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171  スウィングしなけりゃ意味がない / 螺旋の杖

  

ジン:

「モーツァルトの特質その2は、矛盾だ」

アクア:

「矛盾?」

ジン:

「前にも話したかもしれんが、相対的な状態では矛盾は発生しない。逆に絶対性は必ず矛盾をはらむ。これを自覚的に応用することを考える場合、『絶対的に強い』という状態は、なんらかの矛盾を『装備』しなきゃならん、ということになる。……というか、観察の結果そうなっている」

葵:

「矛盾してないヤツは、実は大したことない」

ジン:

「そうなる。イケメンの顔は必ずクールでなければならない。けど、秘めたる熱性がないと『ただ冷たいだけ』になってイケメンではなくなってしまう。女子を熱狂させる要素が失われる訳だ。逆に熱性だけが高くても、暑苦しくて嫌われる。そこには冷たくて熱いという矛盾がないといけない」

アクア:

「イケメンだのは凄くどうでもいい。それで? モーツァルトはどういう風に矛盾していたの?」

スターク:

「男子的にはすごーく重要な話の気がするんだけど」

ジン:

「だよな。……モーツァルトの場合は、体幹部の底面、股のところで世界が一変する。上からは深く深く深く、深い沈黙のような、透明の、天の性質のエネルギーがずーっと降りて来ている。でも皮一枚隔てて下からは、チリチリチリチリと猛烈な、発狂させるような、遊びたくさせるような、いたずらな動のクオリティーが掛かっている」

シュウト:

「深すぎる静けさと、いたずらなチリチリ……」

アクア:

「まるでモーツァルトの音楽みたいね」

ジン:

「こう聞かされると、もうそうとしか聞こえなくなるぞ。まぁ、矛盾と言っても、ちっぽけな悩みとかそういうレベルじゃない。壮大極まりないのに、どこか可愛らしいというか。それも矛盾してっけど。こうした極まることのない矛盾が特徴と言えるだろう。

 宇天、宇宙外世界の思い出に浸る時、人は必ず幸福だという。そうした、あらゆる事象のなかで最も深い深さが入ってくるけども、すぐ下からは楽しく無邪気なチリチリが落ち着かせようもなく凄まじい勢いで突き上げてくる状態なんだ。もしこの深さ静けさがなけりゃ、発狂するのは間違いない。でもチリチリがこなきゃ、まったく別の人格になって、まったく別の人生を送るしなかったはずだ」


 黒板の所にいくと、人体図を簡単に書き込んでいく。


ジン:

「それから、こんな感じで熱性の意識が胸から腹の方まで広がっている。心臓を中心とした胸まわりの『中丹田』から外れて下に展開しちゃうと『腹赤』になっちゃうもんなんだけど、こんだけ深い天性の気がバンバン入ってくると、どうしたって寒くなるから、それに対抗するためのもんなんじゃないかな。そういう意味だと『温球』の意識に近いかもしれない」

シュウト:

「その温球というのは?」

ジン:

「温球は、F1レーサーなんかに作られる意識だな。胸の前の空間に温かく大きな球体の意識を配置するものだ。減速しても時速100キロ、直線で踏み込めば300キロに至るモンスターマシンを操るには、どうしたって恐怖を緩和してやらなきゃならない。時速300キロの空気がダイレクトに体に突き刺さったら、あっという間に体力が削られていく。ましてや、トップ争いなんて過酷なことは不可能だ。素人はまともにアクセル踏み込むことすらできやしない。そういうのから身というか、自身の柔らかさを護るための構造だな」

葵:

「んじゃ、腹赤は?」

ジン:

「中丹田と下丹田の中間点にまれに形成される意識で、『腹黒』の温性のものが腹赤だ。これの代表はスティーブ・ジョブズ。消化器官系の活性化・変質を表現していて、ファンやユーザーからの期待みたいな意識エネルギーを『食べ』て、自分の活動エネルギーに変えていたとされる」

アクア:

「モーツァルトがしょっちゅう『僕のこと好き?』とか尋ねてくるウザい性格だったのは、それのせいかもしれないわね」

スターク:

「そういうところはモルヅァートも似てるよね」

ジン:

「多少は影響されてんのかもなー」

ニキータ:

「……ジョブズって内蔵の癌でしたよね?」

ジン:

「あー(苦笑) その辺に関しては詳細不明につきノーコメント。ご冥福をお祈りしてフェードアウト」

葵:

「ちなみに腹黒は?」

ジン:

「んー、他者への怨念を腹の中で増幅させたり腐らせたりするような感じだな。ほんとの極悪人にしか形成されない、悪の極意だ。……だからアイツ(、、、)は違うよ。ロリコンの二股かもだけど、本当の意味では腹黒とは言えない」

葵:

「まぁ、そりゃそっか」

ユフィリア:

「誰の話?」

ジン:

「こっちの話。……ここで大事なのは腹の底の感覚だろうな。中心軸って、けっこう頭の途中で止まったりするもんなんだよ。それだとすげー勿体ない。

 たとえば、マイケル・ジョーダンだと、天性の気が癒しオーラの性質になってくる。そういうのが頭の途中までしか入ってこないのって残念な感じするだろ?」

シュウト:

「癒しオーラだったら、もちろん体の全部に入れたいですよね」

ジン:

「そういう時、上軸にフックをつけて、腹の底にひっかけてやればいいわけだ」







葵:

『Zenonストップ! 打ち消すように下がって』

Zenon:

「おう!」


 滑らかに後退し、敵の波を吸収するように動いて、モルヅァートのクロスレンジから後退。爪による攻撃を断念させるかのように、光の波紋が幾重にも鋭く横切って行った。

 僕たちの連携によって生まれる波と、モルヅァートの作る波をぶつけながら戦うのだ。連携によって波を大きくできるのであれば、逆に波を小さく打ち消すこともできるようになるからだ。連携と阻害は同じ能力の別々の現れ方だ。

 僕の脇を光の波紋がかすめるように敵へ向かって伸びていく。


葵:

『シュウくん! 攻撃に転じる』

シュウト:

「了解!」


 光の波紋に追いつくように駆ける。なんとなく、意味するところが分からないでもない。しかし、よく分からないままだった。

 

 一夜あけ、フタを開けてみたらアクアの指揮はとんでもない水準に到達していた。光の波紋が壮大な神殿のような形を形成していて、ちょっとビクッとしてしまったほど。圧倒的に凄そうな気がした。でも、それに付いていけなかった。問題は僕たちの側にある。結局、今回もモルヅァートに負けて終わってしまった。


 子供状態のモルヅァートがオニギリを手にコメントした。


モルヅァート:

「1日でここまで仕上げてくるとは思わなかったぞ」

アクア:

「でもまだダメ。もう少し工夫が必要ね」

ジン:

「だろうな~」

シュウト:

「すみません、活かしきれなくて……」

モルヅァート:

「……むっ! このオニギリも素晴らしいぞ!!」

ジン:

「これカレー味の、ハンバーグになるのか? ホントに美味いよな」

ユフィリア:

「肉団子だよ。新商品の試作なの。イッチーさんのレシピでね、カレールゥを細かくして混ぜて、蒸して仕上げてるんだよ!」にっこにこ


 しばらく美味い、美味いと言いながらオニギリを堪能する。


アクア:

「さて、どうしたものかしらね。……リディア、意見を聞かせて頂戴?」

リディア:

「え? わたしですか? いや、でも……」


 なぜそこでリディアを選んだのかが謎だったが、アクアが選んだのだから何も言えるはずもなく。


アクア:

「どう思ったの? 率直なところをお願い」

リディア:

「え? えーっと。……怒りませんか?」

アクア:

「当然よ。遠慮はいらないわ」


 そうはいいつつも、当然、怒りそうな流れだった。明らかに罠のパターンなのだが、リディアは人が良いのか、懸命にコメントしようとしている。


リディア:

「そ、その。光がふぁーっとなっても、どうすればいいのかちょっと微妙というか。みんなもリズムに乗れてないっていうか……」

アクア:

「リズムに乗れてないですって?!」ガタッ

リディア:

「ひぃぃぃ。怒らないっていったじゃないですかー(涙)」ガクガクブルブル


 攻撃的なツンデレ系キャラとして参加したはずのリディアだったが、ほぼキャラは崩壊して恐がりの女の子として定着しつつあった。ジンやアクアといった超格上プレイヤーと一緒にいて、強がりを言えるほど太い肝なんてもっている方がどうかしている。


ジン:

「んだよ。リズムに乗せるのなんて得意中の得意だろ?」


 腰を下ろしたアクアが、ごく真面目な顔で呟いた。


アクア:

「そうね。……でも、どうやったらリズムに乗せられるのかしら?」

ジン:

「ブッ! うおぃ!?」

葵:

『だはははは! なに? どったの?』

アクア:

「それが、今までリズムに乗せてやろうとか思ったことないのよ。質問されることはあるけど、リズムなんて勝手に乗ってるものでしょう? だから考えるのも初めてなのよね。具体的にはどうしたらいいのかしら?」

Zenon:

「マジかよ……」

英命:

「フフフ。得意すぎて苦手ということですか」


 あまりのことに残念な空気が漂い始める。しかし、逆に「リズムに乗せてやるわ!」とか思っているアクアもどうなのだろうという気がした。『リズムに乗せよう』などと微塵も思っていないからこそ、気分よくリズムに乗れるような所はあるのかもしれない。


ユフィリア:

「モルヅァート、どうしたらいいかな?」

モルヅァート:

「答えにはほぼたどり着いている。あとは少しの切っ掛けの話だろう。ひとつアドバイスするのであれば、そうさな。……指揮者もまた、指揮される対象、といったところか」

ユフィリア:

「えっと、……どういうこと?」

葵:

『ふむ。上に居て引っ張り上げるんじゃなくて、一緒に登りつめろってことだね』

アクア:

「軽妙ね」


 もう少し試行錯誤するべく、モルヅァートのゾーンを離れた。


葵:

『今日は、この後、竜翼人の里だね』

アクア:

「その間、少し試してみたいことがあるから、手伝って貰うわよ」

ジン:

「へいへい」

葵:

『あたしと合わせたかったら連絡ちょうだい』

アクア:

「ありがとう」


 戦闘しつつ、竜翼人の里へ移動することに。



アクア:

「さぁ、どうしてやろうかしら――!」


 吹き抜けたのは、鮮やかな風のようだった。もしくは音かもしれないし、透き通った水の流れでもあった。アクアは前向きに『新しい挑戦』を楽しんでいて、どこか嬉しそうだった。


 〈竜牙戦士〉との遭遇戦。葵の代わりに指示だしをしながら、光の波紋を飛ばす。いきなりフルパワーではなく段々と。

 その次も〈竜牙戦士〉とだった。今度は僕らの動きに光の動きをシンクロさせ、少しずつ高まるようにズラして行った。これは分かり易かった。


リディア:

「今のは、かなり良かったと思います!」

アクア:

「ありがとう。でもまだ、もうひと工夫できそうね」


 モルヅァートのゾーンから移動して、竜翼人の里までは戦闘・休息込みで2~3時間はゆうに掛かる。走れば1時間は掛からないと思うが、そういう場合は複数のモンスターに同時に襲われることを覚悟しなければならない。

 モンスターの数が多い場合、基本は数体ずつ引っ張って来ては倒す、と繰り返すことになる。〈竜牙戦士〉は出現頻度・出現方法(地面から生えてくる)の関係で大集団になったりは起こりにくいが、逆に1体ずつ分けて倒すこともしにくいのが難点となる。まとめて倒すためにはかなり高い戦闘力が要求されるからだ。


ジン:

「この先にいるのはドラゴンだぞ。準備いいか?」

シュウト:

「えっと、ちょっと待ってください」


 念のため全員の顔や態度を確認する。言い足りないことなどが無いようにするべきだからだ。言葉が足りなかったり、無口な人が多いチームなので、見て、聞いて、さすがに触りはしないけど、そうして確認するように変えることにした。モルヅァート相手に無様な失敗を経験したおかげでもある。

 

ユフィリア:

「うんにゃ~ら、ぐんにゃ~ら、フン、フフ、フ~ン♪」


 ドラゴンに聞こえないように配慮したのか小さな声でユフィリアが体をゆるめていた。なんとなく一緒になって体をゆすっておく。ゆるめるに越したことはない。


 レイドボスと比べれば弱いのは当然にしても、単体で出現するドラゴンは雑魚と呼ぶにはちょっと歯ごたえがありすぎる。レベルがあがって、モルヅァートみたいな規格外と戦っていると、まるで自分たちが強くなったかのように錯覚しがちだが、そんなことはなかった(苦笑) ドラゴンと戦って楽勝できるのはジンのような例外だけである。


シュウト:

「お願いします」

ジン:

「よし、突撃だ」


 丁寧に戦端を開くジン。油断しないように敢えてそうしているのだろう。もっと言えば、僕たちに正しい癖が付くように、そうしてくれているのだと思う。

 タウンティングに成功し、ドラゴンの行動を縛り付ける。立て続けにくるだろうと思ったアクアの援護歌は、――こなかった。



 ――――♪



 風にのって耳朶を打つのは、懐かしい曲だった。


スターク:

「これって……!」

Zenon:

「ああ、〈エルダー・テイル〉の!」

シュウト:

「戦闘曲!」


 アクアがハミングしていたのは、ゲーム時代に〈エルダー・テイル〉で使われていた、戦闘時用のBGM曲だった。とても軽く歌っているだけとは思えない水準。軽やかで、楽しげで、それ以上はどう形容すべきか分からない。天才にありがちな、手慣れて、小洒落た、気取りが鼻につく感じとは無縁の、無邪気さであり、奔放さ。そのまま踊り出したくなるような、駆け出したくなるような、心地よいリズム、――『音楽』!


シュウト:

(ああ、天才!……天才だ!!)


 繰り返し聞き、耳に馴染み、音が鳴っていることに気が付かなくなるぐらいになった曲だ。記憶が刺激されているのだろう。ゲームとしての戦闘経験は、この世界ではまるで通用しない。『だから』無駄というわけでもなかったらしい。直接に関係のない経験『だから』、無意識に程良く働きかける。実力の背骨(バックボーン)として立ち上がることで、巨大な喪失をようやく実感した。『それ』は失われた半身のようなものだった。〈冒険者〉としての経験が、自分のものに重なる。不思議な感覚が高く高く立ちあがっていく。


 軽やかなリズムと微笑み。すべき事がピタリと一致する感覚。流れの中で新たな流れが生まれ、渦巻き、大きな大きな波になった。それを幾度となく、飽きることなく繰り返し、いつしか戦いに勝利していた。圧倒的な強さを体現して。



アクア:

「ざっとこんな感じだけど、どう?」


 天才の、あまりの凄まじさに言葉を失う。課題をものともせず、楽しみながらあっさりとクリアしてしまっていた。ドラゴンを屠り、僕たちは立ち尽くすことしかできずにいた。次元の違う可能性が拓かれた瞬間に立ちあったと思った。


ジン:

「えらそーに。ユフィがフンフン言ってたので思いついたんだろ?」

アクア:

「そうよ。それがどうしたの? いけなかったかしら?」ニコリ

ジン:

「別にいいけどさぁ。……オラ、なに呆けてんだ、仕事しろ!」


 慌ててはぎ取りやドロップアイテムの回収に移る。


Zenon:

「なぁ、これ、本気でいけんじゃねーか?」

リコ:

「行けますよ、絶対!」

タクト:

「だよな。凄かった……」

リディア:

「アクアさん、やりましたね!」

アクア:

「ええ。ありがとう」

英命:

「ここまでとは。本当に驚きました」

バーミリヲン:

「しかし、久しぶりだったな」

クリスティーヌ:

「モルヅァートと戦う時は、ボス用の曲を?」

アクア:

「当然、そうなるわね」


 ボス用の曲も好きだった。最初の頃は緊張したけれど、今から楽しみですらある。


ウヅキ:

「チッ。やればできるんじゃねーか。最初からやれってんだ」

アクア:

「どうかしらね。今だから、できたのかも……」

ウヅキ:

「ケッ。無駄に自信満々の癖しやがって」

アクア:

「あら、当然でしょう。実力の裏打ちがあるのだもの」


 確かに裏打ちがある。誰も文句を言えない水準で。


シュウト:

「それで、どうしますか? 本番はこの後、夕方に?」

ジン:

「どっちにしろ長丁場になるからなぁ、明日か?」

レイシン:

「そうだねぇ」はっはっは


 集中力の持続も考えて、万全で挑むことで決まった。今日は用事を済ませることにして、竜翼人の里への道を急ぐことにした。

 葵の指示だしと合わせるなど、まだ調整すべき部分もある。だけど、ほぼ解決したようなものだった。モルヅァートとの決戦に少しばかり緊張が高まって来ているのを感じていた。

 戦って、倒すことになるのかどうか。まずは勝ちを突きつけなければならない。悔しがる顔が今から想像できるようだ。たぶん、僕たちの強さを喜んでくれるだろう。それが、楽しみだった。







 葵との連携も問題なくこなし、竜翼人の里に到着。この隠れ里にくるのもこれで何回目だろう。とうせんぼしてくる黒い竜翼人の戦士は留守にしているようだ。ちょっと残念に思う。


葵:

『んだば、杖を取りにいくべ!』


 今回の用事はユフィリアの新しい杖のことだった。『ゼロ・カウンター』をやりやすくする杖が作れないか?という葵の発案がことの始まりだった。魔法道具屋の茶色い竜翼人に相談すると、『特殊な魔結晶が必要』と言わた。近場に鉱脈などがないかモルヅァートに尋ねたところ、ドロップアイテムの宝石を使ってその場であっさり合成してしまった。ここまでは良かった。しかし作った途端「「私に勝てたらくれてやろう!」」などと格好付けたため、ジンを怒らせた。それに気が付かず、ハンデとして子供姿で戦うとか言いだしたのが運の尽き。ジンは人体への理解からくる圧倒的な優位性(対人型三倍段)でもって、あっさりと締め落として勝利した。(気絶中はそのまま殺せるので、もの凄く慌てて止めた)そうやって魔結晶をモルヅァートから奪い取ったのだ。


 それで杖を作って貰うことになったのだが、ユフィリアが「殴って歌える武器がいい!」と意味不明なわがままをいったため、ただの杖じゃなく、メイスの形状にすることになったのが数日前の出来事だ。


ユフィリア:

「こんにちは~」

ジン:

「頼んだの、出来てるかい?」

茶色の竜翼人:

『完成している』

葵:

『どりどり? どんな具合?』


 机の上に品物が置かれた。

 片手杖(ワンド)戦棍(メイス)の中間的な形状。棒の部分はぐるぐると捻られたような螺旋形状で、先端寄りの途中にモルヅァートの作った魔結晶がはめ込まれている。先端はメイスの打撃点として頑丈で大きく作られていた。

 独特の美的センスに感動する。武器の味気ない無骨さとは違うのだが、かといって芸術品にありがちな、か細い印象でもない。


ユフィリア:

「わーっ!!」

茶色い竜翼人:

『手に取ると良い』

ユフィリア:

「ありがとう。――どうしようジンさん!?」

ジン:

「ん、どうした?」

ユフィリア:

「凄く、カッコイイよ!」

ジン:

「あー、……良かったな」

ユフィリア:

「うん!」でへー


 ちょっと興奮しているような、嬉しそうな様子のユフィリアだった。


葵:

『お代とかどうすればいいかな?』

茶色い竜翼人:

『不要だ。……あの魔結晶は神の細工だった』

ジン:

「何日かくれって言ってたのは、研究のためか?」

茶色い竜翼人:

『うむ。魔術の神髄の、なんと奥深いことか。きっと私への教えだったのだろう……』


 茶色い竜翼人はアーティファクト級の装備品を作れる人だけど、モルヅァートは幻想級を超えたものまで作れる。

 前に改造されたレガートの魔杖を見せたときも度肝を抜かれていた。なんでも素材に戻さないで作り直すことなど不可能、とかなんとか。

 しかし、ゲットした時の状況が状況だけに、アドバイス的な意味合いが本当にあったかどうか、なんとも言えない。


茶色い竜翼人:

『〈スパイラルメイス〉と名付けた。杖として作れば祭器を超えたものになったかもしれないが、戦棍としては平凡な代物だな』

ジン:

「おい!(苦笑)」

茶色い竜翼人:

『強引に戦棍にしたためだ。それでも杖として使えば祭器級だろう』


 その辺りはこちらのワガママなので、本当に申し訳ないことをした。


英命:

「なぜ、螺旋なのですか?」

茶色い竜翼人:

『うむ。狙った瞬間に魔法を発動させる魔道具を作るには、発生した魔法を発動させずに保持する必要がある。しかし、神の子(モルヅァート)はシンプルに増幅を選んでいた』

葵:

『ほうか。増幅させといて、任意のタイミングで発射させるわけだ』

茶色い竜翼人:

『そうなる』

ユフィリア:

「?」

ジン:

「あー、ゲームで言えば、ボタン押した瞬間に発射じゃなくなくて、放した瞬間に変える処理だな。押してる間は溜めて増幅しといて、放して発射だ。」

ユフィリア:

「そっか!」


 使う側は難しい理屈とか要らないので、分かり易く説明したらしい。全ての呪文が増幅できるようになったらしい。


茶色い竜翼人:

『始めは急激に増幅させ、魔法として成立させたのち、ゆるやかな増幅へと変化する。魔法発動までの時間を大きく短縮し、増幅率を押さえて長く保持することと両立させている』

英命:

「なるほど。その増幅の変化率が、対数螺旋だったのですね?」

茶色い竜翼人:

『理解が早いな。そうだ。シンプルで完璧な回答だ』


 なんだか分からない話になりつつある。


シュウト:

「あの、対数螺旋ってなんですか?」

ジン:

「えっと、なんていうの? 二重螺旋じゃなく、ぐるぐるしてる……」

アクア:

「渦巻きの形状ね」

葵:

『黄金の螺旋ってしらない?』

石丸:

「ベルヌーイの螺旋と呼ばれるもののことっス」


 さっぱり分からない。イメージが伝わってこない。これ、みんな分かっているのだろうか? 振り向いたけれど、誰も目を合わせてくれなかった。


英命:

「回転半径が段々と大きくなっていく螺旋のことですよ。今回の場合は双曲螺旋かもしれませんが……」


 指の動きでだんだん大きくなっていく渦巻きを描いていた。なるほど、わかったような気がする。

 説明によると、増幅をグラフで考えた時に平面ではなく、3次元の渦巻き構造だったとかなんとか。理解することは諦めた。


茶色い竜翼人:

『ことはもっと複雑だがな。魔力を増幅させることは容易でも、魔法を増幅させることは至難なのだ。結晶構造が破裂してしまう』

石丸:

「魔力を増幅すると、魔法へ転換する時間にズレが生まれるのではないっスか?」

茶色い竜翼人:

『その通りだ。神の子はその問題も併せて解決していた。結論を言えば、完成した魔法を魔結晶の外に螺旋状に展開させたのだ。従って、使用者の蓄積魔力が続く限り、際限なく増幅を続けられる杖となっている。いや、メイスだったな……。なぜメイスなのだ……』


 あまりにも残念そうにしていて、本当にごめんなさいと思いました。


葵:

『あー、それ、ヤベーな。増幅の上限とかどうなっちゃうわけ?』

茶色い竜翼人:

『そんなもの、あるわけなかろう』

葵:

『コマ!? じゃあ、……アクアちゃんが延々と魔力を供給すれば、トンデモ威力のジャッジメントレイとか出せちゃうってことかー。……最強武器キタコレ』

シュウト:

「!?」


 もの凄いことをサラっと言っている気が。最強武器?!


茶色い竜翼人:

『増幅率はそう大きくない。戦闘中に問題となるような威力は出せまい』

葵:

『たとえば、モルヅァートを一撃でふっとばすにはどのくらいの時間が掛かりそう?』

茶色い竜翼人:

『ぬぅ。……数ヶ月といったところではないか?』

ジン:

「じゃあ、またマップ兵器だな」


 2億点を吹き飛ばす威力はそう簡単に得られないようだ。

 マップ兵器というのでリコの〈シューティング・スター〉的な扱いになりそうだった。あれはあれで異常だったけれど……。


葵:

『なんぞ巧くやれば、大魔王の杖みたいなのが作れそうな気がする!』

ジン:

「ダイの大冒険のか? ……強い技はともかく、強すぎる武器とか白けるだけだぞ?」

葵:

『つまんねー男だな、ジンぷー。ロマンだろ、ロマン!』

ジン:

「お前ただの最強厨だろうが。ロマンを侮辱してんじゃねーよ」


 外部から魔素を取り込む関係で、数秒であれば増幅効率が高く、使い勝手が良いらしい。十数秒で目に見えて増幅効率は低くなるが、条件が整っていれば、無限に増幅できるのだとか。


ユフィリア:

「ちょっと試してみていい?」

ジン:

「いいよ」


 〈スパイラルメイス〉の先端部分を中心に、光の花びらのようなものが形成されていく。数秒の増幅効果でもって、ジンに向けてリリース。


ユフィリア:

「…………〈シールドパクト〉!」


 強烈な輝きと共に〈シールドパクト〉の加護がジンに与えられていた。


ジン:

「発射のタイミングどうだった?」

ユフィリア:

「キリッとしてる。うん、使いやすい!」

シュウト:

(キリッと?)


 凄い威力っぽいのに、使用タイミングを先に確認するジンとか、『キリッ』とか表現するユフィリアだったりした。たぶんズレてるのはこっちなんだろうけれども。


スターク:

「数秒の増幅でこれ? 威力もけっこう馬鹿にできないね」

リディア:

「MP消費もいい感じ。さすがモルヅァート……」



 そんな時だった。外が騒がしくなっていた。吼え、唸るような野蛮な声がしている。


シュウト:

「なんでしょう?」

茶色い竜翼人:

『分からぬ』

ジン:

「まぁ、ちょっと行ってこい」

シュウト:

「はい」

タクト:

「オレも行こう」


 店のテントから出ると、誰かが暴れているらしいのが分かった。数人の〈竜翼人〉が取り巻くように状況を見ている。タクトと素早く接近していく。


シュウト:

「あの人は……!」

タクト:

「いつも入り口にいる……?」


 黒い竜翼人の彼が、武器を持って暴れて回っていた。

 戦士らしき〈竜翼人〉2人が盾で攻撃を防いでいたが、吹き飛ばされてしまう。


茶色い竜翼人:

『これはどうしたことだ。……イカン!』


 戦士らしき〈竜翼人〉にトドメを刺そうと大斧を振り下ろす。そこに雷光のように割って入ったのは、リーダー格の赤い竜翼人だった。


 赤い竜翼人は、いつものように意志疎通の魔法を使っていない。竜の言葉でガオガオと叫んでいた。怒鳴っているぐらいしか分からない。


 観察していると、黒い竜翼人の彼は、何かに浸食されているようだった。部分的に薄気味悪くくすんだ白い色で覆われていた。黒い体は少しずつ汚い白に浸食されていく。汚い白いが増えようとしいて、汚い赤や青といった幾つもの色が泡のように弾け、広がろうと足掻いている。


 正気に戻らせようといくつもの魔法が試されたが、どれも効果がない。ますます激しく暴れる黒い竜翼人。だんだんと手に負えなくなっているように思える。何故か反撃は最小限度だった。


ジン:

「おい、どうなってる?」

茶色い竜翼人:

『特殊な呪いか何かだろう。正気を失ってしまった』

ジン:

「捕まえるとかして、解除したらどうだ?」

茶色い竜翼人:

『解除はできない。試したが、ダメだった』

ジン:

「諦めんの早くね?」

アクア:

「で、どうするの?」

茶色い竜翼人:

『……同族に手をかけたものは永久に追放が決まりだ』

ジン:

「なんだ、そういうこと?」

ユフィリア:

「ジンさん」

ジン:

「よし、やってみろ」


 覚悟を決めたらしき、赤い竜翼人の前に割って入るジンだった。


ジン:

「永久に追放される気か?」

赤い竜翼人:

『何をする!』

ジン:

「後は任せろ」

赤い竜翼人:

『……すまない』

ジン:

「上手く行くか、試してみるさ」


 正気を失った〈竜翼人〉など、ジンにしたらただのマトでしかない。一方的にダメージを蓄積し、瀕死へと追い込んでいく。

 同時にユフィリアは呪文詠唱を終え、増幅を開始していた。〈スパイラルメイス〉の先端に花が咲き始めた。


ジン:

「いくぞ!」

ユフィリア:

「うん゛」


 そしていつものように、手元の剣に青い輝きが宿る。カウンター気味にブースト〈竜破斬〉を炸裂させ、一気に切り抜ける。


ユフィリア:

「〈リザレクション〉!」


 即死と同時のタイミングで『ゼロ・カウンター』。蘇生呪文を投射していた。成功したように見えた。HPゲージは幾分か回復している。


シュウト:

「……脈もあります。浸食されてた部分も、消えてるっぽいです」

赤い竜翼人:

『礼を言わねばならないようだな……』

ジン:

「その前に、いったい何が起こってる?」

茶色い竜翼人:

『まったく、どうなっているのだ?』

赤い竜翼人:

『アレを起こして尋ねるしかあるまい。……もし敵だとしたら、この里を知られたことになる』


 〈竜翼人〉達も知らない、突発的なアクシデントのようだ。どうしてこんなことが起こったのだろう。レイドクエストに関係する出来事なのだろうか……?



葵:

『……ちょっと待った。マズいぞ、ジンプー!!』

ジン:

「どうしたんだ、葵?」

葵:

『この展開、このパターン!これだと次はモルヅァートが……』

アクア:

「くっ!!!?」


 遠くの空が凄まじい光を放つ。アクアが耳を押さえた。遠くで轟音。それから少し遅れて、弱く熱波が頬を撫でた。

 立て続けに発生する異常事態。そしてモルヅァートのゾーンの方角で起こった巨大な爆発のような現象。キノコ雲が立ち上っていたら、原爆だったとしても疑わなかっただろう。


ユフィリア:

「モルヅァート!!?」


 モルヅァートを心配する悲痛な叫び。矢も盾もたまらず、駆けつけたい心境だろう。僕もそうだ。みんな、そうだった。


葵:

『やばい、まずい、間に合わない』

英命:

「……どうしますか、皆さん?」

スターク:

「でも、あの閃光と轟音だよ。現場に近づけるかどうか……」


 英命が場を取り仕切った。

 スタークは意外と冷静な判断を口にしていた。確かに、そうだ。それでも、状況を確認しなければならない。


アクア:

「少し、待って」


 断りを入れると、アクアが念話をしていた。このタイミングで、一体、誰と? 無関係の人間からの念話を受けるはずがない。では、誰から?


アクア:

「ごめんなさい。……モルヅァートが、待っているそうよ」

ジン:

「おい、誰からだ?」

アクア:

「私の協力者。急いだ方が良いって」


 黒い竜翼人から話を聞くこともせず、僕たちは竜翼人の里を飛び出していた。最悪の想像と、不安とを打ち消すように、ただ足を速めていた。大切な友人のもとへと急ぐために。

 

 


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