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168  搦め手 / パワーの支配者

 

ジン:

「本日のサンドウィ~ッチ! お? おおお?」

シュウト:

「どうしたんですか?」

ジン:

「これ、とんかつ? まさか今日のってカツサンド?」

レイシン:

「そうだよ」

ジン:

「やっり! いたらきま~しゅ」あむっ


 もぐりもぐりと咀嚼する。もの凄い場違いな場所なのに、なんだかとても平和な光景だった。いや、騙されてはいけない。


シュウト:

(レイドボスがいる状態で、そのゾーン内で食事する日が来ようとは……)とほほ


ジン:

「旨い! もう1杯っ!!」

Zenon:

「って、青汁かっての」


 さすがZenonである。ジンにこうもあっさりとツッコミを決めてみせるとは。もはや憧れのツッコミレベルである。


モルヅァート:

「「…………」」

ジン:

「なんだよ、見てたってやんねぇぞ?」

モルヅァート:

「「何も言っていないだろう」」


 羨ましがらせたくてワザとはしゃいでみせているくせに、これですよ。とはいえ、そんなことジンに向かって僕が言えるはずもなく……。


葵:

『ちきしょう。ムカツクからあたしも食ってくる!』

シュウト:

「お疲れさまでーす」


 葵がログアウト、って現実世界に戻れる訳じゃないから、その言葉はどうかと思わないでもない。


スターク:

「……モルヅァートってお腹すかないの? というか、普段って何を食べてるのさ?」

モルヅァート:

「「特に何も食べていない。必要がない」」

Zenon:

「それもそうか~。アレだろ? レイドボスが食事のために居ませんでした、とかってあるわきゃねーもんなぁ?」

シュウト:

「身も蓋もない言い方をすれば、そうなりますよね(苦笑)」

アクア:

「マナとか、魔力がエネルギー源なのでしょ?」

バーミリヲン:

「霞を食べてることになりそうだな」


 地脈の枯渇はドラゴンもそうだけど、もっと魔獣とかアンデッドなどにとって深刻な問題なのかも?などの思考がちらりと脳裏をかすめていった。


ユフィリア:

「じゃあ、レイドボスじゃない時って好物とかあるの?」


 何気に凄い発言だった。モルヅァートが『レイドボスじゃなかった時』というのがあるのだろうか?


モルヅァート:

「「大型の肉食獣が好みだが、大型なら草食動物でも構わない。時々は海に行って魚類を食べることもあったが」」

ケイトリン:

「ちなみに人間は食ったことあるのかい?」


 ケイトリンの意地の悪い質問にこっちが怯んでしまう。これはユフィリアに対するちょっとした嫌がらせだろう。やめさせたくても根本的な原因はニキータの取り合いなので、ちょっと解決の見込みなどはない。


モルヅァート:

「無論だ。しかし、味は好みではない。その時の性格によっては、残酷さを楽しむ場合もあったのでな。しかし、イケニエを捧げれば襲われないという発想はくだらない。人間は自分たちに価値を置きすぎている」



 どうやらモルヅァートはどこかの山か何かで神様をやっていたらしい。その時にイケニエとして捧げられた人間を食べたことがある、という話のようだ。自分から襲って、というのとは少し違うみたいだけれど。……まぁ、そんなことに意味や違いがあるかどうかは、なんとも言えない。


 相手がドラゴンだってことを再認識させられる。さらっと食べたことがあるのを言ってしまう辺りなどが、特に。怪物は怪物なのだろう。けれども、人を食べたことをまるで過去の女性遍歴みたいな口調で語られても、反応に困る。

 食べられたであろう人間は、たぶんゲーム時代のNPCのはずだ。もう少し厳密に考えると、僕たちがこちらの世界に移動した時に『ねつ造された記憶』の可能性もあるかもしれない。


ユフィリア:

「……ねぇ、サンドイッチ食べてみない?」

ジン:

「やめろ(焦) そいつ普通に牛1頭とか2頭の単位で食うんだぞ?」

英命:

「500キロや1トンといった量ですね」


 ジンが焦っているのは財布の心配をしているからだろう。牛を2頭購入して与える費用とかを考えると胃が痛くなりそうだ。残り日数を牛2頭ずつとか考えたら、僕だって絶対に阻止しようと決意が芽生える。


 少し冷静になって考えると、人間は5キロのお肉ですら普通は食べられない。それはもう、もの凄い性能差だった。こと食事に関しては勝負になるわけもない。僕なんて500グラムのステーキを食べたら、他に何も入らないだろう。……その前に500グラムなんて食べる間に飽きてしまいそうだ。


ケイトリン:

「だったら、魔法で変身すればいい」

ジン:

「あ」


 下を向き、懸命に笑いを堪えているジンをみて、じわじわと理解がやってきた。童話か何かの話にあるような、小動物なんかに変身させて、捕まえたり、くびり殺してしまおうかというネタだろう。最悪である。

 ケイトリンの優しさ満点の微笑みに隠された、怪しさもまた満点だった。こうした悪意なんかがケイトリンらしさと言われれば、そうなんだけども。


ユフィリア:

「変身の魔法とかって、使えるの?」←状況を理解してない人

モルヅァート:

「「使えない。だが少し待つのだ、いま作る」」

スターク:

「その場で作れるってこと……?」

ケイトリン:

「食事の量で満足したいのなら、小さな子供か、小動物になるといい」さらっと

モルヅァート:

「「なるほど、良い指摘だ」」

シュウト:

(邪悪! 邪悪だよ!(笑))


 地面や空間にかなり巨大な魔法陣を展開して、あっさりとお子様の姿に変身してみせた。見た目は金髪の白人少年で、かなり中性的な顔立ちだった。長い布を巻き付けただけのような服装。声から男だとばかり思っていたけれど、美少女にも見えなくもない。6対4でギリ男の子、か?


ユフィリア:

「可愛い!」

モルヅァート:

「がが、ぐ、げご。……あ゛、あ゛あ、あー」

ユフィリア:

「どうしたの?」

アクア:

「ノドや声の調整をしているのね。人間の声帯ではドラゴンの言語が話せないから」


 そういうアクアはどうやって竜の言葉っぽい音を出したのだろう? ビートホーフェンの無敵結界を解除した時、簡単そうにやっていたはずだ。


Zenon:

「それって、いきなり言葉を話せるようになったりするもんなのか?」

ジン:

「あれなー、マンガとかではお馴染みのシーンなんだが、言語は意味を内包していないから、本当はあり得ないんだぜ。一つ一つの単語はほぼ無意味な音っつーか。専門的には色々とムズい話もあるらしいけど」

ユフィリア:

「そうなんだ?」

モルヅァート:

「ハナセ、ナイ、コト、ナイ。シカシ、シル、コトバ、チイサイ」

ジン:

「流石に片言だったか(笑) ちなみに、小さいではなく、少ない、だな」


 正直、安心した、というか(苦笑)。それでも意味が通じる文章を言える辺り、どれだけ知能や知性が高いのかってことになりそうだ。英語すらあのレベルで喋る自信がない身としては、尊敬しそうになっている。


英命:

「我々の言葉ではなく、〈大地人〉の言葉を使うのはどうでしょう?」

モルヅァート:

「そうか、それを翻訳の力に乗せればいい訳だな」スラスラペラペラ


 一瞬で問題を解決してしまった。もう何もコメントとかあるわけもなく。


ユフィリア:

「じゃあ、はい。サンドイッチだよ~」にこにこ

モルヅァート:

「ありがとう」

ケイトリン:

「さ、飲み物だ。これでノドを湿らせて、一緒に食うといい」ニコリ

モルヅァート:

「おお、いただこう」


 そうして金髪お子様状態のモルヅァートが実食。


モルヅァート:

「もむっ。旨いのだな、このサンドイッチというものは! こちらの飲み物は良い香りだが、複雑な味わいだ……」


 上品にというよりはガツガツと食べすすめ、飲み物(たぶんお酒)をグビグビと飲み干すモルヅァートだった。お酒の方はあまり美味しくはなかったのかもしれない。苦かったり、渋かったりするからだろう。


モルヅァート:

「これは新しい体験だ。人間の感覚、特に味覚や嗅覚は独特なものだな!」

ユフィリア:

「でしょ~? レイシンさんの作るゴハンはとっても美味しいんだよ!」

モルヅァート:

「うむ、素晴らしかったぞ、レイシン」

レイシン:

「はっはっは。それは良かった」


 たいへん偉そうなお子様状態のモルヅァートだった。しかし、罠が待っている。お楽しみはここからだ。


ケイトリン:

「あー……。まんまと食べちゃったね、アンタ?」

モルヅァート:

「ん? どういうことだ?」


 今にも吹き出しそうなジンが必死に堪えている。


ケイトリン:

「私らがやってきた世界には、化け物を退治する物語ってのが幾つもあってね。普通に戦っても勝てない相手を言葉巧みに騙して、魔法で小さな生き物になったところを狙ったりだとか。酒を飲ませて気分良く寝入ったところ狙ったりとか……」にこぉ~

モルヅァート:

「ま、まさか、毒かなにか盛ったのか!?」ずささっ


 勢いよく跳び下がるモルヅァート。見た目通りの運動能力ではなさそうだ。けれど、ちゃんと騙されている。その辺は『見た目通り』に可愛いものだった。


ユフィリア:

「入ってない! そんなの入ってないよ!!」

ケイトリン:

「フフフフ……」


 疑心暗鬼に誘導するべく、余計なことは言わないでただ微笑むケイトリン。生まれが悪魔の血筋なのかもしれないと本気で思い始めていた。たぶんそうだ、そうに違いない。

 ユフィリアは必死に無実を訴えているのに、それはまるで耳に入らないようだ。ジンはというと、我慢できずに大爆笑で地面を転がっていた。


モルヅァート:

「何を笑うか! 卑怯だぞ、ジン!!」

ジン:

「ふひー、はひー。いや、だって、お前、チョロすぎんだろ。ばははははは!!」

モルヅァート:

「ちょ、チョロいだと!?」

ジン:

「はぁ~、はぁ~。あー、笑った。……油断しすぎだろ。だいたい、卑怯も何も、自分で変身して、自分でメシ食って喜んでんじゃねーか。

 いいか? 正面から戦って勝てなきゃ、搦め手使うに決まってんだろ。高い知能があって、肉体的にも最強。そうして自信満々だから、まんまと引っかかるんだっつー」

モルヅァート:

「うぐっ、ぐぐぐ」


 反論もできずに顔を真っ赤にして呻くばかり。人間の姿なので表情が分かり易い。


ジン:

「もちろん、毒なんか入れてない。酒は相性もあるが、そんな舐めた程度の量でどうにかなったりしないはずだ。冷静ならその程度の判断はできたはずだ」

モルヅァート:

「その通りだ……」

ジン:

「ちなみに、俺たちの世界にゃ悪い魔法使いがドラゴンを使役する話もあってな。魔法の鎖でドラゴンの心臓を締め付けて、言うことをきかせたりしている。そういうのに引っかかってからじゃ遅いんじゃねーの?」

モルヅァート:

「…………勉強に、なった。忠告に感謝する」

ユフィリア:

「ごめんね! 意地悪してごめんね!?」

モルヅァート:

「…………」

ユフィリア:

「今度は、もっと色々な美味しいのを持ってくるからね」

モルヅァート:

「…………期待している」


 やられたからやり返したぐらいのはずが、妙に落ち込んでいる様子をみると、やりすぎてしまったか?とか思って心配になってしまったりする。

 そうしてしょんぼりイジケ気味のお子様ドラゴンを残し、その日はアキバへと戻ることにした。







ジン:

「今日はリミッター解除の第2弾をやります」


 夕食後、強化合宿の続きを行うことに。半地下にはいつものようにレイドメンバーが集められている。


シュウト:

「もう第2弾なんですか!?」

ジン:

「時間がないんだ。内容は今から説明する。武術の全般的な内容とそのまとめ、それと次の練習への布石だ。なのでそんなにムズくはない。いや、ちゃんとやろうとしたら極めて難しいヤツだけど」

スターク:

「いやいやいや、どっちなのさ!?」

ジン:

「まぁ、いいからいいから。ダイジョブ、大丈夫」

エリオ:

「とても不安になるダイジョウブでござるね……」

アクア:

「いいわ、始めましょう」


 不安まみれの僕たちの意見などはバッサリとカットされた。路傍の小石にも人権はあってしかるべきだと言いたい。言えないけど。


ジン:

「今回はだいたい静と動のバランス能力がどのように位置付けされるのか?という話だ。特に『内的運動量の一致』が今後の大きなテーマになっていく。……レイ、頼む」

レイシン:

「りょうかーい」


 にこにこしているレイシンが実例係として前に。


ジン:

「静のバランスでは、特に内的な運動量の話になる。反作用の処理なんかもここらの問題だな。で、その具体例はキックなんかで現れ易い。……普通にハイキック」


 レイシンがその場でビシッとハイキックを決めた。素振りみたいなものなので、ジンに当てたわけではない。


ジン:

「もっと強く蹴って。……さらに強く。もっと強く、もっともっと強く!」


 リクエストに答えてレイシンがどんどん強く蹴りを放っていく。


ジン:

「崩れねーし(笑) ……ラスト! 可能な限り全力!」


 全力で蹴ったのだろう。姿勢が崩れるかと思ったところで、クルリと回転し、一周して元の位置に戻っていた。照れ笑いなのか、にっこりのレイシン。


ジン:

「これはちょ~っと例が悪かったかもしれない(笑)」

葵:

「さっすがダーリン!」

エリオ:

「凄すぎるでござる……」

クリスティーヌ:

「どうしてだ? 完全に姿勢が崩れるはずなのに……」


 バランス能力が高いと、こういう風になるらしい。〈冒険者〉だから凄いのか、レイシンだから凄いのか?というと、……レイシンだからだろう。


ジン:

「次、シュウト。……いや、ここはタクトにしておこうか」

タクト:

「はい!」

ジン:

「みんなの前でハイキックをやってみせろ。自己流で構わんから(苦笑)」


 バランスをとろうとすれば弱い蹴りになってしまう。強く蹴ろうとすれば崩れたり、蹴り終わりの足が流れたりする。タクトの運動神経がお粗末なのではなく、これが当たり前なのだ。


ジン:

「OK。強く蹴ろうとすると、こうして崩れてしまいやすい。つまり、当たらないかもしれない相手に対しては『強く蹴れない』ことになる。それでも強く蹴ったとしたら、避けられた時に姿勢が崩れるから、その隙を狙われるだろう」

葵:

「隙を突かれるぐらいなら、弱い蹴りで牽制したほうがいいやね」

シュウト:

「そうなりますよね」

タクト:

「確かに……」

ジン:

「これは分かりにくいんだけど、手を使った攻撃でも同じことが起こっている。つまり、重心・姿勢制御能力が、技の威力を規定しているんだ。 ……もう一回、言い換えると、自分のバランス感覚、バランス能力の範囲内でしか、パワーを使えないってことだ。根性よりもバランス能力の方が大事なんだよ」

Zenon:

「バランスって重要なんだな」


 どんな力持ちでも、バランスの範囲でしかパワーが使えないのだとすると、どうなるのだろう。レオンのことを考えつつ話を聞いていたので、なかなかに面白い。筋力でバランスを無理矢理に補助していたのかもしれない。


アクア:

「次は動のバランス能力よね?」

ジン:

「もう少々、お待ちクダサーイ。……そうしてパワーを使いたいけれど、バランスが足りなくなる場合がしょっちゅうあるわけだ。その時、反作用を利用すれば『一致させることのできる内的な運動量』を、一時的に増加させることが可能になる。たとえば、中国武術とかの動きで、前後に攻撃するものなんかがあったりとかだな」


 前後に掌底を繰り出す攻撃技をやってみせるジン。後ろに敵がいなくても、反作用によって前方の攻撃力を(後方も?)底上げさせることが可能になる、ということのようだ。


ジン:

「現実の兵器だとバズーカとかな。狙い撃つのと反対方向に高温のガスを噴射させて使うものがある。しかしハイキックなんかの場合、反作用を利用しようとすると元々の技の形が崩れやすい。大げさなキック動作になってくると、今度は別の問題にすり替わっていく」


 大げさなキック動作をやってみせるジンだった。体を後ろに大きく倒し、腕を広げてバランスを取っている。見え見えの動作の蹴りになってしまうと、当てにくかったり、次の動きに繋げられなくなったりしそうだ。


ジン:

「さらに詳しく見ていくと『安定的なフォーム作り』の方向に向かいやすい。パワーを発揮しやすくするためのものだが、威力が生まれるかは微妙なところだね」

葵:

「ん? どゆこと?」

ジン:

「ああ、パワーを発揮すること=威力を発揮すること、ではないからだ。そこはイコールの関係じゃないんだよ。筋力を使うよりも、体重移動を利用した方がいい場合も多い。『筋力を発揮すること』を目的化してしまうと、本末転倒になる場合が結構あってな~」

アクア:

「でも、体重移動を利用すれば姿勢は崩れやすくなるわね」

ジン:

「そう。だけど『高度な成功は、失敗の近くにある』ものなのさ。これは重要な指標だね」

スターク:

「普通のこと言ってない?」

ジン:

「普通のこと言ってるよ~。でもそれを理解しているか?ってな。逆からいえば、失敗しない技術は高度化しにくいってことになる。たとえば、電話の受話器を持ち上げる運動とかなら、みんな失敗しない。だから高度化しにくい。失敗が定義されない時、その技術は高度化しなくなるんだ」

葵:

「でもテレクラだったら高度な技術が必要になるな!(笑)」

リディア:

「テレクラ?」

ユフィリア:

「葵さん、テレクラってなぁに?」

ジン:

「エンコーの前に流行ってた性風俗みたいなヤツだな。忘れろ、覚えるな」


 特にコメント等はございません(汗)


ジン:

「次、動のバランスについて。パワーを発揮しようとすると姿勢が崩れてしまう。じゃあどうする?となった時、いっそ崩してしまえ!となるわけだな」

アクア:

「逆転の発想ね」

ジン:

「そんな大した話じゃねーけどな。内的運動量の不一致を攻撃力に転換する。つまり、相手に自分の姿勢を支えてもらえばいいってことになる。この時の運動量の不一致が、『(ホウ)』などと呼ばれるものになる」


 ジンが突きの実演をした。というか見えなかった。気が付いたら突き終わっていて、床を踏んだ重い音が体の芯にズシンと響いていた。


タクト:

「おおっ!」

ジン:

「崩滑落からの重突。崩の代表的な概念がいまの『震脚』だな」

リコ:

「けっこう音がしますね」

ジン:

「そう。震脚の音は『崩』の大きさを表している、とされる。より大きく崩れたら、その分それを支えるのに大きな力が必要になる。従って、大きな音が出る。打撃技として考えれば、地面に支えて貰ってたら意味がないから、相手に当たった時は音がしない方がいいんだけど、その辺りはいろいろと曖昧になっている(苦笑)」

英命:

「他にも何か理由があるのですか?」

ジン:

「震脚のデキで実力を測ったりするのと、ビビらせる意味が少々あるけど、あとは人文科学的な問題かな?」キュピーン☆

アクア:

「人文科学?」

英命:

「……この場合は、自然科学との対比、特に心理的な意味合いでしょう。つまり、まったく意味はないけれど、そうすることになっている、ぐらいのニュアンスですね(笑)」

ジン:

「見目麗しく誤魔化したのに、なんてことしやがる!?」


 完璧に誤魔化されるところでした。さすが英命先生。


ジン:

「と、冗談はともかくとして、十字勁とか言われるものもあるんだけどな。ベクトルは横方向だけじゃなくて、上下方向にもある。強く踏む地面反力を利用したり沈墜勁と組み合わせたり。沈墜勁なんかは結構メジャーな感じだろ?」

ユフィリア:

「メジャーかな?」

タクト:

「さてな……」


 ジンの肩が寂しそうに下がっていく。


ニキータ:

「結局、『崩れても、倒れない』のが動のバランスですよね?」

ジン:

「ま、そうだな。で、ここで考えることが2つある」

ユフィリア:

「ふたつ?」

ジン:

「動のバランスってことは、結局はバランス取る必要があるってことだろ? でもそれだとバランスにパワーが支配される関係は『変わらない』ってことだ」

リディア:

「あ、そうなんだ」

ジン:

「だから、崩れちゃったらダメなのか?ってことだ。NO、ダメじゃない。それは条件によって決まる。たとえば1対1で、倒した後なら、転がろうが寝ころぼうが構わない、となるわけだ。最速・最大の一撃で斬り抜けたその後なら、ブッ飛んで転がろうが構わない」

ウヅキ:

「なるほどな」にやり

バーミリヲン:

「多人数との戦闘で『戦闘が継続』する状況だと転んでいられない。逆から言えば転んだとしても起きあがるのが間に合うなら……」

クリスティーヌ:

「姿勢は問われないのだな。もちろん怪我しないのが前提だが。ここでも深傾倒度だな?」

ジン:

「YES、そういうこと」


 今のところ自分の最速攻撃は、自由軸落下からのゼロ発進加速中にアイコン入力する『動作最適化アサシネイト』だ。動作アシストが入るので転ぶことはない。なのでその分、速度などにロスが出てしまう事になりそうだった。最後に派手に転んでしまう動作最適化アサシネイトとなると、もうアゴをズリズリしそうな気がする。(というか、動作アシストが入ってる時点でズリズリはしないんだけど)


葵:

「転ぶのはNGって決めつけなくてもいいよってことだな」

ユフィリア:

「もうひとつは?」 

ジン:

「これを聞いた後で、何を鍛えればいいと思う?」


 それは、やっぱり、(ホウ)の大きさが威力になると思うのだが……。


ジン:

「センコー、どうすればいい?」ニッコリ


 完全に意地悪が目的で英命を指名したに違いない。そしてこういう場合……。


英命:

「もちろん、『内的運動量の一致』を練習するべきですね」にっこり

ジン:

「クッ……!」


 正解を叩き出されて悔しがるところまでがセットだろう。悔しそうにしているジンに、ちょっと嬉しい気分になっている自分がいたりする。ホンワカする。


リディア:

「どうしてですか?」

英命:

「まず今日のテーマだったという事もありますが、(ホウ)の大きさを決める要素は何でしょう?」

アクア:

「内的運動量の不一致、ね?」

英命:

「その通りです。動的なバランス能力の話が順番的にも後であるため、より高度で、発展的なものであるように思われがちです。よく理解していないと『崩』を中心に練習してしまうのでしょう」


 僕はよく理解していないパターンそのままということらしい。口に出さなくて良かった……。


アクア:

「静的にも動的にもバランスがパワーを支配する関係にある。環境的に転ぶことが可能である場合を除いて、ということね。しかし、『崩』を大きくできる限界点は、動的バランス能力に依存するはずでしょう?」

ジン:

「そしてその動的バランス能力というのは、ほぼ中心軸のことだ」

アクア:

「姿勢制御なんだから、……そうか。中心軸の応用能力を高める訓練ということね?」

ジン:

「相変わらず理解が早いねぇ。ま、分かんなくてもオッケーだから。とりあえず、実際に訓練するぞ」

シュウト:

「はい!」


 そうして実例をジン本人がやることに。その場歩きしている。


ジン:

「こうしてその場歩きをするというのは、前に進まない限り運動量として一致している状態ということだ。運動量を増やしてみよう」


 そうすると、大きく腕を振り、スピードというかテンポがアップしていた。


ジン:

「『歩く』という形式やフォームに囚われてしまうと、これ以上は存在できなくなるんだが、ここから更にスピードをアップしていくと、こうなる」


 グ、グ、グ、グ!と腕振りのスピードがアップしていく。激しく腕振りするジンの『その場歩き』だったが、客観的にみて限界だった。

 すると、入力が腕振りの速度を超え始めた。腕を振っている状態なのに、逆方向への腕振りが途中で始まってしまっている。結果、腕振りが途中で相殺されて逆方向へ振られ、それも更に途中で相殺され、と続いてしまうことになった。結果、その場歩きの腕振り運動はできなくなって、ジンはもがいている状態になっていた。身じろぎしている、というべきか。


ジン:

「フー。……これが、内的運動量の鍛錬だ。やってみよう」


 大きな腕振りから、身じろぎへ。また大きな腕振りに戻す。

 この身じろぎの動き方が分かると、弱く身じろぎすることができるようになる。弱い身じろぎから、だんだんと強い身じろぎへ、また弱い身じろぎへ。そして動きをほどいてその場歩きに戻し、またしばらくすると身じろぎをやって、と繰り返していく。


 強い身じろぎ――内的運動量の鍛錬――は、かなり疲れるものだった。ある意味で望んでいた、パワー系鍛錬なのだが、望んでいたものとはかなり違っていた(苦笑)

 そして弱い身じろぎ、その動き方はよく知っている別の概念のものとそっくりだった。


ジン:

「筋肉を硬くしないように~♪」


 ゆる体操である。全身の波動運動を柔らかく掛けていく。

 同じものとはたぶん言えない。なぜなら120度ぐらい違うはずだから。簡易的なゆるの鍛錬、だけどそれは内的運動量の鍛錬でもあるらしい。根本的なところでは、繋がっているらしかった。

 自分たちが最高峰の鍛錬を行っていることを、僕は知っている。もったいないので、頭をゆるに切り替えてしまうことにした。


 自分が体を硬くしてバランスを保とうとしていたことが自覚される。

 中心軸を意識しながら、ひたすらゆるむように、ゆるむようにと波動をかけ続けた。柔らかく、柔らかく、気持ちよく、気持ちよく――。



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