160 剣舞の修得
Zenon:
「遅くなった」
バーミリヲン:
「すまない、始めてくれ」
ジン:
「さて、やるか」
ニキータ:
「はい……」
レイドチーム全員が揃うったので始まった。
今日は休みの日なのだが、〈金牙竜モルヅァート〉対策を兼ね、『剣舞』という攻撃技術を学ぶことになっていた。……主に、私が。
ジン:
「今日は、剣舞をやります」
シュウト:
「よろしくお願いします!」
ジン:
「そもそも『剣舞』とは何か。正直なところ、出典とかよく分かんなかった。すまん」
シュウト:
「えっ?」
エリオ:
「なんと」
葵:
「ダメダメじゃん。だらしねーな、ジンぷー」
ジン:
「うっせ。……現代の西洋ファンタジーの父がトールキンだとすると、アジアン・ファンタジーは金庸先生辺りになんのかな? その辺かなぁ?と思わんでもない。
たとえば、ファイナルファンタジーの3 (1990年発売)だかには、もう『剣の舞』みたいなスキルコマンド?があって、弱い威力だけど4回攻撃的な技になっていたりする」
葵:
「……3かぁ。ユフィちゃん達だと生まれる前?」
ユフィリア:
「?」←1999年1月生まれ
ジン:
「そういうおっかねー話はヤメろ!
えーっと、大元の話からだな。武道・武術では、実戦での力を培う『鍛錬』だけではなく、『表現』も含まれる。型の演舞とか試演とかだな。そういう意味で表現ってのは日舞だのの『芸の世界』だけのものではない、となるんだけど、こうして分けて考えてしまっていることから、『舞』となると『あまり実戦的ではない』といった意味合いがそれなりに含まれてしまう。
……んで『剣舞』というと、日本だと詩吟に乗せて抜刀しつつ舞うものをいうが、けっこう最近のものだな」
石丸:
「剣詩舞とも言われているっスね」
ジン:
「その他にも、昔の朝鮮で剣を持って踊る舞が『剣舞』とされていたりする。まぁ、普通に辞書だとかに出てくる範囲の知識だな。
でも剣が生まれて以降、あちこちで剣をもって踊るぐらいのことはしているから、これらは単に『踊りの話』なのであって、武術の技とは関係がない」
そういえばロシア方面で『剣の舞』とかいう曲があったような……?
ジン:
「中国だと峨眉剣が剣舞っぽい動きをやってて有名かな。
あと古い時代の中国に『刀舞』とかって武術があったらしいから、その辺も関係してそうな気もする。ただ、三国志ぐらいの時代から剣は演舞専用とかって話も聞くし、研究者でもなきゃ追いかけるのは至難じゃねーかと思う。いや、俺の知識が足りないだけって可能性も否定できないんだけどなー」
アクア:
「なるほどね。……で、どうするつもり?」
ジン:
「うむ。歴史的に『本物かどうか?』はともかく、『剣舞』と呼称するに相応しい『概念』は存在する。ちょっとイデア論的というかね」
ユフィリア:
「イデア論?」
ジン:
「んー(苦笑) 理想論というか、観念論、観念世界論って感じかな。現実で『歪んだ三角形』しか見たことがなくても、それが三角形だということが人間には理解できる。なぜならば、『真の三角形』を我々は無意識の内に知っているからだ。それは理想の世界・イデア界にそうした真の三角形が存在しているからだ!とかなんとかって言うんだよ。古代ギリシア辺りの哲学だったと思うが」
英命:
「フフフ」
ジン:
「てめ、センコー。笑うんなら説明代わりやがれ!」
英命:
「いえいえ。大変、興味深かったもので。失礼しました」
ずしーんと重みを増したジンが、哀愁を漂わせ始めた。
ジン:
「フッ。やっぱ向いてない。俺、こういうの教えたりすんの向いてない」
葵:
「おおぅ。一撃でバッキバキやん」
古いゲームの話から辞書の知識、歴史、哲学と分野を横断して説明しようとしている。使えるものは何でも使おうとする辺りがジンらしいというか。
シュウト:
「ジンさん、折れてないで早く続きを!」
アクア:
「情けない男ね」
ユフィリア:
「ジンさん、ファイト!」
ジン:
「ムリだ、トニー……もうやる気がでない」
葵:
「『ケロッグ』か『24』かハッキリしろ!」
どうにか持ち直して続きへ。
ジン:
「剣舞について語ろうとする時、私は、日本武術における重大な過誤を指摘しなければならない」
ユフィリア:
「テンションが変……?」
葵:
「そこはツッこまないでやって」
ジン:
「しばしば『無拍子』と呼ばれるものは、いわゆる防御側が『気が付いたら当たっていた』、という状態になる技のことだ。あえて言えば、『防御反応不能攻撃』、ぐらいになるかな。……だが、これは『無拍子』ではなく『先の先』というべきであろう」
エリオ:
「ほほぅ……?」
英命:
「では、無拍子とは?」
ジン:
「拍子とは、つまりリズムのことだ。従って無拍子は『リズムなし運動』のことを言う。これが概念的に剣舞へとつながっていく」
アクア:
「非リズム運動。アナログ的、もしくはリズムに対する『メロディ』ね」
アクアは既に何か知っているらしい。
ここで一度まとめると、
無拍子 = 防御反応不能攻撃
……というのが半ば常識になっていたらしい。しかし、
無拍子 → 先の先
……と変わるのが正しいという。従って、
先の先 = 防御反応不能攻撃
……となる。そして、
無拍子 = 剣舞
……という関係に。
ジン:
「ここからは先に体験してもらおうか。外に行くぞ?」
ユフィリア:
「はーい!」
葵:
「あたしは水晶球で参加~」
アキバ近郊の適当なゾーンへ。シュウトボッコボコ棒を柔らかくもったジンが、私服のままで立っている。
ジン:
「完成された剣舞は、武術における究極技のひとつだ。相手の防御反応そのものを喚起させずに、攻撃・防御ができる。体験したきゃ、掛かってこい。何人でもいいぞ~?」
シュウト:
「いきます」
エリオ:
「いくでござる!」
ウヅキ:
「へっ、痛い目みせてやる」
クリスティーヌ:
「興味深い」
ケイトリン:
「まぁ、試してみようか」
レイシン:
「んー、たまには参加しようかな?」
ユフィリア:
「じゃあ、私も!」
ジン:
「ユフィリアはダメ」
ユフィリア:
「えーっ? なんでー?」
ジン:
「鎧を着てないから。あと、回復係が必要だろ?」
ユフィリア:
「ぶーぅ」
ジンにユフィリアを斬る趣味はないのだ。その辺りは信用してもいいい。問題は私の方かもしれない。
ニキータ:
「……これって私も参加した方がいいですか?」
ジン:
「どっちでもいいけど、……いや、最初は見ておけ」
葵:
『ケッケッケッ(笑)』
ジン:
「笑ってんじゃねーぞ、ロリちび!」
武器を構えて集結する物理アタッカーたち。
この人数だといくらジンでも?と思ってしまいそうになる。だが、この間の衛兵は更に人数が多かったのだから、そう考えると問題にならないはずだ。
リコ:
「タクトは?」
タクト:
「ああ、オレもやってみる」
ゆらゆらとゆらめき、ゆるませていくジン。意識の密度がやたらと濃い。自然現象としてあり得ないほどの濃さで空気の層まで厚くなっていそうな気がする。この異世界では魔法が使えるのだから、ああしているだけで魔法的な現象が発生していてもなんら不思議ではないのだ。
ジン:
「ルールはシンプルに、斬られたら座ること。クリーンヒットな。逆に、俺に一発でも当てられたら、そこでお前らの勝ちになる。……全力で来いよ? そっちに手加減されると、上手く行かない時があるからな」
シュウト:
「分かりました」
場が静まる。風が吹いて木々を揺らすザワザワとした音だけになった。……唐突だった。戦士達がジンに向かって殺到する。むき出しにされる殺意と暴力。見ているだけのこちらが縮こまりそうになる。
力感のない柔らかな動きで、シュウトを、そしてエリオを斬り捨てていくジン。止まることなく動いてどんどん場所を変えていく。続けてウヅキが座った。人数が減ってよく見えるようになる。間をおかずZenonに一撃見舞い、タクトのパンチ連打を左腕で巻き取って投げ、クリスティーヌの防御をすり抜けて斬り抜ける。バーミリヲンも脱落。レイシンがジンの攻撃をなんとか避けたが体勢を崩したため大きくジャンプして後退。その際、ケイトリンが狙い澄ました攻撃を放つ。しかし、それも最初から分かっていたみたいにスルリと躱してカウンター。最後に残ったレイシンも、奮戦虚しく、ジンがいつの間にか持ち替えていた左腕による斬撃に対応できずに座っていた。
ジン:
「はい、終わり」
ジンの勝利であっけなく終わっていた。
スターク:
「まぁ、いまさら驚くことでもないんだろうけど」
リコ:
「やっぱり、衛兵を倒した時の……」
言葉もないとはこのことだろう。圧倒的に強い。手抜きみたいな戦い方なのに、それでそのまま強いのだ。柔らかい強さというのか。相手の殺意や暴力と関係ない場所にいて、だから一方的に倒せた、ぐらいの感じになっている。
相手の攻撃がどうにも勝手に外れていくように見えるのだ。それはジンが動いた結果なのだが、彼らの実力でもやっぱり『そうなってしまう』ようだ。
シュウト:
「すみません、もう一回お願いします!」
ウヅキ:
「ああ。正直、マグレで一撃もらったみたいな感じで、納得できない」
ジン:
「はははは。じゃあ、続けるか。今度は斬られても座らなくていいぞ」
ユフィリア:
「じゃあ、回復するねっ!」
しかし、というか、やはりというべきか、状況は変わらなかった。攻撃特技も駆使して襲いかかるのだが、スルリスルリと受け流し、ジンが一方的に相手を切り捨てていった。座らないのでどんどん傷が増えていき、それを回復させようとヒーラー3人がフル回転で呪文を投射していく。
アクアが高見の見物なので、私も、ついでにリコも手を出さないでいた。
ジン:
「まぁ、こんなもんだろ」
アクア:
「……酷い有様ね」
レイシン:
「はっはっは」
レイシンがパスしたこともあって、さきほどよりも更に、散々な結果に終わった。
英命:
「今のが、剣舞ですか?」
ジン:
「そうだ。俺がやったのは簡略化したものだけど。……術理は分かったか?」
ニキータ:
「大体……」
上手く説明できそうにはないが、再現すること自体はできるだろう。体の意識が私より先に理解してくれている。
ウヅキ:
「チキショウ、なんだってんだ? 当たらないし、避けられない!どうなってんだよ!?」
ジン:
「はいほい。言葉でもいちおー説明しておこうか。……この技の要点は、相手の防御反応などを『喚起しないこと』だ。その為には、技という『区切り』があってはならない。たとえば5工程の技があったとする」
斬る→突く→斬る→突く→斬る で5工程。ひとつひとつの技をキッチリと形にし、それをジンが繰り返した。
ジン:
「これが区切りのある状態。じゃあ、次に区切りを無くしていく」
斬った後で突く、というより、斬りながら突くという感じに変化した。技に終わりがなくなり、次の技の始まりとくっついて消えている。文章だと『斬りながら突きながら斬りつつ突きつつ斬った』ぐらいの接続感になる。
スターク:
「なんだかにゅるにゅる動くね?」
Zenon:
「もっとビシッ、バシッ!ってのの方が好きだな」
シュウト:
「ハハハハ……」
ジン:
「ともかく、これが『無拍子』的な動作ってことだ。これの場合、元ネタに金庸の『笑傲江湖』って小説がある。武侠小説っていって、まぁ、今で言うラノベみたいな作品だな。オススメ。えーっと、主人公・令狐冲が会得した独孤九剣というのがあって、今やったみたいに、技と技の間を無くしてなめらかにしてしまうことで、『技という形』を無くした訳だ」
もうひとつ実例ということで、シュウトを前に呼んで相手をさせる。
ジン:
「普通に今の5工程をやるから防げ」
シュウト:
「防ぐだけ、ですよね?」
ジン:
「なんだよ、実例で反撃する気か?」
シュウト:
「いえ、ただの確認です!」
斬る、突く、斬る、突く、斬る。シュウトは問題なく防御し、躱し、受けてみせた。当然といえば当然なのだが、なんとなく「おお!」と歓声が起こった。ジンの攻撃を捌いただけで、もう声が出てしまう状態だった。
ジン:
「じゃ、無拍子な。同じように防いでみ?」
シュウト:
「はい……」ゴクリ
生き物のような動きに変わる。切っ先が蛇のように蠢き、ジンが違和感の塊に変じる。それは同じ身体意識を持つ私にだけ分かる違和感だろう。
動くと同時にリズムが消え、『シュウトとの関係』から次の動きが生成される。次の攻撃は分かっているはずなのに、言ってしまえばタイミングも動作もまるで分からなくなる。そこには『無限の変化』が内包されていた。
バラバラだった5つの攻撃が、1つの5連続攻撃技になった。しかしそう考えると『間違って』しまう。もっと関係としては密であり、完全に1つの流れになっている。その中に5つの攻撃要素(攻撃判定?)が含まれていた、ぐらいの言い方をするべきだろう。
かなり防ぎにくい様子で、シュウトはおっかなびっくりの大げさな感じでかろうじて避けていた。そのまま最後までどうにか凌ぎきることに成功する。
シュウト:
「ふぬはぁ!」←必死すぎて変な声が出てる
ジン:
「む、しのいだか。……割とやるなぁ~」
エリオ:
「す、凄いでござる!!」
シュウト:
「やった、やりました! 今、強くなったかも?って実感が!(感涙)」
喜びも束の間、冷たい表情のジンが一言付け加えた。
ジン:
「……おまえ、後でペシャンコの刑な」
シュウト:
「ええええ?! そんなぁ~(涙)」
Zenon:
「容赦ねぇな」
葵:
『平常運転だーねぇ~』
スターク:
「そんな平常運転、イヤだよ(苦笑)」
肩を落としているシュウトを無視して先を続けるジンだった。
ジン:
「今のが無拍子であり、剣舞の原型となるものだ。ある程度センスがあれば、攻撃や防御に応用できるだろう。……しかし、ここからは残念なお知らせだ」
アクア:
「残念?」
葵:
『なんの話だ?』
ジン:
「まず、これらは特技に応用できない。ゲーム的な特技は、特に武術の一部分を強調したものだからだ。デジタルとアナログを、それぞれ『ビシ!バシ!』と『にゅるにゅる』とに言い換えるなら、特技はビシ!バシ!世界の産物なんだ」
スターク:
「特技と特技の間をなめらかにつなげれば……、いや、そうか」
ジン:
「そう。技後硬直や入力時の発動時間なんかで区切りが明確に作られている。クラスによって特殊な特技はあるかもしれんが、そうした例外は今は考えないことにしよう」
アクア:
「まだ問題が残っているわね?」
ジン:
「ああ。無拍子とは『アナログ化』だ。メロディ的な『流れ』に変えてやるわけだけど、これは単に『平坦な一本調子』にすればいいってものじゃない。その逆なんだ。しかし、緩急やメリハリを付けると、どうしてもデジタル化して相手に反応され易くなっていく」
英命:
「メリハリを付けると、にゅるにゅるがビシバシに近づいていく。ビシバシには反応されやすい、となるのですね」
ジン:
「そうなる。するとどうなるだろう?」
シュウト:
「えっと……?」
だいたい理解している範囲なので、答えを口に出してしまう。
ニキータ:
「ダメージ出力の低下、です」
ジン:
「正解だ。筋力を発揮しようとするとメリハリが付いてしまう。すると本質的な意味で剣舞ではなくなってしまう。だから、剣舞では強い攻撃は出せない、となる。
現実世界であれば、弱点部位を剣がかすめただけで殺せてしまう可能性はあるんだが、こっちの世界にはHPがあるから……」
葵:
『絶対的にダメージ値が必要。そっか、剣舞ってダメージ出力が出せない技なんかぁ~。はー』
ユフィリア:
「じゃあ、いっぱい殴るとか?」
リコ:
「攻撃回数を増やしても、弱い威力じゃ硬い敵には防がれてしまう。でも力を強めたら剣舞じゃなくなってしまうんだから……」
ジン:
「そ。力感やパワーに相手は反応し易い。剣舞の『舞う』という性質は、ある意味で力感の無さを表現しているんだ。従って剣舞、特に無拍子という攻撃技術は、『机上の空論』という結論に至る」
シュウト:
「それなら、スピードでどうにかするというのは?」
ジン:
「いや、スピードだって高めようと思えば筋力使うだろ」
アクア:
「フムン」
ちょっと残念、というムードに。
ジン:
「な、わかったろ? 以上だ。もう解散していーぞ? 休みの日に、早くから悪かったな」
そうしてジンが解散を宣言した。どうにも意地の悪い話であろう。
Zenon:
「……って、んなわけあるかよ!」
ウヅキ:
「フザケろ。さっき、斬られたまくったのに、ここで終わりだと?」
バーミリヲン:
「いわれてみれば、低レベル用装備とは思えない重い攻撃だったな」
シュウト:
「そうでした!」
エリオ:
「確かにそうでござる」コクコク
それはそうだろう。この流れは嘘なのだから。ジンに注目が集まる。
ジン:
「……まー、そのために先にやって見せたんだしな」
アクア:
「意地が悪いわね」
スターク:
「えーっ? ちょっと、どういうことなの?」
ジン:
「だーら、『じゃあ、どうすればいいか?』ってコトになるだろ。つまり、剣舞は剣舞の理屈だけでは成立しないんだよ」
シュウト:
「それは、そうですよね……」
ユフィリア:
「ニナ?」
答えは分かっている。なぜならば、『もう見せてもらった』から。
ニキータ:
「つまり、力感をもたないまま動き、攻撃すればいい。……ですよね?」
ジン:
「その通り」
スターク:
「だから、それはどういうことなの?」
ジン:
「筋肉に頼らずに動き、威力を生み出さなきゃならないんだよ。BFSにして、剣に変わる身、重性世界、水レベルのフリーライド、それと進垂線もあった方がいい。それらを組み合わせれば、力感なしで筋力と同じか、それ以上の威力を出せるようになる」
葵:
『ゴージャスなオンパレードだ。絢爛舞踏ってか』
ジン:
「そうな。もうこうなると、術理とか仕組みの話じゃない。完全に身体開発度の問題だ。だから俺にしかできない。……いや、俺以外はニキータにしか出来ない、だったな」
ニキータ:
「はい」
分かっていることとして頷く。今の私にはほぼ間違いなく、使いこなすことができる。
英命:
「身体開発度を代替できるものとなると、やはり機械ですか?」
葵:
『銃とか? 銃を使った剣舞となると、銃舞かな?』
ジン:
「それならガン=カタでいいだろうが」
アクア:
「ライトセイバーでもいいのよね?」
ジン:
「……おまえ、スターウォーズ好きな?」
アクア:
「何よ、いけないの?」
ジン:
「いえ、別に……」
出番が来たようなので用意を始めた。これからジンとの一騎打ちをやらなければならない。自分の気持ちとしては恐ろしいのだけれど、ある程度まで『戦えてしまう』だろうことも、もう分かっている。
ニキータ:
「用意できました」
ジン:
「問題は、手加減したままで俺が勝てるかどうかってことだよなー」
ジンが勝つのは確定していて、その上でさじ加減が問題だった。しかし、それだとジンにとってはあまり面白くないだろう。自分が関わっている意味をどうにか持たせたいところだった。
ニキータ:
「とりあえず、どういう形でやりますか? いきなり剣舞とか?」
ジン:
「いや、普通に戦えばいい。俺は途中で適当に混ぜるけど、そっちは好きにやれ」
ニキータ:
「わかりました」
ジン:
「それと、……意識を入れ直せ。ずいぶん劣化してるぞ」
ニキータ:
「はい(照)」
一度抜いてから、『ジンの意識』を入れ直す。清明として澄み切った身体意識に変わり、世界が明るく感じられる。この入れ直しが楽しみで入れっぱなしにしている部分もあった。
ジン:
「はじめるぞ~」
ニキータ:
「いきます!」
メイン用の剣と盾だけもったジンが早く始めたがって剣をフリフリさせてくる。
先制攻撃をしかけようとしたタイミングで、剣を強く叩かれていた。後の先である。踏み込みに反応できていない。手が痺れる激しさだが、体を切らなかったのは手加減の証だろう。
ニキータ:
「ぐっ!」
ジン:
「もうちょっと抑えるか……」
ジンの戦闘スタイルにまったく対処できない。双身体だ。右半身と左半身がバラバラに独立して動作していて混乱しそうになる。ちょっとした理解不能が内包されているようなものだ。
〈フェンサー・スタイル〉による片手剣の威力強化も、当たらなければ意味がない。ジンが3段階ほど実力をセーブしたところで、ようやく対抗できるようになってきた。
ジン:
「むっ!?」
ニキータ:
「ハアッ!」
噛み合ったと分かった瞬間に攻めへと転じる。キャラ特性であれば、攻撃力や機動性、移動力でこちらが勝っている。その辺りを上手く使わないといけない。左へ、左へと素早く回り込む。盾を封じれば同じ片手剣同士になるだろう。剣対剣であれば威力の分だけ優位に立ちやすい。
素早くジンの剣を払い、隙を作ろうとする。数度の応酬から、剣が絡まりあうように鍔迫り合いに。
ジン:
「そう簡単にやらせるかよ」
ニキータ:
「では、これでは?」
至近距離から『剣舞』を発動させる。ジンも同時に剣舞で対抗してくる。剣舞同士の対決だ。剣を合わせることで急速に理解が進んでいく。元からそれが自分のものだったかのように、剣舞という技術を吸収して『取り戻して』いく。
右へ、左へと、動きながらの剣撃は、2人でクルクルとダンスしているかのよう。
ニキータ:
(ああ、しあわせ……!)
殺意を伴わない死の剣が、幾往にも乱れ舞う。生と死の狭間での綱渡りは、しかし逆にこれ以上ない安心感を私にもたらした。常に心のどこかに死への恐れがあった。それが今のこの瞬間、はっきりと眼前にある。そうして顕在化したことで『怖れの対象』ではなくなった。認識できるものは、そう恐ろしくはない。
剣とは、武とは『生きるため』のもの。脈動し、躍動する体は、生きようとする意思に満ちていた。生死の狭間で、私は命の喜びを謳歌する。祝福の舞を踊りながら。
ユフィリア:
「ニナ、きれい…………!」
ジン:
「水が高い位置から低い位置へと流れるように。『流水の剣』で相手の防御を突破するんだ」
ニキータ:
「はい」
相手の防御という『意識の高い位置』をごく自然と避けるように、斬撃にならぬ斬撃を、放たぬようにして放つ。拍子もなく、殺意もなく、力感もなく、斬る感覚も曖昧なまま、無限の変化の中から、そのひとつひとつを丁寧に、選ぶでもなく選ばれるようにして選んでいく。
無の一瞬に放たれた剣を、ジンが受け太刀して防ぐ。足が止まって、動きも止まっていた。
シュウト:
「止まった……?」
勝った負けたよりも、この流れが止まってしまったことを残念に思った。ずうっとこのまま続けていたかった。
ジンの剣が下段に下がる。自然と間合いを取って、守りの構えを取っていた。警戒心が何段階も自動的に引きあがる。相手の強さに合わせて、体がゆるんで柔らかくなっていく。
ジン:
「花を持たせてやってもいいかなと思ったりはしたんだが、……諸般の事情で負けてやれなくなった」
ニキータ:
「そうなんですか?」
ジン:
「悪いな、許せ」
もしかすると、強すぎたのかもしれない。ジンの基準で負けを受け入れられない理由までは、流石に分からない。記憶まで共有しているわけではないのだから当然だろう。
ニキータ:
「まだ途中ですけど、どうでしたか?」
ジン:
「いや、すばらしいね。俺自身の分身モンスターとどこかで戦うこともあるだろうと思ってたから、対策的にもありがたいしな。課題の剣舞もどんどん良くなってる。正直、これならしばらく楽しめそうだ(xxxxx)」
ごく小さな声での呟きが追加される。本来聞こえないはずのものだが、〈吟遊詩人〉の耳だとなんとなく聞き取れてしまう。『本命が来るまで』とかそんな感じの内容。察するに、本当の本当には『彼』を待っているのだろう。そのことに喜びと満足を感じていた。自分はどうしようもなくニセモノでしかない。この役ばかりは彼に任せるしかない、といった負い目も確実にあるのだから。
そこから決着までは一瞬だった。殺意に反応してとっさにカウンターの斬り抜けを放つ。ジンにとっての最高の技。しかし、結果はその逆だった。先に打たされ、胴を薙払われる。おそらくは剣舞とはまた別の究極、『武蔵の剣』。
ニキータ:
「参りました」
ジン:
「おう。とりあえず、こんなもんでいいだろ」
レイシン:
「さすがにもう、勝てそうにないなぁ」はっはっは
朗らかに、平和そうに笑うレイシン。
しかし、周囲のレイドメンバーは黙り込んでいた。その気持ちは理解できる。ほんの少し前までは、自分も黙り込む側だった。圧倒的な技や才能、強さを前にした時、人は自らを推し量るモノサシを突きつけられてしまうのだろう。
葵:
『あたしから見てもかなりのモンなんだけど、どのぐらいの強さ?』
ジン:
「俺の意識を使って簡単に負けてもらっちゃ困るんだが、そうだなー、オーバーライドなしなら、ほぼ最強クラスかな」
アクア:
「当然、そうでしょうね」
ジンの意識を何割かだけでも使わせてもらっているのだから、簡単に負けてはダメだということを肝に銘じることにする。そう考えると、今までは死ななければいいとか、最悪の展開にならなければ別に負けても良いと思っていたことに気が付く。……それは今となっては自分ですら良くない傾向だろうと思う。
ジン:
「ニキータ。タイマンはいいけど、実戦だと絶対に負けないってほどでもないから、気を付けろよ?」
ニキータ:
「はい」
ジン:
「そうやって急激に強くなると、普通はバランスが取れなくなるもんだ。 自分で『どうにか』しようと突っ込んでいって、後ろの仲間がやられたりとかな。それじゃ意味がないんだ。前にも言ったと思うけど、強さと力は別のモノだ。強さはパッシブスキル。力はアクティブスキルだぞ。だから力ってのは『使い処』の見極めが肝心なんだ」
自分が手に入れたものはどちらかと言えば『力』なのだ。
ジンやアクアはそこに居るだけで別格の存在感がある。(……普段のジンさんはのんびりグダグダで口の悪い普通の人だけど)そう考えてみれば、葵やレイシン、ユフィリア、英命といった人たちは場の雰囲気を変えてしまうような強さがあった。
ウヅキ:
「なんだ? 結局、アタシらは斬られ損か?」
ジン:
「まぁそういうなって。けっこう貴重な体験だぞ」
ウヅキ:
「アンタにしか出来ないんなら、警戒する必要ないだろーが!」
葵:
『ちげーねー(笑)』
クリスティーヌ:
「いや、なぜ、レイドメンバーを集めた?」
ジン:
「動き回る敵のやりにくさを知っておいて貰おうと思ってな」
この日は短めだが解散の流れに。明日の集合を約束して、後は自由時間だった。
リコ:
「今日って、どうする気?」
ユフィリア:
「〈209〉がオープンするから、遊びにいこ!」
ほぼ、それが理由で休みになっていたりする。
〈209〉はアキバ初となる、被服専門の大型店舗だ。混雑が予想されるが、さすがにオープン前の行列にならぶつもりまではない。そういう『がっつき』かたをするつもりがないということと、アキバにいる全部の女性があつまっても4000~5000人なので、そこまで混まないだろうという計算も少々。
ユフィリア:
「ジンさんってば、今日はどうするの?」
ジン:
「お布団を干して、ホカホカにする計画だ」
シュウト:
「天気、良さそうですもんね」
ユフィリア:
「なんか意外!」
ジン:
「くっくっく。ホカホカのオフトゥンで爆睡。完璧な計画だぜ」
どこまでも邪悪な顔つきだが、言ってる内容は平和そのものであった。
葵:
『……タクトくんさー』
タクト:
「はい。なんでしょう?」
葵:
『うんにゃ、今はレイドメンバーだし、ウチのホームで寝泊まりしてもいいよ。つか出てこいや!』
タクト:
「いや、しかし……」
若干名、目つきに不穏な色が混じっている人がいるような気がする(笑)
ユフィリア:
「そうしよ! リコちゃんもいるし、いいよね?」
リコ:
「うーん、それは、えーっと……」
たいへん歯切れが悪いリコだった。言外に、ユフィリアと一緒に生活して欲しくないと思っているのが丸わかりだ。正直なのは美徳かもしれないが、ユフィリアをなんだと思っているのだろう。
アクア:
「どちらでもいいことに思えるかもしれないけれど、これは本気かどうかの話よ?」
タクト:
「本気かどうか……」
アクア:
「わからない? 本気で強くなりたいなら、見栄だのプライドだのにこだわっていてはダメ。今、何が大事かってことよ。強くなるために必要な環境を選びなさい」
タクト:
「……わかりました。お世話に、なります」ぺこり
アクアの本気度は桁が違った。タクトのためらいを瞬時に焼き尽くしてしまう。
葵:
『それでよし! じゃ、宿を引き払っておいで』
タクト:
「しばらくご厄介になります」
ジン:
「おう。場所は空いてるから気にすんな」
だんだんと寄り合い所帯じみて来ている気がする。ジンにせよ、葵にせよ、ギルドメンバーかどうかなんて大した問題ではないと思っているらしい。
ジン:
「そろそろ、サポート側にも人を入れないとなー」
葵:
『いい子がいたらね。あー、〈大地人〉とか雇ってみる?』
ジン:
「んー、可愛かったら考えてもいいかもな」
ケイトリン:
「…………」
その後、私たちは〈209〉へ出かけることにした。