166 歩みを速めて
ユフィリア:
「ジンさん!」
ジン:
「……なんだよ?」
――怒った様子のユフィリアがジンのところに歩みよると、ホホをむにっと掴んだ。
ユフィリア:
「ジンさんも、モルヅァートを殺したいと思ってるんでしょう?」
ジン:
「ほーひてほーなっは?」
――怒りをたたえた瞳でジンを睨みつけるのだが、まるで気にした風でもない。しかたなく手を放すユフィリア。
ユフィリア:
「だって……」
ジン:
「だって、『ジンさんがモルヅァートを殺そうと思ってないと困るんだもん』、だろ?」にやにや
ユフィリア:
「なんで? そんなことない思ってない……」
ジン:
「はいはい。モルヅァートが説得に応じそうにない。だから俺を説得すれば、殺さないで済むってことだろ? 順番通りじゃねーの」
ユフィリア:
「…………」(ぷく)
ジン:
「分かり易すぎ。俺だったら怒った顔すればなんとかなるかも~?とか思ったんですよね。わかります。……あんま、なめンなよ?」
ユフィリア:
「そ、そんなこと無いです」
――照れ笑いを誤魔化すようにそっぽを向くユフィリアだったが、形勢の悪さは当人も自覚しているようだった。
ジン:
「俺も、殺すのはなぁ~。ぶっちゃけ微妙なんだけど」
ユフィリア:
「そうなんだ……?」
ジン:
「お前、なんでモルタル殺したくねーんだ?」
ユフィリア:
「うーん。やっぱり、トモダチだから。トモダチになりたい、から?」
ジン:
「残り14?13日?だけのトモダチってことだろ?」
ユフィリア:
「ヤだ。ずっとトモダチがいい」
ジン:
「俺にヤだとか言われても。ケツの日にち変える方法なんかあるかぁ?」
ユフィリア:
「お尻の日にち?とかは分からないけど、ともかく殺しちゃダメなの」
ジン:
「ともかくダメって(苦笑)。交渉の余地はないんだ?」
ユフィリア:
「ないです」
ジン:
「これっぽちも?」
ユフィリア:
「これっぽっちも」
ジン:
「まったく? さっぱり、ぜんっぜん?」
ユフィリア:
「まったく、さっぱり、ぜんっぜんないの!」
ジン:
「そっか~。たいへんだな~」
ユフィリア:
「うん。すっごくたいへんなんだよ」
――ジンは会話の方向をシフト。ユフィリアは理屈による納得を求めてはいないと判断していた。しかもトモダチ欲求と絡んでいることから、説得は不可能レベル。感情の問題であり、共感されなくて意固地になっていた。
論破されないように身構えているユフィリアを見ると、肩すかしを食らわせて意地悪したくなる程度に、ジンの性格は邪悪でもある。
ジン:
「今日、戦ってどうだった?」
ユフィリア:
「イヤだった」
ジン:
「そいつはご苦労さん。嫌なことさせられて大変だったな?」
ユフィリア:
「う~。ジンさんがやらせたんだよ?」
ジン:
「そうだっけ? でも、モルヅァートは喜んでたろ。そこはもう、俺の言うとーりだったわけで」
ユフィリア:
「そんなことないと思う」
ジン:
「嘘は良くないな。勝って当然である!みたいなクソ生意気な態度だったろ。……なんかムカついてきたな」
ユフィリア:
「どうしてみんな、モルヅァートを倒そうとするのかな?」
ジン:
「なんでだろうな~?」すっとぼけ
ユフィリア:
「ジンさんが勝ちたいって言ってるからじゃないの?」
ジン:
「そうかな~? そんなことないんじゃないかな~?」
ユフィリア:
「絶対、そう!」
ジン:
「え~、そうな~ん? 葵にしても、アクアにしても、殺して良いとは思ってないと思うんだけど。もちろん俺もデスヨ?」
ユフィリア:
「本当に?」
ジン:
「疑り深いなぁ~。お前の大事なジンさんを少しは信用しようぜ(笑)」
ユフィリア:
「ぜんぜん大事じゃないし。……ジンさんって口が巧いよね」
ジン:
「う、嘘だぁ! 口ベタだろ。めっさ口ベタじゃん!? ばっか、俺がエルムぐらい口が巧かったら、今頃ベッドでお前相手に腰振ってるって!」
ユフィリア:
「いやらしいなぁ、もう。最低だよ?」
ジン:
「最低で上等だけど、こんなの最低じゃないかんね? まだ中ぐらいだから! まだまだ下がありまくりんぐだからね?」
ユフィリア:
「そうかな~? もう下なんてないんじゃないかな~?」じとー
ジン:
「人をド底辺みたいに言って、タダで済むと思うなよ?」ギロヌ
ユフィリア:
「ウフフフフ」
――ようやっと少しばかり表情が柔らかくなり、笑顔を見せるようになってきていた。説得したい欲求が頭をもたげたが、モグラ叩きの要領で叩いて引っ込めるジンだった。
代わりにとばかりに、ずずいっとユフィリアとの距離を詰めていた。キス寸前の間合いでユフィリアの瞳をみつめ、静かな落ち着いた声色に切り替える。
ジン:
「じゃあ、こうしようか」ナデナデ
ユフィリア:
「近いよ?」
ジン:
「お前がどうしてもって言うなら、俺はモルヅァートには手を出さない。これからは味方してやるよ。周りの連中を俺が代わりに説得してもいい」
ユフィリア:
「……嘘、だよね?」
ジン:
「嘘じゃないさ。でも、それにはもうちょっと俺たち2人が仲良くしなきゃ。だろ? 今から部屋に来いよ。今後のことを2人で話し合おう」チリ
――ジンが抱きつくのではなく、腰に回した手でユフィリアを抱き寄せた。密着し、ジンのアゴの下にユフィリアの頭がくっつく。軽くアゴで撫でるような動きを入れる。
ユフィリア:
「お話する、だけ?」
ジン:
「そこは色々だろ。コミュニケーションは大事だし、色々な形があるものさ。お互いのぬくもりを伝えあうのとか」チリチリ
――半ばセックスします、という宣言だ。2人きりのオールドメンズルームは、まったりと濃密な、2人だけの世界になりつつある。至近距離で2人の目が出会う。
ユフィリア:
「……だけど、私とエッチしたら、モルヅァートを殺すんでしょ?」
ジン:
「へぇ。…………良く分かったな?」
ユフィリア:
「ちょっと怒ってたから。ごめんなさい」
――ユフィリアはくってりと寄りかかり、肩口にホホをうずめるようにした。
ユフィリアの『バッドエンド回避能力』だった。ジン・ユフィリアともに常時無心であるが故に、感情のやり取りは瞬間的、且つ、複雑化する。
ジンはモルヅァートの助命を条件にセックスを要求した。しかし、これをユフィリアが受諾した場合、モルヅァートを絶対に、何が何でも殺す気だった。この余りにも理不尽な交渉は、しかし、逆にジンらしさそのものでもあった。『自分よりもモルヅァートを選ぶことなど許さない』……苛烈だが、幼稚な嫉妬心。微かだろうと間違いようのない獄炎の感情を、だからこそユフィリアは感じとることができた。
ユフィリア側からすれば、逆に公正に感じたほどだ。ジン、は一度置いておくにしても、仲間たち――例えばニキータ――、よりもモルヅァートを選ぶことは間違っている。ジンの線引きはある意味絶対的なものだが、その範囲内で行動するべきだと彼女自身も思い直した。だからこその『ごめんなさい』だった。モルヅァートを助けたい、しかし、理解してくれないからと恨み節で仲間を軽んじる発言を繰り返すのはやはり正しくはない。
同時に、セックスがしたいだけなら、選択肢を奪えば良かったのにジンはそれをしなかった。セックスを断るべき理由を用意してあること。その背後には、ある種の意思や思惑が隠されている。つまり、ユフィリアを脅して無理矢理にコトに及ぼうとは思っていない、という確認になる。それがユフィリアにとっては嬉しい。『正しい恋愛』が何かは分からないにせよ、2人にとっての正しい関係を邪魔するのであれば、ジンはモルヅァートだろうと殺されて当然だと考えている。それは想いの強さの裏返しなのだ。
理屈よりも感情を優先するユフィリアだからこそ、ねじくれたままこめられた想いをまっすぐに受け取ることができた。
ジン:
「ちょ、ちょちょちょ。モルヅァートのことは一度忘れてもらって」
ユフィリア:
「うん」
ジン:
「エッチなこと、したいなーって?」
ユフィリア:
「えっ、しないよ?」
ジン:
「……しないの?」
ユフィリア:
「うん」
ジン:
「で、ですよねー……」
――すりすりしてくるユフィリアがあまりにも可愛く、しかも無防備だったため『も、もしかしてこれはOKってこと?』と早とちりしたジンが自爆した。本人も『もうちょっと言い方とか選べよ、俺!?』と身もだえている。
ユフィリア:
「みんな、モルヅァートのこと、本当はどう思ってるのかな?」
ジン:
「なるようになるって思ってんじゃね?」←やさぐれモード突入
ユフィリア:
「なるようになったらどうなるの?」
ジン:
「……タイムアップとかだろ。レイドクエストが失敗して、モルヅァートは消えるか暴れるか知らんが」←どっちでもよくなった人
ユフィリア:
「そっか。ジンさんって、モルヅァートのこと別に殺したい訳じゃないんだよね?」
ジン:
「ああ」←それが何?
ユフィリア:
「なんで殺したくないの? やっぱりトモダチだから? 好きとか?」
ジン:
「はぁ? トモダチじゃないし、好きとかぜんぜんねーよ」
ユフィリア:
「そうなの?」
ジン:
「そうだとも」
ユフィリア:
「でも葵さんは、『ジンぷーは大好きなはず』って言ってたよ?」
ジン:
「お前までジンぷーとか言うな」
ユフィリア:
「強いモンスターが好きなんでしょ?」
ジン:
「……まぁ、そうなんだけど、アレは例外なんだよ」
ユフィリア:
「例外なんだ?」にま
ジン:
「うるせぇっつー。……確かに、俺があのバカを殺したくない理由も、強いからだ。あそこまで強いと流石に『もったいない』」
ユフィリア:
「もったいない?」
ジン:
「俺とかは、もう自分より強い相手と戦う機会は限られてるからな。戦ってて楽しいし、嬉しいし、面白いんだよ。何やってくるか分からないから、やっぱり怖い。だが、それがいい。レイドボスはHPがたくさんあるけど、それだけだ。怖くなるような相手はそんなにいない」
ユフィリア:
「だから、ずっと戦っていたいってこと?」
ジン:
「ああ。少なくとも楽勝になって、つまらなくなるまではな。だけど10日ぽっちで楽勝になんかならない。アイツ自身も変化していくし、どんなに急いでも数ヶ月はかかるはずだ」
ユフィリア:
「そっか。じゃあ、うん」
ジン:
「だけどずっと戦い続けるのは無理だ。装備メンテに使う幻想級素材がすぐ枯渇する。その意味では倒さないと素材とかドロップアイテムとかも出ない訳だから。もったいないから倒したくないんだけど、倒さないともったいないとも思ってるんだよ。だから、倒すんなら、最終日の一番最後の瞬間がいいんだろうな。俺は『次のアイツ』には興味ないから」
ユフィリア:
「どうして? 次のモルヅァートにはどうして興味がないの?」
ジン:
「そこらのドラゴンと同じような、ただ凶暴なだけの野獣に戻っちまうからだ。たとえそうならなかったとしても、……いや、なんでもない」
――ユフィリアへの配慮がジンの口を塞いだ。クエストのタイムアップ後に『次のモルヅァート』をどこかで見つけたとしても、それは自分達になんの価値も置かない相手になっている可能性が高い。ただ記憶として知っているだけ。しかも、その『知っていること』を利用して襲ってくる可能性すらある。友情をチラつかせて裏切ってくる敵。だが、ジンはそんなことをユフィリアに想像させたく無かった。
ジン:
「どっちにしても、アイツのトモダチ論は重すぎるしな」
ユフィリア:
「重いかな?」
ジン:
「重いだろ。知り合ったばっかの俺たちに、アイツを殺した重みをこの後もずっと背負って行けって、そんな親しくねーっつの。とっとと殺して、さっさと忘れた方がいいのかも」
ユフィリア:
「でも、殺さなければ、重くはないよね?」
ジン:
「それは……、たぶん、違う」
ユフィリア:
「どうして……?」
ジン:
「俺たちの知ってる今のモルヅァートは、もう2度と現れない。だから、限界まで『命を使い切りたい』んだろう。それで死ぬのであれば、それはそれで構わないって思ってるんじゃないかな」
ユフィリア:
「それが、『輝くこと』?」
ジン:
「たぶん。だから、適当に手抜きして、死なないように、殺さないように、なんてやられたら、それが一番傷つく」
ユフィリア:
「一番嫌なことされて、……トモダチになんて、なれないよね?」
ジン:
「……まぁ、な。でもユフィが間違ってる訳じゃないぞ? お互いの目的がズレてるからで、それで正しさが一致しないだけなんだから」
ユフィリア:
「じゃあ、……全力で戦って、でも、殺さなければいいってこと?」
ジン:
「そうだな。どうしても殺せないんだったら、それはそれで仕方のない話だろうし。ご満足いただけるかどうかは『先方の問題』だろうよ」
ユフィリア:
「でも、それだと、もしかしら殺せちゃうかもしれないんだよね?」
ジン:
「まぁ、そうなる、かもしれない、けども」
ユフィリア:
「う~……」
ジン:
「あのボッチ野郎はトモダチってのをナメてんだよ。もっと積み上げろって話だろ。ポッと出が殺してくれとかってナメんなっつー」
ユフィリア:
「もっと親しくなったら殺しちゃうの?」
ジン:
「えっ? いやっ、それは……」
ユフィリア:
「じー」
ジン:
「少なくとも、アイツの命を背負う覚悟ぐらいは、まぁ……」
ユフィリア:
「やっぱり。ジンさんはモルヅァートを殺したいんでしょ。イジワル、イジメっ子!」
ジン:
「あっちゃー。……ふりだしに戻っちゃったよ(苦笑)」
――この後はひたすらユフィリアの頭を撫でたりしながら、ご機嫌をとり続けるしかないジンだった。
◆
ジン:
「今日は、簡易版の歩法をやる。第1パーティーは通過済みのところだが、どこをどう簡易化してるかを確認しながら聞くように」
シュウト:
「はい」
――今朝は合同練習なので、レイド組だけでなく、そー太達の年少組や、なぜかネナベ組も参加している。スペースが必要だったため、銀葉の大樹のすぐ近くでやっているため、通行人が横目にぱらぱらと通り過ぎていく。
ジン:
「まず、なぜ歩法をやらないといけないのか?ということだけど、咄嗟に動き出す『その一歩』が、〈冒険者〉にとっては生死を分けるものになるからだ。走り出してしまえば、肉体性能でそんなに差は付かないんだけども、動きだしは本人の癖に左右され易い。実力にも大きく影響してくる。戦闘時の回避力にも差がでるし、1歩目の差で不利を延々とこうむるのがパターンだ。早い内に矯正して改善しておく方がいい」
Zenon:
「やらない手はねぇって訳だな」
エリオ:
「なるほどでござるね」
ジン:
「しかし、人間ってのは、早く動こうとすると、速く動こうとしてしまう。『早度』と『速度』の違いだな。焦って速く動こうとすると、足が先に出てしまう」
さっと足を動かしてみせる。あの動き方は遅いからダメだとさんざん怒られているものだ。
ジン:
「こうして手足から動こうとすると、反作用によって胴体が居着いてしまう。手足を動かすために、胴体の動きにロックがかかるわけだ。手足が動き終わってから、胴体が引っ張られるようにしてゆっくりと動き始める。これは攻撃なんかを避ける動きとしては向いていない。当たってから動いても遅いし、間に合わないことが多い」
朱雀:
「そういうコトか」
そー太:
「じゃあ、どうすりゃいいのさ?」
ジン:
「先に、体幹部から移動を始めればいい。……シュウト」
シュウト:
「はい!」
実例係としてみんなの前に立つ。慣れているので問題ない。
ジン:
「足を動かさずに、胴体、体幹部をスーっと動かしてやる。そして耐えられなくなったら、ぽんと足を出してやる」
言われた通りに実例として実行する。体幹部をスー、そして足をポン。
ジン:
「逆もやってみよう。普通に歩いていて、そこに体幹部の移動を乗せる」
敢えて体幹部の移動を抑えて歩いて、そこに体幹部の移動力を追加して見せる。テクテクにスーをプラス。
ジン:
「これは、『普通に歩く速度』に、この『体幹部の移動速度』を追加する訓練、な訳だ。戦闘に応用するには、無意識に、前後左右の移動のすべてで、体幹部移動から始められるようにすることだ。だから徹底的になじむまでひたすら練習するように」
理屈を言ってても出来るようにはならないので、さっそく訓練を始める。立ち止まっては、体幹部の移動。歩いておいて、体幹部の速度を追加。
葵:
「これ、フルクラムシフトと進垂線じゃん?」
ジン:
「ぜんぜん違うけどな」
シュウト:
「えっ、違うんですか?」
ジン:
「結果としての運動は殆ど同じでも、やってることが120度ぐらい違う。実体としての体幹部をテキトーに移動させるのと、軸を意識制御するのの差だ」
だいたい180度とか360度違うという人なので、120度だとそこそこ近いけれど、それなり以上に違うと言いたいのが伝わってくる。
ジン:
「この動きを超高度化・超精密化すればいわゆる『縮地』になるけど、ただの体幹部移動からたどり着くには、桁外れのセンスや才能が必要になるな」
ウヅキ:
「桁外れのセンス、ねぇ」
バーミリヲン:
「いわゆる、不可能というヤツだな」
カカト推進の話は一切抜きだし、この動き方だと2拍子なのだが、簡易版だからこれでいいのかもしれない。
ジン:
「じゃあ、街中を歩いてきてもらおう。歩行に体幹部移動を加えているから、通行人を抜きまくることになるぞ。ひとつ、絶対に守るべきルールがある。『ストライドを伸ばそうとする時、ストライドを伸ばしてはいけない』……コツは小股で歩くこと、それと真下を意識的に踏むようにすることだ」
移動ルートを決めて、歩き始めることに。中央通りを北に向かい、街の東側をぐるっと回って戻ってくることに。
ジン:
「速く歩いていると、フォームに『閉じこめられる感覚』になることがあって、それを崩す必要があるんだけど……。まぁ、いいや」
ウヅキやタクト、朱雀、そー太といった負けず嫌いがトップ争いをしながら前へ。ケイトリンがいないと思ったら、ニキータの後ろにくっつくようにして歩いていてなんとも言えない気分になった。
普通に歩いてる人たちをグングン抜いていく。驚くような速度なのだが、競歩しているヘンテコ集団になってしまったようだ。
急ごうとして大股になっている雷市と汰輔に声をかけておく。
シュウト:
「もうちょっと小股を意識して」
雷市:
「はい!」
汰輔:
「あざっす!」
ごぼう抜きしたい欲求を自覚する。どうにも、こういうのは嫌いじゃなかった。先頭集団が中央通りの北端に到達して右折した。たぶん先頭はウヅキだったと思う。大人げないのはわかっているけれど、ほんの少し速度を上げてみる。
しかし、思ったよりも速度が上がらなかった。前を歩いているそー太に追い付くのもやっとな感じである。ムキになりそうになった。落ち着け、自分となだめておく。
シュウト:
(走る速度なら負けないはずなのに、追いつけないのは何でだろう?)
負けず嫌いだからか、そんなことを考えてみる。そうしてしばらく考え続けて答えらしきものに思い至った。重心移動力を高めるのなら、傾倒度が必要なのだ。
四肢同調性を使って足の回転、いわゆるピッチ、を上げる努力をしてみる。
シュウト:
(股抜き、肩抜きで四肢同調性。少しだけ傾倒度を高めて……)
四肢同調性で足の速度が速まると、足から先に出てしまいやすい。だから、体幹部の移動を練習させているのだと気が付く。
小股なのに通行人の〈冒険者〉をあっさり追い抜いていくことからすると、ストライドが『自然と伸びている』ようだ。既に学んでいるものの組み合わせだったけれど、新しい発見がいろいろとあるものだった。歩くだけじゃなく、きっと走るのにも応用できて、スピードアップになるのだろう。もっと普段からフルクラムシフトや進垂線で動くように心がけようと思った。
結局、先頭には追いつけないで終わった。
しばらくしてから『ひーひー』と言いながら静やりえが戻ってくる。彼女たちが最下位グループだ。
りえ:
「みんな速いなぁ~」
静:
「疲れた、足痛い」
ジン:
「慣れれば、無理せずに移動速度が速まる。良いことばっかりだから、できるようにしておけ」
りえ:
「ふぁ~い。わかりました~」
静:
「りょうかいでーす」
年少組で冒険にでるようになって何日か経つけれど、ジンに教わることのできる素晴らしさにまだ気が付いていないようだ。威力などを実感しないと、やる気はでないかもしれない。人間は成長してはじめてやる気を出す生き物だというから、こればかりは仕方ない。
ジン:
「よーし、出かけっぞー!」
エルンスト:
「こっちも出るぞ、支度しろ」
合同練習を早めに切り上げて、再びモルヅァートの待つ荒野へ。荒野というか、山岳部なのだが。
◆
モルヅァートの所へ行く前に、武器強化のために竜翼人の里へ。
今回も黒い色の〈竜翼人〉がとうせんぼしてきた。
黒い竜翼人:
『ふっふっふ。やはり勝てないようだな』
とても愉快そうにしているので少しばかりイラっとさせられる。
ジン:
「ずいぶんと嬉しそうじゃねーか」
黒い竜翼人:
『当然だ。やはり、ニンゲンの戦士で勝てる相手ではないということだ』
ジン:
「あれー? 俺たちが勝てなきゃ困るんじゃなかったっけ?」
黒い竜翼人:
『無論そうだが、それとこれは別の話だ』
随分と都合の良い思考形態をお持ちのようで。〈竜翼人〉にも色々なタイプがいるということのご様子。
ジン:
「仕方ない。空きがあるから、仲間に入れてやる。一緒に倒しにいこうぜ?」
黒い竜翼人:
『なに? いや、それは……』
ジン:
「どうした? 〈竜翼人〉様は人間より優れた戦士じゃねーんかよ?」にやにや
軽くブーメランを炸裂させるジンにスカッとする。はい、論破。
黒い竜翼人:
『それは、その、あれだ、地脈が弱まっているから、普段の実力が出せなくて、だな? つまり、そういうことなのだ』
アクア:
「……地脈が弱まっているの?」
黒い竜翼人:
『もう通っていいぞ』
ジン:
「なんだよ、仲良く戦おうぜ? 地脈の話をもっと聞かせてくれるのでもいいけど?」←意地悪ジンさん
黒い竜翼人:
『さっさと行け! あまり里の中をウロウロするなよ』
シュウト:
「…………なんというか」
ニキータ:
「分かり易いわね(苦笑)」
2回目にして早くもボロが出る辺り、悪い竜翼人じゃなさそうだ。ああいうのは嫌いじゃない。次の登場が今から楽しみですらある。
魔法武器屋に入って、軽く挨拶を済ませる。
ジン:
「ところで、地脈が弱まっているってどういうこった」
茶色の竜翼人:
『フム。〈冒険者〉は感じていないようだな』
ジン:
「こっちに来たのもつい最近だしな」
茶色の竜翼人:
『……実際、このあたりでこの弱さというのは、かなりの異常事態だ。『竜王の儀』を早めたのもそれが理由だろう』
アクア:
「竜王の儀というのは?」
茶色の竜翼人:
『無論、竜王を復活させる儀式のことだ。数百年前に行われて以来という。どういうモノなのかは知らぬよ』
ジン:
「秘密なんじゃなくて?」
茶色の竜翼人:
『…………』
ジン:
「まぁ、いいけど。ところで、地脈とやらが弱くなってると、実力が出せないとかあったりすんの?」
茶色の竜翼人:
『真竜ともなれば、体内で魔力を生成することができよう。ましてや神の子、モルヅァートに影響があろうはずもない。我々も竜の因子を持っているので特に問題はない』
ジン:
「そいつは何より。……いや、残念♪」
モルヅァートに影響なくて何よりだけど、さっきの黒い竜翼人の人は、かなり苦しい言い訳をしていたことになるような気が……?
そんな雑談はともかく、武器の改良をすることに。まずレイシンのドラゴンホーンズからだ。
茶色の竜翼人:
『ほう。黒竜の角か。盾の造形も素晴らしい。これをどのようにしたい?』
レイシン:
「どうしようか?」
ジン:
「俺に訊かれてもなぁ(苦笑)」
シュウト:
「やっぱり、攻撃力特化ですか?」
スターク:
「いや、ここは特殊なスキルの追加とかじゃない?」
エリオ:
「ステータスアップはどうでござろう」
Zenon:
「防御力じゃねーか? 攻撃は足の幻想級があるだろ?」
本人の意向が無さそうなので、あーでもない、こーでもないが始まってしまった。いや、僕が真っ先に突っ込んだ気がするけど、その辺りはきっと気のせいだと思いたい。←
レイシン:
「……どうしたらいいかな?」
ジン:
「いや、だからなんで俺? 好きにすりゃいいじゃねーか」
葵:
『なんだと、ジンぷー。貴様は冷血漢だな!』
ジン:
「ゲッ、うるせーのが来やがった!」
葵:
『やっぱダーリンが使う武器なんだから……』
長いので省略するけれど、葵の意見をまとめると、あれもこれもそれも全部盛りしようと言っていた。レイシンはニコニコと聴いているけれど、右から左にスルスルと抜けているような、いないような?
葵もジンに負けず最強厨と耳にしているが、流石にそれはないわー、と思うレベルの厨っぷりにドン引きである。
ジン:
「なぁ、ここで一度パワーアップさせたら、もう終わりなのか?」
茶色の竜翼人:
『何度でも、という訳にはいかんが、新たに強力な素材があれば、更なる強化も可能だろう』
ジン:
「……だとよ? あー、個人的な意見を言わせて貰えば、耐久性を中心に、攻防のバランスを良くする、って辺りじゃねーの?」
レイシン:
「じゃあ、それで」
茶色の竜翼人:
『うむ。うけたまわった』
葵:
『なぜに!?』
ジン:
「おいおい、ちょっとは自分で考えようぜ?」
レイシン:
「大丈夫。そんな感じにしようと思ってたから」
ほわほわしているレイシンに一抹の不安を覚えつつ、本人の特質的にもバランス型がお似合いという側面も考慮すると、やっぱりそうなるかも?なんて納得感もあったり。
そんなこんなで完成した。10分と掛からなかったのは、元のゲーム的な都合によるものなのかもしれない。新ドラゴンホーンズは、鋼竜素材を使用している。黒一色の状態からくすんだ銀色のパーツを追加されていた。その名も〈鋼竜双角棍〉。武器を見ているだけでワクワクするような格好良さだった。
ジン:
「まさに、いぶし銀って感じだな」
葵:
『色的にもダーリンにはぴったりかも!』
Zenon:
「いいな。ちょっと羨ましくなってきた」
エリオ:
「ござるね」
英命:
「フフフフ」
アーティファクト級までしか強化できないようなので、大半の人は我慢することに。逆に言うと、強化してまで使いたいようなコダワリのアーティファクト級装備に限られるわけで、なかなか難しいところだ。
クリスティーヌ:
「強化するのか?」
ウヅキ:
「ああ、頼んでみる」
リディア:
「ど、どうするの?」
ウヅキ:
「大丈夫だ。もう方針はかたまってる」
ウヅキの両手持ち大剣、ヴォーパルブレイド。特殊なアーティファクト級装備だが、ここ数年使い続けてウヅキのトレードマークになっているものだ。だが血に塗れたような刀身は、どこかくたびれて感じる。
茶色の竜翼人:
『これは珍品だな。見事だ。……で、どうしたい?』
ウヅキ:
「このバランスを保ったまま、グレードアップして欲しい。できるか?」
ジン:
「なるほどな」
シュウト:
「そんなこと、出来るんですか?」
茶色の竜翼人:
『それが正解であろう。下手に手を加えない方が良い気がする』
今回は少し時間が掛かっていた。そろそろ30分になる。もしや失敗したのだろうか?などと心配し始めた頃だった。茶色の竜翼人が現れ、一振りの剣を差し出した。
茶色の竜翼人:
『こうなった』
ウヅキ:
「み、みせてくれ……」
生まれ変わったヴォーパルブレイドは、刀身に青味が加わり、紫に染め抜かれていた。高貴さが加わったような、それでいて残虐性が増したような印象。ゾクっと背筋が震えた。
ウヅキ:
「…………スゲェ」
一言。なればこそ、その満足感が伝わってくるというものだ。
茶色の竜翼人:
『色については、済まぬ、謝罪する。元の色には戻せなんだ』
ウヅキ:
「気にしない。いや、これはこれで気に入ると思う」
茶色の竜翼人:
『そう言ってくれるか。助かる』
シュウト:
「ど、どうなったんですか?」
Zenon:
「そうだぜ、ちょっと見せてくれよ!」
普段あまり見せないウヅキの笑顔に、こちらまで嬉しくなる。
その直後、生まれ変わったヴォーパルブレイドの数値のエグさに、顔が引きつる結果に。
シュウト:
「これ、またクリティカル増えてません?」
ウヅキ:
「まぁな。いいだろ? ……でもやんねーぞ?」
シュウト:
「もらえませんよ、そればっかりは、流石に」
ウヅキ:
「へへへっ」
茶色の竜翼人:
『良い手本だった。学びを得た。感謝する』
ウヅキ:
「いや、礼を言うのはアタシの方さ。長年の夢が叶った。あ、ありがとうございました」
深く頭を下げる『らしくないウヅキ』に深く共感する。
誰しも自分の得物を見つめては、もうちょっとああだ、こうだと、思うものなのだ。おめでとうを心の中でもう一度唱える。
ジン:
「ちょっとやめろよ、そういうの。うおー、新しい武器ほしー」
シュウト:
「僕もです。すっごく欲しくなりました」
ユフィリア:
「いいなー、なんか、みんないいなー」
タクト:
「……パンチンググローブって改良できるのか?」
リディア:
「カチューシャはどうかな?」
その出来映えの素晴らしさ、華やかさに、みんなすっかり魅了されてしまったようだった。自分も何か欲しい!という気分が爆発したみたいになってしまっていた。




