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165  四肢同調性

 

 強化合宿のために全員が〈カトレヤ〉に集合し、夕食を終えた。合宿は翌日から開始というが、なんとなく半地下のオールドメンズルームに集まる流れになる。


Zenon:

「んで? 合宿って何をやるんだ?」

バーミリヲン:

「戦闘訓練だろう」

シュウト:

「普通にやって10日ぽっちで強くなるのなんて無理ですよ(苦笑)」

ジン:

「無理矢理だろうと、やるしかないんだがなぁ」

アクア:

「どうするつもり?」

葵:

「どうすんだ、ジンぷー?」

ジン:

「んー……。ちょっとやそっとじゃどうにもならんし。ここはやはり『世界の謎』を開示するしかなかろう」ギラリ

石丸:

「エヴァンゲリオンの碇ゲントウっスね」

英命:

「フフフフ」


 イスに座ったまま、手を組み、目を光らせるジンだった。アニメかマンガのポーズだろうと思って受け流しておく。


咲空:

「うわぁ、世界の謎って、なにかカッコイイですね」

星奈:

「ふぉぉおお」


 何故かメイド組の2人もオールドメンズルームに来ていたらしい。ユフィリアが星奈の頭を撫でているぐらいで、誰も彼女たちを気にしていなかった。


 ……というか、またもや最高峰の話らしい。分かっていたのだが、どうにもゲッソリしてくる。


シュウト:

「あの、世界の謎とか、未来情報とか最高峰の話って、いったい幾つあるんですか?」

ジン:

「俺が知ってるのはそんなにねーよ。世界の謎だぞ? もっとありがたみを感じろっつーんだよ」

シュウト:

「ありがたいと思ってます! 思ってますけど、……ここの所、いろいろあり過ぎて」ぐってり


 ゆる体操とか超反射だけでもうお腹いっぱいなのだ。〈消失〉(ロスト)の修得は個人的に最優先でもあるし、ちゃんと身に付ける前に次々と違うことをやれと言われても死んでしまう。困るのは、全部が全部、本当に究極的な話だってことなのだ。やらないという選択肢などありえない。絶対的にやらないで済ませる訳にはいかない。


葵:

「おろろん。シュウくんも流石にキャパいっぱいいっぱいか(苦笑)」

ジン:

「だろうな。鍛錬の内容自体はゆるの範囲内だから安心しろ。ここは原理の話が重要なのだ」

シュウト:

「そうですか……!」


 心の底からホッとした。そうして気が楽になると話が楽しみになってくるもので、さすがに自分でも現金なものだと思う。


アクア:

「それで、どんな内容?」

ジン:

「『四肢同調性』と呼ばれるものだ」

葵:

「それどんな効果があんの?」

ジン:

「んー、リミッター解除系? かな? まぁ、既存の運動理論の根本をくつがえす感じのヤツだな!」きらーん

スターク:

「なんか爽やか風味で言ってるけど、ホントにそんなこと可能なの?」

シュウト:

「まぁ、ジンさんだし……」

ニキータ:

「ジンさんだものね……」

石丸:

「ジンさんっスから」


 完全に諦めの心境だった。訳が分からないほど、突き抜け具合が異次元なのだ。


ジン:

「なんだテメェら、ケンカ売ってんのか、お? コラ?」

ユフィリア:

「ウフフフ」

リコ:

「全てはモルヅァートに勝つためです。そろそろ始めちゃってください」


 一度死んでから、リコの士気は高水準で維持されていた。牽引役が増えたので脱線率が下がりそうで、その事はかなりありがたい。


ジン:

「ちっ。えーっ、今回は『四肢同調性』について語ろうと思う。……これな、構造を把握したと思ったら、その日発売の雑誌で、俺の師匠が名前というか概念を発表してたんだわ。なので、先行研究に敬意を表して四肢同調性の名前で呼ぶことにしている」

ユフィリア:

「ふぅん。凄いタイミングだね?」

ジン:

「なー? シンクロニシティとか言いたくなるレベルだったぜ。どっちにしても雑誌作ってる段階でそれは『書かれていたもの』だから、俺の方がずいぶんと後ではあるんだけど。というか、……なんか見透かされてる、の方が近い気がしてならんのだけども」


 目を逸らしつつ、そんなセリフを付け加えていた。


葵:

「ちなみに、発表されてなかったら何てネーミングにした?」

ジン:

「わかんねぇ~なぁ。あの時はいろいろ考えてたんだけど、もう忘れちまったぜ。たしか……」

アクア:

「それはいいから」

ジン:

「へいへい。じゃあ順を追って説明していこう。走っている所の図を書きます」カキカキ


 半地下用の黒板に人の図を描いていく。


ジン:

「四肢同調性に近い概念なのがコレだ。ここに体軸を書き込んで、と。(カキカキ)……こうすると、対角線? 対角?だかになってるトコの角度が一致しているのが分かるだろ?」


(走っている所の図)

挿絵(By みてみん)


 左腕と右足、右腕と左足の角度がほぼ同じなのが分かる。


Zenon:

「ほうほう」

シュウト:

「こうなっていたんですか?」

ジン:

「少しまってろ。この理屈の場合、腕を『後ろに振る角度』が特に問題視される。世界陸上でもみりゃ早いんだが、一流選手の腕振りは、後ろの肘がこの図のように高く上がってくるんだ。ま、これがなかなか出来ないワケだな」

Zenon:

「へぇ、どうすりゃいいんだ?」

ジン:

「うむ。腕振りは腕を内旋(ないせん)させるのがコツだ。『回旋運動』の『内旋』といって、古武術なんかでよくやる動きだな。やり方は手のひらを床に向けるだけだ。こうすると四つ足の形になるから、肩胛骨が開く。あとは、そのまま腕振りしてみな?」


 Zenonやタクトがやってみていた。何回か腕を振っていると、肩胛骨が開き、グワッと腕が後ろに高く振り上がっていた。僕らは既に知っていた※ので特に感想はない。(※作中では描写していません。ここが初出です)


タクト:

「腕が上がるようになった……」

ジン:

「な? 四つ足動物時代のメカニズムが関係してんだよ」

Zenon:

「なるほどなぁ~」

エリオ:

「面白いでござる」

アクア:

「歩くときも、手のひらを下に向けて腕を振ればいいのね?」

ジン:

「そういうこと。んで、この図に戻ろう。かなり近いところまで来ているんだが、原理だの本質はまるで捉えていないので、バツしてしまう」


 そうして走っている図に大きく×をつけてしまった。


咲空:

「えーっ、バツしちゃうんですか?」

ジン:

「いいの いいの。本当のヤツを今からやるからな。これまではこうだったけど、本当はこうなんだよ?とやりたかっただけだから」

英命:

「わかります」

ジン:

「…………あのさぁ、先に教えるから、説明替わってくんね?」

英命:

「いえいえ、結構です。(にっこり)続きをどうぞ」

ジン:

「納得いかん。いかんが、ともかく本題に入ろう。ここは質問形式でいこうか。やい、センコー。2足歩行の人間が走るスピードはどのくらいだ? あっと、現実世界のな?」

英命:

「最も早く走れる人たちでも時速40キロ前後ですね」

ジン:

「その通り。じゃあ、一般的な四つ足動物はどうだった?」

英命:

「だいたい時速60~80キロで走るようです。最も速いとされるチーターで時速110キロ付近ですね」

ジン:

「正解だ。……ここから分かることのひとつは、実は人間ってのは走ってたら逃げられないってことだ!」バッバーン

シュウト:

「そう考えると、けっこう致命的ですね(苦笑)」


 そもそも、人間よりも走るのが遅い四つ足動物っているのだろうか?とか思ってしまうぐらいだった。遅いのが何種類か居たとしてもほとんど意味はないだろう。速い種族に追いつかれて襲われたらそれまでなのだから。肉食動物の食料として考えたら、もしかしてサービスタイムだったりしたのだろうか? 追いつき放題の食べ放題ってことになってしまう。


葵:

「ん? この話って四肢同調性だべ? 角度じゃないなら、腕振りのスピードを早めたら、もっと速く走れるってこと?」

ジン:

「原理的にはな」

アクア:

「待ちなさい。じゃあ、最速でピアノを弾こうとしたら、足をバタバタ動かさなきゃいけないってことになるじゃないの」

ジン:

「まぁ、原理的にはそうなるかもしれん」

Zenon:

「おいおい(笑)」

英命:

「フム」

ユフィリア:

「えっと……?」

星奈:

「?」


 混乱するに任せるジン。ウヅキがつまらなさそうに呟く。


ウヅキ:

「どうせ続きがあるんだろ? さっさとしてくれ」

ジン:

「シンキングタイムぐらい必要だろ。今回のは特に『世界の謎』なんだぜ? 少しはもったいぶらせろよ。有り難みの欠片もないって評判だぞ、俺の話」

シュウト:

「いったいドコで評判なのやら……」

ニキータ:

「内容はともかく、言い方がね」


咲空:

「あの、世界の謎って、何の謎なんですか?」

シュウト:

「えっ? えっと……」


 実のところ、僕にもよく分かっていない。話を引き継ぐべく、アクアが割って入った。


アクア:

「いいかしら? つまり、ピアノを速く弾くことが出来る人間と、それが出来ない人間とがいるのよ。その違いはどこにあるのか?ということね」

咲空:

「ああ! そういうことだったん、ですか?」

ジン:

「つか、そのまとめ方ってどうなんだよ(苦笑) ……だいたい、『お前は』できるだろうが」

アクア:

「もちろんよ。できるけど、理由は知りたいでしょう?」

スターク:

「ちょっと、続きまだ~?」


 仕切り直して再開。暴走も脱線もいつものことである。いつも誰が脱線させていたかなどは気にしたら負けである。←主犯格


ジン:

「取りあえず続けるけど、知ったかぶりで口を挟んでくるなよ。特に葵な!」

葵:

「うるへーわ!」

ジン:

「こっちのセリフだっつー」

シュウト:

「じゃ、じゃあ、お願いします」

ジン:

「んーと、どこまでいったっけ……?」

石丸:

「人間は走って逃げられない、からシンキングタイムまでっス」

ジン:

「そうだったそうだった。人間がなぜ、時速40キロ程度しか走れないのか?という話は未だ全貌が解明されてはいない。幾つかの興味深い話はあるんだが、今回は割愛しよう」

葵:

「ブー!ブー!」←真犯人

ジン:

「しょうがねぇだろ、そっち行くと話が長くなるんだよ! 前にも話した狼に育てられた子供の件とか、江戸時代の早道の達人の記録とかだ。それと人間に近い2足で走るエリマキトカゲが時速30キロで走れるって言われてるから、エリマキトカゲが人間サイズになったら、トンでもないスピードになるとか、そんな話が色々とあってだな~」

シュウト:

「へぇ。エリマキトカゲの話はまだでしたよね? ちょっと聞いてみたいんですが」←主犯格

ジン:

「簡単に言うと、走るってのは重心の移動だから、重心に対するズレ、モーメントを大きくとってやればいいことになるんだよ」


 ここで黒板に『縦の長方形』を書いていた。

挿絵(By みてみん)


ジン:

「重心からの落下線が落下点になる。これと、支持線の落下点との差分がモーメントになる、と。で、これと同じ長さの矢印がこっちに行って、これが重心の移動力ってことだ。だとすると、四つ足動物はこうなるだろ」


 こんどは横の長方形を書いて同じように記入していく。

挿絵(By みてみん)


ジン:

「ベクトルは、運動エネルギーの大きさを矢印の長さで表現するから、感覚的にもわかりやすい。四つ足動物は走る力の大半を『前に進むこと』に使えるのさ」

ユフィリア:

「分かりやすいかも」

スターク:

「人間が速く走りたかったらどうすればいいの?」

ジン:

「単純な話、もっと傾けばいいことになる。これを『深傾倒度しんけいとうど』と言う。人間の作るモーメントはだいたい距離で40~50センチぐらいなんだが、バスケで神と呼ばれたマイケル・ジョーダンなんかは、瞬間的に1m近いモーメントを発生させていたとされる。通常ではありえない、絶対にぶっ倒れるレベルで傾くことができた訳だな。このぐらい人外だとありえなさ過ぎて反応できなくなる。これが神と呼ばれた男のパフォーマンスって話だな」


 マイケル・ジョーダンの凄さを嬉々として語るジン本人も、同じようなことが可能なはずだった。他人にとっての『ありえない』に到達することが、強くなるという意味を持つ。


ジン:

「ちなみに、この傾倒度だのが雑誌で発表されたのはバキだとピクルの頃でな。思いっきりそのまんま使われたりしてたわけだ。この辺の裏事情を知らないと、あの辺の話はちょっと唐突だったかもしれない」うんうん

石丸:

「そうだったんスね」

Zenon:

「壁を蹴ってた時のヤツか!」

ユフィリア:

「なんの話?」

ジン:

「マンガの話さ。……人間が100m走る場合も、ダッシュの前半の加速期はこうして傾きを強くしている。でも後半は垂直近くに戻すことになる。先に理由を言っておくと、傾きを強くしたままだとスピードが出なかったからだ。逆にブレーキになる要素が大きくてな。関節の角度とかに無理があったりしてな」

アクア:

「だから速く走れないのね。 ……それはともかく、エリマキトカゲはどう関係するのかしら?」

ジン:

「エリマキトカゲも全速で走る場合は傾倒度を深くとる。だけど、連中には尻尾があるから、バランスを取れるんだよ。シュウト、片足でTの字を作れ」

シュウト:

「はい、えっと……」


 言われたように片足で立ち、もう片方の足を持ち上げて、全身でTの字を作ってみた。


ジン:

「それでいい。……こうすればバランスが取れるだろ?」

葵:

「走りながらこれをやるんじゃ、さすがに無理があるけどな!」

Zenon:

「持ち上げた足がエリマキトカゲでいう尻尾なわけか」

ジン:

「そうそう。えーっと、長くなって来たから、ガニマタ走りの部分は割愛するぞ。傾倒度を深くとると重心移動力は高まるんだが、転びやすくもなる。だから走りのブレーキ成分が強くならざるを得ない。バランスがとれないからな。こうして考えていくと、また違う景色が見えてくるようになる。例えば、江戸時代の飛脚って、棒みたいなのを持っているだろ?」

ユフィリア:

「持ってる! あの棒の先に荷物を括り付けるんだよね?」

ジン:

「そうだ。でも棒なんかもってたら重いだろ。ただでさえ、結構な距離を走らなきゃならないんだ。なんで棒なんかもってるんだろう?」

バーミリヲン:

「……話の流れからすると、尻尾の代わり、ということか?」

エリオ:

「おおっ?」

ジン:

「本当のところは俺にもわからない。だが、仮説としてはアリだと思うね。傾倒度を深くするための装置として、あの棒を担いで走ったんじゃないか、ってな?」

英命:

「興味深いですね。昔、忍者の修行と言われたもので、同じような内容がありましたね」

スターク:

「ニンジャ!?」ピクッ

エリオ:

「に、忍者でござるか?!」うきうきワクワク


 ここではガイジンさんのニンジャ人気は異常、とだけ記しておくことにする。


Zenon:

「あー、やったやった。長い布を垂らして、地面に付かないように速く走るヤツだろ?」

英命:

「そうです」

タクト:

「それも、傾倒度を深くするための訓練法ってことか……?」


クリスティーヌ:

「日本人は全員、ニンジャ修行をしていたのか?」

ジン:

「んなわけねーだろ」


 (クリスティーヌ、貴方もか……)とは、流石に口に出して言えなかった。どちらにしてもそんな勇気など、この世知辛い世界を生きていく上で無用の長物でしかない、と思う。


ジン:

「エリマキトカゲを考えると、こんな風に思考を広げることも可能になるってことだ。四肢同調性との直接的な関係は薄いけど、明日以降に予定している訓練とはそれなりに関係しているから、そのつもりでヨロシク」

シュウト:

「わかりました」


 この人の場合、無駄話を長くやるばかりとは限らないので油断できない。



ジン:

「そんなんで、いい感じにシンキングタイムになったかと思う。ここらで四肢同調性に話を戻すんだが、ハンドスピードを得るために、下半身、特に股関節の力を抜くというのがなかなか不思議な感じだと思う」

葵:

「今、サラっと流して言ったけど、答えだったよな?」

ジン:

「まぁな。だってさ、腕のスピードがなんで足の脱力と関係するんだってことじゃん?」

ユフィリア:

「同調しているから、でしょ?」

ジン:

「よく考えてみて欲しいんだけど、連動や同期はしてないんだぜ? ……星奈、ちょっと両手・両足を全部バラバラに動かしてみてくれっか?」

星奈:

「は、はい!」



葵:

「あれあれ、バラバラかな?」

レイシン:

「バラバラに動いてるかな?」

星奈:

「バラバラ、です!」


 星奈が手足をバラバラに動かそうとしている。そのギコチなさがまた、不思議なダンスのように見えた。


リディア:

「ねこさんダンス……」

ジン:

「あー、コレ、録画したかったかも。……よかったぞ星奈、ありがとうな?」

星奈:

「はい!」


 星奈の尊い犠牲?により、僕らは手足が連動も同期もしていないことを確認できたのであった。大切な確認作業でありました。癒し効果もバツグンだったし。


ジン:

「という訳だから、手足がバラバラに動くことは十分すぎるぐらいに理解してもらえたと思う!」

ニキータ:

「もう、十分に理解できました(笑)」

葵:

「だね!」

ユフィリア:

「でも、同調はしているんでしょ?」

ジン:

「ブレねぇな。ま、そうなんだけど。これは事実から出発しているから、事実として同調しているんだよ。次に『なぜ同調するのか?』という風に考えることになる。手と足が同調しなければならなかった理由とは、何だろう?」


 シンキングタイムだろう。20秒ほど間があった。


ジン:

「じゃ質問。もしも、四つ足動物の四つの足が、『バラバラに動いていた』としたら、どうなる?」

ユフィリア:

「そっか! 転んじゃうんだ!」←速い

ジン:

「大正解。肉食獣に襲われて、時速70キロで逃げて走っている時、もし、リズムだのが合わなくて転んだりしたら? もう、そこで死ぬしかなくなる。それを防ぐために、同調する仕組みがあるんだろう」

葵:

「そういうことね。チーターが100キロ越えでカッ飛ばしている時に、チグハグになって転んだら、食いっぱぐれるしかないもんね」

スターク:

「生身でそんなスピード出して転んだりしたら、大惨事な気がするよ」

Zenon:

「まったくだな(苦笑)」


 ここに至り、質問せずにいられない疑問をぶつけることにした。というか、そうするしかなかった。


シュウト:

「人間って、……まだ四つ足動物なんですか?」

ジン:

「ハハハッ。難しい質問だな。メカニズム的には、四つ足動物の特徴を残したままだかんな~」

葵:

「でも、四つ足での生活には戻れそうにないけどね~」


 人間っていったい『何』だろう?と不思議な気分にさせられる。境界をいくつも跨いで僕たちは存在しているのかもしれず。しかも、そんなことを意識しないでも、日々は過ぎ去っていくのだ。


ジン:

「では、この同調がどういう風に働くか?ということだが。……股関節の力を抜くと、肩の力が抜ける。そして肩の力が抜けると、股関節の力が抜ける、という具合に働く。逆にいえば、股関節周辺に無駄に、無意識に、意識的にでも力が入っていると、それは肩の周辺でも同調を起こしてリキミが発生してしまうんだ。これが腕・肩の速度を邪魔することになる」


 いつもの事ながら、圧倒されてしまう。たぶん、もの凄い話を聞いているのだと思うが、それを普通のことのように聞き流してしまっている。いや、これでも一生懸命に聞いて、記憶しようとはしている。


葵:

「……なぁ、もしかしてこれって、マジでヤバいヤツとかじゃね?」

ジン:

「たりめーよ。『世界の謎』を解き明かしたんだぞ」

葵:

「運動の根本的な原理とかがくつがえっちゃう感じ?」

ジン:

「それ、さっき俺が言ったヤツな」

シュウト:

「……本当のところ、どのぐらいのレベルの内容なんですか?」

ジン:

「そうだなー。さすがに人類が進化するところまでは行かないから、その下の、ちょっと文明が書き換わったりするぐらい、かな」

シュウト:

「ハハ、ハハハハ……」


 問題発言だけれど、冗談なのか本気なのかまるで区別が付かない。


咲空:

「そんな凄いお話だったんですか?」

アクア:

「天才と凡人の間にある絶対に越えられないはずの断絶を、部分的に塗りつぶしてみせたのよ。正直、……次元が違うわ(汗)」

ジン:

「おっ、さっすが天才。少しは理解したっぽいな?」へらへら

シュウト:

(ヤバい。これ、本気のヤツだ……)


 へらへら笑っている辺りからすると、どうにも本当っぽい。


アクア:

「やってくれたわね。これが広まれば、もの凄い規模で変革が起きるのでしょう?」

ジン:

「本当に理解できたのなら、結果が変わり、認識が変わる。現状とそれをかたどる環境が変質する。変化した人々が文化に浸食を始め、社会から世界へ、そして文明へと手を伸ばすだろう……って、んなわきゃねーわ(笑) 誰もまともに理解できねぇって。人間なんぞに期待しすぎだろ。結局、『人類はまだ幼すぎる』とかってヤツだな(苦笑)」

葵:

「ぺぺん。我らおさーないー、人類に~。ででんでん。目覚めてくぅれっと、はっなったーれたー♪」


 天上世界の会話だった。しかもそこに歌で乱入をかける葵も葵だった。


ジン&葵:

「マァ~クゥ~ロォス! マァ~クゥ~ロォス!」

アクア:

「……雄々しく~、立った、若者は~♪」

スターク:

(参戦した!?)

英命:

(ミュージカル映画のような展開ですね)にこにこ


 そこから唐突なるアニソンタイムとなり、どこで聞きつけたのか、赤音がオールドメンズルームに突入してきた。曰く「自分たちだけズルイ」とのこと。歌いきったアクアが満足したところでアニソンタイム終了となり、赤音も当たり前のように去って行った……。


ジン:

「何しに来たんだ、アイツ……」

アクア:

「ともかく続きよ。やり方を教えなさい」

ジン:

「へいへい。じゃあ、ピアノないけど、シャドーピアノ的なことをしてもらおうか。そっちのカウンターのとこに座れ」


 小さななバー・カウンターになってる場所にアクアを座らせる。何が起こるのか、と少し移動して見にいく態勢に。


ジン:

「ちょっと触るぞ?」


 アクアの返事も待たず、大腿骨の付け根の、いろいろとキワドい辺りに両手の親指を突っ込むジン。一瞬だけアクアの表情が歪んだ。嫌そうというよりも、痛そうな反応だった。

 これらはいわゆる『開側芯』のことらしいのだが……?


ジン:

「よし、いいだろう。まず刺激した股関節の力を抜くんだ。そのまま、肩の力も抜いていく。股関節の力を抜いたことで、肩の脱力が強まるはずだ。ここで肩の力が抜けたことで、さらに股関節に脱力する余地が生まれる。更にもう一度、股関節の力を抜く。略して『股抜き』な?」

アクア:

「ええ。それから?」

ジン:

「肩を抜く。こっちは『肩抜き』だ。よし、ピアノを弾くように腕を動かしてみろ」


 アクアがカウンターの方に向き直り、ピアノに触れるような感じでカウンター・テーブルに触れた。


ジン:

「股抜きを意識しながら、速めの曲を弾いてみな?」


 音のならないカウンター・テーブルを指先が叩いて、舞い踊る。


ジン:

「肩抜きを意識しながら、もう一度、股抜き~。指先の動きが必要なら、膝、足首、足指まで順に脱力していけ」


 音がないのがもどかしい。凄まじい演奏がここで行われているはずだった。繊細な指捌きがなめらか且つ高速で連続する。僕たちには音が無くて分からないままだった。

 弾ききったアクアがフィナーレの雰囲気で静寂を取り戻した。神様は喝采を贈っていることだろう。


ジン:

「……んで? ご感想は?」

アクア:

「元の世界に戻らないとハッキリとしたことは言えないけど、最も調子が良いときと同じ、いえ、それ以上ね。……もっとも、これを使えば、調子のような曖昧なものに左右されずに済むってことなのでしょう?」

ジン:

「正確には『自覚できる原因』に落とし込めるってことだな。調子の善し悪しや、巧くいかない原因が『まるで自覚できない』のと比べたら、どれほどの恩恵になるかって話だ」


英命:

「言葉もありません……」


 才能のような能力は『天から与えられた』などと言われている。これまで『神』や『天才』だけのものだった才能を、凡人に取り戻して見せたのだろう。そういう意味ではこれも『神殺し』と言えるのかもしれない。……もう大虐殺だ。


シュウト:

「ところで、どうして今までこれをやらなかったんですか?」

ジン:

「ん? タイミング的にはちょうど今からだってのもあるんだぞ。ライドが使えるようにならないと本当の威力は発揮されないからな」

葵:

「なぁる。ニュータイプにならないと、マグネットコーティングは必要にならないわな」


 超反射が発動しても、手足の動きが遅くて間に合わない、といったイメージだろうか。超反射には手足のリミッター解除が必須、という風に考えると僕たちにとっては今からが旬ということになりそうだ。


ジン:

「まぁ、先にこんなの教えたら、攻撃速度みたいな小技だけで満足しちまいそうだったし」

シュウト:

「…………ですね(苦笑)」


 逆に言えば、第1パーティー以外は『そういう問題』にさらされることになりそうだ。


リディア:

「あの、なんか凄そうだなーって思ったんですが、……これでモルヅァートに勝てるんですか?」

ジン:

「いや、無理だ」ドヤァ

リディア:

「じゃあ、なんでそんな偉そうなの!?」ガビーン

ジン:

「いい質問だ。じゃあイメージしてみろ。モルヅァートに勝つってどういう状態だ? 俺達は今のココからどうなったらいい?」

シュウト:

「えっと……」


 当然、勝つとは相手のHPをゼロにすることだろう。しかし、そのHPが2億近いのだから、こちらのMPを補充しつつ、ヘイトを管理しなければならない。強大な必殺攻撃を防ぎ、こちらは攻撃し続ける必要がある。その上で、今の僕らがどうやって強くなればいいのか?というと、お手上げになってしまう。


ジン:

「イメージしたか? ……最も安易に強くなったとすると『ジッとしたまま』勝てる状態になるイメージのはずだ。それを実現するには、たとえばメッチャ強力なバリアとかが必要になる。だが、そんなモノはあり得ない!」

葵:

「まぁ、確かにね」

英命:

「ありえませんね」

Zenon:

「そりゃあ、そうか……」

スターク:

「でも、ジンがその『メッチャ強力なバリア』の代わりなんじゃないの?」

ジン:

「それはモルタル野郎も知ってるんだぞ? 俺をピンポイントバリアとして『使いたい』のなら、お前らが工夫するしかない」

アクア:

「つまり、結論としては『ジッとしたまま勝つ方法はない』のね」

ジン:

「そういうこと。楽して勝つ方法はない。……あったら逆に危険だ」

ケイトリン:

「なぜ、危険になる?」

アクア:

「決まっているでしょう。『その方法』で私たちが攻撃されるからよ」

葵:

「それが知性を持つ敵ってことだね」


 ジン達が抱いている危機感が共有され始める。僕たちは、『何かの要素』でモルヅァートに勝たなければならない。知性があるということは、ゲーム仕様によるバランスという名目の手抜きがないという意味にもなる。今回の綱渡り感はこれまでの比ではないようだ。そもそもモルヅァートに勝てる要素なんて、あるのだろうか……?


クリスティーヌ:

「『そこ』と『ここ』がつながっていないように思えるのだが?」

ジン:

「うむ。魔法使いには関係ない鍛錬と思うかもしれないが、実際には回避ぐらいしか防御手段のないお前らにこそ必須だ。最終的に『レイドそのもの』の完成度を高めるための下準備だからな」

シュウト:

「レイドそのもの……」

ユフィリア:

「チームワークのこと?」

ジン:

「レイドを越えるレイドなんてものがあるのかどうか、理想の追求だな」


 そこから就寝までの2時間、四肢同調性の鍛錬を行った。開側芯の鍛錬と同じように、股間のVラインを手刀でこすり、周辺を丁寧にさすって意識を高める。肩抜き・股抜きを繰り返し、何重にも積み重ねるようにしながら、その場歩きをやり続けた。もうひたすらの脱力鍛錬だった。なぜか咲空と星奈も一緒にその場歩きをやり続けていた。


ジン:

「よぉ~し。今日はここまで。さっさと寝ろ。余計なことはするなよ?」

スターク:

「どうして?」

シュウト:

「寝ている間に知識や経験が整理されて、鍛錬効果が増すからだよ」

葵:

「強化睡眠記憶のサイドエフェクトを発動させるのだ!」

英命:

「なるほど。合理的ですね」


 ジン達はさっさと退出していった。


バーミリヲン:

「……もしかして、ずっとこんな鍛錬を?」

シュウト:

「そうですね、ずっとこんな感じでした(苦笑)」

Zenon:

「まじか、ぜんぜん地獄の特訓じゃねぇけど、だから地獄だな」


 『力を入れたい』という感覚が中毒的に欲しくなるのだ。それは僕自身よく経験していることだった。


シュウト:

「すごく分かります(苦笑) 脳は簡単にサボるらしくて『脳疲労を起こしにくい体質』に変えるところからやる必要があるみたいで」

タクト:

「脳から鍛えるのか……」

リコ:

「徹底してるのね。でも、そうじゃないとあの強さは説明できない、か」


 余計なことはしないように、速やかに就寝することになった。こうした鍛錬にぜんぜん納得できないだろうに、みんな従ってくれているのはありがたかった。あのケイトリンですら文句を言わなかったぐらいだ。……ただまぁ、ポジション的にはニキータの近くに陣取っていたから、主にそういう理由だろうとは思ったけれど(苦笑)







ジン:

「では本日から我々の訓練を見て貰う『シゴキ担当』を紹介しよう!」

モルヅァート:

「「うむ。モルヅァートである。短い間になるが、よろしく頼む」」

スターク:

「って」

Zenon:

「うぉーい!」


 頭痛のしそうな展開だが、モルヅァート自身が乗り気だったりするようなので、更に頭が痛い。そんな幻痛はともかく、ユフィリアがモルヅァートの前に立ちふさがった。


ユフィリア:

「モルヅァート!」

モルヅァート:

「「なんだろう? ……まさか今日も会話だけなのか?」」


 モルヅァート本人も勘弁して欲しそうなのが伝わって来てちょっと面白かった。焦っているのは、むしろモルヅァートの側だったかもしれない。


ユフィリア:

「私が言ったこと、考え直してくれた?」

モルヅァート:

「「答えは、否だ。条件に変化がなく、考えを変える契機もない。このモルヅァートを従えたくば、倒すがいい」」

ユフィリア:

「その考え方、キライ!」

モルヅァート:

「「……では、どうする?」」

ユフィリア:

「わかんない。わかんないから、考える! その間、とりあえず実力行使する!」

モルヅァート:

「「ふむ、実力行使とは?」」

ジン:

「あー、つまり『殴って反省を促す』とさ(苦笑)」

モルヅァート:

「「それは、……いいぞ! 実に『私ごのみ』だ!!」」

ユフィリア:

「ウ~!!」


 プンスカと表現したくなるようなおこり方をしているユフィリアと、嬉しそうなモルヅァートが実に絵になる対比をしていた。



 今回は戦闘になったものの、あっさりと惨敗した。

 ジンがヘイトを獲得するところまではよかったのだが、モルヅァートの『攻撃ではない攻撃』に対処できなかったのだ。ヘイトトップのジンだけを見て攻撃するモルヅァートの動きは、僕たちレイドメンバーの位置や存在を無視し過ぎていた。嵐のように動き回るモルヅァートの体積や質量に圧倒されるばかりになってしまう。最後に踏みつぶされたエリオが辛うじて生き残ったのさえ、奇跡だと思ったほどだ。


モルヅァート:

「「まだ続けるかね?」」

葵:

『ぐぬぬ。……死者の蘇生を開始。そのあと、撤退』


 ケイトリンやタクト、バーミリヲン、スタークの蘇生を開始する。ユフィリアがまずスタークを蘇生させた。


スターク:

「あー、死んだ~!」

英命:

「やはり、厳しいようですね……」

エリオ:

「強いでござる」

リコ:

「…………っ」


 無敵かと思うような圧倒的な強さを誇るレイドボスを相手に、この時から僕たちは朝晩の2回、毎日挑み続けることになった。


 


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