169 嵐を呼ぶもの
リコ:
「考えたんですけど……!」
ジンを待つ間、雑談の流れになっていた。朝寝坊かもしれない。
水着と換えの下着、タオルの用意と言われているので、泳ぐ鍛錬か何かをするつもりらしい。問題はどこで泳ぐのか、だろう。何しろ11月も中旬に入っている。外は寒い。
Zenon:
「何を考えたって?」
リコ:
「第1パーティーって、誰も死んでないんです」
シュウト:
「そうかもね」
思い詰めたような表情にこちらの言葉が詰まる。もちろん、気が付いていますとも。第1パーティー、もともとの〈カトレヤ〉組は、モルヅァートと戦っても、まだ死亡者が出ていない。死ぬ前に終わりになっている。
ジンは別次元なので一緒にしたら殺されるかもしれない。そのジンが最優先で護っているユフィリアも当然ながら死ぬ確率は極めて低い。ジンの相方であり、本人も高い実力を誇るレイシン、『ジンの意識』を得たことで女性冒険者の最強クラスになったニキータとくれば、死ぬ要素を見つける方が大変なぐらいだ。石丸は〈妖術師〉ゆえ、魔法使用中の隙を突かれるとコロリと逝ってしまう可能性もなくはない。それでもスペックの高さは折り紙付きである。
一番の問題は僕かもしれない。今となっては自分がもっとも死にやすい立場になってしまった、と思う。そこそこ強くなって来ていると思うのだけど、実力なんてものは際限なく欲しいし、いつまでたっても足りないような気がしてしまう。
石丸:
「アクアさんとリディアさんもまだ死んでいないっスね」
アクア:
「当然ね」
シュウト:
「アクアさんって生存率高いというか、ダメージ受けないですよね? 見られていない時の動き方が巧いんだと思うんですけど」
タクト:
「サッカーで言えば、オフ・ザ・ボールの動きだな」
シュウト:
(なぜサッカーで例えた?)
どうやらタクトはサッカー派のようだ。野球派の僕とは相容れないであろう存在だった。舌打ちしたくなったけど、僕の方が年上なので我慢。
リディア:
「わ、わたしは、その……」
アクア:
「いいから、言ってごらんなさい」
リディア:
「見逃してもらってる、のかなぁ?みたいな気が……」
アクア:
「でしょうね。理由はわからないけれど」
アクアが認めたので、反論などが封殺されてしまった。びっくりするような内容なのだが、『嘘だろ?』とか、とても言えない雰囲気である。
Zenon:
「まぁ、後でモルヅァートに聞いてみっか!」ガハハ
バーミリヲン:
「そうだな」
なんとなく話が脱線したところで、ジン登場。
ジン:
「わりーわりー、準備に手間取った」
シュウト:
「これからどこに行くんですか?」
ジン:
「お風呂を借りにいく。なんつったっけ? あのダミ声の……」
ユフィリア:
「菜穂美さん?」
ジン:
「そんな名前だっけか」
ニキータ:
「ダミ声じゃないんですけどね……」
シュウト:
「いや、お風呂って、ギルドにあるじゃないですか」
なんとなくビルの上の方を指さしてしまう。
ジン:
「ツッコミはお前に与えられた雑用だが、そんな分かり切ったこと言われてもだな?」
スターク:
「雑用なんだ……」
役職です。仕事の範疇です(涙)
リコ:
「お風呂が壊れたとか?」
ニキータ:
「そん……(涙)」
ジン:
「泣かせるなよ! つか、0.1秒で泣くんじゃない!」
英命:
「お手本のようなツッコミですね」くすくす
英命に笑われ、下唇を左右に引っ張って『ぬににに』みたいな顔をするジンだった。あんまり得意な相手ではないっぽい。先生のポジション作りが巧いのかもしれない。イヤミを感じさせず、でも攻撃的なレイシンといったタイプだ。
ジン:
「ともかく、ただ風呂に入りに行く訳じゃない。次の一手のためだな。ウチの風呂はデカすぎて使いにくいんだよ。入る分には申し分ないんだが」
ニキータ:
「大きくて、とってもいいですよね」
シュウト:
「いや、そういう話してないから……」
ほどなく葵と一緒に、咲空と星奈が出てきた。
葵:
「おっけー、いこいこ」
街中の移動で、10分ぐらいの距離だろうか。その間にリコが話題を元に戻そうとしていた。がんばっている。僕らの誰よりもがんばっている。
リコ:
「モルヅァートに勝つには、もっとチームワークが必要だと思うんです」
ジン:
「ああ、はい。それで?」
リコ:
「第1パーティーの死亡率の低さが鍵なんじゃないでしょうか?」
ジン:
「なるほどねー」
真面目に話を聞いている風だけど、半分笑いだしそうな雰囲気だったりする。
葵:
「でも、第1パーティーって、経験とか鍛錬量とか全然違うんだけど?」
リコ:
「そうなんですか?」
葵:
「そりゃそーっしょ。レイドやる前からあの場所で、6人でドラゴン倒してたんだから」
ドラゴン狩りを始めて最初の1体(1頭?)を倒したのがゴブリン戦役の直前。つまり8月の中旬。レベル91への到達が8月の下旬。ネームドドラゴン・ルレドを交えた2体同時戦闘で右腕を失いかけたのは忘れられない思い出であり教訓だ。その時はレベルが上がらず、その後の戦闘で91に到達している。
その後、9月の頭ごろに突然〈竜牙戦士〉がポップするようになった。今から思えばアレがレイドクエスト開始の合図だったらしい。その頃には週に2回ぐらい10体近くドラゴンを倒せていたのに、その数が減って困ることになったのだ。そのまま10月中旬が過ぎたころに〈天秤祭〉。僕たちはローマで戦った。レイドもその付近に始まっている。最初のゴーシャバッハを倒した時には、ローマで知り合ったスターク・クリスティーヌが一緒だ。今は11月の中旬。現在までにドラゴンを倒した数でいえば、100体なんて軽く越えているし、その大半が6人の時のことだ。
ジン:
「んで、チームワークとやらを高めるのにどうすりゃいいんだ? 飲み会とかやるつもりじゃねーだろうな?」
リコ:
「それは……」ギクッ
スターク:
「レイドの連携が飲み会で高まるの? そんなバカな」
リコ:
「そこは、相互理解とか? お互いの性格とかを知れば、巧くやれるようになるかもしれないし」
ケイトリン:
「ククク。それには、何日かかるんだ? まさか、1日や2日で相互理解できて、息がぴったり合うような連携が可能になるとか?」ニヤニヤ
リコ:
「ううっ……」
無理があるのはリコ本人もよく分かっていることのようだ。まぁ、最初から厳しい話なのだ。普通に仲が良いって水準じゃモルヅァートには通用しそうにない。
ジン:
「なんだよ、問題意識だけか? 解決策はどうした?」
リコ:
「すみません。先にいわれちゃいました」
エリオ:
「飲み会は、拙者も悪くない案だと思うでござるよ」
エリオの優しさには男の僕が惚れてしまいそうである。惚れないけど。
ジン:
「かーっ、飲みニケーションとかオッサンかっつー! 酒に夢なんか見てんじゃねぇよ。二日酔いでレイドとか絶対に許さないからな!?」
葵:
「いやいや、むしろ一周して『若者の発想』なんじゃよ」
Zenon:
「そうかもな。オッサンなんて理由付けてただ飲みたいだけだし」
どちらにせよ、酒を飲むと暴走するジンに飲みニケーションを要求できるはずもない。
ユフィリア:
「じゃあ、みんなで遊びにいくとか!」
シュウト:
「いや、それ、ただ遊びたいだけだし」
ジン:
「いいね!モルタル野郎なんか放っといて、どっかいくか!(笑)」
ユフィリア:
「モルヅァートも一緒! おべんと持って、みんなで仲良くっ!」
葵:
「あのゾーンから移動できないと思うけどね。ゴハンも食べてないぐらだし?」
ユフィリア:
「そうなのかなー? じゃあ、おべんとだけでも持っていかなきゃ!」
ちゃくちゃくとトモダチごっこ満喫している辺りが、この人の怖いところだったりする。おべんと広げて、あのゾーンでピクニックする気でいる。図々しさもここまでくるとホラーというか、諦めがつくというか。
葵:
「到着ぅ。ちょっくら挨拶してくる!」うしっ
〈ホネスティ〉の菜穂美に挨拶するべく、気合いを入れた葵が先陣を切る。予想はしていたけど、レアな宇宙人みたいな扱いをされているのか、10分ぐらいかかった。
中に入れるようになったと同時に、咲空と星奈の出番である。大量のタオルをそこら中に敷き詰めていく。僕らも参加して作業速度をアップ。
20人近い人数で上がり込み、しかもお風呂を使わせてもらうのが目的である。後片づけのことまで、いろいろと考えてあるようだ。
ジン:
「さて、じゃあ早速はじめようか。……シュウト、脱げ」
シュウト:
「僕ですか!?」
ジン:
「風呂場の広さってどうだ? 1回で説明できそう?」
シュウト:
「うううっ、人権……(涙)」
ジン:
「グダグダうるせぇな、フルチンでやらせンぞ?」
怒られてしぶしぶと服を脱ぎ始める。
葵:
「ダメダメ、シュウくん。そこは黙ってガバァ!っと胸板まで一気に行かなくちゃ。女の子が『ちょっと! いきなりここで脱がないでよ(///)』みたいになるシーンなんだから!」
シュウト:
「そんなシーンとか要らないです!」断固っ
エリオ:
「……日本のモテ道は奥が深いでござる」
ジン:
「そんなの浅瀬だろ」
なぜか注目されながら服を脱ぐことに。背後に回ろうとしているユフィリアの動きを察知して、事前に回避。何を狙ってるんだよ、何を。なんとなく紅葉を作られた時の記憶が蘇ってきてしまった。
水着を残して脱ぎ終わる。下にはいてきて良かった。一応、普段使っている下着とは交換してあった。そっちも水着なのだが、気分というか、マナーというかは大事だと思う。
静&りえが居ないので、キャーキャー騒ぐ相手はいない。ただ、何故だかにゃんこ先生こと星奈にガン見されていた。
ジン:
「リディア、それに咲空も。今のうちにちゃんと見ておけよ。遠慮するな、俺が許可してやる」
咲空:
「えっ? えっ?」
リディア:
「ばっ、バッカじゃないの!?」
女の子をからかって遊んでいるジンを横目に浴室へ。
そのまま1人用の浴槽に足からゆっくりと浸かる。ホンノリ温かいぐらいの温度。浴室は十分な広さだったが、3パーティー+アルファは流石に入りきらない。結局、葵が竜眼の水晶球を使うことにして、ジンとアクアが声で参加することになった。
葵:
『んで、どうすんだジンぷー?』
ジン:
『この練習を、この文脈でやるのは、もしかすると俺たちが最初かもわからん。歴史的快挙もしくはエポックメーキン!なのだ、心してやるよーに。 ……えっと、まず形式からだけど、浴槽が小さいため練習は1人ずつになる。俺抜き、葵を入れて18人だから、5分ずつだと……』
石丸:
「90分、1時間半になるっス」
ジン:
『なげーな。じゃあ1人3分?』
英命:
「それなら54分ですね」
ジン:
『そんな感じだから、キビキビ行こう。……シュウト、体を前後に動かすあおり運動で、波を作れ』
シュウト:
「こう、ですか?」ざぶざぶ
体を前後に倒すようにして、波を作ってみた。浴槽の温かいお湯がたぷたぷと揺れる。
ジン:
『今日の練習はこれをやる。浴槽のお湯がこぼれるように大きな波を作ってもらいます。だんだんと小さな波から、滑らかに大きな波を作るように。……ホレ、やってみろ』
シュウト:
「ほっ、はっ……。あ、え? これ、難しいです!」
浴槽の端にぶつかって、波が戻ってくる。それに合わせて波を大きくしてやらなければならないのだが、力を感じとり、受け止め、邪魔したり逆らわないように動作しつつ、波が大きくなるように、しかし加減しつつパワーというか運動量を追加しなければならない。かなり繊細な感覚が要求される作業だった。
シュウト:
「これ、たったの3分しか貰えないんですか!?」
かなり焦りながら波を大きくするのに集中する。しかし、なかなか大きくなって行かない。
ウヅキ:
「こんなのが、そんなに難しいのか?」
ジン:
『力任せの雑にやれば簡単だが、普通にやろうとすると受動的な運動感覚とか、感知能力、精密操作だののセンスが要求される』
アクア:
『面白いわね。 シュウト、私と代わりなさい!』
シュウト:
「もうちょっとなんで、ちょっと、待ってください!」
こぼれそう。もうちょっとでこぼれそう。もうちょっと!もうちょっとなのに!
ジン:
『そろそろ1分ぐらいか? とりあえず、スト~ップ!』
シュウト:
「ああああっ」
ほんの数滴、コボレたかどうかという有様だった。
なんとなーく、どこかでやったことがあるような不思議な練習だった。
リコ:
「これって、どういう意味がある訓練なんですか?」
ジン:
『フッフッフ。聞いて驚け。これこそ、チームプレー、チームワークを高める本質的なメソッドだ。ザ・大人用!チームワーク開発メソッド!』
リコ:
「ええっ!?」
シュウト:
「そう、なんですか?」きょとん
ジンが声だけで格好付けていた。ドヤってるドヤってる。
ジン:
『チームワークというヤツは、なんとなく仲が良いもの同士とか、性格が良いヤツが得意そうなイメージがあるかもだろ? お互いの意思を疎通させる方法とか、お互いのことをよく知っていること、更にお互いをよく観察すること、アイコンタクトすること、といった具体的なテクニックやら、なんやらが色々とあるわけだ』
スターク:
「じゃあ、違うってこと?」
ジン:
『いや、違わない。ただ、チームプレーの上手・下手に、なんからの能力が存在するとしたら? 思いやりみたいな性格関連とか、アイコンタクトだのの具体的なテクニック以外に、知らない内に向き・不向きを決めてしまっている“本質的な能力”があるかもしれないだろ』
アクア:
『回りくどいわね。つまり?』
ジン:
『つまり、性格の良さと連携の上達は別ってことだ。この練習こそチームプレーの本質的な能力開発訓練なのだ。そして大きなポイントとして、チームプレー・チームワークの理想的な視覚モデルにもなっている!』
ユフィリア:
「モデル? なんの?」
ジン:
『チームワークやチームプレーの目的や、理想的な状態とはどんなものだと思う? 巧いって状態はどういうものかってことさ。水の動きは、運動エネルギーを表している。味方との間で伝達される連携や協力のことだ。その善し悪しは波の大きさで表現されている』
シュウト:
「理想的なチームプレーが成立すると、波が大きくなって、浴槽からこぼれるぐらいになる、ってことですか?」
やってみた経験的に、なんとなくその言い分が分かる気がした。上手な連携に必要な、特殊な感覚やコツみたいなものがあるような気がする。
ジン:
『そうだ。……まだ、分かりにくいかもしれないな。チームプレーをなんとなく巧くやろうとするってことは、流れを滞らせないようにしようとするだろ。それだと一定の波を壊さないように受け渡すだけになってしまいがちなんだ』
アクア:
『波の大きさが変わらないわけね?』
葵:
『あー、みんなの力で、波を大きくするってことが真の連携、真のチームプレーなわけだ? つまり、乗るしかない、このビッグウェーブに!ってヤツか』
ジン:
『まぁ、そういう感じだな。でも真に理想のチームプレーをモデル化する場合、“波になる”のではぜんぜん足りないんだよ。ビッグウェーブを起こさないといけない。船を転覆させる勢いのな!』
ユフィリア:
「嵐みたいに?」
ジン:
『大嵐みたいに』
葵:
『んじゃあ、嵐を呼ぶぜ~♪ってことか。ちょっち古い?』
Zenon:
「いや、ものスゲエ古い」
ジンの言わんとすること、その熱量が少しだけ伝わって来たように思えた。何か分からないけれど、嵐になって大波を起こすのが理想らしい。
アクア:
『次は私がやるわ』
ウヅキ:
「ちょっと待て、面白そうだからアタシに先やらせろ」
アクア:
『なんですって?』
アクアに突っかかってしまう辺り、ちょっと困った感じになりそうな雰囲気だった。
ジン:
『あー、悪いんだが、こっちの事情でアクアを先にやる』
ウヅキ:
「ハァ? なんだァ?!」
ジン:
『いや、教える都合だ。いくら水着を着てるからって女子と浴室で2人きりって指導するのとか変態的な意味でヤバイから。お前らの裸をみてもぜんっぜんどうってことないけど、俺が可哀想じゃん』
葵:
『むしろ見たいんだろ? そう言えや!』
葵のツッコミを完全に無視するジン。
ジン:
『という訳だから、女子の指導はアクアに任せようかと思ってたんだけど。お前が代わりに女子全員の面倒見るか? それなら……』
ウヅキ:
「ン、2番手でいい」
という訳で、女子メンバーが先、男子は後になった。ジンはアクアだけ教えて、後は女子の指導をアクアに委ねる、という流れができあがった。葵を含めて女子は9人。必然的に30分ぐらい暇な計算である。
ジンが戻ってきて、後はぼんやりしていた。
シュウト:
「どうするんですか、あの練習? 絶対3分じゃ無理ですよ」
ジン:
「まー、そうかもな」
スターク:
「そんなに難しいんだ?」
シュウト:
「少しのズレで波がかき消されたり、小さくなったりするから。集中しないとダメだし、でも、巧く行く時は連続で巧くいったり」
Zenon:
「早くやってみてぇな」
スターク:
「これ、かなり大事な訓練なんでしょ? ギルドに小さな浴槽作った方が良くない?」
ジン:
「金がかかることはパス。なんとしても今日中に仕上げてもらう」
たったの3分で?と思ったけれど、ジンには考えがあるに違いない。きっと、たぶん。
レイシンにお茶を入れてもらい、口寂しいので、おやつを食べ始めてしまった。イッチー謹製のクッキーその他。美味しい。
スターク:
「ところで、これって水着でサービス回だよね? 何か間違ってない?」
思わず、さっきから気になっていたものにチラリと視線を送ってしまった。葵が使っている『竜眼の水晶球』がテキトーに放置されているのだ。いや、こういうのはフラグだ。絶対にへし折られるに決まっている。
英命:
「おや、あんなところに面白いものが。目敏いですね、シュウトくん?」
シュウト:
「ちょっ、待ってください!」
あわてて否定するのだが、時、既に遅し。
ジン:
「お、ついに色ボケに目覚めたか? お前もようやく人並みの人間になったか……」
タクト:
「おい、一歩間違うと犯罪者だぞ……?」
暇つぶしにからかわれる羽目に。メンバー的に、ちょっと覗いちゃおうぜ!とかって展開にならないのだ。Zenonに助けてという視線を送るが、目を逸らされた。あんまりにもヒドい。
ジン:
「冗談だ。葵が置いてったのなんかわざとに決まってるだろ。見え見えの罠に引っかかってたまるかっての」
葵:
「チェッ、つまらん。引っかかれよ、ジンぷー」
巻き添えで大事なものを失い掛けた身としては、涙で明日が見えそうにない。あんまりである。
石丸:
「……そろそろ時間っス」
ジン:
「やるかぁ。順番を決めて、タイミングよく交代できるように準備しろ。シュウトは最初にやったから、一番最後な」
ユフィリア:
「ジンさん、女子、終わったよー!」
アクアが出てきて、ジンが浴室に消えた。
僕が最後ということなので、また30分ぐらい待たされることに。
レイシン:
「最後、どうぞ?」
シュウト:
「ありがとうございます」
浴室に入ると、ジンがぐったりしていた。
ジン:
「もう疲れた、チャッチャと終わらせようぜ?」
シュウト:
「じゃ、始めます」
ひたすら波を大きくしようと集中するのだが、もう少しのところで浴槽からはこぼれない。
ジン:
「よし、そろそろ1分だな。では、やり方を伝授しよう」
シュウト:
「やっぱりそういうのがあったんですね?」
ジン:
「たったの3分だぞ、方法があるに決まってるだろ」
シュウト:
「それで、どうやればいいんですか?」
ジン:
「もう教えてある。内的運動量を一致させる時の感覚でやってみ?」
シュウト:
「それだけですか?」
身じろぎの感覚を思い出しつつ、体幹部のあおり運動で波を作っていく。ごく簡単に波が大きくなっていって、こぼれた。あれだけ難しく感じていたものが、あっさりと出来るようになってしまっていた。
シュウト:
「…………」
ジン:
「な? できたろ。満足したか? 上がれ、撤収するぞ」
シュウト:
「はい……」
敷き詰めたタオルの片づけを手伝い、素早く撤収することに。菜穂美にまたも世話になってしまったので、今度は何かお礼をしなければと思う。
そしてギルドまでの帰り道の会話になった。
Zenon:
「てゆーか、アレってどういうことだったんだ?」
ジン:
「俺のいわんとすることは理解できたんだろ? じゃあ、いいじゃねーか」
リコ:
「テキトー過ぎです」
スターク:
「先生、説明できそう?」
英命:
「言葉だけでは難しいのですが。……まず昨晩の練習では、運動量を内部的に一致させていました。この状態は一致と言っていますが、やっていた事は『相殺』です。
逆に、今日のお風呂では、運動量を外に出してしまっています。外にある水の運動量である『波』と、体の動きとで、相殺ではなく『一致』させた、ということですね」
タクト:
「てことは、相殺の練習は、一致の練習にもなるってことか……」
納得できるけれど、納得できなかった。
シュウト:
「もっと難しい話の気がするんですが?」
ジン:
「説明自体は適切だろ。別の言い方をするなら、周りの水ごと自分の『内側』にしちゃって、運動量を一致させた、とかになるけど、どっちが正しいとかは、よく分からん」
シュウト:
「そうですか」
ジン:
「まぁ、内的運動量の一致って練習がそれだけ複雑で精密なものだってことなんだろ。全身の運動ベクトルを適切に感知しないと相殺できないってことだ。波の運動エネルギーを感じとって、それと適切な関係を結ぶってのは、実際のところ自覚的な操作系では難しいわけで」
エリオ:
「少々、間接的な処理でござった」
アクア:
「内的な運動量を一致させる『操作感覚』に身を委ねたわけだけど、あれもライドなのでしょう?」
ジン:
「ライドっぽいかもな。ただ波に合わせる、波に動かされるってだけじゃ、正解の動きではあっても息苦しいし、つまらないんだよな。やはり波に対して自覚的な操作ができるようにならないと」
葵:
「それには、一致させられる内的運動量が増えてこないけイカンわけだ」
実際に練習した後だと、言ってることはそんなに難しくはない。その分、言葉にまだるっこしさを感じてしまう。遠回りしている感覚だ。
お昼のお弁当の支度をして、またもやモルヅァートのいるゾーンへと出かけることになった。
◆
葵:
『まいったー。ぎぶあーっぷ、負け負け~』
葵の敗北宣言で、モルヅァート戦終了。絶賛連敗記録更新中だ。みんな荒い息を整えている。何もいう前から蘇生開始。
ジン:
「今の、どのくらいもった?」
モルヅァート:
「「前回の2倍の時間になった。めざましい成長ぶりだな!」」
ジン:
「なんでお前が答えてんだよ!?」
石丸:
「約6分っス」
スターク:
「手応えは、あるような、気が、するよね?」ゼエゼエ
エリオ:
「そうでござるね!」ゼッ、ゼッ
シュウト:
「このくらいじゃぜんぜん勝てないんだろうけど」ふぅ
モルヅァート:
「「いや、それは違う。小さなサイクルであれ、戦力が拮抗すればよい。その小さなサイクルを繰り返すことが可能になるからだ。この分ならば、そうかからずに長時間戦えるようになるだろう」」
ユフィリア:
「そうなんだー?」
英命:
「ですが、緊急特技などの再使用規制の長い特技を使わないで、戦力均衡点を作り出さなければなりません」
Zenon:
「先がみじけーのか、なげーのかわかんねーな!」わっはっは
モルヅァート:
「「まだ課題のある者もいる。だが、その分だけ成長の可能性もある」」
シュウト:
「そうですか」
敵のはずのモルヅァートに励まされてしまっているが、なんだか説得力があってやる気が出る気がする。
ユフィリア:
「ごはんにしよー? おいでおいで」
モルヅァート:
「「昨日の今日だ。二日続けて無様を晒したくはない」」
ジン:
「じゃ、一日ごとにするか?」
ユフィリア:
「ジンさん! イジワルなしだからね」
ジン:
「はぁ? 過保護が相手のためになるとでも? ……いいか? 警戒しつつも、平然と振る舞うような『相反する態度』を身につけるべきなんだよ」
モルヅァート:
「「もっともな言い分だ」」
前回とは違い、コンパクトで小規模な魔法陣でもって金髪お子様モルヅァートに変身。いったいどこまで優秀なのやら……?
ケイトリン:
「その堂々たる態度、そうそう出来るものじゃない。大物の風格を感じさせるじゃないか」
モルヅァート:
「むむっ、そうだろうか……?」
ケイトリン:
「そうとも。百人が百人、好意的に思うに違いない」
モルヅァート:
「そうか! ……うむ、そうだろうな」
前回のフォローなのか、モルヅァートを褒めちぎるケイトリンのセリフからは怪しさしか感じられないというのに。モルヅァート自身はといえば、しっぽをブンブン振り回しそうなほど喜んでいる様子だった。なんてチョロいのだろう。この分だとまたケイトリンに弄ばれてしまいそうだ。
Zenon:
「そういやよぉ、リディアのことを見逃してるってホントか?」
ユフィリアに餌付けされているモルヅァートに、思い出したようにそんな質問をしていた。Zenonよりリディアの方が体を硬くしていて苦笑いしてしまう。
モルヅァート:
「事実である」
ウヅキ:
「何か理由があるのか?」
モルヅァート:
「このモルヅァートの勝利を決する魔法を使えるからだ。あのゾーン外に転移する……」
石丸:
「〈フリップゲート〉っスね……」
モルヅァート:
「それだ」
シュウト:
(それ、だけ?)
リディア:
「それ、だけ?」
心の声とリディアのセリフが完璧にハモる。
モルヅァート:
「それだけだ。しかし、考えてもみよ。〈冒険者〉はどうなったら敗北したことになるのだ?」
葵:
『んー、全滅?』
モルヅァート:
「〈冒険者〉はほぼ完全な不死を獲得している。全滅は一時的なものに他ならない。我らが勝利するには、時間切れを待つか、戦う意思を挫かなければならない。しかし時は我らの味方ではないのだ。たいてい〈冒険者〉は数十年で限界を突破する」
リディア:
「限界を突破?」
アクア:
「レベルキャップ解放のことでしょうね」
不死を前提に〈冒険者〉のことを考えると、絶対に諦めないアンデッド集団と化す。しかもだんだんと成長限界を延ばし、レイドボスの生存を脅かすという。……自分たちのこととはとても思えない(苦笑)
ジン:
「つまり〈フリップゲート〉は敗北の意思表示ってことか」
英命:
「リディアさんを死なせないことで『逃げられる』という選択肢を残しておく。そうして背水に追いやり、我々が死兵になるのを防ぐ心理戦術だったのですね……」
合理的な戦術だった。さすがモルヅァートだ。
モルヅァート:
「背水? 死兵? なんだそれは? 単に、このモルヅァートが勝ったと分かるようにするためだぞ?」
英命:
「おやおや」
英命の解説がスカった。珍しいこともあるようだ。というか、モルヅァートが意外と何も考えていなかったということだろう。
葵:
『なら、ただ全滅させりゃいいじゃん? 全滅させりゃ意思も挫きやすいだろうし?』
モルヅァート:
「それは意見の相違であろう。モルヅァートは意思をこそ尊ぶのだ」
葵:
『ふぅ~ん?』
ジン:
「障害と敵の差って辺りか」
ユフィリア:
「……どういうこと?」
ジン:
「障害ってのは目的にとってただ邪魔なんであって、敵ではない。小石で蹴つまずいて転んだとしても、また立ち上がればいい。本来のレイドボスもどちらかといえば、障害ってことだ」
アクア:
「でも敵は、敵対する意思を持つ。自分の目的を達しようとし、敵対者の意思を挫こうとする」
モルヅァート:
「いいぞ、そうでなければならん!」
葵:
『恋愛モノでいえば、本命にフラグ立てて奪おうとするヤツが敵。それ以外は障害ってことだね! どーよ?』フフン
Zenon:
「いや、すっげー分かるけど……」
スターク:
「ずいぶんとショボくまとめたよね……」
話を総合すると、レイドクエスト達成の障害であるはずのレイドボス・モルヅァートは、自らの意思で『障害』ではなく『敵』であろうとしている、ということか。
そう思うと、モルヅァートの意思で僕たちの行動が歪められていることになるらしい。しかし、どちらかと言うと敵は味方の中にいるような気が……(笑)
スターク:
「ところでさ、モルヅァートってマジックアイテムとか作れるの?」
モルヅァート:
「む? 出来なくはないが……」
葵:
『マジで?! 時間とか結構かかるの?』
モルヅァート:
「いや、やり方にもよる。魔力を物質に変換するには膨大な力が必要だ。時もかかる。だが元になる物質に魔法を宿らせるなら効率もよく、時間も掛からない」
ウヅキ:
「素材があれば作れるってことか……」
スターク:
「じゃあさー!」
モルヅァート:
「待つのだ。……なぜそんなことを訊く?」
物欲がわきわきしたところで、モルヅァートがストップを掛けた。
葵:
『そりゃ、便利な装備とか欲しい、から?』
モルヅァート:
「それは愚問であろう。……忘れているのか? このモルヅァートを倒せば、信じられないほど強力な魔法の装備とて、手に入るのだぞ?」
ユフィリア:
「ヤーダー、ダメー!」
倒したくない人が混じっているのに加えて、そもそも倒せるかどうか分からない。そう考えると、レイドボスを倒さずにお宝ゲットだけできれば僕たち的にはそんなに損じゃない。
しかし、逆から言えば、そんなことをすればモルヅァートを倒そうとする僕たちのモチベーションは下がる。従って、モルヅァートが僕たちに魔法のアイテムをプレゼントする意味はなくなる。
ジン:
「創れるったって、どうせそこらのダンジョンで拾えるぐらいのヤツなんだろ?」さらりと
モルヅァート:
「…………なんだと?」むかちん
ジン:
「……あ?」
興味なさそうな態度のジンに、プライドが刺激されたらしい。ジンにしても物欲がない訳じゃないのに、こだわりが強すぎていろいろとこじらせているから、……どうしてこうなってしまうのだろう? でも、面白すぎる!




