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164  命の目的

 

 朝食を終えたところで問答が始まった。


ユフィリア:

「ジンさん。モルヅァートのこと、倒さなきゃダメ?」

ジン:

「ん~。どうしてもって訳じゃないがな。クエストを途中でやめるのも自由だろ」

葵:

「でもそんかし、別の結果になるわけじゃん?」

ユフィリア:

「別の結果って、どういうの?」

シュウト:

「スザクモンとか、ゴブリン王みたいのだよ。クエストをクリアしないと、ああいうことが起こるかもしれないって事」

英命:

「おや。スザクモンがどうなったか見てきたのですか?」

ユフィリア:

「うん。ちょっとだけ」


 ミナミに行ってた話とかはしゃべっていいのか線引きが微妙だ。微妙なので話さないようにしている、といった具合だ。


ジン:

「そこは流せよ(苦笑) ……ともかく、起こった結果の方を止める風にがんばるのでも一応は構わないとも言える。周囲に被害が出るかどうかなんてわかんねーんだし」

ユフィリア:

「うん……」


 わからないと言いつつ、被害は出ると言ってるようなものだった。

 なんとなく、不味い結果になるかも?というところまではユフィリアも理解したのだろう。表情は冴えず、勢いも弱まっていた。


 僕は僕で、どうなるのか?というのを自分なりに考えてみることに。

 ゴブリン王のイベントは数万の軍勢による戦争状態になった。ここから類推すると、僕らのレイドチームだけではとても手に負えないような、凄まじい被害がまき散らされるような状況になる可能性もあるだろう。……たとえば数百~数千のドラゴンが飛び回り、空が黒く染まる、だとか。


 個人主義のドラゴン達に『王』なるものが現れたとしたら、統制のとれたドラゴン軍団の誕生を意味していてもおかしくない。想像しただけでかなりゾッとしてしまった。もちろん、ただの妄想だ。単に僕の考えすぎだと思いたいところである。


ウヅキ:

「めんどくせぇな。これまではレイドボス『だから』、ブッ殺してただけだしな?」

シュウト:

「そうなんですよね。ストーリーはオマケぐらいにしか思っていませんでしたし」

エリオ:

「友好的なレイドボスとは、困った話でござるね」


名護っしゅ:

「たいへんそうだなぁ?」

エルンスト:

「ふむ……」

大槻:

「友好的なフリをしているだけ、ということはないのか?」


 エルンスト達が遠慮がちに話に入ってくる。

 確かに大槻の言うように、友好的なフリをしてくるモンスターが現れたりすると、困ったことになるかもしれない。〈冒険者〉が道徳的な配慮から戦えなくなり、より致命的な結果になるケースもありえるのだから。


ジン:

「アイツは別段、友好的な訳じゃないんだが……」

シュウト:

「そうなんですか?」


 そう言いつつも、ユフィリアのほっぺ付近がプリプリしつつある。ちょっと慌てて言葉を重ねるジン。


ジン:

「いや、だから、別に俺らを殺すのに躊躇(ちゅうちょ)とか躊躇(ためら)いとかないだろアイツ。単に専守防衛風なだけだぞ」

ユフィリア:

「そうかもしれないけど……。でも良いドラゴンさんだと思う!」

シュウト:

「いや、ドラゴン『さん』って(苦笑)」

ジン:

「そもそも俺らってドラゴン殺しまくって生計たててんですけど……?」

ユフィリア:

「それとこれは別なの。モルヅァートは普通の凶暴なドラゴンじゃないでしょ?」


 反論になっていないと思うのだけど、まだまくし立てるのは我慢している風なのでつっこみは止めておいた。


ジン:

「しっかし、情けねぇ展開になりそうだなぁ~」

葵:

「もう十分に情けねーべ?」

ジン:

「そうなんだけど。……結局はブッ殺したいからブッ殺す。それ以外の理由なんてただの言い訳でしかないんだよなー」

シュウト:

「言い訳ですか?」

ジン:

「アリガチなのだと、大多数が犠牲にならないように、少数を犠牲にする、とかな。『だから殺しても良い、正しい』とはならないんだよ。目的が犠牲を出さないことだとしたら、少数が犠牲になっている段階で敗北だ。その後の敗戦処理で、よりマシな選択、より悪くない選択をするしかないところに追い込まれているだけだからな」


 正しいから殺しても良い、もしくは、殺しても正しくなる理由などはないとジンは言う。正しい・間違っているとは別のところで、『殺したいから殺す』しかない、と。


葵:

「まぁ、犠牲を出さないんだと、非正規ルートを探るしかないやね」

ニキータ:

「それは、どういったものになるんでしょう?」

アクア:

「そうね。モルヅァートを味方にする、とかかしら」

エリオ:

「なんと……!」

スターク:

「うはははは(苦笑)」


 アクアが簡単に言ってのけた。シナリオは崩壊するが、それなら悲劇は回避できるかもしれない。いや、確実に回避できるだろう。

 レイドボスに本当に知性が生まれるとしたら、シナリオや状況の不合理度によっては、こちら側に寝返らせて協力者にすることも可能かもしれない。そうしてみると、敵の知性は決してマイナスにばかり働くものではないと思えてきた。

 そうして希望が見えたと思った瞬間、アクア自身がそれを否定した。


アクア:

「今回の場合、それは無理そうだけれど」

ジン:

「だなー」

英命:

「…………」

ユフィリア:

「……?」


 どうやらジン達にはもう少し先まで状況が見えているらしい。

 しかし、どう考えても答えはでそうになかった。自分のことを好きかと尋ねてくるあの変なドラゴンを殺す理由が、果たして僕らにあるのだろうか……。







 ということでやってきましたモルヅァート出現ゾーン。ユフィリアがズカズカと近づいていく。気安い、気安いよ!と思ってしまう。


ユフィリア:

「こんにちは、モルヅァート」

モルヅァート:

「「うむ。こんにちはだ、ユフィリア」」

ユフィリア:

「えへー」にっこり


モルヅァート:

「「今回も会話が目的だろうか?」」

ジン:

「会話というか、交渉?」

ユフィリア:

「お願いがあります!」ドドンっ

モルヅァート:

「「……伺おう」」


 ユフィリアの『お願い』はレジスト難易度が信じられないぐらい高い。端からみているだけで自動的に諦めの気持ちになる『強制魔法』のたぐいだ。ジン相手に頻繁にやっている『オネダリ』は、微妙にお願い魔法ではないようだけれど、どちらにしても抵抗できたシーンとかほとんど見たことがない。(効果に大差はないのかも?)ともかく、初手から最大攻撃ということだろう。


ユフィリア:

「私たちの味方になってほしいの」

モルヅァート:

「「……全体の説明を希望する」」


 そりゃそうだろう、ということで順を追って説明する流れに。

 モルヅァートを倒さなかった場合に発生するであろう被害を抑えるために協力して欲しい、といった内容だ。しかし、説明しようとすると無理があるのが見えてくる。


ユフィリア:

「どう? どうかな?」

モルヅァート:

「「もしや、…………私のことが嫌いなのか?」」ショボーン

ユフィリア:

「なんで? そんなことないよ!?」


 どうしてそういう結論に至ったのか分からないが、モルヅァートはモルヅァートで突飛というのか、2段3段飛ばしで結論に至るらしいので過程が省略されているのは理解できた。というか、省略され過ぎていて、今度はこちらが理解できない。


モルヅァート:

「「何故か忘れられているようだが、このモルヅァートはその被害を引き起こす側の存在である。〈冒険者〉の言うところの『レイドボス』だ」」

ユフィリア:

「えっ?」

ジン:

「だよな」

スターク:

「うわぁ、自分でそれ言っちゃうんだー?」

モルヅァート:

「「その被害を防ぎたければ、このモルヅァートと戦って勝利すればいい。道は開かれるだろう」」

ユフィリア:

「それがイヤだから、助けてって言ってるんだよ?」

モルヅァート:

「「そこが分からない」」

ユフィリア:

「私も分からないよ??」


 ここでちょっとだけ間があった。


モルヅァート:

「「私のことが嫌いでないとしたら、強さに怖れをなしたか? どちらにせよ、君たち〈冒険者〉の力では、このモルヅァートを殺すことはできない」」

ジン:

「はぁ?」ピキピキ

葵:

『なぁぬ?』ぐぎぎぎ

アクア:

「フゥン?」メラリ


 当方の最強方面の方々がブチ切れそうになっているけれど、モルヅァートはただ事実を話しているつもり、らしい(苦笑)


モルヅァート:

「「なぜ倒せない相手を『助ける』ことができる? 侮辱しているのか? もしくは、助けたと『想像すること』で、私に勝ったことにするつもりなのか?」」


 なんとなく言わんとすることが理解できた。つまり僕たちは、可哀想な生き物を見る目で見られているらしかった。


ユフィリア:

「違うよ! トモダチだから、いなくなっちゃイヤなんだよ! トモダチを殺したくないんだよ!」

モルヅァート:

「「心配には及ばない。君たちに私は殺せないのだから」」

ユフィリア:

「殺す努力もしたくないよ!」

モルヅァート:

「「……ジン」」

ジン:

「あんだよ?」

モルヅァート:

「「『ここではない地』から来たのだな?」」

ジン:

「……そうだ。異世界から、精神だけな」


 短い会話から真相を看破していくモルヅァート。誤魔化すことを諦めたらしきジンが、目を逸らしつつ正解であることを告げた。


モルヅァート:

「「目的はなんだ? 」」

ジン:

「えーっと、唐突にこっちの世界に召喚されて、帰れずにいる。()ばれた理由も相手も知らん。そんで、元の世界に帰還する方法を探っている。その他のことは『ついで』だ」

モルヅァート:

「「この世界の生命として、お前達と戦うことに正当性があると私は考えるが、どうだ?」」

ジン:

「俺たちを呼び出したヤツに文句いうべきだろ、とは思うが、そっちの意見にも一定の正しさがあると認めよう」

ユフィリア:

「ジンさん!」


 エイリアンなのは僕たちの側なのだ。一触即発になるか?と思ったが、モルヅァートは確認しただけのようだった。


モルヅァート:

「「了解した。それともう一つ。元いた世界では定命の存在だな?」」

ジン:

「ああ、そうだ」

モルヅァート:

「「……おおよそ、理解できた」」


 しばらく沈黙するモルヅァートの返答を待つことに。


モルヅァート:

「「ユフィリア」」

ユフィリア:

「うん」

モルヅァート:

「「君のお願いは、受け入れることができない」」

ユフィリア:

「……どうして?」

モルヅァート:

「「このモルヅァートの願いと反するからだ」」

ユフィリア:

「やだ! いやだよ、モルヅァート!」

葵:

『ユフィちゃん』

ニキータ:

「ユフィ……」


 ユフィリアの言っていることはメチャクチャだ。どこかこうなるような気がしていた。僕はモルヅァートの言わんとすることを知りたいと思った。戦うのなら尚のこと、中途半端にすることはできない。


シュウト:

「モルヅァート、あなたの願いとはなんですか?」

モルヅァート:

「「生命の目的はひとつ。『輝くこと』である」」

葵:

『おおっ!』

エリオ:

「むうっ」

英命:

「興味深いですね」


 哲学的でもあったが、一つの真理でもあると感覚的に分かった。本当には、そうなのかもしれない。


ユフィリア:

「でも、死んじゃったら輝けないよ!」

モルヅァート:

「「その通りだ。故に、殺されてやることは出来ない。しかし、生存は前提なのだ。輝くことがなければ、生存にも生命にも意味はない」」


 相手の価値観として否定してはいけないラインを提示されていた。これを否定することは、たぶん僕たちがしてはいけないことだろう。さもなくば、命懸けで否定しなければならなくなる。


モルヅァート:

「「どちらにせよ、〈冒険者〉が想定する被害について、このモルヅァートは協力できる立場にいない。まず、その時点でここでの私は消えているだろう」」

ユフィリア:

「……どういう、こと?」

葵:

『つまり、クエストのタイムアップでモルヅァートは……』

モルヅァート:

「「正しい。生存すれば記憶は継続するが、『ここである私』はいなくなる。約束する私は過去になる。次の私が『前の、この私』の記憶に従う理由も、義務も失われる。現に今、私はそうして『ここ』に『いる』」」

リコ:

「ってことは、あなたの残り時間は……?」

モルヅァート:

「「ここでのモルヅァートの役割は、おおよそ残り15日ほどだろう」」

ジン:

「…………」

アクア:

「…………」

英命:

「やはり、そうでしたか……」


 ジン達は気が付いていたのだろう。自身を『ここ』と表現したモルヅァートは、仮初めの生命体、レイドボスなのだ。ここを離れた段階で、モルヅァートは今のモルヅァートでは居られない可能性が高い、と。

 そして残り時間を精一杯に行きようとしている。『輝こうとしている』。


モルヅァート:

「「情報を提供することもできない。得た情報を元に、君たちはこのモルヅァートを助ける方法を探すつもりだからだ。そのことにはそもそも意味がないのだ」」

ユフィリア:

「そんな! 意味がないだなんて言わないで!」

モルヅァート:

「「ユフィリアよ、生命は循環するのだ。不死である君たちは分かっていると思っていた。だから疑問だった。なぜ、私の命を存続させようとする?」」


 レイドボスもまた、リポップする。不死の存在なのだ。


ユフィリア:

「それは、トモダチだから……」

モルヅァート:

「「では、……トモダチであることを拒否するしかない」」

ユフィリア:

「っ! モルヅァートの、分からず屋!」

モルヅァート:

「「嫌いになっただろうか。……それでも、私は私であることを全うする!〈冒険者〉よ、このモルヅァートは君たちに挑戦しよう!!」」


 身を起こしたモルヅァートが力を漲らせて、吼えた。ユフィリアを庇うように前に出るジン。ニキータがユフィリアを下がらせようとする。


モルヅァート:

「「このモルヅァートを見事、倒してみせよ! 弱者が私を救おうなどと、不遜であると知るがいい!!」」

ジン:

「いいやがったな、このモルタル野郎!」

葵:

『やったろうじゃねーか!』

アクア:

「いいわ。最悪の形で、敗北を突きつけてあげる」凜っ


モルヅァート:

「「そうだ! そうでなくては! このモルヅァートと全霊をもって戦え!だが、私は決して倒されない。それでも倒すのだ! そこに『最高の輝き』があるだろう!!」」


 悲しむユフィリアを連れてゾーンを退出する。去り際、軽くモルヅァートに会釈すると、前と同じように軽く動いて挨拶を返してくれたのだった。

 奇妙な友情がそこにはあった。出来レースのような、捻れた気持ちがあった。相手の生存を、相手の命を惜しむことは、相手のためにならない。それがこの〈セルデシア〉という世界のひとつの側面だった。僕たちは、モルヅァートの為にモルヅァートと戦わなければならない。それがこの誇り高き変なドラゴンにしてあげられる、唯一のことだから……。







 ゾーンの外に出たところで、葵が一言を放った。


葵:

『とかいって、勝てりゃ世話ねーんだけどな!』


 そうだろうとは思ったけれど。やはり信じられないぐらい難易度は高いのだろう。世の中、難しいことだらけで困る。


リコ:

「でも残り15日ですよ?」

Zenon:

「やっぱ11月中にどうにかしろってことだよな~」

アクア:

「まだ15日もある、といいたいけれど……」

ジン:

「ラスボスのことを考えたら10日程度しかねーなー」


 正直なところ、10日程度で強くなれたら、誰も苦労などしないだろう。


英命:

「それに、実のところ問題はまるで解決していません」

スターク:

「だよね。結局、勝てたとして、殺せるの? アレ」


ジン:

「…………」

葵:

『…………』

アクア:

「…………」


 3人とも見事に押し黙った。まぁ、いくら相手がリポップする存在だとしても、戦うことと殺すことは別なのだろう。


ユフィリア:

「ジンさん……?」

ジン:

「まぁ、少なくとも勝てる状態にならなきゃ話にならんだろ」

アクア:

「あのふんぞり返ったドラゴンを叩きのめして、心変わりさせるわよ」

葵:

『んだんだ。少なくとも命乞いさせなきゃ!』


 心底から強いから、歪まないし、流されない。環境によって自分を捨てたり変えたりしないで済むのだろう。


葵:

『それにホラ、途中でモルヅァートが今のコじゃなくなったら容赦なくサクッていけるし?』

ユフィリア:

「…………」

シュウト:

「そ、それはそれでどうなんでしょう?(苦笑)」


ウヅキ:

「そんなのより、残りHP2~3%に追い込んだら、狂乱状態(ファナティック)で話なんか全く聞かなくなってて、倒すしかなくなってたりしてな」

スターク:

「えーっと……?」


 そんなあるあるなヤツをぶっこまれても、どうリアクションすればいいのやら……。というか、ユフィリアが(だんま)り決め込んでいて怖い。どうすればいいのか良く分からなくなって来ている。


リコ:

「と、ともかく、倒すにはどうするかです!」

葵:

『うーん。酒を飲ませて、酔っぱらったトコをサクッといくとか?』

シュウト:

「ええぇぇ?」

ジン:

「つかテメェ、そういうトコあるよな?」

葵:

『なにがだ。日本的に由緒正しい攻略法じゃんか!』

石丸:

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)っスね」

Zenon:

「気持ちはわからんでもねーけど、ラリホーとか、アストラルヒュプノぐらいにしておこうぜ?」


 冗談なのか本気なのか区別が付かないので困る。冗談めかした時ほど本気だったりもするし。


クリスティーヌ:

「ジン。気が付いていたのだな?」


 クリスティーヌが珍しく発言した。普段はスタークの近くに控えているだけなのだが。


ジン:

「まーな。期限があるだろ、ぐらいは考えつくだろ」

アクア:

「ええ。でも流石に『戦う理由』までモルヅァートが用意してくれるとは思っていなかったわね」

ジン:

「レイドボスにそこまでオンブにダッコだとか、本当に最悪だな。情けないったらねーわ……」

葵:

『…………』

英命:

「これではモルヅァートを殺す許可を、モルヅァート自身に求めたことになりますからね」

バーミリヲン:

「相手が許可したから殺してもいい。自分達に責任はない、か……」

リディア:

「もう戦うの止めたらいいんじゃない? 2度とここに来なければいいんだし……」

タクト:

「それしかないかもしれない。けど、残り15日、モルヅァートはやって来ないオレ達を待ち続けることになる」

ユフィリア:

「それは……」


 結論は既に出ているのだ。倒すのが正しいからでも、モルヅァートの願いに応えるのですらなく、僕たちが『ブッ殺したいから殺す』しかないのだと。


ユフィリア:

「だったら毎日、会いに来る! それで説得する! 最後まで諦めない!」

ニキータ:

「ユフィ……」


リコ:

「本当なら、今日の内にもう一度戦っておきたかったところですけど、あの子がああじゃ……」

ジン:

「…………」


アクア:

「ユフィリア。今のままだと貴方はモルヅァートの友人にはなれないわ」

ユフィリア:

「ど、どうして?」ズキン

アクア:

「戦った時、貴方が手を抜いたりしたらモルヅァートは喜ぶかしら? それともがっかりするかしら? 」

ユフィリア:

「……でも、殺しちゃったら、私は私にがっかりすると思う。 どうしてみんな、最初から殺すつもりで考えてるの?」

スターク:

「どっちにしても、今のモルヅァートは居なくなるんだよ?」

ユフィリア:

「でも、次のモルヅァートとだって、また仲良くなれるかもしれないでしょ?」


 そのユフィリアのセリフは間違ってはいない。次のモルヅァートが友好的じゃないと決めつける理由はなかった。たとえば、交流を深めて、良い記憶を積み重ねて行けば、次のモルヅァートとも仲良くできるようになる可能性はあるだろう。

 沈黙していたジンが、ユフィリアに言葉をかける。


ジン:

「自分ががっかりしないためなら、今のモルヅァートをがっかりさせても良いのか?」


 責める口調ではなく、淡々とした確認だった。

 かすかな逡巡を振り切り、ユフィリアは別のことを言った。


ユフィリア:

「……ジンさんも、モルヅァートを殺したいの?」

ジン:

「少なくとも、アイツを殺すのは、俺自身の意思でそうするべきだと思った時だろうな」


 なんとなくジンの心境が分かる気がした。無心だからなのだ。殺したいとも、殺したくないとも思っていない。関心はあるが、故に無関心でもある。行動によって意思を示すだけなのだ。結果『殺した』のであれば、そうすべきだと思ったから、ということだ。行動の結果を自身の責任として引き受ける覚悟、というか。超反射の使い手特有の、超然とした態度や感覚が分かるような気がした。体が勝手に動き、その結果を自身のものにする、というような。

 そしてユフィリアも同じ理解に至ったのだろう。彼女も多少なりとも超反射が使える。ジンの言う意味が理解できたに違いない。


ユフィリア:

「嫌いだから殺すんじゃないんだよね?」

ジン:

「まぁな。好きだったら殺していいのか?って話だし。でもまぁ……」

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「あの野郎は、本当に好きなら殺してくれ!とか思うんだろうな」

ユフィリア:

「うん……」

 

 ジンは説得しようとはしなかった。ただ状況を受け入れているだけ。

 だいたいからして、『殺してくれ!』といわれたら『やなこった!』とか言いそうな人でもある。だからなのか、ユフィリアも少し落ち着いたようだった。そんなに急いで殺すかどうか決める必要もなかったからだ。気負いすぎては『ゆるめない』。

 冷却時間をおく意味も含めて、竜翼人の里へと向かうことにした。







 竜翼人の里にたどり着いた。嫌がられていることは知っているので、軽く会釈して中へ入ろうとしたところ、道を塞がれてしまう。

 全体的に黒い鱗を持つ〈竜翼人〉だった。体格は大きく、戦闘に長けているらしいことが伝わってくる。


黒い竜翼人:

『また来たのか? いい加減にしたらどうだ?』

ジン:

「いろいろ聞かなきゃならんことがあんだよ」


 面倒くさそうに対応するジンだった。でも話には付き合うつもりらしい。歩みを止めている。


黒い竜翼人:

『人間が、何を知りたいというんだ?』

ジン:

「あ゛? モルヅァートのことに決まってるだろ。お前、なんか知ってるか?」

黒い竜翼人:

『“神の子”のことだな。フン。お前達ではどうせ倒せまい』


 『神の子』という呼び名に少し驚いた。神というと神竜の子という意味だろうか。実際に子孫なのかどうかといった疑問が浮かぶ。


ジン:

「だから、いろいろ聞きに来たんだっつー。だいたい、倒せなきゃお前らだって困るんじゃねーのかよ?」

黒い竜翼人:

『…………通るがいい』


 ちょっかいというか、嫌がらせしたかったようだ。

 腕に自信があるのか、血の気の多そうな〈竜翼人〉だった。人間にもあの手のタイプっているよなぁ~と思って、逆に少しばかり好ましかった。

 裏から手を回してネチネチ仕掛けてくるのではなく、正面から攻撃してくるカラッとした体育系だ。戦闘ギルドには必ず1人や2人はいそうな感じ。


 まっすぐにいつもの魔法武器屋?へ移動する。しばらく品物を眺めていると、赤い竜翼人もやってきた。


赤い竜翼人:

『ヴァーグネルを倒したのだろう?』

ジン:

「まぁな。モルヅァートにはボコられたけど」

赤い竜翼人:

『そうか。“神の子”には勝てそうか?』

ジン:

「いや、今のところは勝ち目がない」


 やはりここでも『神の子』と呼ばれていた。


シュウト:

「その『神の子』というのは? 神竜と関係あるんですか?」

赤い竜翼人:

『血の関係はない。ただ最も神に近いと言われている』

茶色の竜翼人:

『異端の金色竜だな。恐ろしく賢く、また恐ろしく強い。たいへん残虐だが、時に穏やかになるという』


 どうやら過去にも穏やかな精神状態だった時があるようだ。それはそれで面白そうな話だった。普通に考えたら『凶暴期』などと区別して考えるところだが、モルヅァート自身が主観的に別人(別竜?)になると証言している。おかげで違う視点を僕たちは得たことになる。


葵:

『戦うのに情報が欲しいから、もうちょっと色々と教えて?』

茶色の竜翼人:

『本来、竜に交流などはない。むしろ我々より人族の方が詳しいかもしれん』

ジン:

「なるほどな。そりゃ考えつかなかったぜ」


 しかし、そうなると記録を収集している組織や団体が〈大地人〉にあるかどうか?といった話になってしまいそうだ。


茶色の竜翼人:

『だが、あの竜は異端だ。魔を創り出すことができるそうだ』

アクア:

「アイテムを作れるという意味? それとも呪文?」

赤い竜翼人:

『どちらもだ』

茶色の竜翼人:

『本来、祭器のような強力なアイテムを作成するには、儀式が必要になる。我々の蓄積魔力は〈冒険者〉のそれよりも大きいが、それでも祭器を作るには圧倒的に足りない』

英命:

「儀式とは、魔力の並列的な連結ですね」

茶色の竜翼人:

『うむ。しかしビートホーフェンやモルヅァートといったドラゴンの蓄積魔力量は尋常ではない。地脈(ランドマナ)の力を使わずとも、祭器を一瞬にして創り出すことが出来る』

シュウト:

「あっ、そうか」


 MPが1億を越えるレイドボスもいる。もし知性があった場合、幻想級のアイテムを、儀式なしで生み出せることになる。

 時々、クエストにリッチのような不死者になった魔術師が出てくるが、レイドボスになって膨大なMP量が手に入るのだとしたら、そうしたメリットを得られるということになりそうだ。


スターク:

「って、モルヅァートに頼んだら幻想級装備とか作り放題ってこと?」

Zenon:

「自分を倒すための装備品なんか作ってくれるわけねぇけどな」

ケイトリン:

「……そういうことか」

アクア:

「黒炎剣はモルヅァートを殺すための装備品かもしれないわね」


 ビートホーフェンの幻想級装備が少し多かった理由がなんとなく分かった気がした。


ジン:

「俺だったら自分のための装備品を作るけどなー」

赤い竜翼人:

『特殊な個体を除けば、ドラゴンは外装を身に付けない』

葵:

『道具を使おうにも、手が回らないから?』

赤い竜翼人:

『理由はそれぞれだろうが、己の体より弱いものを使う理由がない』


 下手な鉄よりも竜の鱗の方が強い。爪や牙の硬さや鋭さは、その鱗を遙かに越えるだろう。ドラゴン同士で戦闘になった時、爪や牙は相手を倒すためのものになるはずなのだ。

 つまり人間が粘土や紙で作ったものを装備しない感覚に近そうだ。オリハルコンなどは希少金属なのでドラゴンが装備するだけの量を用意できるとも思えない。

 そう考えてみると、モルヅァートにとって、世界は『柔らかいもの』で出来ているのかも知れない。


リコ:

「凄いって話ばかりで、弱点になりそうなものは無いですね」

ニキータ:

「そうね」

石丸:

「ところで、モルヅァートはどんな祭器を持っているんスか?」

茶色の竜翼人:

『モルヅァートは我が一族の祭器を持たぬ』

赤い竜翼人:

『だが、金枝(きんし)の力を持つと聞いた』

シュウト:

「金枝?」

英命:

「『金枝玉葉』か、フレイザーの『金枝篇』といった所でしょうか?」

リディア:

「あの、どういったものなんですか?」

英命:

「はい。『金枝玉葉』は金玉の枝葉という意味で、天子、天皇の一門、皇族といった意味合いがあります」

アクア:

「フムン」

英命:

「フレイザーの『金枝篇』は宗教学・民族学・神話・魔術・タブーなどを扱った研究書とされていますね」

石丸:

「その際、金枝は宿り木のこととされているっス」

葵:

『それ聞いただけでも、かなり強い言霊だねぇ』


 その他の話でもモルヅァートの弱点の話は出てこなかった。死んだことがないのであれば、弱点もないのだろう。火克金とすれば、火が弱点になる、と言われただけである。

 クエスト失敗時の竜の王に関しても特に情報はなく、悲劇や被害の回避の目処は立ちそうになかった。


 帰り際、Zenonとバーミリヲンがお土産を渡していた。交易の準備を進めているらしい。


スターク:

「ここに何か強い武器でもあればいいんだけどね」


 クエストなしでそんな強い武器が手に入るはずもなく、自分が手に入れた龍奏弓は特別だったことが分かった。モルヅァートに通用しそうなものという視点で見たら、大抵のものは合格ラインに届くことはない。


ウヅキ:

「なぁ、いま使ってる武器を強化することって出来ないのか?」

茶色の竜翼人:

『見せてみよ。……フム、これなら素材があれば可能だろう』

エリオ:

「本当でござるか!?」


 装備方面の強化に少し光りが見えて来たが、それだけでは到底、あのドラゴンには敵わない。どうするか、その鍵はやはりジンが握っている。

 その日はフィールドを彷徨いて経験点を蓄積しつつ、アキバへ戻ることになった。


ジン:

「明日から強化合宿でもするかぁ~。お前ら、今晩から泊まりに来いよ」

Zenon:

「よし、わかった!」

バーミリヲン:

「よろしく頼む」


 合宿といっても、〈海洋機構〉の2人を除けば既に一緒に暮らしている状態だ。ここから、強化のためにどんな修行をするのかが問題である。これまでの経験からして『地獄の合宿』になる、……とはとても思えなかった(苦笑)

 

 

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