172 金牙竜モルヅァート
モルヅァート:
「「このモルヅァートに何の用だ。敵意を隠すこともしないとは、よほど自信があるようだが? せめて名を名乗ってはどうだ」」
――〈冒険者〉と異なり、〈大地人〉やモルヅァートなどのモンスターは、ほぼ相手の名前やレベルといった基本的な情報を読みとることが出来ない。そのため、見た目や雰囲気で判断することになる。
唐突にゾーンに現れたのは、特に魔人と呼ばれるタイプだった。人型で身長からすると半巨人といった具合。肉付きはさほどでもなく、ヒョロ長い印象。背中にはコウモリやワイバーンのような羽を持っていた。
レイドボス級であることを素早く見抜いたモルヅァートだったが、そのことが別の疑問を抱かせた。
レイドボスは基本的に、自分の護るべき場所から大きく動くことが出来ない。従って、自由に行動している時点で、もうレイドボスとは言い得ないのだ。しかし、その強さは確実にレイドボスのもの。自由行動するレイドボスとは、それだけで不可思議な存在となる。
ジンたち異世界からの来訪者と言葉を重ねる内、そうした『理不尽なまでの不自由さ』に気が付くことになった。モルヅァートはそこから自分なりの答えにたどり着いていた。実験場もしくは遊技場の可能性。それは決して言葉にしてはいけないものであることも、ごく自然と理解できた。
推論に推論を重ねた結論を無闇に真実などと決めつける愚は理解しているものの、そうした推論ゆえに、眼前に立つモノの異常性が際立って感じられるのもまた事実。
モルヅァート自身の方が圧倒的に強いことを理解しつつも、最大級の警戒をし、それを隠した。弱みを見せべきではないという判断だった。
アンノウン:
「モンスターにも知性があるのか。ランク2といったところか?」
モルヅァート:
「「!?」」
強い言霊に動揺する。しかし、心の動きに構ってはいられなかった。
無造作に片腕を上げ、魔力による射撃攻撃をしてくる。水流のような攻撃。それを半ばフロートさせつつ、全身ごと滑らせて回避する。モルヅァートの動作は、通常のドラゴンからすれば異次元の機動性だった。
アンノウン:
「……ほぅ?」
モルヅァート:
「「どうやら、言葉は通じないようだな」」
迎撃を開始。魔法陣を展開し、10連続の時間差魔法攻撃を放つ。
素早く回避するアンノウンだったが、全てを回避することはできなかった。
アンノウン:
「この攻撃……、ガハッ!!」
魔法で意識を逸らしておき、シュウトのような急襲から、爪で引き裂く。後退して距離を取る、と見せかけて尻尾を鞭のように振るう。レイシンの動きを取り入れた連続攻撃だった。
アンノウンは手から放つ鋭い水流の攻撃が主な攻撃手段らしい。地面に手を押し当てると、モルヅァートの足下から間欠泉のように水撃が吹き上がった。切りつけるような水の攻撃をいち早く察知し、空中に逃れる金牙竜。
レイドボス同士の戦闘は絶対的に長引くため、優勢を保って圧勝するのが常套手段である。不利を悟って逃げてくれるのなら、それでも構わないとモルヅァートは考えていた。
モルヅァート:
「「〈ヴェノムテンペスト〉!」」
毒の大嵐が巻き起こり、敵を揉みくちゃにする。レイドボスらしく、バッドステータスへの耐性も高い。続けて精神属性攻撃の〈ナイトメアテンペスト〉を撃ち込む。
……これらは対レイドボス用のオリジナルスペルというのが真実であった。モルヅァート本人がレイドボスに向けて放てば、その威力はさらに数倍になる。
アンノウン:
「くっ。調子に乗るのもそこまでだ!」
モルヅァート:
「「ようやく言葉をかわす気になったのか?」」
モルヅァートのコメントには応えず、背中の羽を使って飛び上がった。空中でホバリングしながら対峙する両者。
アンノウン:
「この体に秘められた能力、貴様で試してやろう」
モルヅァート:
「「そう巧くいくかな?」」
アンノウンの目が赤く輝いた。正面からの戦闘で勝てなければ搦め手でくる。内心で『学習済みである!』と自慢げに考えていた。素早く回避機動を始めるモルヅァート。恐ろしいほどの速度と高機動が両立された、巨体では不可能な飛行状態を実現している。
アンノウンは攻撃はせず、素早く視線を向けてくる。視線まではさすがに回避できない。
アンノウン:
「……サンプルデータ:イチ、ロク、ロク、ニイ、ゴー、ヨン」
モルヅァート:
「「!!」」
補足されたことが、否、『指定』されたことが感覚的に理解できた。謎の数字にどんな意味があるのか、しかし、次の攻撃は『絶対に避けることができない』と分かってしまった。それでもさらに加速する。どこか無駄と知りつつ、動くことをやめたりはしない。
アンノウン:
「停止せよ。サンプルデータ:166254。停止せよ!」
モルヅァート:
「「ぐわっ!?」」
体が動かなくなり、地面へと墜落する。慣性すら途切れ、真っ直ぐ地面に激突していた。理解できない現実に混乱しそうになる。
モルヅァート:
「「バカな! その数字が、私の『真名』とでもいうのか!?」」
アンノウン→ザハルナーク?:
「これが〈真贋のザハルナーク〉の能力だ。名を読むことも容易い。我々には大変に都合のよい体なのだ」
モルヅァート:
「「我々……? いや、貴様、精神寄生体か!」」
ザハルナーク?:
「まさか〈共感子〉だと? 本当にランク2なのか」
モルヅァート:
「「やはり言葉は通じないようだな……」」
ゆっくりと近づいてくると、変色した掌が押し当てられる。『浸食』が開始された。痛みはなく、むしろ痺れるような甘美さがある。だがモルヅァートの精神はそれを痛みとして認知することに決めた。
モルヅァート:
「「ぐぁぁあああ!!」」
ザハルナーク?:
「あくまで抵抗するか。面白い。意識を潰して手駒にしようと思っていたが、気が変わったぞ。お前はそのまま暴れ回らせることにしよう」
モルヅァート:
「「な、なんだと? どういうことだ!?」」
ザハルナーク?:
「破壊の限りを尽くさせてやる。自分の意思とは無関係に、惨めな獣のように血を求めろ。無駄な死を振りまけ。『恐怖のドラゴン』としてぞんぶんに暴れろ。〈冒険者〉が狩りに来たら端から蹴散らして回れ」
モルヅァート:
「「そ、そんなことに、何の意味がある!?」」
その時、始めてモルヅァートの存在に気が付いたかのように、ザハルナーク?の体に寄生する『何か』は言った。
ザハルナーク?:
「意味など、ない」
無視されていた方が、まだマシだった。無慈悲にすらもう少し慈悲の心があるだろう。悪には悪の論理がある。納得はできずとも、理解はできる可能性がある。しかし、この相手にはそうした考え方が通用しない。人を侮辱するために侮辱する。復讐でも恨みでもなく、目的すらなく、その方が面白そうだからか? ……否、たまたまそう『思い付いた』からだ。対話するにも折り合いが付かない。付きようがない。なにせ、分かり合うために妥協すべき『価値観の重なる部分』がまるでないのだから。あまりにも違う。そのことがひとつの結論へと導いた。
モルヅァート:
(こいつは、異世界からの来訪者だ!)
結論が疑問と推論とを幾重にも導く。知りたいことは山のようにあった。すべきこと、出来ないことを瞬時に腑分けしていく。……その時だった。
モルヅァート:
「「ゴワァァアアアアアア!!!」
ザハルナーク?:
「無駄な足掻きだ」
黒い竜翼人:
『うおおおおお!!!』
ザハルナーク?の背後から不意打ちで戦斧を叩きつけたのは、監視役の〈竜翼人〉だった。取り敢えず不意打ちを支援するために叫んでみせたモルヅァートだった。ザハルナーク?への攻撃が成功しても、モルヅァートは動けるようにならない。期待してみるには僅かな可能性だったが、決して無駄とは思わなかった。きっと何か意味がある。少なくとも、意味を与えることはできる。
モルヅァート:
「「すぐに逃げよ、戻って危機を伝えるのだ!」」
黒い竜翼人:
『いえ、今、お助けします!』
こちらも会話が通じなかった。少しばかり残念な感覚になる。気持ちはありがたい。ありがたいのだが……。
ザハルナーク?:
「逃がさん。……ランク2の人形、人格ソフトウェアよ。停止しろ」
黒い竜翼人:
『あっ!? がっ?』
特に魔力を使っているようにも見えないのに、異様に強力な言霊の使い手だった。そして自分と同様に、変色した掌が押しつけられる。これでモルヅァートは、自分が何をされたのか観察することができた。しかし、少しばかり情報が増えたところで、それだけだった。圧倒的に危機的な状況には変わりない。
モルヅァート:
(何ができる? ……いや、客観的に考えれば、ここで終わりだ)
論理的に考えて対抗手段がない。自分たちはいわば、本の中の登場人物のようなもの。相手はページをめくり、文字を目で追う『読み手』だ。たとえページを破られようと、登場人物はそれに逆らうことなどできない。そもそも勝てないのが道理なのだ。物語を書き換えられても、その通りに従うしかない。いや、もっと言えば、従っていたことにすら気が付くことすらできない、というべきだ。
モルヅァート:
(何ができるわけでもない。……ならば、私は何がしたいのだ?)
せめて、助けに来たドラゴニュートを逃がしたいと思った。
自分に対して考え、結論し、一度は諦めた。なんとそれが、他者のためと考えたことで覆った。まったく考えもしない論理が、モルヅァートの内面で対流を起こしている。まったくの未知が現れていた。そのまま方法や手段を探る。既存のものは通用しない。相手は異世界からの来訪者である。では、どうするべきなのか?
モルヅァート:
(それはいつものことではないか? 手段がなければ創り出せばいい)
アイデアは、あった。心理的距離でかなり身近なところに。今の今まで、考えもしなかった突拍子もない可能性。
モルヅァート:
「「クククぁはははははははは!!」」
ザハルナーク?:
「抵抗して、気でも狂ったか?」
モルヅァート:
「「ああ。どうやら私は狂ってしまったようだ。おかげで、お前を倒す方法を思い付いたがな!」」
ザハルナーク?:
「……無駄だ。この世界にも、お前にも意味などありはしない」
モルヅァート:
「「フン。異界の技に通じるのは、貴様だけではない」」
ザハルナーク?:
「それは、何だ?」
強く、強くイメージを喚起する。あの形、あの姿、あの在り様。深く深く青く輝く、魂。論理を超越した論理に理解は不要。より感覚的に、ただ純粋に憧れを爆発させる。
モルヅァート:
「「いくぞ……『オーバーライド』!」」
巨大な意思の力で停止命令を振り切る。
再び動き出したモルヅァートにザハルナーク?が動揺した。
ザハルナーク?:
「馬鹿な……。停止せよ、止まれ!!」
モルヅァートの胸には、青く輝く小さな光があった。気高い誇りがあった。命令を無視し、振りかぶった爪で大きく引き裂いてやる。最高の気分だった。自由を実感し、高揚する。
黒い竜翼人:
『モルヅァート!』
モルヅァート:
「「行け。里に戻って危機を伝えるのだ。この敵に近づいてはならない!」」
黒い竜翼人:
『すみません!』
加速の魔法をかけておく。里に戻るまで5分と掛かるまい。
問題は目前の敵のことだった。浸食はまだ続いている。完全に自由を奪われるまで、思ったより時間がない。まずはもっとも可能性が高い手段を選択する。
モルヅァート:
「「オオオオオウウウ!!」」
見よう見まねのオーバーライドの力は不安定だが、強力だった。敵を引き裂き、叩きつけ、ぶちのめす。浸食はともかく、厄介なのは呪いの方だ。だがそれも倒しきることさえ出来れば自然と解除される可能性もあるだろう。敵の生命を削り、殺ぐことに徹する。
ザハルナーク?:
「停止せよ、サンプルデータ:166254!」
モルヅァート:
「「我が名は〈金牙竜モルヅァート〉! そんな数字に、もはや惑わされはしない!」」
ザハルナーク?:
「あり得ない。なぜ止まらない? なぜ指定を受け付けなくなった? 停止せよ、人格ソフトウェア! 凍れ人形! タイムラインを停止せよ!!」
モルヅァート:
「「愚かな。物語の外にいるべきだったな。物語線上に入ってくれば、怪物に殺されもするということだ!」」
ザハルナーク?:
「バカな。ランク4、いや5なのか? まさか、オルノウンと接触したとでもいうのか?!」
尾針で貫き、振り回して地面に叩きつけた。時間感覚が鈍い。10分経ったか、20分戦っていたのか。もうあまり余裕は無い。だが、あと一撃あれば、行ける。
モルヅァート:
「「終わりだ。我が吐息でチリとなれ。いや、チリすらも残さぬ!!」」
ザハルナーク:
「熱プラズマだと……!?」
ザハルナーク?は逃げなかった。逃げられないことを理解したのだろう。単純に今から逃げても間に合わない。空間転移は封じてある。詰みだ。
ザハルナーク:
「くくくっ。……貴様はあまりにも強い。だが、その強さが仇となろう。我が呪いは死なねば解けぬ。だが、貴様を殺すことなぞ誰にもできまい! 永遠にさまようがいい!」
モルヅァート:
(それはどうかな……?)
竜の吐息と、大魔法の融合。モルヅァート最大最強の一撃。
『アークプラズマ・ブラスター』
1万度を軽く越える熱線が轟音を伴いほとばしる。激しすぎる奔流がザハルナーク?を消し飛ばした。例えるならば、太陽で直火焼きするようなもの。熱で焼き尽くす雷撃のブレス。直撃すればどんな生き物であれ無事では済まない。
モルヅァート:
「「逃がした、か……」」
倒した手応えはなかった。これは経験点を得た感触を疑似的に手応えと置き換えて感じる現象による。このことは同時に、呪いを解除する手段を失ったことを意味していた。
ふと、空の一点を見つめるモルヅァート。
モルヅァート:
「「そこで見ていた方に頼みがある。私が待っていると、彼らに伝えて欲しい……」」
◆
シュウト:
「モルヅァート!!」
スターク:
「なにこれ? 何が、どうなったの?」
ニキータ:
「かなり浸食が進んでる!」
僕たちは走った。アクアの援護歌で限界まで速力を高め、敵との接触を抑えつつ、可能な限りの早さで到着した。ゾーン内はひどい有様だった。戦闘があったのは間違いない。それどころか、マグマになった大地が、もう一度冷えて固まっていた。破壊の規模がまるで違う。
モルヅァートは、黒い竜翼人同様に、濁った汚い白色にかなり覆われて、じっとしていた。
モルヅァート:
「「来たか。素晴らしく早かったな」」
ユフィリア:
「モルヅァート! どうしたの? 何があったの?」
モルヅァート:
「「これは、……ウッ、グッ、グァアアアガアアアア!!!」」
凄まじい殺気を放ち、狂ったように吼えた。……堪えているのだろうか。状況は芳しくない。しかし、どうしてこんなことに?
ジン:
「この野郎。搦め手に気を付けろって言ったろうが!」
モルヅァート:
「「忠告には感謝している。だが、今度ばかりは相手が悪かった」」
ウヅキ:
「そいつはどうなった? 殺したんだろうな!?」
モルヅァート:
「「いや、逃げられた。……すまないが、話は後にしてくれ。もうさほど時がない」」
シュウト:
「時間って」
Zenon:
「チクショウ!」
リディア:
「モルヅァート……!」
葵:
『あああ。モルヅァート!モルヅァート!! ごめん。あたしのせいだ!きっと、何か見落とした。このぐらいの展開、読めなきゃダメだった。あたし、バカだ。ごめん、ごべんなざい……』
ユフィリアが葵を呼び出したようだ。この状況にもっとも心を痛めていたのは、実のところ葵かもしれなかった。
アクア:
「これが葵の……?」
ジン:
「そうだ。その弱さ故に、あらゆる想像を厭わない。アイツの強さの根にあるのがこれだ」
その想像力ゆえに、涙もろく、ダメージを受けやすい。想像力が強すぎるという悲惨。すべてを自分の責任と引き受けてしまう優しさは、自分を破壊する毒でもあった。あらゆる悲劇を事前に回避しようとする態度。それこそが〈カトレヤ〉の中核にあるものだった。
モルヅァート:
「「葵のせいではない。相手こそが巧妙だった。このゾーンに現れるまで、この私すら気が付かなかったのだ。お前たちが十分に離れるまで待っていたのだろう」」
苦しげなのに、葵に対して配慮は忘れない。気高かった。いつものモルヅァートだった。だからこそ、これからどうなるのかが問題でもあった。
時々、怒り狂ったかのように吼え、叫ぶ。どうすればいいのか、まるで見当も付かない。
モルヅァート:
「「ジン。……すまないが、ここまで来てくれまいか?」」
シュウト:
「!?」
抑えてはいるが、殺気が漂っている。あまりにも危険だった。
近寄ってはいけないと自分の感覚が叫んでいる。……ジンはどうするのだろう? もしも自分だったらどうしただろう……?
ジン:
「ああ、いいぜ」
剣と盾をしまうと、まるで何でもない風に、微笑んで近づいていった。制止の声を必死に飲み込む。今のモルヅァートは危険だった。近づいたらどうなるのか。武器を握る手が汗ばむ。緊張が高まる。
リコ:
「ちょっと、やめた方が」
タクト:
「いいから、任せるんだ」
Zenon:
「スゲェ奴だぜ」
バーミリヲン:
「ああ。そうだ」
英命:
「…………!」
アクア:
「…………」
葵:
「ジンぷー……」
ユフィリア:
「ジンさん、……モルヅァート」
触れられそうなほど近づくジン。嵐の前のような静けさだった。
ジン:
「なんだよ、口の周り焦げてんじゃねーか。吐息か?」
モルヅァート:
「「ああ。だから使いたくなかったのだ」」
ジン:
「……んで、どうすんだよ?」
モルヅァート:
「「うむ。…………すぐに済ます」」
瞬間、真っ白な歯と真っ赤な口の中が見えた。ガブリと噛みつくモルヅァート。ジンの鎧を貫いて、ずぶり、ずぶりと食い込んでいく。血が吹き出し、牙が赤く染まる。かなり深い傷だった。
ジン:
「ぐああああああああ!!!」
ユフィリア:
「ジンさん!? やめて、モルヅァート!!」
恐れていた通りの展開になった。どうすればいいのか、相反する感情が体を麻痺させたかのよう。モルヅァートを攻撃したい、しなければならない。でも、攻撃したくない。理由があるのだと信じたい。
痛みに震えるジンだったが、飛び出そうとした仲間を辛うじて動いた右腕で拒絶した。
ゴキリ。
イヤな音がした。決定的な、致命的なような音。ようやっと口を放すモルヅァート、そのまま膝から崩れ落ちるジン。まさか、死んだ……?
そのまま黙って魔法陣を多重展開させるモルヅァート。ジンを捉える雷撃が、幾重にも絡まるようにして……。
ジン:
「があああああああ!!」
閃光と閃光。凄まじい光景。その犠牲はどこか尊くもあり……。
何もできなかった。目を逸らすことすら、出来なかった。
リディア:
「ああ、あああ……」ガクガク
エリオ:
「どういうことでござる! 返答によってはタダでは済まさぬぞ!」
怒気を放つエリオ。ステータスをみて、まだ生きていることだけようやく確認できた。ジンはまだ死んではいない。
スターク:
「ねぇ、何したのさ? この魔法って何? カース・オブ・ドラゴンソウル? なんで呪ったの?」
クリスティーヌ:
「ギルマス、危険ですお下がりください」
ジンのステータスに表示されていたのは、『竜魂呪』という見たことのない呪い、バッドステータスだった。異常な強度の高さ。レベル300以上でないと解除できないとは、いくら何でもあり得ない。
ユフィリア:
「でも、まって。増えてるよ?」
シュウト:
「増えてるって?」
ジンのHPは流石にダメージで大幅に減少している。それと何故かMPまで減っていた。増えている箇所を探す。よく見ると、増えていたのは最大HP量だった。1500点上昇していた。それならたぶんMPも同じだろう。ジンの最大MP値まで記憶していないが、MPが減ったのではなく、最大値が増えただけかもしれない。そう思って眺めると、〈守護戦士〉にしては高い最大MP値になっている。2000点やそこら増えているような……?
ユフィリアが回復魔法を唱え、メイスの先に花が咲いた。
モルヅァート:
「「渾身にして、会心のデキだ。この私の最後の作品に相応しい」」
ジン:
「おい。……なにしやがった?」
モルヅァート:
「「支援魔法は永続できない。しかし阻害魔法は永続できる。それは何故か?」」
英命:
「バフは『力を与える』からですね? 加えた力はやがて失われる。一方でデバフは相手の能力を制限するため、永続が可能です」
モルヅァート:
「「その通りだ。この法則を逆用した。『竜の因子』を付与した。その上で呪いによって縛り付けた。〈冒険者〉の復元能力は極めて高く、強い。このぐらいしなければ竜の因子といえど、簡単に抜け落ちるだろう。それでも、これからはなるべく死ぬな。因子だけ抜け落ち、呪いだけ残っては意味がない」」
ジン:
「……言われなくても、そう簡単に死んだりしねーよ」
ジンは無事なようだ。モルヅァートも(まだ)狂ったりはしていない。いつものような、軽快な口調に深く安堵する。
アクア:
「どうしてそんなことを?」
モルヅァート:
「「報酬の前払いと、対抗策を施すためだ。私の時間が残っている内に、な。……敵は、おそらく異世界からの来訪者。レイドボスの体に精神的に寄生しているようだ。私の真の名を読み、精神を支配する呪いを使う」」
葵:
『……あたしらみたいなプレイヤーが、レイドボスの体を?ってこと?』
モルヅァート:
「「私の所感になるが、さらに別の世界からだろう」」
ジン:
「なんだと!?」
僕ら以外にも、この世界に来ている何者かがいる? モルヅァートはその敵にやられ、ジンに対抗策を施すことにしたらし。強い支援効果を、弱い阻害効果の組み合わせで、永続化させることによって。
ケイトリン:
「報酬の前払いとは、何?」
モルヅァート:
「「そのことだ。……私を今からここで殺して欲しい」」
ユフィリア:
「どうして!? やだ、やだよ!」
モルヅァート:
「「もう時がない。私の精神は、もうすぐ呪いに支配される。精神の自由を束縛され、無意味に死を振りまく怪物になってしまう。『この私』のまま、私は私のしたくないことをし続けることになるだろう。
……ジン、頼まれてくれ。今ならまだ間に合うのだ。私を『元の流れ』に戻してほしい」」
モルヅァートが、今のモルヅァートのまま存続する可能性があるという。しかしそれは、最もあってはならない要素が付与された結果だった。なんという矛盾、恐ろしいまでの皮肉。
そもそもモルヅァートに出来ないことは、この場の誰にもできない。つまり、呪いを解除する手段がないことを意味する。
今ならば、ここで殺せば、ただのレイドボスとして逝かせることができるだろう。だが、ここで再び最初の問いに戻ることになった。そしてその選択は、ジンにゆだねられた。
ジン:
「ああ、わかった。……殺してやる。俺が、お前を倒して、殺す」
殺すべきだと思った時に、ジンはその選択をする。そして、殺したいと思うから、殺すのだ。あくまでも自分自身の責任として、願いとして、すべき事を受け入れ、選び出す。ジンもまた、気高かった。
その時、ユフィリアがジンの背後から抱きついていた。
ユフィリア:
「透明になっちゃ、だめ」
ジン:
「…………」
言っている意味は分からなかったが、なんとなく、それが正しいことのような気がした。全ての責任を一人で背負って、透明になってしまおうとしていたのかもしれない。
ニキータ:
「ユフィ……」
葵:
『ここでそのセリフが言えちゃうんだもんなー』
確かに、ユフィリアがただしい。全ての責任を一人に押しつけて、知らないフリをしてこの先も生きていくことなんて、できるハズもない。
タクト:
「……どうする?」
シュウト:
「ただ殺すだけなんて、僕らには出来ない。戦おう。戦って、僕らが勝って終わりにする。元の流れに戻すのなら、尚更、レイドボスに戦って勝たなきゃ」
タクト:
「ああ、殺すだけなんて寂しすぎる!」
英命:
「ええ。彼だけに背負わせて良いものではありません」
Zenon:
「やろうぜ!」
バーミリヲン:
「元より、そのつもりだ」
エリオ:
「我々は、きっちり仕上がっているでござるよ」
ケイトリン:
「最後だ。痛い目にあわせてやろう」ククク
スターク:
「みんな好きだなぁ。ボクは楽したい方なんだけど(苦笑)」
クリスティーヌ:
「ギルマスはこうおっしゃっていますが、やる気は十分です」
リコ:
「綺麗に勝って、終わりにしてあげる」
ウヅキ:
「ハッ。万全じゃなかったことを後悔しろ」
リディア:
「一生懸命、がんばる!」
レイシン:
「じゃあ、やろっか」
石丸:
「了解っス」
ニキータ:
「私たちは、私たちに出来ることを」
葵:
『やるよ、いいね?』
アクア:
「ええ。……約束通り、最悪の敗北を突きつけてあげるわ!」ドンッ
モルヅァート:
「「……感謝する。みなの言葉に甘えよう」」
モルヅァートはジンと、その背中に張り付いているユフィリアとを見た。葵がバフの指示を出したため、リディア達が動き始めている。
ジン:
「……最後までもつのかよ?」
モルヅァート:
「「愚問だ。……それより戦ってこの私に勝てるのか?」」
ジン:
「バッカ野郎、そんな心配していられると思うなよ?」
モルヅァート:
「「フッ」」
ジン:
「ケッ」
ユフィリア:
「待ってて、モルヅァート。……私が!」
ユフィリアは、きっと狙うつもりだ。『ゼロ・カウンター』による死亡直後の蘇生を。黒い竜翼人の時は浸食の解除に成功したのだから、今回も巧く行くかもしれない。可能性はどれだけ低くてもゼロではない。
その為にも、まずは倒しきらなければならない。
こうして僕たち 人と竜の、終わりが始まった。