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159  そこに哲学はあるのか?

 

 僕たちはヴァーグネルとの戦闘を終えた。


 まずレベルアップだけど、これはもう全員が1つずつレベルを上げた。僕が96へ。レイシン、石丸、ニキータは95。ジン、ユフィリア、ウヅキ、Zenon、バーミリヲンが94。リディア、スターク、クリスティーヌ、英命、リコ、ケイトリン、アクア、エリオは93だ。最後にタクトも92になっている。


 事前にレベル上げをして経験点が蓄積していた影響もあるけれど、そもそもヴァーグネルのレベルが100を越えていて、大半のメンバーからすれば10レベルも上のレイドボスだったことが大きい。数人はすぐに次のレベルに上がれそうなほど経験点を得ている。

 これだけレベル差があっても戦えるのは、ジンがメインタンクをやっていることもあるが、やはりアクアのおかげで無理が利くからだろう。


 総括するなら、超長時間戦闘ではあったけれど、MPなどのリソース的にはむしろ配慮もあり、余裕があった。この意味では前回のベートーヴェンならぬ、ビートホーフェンの方が厳しかったぐらいだ。それでも全滅や死の危機に直面した回数で考えれば、今回の方が困難な戦いだった。


アクア:

「3時間半か。かなり短く済んだわね」

スターク:

「これで短かったの?(苦笑)」

英命:

「どこかでギミックに引っかかれば、この倍の時間が掛かってもおかしくなかったでしょうね」

葵:

『自慢だけど、あたしのおかげだと言えよう! 自慢だけどな!』

ジン:

「つまり星奈のおかげってことだな」

星奈:

「…………」


 表情が見えないので分かりにくいが、たぶん褒められてにっこり笑っているのだろう。星奈は案外、無口な猫さんだ。


シュウト:

「そう考えると、ともかく短期決戦に持ち込むのがここの攻略法だったんですね」

Zenon:

「3時間半で短期決戦ってのもどうかと思うけどなぁ(苦笑)」


 さすがにへたばっているし、みんなくたばっている。集中力の持続が途切れると、倒れ込みたい気持ちなのはよく分かる。前回にも増して目まぐるしい状況の変化に逐一対処しなければならず、休む暇もなかった。僕はまだ立っていられるので、少しタフになった気がしないでもない。


アクア:

「タクト」

タクト:

「は、はい」

アクア:

「よくがんばったわね」

葵:

『初めてにしては、上出来』

ジン:

「出来過ぎなぐらいだ。最後のは助かったぜ」

タクト:

「…………はい」


 ジン達がほぼ手放しでホメているのは、仲間として受け入れる時の半ば儀式的なものだ。それ抜きでも今回のは認めない訳にはいかなかった。悔しい気持ちは残るが、役に立つ仲間は歓迎すべきだろう。イヤなヤツでも、勝率や生存率に貢献するなら我慢することぐらいなんでもない。



 報酬は、前回に負けず大量だが、金ぴか家具だらけだった前回とは趣きが異なる。一番目立つのは、ヴァーグネルの尻尾の先端に付いていたあの丸い鉱石がそのまま転がっていたことだろう。鉱石の塊なので採掘したところ、ミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネ、オリハルコンなど有名どころの素材がボロボロと出てきた。〈海洋機構〉の2人組も流石に目つきが変わったぐらいだ。

 その他の鉱物類も持ちきれるか心配になるほどの量で転がっている。色合いこそ地味だが、ゲーム的にはすばらしい報酬だった。


Zenon:

「今度こそ、アンタもなんか装備をだな?」

ジン:

「いや、だから、別にいらねーんですけど?」


 言うまでもないが、やっぱり『口伝の巻物』は出ず、ようやく諦めムードになってきているジンだった。本人曰く、『こりゃラスボス以外は無理かもしれん』とのこと。(全く諦めてない……)


アクア:

「ワガママ言わないで、貴方もなにか受け取りなさい」

スターク:

「ワガママ!?」


 幻想級装備を受け取らなければ、それは我が儘だと言い切るアクアだった。大物はいろいろと違うのだろう。たぶん感性とかが。


アクア:

「第一、貴方が先に受け取らないと、他の参加メンバーが負担に思うでしょう?」

ジン:

「……そんな殊勝なメンバー、いたっけ??」


 振り返って確認するが、図太そうな顔ばかりが並んでいる気がしないでもない。ジンやアクアと一緒に戦ってる段階で、手遅れというかなんというか。この件に関して、僕はノーコメントを貫く覚悟である。


葵:

『ヌルいねぇ~』

アクア:

「なによ?」

葵:

『ハ。だってさ、ジンぷーみたいな『最強厨』が、装備品にコダワリがないと思ってる時点で、もうねwww』

ジン:

「テメェにだけは言われたくねーわ!」

葵:

『ちげーねー(笑) ……じゃ、あたしはここであがっから。お先~』

シュウト:

「はい、お疲れさまでした!」


 葵のログアウト?に『お疲れさま』の声が重なる。

 葵は星奈と共にあっさりと退場してしまった。時間は時間だったろうけれど、逃げるように、と形容すべきかもしれない。


バーミリヲン:

「ヌルい、か……」


 葵が言っていたことを、僕はなんとなく知っていた。ジンという人は、『必要な装備』をきちんと選んだ結果、今のスタイルになっているらしいのだ。その辺をあまくみると、大抵、痛い目をみることになる。


Zenon:

「……まー、それはともかく、選んでくれ!」

ジン:

「だから、言わないようにしてんだってばー。俺が『必要ない』っていったら、ここにあるアイテムに、まるで価値がないみたいに聞こえるだろ?」

スターク:

「そうなんだろうけど、装備をそろえるのなんか当然の話でしょ。そんなショボイ装備で戦ってるとか、割と真面目に有り得ないんだけど?」


 スタークに空気を読む機能などが実装されているはずもなく。(それは失礼か)これはもうダメかもわからない。土下座コースまっしぐらだ。


ジン:

「……わーった。ちょっと事情を話してやろう。まず武器だが、剣を変えても〈竜破斬〉の威力は増えたりしねーんだわ」

スターク:

「えっ、そうなの?」

ジン:

「(逆に下がるかも)ボソ ……まぁ、通常特技とかオートアタックの分は増えっけど、それだけだな。大して効率は上がらない。だから、俺の武器を変えるより、お前らの武器を変えた方が戦力がアップするしお得なんだよ」

ウヅキ:

「あんだけつえぇ技だ。そういうこともあるか……」


 予想はしていたけれど、威力が増えないのではどうしようもない。


ジン:

「ここに落ち着くまでにいろいろ触ったりしたんだぜ? 重心バランスとかさぁ。俺の戦闘スタイルとの兼ね合いからも妥当な付近だろうと思って使ってるわけですよ。更に付け加えると〈天雷〉は片手だとまだ出せないから、片手・両手で使えない武器だと困る。いちいち取り出して持ち替えなきゃならなくて面倒だ」

バーミリヲン:

「たとえば刀はどうだろう。武器としての完成度は高いと思うが?」

ジン:

「日本刀は俺も愛してるけど、金の関係で候補から外したんだ。購入金額とランニングコストの両方な? しかし、今から日本刀に変えると、最近使っている『アーマーブレイク』が使えなくなるけど、それでもいいか?」

Zenon:

「いや、そりゃーダメだろ」

ジン:

「重武器専用技を強引に発動させてるからなぁ。その意味だと、今はバスタードソードだからどうにかなってるわけで。武器が変わるとどうしたって難しいって」

エリオ:

「ダメそうでござるね」


 やっぱりそういう展開になるしかないのだろう。

 カドルフに破壊された後で必要経費で買い直している(そしてジンの報酬は抜きになった)ので、当分はそのままでいいと断るだろうことは分かり切っていた。


ジン:

「盾は前も話したが、ラウンドシールド使いだから、それ以外はパスだ。最初は、初代ガンダムが持ってたような大きめの盾がいいなーとか思ってたんだけど、やっぱ動きの邪魔になるし。

 俺は剣と盾での二刀流だから、盾も武器として使いやすいものでないと」


 盾を武器として使用するのは、盾での攻撃特技もあるし、半ば当然のことだった。なによりジンの場合、攻撃と防御の境が曖昧なのだ。たとえば盾で相手の腕を攻撃するのが結果的に効果的な防御だったりする。

 ジンの戦闘を身近で見たことがあれば、『剣と盾で二刀流』と言われても違和感はなくなる。


クリスティーヌ:

「今回の報酬には、ラウンドシールドは含まれていないな」

Zenon:

「だが、盾なら交換してもいいってことなんだろ?」

ジン:

「メインタンク的には、同じ盾を何枚か揃えておきたいんだけどなぁ。まぁ、バラバラでもいっか」


アクア:

「……鎧はどうなの?」

ジン:

「全身鎧のセットを使っているから、部分的に取り替えたりはNGだ。一から全部を揃えないとダメになるからやらなーい」


 ジンが現在使っているのは〈自由騎士の鎧 VI〉。『ナイトプレート』に分類される傑作鎧で、必要最低限の水準はクリアしているとされる。装甲・運動性・各種耐性などがバランス良くまとまっており、この先はどこかを犠牲にするか、希少な魔法素材を使った装備を手に入れるしかない。お金だけで手に入る製作級としては、いちおう、最良の部類に属してはいる。ただし全身鎧なので、セットで使わないと耐性値ボーナスが消えてしまい、弱体化することになるだろう。


 この〈自由騎士の鎧〉はいわゆる救済措置的な装備だった。たとえば70レベル台で良い防具が手に入らなかった場合、そのままだと80レベル台の冒険にはついていけなくなることが起こりえる。こうした際に、80レベル台でより良い装備が手に入るまでの『腰掛け』になるようにデザインされているのだ。

 ゲーム的には、ただレベルをあげるだけならさほど時間もかからない。そうした事情から、こうした装備品を設定し、クエスト難民が出にくくなるようにする必要があったのだろう。その意味では、半ば引退した状態から復帰しているジンは正しい使い方をしたことになる。


 とはいえ、流石に物理防御力が物足りないのも事実だ。6人パーティーでダンジョンへ行くぐらいならともかく、最前線の大規模戦闘のメインタンクをやるのでは、少しばかり文句が出るのも仕方がない程度には。

 

 ちなみにこの〈自由騎士の鎧〉だが、ジンは5から6に買い換えて使い続けている。〈天秤祭〉で買い換えた直後に〈セブンヒル〉での戦いがあったため、レオンの〈オンスロート〉を受けた傷跡が鎧にうっすらと残ってしまっていた。

 

Zenon:

「そんなこと言ってたら、何も変えられねぇだろ」

スターク:

「そうそう。思い切ってズバッと変えようよ」

エリオ:

「それがいいでござるね!」


 難しい顔をしたジンが一言。


ジン:

「……だが、流石にペンギンのコスプレはお断りだぞ?」

アクア:

「ペンギン?」

ジン:

「ユフィ、ちょっくらペンギンの真似してくれ。腕を伸ばして、パタパタって」

ユフィリア:

「こう? パタパタ~♪」


 モデルが良いため、大変に可愛らしい仕上がりであります。場がほんわかと和んだ気がした。


Zenon:

「で。これが、どうだってんだ?」

ジン:

「みんなこんな感じだろ? 〈D.D.D〉のメガネとか」

シュウト:

「クラスティさんですか?」

ジン:

「あと〈脳筋騎士団〉じゃなくって、えっと、〈黒剣〉のヤンキーも」

リディア:

「アイザックさん?」

ジン:

「頑丈なデザインの重鎧着てる連中はだいたいこんな感じだぞ。手羽パタパタ、足はバタバタ。実力以前の問題だね。〈守護戦士〉と書いて、ガーディアンとか読ませるから勘違いするんだろ。実際、ペンギン以外の何者でもねーよ。最大限、優しさ発動させても『アーマーペンギン』だね。くだらんコスプレだ。そういうのはハロウィンだけにしとけっつー」ケッ


 〈守護戦士〉(ペンギン)といいたいらしい。

 ちなみに現在はアフターハロウィンの季節なので、カボチャのお値段がリーズナブルである。


ジン:

「スターク。いま笑ってるけど、おまえのとこもまるで同じだかんな?」

スターク:

「あれ? そうなの?」

クリスティーヌ:

「残念ですが、同じ結論かと……」

ジン:

「よく西欧サーバー最強とか自慢こいてっけど、俺に言わせりゃ『低レベル争いご苦労様』って感じだかんな?」

スターク:

「うぐぐぐ……」


 顔を赤くして呻いているスタークだった。24人抜きしている相手からの指摘だ。反論の余地などないだろう。


ジン:

「でもまー、実際のトコ、気持ちは分からんでもないよ? 幻想級の鎧とか能力値スゲーし? デザインは良い意味で中二病入ってて、俺も嫌いじゃないしさ。これが元のゲームのままだったら喜んで着てただろうさ」


 どうやら始まってしまったようだ。土下座タイムが近づいている。心の準備をしておかなければ。


ジン:

「だからってさー、〈冒険者〉だってのに、指先でつまめそうな攻撃みせられたら。ケッ。いくら俺が温厚だからって」

シュウト:

(温、厚……?)


 それはどうかと思ったけれど、たぶん温厚なのだろう。だって指先で摘まれたことはまだない。これからも無いことを祈るばかりだ。


ジン:

「逆に問おう。お前ら、どう考えてんだ?」

Zenon:

「……どう、とは?」

ジン:

「異世界に来た、ゲームが現実になった。言ってしまえば、『別ゲーになった』ってことだ。だったら、そこでは『新しいゲーム性』が確立すんだろーが」

アクア:

「当然、そうなるわね」

ジン:

「じゃあ、どういうゲームだと思ってんだ?ってことさ。……まさかロクな哲学も持たない雑魚の分際で、上から目線で俺の装備にイチャモン付けてんじゃねーだろうなぁ?」ズゴゴゴゴゴ

スターク:

「え、あ、う」

エリオ:

「まずいでござる。これはまずいでござる!?(笑)」


 ※ドラゴンストリーム発動中 1%……2%……3、4、5%……


Zenon:

「スマんかった。その、ちょっと考えが足りてなかったかもなー?」

ジン:

「おいおい、勘弁してくれよ。……先輩風吹かせといて、そりゃねーぜ。あるだろ? ちゃんとした謝り方ってのが。『誠意』ってヤツを見せて貰わないとさァ? せめて誠意ぐらいはァ? 先輩としてェ? キチンとしたものをみせてくれるんだよなぁ? 先輩さんヨォォォオオ?!?!?」ゴゴゴゴゴギギギギギガガガガガ!!!


シュウト&エリオ&スターク&Zenon:

「「申し訳ありませんでした!」でござる」


 サド発動中とあって土下座は不可避だった。となりのエリオが不思議そうに(なぜシュウト殿が?)という顔をしているけれど、実際のところ責任うんぬんでとばっちりは避けられない。一緒に謝ってしまうのが僕にできる最善だった。(こうなる前に止めろよ、とは思うけど)


ジン:

「フン。まぁ、いいだろう。Zenon、バーミリヲン」

Zenon:

「お、おう」

バーミリヲン:

「うむ」

ジン:

「特にお前らは『アキバ最大の生産ギルド』から来て貰ってるわけだ。その装備品は試作品、つまり最先端だよなぁ? ……ってことは、お前らは使用した際のデータを取ってることになるんじゃねーのか?」

バーミリヲン:

「その通りだ」

Zenon:

「まぁ、な」

ジン:

「お前らの評価次第で、今後の装備開発に影響があるかもしれない重要な立場だって自覚あんのか? なぁ、マジなところ、どう思ってんだよ?」

Zenon:

「いや、それは……」

バーミリヲン:

「数値も大切だが、動き易さを重視して報告をしているな」

Zenon:

「うへぇ!? おまえ、そうなのかよ?」

バーミリヲン:

「……? 他に何を報告しろというんだ?」


 うろたえているZenonに対して、盛大なため息を吐くジンだった。


ジン:

「しょうがねぇなぁ。道具の使い勝手の根底を決めているのは重さと重心バランスの相対的な関係だ。手でもった時の『持ち易さ』とかもあるけど、そっちは前提だろ。ゲーム的な攻撃速度ボーナスとかもあるけど、最終的には重心バランスだね。攻撃速度そのものを決めちゃうというか。新しいゲーム性の影響を考えなきゃ、こういうことは語れないものだろう」うんうん


 突飛なことは何も言っていない。『当然の話』だけで作られている。ゲーム時代の常識でズルズルやっているバカは僕たちの側だ。


ジン:

「それからメンテナンス性の問題な。継続使用する場合には最初から考慮しとかなければならない。現実世界だって、メーカー側がちゃんと考えててくれないと困るだろ?

 第一に、修復や修繕に『幻想級の素材』が必要な装備品は、コスト的に割に合わない。大規模なバックアップがなけりゃ運用できないし」

リディア:

「現場で修復したくても、素材がないんじゃね……」

英命:

「期間限定のレイドが多いのも問題ですね。幻想級素材に限った話ではありませんが、素材の回収を安定して行えません。移動にも時間が掛かりますし、戦闘の難易度、負荷はゲーム時代の数倍。……それとインスタンスダンジョンの問題もあります」


 良い装備品は欲しいけれど、修復できなければお蔵入りさせるしかない。いや、レイドを回し続ける〈シルバーソード〉みたいな動き方になるしかない、というべきかもしれない。それすら本来、都市のような巨大なバックアップが前提にあっての話なのだ。


 英命の言った『インスタンスダンジョン』というのは、一時的に生成されるダンジョンのことだ。MMOのような多人数参加型でのイベントだと、ダンジョンへの侵入制限(6人や、24人といったもの)を設けた場合に、最初に入ったバーティーが出てくるまで待ちぼうけ、ということになってしまう。そのため、インスタンスという『空間の複製』を行うのだ。このことで同一のダンジョンが、あたかも複数あるかのような状態になる。先陣争いなどは、インスタンスダンジョンがあって初めて可能になるものだ。そして先にゴールした場合、足跡を残せるのは最初にクリアしたチームとなる。


 このインスタンスダンジョンは、〈大災害〉後では発生しにくい。もしくは発生しなくなったと考えられている。(例外がないとは断言できないため、曖昧な表現になる)レイドボス、たとえば『ゴブリン王の討伐』に行く際、インスタンスダンジョンが生成されるとしたら、ゴブリン王が何体も同時に存在することになってしまう。そんなことはさすがに考えにくい。ゴブリン族の王ぐらいならともかく、強力なレイドダンジョンのモンスター(レイドボスを含む)がインスタンス生成と同時に、オリジナルと同じ強さを保持したまま、分裂して数を増やしたとなると、どんな危険があるか想像も付かない。

 また、この話は素材収集にも影響している。インスタンスダンジョンが複数生成されれば、幻想級装備はともかく、幻想級素材は集めやすいことが言えるからだ。逆からいえば、インスタンスダンジョンが生成されなくなれば、当然、幻想級素材の枯渇が加速することが考えられる。

 今のところレイドが可能なのは大手戦闘ギルドに限られるため、その悪影響はアキバで問題視されていない。だが、聡い者たちはとっくに気が付いているはずだ。


ジン:

「機動性・駆動性の話は、重心・メンテナンス性のようやく次ぐらいの条件だな。重さと筋力の相対的な関係、関節駆動域への配慮、それらは自然と静穏性やストレスとも関係してくる。

 その先、高度な戦闘に必要な諸条件をどこまで知悉できているか?という次元の問題は、装備品の質を根本的に変えてしまうものだ」

ユフィリア:

「ちしつ?」

石丸:

「細かい点まで知っていること、精通していること、っス」

ニキータ:

「動きにくいと思っていた装備が、実はハイレベルだと動き易かったりするって意味ですよね?」

シュウト:

「あぁ……」


 低次運動から中次・高次運動に変われば、どこが動かし易くなければならないのか、逆にどこは動いてはいけないのか?といったことが問題になってくるのだろう。肘・膝さえ動かし易ければ、素人にはそれが良い装備かもしれないけれど、ジン達にはダメ装備扱いされそうだった。

 僕の場合、余計なことを考えるぐらいなら、魔法で防御力を飛躍的に高めた布系の装備品の方がいいのかもしれない。そんなのがただの思考停止に過ぎないとしても……。


英命:

「ゲーム時代にデザインされ、ポリゴンで作られたものでは、満足するものが存在しない可能性が高いでしょうね」

ウヅキ:

「だったら、どうすりゃいいんだ?」

アクア:

「決まっているわ。新しく作り出せばいいのよ」

シュウト:

「でも、どうやって?」

ジン:

「作れるヤツが作るしかないだろ。……色々な装備を試して、どれが使い易いのかを調べて、選んで、素材を変えたりしてみて、失敗を繰り返して知識を蓄える。そうして『最高』に到達するしかない」

ユフィリア:

「最高?」

ジン:

「未来に到達するには、現在を『過去に変える』しかない。最高に到達した時、現在(いま)を過去にすることができるんだ」

アクア:

「だからこそ、そこには理想や理念、哲学が必要なのね?」

ジン:

「当然だな。俺だって今のこの鎧に不満がない訳じゃない。『まだマシなもの』を選んでいるだけだ」


 哲学や理念の無さを怒ったのだ。いつまでもゲームのままでいるな。悪い意味でゲームのままではダメなのだ、と。


アクア:

「残るは装飾品だけど、それなら大丈夫よね?」

ジン:

「そうなるけど、指輪や手首に付けるようなのはパスだ。小手の具合がそんなに良くないし、これ以上ゴテゴテさせるのは流石に意識が低すぎる」

シュウト:

「そうなると、部位が限られて来ますね……」


 どうにもジン本人の意識が高すぎるのも問題の気がしたけれど、それはここではおいておこう。

 〈エルダー・テイル〉の場合、装飾品が有効なのは特殊な状況を除けば2カ所までだ。指輪や手首に付けるものはダメというので、あれこれ質問した結果、首飾り、ベルト (orバックル)ならオーケーということに。


ユフィリア:

「ジンさん、ワガママー!」

ジン:

「ピアスだのイヤリングだのがアリだと思うか?」

アクア:

「論外ね」ピシャリ


 そこに尋ねたらそういう結論にしかならない。

 途轍もなく耳の良いアクアが、そんな部分に邪魔なアイテムを付ける訳がない。


ジン:

「首飾りもジャラジャラさせたくないから1つまでな。バックルは、変えてもいいけど、今はアンカーハウルの効果アップの使ってるから、同じ系統がいいなー。……要望を言うのなら、魔法防御力のある鎧下ギャンベゾンか、アンダーギアって方向をキボンヌ。蒸れない快適なヤツを」

リコ:

「要望、言い過ぎでしょ! まるで今はじめて言いました、みたいな顔してるけど!」

ジン:

「当然の帰結として、こうなってるんだ」

リコ:

「単に、お金が足りないだけでしょ」

ジン:

「そこは否定しないけど、金にモノを言わせた装備にしろってコトか?」

リコ:

「う……。もうちょっとなんか我慢するとか……」

ジン:

「我慢した結果として弱くなれってのか? つまりペンギンか?」

ユフィリア:

「(ウサギほどじゃないけど)ペンギンもかわいいとおもう!」

シュウト:

「いや、論点ズレてるから……」


 目的は強くなること、もしくは装備品からのマイナスを抑制することで強さを可能な限り損なわないことにあるのだ。それも防御や耐性値との兼ね合いもあるから、トレードオフの関係になってしまう。その際、何を優先するべきか?ということは、勝敗を度外視したポリシーではなく、ゲーム性との兼ね合いで考えるべきなのだ。



 結論的には、盾はラウンドシールド、装飾品はベルト、首飾り、鎧下に限定されることに。(その内のひとつはタウンティングの効果上昇)


 剣や鎧に関しては、もう新しく作ったりしなければ変えられないかもしれない。たまたまジンの好みにぴったりの装備品が存在していて、ドロップする可能性もゼロではないとは思うけれど、天文学的な確率の気がする。


アクア:

「じゃあ、とりあえずコレで良いでしょう?」じゃらり

ジン:

「何コレ?」


 〈妖精石のペンダント〉、秘宝級の装飾品だ。妖精族の宝という石をペンダントに組み込んだもの。水晶のようにも見える。不思議な2色の組み合わせで、それが時間とともにゆっくりと変化していて違和感がない。

 能力的には毒耐性の大幅な上昇と、それ以外の全耐性を少しずつアップさせる。91レベル以上の秘宝級なので、数値的には最高ではないが、悪くもない。


ジン:

「俺が使うには、ちと名前がなぁ。ユフィのが向いてないか?」

シュウト:

「確かに(苦笑)」


 妖精と名前が入っていた時点で、彼女に行くべきでは?とかの連想が働いてしまう。僕だったとしても受け取りにくく感じるだろう。


ユフィリア:

「じゃあ、ちょうだい?」

ジン:

「ほいよ」


 あっさりと渡してしまうジンだった。これでパワーアップ計画は頓挫、したかに思えたが、彼女はペンダントを受け取ると、手の中で向きを変えて、ジンに差し出した。


ユフィリア:

「じゃあ私から、ジンさんにプレゼント」

ジン:

「なんだそれ?」

ユフィリア:

「大事に使ってね?」にっこり

ジン:

「……しょうがねーなー」


 これでゴネたらさすがに大人げないと思ったのかもしれない。素直に受け取って首にかけると、鎧の隙間から胸元にペンダントをつっこむジンだった。ユフィリアにむかってにっかりと笑顔に。


ジン:

「これでさらに無敵度がアップしたぞ」

ユフィリア:

「でしょでしょ?」

スターク:

「あながち冗談じゃないのがアレだけどね」

シュウト:

「はははは(苦笑)」


 秘宝級の装飾品ひとつに大騒動になってしまったが、その他のアイテムもようやく持ち主を決められることになった。幻想級装備は今回3つ。苦労の割に少ない気もするが、前回が多すぎたのだ。それに素材に関しては幻想級を含めて前回の倍はあるのでよしとしたい。

 〈武闘家〉向けの足用防具〈ストライカー〉はレイシンに。シャープなフォルムがぴったりとマッチしている。

 また、布系防具〈聖典礼装〉はスタークのものになった。布で作られているとは思えない防御力。ダメージを受けると確率で障壁を発生させるもののようだ。


アクア:

「リコ。受け取りなさい」

リコ:

「でも、……いいんですか?」


 〈黄昏迫る明星の杖〉。ヴァーグネルの装備品なので、正直、ハンマー辺りがメインになるだろうと思っていた。しかし、生み出されたのはこの召喚杖である。明らかにメテオを強化するであろう杖。リコの魔法攻撃が強化されれば、石丸の負担も軽減されることだろう。


タクト:

「良かったな」

リコ:

「うん。ありがとうございます!」


ケイトリン:

「眠い……」

シュウト:

「僕らもそろそろ撤収しましょう」


 戦闘の興奮、報酬を得た喜び、そういった感情が鎮まったこともあるので、帰路につくことにした。


 アキバに到着したのは、意外に早い時間帯だった。夕方から4時間戦っても、帰りは帰還呪文なので、まだ22時過ぎでしかない。


ニキータ:

「現在を過去に変える、か。私たちはまだ『過去の途中』ね」

シュウト:

「それって、どういう……?」


 そんな会話をしていると、唐突にスタークが決意表明を始めた。


スターク:

「決めた。新しい鎧、ボクが作るよ。……シャルロット」

クリスティーヌ:

「は!」

スターク:

「ジンの使ってる鎧を3つばかり購入して。向こうに送って調べさせるから。ヴィルヘルムにはボクから指示しておく」

クリスティーヌ:

「仰せのままに」


 クリスティーヌの声に高揚の色が混じる。


ジン:

「おーおー、金持ちは違うねぇ」

スターク:

「完成したらジンに使わせてあげてもいいよ?」

ジン:

「そりゃめでてー。特別サービスで、ねちっこくダメ出ししてやんぞ?」


 決して負けてしまわないジンだった。


スターク:

「名前はどうしようかな? 〈聖堂教会〉だから、『聖堂騎士の鎧』かな? 〈スイス衛兵隊〉で正式採用とかにできるかな?……そうなるとアタッカー用の軽鎧も作らなきゃ」

Zenon:

「おいおい、何人いるか知らないが、素材はどうする気だよ?」

スターク:

「別に。足りなければ集めてくればいいだけでしょ」


 狂気にも似た、常識を蹴散らす物言い。しかし、セブンヒルには、〈スイス衛兵隊〉には、そのぐらいの力はあるのかもしれない。


ジン:

「まー、とりあえず、風呂でも入っていけよ。用意はできてっから」

バーミリヲン:

「ありがたい。世話になろう」







 風呂上がりに軽く食べられるものが用意してあったので、2階でつつきながら打ち合わせをすることに。おにぎりや揚げ物を選んで食べているあたり、ジンはがっつり食べたい人のようだ。


シュウト:

「次が最後ですね」

ジン:

「アホか」

葵:

「なに言ってんだか、この子は?」

シュウト:

「えっ?」

ジン:

「マジボケかよ。……モーツァルトのもじりと、あと少なくともラスボスだろ」

スターク:

「これまで倒してきたボス級ドラゴンが聖域を護ってたんだよ。ってことは、聖域を護るのに失敗させたら、その次の展開があるってことでしょ?」

エリオ:

「そうでござるな」


 理解していた風に相づちをうつエリオを疑いつつ、そうだったかと思い直す。ゴールが少し遠のいたようだ。


アクア:

「状況を整理してちょうだい。見通しはどうなの?」

ジン:

「まず、……モーツァルトのもじりに勝てそうにない」

葵:

「お? そうなん?」

ジン:

「フルレイドまで人数増やして、全員100レベルまでもってっても全滅するかなぁ。……俺を除いて」

アクア:

「そこまで強いなんてこと、ありえるの?」

ジン:

「さぁ? 特別な弱点でもあるのか、撤退させるだけとか……」

葵:

「じゃあ、戦わなくてもラスボスには挑めるのかもね」

ユフィリア:

「ジンさんがいても、勝てないんだ?」

ジン:

「俺だけになると相手のHP削り切る前に、こっちのMPが足りなくなんだよ。そこは今のところ解決の見込みがない」

シュウト:

「膨大なHP量ですもんね……」

ジン:

「でも、ゾーンの外から援軍が入って来られるなら勝てるかも。死んで、復活して、何回も再突入してくれれば。その間、俺はずっと戦ってるからさ。無理矢理 殺されるようなギミックがなければいける」


 ゾーン設定次第だが、可能性はゼロではない。24人といった侵入制限がどういう風に働くか?という問題だろう。


葵:

「思い出すねぇ……」

レイシン:

「そうだねぇ」

ジン:

「おい、その話はヤメろ」

ユフィリア:

「なに? なに? なんの話?」わくわく

ジン:

「いや。昔、ムチャクチャやって、不可能とか言われてたヤツを攻略したことがあるだけだよ」

葵:

「あの頃のあたしたちは、正直、強かったんよ」


 ゲームであればレイドメンバーが半壊したら、そのまま全滅は免れない。となると、かなりアクロバティックな攻略をしたようだ。なんてことを思った。……相手はどんなモンスターだったのだろう?


アクア:

「じゃあ、最終手段はそれで行きましょう」さらりと

Zenon:

「うぉい! マジかよ!?」

英命:

「それでも絶対に勝てるとは言えないのでしょう?」

葵:

「というと?」

英命:

「仲間が全滅しても、1人で戦い続けなければならない理由は何か。レイドボスにHPを回復されては困るからでしょう。 ……つまり1人で戦っている時に、HPを回復されてしまうのであれば、そもそも1人で戦い続ける意味もなくなります」

ジン:

「まーなー」

ケイトリン:

「その前に、なんで勝てないと思ったかだろ」

ジン:

「簡単にいえば、たぶん動き回るからだ。モーツァルトのもじり……」

石丸:

「金牙竜モルヅァートっス」

ジン:

「そうそう。そいつの居るゾーンに屋根はないし、封じ込める手段も限られてくる。理解できないなら、やってみることにしようか」

アクア:

「明日ね?」

ジン:

「いや、休みを挟んで明後日(あさって)だな」

葵:

「4~5人死んだら、そっこー〈フリップゲート〉だかんね?」

リディア:

「い、生き残ってたら、必ず」こくこく


アクア:

「まだよ。解散する前に済ませておきましょう」

葵:

「だね。問題は、このシナリオの筋がまだよく見えていないことだよね」

ジン:

「裏ルート説だろ?」

葵:

「うん。〈竜翼人〉達の動き方がイレギュラーっぽいでしょ。最初の方はシュウくん達を襲ってたのに、もう襲わなくなってる。しかも、逆にちょいちょい協力する構えだし」

ジン:

「ドラゴンを裏切って、自分たちの生き残りを図ろうとしてるからな。人間っつーか、俺たち〈冒険者〉に興味がありそうだ。それも生き残りの手段を模索しているからだな」

レイシン:

「スープを飲んでたしね?」

石丸:

「そこは交渉に利用させてもらったっス」


 分かっていなかったことが少しずつ紐解かれてゆくようだった。


バーミリヲン:

「気になっていたことの一つだが、〈竜翼人〉達が作ったらしき幻想級装備を、レイドボスたちはなぜ持っているんだ?」

葵:

「単純に考えれば、搾取される立場だから、かな」

ジン:

「それはたぶん、今に始まったことじゃねーだろ」

アクア:

「そうね。『今回に限って』、なぜ彼らはドラゴン達を裏切ろうとしているのかしら?」

葵:

「シナリオが分岐したからっしょ」

アクア:

「もっと具体的に」

葵:

「ごみん。……だいたいアリガチなのだと、人質とかね。あの赤い竜翼人の恋人とか、じゃなきゃ族長的なヤツとか」

スターク:

「もしかすると、〈竜翼人〉のロマンスってこと? わはー」

葵:

「そっそ」

ニキータ:

「最初に向こうの里に入った時、大きなテントに一瞬だけ入りましたよね?」

ジン:

「手続き的に入らせたが、族長は不在ってことか」

ユフィリア:

「んーと、結局、どういうこと?」

アクア:

「〈竜翼人〉の要人が捕まるか何かしていて、それを助けるために私たちを利用している、といったところかしら」

Zenon:

「なぁ、前に話に出てきた『竜王の復活』だとかの話はどうなったんだ?」

葵:

「表ルートと裏ルートの違いってのじゃないかな? 表ルートは〈竜翼人〉も敵になる。裏ルートは味方になって協力関係を結ぶ。……やっぱ正解だったね」

ジン:

「ああ。あの赤い竜翼人を『生かしておいた』から分岐したんだろう」ニヤリ

ユフィリア:

「ねぇ、ジンさん。どっちがハッピーエンド?」

ジン:

「んー、まだ分からんけど、裏ルートかな?」

ニキータ:

「竜王というのと戦うことになるんでしょうか?」

葵:

「どうするジンぷー。世界の半分くれるかもよ?」

ジン:

「不動産という意味なら、考えんでもない」

葵:

「モンスターから土地の使用料を巻き上げる気だな? 新しい魔王の誕生か」

ジン:

「『搾取王』と呼んでくれ」

ユフィリア:

「『大家さん』じゃなくて?」


 そんな馬鹿話をして、その日は解散になった。



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