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163  最悪の敵

 

 そして再び〈金牙竜モルヅァート〉の守護するゾーンへ。

 横たわっていたドラゴンが僕たちに反応して首を持ち上げる。


ジン:

「その辺で〈消失〉(ロスト)を始めろ」

シュウト:

「はい」


 ゾーン全体が見渡せる位置でニュートラルライン呼吸法を開始する。眼を閉じている方がやりやすいのだが、今回は戦いを見ているのが目的なので、眼は開いておかなければならない。難易度はかなりアップするが、やってみせるだけのことだ。

 戦闘しなくていいので、高密度呼吸法は要求されない。中心軸を意識しつつ、呼吸の『波』を穏やかに、滑らかにさせる。波のメリハリを消していくという意味では、この呼吸法も剣舞と原理は近い。呼吸における剣舞が、〈消失〉(ロスト)なのだろう。そんな発見をしつつも、肺や呼吸に関係する筋肉をゆるめつつ、少しずつ周囲の空気に溶け込んでいくように工夫する。視線を下げると、いつしか手足が見えなくなっていた。……成功。


 いつ、どんな時に毎日の修練が試されるか分からない。努力を怠ってしまえば、こうしてジンとモルヅァートの戦闘を見ることは出来なかった。自分自身が少しばかり誇らしい。努力のご褒美なのだから、少しぐらいテングになっても許されるだろう(バレなければ(苦笑))


 〈消失〉の成功を確認したジンは、頷くと前を向いた。


ジン:

「よし、行くか」

葵:

『気張れよ、ジンぷー!』

ジン:

「ただゆるめるだけさ」


 鎧を着ているとは信じられないほどの、とろけるような歩み。モルヅァートの前に立つと一言、声をかける。


ジン:

「また来たぜ。ちょっと相手してもらえるかい?」


モルヅァート:

「「構わないとも。それがこのモルヅァートの役割だ」」


葵:

『げぇっ!!?』

シュウト:

「う、ええええええっ!!???」


 理解がぶっ飛んだ。〈消失〉(ロスト)が自動的に失敗する。そんなことも投げ出して、僕は思い切り叫んでいた。


 モンスターが喋った。


 いや、高度な知性には気が付いていたし、可能性は前々から考えてはいた。しかし、ここでレイドボスがしゃべったのはいくらなんでも予想外だった。


葵:

『なんじゃ、そりゃあ!?』

ジン:

「なに動揺してんだ?」

シュウト:

「いやいやいや、てゆうか、(しゃべ)れるんですか?」


 思わず近くに行ってしまうほどだった。一応は空気を読んで『まだ大丈夫そうだ』とか頭の隅で考えていたりはするのだけれど。


モルヅァート:

「「驚くほどのことだろうか?」」

ジン:

「だよな。……水を差すなよ、お前ら」


 嫌そうな顔のジンに対して、モルヅァートは冷静に問いかける。


モルヅァート:

「「『水を差す』とはどういう意味だろう?」」

葵:

『え? えっと、火に対して油を注いだら、もっと燃えるっしょ。逆に水をかけたら、火は弱まってしまう。だいたいこういったイメージから、勢いを弱める、邪魔をするって意味の慣用表現、になるのかな?』

ジン:

「茶道の流れじゃねーか? お湯に水を差す。温度を下げ、ぬるくするっていう」

モルヅァート:

「「素晴らしい。〈冒険者〉の知性には未知の奥行きを感じる」」


 冷静に感動しているらしい。確かに、そう言われるとそれを言語的に共有しているのは中々に高度な気がした。


ジン:

「悪かったな。じゃー、やるべ」

シュウト:

「って、ジンさん!」

ジン:

「なんだよ、うるっせーなぁ? さっさと戻りやがれ」

シュウト:

「なんとも、なんとも思わないんですか?」

ジン:

「は? シャベる設定なら、フツーにシャベるだろ」


シュウト:

「…………」

葵:

『…………』


 やはりというか、立ち直りは葵の方が早かった。


葵:

『そっか。定型文で喋るモンスターなら、喋れるのか……』

シュウト:

「そう言われると、〈竜翼人〉も普通に喋ってましたよね……」

ジン:

「お前らなぁ、知性なんかないハズ、とか侮ってんじゃねーよ。人間の恥さらしが! 常識ねぇなぁ~。……本当に、申し訳ない」ぺこり

モルヅァート:

「「気にしていない。通常、ドラゴンは〈冒険者〉に理解可能な音で話すことはできない。それゆえ〈冒険者〉の翻訳魔法を参考にした」」

葵:

『魔法を新しく作ったってこと?』

モルヅァート:

「「〈冒険者〉の理解ではそういうことになる。魔法の原理が異なるため、正確な説明は困難だ。〈冒険者〉の翻訳魔法()利用できるようにした。空間の変換を行い、音を変えることによって。これはモルヅァートにとって魔法の行使にはあたらない」」

シュウト:

「うううっ(汗)」


 相当に高度な知性を持っているようだ。音を変えるより空間を変換する方が簡単ってことらしい。もう意味が分からない。分かりたくない。


葵:

『あたしは、冒険者ギルド、〈カトレヤ〉のギルドマスター、葵! 声だけで失礼!』

モルヅァート:

「「それは『竜眼』の力として理解している」」

葵:

『こっちの2人、背の高い方がジンぷー、低い方がシュウくんだよ!』

ジン:

「あだ名で紹介すんな、バカチンが!」

葵:

『てへっ』

シュウト:

「えと、シュウトと言います。こちらはジンさんです」

モルヅァート:

「「……名前がたくさんあるのだな?」」

ジン:

「ジン、だ。」

モルヅァート:

「「プー、クン、サンは何を意味する?」」

ジン:

「呼びやすいように呼んでいるだけだ。気にするな」

モルヅァート:

「「わかった。ここはモルヅァート、金牙竜でもある」」


 モルヅァートは『ここ』と場所的な表現をした。翻訳機能のミスか、自身を表現する言語を持たないのか、判断はできなかった。


ジン:

「そろそろ始めようぜ? あんまダベってるとやりにくくなる」

モルヅァート:

「「確認する。個体名シュウトは戦わない。正しいか?」」

シュウト:

「はい。不参加でお願いします」ぺこり

ジン:

「無視してくれると助かる。だが、巻き込んで殺しても文句はいわない。気にせず思いっきりやってくれ」

モルヅァート:

「「つまり巻き込まれない方法があるのだな?」」

シュウト:

「そうです。まだ練習中なんですが……」

モルヅァート:

「「では、いないものとして扱う」」

葵:

『サンキュー!』


 ずいぶんと話の分かるドラゴンだった。これがレイドボスだというのだから二重に、何重にも、驚きだった。


ジン:

「準備はいいか?」

モルヅァート:

「「いいだろう」」

ジン:

「よし。葵、合図をくれ」

葵:

『あいよー。5秒前!』

シュウト:

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 慌ててさっきまで居た地点に戻る。がんばって〈消失〉(ロスト)を発動させなければならない。

 ジンはというと、モルヅァートに背を向け、歩いて距離を取っていた。


葵:

『3、2、1、始めっ!!』


 スタートの合図で、空気が炸裂した。ジン、モルヅァート共に初手から突進を選択。一瞬で両者は激突していた。結果を理解する前に、続けざまに攻防が連続していく。思考時間を極限までカットした超反射戦闘。かと思えば、目まぐるしく位置を変えつつ、ポジションの有利を奪い合う。


 優勢なのはジンの側だった。モルヅァートを相手にしても攻めている。被弾を抑え、攻撃を当て続ける。ここですら基本通りだ。

 ドラゴンと比較した体格の差は、同時に的の小ささを意味する。動き続け、首や腕の間合いの違いを利用することで、有利を作り出す。お手本を超越したお手本だった。誰に真似できるだろう? 否、誰にも真似できない。剣舞も、武蔵の剣も、双身体も、縮地も、荒神も、その他のまだ知らないものも含めて、すべて使っているように思えた。


 モルヅァートは、ジンの戦闘技術でもって空回りさせられていたが、それでも互角の戦いを演じて思えた。何しろHP量は膨大で、一向に減っていく気配がない。たとえば1ドット分が削られるのですら、しばらく見ていなければならないほどだ。ジンが手を抜いているからではなく、レイドボスであるモルヅァートの総HP量が規格外なのだ。

 そして何よりも、『学習する能力』が怖い。モルヅァートはジンと戦いながら学んでいるはずだった。的の小ささには、体格の大きさで当てに行く、といった具合に。


 空中で独楽のように回転すると、尻尾をまるで鞭のように使う。尻尾の中の関節を外して伸ばしているかのよう。尾の太さ、打撃の重さからか、ジンはジャンプで回避。しかし敵は空中にいる間をこそ狙っていた。尻に近い辺りの尾を激しく波打たせると、振り回している尻尾を強引に返して、凄まじい勢いの突きを放っていた。防ぎきれずに被弾したジンが後方へと吹っ飛ぶ。尾の先端からは針状の組織が飛び出し、血のような液体を付着させている。それでもジンは防いでいた。ただ盾も、鎧も穿ち貫く鋭さと威力とがあっただけだった。


葵:

『ジンぷー!』

ジン:

「毒は効かない」


 胸元の〈妖精石のペンダント〉が鎧の内側から光りを放つ。毒は無力化されていた。

 次はジン番だった。深い踏み込みからの〈天雷〉。直後に〈竜破斬〉に繋げて斬り抜ける。モルヅァートが(ひる)む隙に、脳内メニューから盾を再装備。HP残量の割合が変化。1秒ごとにモリモリと回復が始まる。


 ジンの場合、装備品によるステータス上昇値や割合が大きいとはとても言えない。特にHP量+11%のうち、その半分近くがラウンドシールド〈剛毅なる円盾 III+〉によるものだ。生命線である盾を装備しない訳にはいかない。

 そして最高位の脈動回復(リジェネ)の数倍の再生力がジンを支えていた。必然的にほとんどの時間帯でHPは最大値が維持され続けている。


 しかし、ここまではまだ想定の範囲内だった。ジンであればこのぐらいは当然でもあって、『ショッキング映像』とまでは言えない。


 唐突に、ゾーン全域が暗くなっていた。


葵:

『サテライト・キャノン!?』


 舞い上がり、羽ばたきすら必要とせずホバリングするモルヅァート。その背には満月のような丸いものが、実際の月よりも何十倍も大きな『月としか言えないような何か』が輝いていた。幻想の月から淡い輝きがモルヅァートに供給される。金色の竜鱗が、濡れたように光を帯び……。



 ――〈アイネ・クライネ・ナハトムジーク〉。



葵:

『ハイマットフルバーストかよっ!』


 広域にビームのような攻撃が拡散して放たれる。逃げ場は無かった。地面に着弾すると、超低速の爆風が広がっていく。射線を避けながら素早く逃げていたジンも、爆風は避けられないと判断。攻撃に切り替える。


ジン:

「〈ブレイジング・フレイム〉!」


 ブーストした〈燃え上がる炎〉ブレイジング・フレイムの発する竜巻めいた上昇気流でモルヅァートを捕らえ、上空へと駆け上がる。特技エフェクトの『燃える鎧』でビーム攻撃を跳ね返しつつ、突撃を敢行。


 そこから先は真っ白な爆風に飲み込まれて見ることはできなかった。

 〈消失〉(ロスト)は呼吸が必要なので少し不安だったけれど、特に問題は無かった。異次元の空気のようなものを呼吸しているのかもしれない。今度、水の中でも使えるかどうかを確認しようと思った。水中での発動は無理だろうから、歩いて水の中に入らないといけない。……服は濡れたりするのだろうか?


 視界が開けたとき、モルヅァートが墜落して地面にぶつかる所だった。ジンが叩き落としたらしい。全く規格外の強さではあるけれど、ジンが勝てないということは、人間ではモルヅァートに勝てないという意味になる。だからある意味で当然の結果だと言えた。


シュウト:

(それにしても、強いな、モルヅァート……)


 ジンが圧倒的に強すぎてしまい、むしろモルヅァートを褒めるしかないぐらいだった。まったく萎縮する気配がない。モルヅァートはまるで堪えていない。自分の豆腐メンタルとでは比較にならなかった。

 

 最早、ジンを視界の中心で捉えることができそうになかった。ちゃんと見たら呼吸が浅くなって〈消失〉が解けてしまう。ドラゴンストリームがたぶん全開になっている。ジンの前に立つことを想像しただけで、体が震えそうだった。敵の意識構造そのものへの攻撃。膨大な意識流によって相手の身体意識を破壊しつつ、ジン本人はその意識流にのって究極的なハイパフォーマンスを発揮するのだ。


シュウト:

(ああ、そういうことなんだ……!)


 一撃一撃が重くて、動きは速く機敏で、しかも巧い。『だから』強いのだろうと思っていた。

 しかし、この関係は反転していたと悟る。強いから攻撃が重くて、強いから動きが迅くて、強いからこそ圧倒的に巧いのだ。

 意識が源であり、原因となる。そして『強い』とは体のことではなく、意識のことだ。それを極意と呼ぶのだろう。極意があるから、重くて、迅く、巧い。当然のことだった。最高だから最強なのではなく、最強だから最高なのだ。


 武蔵の剣や剣舞は最高の系統の技だけれど、ドラゴンストリームは最強の系統に属する。『ジンの最強』は、相手の強さの本質・根元をすり潰して破壊する。まさしく竜の力、『竜の流』だった。


 本物のドラゴンであるモルヅァートは、ドラゴンストリームに屈することなく延々と戦い続けていた。賞賛に値した。感嘆するしかなかった。


 不意にモルヅァートの動きが止まった。ジンも攻撃を停止している。


葵:

『シュウくん? 〈消失〉(ロスト)が解けてるぜ?』

シュウト:

「あっ! すみません。MP切れみたいです……」


 夢中になって見ていたため、こちらのMPが先に空になったのに気が付かなかった。20分ぐらいだろうか。もっと見ていたかったけれど、どうやらタイムリミットのようだ。


モルヅァート:

「「蓄積魔力の枯渇か。……ここまでのようだな?」」

ジン:

「ああ。そうだな」


 言葉少なく挨拶をすませると、ゾーンの外へと歩いて退出することに。


葵:

『おっ。なんだ、終わりか?』

ジン:

「もう結果は分かっただろ」

シュウト:

「ずっと、ジンさんの優勢のままでしたね」

葵:

『だーねぇ』

ジン:

「アホか。あと5分もすりゃ、俺のMPも空になる。……勝ち目がない。負けだ」


 フェイスガードを上げ、苦々しい顔で事実を告げるジンだった。


シュウト:

「それは……」

葵:

『ま、そうだよなぁ(苦笑)』


 モルヅァートのレベルは102。最初に姿だけ見たときよりも8レベルあがっていた。ジンが20分戦って与えることが出来たダメージ量は僅か5~6%。計算して見なければ分からないが、総HP量で1億なんて軽く超えていた。


ジン:

「しかし、問題の本質はそこじゃない」

シュウト:

「……えっ?」

葵:

『こいつは、本格的にまいっちゃったねぇ~』


 ゾーンを出る前に振り返り、こちらを見ていたモルヅァートに軽く頭を下げておく。モルヅァートも軽く動いて挨拶を返してくれたようだった。







ユフィリア:

「お帰りなさい!」

レイシン:

「無事そうだね?」

ジン:

「おう。待たせた」

アクア:

「……それで、どうなの?」


 ユフィリアに葵の終点アイテムを返却し、頭を撫でてにっこりと笑いかける。それが終わってから一言。


ジン:

「やはり当初の見込み通りだな。今のところ、勝ち目がない」

Zenon:

「マジか~」

リコ:

「それでどんな感じだったんですか? 詳しく聞かせてください」


 リコが積極的になっている。勝ちたくなったと言ったのは本心からのようだ。そのことで何となく彼女を見直した。居住まいを正すような気持ちになる。


シュウト:

「僕の〈消失〉(ロスト)がMP切れになるまでの20分間、終始一貫してジンさんの優勢でした」

スターク:

「あれっ、そうなの?」

葵:

『そこまでは当然っしょ』

アクア:

「この男が対抗できないんじゃ、レイドを始める前提すら整わない」

シュウト:

「20分で与えたダメージは、5~6%でした」

石丸:

「1分あたりの〈竜破斬〉による攻撃回数は?」

ジン:

「平均したら20回、ぐらいか?」

葵:

『そんなもんじゃね?』

石丸:

「ダメージ28000点×20回×20分=11200000点っス」

リコ:

「1120万……」

石丸:

「ダメージ量が5~6%ということっスので、モルヅァートの総HPは1億8666万~2億2400万になる計算っス」

リディア:

「つまり、2億……」


 これがどれだけ大変かというと、まず〈冒険者〉の瞬間最大ダメージがアサシネイトの1万ちょっとなので、1万点のダメージを20000回与える必要がある。攻撃参加可能なのが15人ぐらいだとして……。


石丸:

「約1334回っス」

シュウト:

「あ、ども」ぺこり

石丸:

「仮に1秒1回攻撃できたとして、22分かかるっス」

リコ:

「でも1人当たり1300万点与えればいい計算な訳だから」ぐるぐる

ジン:

「……俺が20分で1000万点だったから、そのぐらいなら」

スターク:

「その『イケなくもないか?』みたいな顔すんの止めてよ!」

Zenon:

「無理だろ、ぜってぇ、無理だろ!」

英命:

「レギオンレイドで戦いたいぐらいですね」フフフ

アクア:

「1時間ぐらいならイケるかしら?」

葵:

『1時間半ぐらいみとこっか』

シュウト:

「ヴァーグネルに比べたら楽勝ですね」

葵:

『その前に10分戦えるかわかんないけどね』


 乾いた笑いが11月の空に虚しく溶けて消えた。


ジン:

「モード切り替えというか、『スタンス』を持ってるっぽいな」

シュウト:

「そうなんですか!?」

ジン:

「なにを見てたんだお前は。いいからしばらく黙ってろ」

シュウト:

「はい……」

ジン:

「機動型、攻撃型、防御型のスタンスめいたものを切り替えて使ってくる。たぶん俺たちが使ってるのと同じだろう」

葵:

『動きのパターンが部分的に変わるのはそれかぁ』

ジン:

「たぶんトグル式だろう。通常のレイドボスとは、意思をもって変えてくるのが大きな違いになっている。防御型みたいなヤツの場合、もしかすると防御力が増す可能性もあるしな」

リコ:

「その他の武器は?」

ジン:

「尻尾には毒針がある。尻尾の突き技も使って来たが、鞭みたいな速度で回避はかなり厳しい」


 その後も詳細な分析が続いたが、ほとんどは普通の〈冒険者〉では対処不能ということが分かるばかりだった。


ジン:

「纏めると全体的に強い。なによりHPが高すぎる。知恵があるから戦術そのものが通用しにくい。葵の指示が相手にも聞こえちまうのも大きい」

葵:

『ジンぷー。あたしは話すべきだと思う』

ジン:

「……フーッ。面倒な問題がもう一つ」

Zenon:

「まだあんのかよ」

英命:

「言及を避けたいと思うような内容ですか?」

アクア:

「いいわ。聞きましょう」


 嫌そうに口を一文字に引き絞ると、アゴで『お前が言え』と命じる。


シュウト:

「言葉をしゃべります。かなり流暢で、しかもフレンドリーでした」

ユフィリア:

「え?」


 ちょっと間があった。理解まで0.5秒ほどかかった。


ウヅキ:

「なんだとおおおお!?」

英命:

「それは、それは……」

スターク:

「なにそれ?」

リコ:

「モンスターでしょ? しゃべれるの?」

タクト:

「さぁ?」


 すると次の展開はこうだった。


ユフィリア:

「お話できるの!? 話してみたい!」

シュウト:

(あー、そっか、こうなるんだ)


 言い出したら、止まらない、話は聞かない。おねだりが絶妙にしつこい。ジンが泣きそうな顔をしている。全部、僕らのせいだって思っているに違いない。


ユフィリア:

「いいでしょ、お願いジンさん!」

ジン:

「って、3回目? 3回目は流石に恥ずかしいだろ?」

ユフィリア:

「私は2回目だから恥ずかしくないよ!」


 親の顔が見てみたい、と思いました。


ニキータ:

「しゃべって、大丈夫なの?」

シュウト:

「さっきは全然 平気だったよ」

ユフィリア:

「オトモダチになれそう?」

シュウト:

「うん。たぶんなれると思うよ」


 ……と言ったところでハッと気が付く。これから倒そうという相手とトモダチになるつもり?


葵:

『つまり、本質的な問題っていうのは?』

ジン:

「動機だ。俺たちにはあのドラゴンを倒すだけの『理由』がない」

アクア:

「厄介ね……」

リコ:

「そんな……!?」







ユフィリア:

「こんにちは!」

モルヅァート:

「「……再び戦闘するつもりだろうか?」」

シュウト:

「いえ、違うんです」

ユフィリア:

「キャー! すごーい!!」

ジン:

「スマン、本当にすまん!(涙)」


 ユフィリアのオネダリが勝って、僕たちは再びゾーン内へ。おっかなびっくりのリディアに大丈夫だよと苦笑いで声を掛けておく。


ウヅキ:

「本当に、会話してるのかよ……!」


 平気そうだと分かると、ユフィリアはさらに前進。ニキータは素早くその後にくっついていく。引きずられるようにしてリコと、リコを護るべくタクトも。更にケイトリンが一緒に前へ。


Zenon:

「おいおい、そんなに近づいて平気かよ?」

バーミリヲン:

「戦闘にはならないのか?」

モルヅァート:

「「こちらに戦闘の意思はない。だが戦うつもりなら応戦しよう」」

スターク:

「なんてことだ! こんなドラゴンがいるだなんて!」


ユフィリア:

「あの、触ってもいいですか?」


 あまりにも大胆である。もう図々しいとしか言いようがないというか。こっちこそ『なんてことだ!』である。


ジン:

「もう止めて!さっきまで格好良く戦ってたのに!」

葵:

『うむ。ジンぷーのライフはゼロよ、と』


モルヅァート:

「「それは認められない。触れたら戦闘行為と見なす」」

ユフィリア:

「嫌だった? 怒ったの?」

モルヅァート:

「「……怒ってはいない」」

葵:

『キレてな~い』ちっちっち

ジン:

「他人の命をチップにしてやるようなギャグか、それは!」 


ユフィリア:

「すっごく綺麗だし、カッコイイなって。……触っちゃダメですか?」

モルヅァート:

「「カッコイイと? そうなのか?」」

ユフィリア:

「うん!すっごくカッコイイよ!」

シュウト:

「今までみたドラゴンの中では、一番ですね」

モルヅァート:

「「そうか! そういうことなら、少しだけ接触を許可しよう」」

ユフィリア:

「わーい!」


 戦闘行為と見なすんじゃなかったのかなー?とか思ったけれど、なにやらカッコイイと言われて嬉しかったらしい。ドラゴンにもそういう感情があるようだ。


ユフィリア:

「うわぁ、ツルツルしてて、かたーい!」

モルヅァート:

「「そうだろうとも」」

ユフィリア:

「色も本当に金色なんだね! 綺麗~」うっとり


 そういうと、思いっきり抱きついてしまうユフィリアだった。


モルヅァート:

「「……これは、なにをしているのだ?」」

アクア:

「抱き心地を確かめているのよ」

ニキータ:

「ユフィ、もうそろそろ」はらはら


 保護者的には心配が絶えないだろうなーと苦労を察してみる。本当にお勤めご苦労様です……。


ユフィリア:

「ひんやりしてて気持ちいい。硬くてゴチゴチしているけど、なんだか温かい感じ!」にこー


 いくら何でもドラゴンに人間の美醜は通用しないだろう。じゃあ性格は?天然のあの人懐っこさみたいなのは通用するのだろうか。


アクア:

「それで、ご感想は?」

ユフィリア:

「最高!」

モルヅァート:

「「悪い気はしない」」

シュウト:

(無敵かよ!?)


 なんだかわからないけれどユフィリアが勝った。なんとも頭の痛くなるような勝利だった。


アクア:

「ところで、質問したいことがあるのよ」

モルヅァート:

「「答えられることになら答えよう」」

アクア:

「ドラゴンにオスやメスの概念はあるの?」

ジン:

「って、聞きたいことってそれかよ!」

アクア:

「黙ってて頂戴。重要な問題よ」

モルヅァート:

「「個体による」」

葵:

『ん? どゆこと』

モルヅァート:

「「このモルヅァートにオス・メスの概念や区別はない。しかし、区別のあるドラゴンもいる。推測するに、〈冒険者〉の質問には複数の前提が隠されている」」

アクア:

「続けてちょうだい?」

モルヅァート:

「「ドラゴンと呼ぶ領域の話と種族の系統に関わる話だ。〈冒険者〉がドラゴンと呼ぶ種族は複数の無関係な竜的存在の集合的な領域に他ならない。また、ドラゴンという種族を起源的な存在を前提に判断しようとしているように感じられる」」

リコ:

「そっか。この世界だとダーウィン的な進化論は通用しないんだ……」

タクト:

「それってどういうことなんだ?」

リコ:

「察するに、ぱっと現れてせ不思議じゃないって感じかな?」

モルヅァート:

「「私の観測では、〈冒険者〉も同じはずだ」」

葵:

『ログインのことかな?』

ジン:

「キャラ作成も同じ手順だしな」

シュウト:

「リポップとか復活もですね……」


 そう考えると、いろいろと無理がある設定の気がしないでもない。


葵:

『そういえば、モルヅァートって死んだことあるの?』

モルヅァート:

「「ないが、ここのモルヅァートはかつて別のモルヅァートだった」」

スターク:

「ん?」

クリスティーヌ:

「それは、どういう?」

英命:

「失礼します。死んだことがない、記憶の継続性がある、しかし、貴方ではなかった時期がある、という理解で正しいですか?」

モルヅァート:

「「その語の意味では、正しい。このモルヅァートは『ここ』だ」」


 まただった。場所的な表現。それが意味することとは、一体?


アクア:

「もしかして」

ジン:

「聖域って、お前のことなのか?」

モルヅァート:

「「正しい」」


 聖域を守護するドラゴンではなく、ドラゴンこそが聖域。そんな感じの誤解があったようだ。いや、誤解なのかはまだよく分かっていない。


モルヅァート:

「「では次はこのモルヅァートが問おう!」」

エリオ:

「むむっ」


 なんとドラゴンからの、レイドボスからの質問タイムである。なんとなく身構えてしまう。


モルヅァート:

「「とても重要な質問だ」」

葵:

『お、おう』

アクア:

「私たちに答えられるかしら……」


 なんというか、人間の意地的な意味でなんとか答えたい。こちらには石丸も英命もいる。たぶん、どんな質問が来てもなんとかなるんではなかろうか!?


モルヅァート:

「「〈冒険者〉に問う。……このモルヅァートのことが好きか?」」

シュウト:

「えっ?」


 まさか好き嫌いを尋ねられるとは予想していなかった。


ユフィリア:

「好きー!」

モルヅァート:

「「そうか!」」くわっ


 喜んでる喜んでる。尻尾がブン!ともの凄い速度で動いた。


ジン:

「なんだ、その質問は!フザけんな! 嫌いだ、嫌い!」

モルヅァート:

「「なっ」」ガーン


 嫌いと言われたのがショックだったらしく、異様な迫力というか、魔力反応が……や、やばっ。



 ――レクイエム・フォー・デス。



ジン:

「大人げ無さ過ぎだろ、このトカゲ野郎!」


 たぶんさっき使わなかった必殺攻撃だった。数体の半透明な幽鬼(たぶん死神っぽいもの)がジンに向かって飛んでいく。ダメージは無さそうなので、即死判定系の魔法攻撃だろう。

 レイドメンバー全員に一体ずつ飛んでいく設定なのかもしれない。18体の幽鬼すべてがジンに向かって飛んでいった。自業自得なのだが、この程度で死ぬような人であるはずもない。素早く走りながら1体、また1体と幽鬼を切り捨てていく。――あっ、捕まった。


ジン:

「なめんなぁ!!」


 カウンターシャウトで吹き散らして相殺。やっぱり心配するだけ無駄だった。

 その後、ヘソを曲げたモルヅァートが会話に応じなくなったため、その場を後にすることになった。


ユフィリア:

「怒らせちゃったの、ジンさんのせいだからね!」

ジン:

「んなこといったってよー?」


モルヅァート:

「「フン。ざまぁみろ」」


ジン:

「なんか言ったか、コラ?!」

ユフィリア:

「ジンさん!」

ジン:

「わかった、わかったって」

 


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