっくりとほっぺを膨らませてむくれたユフィリアにちょっと笑い、


「……良くがんばったな。 お陰で、あの子が死なずに済んだ。お手柄だな。」

 頭をポンポンと触りながら、ちゃんと褒めていた。彼女は褒められて、くすぐったそうに喜んでいた。



 シュウトは内心イライラしていた。出発を促がすジンの横顔もやはり険しい。身内の女の子を痛めつけられては、どうしたって平気でいられるわけがなかった。ユフィリアが小芝居までして雰囲気を明るくしようとしても、ほとんど逆効果ではないかと思う。彼女に気を使わせてしまったことまで含めて、重かった。



 ――その時、


「あれって、私の乗ってた子だ!」


 召喚の笛で改めて呼びだした馬たちが、戦闘前と全く変わっていなかったことに驚き、無事を喜んだ。これのお陰で、ほんの少しだが気分が楽になった気がした。

 




 馬を休ませる目的で休憩をとりながら軽い食事をとることにする。レイシンの料理が出来上がるまでの間に自然と会話になる。


「しっかし、よくMPKって分かったな?」

「本当ですよね。……石丸さん、疑ってしまってすみませんでした」

「いいんス、気にしてないっス。それに仕掛けられてから気付いても遅すぎるっス」


 石丸は頬を弛ませていた。どこか自分の意見を言えただけで十分に満足という様子だった。


「でさ、どこで分かった? 酒場のトコで俺がぶつかりそうになった男が怪しいとかぐらいじゃなかったか?」

「あの男は無所属だったんス。マイハマでクエストをやっているのにギルドに所属していないのはちょっと怪しいっスね」

「まぁ、俺も無所属だけどなー(笑)」

「それから今回のクエストのキャンセルのされ方が不自然っス。4、5日前に登録していたというのは、もしかすると自分達が昨日・一昨日と2日間休んだせいかもしれないっス」

「んー、ツクバまでの護衛を引き受けて、放置ってのは不自然か。 まぁ、そうか。」


「……でも、それだけじゃ決め手にはならないと思うんですが?」

「そうなんス。そのせいもあって後手に回ってしまったんス。相手の行動パターンを考えると、直接戦闘を挑んでくるのではなく、遠くから弓を射てくるような間接的な行動を好むことが言えるっス。となると、徐々に行動がエスカレートしていくことが予想できるっス」

「ちょっかいを出していく内に、段々と過激になっていくわけか。それでMPKね」

「なるべく自分の手を汚したくない、って感じですね……」

「それと、この辺りのクエストを失敗させてモンスターを暴走させられるというウワサを以前に聞いていたことがあったのも大きいっスね」


 シュウトの感覚では、ここまで聞いてもまだ『高確率でMPK』だと判断するには根拠が足りなかった。相手の行動様式にまで踏み込んでの予測には舌を巻いても、見えているものの違いや、見ようとしている内容が自分とはズレて感じてしまう。参考にしたいが、自分の求めるスタイルとは合わない。

 自分と考え方が『違う』ということはプラスにもマイナスにも働く。お互いがカバーできる範囲が広がればいいはずなので、石丸の考え方や物事の捉え方が『自分よりも正しいかどうか』などは一概には言えないのかもしれなかった。


 問題があるとすれば、最終的に意思決定をする際に、視点の違う意見を判断に組み込むべきかどうかが難しくなるという部分だろう。(この部分は後でジンさんに訊いてみよう……)と、心にメモをしておく。石丸の手前、今ここで質問するわけにはいかない。



 小休止での食事は主に保存食で済ますのが通例であったが、厳しい戦闘の後でもあり、〈大地人〉親子にもリラックスしてもらおうとレイシンが料理をしていた。供されたのはトマトスープだった。これはカチカチに固まっているパンをひたし、ほぐしながら食べるためである。夏の昼下がりではあったが、野外はそこそこ風があるので温かいスープでもあまり気にならない。トマトの酸味が爽やかで食欲を引き出す。親子にもご満足いただけた様子で、女の子も目をまあるくして一生懸命に食べていた。


「今回の戦いって、いつもよりずっと大変だったけど、あれはどうして?」

 ユフィリアがジンの方に向かって質問する。


「ああ、いつもは囲まれないように動いてるからな……」

「今回はいわゆる『包囲殲滅』を受けていたわけっス。」

「へぇー、あれが包囲殲滅なんだ?」

 ジンの言葉の足りない部分を石丸が補う。シュウトとしても、包囲殲滅に関しては身を持って体験したいものではなかった。


「完璧なやり方じゃないが、結構それに近い形で攻められてたな」

「そういう時はどうすればいいの?」

「いや、どうにもならないな。包囲殲滅ってのは基本的に、降参が認められない限りは、食らっちまったら全滅だな」

「……ジンさんが居ても?」

「ああ、厳しい。たとえば数万の軍隊同士が戦って包囲に成功した場合、包囲された側はもちろん全滅するんだが、それよりも包囲する側の被害が100人ちょいだったって記録が残ってるんだとさ。損耗率1%未満だな。彼我の損害でみたら300倍とかだ。……もともと、そういう風に一方的に勝つための方法論なんだよ」


「そこまで大差が付くと、流石に残虐非道な気がしますね」

「まぁ、な。……しかし、勝つ側に立てば自分も仲間も死ににくいから嬉しいってのもあるだろうしなぁ」

「それは、確かに」


「やり方は包囲を縮めていく部分がポイントになっていて、巧く包囲を縮められれば、敵が何万人いようと内側は満員電車みたいにギューギュー詰めになるんだ。そうやって身動きが取れなくなった状態にすれば、もう抵抗できなくなるから、相手の人数が多くても一方的に勝てるわけだな」

「ふぅん、サラリーマンは毎朝が包囲殲滅なんだね……」


 シュウトはユフィリアの呟きに思わず笑いそうになる。ジン達社会人経験者は苦笑いしていた。身に詰まされるものがあるのか、あまり笑えないようだ。


「逆に言えば、例え囲まれても包囲を縮めさせなければ抵抗することは出来るんだ。今回の場合、例えばフルレイドだったら四方に壁を作れたハズだしな。」

「確かにフルレイドだったら、さっきの4倍の数に囲まれても、囲まれたままで勝てたでしょうね」


 フルレイドの経験が豊富なシュウトがそう太鼓判を押した。


「囲まれないように対処するのが最重要っスが、囲まれてしまった場合はその囲みを突破するのがセオリーっスね。結果からすればさっきのジンさんの判断はセオリー通りってことになるっス」

「だけど、そんな簡単な話じゃないですよね。たぶん、ダイアウルフの数が減っていたから囲いを突破できたわけだし、突破した後に両翼を展開させないようにも出来たってだけで、何よりもあの(、、)タイミングが重要でしょう?」

「状況を利用しての瞬間的な判断っスよね。」


 シュウトと石丸は〈大地人〉親子が近くにいるので言葉を濁し、ジンの方を見た。もともと親子の足が遅いから囲まれたわけで、同じ理由で包囲突破も出来ないハズだったのだ。女の子が走り出してしまった状況で、瞬間的にそれを利用して囲みも一緒に突破してしまったのだ。結果からすればセオリー通りでも、その時にその判断ができるかどうかというのは、そんなに簡単な話ではない。


「ん? ああ、アレはやるべきことを2つぐらい飛ばしてるからだよ」

「やるべきこと、ですか……?」

「本来は、まずユフィリアの心配をして、次に敵に対して怒って、それから怒りのパワーで状況を覆さないといけないんだよ」

「は、はぁ……?」


 シュウトとしては言ってることがメチャクチャな気がしてならない。関係ない話に思える。


「それでは突破するのに間に合わなくなるっス」

「まぁ、そうなんだけど、実際問題としてこれをやらないのは致命的なミスに成りかねないっつーか、冷たい人になっちゃうんだよ。長期的に見ると失策なんだ。仲間からの信頼を失いかねないというかねー。心配したり、怒ったりは思考よりも早い反射的なものなんだ。そういうものを表現しないと納得されなかったりするんだよ。……表現するかどうかはともかく、これが分かっていないとリーダーとしてはダメなんだ。覚えとけよ、シュウト?」

「え?……はい」

「ふぅーん、そうなんだ?」


 シュウトはまだ納得がいかなかったので生返事だった。当事者のユフィリアは他人事みたいに話を聞いていた。


「と、まぁ、そういうわけだ。…………ごめんな、ユフィリア」

「…………ううん、心配してくれてありがと」


 2人はちょっとだけみつめ合って、それからぺかーっと笑い合っていた。


「…………」


 話を聞いていて、ニキータは(もしかすると自分向けの話だったのかな?)と思っていた。ジンの判断が的確な程、非人間的に感じてしまい易い。石丸の言うように包囲の突破には間に合わなくなるのは分かるが、ジンの言うように心配する方が自然なのだ。確かにジンはあの瞬間に指示を出したことで、状況を立て直してみせた。しかしそれは、ユフィリアが攻撃されても全く動揺していなかった、という風に味方から判断されてしまい易いのだろう。

 しかし、ジンがここで指摘したことで、逆にモヤモヤしたものが生まれてしまった気がする。



「思うんですけど、あの片言っぽい指示出しは何とかなりませんか?」

「う、すみましぇん。口ベタれして。」


 ニキータはあまり深く考えず、ジンにチクリと嫌味を言うだけに留めておいた。


「 それに、レイシンさんって何気に凄いですよね」

「え? そう?」

「あの指示だけで次にすることがわかるものなんですか?」

「んー、なんとなく? ほら、付き合いが長いから」


 全て『付き合いが長い』ってことで誤魔化そうとしているよう思える。普段は目立たないのに、いざという時にはちゃんと活躍しているのだ。意外に危ないのはこういうタイプの人なのかもしれない。





 夏の高い空が腰を下ろし、夜目から灯りに変える前にツクバの街に辿りつくことが出来た。シュウト達は街の外で護衛を終えることにして挨拶した。母親から丁寧に礼を言われ、「貴方達と一緒じゃなければ死んでいたかもしれません」とまで言われてくすぐったい気持ちになったが、自分達のトラブルに巻き込んでしまったのかもしれず、しかし証拠もないのでそうと告げるわけにもいかず、申し訳ない気持ちだった。追加の報酬を申し出てくれていたが、それは丁寧に断り、街に戻っていく姿を見送るに留めた。

 小さな少女が手を振る姿をみて、シュウトは護り切れたことに安堵と達成感とを感じていた。


「さ、帰ってゴハンにしよっ!」

「アキバで何か買っていくか?」

「そうだね。今日は特別にお肉にしようかな」


 帰還呪文でアキバに戻り、大きな肉の塊を買ってからシブヤへの帰路についた。



「問題はヤツラをどうシメるかだな」

「しかし、まだ証拠も何もないっス」

「客観的にみたら、戦闘中に矢が一本飛んで来ただけなんですよねぇ」


 イライラしている時にはお腹が一杯になるのがいい。そう言ってレイシンは分厚く切ったステーキばかりという とてつもなく偏った食事を出した。バランスの悪い食事も、それはそれで楽しいもので、シュウトも張り切って3枚目までなんとか完食していた。ユフィリアはかなり無理をしつつ2枚半でギブアップし、4枚目も平らげていたジンがユフィリアの残した半分を食べてしまった。


 思い切り肉を食べたせいか、ファイトが沸いてくる。その勢いで対策の議論が始まっていた。


「先ずは敵の情報を把握するところからだな。なんだっけ、猿王だっけか?」

「丸王っス。ギルド名はたしか……」

〈黒曜鳥〉(ブラックスワン)だよ。中堅ギルドだけど、〈大災害〉後のメンバーは、20人ぐらいだったかな」

「なんだ、詳しいなユフィリア?」

「一度だけ人数合わせで(傭兵として)呼ばれたことがあるから。途中で帰還(リタイア)しちゃったけどね。」

「そん時は何かあったのか?」

「んっと、私が結構しつこく口説かれて、それでニナが怒っちゃって」

「へ~、そうなんだー」

 と言いつつ、ソファに座っていたジンは隣のユフィリアから少し遠ざかる。


「え、なに?どうしたの?」

 ……とユフィリアが距離を詰める。


「ナンデモナイヨ?」

「本当に?」


 ジンが離れると、ユフィリアが追いかける。それを何度も繰り返していた。楽しそうなユフィリアは間違いなく分かってやっている。(バカップルウゼェ、さっさとくっ付けばいいのに)とシュウトは心の中で祝福の呪いを唱えた。


 ユフィリアに捕まったジンが観念しつつ、話を元に戻す。


「戦って倒してお終いなら楽でいいんだが、実際のところ、それってただの殺人なんだよなぁ。この世界だと死なないからセーフって話ではあるが」


「なら、証拠を集めるなりして、悪事を暴いて〈円卓会議〉に通報するとかですか?」

「トラブルは当事者同士での解決が基本っスから、そこまでの介入はまだ先例がないかもっス」

「刑罰がないのかもしれないな。生命・身体刑が不可能だから、この先、自由刑とかが必要になるな」

「自由刑ってなんですか?」

「ああ、刑罰ってのは、自由・生命・身体・財産・名誉の五つがあって、自由を奪うから自由刑。生命は死刑とか。身体は腕チョンパとか目をくり抜くやつ。財産は罰金とか財産の没収。名誉は市民権を剥奪して奴隷にしたり、焼きゴテで罪人の烙印を押したりする感じだな。」

「変なことに詳しいんですね……」

「雑学ってのは無駄な知識ばっかりのコトなのだよ……」


「その中だと、財産刑や名誉刑の方が有効じゃありませんか?」

 ニキータが意見する。ジンが頷いてコメントする。


「問題はそれをどうやって実現するか、だな。理想的には改心させられればそれが一番いい。次点は行動を自粛する程度に反省させられればいいんだが、そういうのがハナっから無理そうだから問題なんだろうな。アキバから居なくなってくれるといいんだがなぁ。アキバ所払いの刑的な?」

「そしたらシブヤに来ちゃったりして?」

 ここまで黙って話を聞いていた葵が混ぜっ返した。



「仕返しがしたいのは分かるけど、ちょっと冷静になって、しばらく相手にしないってのはどうかな?」

「おいおい、一番の過激派が珍しくマトモなことを言ってやがる。こりゃ大地震か雷神の槍が降るぞ!」

「そうやって良識派を貶めようとするから、悪しき歴史が繰り返されることになるのよ!」

「いいから先を続けろよ」

「そもそも宇宙移民の歴史ってのはね……」

「なんでそっち行くんだよ」

「悲しみを怒りに変えて、立てよ!国民!」

「…………」

「優良種である我らこそ人類を救い得るのだ。ジーク・ジもがー!」



 結局、葵の暴走は実力行使で止めることになった。歴史は繰り返す。何度でも。



「もう! あとちょっとなんだから気分良く全部言わせなさいよ、ったく。」

「で、何が言いたいんだよ」

「えっと、ミナミに行って来て欲しいなーって」

「はぁ? 何でいまさらミナミなんだよ?」

「いやぁ、前々から企画してた話が纏まりつつあってねぇ~」

「…………つーか、アイツの知り合いは居なかったんだろ?」

「そうなんだけどぉ、それとは別件でぇ~」


「ね、アイツって、誰?」

 ユフィリアが(珍しく)質問を挟む。


「うん、昔の仲間。ラインっていって〈武士〉(サムライ)やってたんだけど……」

 答えるジンは、懐かしそうに、楽しそうに笑った。


「やっぱりその人も、凄く上手なんですか?」

 ジンが思い出しニヤニヤしているので、気になったシュウトも質問を重ねる。


「いや、ハハハ、そんなことないよ。大ダメージ狙いで溜め切りしても外しまくりだったし。……でも、アイツとゲームやってるのは楽しかったんだよ。すっごくね。」

 見れば、葵もレイシンもニコニコと笑っていた。


「ヒドかったもん。ジンぷーが大わらわでフォローしたりで、それもまた見てて面白かったなぁ!」

 葵も楽しそうだ。


「勝ち負けだけがゲームじゃないっていうのを地で行ってたよね」

 レイシンまでラインの話をするのが嬉しい様子だった。



「その人は、その……」

「ああ、悪い悪い。ログインしてないんだ。関西に転勤になって、ゲームできる環境じゃなくなっちまったんだ。その後、向こうで結婚しやがってさ。そのまんま子供生まれたりで忙しくなっちまって」


 ニキータの聴きにくそうな質問に答えて、ジンは追加で説明を加える。昔の仲間の話でジン達が楽しげにしているのは、ユフィリアもシュウトも少しばかり面白くない。その気分を察してジンは謝罪を入れていた。



「で、なんだっけ、どうしてミナミなんだ?」

「今、ミナミは凄いことになっててね。〈プラントなんとか〉が統一しちゃったんだよ」

「は? プラント?」

「ごめん、あたしには発音できなかった。綴りは聞いてるんだけど」


 そう言って葵が取り出した紙には『 Plant hwyaden 』という文字が書かれていた。


「は、ひゃ?わ? ヤーデン? 誰か読めるか?」

 ジンが確認するが、カトレヤ勢は全滅だった。誰も読めないし、意味も分からない。


「Plantだと、植物とか工場とかですよね?」

「でも、これって英語なのかな?」

「とりあえずアメリカンイングリッシュじゃないのかもしれないわね」

「西洋はラテン語をベースにした言語圏があるっスから、たまたま綴りが似ているだけで別の言葉かもしれないっス」



「その植物工場だかなんかは、認知操作的なネーミングなのかもな。良く分からない名前って、認識しにくいんだよ。イメージを持ちにくいとかがあるから、統治機構としてはあまり意識されたくないのかも」

「言語学的な話っスか?」

「そんな感じかなぁ。例えばコンビニのスイーツとかって移り変わりが激しいけど、あれってバリエーションの範疇になってしまっているから、たまに美味いのがあっても記憶にも残りにくいんだよ。ネーミングとかで差別化を図って、概念的に『別のモノ』にならないと、世の中に残らないっていうかね」

「甘いものが好きなんですね……」



「にゃあ、名前なんてどうでもいいんだけどさー」

「だから、どうでも良くないっつー話をしたんだけどな、今」

「ジンぷーうるさい。ともかく、ミナミに行ってきて欲しいんだよ。私達の助けを求めている人がいるの!」

「えー? めんどくせーじゃん」

「ミナミかぁ、遠いですよね」

「ユフィは行ってみたい? ミナミ」

「んー、ジンさんが行きたくないんだったら、行かなくてもいいかな」

「おろろ、こりは甲斐甲斐しく尽くすタイプってこと!? ひゅーひゅー!」

「べ、べつに行きたいわけじゃないんだからねっ!」

「思いのほか動揺してるっスね」

「まぁ、行く・行かないは内容によるんじゃないの?」

「そりゃそうだ」

 

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