173 真の輝き
戦闘は咆哮から始まった。モルヅァートの瞳は理性の色を失い、凶暴なドラゴンのように暴れ始める。
シュウト:
「まさか、モルヅァート?」
ジン:
「ハハッ。こんな初っ端から『もう飲み込まれました』とか言ったら、恥ずかしいレベルだな」
モルヅァート:
「「最後まで戦うための工夫だ!」」
唐突に素に戻り、文句を付けてくる。なら、普通のレイドボスと戦っている状態で、合間に本来のモルヅァートと戦う形になりそうだ。
ウヅキ:
「そんな手抜きしたって、負けた言い訳なんて聞かねーぞ?」
モルヅァート:
「「むぅ。殺してくれないとこちらとしても困るのだが、……それはともかく」」
欲望たっぷりの目でジンを見下ろして一言。
モルヅァート:
「「一度ぐらい、殺しておかないと不公平な気もするがな」」
ジン:
「……あー、せっかくの竜の因子がなくなっちゃうかもー?」ヒクヒク
モルヅァート:
「「消滅前に蘇生すれば問題はない」」
ユフィリア:
「じゃあ、思いっきりやっていいよ。ジンさんの蘇生はちゃんとするから大丈夫!」
ジン:
「う、裏切りもの……!」
本気の激しさで振り下ろされた爪を、全力で回避するジン。カウンターの反撃を同時に叩き込んでいる。お笑い体質はどうにもならないわけで、実力が損なわれない範囲であれば許容するしかない。
『夜の女王のアリア』
初めてみる必殺攻撃に面食らう。広範囲に地面が魔法の炎で焼かれ始めた。障壁の反応ラインに満たないのか、毎秒ダメージが発生する。このダメージそのものは大したことないが、累積ダメージはいうほど小さくないことと、パーティー全体に適用されている反応起動回復の回数が消し飛ぶ効果が地味にいやらしい。
葵
『回避!回避!回避回避回避!』
その場で留まっていると火柱があがる仕様のようだ。これだと魔法は使えない。空中に逃げるのはアリだが、垂直ジャンプだと火柱の追撃を受ける。数人の障壁が消し飛んでいる。やはり火柱の威力はそう低くない。
必殺攻撃が終了したところで、石丸が得意とするブーステッドスペルを投射。杭のような極太の針が命中していく。
ジン:
「アクア、例のヤツ出せよ」
アクア:
「今から使うと、最後までもたないわよ?」
ジン:
「いいからやっちまえ。……根性なら余ってるだろ。お前ら、気合いでもたせろ!」
アンチ気合い&根性論者のジンだが、不必要とは決して言わない。そして気合いや根性を要求する場合、かなりの無茶をいってくる。普段使ってないから余ってるはずだとか言われると、……余ってる気がする。
葵:
『おっしゃ! 集中にも緩急つけて、メリハリで最後までもたすゾ!』
アクアがレイドボス用の曲を歌い始めた。ただ楽しいのではなく、ピリっとした緊張感がスパイスになっている。高揚感と共に自信まで深まっていく気がした。
Zenon:
「いよぉぉおおおっし!」
エリオ:
「ここからもう一段あげるでござる!」
レイシン:
「……いくよ!」
蹴り技だけで構成されたレイシンのコンビネーション、龍脚舞踏。キッカー用の幻想級武装〈ストライカー〉の効果で、蹴り技の威力が上がり、技後硬直・再使用規制は大きく短縮している。浴びせ蹴り、後ろ蹴り、蹴りで出す衝撃波、それを追いかけて膝蹴りへ。次々と連続で叩き込んでいく。
石丸が無言での支援要求。『感じ』だけで理解して動きがつながっていく。超接近状態からの魔法攻撃。〈クローズバースト〉からの……!
石丸:
「〈フレアテンペスト〉!!」
モルヅァート:
「「それは断る!〈ドラゴンテンペスト〉!」」
リディア:
「ギャッ!?」
崩壊・滅失の〈ドラゴンテンペスト〉。第八の属性とか竜属性とか自慢していた最後のテンペストだ。真っ黒なエネルギーがドラゴンっぽい形をして現れる。見るのは2度目。その能力は〈ヴォイドスペル〉を持続&強化したようなもので、あらゆる魔法的能力・効果を崩滅させる。呪文どころか、バフもデバフもお構いなし。魔法の装備品の耐久値まで削るため、みんなして大慌てで逃げることになる。
リディア:
「またバフ、かけ直しだぁ(涙)」
英命:
「本当に迷惑な魔法ですねぇ(苦笑)」
クリスティーヌ:
「やっかいな……」
葵:
『つか、いしくん、〈フレアテンペスト〉使えたんだ?』
石丸:
「この戦いが始まったら使えるようになっていたっス」
スターク:
「なのに拒否るあたり、なんかあやしぃ~」
モルヅァート:
「「…………」」
ノーコメントのモルヅァートだったが、確かに怪しい。やはり火炎が弱点属性のようだ。熱いのは嫌いなのかもしれない。
ジン:
「これって、俺の受けた呪いも解けるんじゃね? ……ほら、解けた」
バチンと音がして、ジンの呪いが解けてしまった。えっ? それ最後の作品だったんじゃ……?
モルヅァート:
「「そろそろのハズだ」」
ジン:
「は? 何の話…………うおっ!? なんだ? なんかヤバい!!」ドックン
ジンに異変だった。うっすら輝いていて、何か魔力的なものが集まっているような感じがする。
モルヅァート:
「「地脈の別名を龍脈という。竜の因子は魔力の流れを集めるように作用するが、それ自体が魔力の源泉でもある」」
葵:
『MP回復能力ってこと? 便利じゃん!』
ジン:
「なんだこりゃ。力の渦?……けど、呪いが消えたのはどうすんだよ? なんか固定してたんだろ?」
モルヅァート:
「「心配ない。自動で修復する」」
ジン:
「自動修復? ……『ぎゃん!?』」ぷひ~
呪いの雷撃まみれになって、あっさりと元の呪われた状態へ復帰した。
スターク:
「あの、強度レベルが上がってるんですけど?」
モルヅァート:
「「更新したのだ。因子の魔力と結合した。これで完成だ」」
ジン:
「ああ、そうなん?」
モルヅァート:
「「それだけではないぞ。構造的に間隙があったので、見栄えも良くしておいた。自信作なのだ」」
ユフィリア:
「見栄え?」
ジン:
「いや、あの、見栄えとか別にいらないんですけど」
何故だか、あまり良くない予感がする……。というか、かなりアレな気がする。何か危険な気がして気を引締める。
モルヅァート:
「「ジン、気合いや魔力を思い切り高めてみろ」」
ジン:
「なんのこっちゃ? ……ウオオオオオ!!」
ぬん、とジンの背後に黄金のドラゴンのオーラ?みたいなものが現れていた。
……どう反応していいのか分からない。けれど、僕は知っていた。ここで笑ったら後で確実な死、もしくは過酷な罰ゲームが待っている。判断する前にすべて飲み込み、後回しにした。
シュウト:
「ジンさん、後ろです! 後ろ!」
ジン:
「へっ? 後ろ?」きょろきょろ
ジンのこうした姿は新鮮だ。どうやらミニマップでは感じ取れないらしい。幻みたいなものだからかもしれない。
葵:
『ジンぷー、上だ、上』
口をあんぐりと開けながら上をみるジン。そこから1秒ほどしてスゥっと消えていく黄金竜のオーラ。そして微妙な沈黙が漂っていた。
ジン:
「……何これ? なんか意味あんの?」
モルヅァート:
「「機能は特にない。だが、格好良いだろう?」」ばばーん
そして戦闘中であることも忘れ、カッコイイ派と、ビミョー派に分裂する事態に。
ケイトリン:
「……(プッ」
ウヅキ:
「カッコイイ、か?」
英命:
「確かに、ドスというかハッタリは利いているとおも、思い(クスクス)」
葵:
『あー、ちょいダサかも。なんてか、一昔前のセンスなんだよなぁ~』
モルヅァート:
「「バカな、ダサいだと!? ……いや、悠久の時を生きる我らドラゴン族は、一時の流行り廃りになど左右されはしないものだ」」うんうん
謎のドラゴン理論によるドラゴン強弁だった。ドラゴン美意識とか半端なくはた迷惑なものでしかないと思う。
エリオ:
「みな、何を言っているでござる!? カッコイイでござる! 激しくカッコイイでござるよ!」
スターク:
「えっ!? 本気?」
ユフィリア:
「うん、カッコイイとおもう! モルヅァートみたいだし!」
モルヅァート:
「「そうだろう? そうだろうとも!」」むふん
リコ:
「……自分があんなの出したとしたら、どうするの?」
ユフィリア:
「私は女の子だから似合わないかなって思うけど、ジンさんは男の子だし、バッチリだよ!」←たぶん本気
ユフィリアがカッコイイ派に回ったので、これで流れが少し向こうに向きそうだった。
タクト:
「まぁ、ああいうの出せたら、割とカッコイイかもしれない」←優しい
シュウト:
「(自分が出すのはアレだけど)ジンさんならありかも……」←苦しい
クリスティーヌ:
「私は、……嫌いではない」
だいぶ収拾がつかなくなってきたように思う。というか、これどうしてくれるんだろう? 誰が? どうやって?
ユフィリア:
「大丈夫、ジンさんカッコイイよ!」
ジン:
「てか、それ! 励ますみたいな感じで言うのヤメろよ」
ユフィリア:
「励ましてないよ? ぜんぜん励ましてないよ!」
葵:
『また髪の毛の話してる~』(´・ω・`)ショボーン
ジン:
「そっちのハゲの話はしてねぇんだよ!」
Zenon:
「……励ますからハゲにもっていく流れはさすがにねぇだろ」
バーミリヲン:
「ハゲ、増す、か」
そんな展開の中、意を決したのか、ジンが叫んだ。
ジン:
「よし、分かった。もったいないけど、この呪い、取り消してくれ!」
ピタっと動きを止めるモルヅァート。目が一瞬泳いでいた。ちゃんと観察していると、けっこう顔にでるドラゴンだったりする。
モルヅァート:
「「絶対に解除されないコトしか考えていなかった。であるから、呪いを除去する方法は、ない。少なくとも私の力では無理だ。なにしろ、ドラゴンテンペストですら一時的な解除しかできなかったのだ。凄いだろう? しかし、うむ。完全に除去する方法となると……」」
続きのセリフは待っても待っても出てこなかった。
ジン:
「じゃあ、竜の因子を取り除いたら?」
モルヅァート:
「「呪いの強度を高める更新は続かなくなる。が、呪い自体は消えることはない」」
アクア:
「なら、ずっと金色のドラゴンを出し続けることになるわけね。……良かったじゃない、金色で。見栄え的にまだマシでしょう?」
などと、慰めになっていないようなことを言うアクアだった。数人が笑いを堪えられずに吹き出している。
スターク:
「うーわっ。意外と厄介な呪いだったね(苦笑)」
ジン:
「ぐっ。……てんめぇ、この自分大好きトカゲがぁ!!」
ユフィリア:
「あっ、また出たよ!」わーい♪
怒ったところで黄金竜のオーラがぬん!と出現。ユフィリアがハシャいで、ジンはヒザから崩れ落ちた(本日2回目) このままだとユフィリアがもっと出して!とかおねだりする方向に行きそうな、そんなパターンの気がしてきた。これは不味い、なんてのんきに考えていた時だった。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
強大無比なプレッシャーと共に、ジンがゆらりと立ち上がる。これは不味い。本気で不味い。ガチで怒って……
ジン:
「今度ばかりは腹に据えかねたぞ。……ブッ殺!!!!」
戦神が猛り、荒ぶる。殺意という言葉ではまるで足りない。殺害の神意。余波だけで身動きが取れなくなる威力の暴流。圧倒的なドラゴンストリーム。本当の全力がここまで、こんなに凄まじいとは思っていなかった。
レイドボスであるモルヅァートですら一瞬で強制的に非戦闘状態に追いこんでいる。ジンが剣を振りかぶった。トドメを繰り出すつもりだろう。HPが何億あろうと、非戦闘状態で首をハネてしまえば関係ない。……ここで終わりになるのだろうか? しかし誰にも止められそうにない。まともに声すら出せない。
モルヅァート:
「「『オーバーライド』!!」」
!!!??
最も早く切り返したのはモルヅァートだった。意外すぎる技名。驚愕と信じられない気持ち、信じたくない気持ちが同時に弾けていた。それは、しかし、ありえるのだろうか? モルヅァートがそれを使えたとすると、どれだけ強くなるというのだろう……?
バァン!!!
次の光景はさらに衝撃だった。モルヅァートの首が大きく流れた。ジンが盾で横殴りにしたのだが、あり得ない威力だった。吹き飛ばされるモルヅァート。
モルヅァート:
「「ぬぅ!!」」
大きく後退し、魔法による連続攻撃。軽く避け、魔法を盾で弾いて突進するジン。見ていて怖いのは圧倒的にジンの方だった。迷いのない速度、容赦のない突撃。絶対的な殺意が走っていく。
モルヅァート:
「「〈ホーリーテンペスト〉!!」」
端から見てもそれは愚策だった。魔法を軽く弾いて逸らすと、懐に踏み込んで強撃するジン。一方的だった。オーバーライドを使っているはずのモルヅァートなど、相手にならないと言わんばかり。
葵:
『戦闘再開! 続け、ジンぷーに続け!』
リディア:
「でも……」
リコ:
「流石にいま近づくのはどうなの?」
レベルの違う戦いが展開されているので、ちょっと落ち着くまで傍観するしかなさそうだった。
英命:
「凄かったですね。たまげる、という言葉は『魂が消える』と書きますが、まさに『魂消た』かと思いました」
ニキータ:
「ドラゴンストリームもだけど、モルヅァートのオーバーライドもね」
シュウト:
「何がなんだか、さっぱり分からないよ……」
理解を超える展開の連続に圧倒される。2人、……人と竜の戦いはしばらく続いた。回避するモルヅァート、先読みして突撃するジン。移動しながら絡み合うように、弾きあうように交錯する。
モルヅァート:
「「やはり、私を殺す手段を隠していたな!」」
ジン:
「テメェだって似たようなもんだろうが!!」
先に音を上げたのはモルヅァートの側だった。動きが鈍くなる。体力的な問題ではなく、浸食が原因だろう。精神への侵食が進んでいるのかもしれない。
モルヅァート:
「「新しい力を使いこなしているな」」
ジン:
「ああ、自然と馴染む。……お前こそ、『それ』は何なんだよ?」
モルヅァート:
「「フフ。少し、必要に迫られてな。借りた」」
ジン:
「…………」
モルヅァートが理性をしまい込むと、僕らは再び戦闘に入った。
竜の魔力を得たジンはさらに強さを深めていた。魔法攻撃を弾き返し、アーマーブレイクを決めるとその効果は長く続いた。今までにない速度でダメージが積み上げられていく。重く、激しく、鋭く、熱く。
また葵の指揮は冴えに冴え、モルヅァートの予想をいくつも覆していた。有利な展開が続く度、理性が顔を出して立て直すを繰り返す。
アクアの調べは格調高く、それでいて軽やかで親しみ易く、……僕たちはどこまでも楽しく踊り続けていた。
まるで強くなったことをモルヅァートに見てもらう時間のようだった。楽しくて、少し切ない、夢のような時間。長く長く輪舞曲は続いた。
複雑なパターンで使われる必殺攻撃を読み切り、僕らは最終局面へと入っていった。しばらく前に日は暮れて、もう星が瞬いている。
葵:
『さぁ、最終局面だよ』
ジン:
「こっからが勝負だ。身も心もゆるめろ! ……シュウト、全てのダメージを繋げるんだ」
シュウト:
「……全部ですか?」
残り5%、それでも1000万点強だ。連続ダメージとしてコンボさせるのは至難を越える難易度。しかし、指示されたからにはやり遂げる意外にない。
ウヅキ:
「それで何があんだよ?」
ジン:
「……やれば分かる」
ケイトリン:
「フン」
鼻息も荒く、全員が応じていた。新たな目標設定に、『やってみせる!』と気持ちがひとつになる。頷き会って、モルヅァートへと向き合う。
モルヅァート:
「「相談は終わったか?」」
ジン:
「ああ、いいぜ?」
モルヅァート:
「「では、最後まで楽しもう。ここから先は、私も初めてだ……」」
『ディエス・イレ』
モルヅァートの全身が黄金に輝き始めた。最終形態へ変形し、さらに神々しさを増す。浸食の汚い白色がなければ、もっと美しかっただろうと残念に思う。それでも、だからこそ、モルヅァートは美しかった。
狂暴化とは思えない、洗練された戦闘状態へ。
バーミリヲン:
「もう一度だ!」
シュウト:
「はい!」
ストレットの武器による連携を何度も繰り返した。最終段まで命中させれば20万点近いダメージを叩き出せる。バーミリヲンのアクセルファングを合図に、アクセルファングを僕、ウヅキと繋げていく。その速度バフを利用して対応時間を生み出すのだ。
1段目、2段目と順調にデッドリーダンスを重ねていく。
ジン:
「『アーマーブレイク』!」
竜の鱗がその守りを失い、手応えが深くなる。モルヅァートの動きと、仲間の動きとが波のように折り重なる。その波間から次の手を選択し続けるのだ。左腕を突き出し、デッドリーダンスを放つ。
ウヅキ:
「うぉぉおおおお!! ラストだ!!!」
強化された〈ヴォーパルブレイド〉がクリティカルの輝きを放つ。それだけで数万点上乗せされたはずだった。デッドリーダンス最終段の3人目の威力上昇値は並外れている。5万点ぐらいはこの最終攻撃で稼いでいるはずだった。
最接近したニキータが剣舞を繰り出す。最高峰の連続攻撃はジンのそれとは異なり、より美的に洗練されたものに仕上がっていた。モルヅァートの攻撃をあらかじめ知っていたかのうように回避しながら、最も危険な舞いがひたすらダメージを連続させていく。
ユフィリアが詠唱を開始。同時に何か闇が濃くなった気がした。それを知ってか、知らずか、メイスの先端に淡い魔力の花びらが、螺旋を描くようにほころぶ。
『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
シュウト:
「不味い、空中からの必殺攻撃だ!」
ステータス表示される必殺攻撃名を見て思わず叫んでいた。飛ばれるとダメージコンボが途切れてしまう。慌てて弓矢での攻撃に切り替えようと矢筒に手を伸ばす。
ユフィリア:
「〈イセリアルチャント〉!」
全て知っていたかのような最高のタイミングでユフィリアの魔法が発動していた。〈竜鳥羽の重盾〉と〈スパイラルメイス〉の効果で強化された呪文は、ゾーンに大量の天使の羽根をまき散らす。
十数枚かそれ以上の羽根によるダメージを受けながらも、モルヅァートはそのまま必殺攻撃のモーションを継続し、幻想の月を背負った。数秒のチャージから、回避不能の魔法光線が来るはずだった。素早く弓を放ちながら、次の行動を考えていた。……葵の指示は? アクアの指揮は?
リコ:
「フフフフフ。これを、ずっと待ってた。……今まで何回も殺された、お返し!」
幻想の月を打ち抜き、巨大な隕石が背後からモルヅァートに激突。必殺攻撃を強引にキャンセルさせ、地面に叩き落とした。直撃である。そうなれば当然、ゾーンに舞い散るイセリアルチャントの羽根との挟み撃ちになる。さらに数十枚の羽根を弾けさせながら墜落する。
リコの〈シューティング・スター〉だ。動きを止める隙をずっと狙っていたらしい。リベンジ達成である。
僕らは止まらなかった。落下地点に駆け寄る。今度こそ、石丸が必殺の魔法を決めた。クローズバーストからの……。
石丸:
「〈フレアスンペスト〉!っス」
モルヅァート:
「「ゴアアァァァアア、グワアァァァアアアア!!」」
杖の先端から放たれた轟炎の嵐がモルヅァートを包み込み、手酷いダメージを与える。本当に弱点属性だったらしく、その苦しみ様はやりすぎたかな?とかわいそうになったほどだ。
モルヅァート:
「「消し炭にしてくれるっ!!!」」カッ
フレアテンペストが効き過ぎたのか、本気で激怒していた。やばい、これは死ぬかも……?
モルヅァートの顔の前の空間が僅かに歪んでみえた。なにがどうという話でもないのだが、確実な死の予感がゾーン内に吹き荒れる。
葵:
『いしくん!』
石丸:
「〈ヴォイドスペル〉!」
攻撃の気配はなかった。タイミングが早すぎる魔法使用。それなのに、最も驚愕したのは、当のモルヅァートだった。
モルヅァート:
「「なんだと!?」」
Zenon:
「まかせろ!」
火牙刀を構えたZenonが、ジンの前に進み出る。ドラゴンブレス『ジュピター』をその刀で防いでみせた。大ダメージだが、死ぬところまではもちろん、行かない。スタークが素早く回復させる。
ウヅキが走った。ケイトリンがライトニングステップで接近し、ダンスマカブルを繰り出す。そしてタクトは、ファントムステップでミスティカルパスを通過する新技〈ディメンションステップ〉で一気にモルヅァートに肉迫すると、極拳で〈オリオンディレイブロウ〉を放った。
モルヅァート:
「「何故だ、どうして私のアークプラズマ・ブラスターを? まさか、知っていたのか?」」
ジン:
「口の周りが焦げてただろ」
英命:
「しかし、彼に噛みついた時、口の中までは焦げていませんでした」
葵:
『つまり、体内で生み出した力じゃない。体の外で増幅させたんだ。なら、なんかの魔法と組み合わせたハズ!』
モルヅァート:
「「たった、それだけの情報から、私の最大攻撃を見抜いたのか?」」
ジン:
「そうだ。お前の最強、打ち破ったぞ!」
ジンの剣がモルヅァートの顔に激しく振り下ろされる。
次々と切りかかる仲間達を無視し、モルヅァートが独白した。
モルヅァート:
「「個々の力は弱いが、それを組み合わせて何倍にもする。独立体でありながら、集合体のようでもある。これが人間の強さか」」
ジン:
「ひたってねぇで、戦え!」
モルヅァート:
「「……負けたくない。本気で、負けたくなくなったぞ!!」」
唐突すぎる強烈な咆哮。しかし、即座にジンが『カウンターシャウト』で切り返した。同じミスはしない人だった。
ジン:
「やってみろ、ウラァァああああ!!」
受けて立ち、さらにねじ伏せに行く。しかし、モルヅァートは精神汚染を無視する気だ。全力の全力で来るとして、耐えられるか? そうなると、ダメージコンボは諦めるしかないかもしれない。
モルヅァート:
「「『オーバーライド』」」
ここに来てオーバーライドで能力上昇まで付け加えてくる。しかし、仲間達もまた、負けてはいなかった。
アクア:
「ニキータ!」
ニキータ:
「〈ハーモニーリンク〉!」
シュウト:
(なんだ、この感覚? 情報が、――)
ニキータのサブ職〈コーラス〉による新技、〈ハーモニーリンク〉。圧縮された情報が勝手に起動した破眼から流れこんでくる。フリーライドに到達した第1パーティー限定の、相互情報共有。――最新にして、最大の。
シュウト:
『レイド=ライド』
パーティー連携、レイド連携といったジンに掛けられた不自由な鎖がほどけていく。ソロ戦闘とは別の、全く新しい強さが生まれてきた。新しい自由を手に入れたジンが、モルヅァートとそのオーバーライドを凌駕する。
ジンのように、力の流れがわかる。ユフィリアのように、時間が柔らかく感じる。レイシンのように、戦闘に匂いが加わる。石丸のように、全ての要素を知覚する。ニキータのように、全ての音を感じられる。そしてみんなは、僕のように、呼吸が感じられるようになる。
奇跡の戦闘体験だった。真に有機的な連携。拡大した知覚を利用して、モルヅァートの行動を阻害していく。ジンを自由に戦わせることで、僕らは自由になっていった。それは当然のようにダメージが積み重なっていくことに繋がっていた。
葵:
『せんせー、今!』
英命:
「『葛籠の術』」
タイミングよく英命の開発した『葛籠の術』が決まった。障壁魔法を分散して密着配置させる技なのだが、動きが障壁に邪魔されることになる。通常は、命中寸前の加速しきった威力がぶつかるため、障壁の耐久値が大きく削られることになる。英命の葛籠の術であれば、腕を振り下ろし始めた直後の、加速していない時に障壁で動きを邪魔されるため、強力な障壁は必要ない。モルヅァートのような巨大なドラゴンなら、弱い障壁を破壊することは容易いものの、狙ったタイミングの動きが出来なくなる効果は高い。ジンがヘヴィーアンカー・スタンスで足止めに徹することで効果はさらに増した。飛ぶなり、突進されてしまえば、その方向の障壁を一度に消し去ることができるからだ。動きを封じられ、殺到する仲間たちにモルヅァートが唸り声を上げる。
モルヅァート:
「「ゴアアアア!!!」」
防御系のスタンスにシフトする合図だった。守りを固めて、体勢を整える気だろう。
ケイトリン:
「ここだ!」
クリスティーヌ:
「〈オープニングギャンビット〉!」
クリスティーヌのダメージマーカー設置技の命中と同時に、ケイトリンが左手の剣を投げ捨て、切り札を発動させる。
ケイトリン:
「〈ブレイクトリガー〉!!」
モルヅァートの防御スタンスも、フォートレス・スタンスと同じように、追撃の発動を阻害できる。しかし、ケイトリンは逆にそれを狙った。敢えての一刀。右手に握られた〈黒炎剣〉が、文字通りに火を吹く。
ためにためた300を越えるダメージマーカーが次々と大爆発を起こす。総計150万点に至る大ダメージ攻撃。しかし、ダメージマーカーは起爆していない。これはダメージマーカーに接触・反応した〈黒炎剣〉による追加爆発に過ぎないからだ。
ニキータ:
「〈リピートノート〉!」
人差し指と中指を唇に当て、ケイトリンに向けて投げキッスをするニキータ。リピートノートの効果は、直前の特技をリピートするというもの。ケイトリンの体を白い渦が取り巻き、砕け散るエフェクト。そして再度のブレイクトリガーがモルヅァートに襲いかかった。これで一気に300万点のダメージ。
モルヅァート:
「ゴワアアアア!!」
たまらずにスタンス変更するモルヅァート。そのタイミングだった。
アクア:
「〈リピートノート〉」
ケイトリン:
「なっ!?」
もう1人の〈吟遊詩人〉によるリピートノートは、再びケイトリンの体を突き動かした。ケイトリン自身すら予想していない、アクアが初めてみせた特技使用でもあった。
しかも今度は防御スタンスではない。ダメージマーカーも一緒に炸裂している。そのダメージは、一体どのくらいになるのだろう?
アクア:
「後は任せたわよ?」
ジン:
「おう。……シュウト、しばらく時間を繋げ」
シュウト:
「えっ? 了解です!」
ダメージコンボを繋げるために、弓矢で仲間の攻撃の隙間を埋めていく。僕の手が掴むのは、幻想級素材から作ることのできる最高品質の魔法の矢『神水晶の鏑矢』だ。〈シルバーソード〉のギルドマスター、ウィリアムが愛用する矢でもある。ここでは惜しまずに投入する。切り札はここで使わなくては意味がない。ここが最も大事な『本番』だった。
葵:
「リディア、魔法攻撃!」
リディア:
「〈ブレインバイス〉!」
圧倒的な大ダメージ技でアクアにヘイトが跳ねている。本来ならジンが押さえ込むところを、仲間達で時間を稼ぐ。リディアのブレインバイスがモルヅァートの遠隔攻撃の範囲を押さえ込み、アクアが逃げる時間を作った。葵が足止めを指示する。
エリオ:
「やるでござる!」
リディア:
「了解!〈トゥルーガイド〉!」
納刀したエリオが踏み込み、一歩手前から〈光ノ翼〉を発動させる。極めて難易度の高い移動抜刀術だが、〈光ノ翼〉の効果で抜刀時に限り、密着せずともダメージを与えることができる。おかげで難易度はかなり下がっているらしい。
左右の刀に光属性バフを発生させた状態で、エリオは先端から刀を合わせ始めた。バフ同士が合わさり、二刀がまるで一刀の様に繋がり、合わさる。
赤黒いオーラが蜷局を巻いて発散され始めていた。エリオの〈鬼神〉が発動している。
リディア:
「〈ソーンバインドホステージ〉! 準備完了!」
エリオ:
「感謝を。 最終決戦奥義――!」
仲間達がエリオのための時間を作る。レイシンが、Zenonが、クリスティーヌが、仲間を支えている。
エリオ:
「『真・七光剣』!!!」
虹が生まれた。光属性バフによって一つになった二刀から発せられた光が、6つのイリュージョンブレイドに分光された。中心の白の左右に三本ずつ。合計7色の巨大な虹色の刀でもって〈七胴落とし〉を放つ。
七刀×七胴。光属性バフとソーンバインドホステージを加えれば、5万点越えの特大攻撃となる。
シュウト:
「ここだ!〈乱刃紅奏撃〉!」
6つの瞳が浮かぶ。まだだ、発射しない。
シュウト:
「いけっ!〈アロー・ランペイジ〉!!」
神水晶の鏑矢が分裂し、影の矢になってモルヅァートに突き刺さる。時間差で〈乱刃紅奏撃〉の瞳がひとつ、またひとつと飛んでダメージを与えていく。
ジン:
「……いくぞ」
アクア:
「グランドフィナーレね?」
膨大な数の槍が地面に突き刺さっていた。どうみても50本以上ある。石丸が協力しているようで、マジックバックから槍を取り出しては突き刺している。まだ増え続けていた。
ジンは槍をそれぞれの腕に持つと、投擲を開始した。〈竜破斬〉の青い輝きを宿して、放たれる。モルヅァートに突き刺さるたびに爆発する槍。右、左、右、左と次々に撃ち出される槍は、全てモルヅァートに突き刺さり、爆発していく。モルヅァートの回避は意味を為さなかった。
圧倒的な火力。たぶん一本あたりのダメージは4万点近い。それを100本ならそれだけで400万点のダメージになる。
ジンからしたら大盤振る舞いかもしれない。槍だってタダではない。なのに、その全てが爆発して失われていく。
双身体によるオートアタックの二重発動。その本来の能力は特技タイマーの二重化にある。ジンの場合、ブーストのための意識エネルギーが足りずに使っていないだけで、本当はこうした特技の連続使用を可能にする技だった。つまり、オーバーライドを解除し、〈竜破斬〉を毎秒使用しているのだ。それを二重化しているのだから、毎秒2本の槍を投げて、100本にかかる時間は50秒となる。
飛んで逃げようとしたモルヅァートがあっさりと撃ち落とされていた。100本近い槍を投げ尽くしたのだろう。しかし、モルヅァートはまだ生きている。本当の、最後の、最終局面。
ジンも最早オーバーライドは使えない。いつぶっ倒れてもおかしくない量の意識をつぎ込んだはずだ。それでも最後のトドメを刺すために、剣を掴んで走った。
チラリと見れば、ユフィリアの魔法詠唱は既に終わっていた。二重、三重にぐるりと花が咲いている。あの螺旋の花は、蘇生魔法だろう。
誰がモルヅァートをしとめるのか。そんなことにはお構いなしにウヅキがつっかけた。
ウヅキ:
「アクセルインパクト!!」
それを切っ掛けに、みんなで残った特技を吐き出し始める。後のことは誰も考えていない。ただ、その瞬間を、まるで拒否するかのうように、我先に特技を繰り出していく。怖かったのだ。自分の手にかけてしまうことが。
葵:
『まるで、黒髭危機一髪だね。……終わらせろ、ジンぷー』
モルヅァートの総HP量からくる、残り1ドットの大きさは尋常ではなかった。出し尽くす勢いでも足りなかった。
ジン:
「終わりだ。……『ファイナル・エンド』っ!」
極限の突きがモルヅァートの胸、心の臓を捉え、そして爆発した。まるで吟遊詩人の〈ファイナルストライク〉のように。たぶん竜の魔力を駆使した技だろう。ジンは自分のブロードバスタードソードを破裂させた最後の一撃を放ったのだった。そして……
ユフィリア:
「〈ソウルリバイブ〉!!!!」
◆
ゾーンが淡く輝いていた。まるで曇り空のような明るさだった。
ユフィリアの放った蘇生魔法、ゼロ・カウンターのタイミングも、神業の正確さだった。
ユフィリア:
「そんな、どうして!? 私、失敗しちゃったの?」
モルヅァート:
「「済まない。始めから分かっていたのだ。〈冒険者〉の蘇生魔法は私には効果がない。その魔結晶ならば『魔法そのもの』を増幅できるが、6時間か、もしくは6日ほど増幅しなければならない」」
いくらゼロ・カウンターでも、2億もあるレイドボスを蘇生させるのは難しかったようだ。残念だけれど、なんとなく予想できた結果でもある。
ユフィリア:
「じゃあ、意味、なかったんだ」
モルヅァート:
「「そうでもない。私の命が絵として見えるのだろう?」」
英命:
「……なるほど、ダメージコンボした際の赤ゲージが増えていますね」
モルヅァート:
「我が魂魄が散り、天に還るまで、おかげでまだ時間がある。……別れの時を作ったのだな、ジン?」
ジン:
「んな無駄口、叩いてる暇あんのかよ?」
モルヅァートの赤ゲージはこの瞬間も勢いよく減り続け、どんどん加速していく。英命が、続けてスタークが蘇生魔法を使った。加速が停止するが、またすぐに減少が再開する。
モルヅァート:
「最後の刻に何を言えばいいのだろう? そうであったな、先に渡しておこう」
次元の窓のようなものがあちこちで開かれると、アイテムや金貨などが山のように出現した。ドロップアイテムのようだ。
モルヅァート:
「「それと、これだ。……苦労したのだぞ?」」
モルヅァートからの贈りものが全員の手元に現れた。僕の手には矢筒があった。まさか、本当に貰えるとは思わなかった。
ジン:
「おいおいおい、俺に口伝の巻物は?」
モルヅァート:
「「だから、そんなものは知らないと言ったのだ」」
ジン:
「まじかー。本当は無いのか? 本当に無いってことなのか~?」
モルヅァート:
「「少なくとも私は知らない。もう時間もない。その話は終わりだ」」
ジン:
「うがー!」
アクアが再使用規制を短縮させる援護歌を使い、ユフィリアが再び短く増幅させたリザレクションを投射した。わずかに赤ゲージが増えたが、焼け石に水だった。この死を覆すことはもう誰にも不可能だった。
モルヅァート:
「「全員に言葉を贈りたいが、時間はなさそうだ。ありがとう。素晴らしかったぞ! 最後に私は輝くことができた。最高の輝きだった。見事な戦いだった!」」
シュウト:
「僕も、僕らも、……ありがとうございました!」
何も言えなかった。胸が苦しい。かきむしりたくなるような焦り、どうしていいのか分からない。この時間が終わってしまう。どこかへ行ってしまう。例えようもなく苦しい。
モルヅァート:
「「最後に問おう。……私のことがすきか?」」
大好きだと叫んだ。みんなで吼えるみたいに。
ジン:
「最後までそれかよ。大っ嫌いだっつーの」
ユフィリア:
「ジンさん、メッ!」
さすがにメッは無いと思う。しかし、ジンはモルヅァートを、モルヅァートもジンを見ていた。2人の間にある特別な交流が、分かる気がした。ジンは、穏やかな声で称えるように言葉を贈った。
ジン:
「……金牙竜モルヅァート。最後まで俺たちが勝てなかったドラゴン。お前のことは忘れない」
モルヅァート:
「「そうか……。悪くない。悪くないぞ……!」」
眼を閉じ、その言葉を噛み締めるモルヅァート。
別れの時がすぐそこまで近づいている。
「これで、終わり?」
誰かがぽつりと漏らした。それが切っ掛けだったのかもしれない。
モルヅァート:
「「いやだ、死にたくない。何故だ、どうして? こんな、もっと!」」
ユフィリア:
「モルヅァート、ごめんね、モルヅァート!!」
ユフィリアは必死に抱きしめた。この苦しみを与えたのは彼女だったかもしれない。モルヅァートは遂に願った。もっと生きたい、と。彼女の願いは届いた。山は動いたのだ。
だが、そのあまりの苦しみ様にどうすることも出来ず、目を逸らすしかなかった。痛ましい死という現実。綺麗ごとだけで済むはずがなかった。美しい死なんて、本当には幻想なのかもしれない。
モルヅァート:
「「これは私の望んでいた死ではない! いやだ、助けてくれ! 誰か、ジン、助けてくれ……!!」」
ジン:
「おめっとさん。……相対的な世界では事柄は立ち位置によって変化する。元気な時なら、可能性に満ちた未来でも、死の間際になれば、全ての可能性が絶たれる絶望になる」
モルヅァート:
「「……では、これが?」」
ジン:
「仮初めの命でしかなかったお前にゃ、わからんかもしれないがな。俺が保証してやろう。『お前のその苦しみは、本物だ』」
ジンは、大事なことは口にしなかった。お前の命は本物だ、とか、それが本当の生きる喜びだ、とか、真の輝きだ、とか。言えばいいのに、この人は言わなかった。ただ、その苦しみが本物だと、それだけ。
でも、だから分かってしまった。モルヅァートの魂を、誰よりも認めていたのもやっぱりこの人だった。
モルヅァート:
「「ありがとう。……さらばだ」」
ジン:
「ああ、おつかれさん」
モルヅァートはもう僕たちを見なかった。まっすぐに、天だけを見ていた。やるべきことを見つけたような、そんな顔で死んで、消えた。
……七色の泡が天に登っていく。その体の一部は光になって凝縮し、一本の杖だか剣だかになった。
ニキータ:
「あ、待って……」
輝くものが重力を無視してフンワリと降りてきた。宝石のようだった。
彼女がそれをそっと手の中に捕まえていた。
Zenon:
「あー、最後のアレ、こっちなんかまるで興味なくしたみたいな」
スターク:
「うん。ちょっと拍子抜けしたっていうか」
エリオ:
「まっすぐに死んだでござるね」
英命:
「私たちも、ああ在りたいものです」
リコ:
「終わったね」
リディア:
「うん。なんか分かんないけど、良かった」
ウヅキ:
「つか、オッサン何モンだよ……」
葵:
『お疲れさま』
咲空:
『あの、私、見てただけなんですけど、みなさんお疲れさまでした!』
星奈:
『……です!』むん
ユフィリア:
「ジンさん、ありがと……ね」
ジン:
「ああ……」
……こうして、戦いは終わった。
楽しかった。うれしくて、面白くて、ちょっぴり辛くもあった。その分だけ、明日からは寂しくなりそうでもあった。いろいろな感情があった。短かったけれど、本当に輝くような時間だった。
ゾーンから輝きが消えて、夜に戻る。僕らはモルヅァートの思い出をなんとなく話しあって、それから後片づけを始めた。
ニキータがキャッチしたものは、『感傷の涙石』という宝石だった。
シュウト:
「ドラゴンの涙ですか?」
ジン:
「ああ。それと『干渉を累積させる』ってのでダブルミーニングだな」
葵:
『一応、作ってたんだ』
ドラゴンが涙を流すと宝石になるといい、ときどきレア度の高いドロップ品になったりする。大きくて美しい宝石だったが、僕たちが勝てたら作ってくれとユフィリアが頼んでいた呪いのアイテムということになりそうだった。
アクア:
「死んだら使えないってことでしょうね」
ジン:
「とりあえずユフィのってことだろ。……受け取れ」
ユフィリア:
「うん」
もうひとつの、輝く杖みたいな剣みたいなものは、本当に杖であり、剣だった。
Zenon:
「感じるな。近くにいるだけで」
バーミリヲン:
「凄まじいな……」
シュウト:
「幻想級、いや、高位幻想級ですね」
神護金枝杖/刀。つまり、杖でもあり、剣でもある武器だった。鞘のままなら杖として、鞘から抜けば直刀になる。メインクラスを問わない、誰にでも装備できる装備だった。何しろ〈武闘家〉ですら武術武器として装備できるのだ。
圧倒的なハイスペック。まさしくハイエンドな武装だった。
Zenon:
「いや、さすがにこれは、アンタが持つべきだろ。ちょうど武器もねーし?」
クリスティーヌ:
「異論はないだろう」
ジン:
「あー、いや、俺は報酬はもう貰ってるから。というか、本気で力を込めると爆発するっていうか……」
シュウト:
「あー」
竜の力を得たことで、ジンの経済状況はさらに厳しく、その財布は寂しいことになりそうだった。さすがに高位幻想級の装備を爆発させたくはないのだろう。補修できたとしても毎回となるとお金も素材もバカにならない。強すぎるのも困った話である。
葵:
『そっか。……じゃあ、杖も刀も両方使える人がいいかな? せんせーは?』
英命:
「いえ、私は両手を開けておきたい人ですので」
アクア:
「私も同じ理由でパスよ」
ジン:
「んじゃ、決まりか。……ニキータ」
ニキータ:
「えっ? は、はい!」
装備品がハイエンドだっただけに、ちょっぴり残念な気がしないでもなかったけれど、彼女であれば文句はない。最高の武器を使って欲しいと素直に思う。
ジン:
「この武器で、ユフィリアを護ってやれ。いいな?」
ニキータ:
「はい。……頂戴します」
騎士の礼でもするみたいに、膝を折って受け取った。少々儀礼的な気もしたけれど、伝説の剣を受け取る儀式に相応しい態度でもあると思った。