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162  敗走


ユフィリア:

「せーなっ♪」

 

 ――猫人族の少女に話しかける、無邪気な悪魔が約1名。


星奈:

「なんでしょうか!」


 ――星奈の声には気合いがあった。憧れのユフィリアに話しかけられると、なにかは分からないが、何かの期待をしてしまうのである。


ユフィリア:

「ちょっとお願いがあるの、いいかな?」にっこり

星奈:

「……はい!」


 ――出番であるらしい。星奈の心はときめいた。なんといってもお役に立ちたい年頃である。年上のおねえさんのお役にたてたら幸せなのだ。しかしユフィリアは、そんな純真な気持ちを知らず利用してしまう悪魔のたぐいでしかない。

 星奈が連れて行かれたのはジンの部屋の前であった。


星奈:

「……?」

ユフィリア:

「えへへへ。ちょっと開けて?」


 ――よく分からないまま、ドアを開ける星奈。

 これはいわゆる星奈の持つ『権利の悪用』なのだが、照れるようなユフィリアの笑いですべて無かったことになった。星奈にとってユフィリアは大正義なのだ。


ユフィリア:

「うわぁ、これがジンさんの『ホカホカお布団』だ? ……えいっ!」

星奈:

「……?、?」


 ――星奈には、ユフィリアがやっている事の意味が分からない。ジャンプで飛び乗り、布団の上で無邪気にはしゃいでいる。


ユフィリア:

「ふっかふか! あったかーい!……ねぇ、星奈もおいでよ! あったかいよ?」

星奈:

「……は、はい!」


 ――当然のことながら、呼ばれたら行く星奈である。

 もそもそとベッドに這い上がる。普段はジンの重さで限界まで圧縮されて薄っぺらくなっている布団だが、今日に限っては、本来の厚み(もしくはそれ以上)を取り戻してふっくらふかふかさんだった。


ユフィリア:

「どう?」

星奈:

「ホカホカ、です!」


 ――太陽のにおいがした。

 つまりこれは、ジンがホカホカにしたお布団を、先にちょっとだけ堪能してしまおうという姑息なたくらみであった。太陽光でじっくりと温められ、遠赤外線的なパワーをこれでもかとため込んだお布団。……しかし、ここからが本当の罠だったりする。


ユフィリア:

「ふぁあー、きもち……いー……」すー、すー

星奈:

「とっても、……あった、かい……れ」すー、くー



 ――その10分後。



ジン:

「ちょっ!? ……なんなんだよ」


 ――爆睡するつもり満々のジンが期待をたっぷり込めて部屋に戻ってくると、自分のベッドで先に寝ている闖入者2名を発見することになった。たっぷり2秒ばかり思考停止したものの、再起動すると、高速で最適解を求めて頭が回り始める。虚しい高速回転であった。


ジン:

「…………。嘘だろう?(涙)」


 ――もしユフィリアだけなら、誰がなんと言おうと一緒に寝てしまう所(勿論、それ以外にもいろいろするつもり)だったが、星奈が一緒ではさすがにそれは不味い。ベッドのスペースがないので、他に採れるオプションもない。となると、残るは叩き起こして追い出すべきか?ということになるが、それは選べなかった。男のつまらなくも悲しい見栄であり、意地でもある。

 外出時用の毛布が入った魔法の鞄を拾い上げると、部屋をそっと出てドアを静かに閉めた。半地下のソファで寝ることにして、一気にしょんぼりしたジンであった。(とほほ)







 久しぶりに呼び出されていつもの酒場へ。すでに顔が赤くなっているユーノに「遅い!」とダメ出しされた。笑顔なので怒ってはいないのだろう。だいたいこのぐらいが定形パターンでもある。


 酒場への義理として形だけお酒を注文し、形だけ口を付ける。禁酒の誓いなどを立てている訳ではないのだが、アルコールへの興味は失われているため、なんとなく放置する形になってしまう。


シュウト:

「今回はちょっと機嫌が悪そうにみえるけど、仕事で何かあった?」


 接してみて感じたことを口にしてみる。より正確には、どうやら相手の呼吸を感じ取っているようだ。呼気の荒っぽさからそんなあたりを付けていた。

 もともとジンに『ハナザーさん』というあだ名を付けられて、それを職場(という名のギルド)でもからかわれたのが始まりだ。なのでユーノのストレス解消がこの集まりの目的でもある。


ユーノ:

「別に、仕事は順調だけど」

シュウト:

「そうなんだ?」

ユーノ:

「そっちこそ忙しそうだけど、最近どうなの?」

シュウト:

「ちょっとね(笑)」

ユーノ:

「なに? その笑顔?」じとー


 不機嫌さを隠そうともせず、こちらに疑いの目を向けてくる。慌てるでもないのだが、事情は説明した方が良さそうだ。


シュウト:

「言えないこともあるんだよ。……やっぱり、〈大規模戦闘〉(レイド)だし」


 急激なレベルアップを重ねているのでユーノにはバレバレだろうと思って、そこまでは話してしまった。暗黙の了解ではあるが、レイドの情報は基本的に漏らせないのだし、漏らさない。どんなモンスターと戦っているか話せば、位置が割れてしまったり推測を立てさせてしまう。ゲーム時代からの慣習ではあるけれど、ごく自然に守ろうとしていた。……というか、実際に問題なのは〈妖精の輪〉を利用している事であって、アクアの能力などはどうしても秘密にするしかない。


ユーノ:

「(きょとん)そうなんだ?」

シュウト:

「なんで、そんな意外そうな顔なの?」

ユーノ:

「だって、嬉しそうにしてたから……」

シュウト:

「えっ?」

ユーノ:

「えっ?」


 何か話が噛み合っていない気がしたけれど、よくあることなので気にしないことに。女性が何を考えているのかなんて、理解できると思うべきではない、らしい。


ユーノ:

「じゃあ、今日は?」

シュウト:

「うん、今日は休みだった。〈209〉がオープンしたから、女性メンバーが買い物に行くっていうんで。僕は別件で装備品の買い出しのお付き合いだったけど」

ユーノ:

「じゃあ、レイド仲間の人と?」

シュウト:

「そうだね」


 デートとか言われて慌てふためく目に遭っていたのだけど、それを報告する必要はあるまい。(2人きりじゃなかったし)……さすがに傍目からみたらみっともなかったかもしれないなぁ、と今頃になって思う。要反省である。


ユーノ:

「ふぅ~ん、そうなんだー? ナニ買ったの?」

シュウト:

「鎧、だけど」


 詳しく説明しようとすると、どうしてもジンの名前を出さざるを得ない。ジンの使っている鎧の説明とかをしても雰囲気が気まずくなるだけだ。ユーノに対してジンの名は禁止ワードである。


ユーノ:

「怪しい。何か隠し事のニオイがする!」

シュウト:

「いや、ニオイとか言われても(苦笑) 鎧を買いに行くのの何が怪しいの?」

ユーノ:

「ボクの記者の勘が、怪しいと告げている!」

シュウト:

「勘って……。だって、ジンさんも一緒だったから。ジンさんの名前を出すと嫌がると思って」

ユーノ:

「あ。……そーいう、アレ、なの?」

シュウト:

「なんだと思ったの?」

ユーノ:

「いや、別に。なんでもないヨ?」


 なにやらあからさまに挙動不審気味だったけれど、深く追求するのは止めておいた。ニオイとか勘とかいっておいて、見当外れだったのでは恥ずかしいだろう。大人的配慮というやつである。


シュウト:

「……で、そっちはどうなの?」

ユーノ:

「へっ? 何が? 何もないよ!?」

シュウト:

「仕事、順調なんでしょ?」

ユーノ:

「あー、あーあー、そっちのソレね? それが、ロデ研が〈外観再決定ポーション〉を作ったとかで……」アセアセ

シュウト:

「えっ? それ、凄いニュースなんじゃ?」

ユーノ:

「あ……。言っちゃった」

シュウト:

「いやいや、『言っちゃった』じゃないでしょ?」(えーっ?(汗))


 守秘義務とか大丈夫なのだろうか……。果てしなく不安&心配になって来た。〈アキバ新聞〉の情報管理体制とか一体どうなってるのやら。


シュウト:

「えっと、……言ったらマズいヤツ?」

ユーノ:

「うん。新聞(アキクロ)の発売まで、秘密でお願い!」

シュウト:

「それは、もちろんいいけど……」

ユーノ:

「〈円卓会議〉と発表のタイミングを調整中なの。もうすぐだと思うから!」


 本物の外観再決定ポーションとは異なり、数カ所の変更に留まるというが、それでも素晴らしい発明(再発見?)だ。性別の不一致に苦しんだり困ったりしている人には朗報であろう。『妖精薬師』の二つ名はダテではないようだ。


シュウト:

「凄いスクープだね。じゃあ、お手柄なんだ?」

ユーノ:

「うーん、まぁ、そうなるのかな? でも知ってる人は知ってたらしいし。ボクがたまたま記事にするってだけだよ」

シュウト:

「でも、この話題ならトップニュースになるでしょ?」

ユーノ:

「まぁね。そうなんだけどね」にま

シュウト:

「いやぁ、流石だなぁ~」

ユーノ:

「ふふふ。あはははは! なにせ、敏腕記者ですから!」


 声が大きくなっていたためか、周囲のお客さんから「いよっ、敏腕記者!」などと合いの手が入ってしまった。赤くなったユーノがムキになって言い返したりしていた。顔見知りらしい。ともかくこれで機嫌が良くなったようで、その後はゴキゲンのまま、満足そうに帰って行った。







ジン:

「ふざけんなよ! 俺のささやかな幸せを奪いやがって!」

ユフィリア:

「ごめんなさい、ごめんなさ、い!」

シュウト:

(本当に、何をやってるんだか……)


 朝から『ユフィリアが居ない!』とニキータが大騒ぎだった。半地下でジンが寝ているのを発見し、それは変だという話に。結果、ジンの部屋で爆睡しているユフィリアと星奈が発見された。起きたジンがブーたれて、今は文句を言っているところだ。


ジン:

「何の恨みだ、何の!?」

ユフィリア:

「うーっ。だって、ジンさんのお布団いいなって?」

ジン:

「自分で自分の干せばいいだろ!!?」

星奈:

「……!……!?」おろおろ


 詳しい事情はわからないが、共犯扱いの星奈が半泣きでオロオロとしているのはどうにかならないのかと思ってしまう。星奈に文句を言うつもりはないようなのだが、可哀想に責任を感じてしまっていた。


ジン:

「あー、もう! 地下のソファで寝たから体ゴリゴリじゃねーか! 返せ、俺のぬくもりを返せ!」


 だんだん話がみみっちくなっているような気がしたが、まぁ、ユフィリアがすべて悪いので間違いない。ファイナルアンサーだ。ジンの優しさに甘えすぎなのだ。(はて、ジンさんに『優しさ』……?)


ユフィリア:

「じゃあ、ちょっとだけ返す!」


 何を思ったか、抱きついた。ハグした。ぎゅーっとした。


 僕らはビクッとなり、一部の大人たちはニヨニヨと笑みを浮かべた。思わずギッと歯噛みしているタクトを周囲視野力で捉えつつ、そうだよなぁ、と初めて意見の一致をみたような気がした。そして僕は理解した。


シュウト:

(ジンさん、爆発しちゃえばいいのに……)


 この理不尽さというか、運命の残酷さみたいなものを持て余した感情が、たぶんそうなのだろう。どうリアクションしていいのかもよく分からない。

 ワンテンポ遅れてびっくりした星奈が、走っていって横からジンに抱きついた。『自分も!』ということらしい。


 ユフィリアに抱きつかれて、『不満だらけ』→『満更でもない』にステータスが変更していたジンが、星奈の突撃で正気に戻る。


ジン:

「星奈、いい子だ。……まぁ、今日はこのぐらいで勘弁してやろう」


 厳かに宣言したつもりかもしれないが、顔の下半分がゆるみきっていて台無しである。


名護っしゅ:

「完全に黒!」

エルンスト:

「収支で考えても黒字かもしれん」

英命:

「フフフ。……ごちそうさまでした」

ジン:

「うるさいぞ。黙れ」


 英命のコメントこそ、冷静な大人の態度というものかもしれない。相変わらずの大人力の高さに脱帽である。


まり:

「……なんかジンさんって、星奈に甘いですよね?」

りえ:

「言われてみるとそんな気が」

ジン:

「なに言ってんだ、当たり前だろ?」

まり:

「でも、咲空よりも星奈に優しくしてる感じありますよ?」

静:

「それって、まさか……」

星奈:

「……?」

静&りえ:

「ロリコンだー!」

ジン:

「バカ、誰がロリコンだ!!」

静:

「自分はロリコンじゃないって言って、あたしらには冷たいのに。あれれ~? 星奈には優しいじゃないですか!」

ジン:

「それのどこがロリコンだってんだ? 普通だろ、普通!」

静:

「ロリコンじゃないんだったら、あたし達にも優しくするべき!」

りえ:

「……っていうかー、星奈にだけ優しいだなんて、あやしぃ~?」


 アクアはあらあら、まぁまぁ、という感じだ。レイシンはいつも通りに笑っていて、葵は半眼のままノーコメントである。

 もう一方の当事者である星奈はというと、よくわかっていなさそうにジンを見上げていた。

 ジンがロリコンということは考えにくいので、ならば星奈にだけ優しくしている理由が他にあると考えるべきかもしれない。


りえ:

「で? ……ユフィさん的には、そこの辺りはどうなんですか?」

ユフィリア:

「私?」


 イヤラシイ顔をして、りえがゴシップライクなレポーターのごとき突撃をかけた。性格は悪いが、的確な場所への攻撃ではある。


ユフィリア:

「うーんとね」

ジン:

「あー、なんか、布団の恨みが忘れられそうにないな~」

ユフィリア:

「ごめんなさいでした!」

静:

「チッ、ダメか」


 りえは次の犠牲者を捜して、星奈に目を向けていた。純真無垢な猫人族が犠牲になりそうな展開となり、仕方なさそうに葵が割って入った。


葵:

「あー、ちゃうちゃう。ジンぷーはロリコンじゃないよ」

ジン:

「バカ、やめろこの変態!」

葵:

「誰が変態だ!」

まり:

「だったら、どうして?」

葵:

「鈍いなぁ、見てわからない?」


 ……と言って、星奈の方を指し示す。


静:

「ん?」

りえ:

「は?」

星奈:

「……?」


 助け船を出したのは英命だった。仕方なさそうな笑顔で一言。


英命:

「星奈さんは、とても魅力的ですね。性格もですが、外見も。特に猫好きの人からすれば、触るのを我慢するのがちょっと難しいぐらいに」

ジン:

「この、クソ野郎!」

リディア:

「確かに、星奈って猫的な意味でラブリーかも」

サイ:

「(コクコク)その上、しゃべる」

ユフィリア:

「……そっか。ジンさんって家に猫がいるって言ってた!」


 そう言われてみれば、星奈を撫でたりするのをほとんど見たことがない。どちらかと言われれば、平気で女の子の頭を撫でたりするタイプなのに、だ。もしかしたら僕の方が、星奈の頭を撫でている回数は多いような気さえする。

 ……では、なぜそんな我慢を? と考えれば答えは単純。


静:

「でも、それじゃ余計に、なんで触らないんですか?」

シュウト:

「それは、ロリコンじゃないから……」

葵:

「そう。触りたいのをけっこー我慢してんのだよ」

りえ:

「いやいや、変でしょ。そんな我慢する必要が?」

ジン:

「つーか、逆になんで星奈ならいいんだよ? 子供のお前らをベタベタ触ってたら完全にアウトだろ。だいたい、親御さんから断りもなくお預かりしてるも同然なのに、こっちの都合で好きにできるかっ!」


 意外なほど常識人だった。普段と異なる真っ当な物言いに場が静まりかえる。静やりえまでもが押し黙った。ちゃらんぽらんをやっている2人にはズシンと堪えたかのように見えた。

 じいっとジンを見あげていた星奈が、つぶやくように言った。


星奈:

「さわりますか?」

ジン:

「あ、……すいません」

シュウト:

(いや、触るんですか……?)


 星奈本人の許可があればいいのだろうか?

 頭を優しく撫でているジン。気持ちよさそうに、本物の猫みたいに目をつむっている星奈。ほどなくジンの頬に、あふれた涙が一筋。


ジン:

「……帰りてぇ~。帰ってウチのにゃんこ、うにゃうにゃしてぇ~(涙)」


 しんみりしそうになった空気を一瞬でブチ壊し、『やっぱりいつものジンさんだった』と場が(やわ)らいだ。


 そしてほんのちょっぴり、早く帰りたいな、と思ったのだった。







 午後、ぼくらは〈金牙竜モルヅァート〉と距離を置いて対峙していた。

 特徴のない開けた野原のようなゾーン。聖域と言われているが、どこに聖なる要素があるのかさっぱり分からない。どちらかといえば戦いやすそうな地形だが、遮蔽物もないので逃げ隠れはできない。


 とりあえず戦ってみるという方向で作戦はなし。いや、全くない訳ではない。『ぶつかってみて判断!』というアバウトの限りを尽くしたものというべきか。どう違うのかはニュアンスと怒られるかどうかの差だ。(無策とか言おうものなら、葵さんに確実にイビられるもんなぁ)

 したり顔(声)で『我に秘策あり!』と葵はいうけれど、たぶん何も準備できていない時のセリフだ。


 モルヅァートは飛竜の成分が強めだけれど、ワイバーンと異なる力強さが備わってみえる。各種の長さや太さのバランスがよく、一言で表現すると『格好いいドラゴン』になる。金色の鱗は新品同然に輝いていて、泥とか土汚れとは無縁のようだ。いろいろと寄せ付けないフィールドを持っているか、空を飛ぶなりして定期的に汚れを落としているのかもしれない。

 ……もし、値段を付けるとしたら相当な額になるだろう。そこらの戦闘機よりも上だろうから、幾らになるか想像もつかないけれど。


 これまでいろいろなドラゴンと戦ってみた経験から、『端正な』と表現すべき顔つきは、賢さに起因するものだと感じる。

 こちらの存在に気が付いているのに、襲ってこない。逆に観察されていた。その知性に対して警戒心が鳴り響いていた。


ジン:

「始めるぞ……!」


 フェイスガードを降ろし、オーバーライド状態になったジンがまず突撃し、数メートル走って止まった。


葵:

『どうした、ジンぷー?』

ジン:

「踏み込めん。……これはなんだ?……将棋?」

シュウト:

「将棋、ですか?」


 ジンが踏み込めない理由が分からない。モルヅァートが強すぎるからだろうか? いや、そんなはずがない。


葵:

『結果が知りたい。ともかく行け、ジンぷー!』

ジン:

「どうなっても知らんぞ。……ユフィ、回避を優先しろ」

ユフィリア:

「うん!」


 再び突撃するジン。一気に距離を詰めていく。ところが、ちょうど〈アンカーハウル〉の効果範囲に入る手前でモルヅァートが動き始める。咆哮ではなく飛翔。よく引きつけてからジンを置き去りにすると、こちらに向かって飛んでこようとしていた。


エリオ:

「なんと!」

リコ:

「ウソ!?」


ジン:

「チィッ!」


 慌てて反転しこちらに戻ってこようとするジンだが、どうにも間に合わない。待っている時間すらない。


ニキータ:

「散開、回避!!」


 ニキータがほえた。急降下からの叩きつけるような着地。同時に尻尾を長く振り回して薙払ってくる。あまりにも鮮やかな攻撃だった。大胆だが計算されていて、でも強引で、暴力的。尻尾の薙払いに数人が巻き込まれた。回避の刹那、吹き飛ばされるスタークが見えた。〈聖典礼装〉が障壁を発動させ、自動的に使用者をガードしている。


葵:

『メインタンク交代! エリオ、ヘイトコントロール!』

エリオ:

「了解でござる!」


 葵は即断した。ジンの戻るまでのわずか数秒を無駄にしないためだけの交代である。しかし、モルヅァートはその更に上を行った。単なる羽ばたきをひとつ。それだけでずり下がるほどの風を発してのける。自身の巨体を浮かび上がらせる威力の風圧は、僕らの動きを封じるには十分すぎた。エリオの特技発動は阻害され、モルヅァートは位置を変える時間を得ていた。

 完全に、開幕の油断を突かれた形だった。いや、油断していたつもりはない。常識にない動きに戸惑っているだけだ。ともかくタウンティングが決まらない状態では、アクアの永続式援護歌も発動できない。ウヅキやケイトリンといったアタッカー陣がいくら優秀でも、その優秀さゆえに動けずにいた。ヘイト跳ねを生理的嫌悪感に近いレベルで拒否しているため、攻撃に転じることができない。

 この状況で真っ先に動いたのはレイシンだった。もう誰でもいいからタウンティングでヘイトを集めるべきだという意思の表明。果断であろう。しかし、モルヅァートはレイシンを牽制すると、再びタウンティング系特技の範囲外に移動してしまった。ジンの到着はその直後だった。


ニキータ:

「ブレス・モーション!?」


 ニキータが驚愕で悲鳴のような声をあげた。タイミングが早すぎる。

 ところが、吐き出されたのは『ただの風』だった。本来ならば、炎だの雷だのを纏うはず。竜の息吹と言われればそうだが、例えれば、机のホコリを吹いて飛ばすようなものだろう。しかし、僕らにすれば十分に強烈な突風だった。ドラゴンの巨大な体格と肺活量から発せられる『単なる息吹』は、僕らを吹き飛ばし、転がすのに十分な威力を持っていた。


ジン:

「この野郎!」


 ようやく追いついてきたジンが突っかかろうとした瞬間だった。

 鼓膜が破れそうな巨大な咆哮が炸裂した。ジンの十八番(オハコ)を奪うようなカウンターの咆哮は、一時的な行動不能(スタン)をまき散らした。



 ――〈ホーリーテンペスト〉。



 続けざまに避ける間もなく、『光の嵐』のようなものに襲われた。仲間の誰もが無傷では済まなかった。死者も出てしまった。葵が緊急離脱を指示し、かろうじて生き残っていたリディアが〈フリップゲート〉を唱える。呆然とする感覚の中で、空間とともに意識がゆがんでいった。


 ……絵に描いたような惨敗。敗走まで1分とかかっていない。流石にここまで何もさせてもらえないとまでは、思ってもみなかった。







 モルヅァートの戦ったゾーンの外、入り口部分に転送される。同じく死者の復活待ちをすることに。遺体が無いので、呪文で蘇生させることは出来なかった。


タクト:

「一体どうなったって言うんですか!?」


 怒気をはらませてジンの元へ迫るタクト。やはりリコの死亡がこたえたのだろう。傷つく気持ちは分かる。無事なのは第一パーティーだけだった。Zenon、英命、そしてクリスティーヌも脱落している。


葵:

『ごめん、あたしの判断ミスだ』

ジン:

「全員、復活してくるまで待て。……話はそれからだ」


 そこからしばらくは重く沈みゆく感情と向き合う時間になった。今回は本気で勝てないかもしれない。そう思わされるほどの大敗でもある。

 時間差はあったけれど、一人ひとりが転送されて戻ってくる。まだ気を失っているが、ともかく『無事に』と言ってもいいかもしれない(死んだ相手に使える表現かは謎だが)。そうして何事もなく戻ってきたリコの姿に、胸をなで下ろすタクトの表情は印象的だった。


 自然と目を覚ますの待ったため、だいぶ時間がかかってしまった。


ジン:

「まず俺からだな。スマン、あの咆哮を防げなかった」

Zenon:

「咆哮は仕方ないだろ?」

スターク:

「だね。咆哮の効果を防ぐ手段を持っていること自体がおかしいんだし」

ジン:

「仕方ないで負けてたら世話ねぇんだけどな!」


 カウンターシャウトを使えば、咆哮に付随する効果は防げたかもしれない。そもそもカウンターシャウトはタイミングをぴったり合わせなければならず、難易度は極めて高い。予期していなかったから、間に合わなかったのかもしれない。それほど唐突な咆哮だった。


バーミリヲン:

「……そういえば、あの咆哮はスタンの効果だったな」

エリオ:

「厄介でござる」


 厳密には負けたと言えるのだろうか。事前の取り決めの通りに撤退しただけともいえる。というか、ジンは戦ってすらいない。


葵:

「じゃあ、次はあたし。強さを計るつもりだったけど、失敗だった。全体的にあたしの判断ミスだ。ごめんね」

アクア:

「あの時点では間違っていなかったはずよ。初手はやりすぎにしても、リカバリーの判断は早かったし、適切だった。」

タクト:

「でも、負けは負けだ。それで仲間が死んだら、ミスだろ」

リコ:

「やめて、タクト。恥ずかしいから」

タクト:

「だが!」


 リコは立ち上がると、深々と頭を下げた。


リコ:

「すみませんでした。今度のことは私の責任です。少なくとも、死んだのは私自身の責任でした。ごめんなさい」

アクア:

「……ちなみに、何故?」


 全員の疑問を代弁したのはアクアだった。リコに責任があるとは思えない。


リコ:

「本気じゃなかったからです。悔しいし、恥ずかしい。こんなことで死んだ、だなんて。……侮ってたんです。前回のヴァーグネルにも勝てたし、今度もなんとか勝てるだろうって」

Zenon:

「それは、……俺もおんなじだ」

シュウト:

「正直、僕もです(苦笑)」


 慢心ならみんなにあったと思う。ただ、その慢心でレイドボスへの恐れを打ち消している部分もあるのだ。僕らは強い、僕らは勝てる、だから戦えるはずだ、と。


リコ:

「皆さんは全力でやってますよね。私は、ジンさんやアクアさんがいるから、普通にやってれば大丈夫だろうって。……何やってんだろ、ホント」

タクト:

「リコ……」

リコ:

「タクトだってがんばってるのに。私はそれを誰よりも知ってたのに。こんな凄い杖まで貰って、期待されているのも分かってたのに」


 前回獲得した幻想級の〈黄昏迫る明星の杖〉を握りしめる。


ニキータ:

「別に、手を抜いてた訳じゃないでしょう?」

リコ:

「自分に対する期待を裏切った。手を抜いていたのと同じよ」


 むしろ慣れないレイドに必死について来ていたと思う。彼女を責めるのは僕らとしては筋が違う。しかし、僕らの期待が重圧になったのだろうか?……そんな風に自問せずにはいられない。


英命:

「実のところ、大変に耳が痛いお話ですね」にこり

リコ:

「あっ、いえ、死んだ人が手を抜いてたって言いたいわけじゃ(焦)」

クリスティーヌ:

「大変、申し訳ない」

Zenon:

「ホント、すんません」


 笑いが起こり、リコの顔が赤くなる。


ジン:

「ともかくだ。みんな、下を向くな。顔を上げて前を見るんだ。じゃないと……」


 珍しいこともあったもので、ジンがみんなを鼓舞するようなことを言う流れに。


ジン:

「……モモ裏に刺激が入らないぞ。なんてもったいない」

Zenon:

「って、励ますんじゃねーのかよ!」


 どこまでも平常運転だった。それでこそジンなのだが、みんなもずっこけそうな雰囲気だった。

 ちなみに『このぐらいで落ち込んでるの? バカなの? 死ぬの?』とか言われるイメージしかないので、妥当なラインだと思われ。


ジン:

「ん? 俺に何を期待してるんだ? だいたい、負けた後で精神論とか、何の役にもたたないだろ」←スーパードライ

スターク:

「えー? みんながやる気になるような言葉とか、スピーチとか、いろいろあるんじゃないの?」

リディア:

「落ち込んでるときとか、何か言ってほしいかも」

ジン:

「いま必要なのは具体的な方策であり作戦だ。1%の勝ち目は、100万の精神論に勝る。やる気を出したぐらいで勝てるなら苦労せんて。それとも、さっきはやる気なかったのか?」正論

Zenon:

「いや、だから、もっとこう魂が燃え上がるような、熱いヤツをだな~」

ジン:

「……あのなぁ~? そういうのはあらゆる工夫を積み重ね、死力を尽くして戦って、それでも負けた!って連中に必要なものだろ。1分ともたずにやられて尻尾巻いて逃げだした連中にゃ、ただの贅沢だろうが!」

シュウト:

「申し訳ございませんでした(涙)」


 ご意見ごもっとも。正論・オブ・ザ・正論である。もう反射的に謝ってしまうレベルだった。


アクア:

「熱いわね、まさに魂が燃え上がるようだわ!」

スターク:

「それ、ただ怒ってるだけでしょ?」


 前置きはここまでにして、作戦会議に。


シュウト:

「それで、どうしますか?」

アクア:

「現状の分析からね」

葵:

『ジンぷーを駒として浮かせて、アクアちゃんも同時に封じちゃって、本隊にダイレクトアタック!だもんねぇ』

バーミリヲン:

「攻略されたのはこちら側だったようだな」

アクア:

「それは正しい印象でしょうね」

リコ:

「どういう意味で、ですか?」


 リコの疑問には答えず、ジンが僕に問いかけた。


ジン:

「……シュウト、おまえはどう思った?」

シュウト:

「なんというか、レイドボスとしての動きというよりも、誰か別の人、たとえば『プレイヤー』がモルヅァートを操っているような印象を受けました」

Zenon:

「そんなこと、ありえるのか?」

ジン:

「いや、ない」きっぱり

アクア:

「ありえないわね」ドきっぱり

シュウト:

「……すみませんでした(涙)」

葵:

『いやいや。言わんとすることは分かるし、そう間違ってる訳じゃないよ(苦笑)』

ニキータ:

「問題の本質は何か、ということですね」

ジン:

「ユフィはどう思った?」

ユフィリア:

「んー、なんだかジンさんとか、葵さんみたいだなって?」

リディア:

「あのドラゴンが?」


 ユフィリアの言いたいことは分かる気がした。相手のヘイト管理をつぶしたり、先読みして行動して来たりはどことなく2人の特徴でもある。


Zenon:

「いい加減、回りくどいのはよしてくれよ」

エリオ:

「はっきりして欲しいでござる」うんうん

シュウト:

「モンスターにも知性がある。〈大地人〉と同じように。もしくはそれ以上に。僕ら人間よりも高い知性を持っているのかも?」

ウヅキ:

「だろうな。そうとしか考えられない」

ケイトリン:

「相手はヘイトを中心とした〈冒険者〉の戦闘法を理解して、対抗して来ている」


 ケイトリンの発言に、納得と同時に、納得できない、したくないというような意味のうなり声を発するZenonだった。


Zenon:

「おいおいおい、勘弁してくれよ!」

シュウト:

「ビートホーフェンとかヴァーグネルって、アグロで獰猛になってた印象なんですが、モルヅァートは理性的というか理知的なままというか……」

ジン:

「正直、もう少しレイドボスっぽい動きだろうと予想してたんだがな~」

葵:

『あの羽ばたきとか、中途半端なブレスとかだな。使える要素を試してる感じもするし』

英命:

「必殺攻撃を温存し、タイミングを計って使う可能性もあるでしょう」


 通常なら使用可能になった途端に使ってくるので、リキャストタイムの終了がイコールで再使用のタイミングだ。そこで使う・使わないをモルヅァートの意思で決めているかもしれないという。


スターク:

「それって、どうなっちゃうの?」

ジン:

「そりゃ、アレとコレとソレを3連続で使ったりだろ」

クリスティーヌ:

「まさか、そんな……」

レイシン:

「はっはっは」

アクア:

「モンスター、特にレイドボスが『ゲームの仕様通り』に動いてくれることに甘えていたってことでしょうね」

葵:

『でもそれを逆からいえば、DPSは下がるって意味だから』

タクト:

「一番マズいタイミングで使われる方が嫌なんじゃ?」

リコ:

「でもその『一番マズいタイミング』を作る『別の方法』が必要になるってことだから……」


 どうやら全員がどうマズイのか、どうヤバイのかを共有したようだった。ところが、その事が逆にひっかかる。うまく言えないが違和感のような、もっと予感めいたものを感じていた。本当に僕らは分かったのだろうか。もしかして、分かったつもりになっているだけではないのか、と。


葵:

『まずはジンぷーを巧くぶつけるところからだね』


ジン:

「ユフィ、葵の『終点アイテム』を貸してくれ」

ユフィリア:

「どうするの?」

ジン:

「いくらなんでも1分足らずじゃ情報が足りない。あーだこーだ言いたくても言えないだろ」

シュウト:

「……行くんですか?」

ジン:

「おう。ちょっくら相手してもらってくる。もう少し葵に見せとかねーとな?」

葵:

『必殺攻撃ぐらい見とかないとね~』

ジン:

「んじゃ、しばらく待機しててくれ。長くても30分ぐらいだから」

レイシン:

「りょうか~い」

アクア:

「……死なないでよ?」

ジン:

「ヤバそうだったら、ちゃんと逃げるって」


 一緒に行きたかった。信頼して任せるべきだし、足手まといは邪魔にしかならないことも分かっている。それでも、付いて行きたかった。せめてレオン程度の強さがあれば……。


ニキータ:

「ジンさん」

ジン:

「ん~、なんだ?」

ユフィリア:

「シュウトが一緒に行きたいって」

シュウト:

「あ、……えっ?」

バーミリヲン:

「フッ。死にそうな顔をしているぞ?」


 仲間たちに笑われてしまった。そんなひどい顔をしていたのだろうか。


ジン:

「シュウト、一緒に来たいか?」

シュウト:

「できれば、可能であれば」

ジン:

「だが、断る!(ドン。) 足手まといはいらん」←平常運転の人

葵:

『……シュウくん、〈消失〉(ロスト)は使えるの?』

シュウト:

「えっと、たぶん。いえ、動かなければ大丈夫です!」


 戦闘で使うにはまだまだ遠い状態だし、じっとしていても緊張していると巧く行くか微妙なところだったが、ここで出来ると言わなければ男ではないと思う。自分でも無茶だとは思うが、無理とまでは言えない。


葵:

『まぁ、見てるだけならいいんじゃね?』

ジン:

「ふむ。……本当に、見てるだけだな?」

シュウト:

「はい」

ジン:

「いちいち助けないかんな?」

シュウト:

「はい!」

ジン:

「俺のガチ戦闘はたぶんショッキング映像だけど、泣いても知らんよ?」

シュウト:

「はぃ……ええっ?」


 なんか言ってることがひどくアレなのだが。少しだけ確認してみることに。


シュウト:

「ちなみになんですが、最近ガチで戦ったのは……?」

ジン:

「2つ前のビーなんとか。ベートーベンのもじりと戦った時だな。かなり楽しめたね」

石丸:

「ビートホーフェンっスね」

レイシン:

「その時だと、誰も見てないよねぇ」

シュウト:

「あの、ローマの時は……?」


 一縷の望みをかけた言葉だったりするのだが、戻ってきた言葉はやはりアレだった。


ジン:

「いくら人数が多いからって、相手が弱いとなぁ。ガチりたくても無理だし。いや、だけど一応スペック的にはMAXを大幅に更新したんだぞ」

葵:

『ジンぷー フォース ブリザード。全力を出す前に、相手は死ぬ』

シュウト:

「それ、何の特殊効果ですか……」


 そんなゆるすぎる感じのまま、僕らは圧倒的な強さを誇るレイドボスの元へと向かうことになった。

 

 

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