158 陸尾竜ヴァーグネル
岩だろうと切り裂くはずの剣が簡単に弾き返される。ジンの『アーマーブレイク』の効果が切れたのだ。返す刀で〈アサシネイト〉を繰り出す。切り札がどうこう言っている場合ではなく、1点でも多くダメージを与えなければならない。でないとすぐに……。
――『Die Feen 3―2』
Zenon:
「クソッ、また来やがった!」
スターク:
「今度はなに!?」
ヴァーグネルの体から渦が生まれる。渦は周囲のものを引きずり込むのではなく、逆に闇を吹き出してみえた。またもやゾーン変更能力を発動したのだろう。本体は消えてしまう。
そうして僕らが立っていたのは、真っ暗なのに『周囲の味方は見える』という、不思議な闇の中だった。
ジン:
「四角い部屋だな……」
ユフィリア:
「明かりの魔法、いる?」
クリスティーヌ:
「あった方がいいでしょう」
複数の明かりを出しては見たが、闇は一向に去る気配がない。これは明かり無しでも『周囲の一定範囲』だけ見える状態のようだ。
ジン:
「……来たぞ」
ニキータ:
「敵、どんどん増えてます!」
ウヅキ:
「また倒せばいいんだろ?」
一定範囲以外は闇であるので、必然、目の前に来たモンスターがいきなり姿を現すことになる。出てきた『イビルゴースト』を相手に戦闘開始。ゴーストは物理攻撃が通りにくく、対処の難しい相手だ。そういうゲーム的な事情にあまり関係のないジンは、〈竜破斬〉で次々と数を減らしていく。
ジン:
「おい、減らねぇぞ! 無限ポップじゃねーんか!?」
アクア:
「そのまま少しもたせて」
葵:
『どうするつもり?』
それには応えずに、考えに没頭するアクア。
アクア:
「Die Feen? つまり『妖精』の、3幕2場よね。 ……『盾』を探して! どこかにあるはずよ」
ジン:
「引きつけるぞ、〈アンカーハウル〉! ついでに〈ヘヴィアンカー・スタンス〉!」
ニキータ:
「反対側、お願いします!」
レイシン:
「了解!」
四角い室内というので、ニキータとレイシンの移動方向が四つ角の対角線に相当するハズだ。そこから90度の方向へとダッシュする。唐突に眼前に現れたイビルゴーストにギョっとなってブレーキ。
ケイトリン:
「走るの面倒。先に行って」
シュウト:
「ありがとう!」
同じ方向に来ていたケイトリンが割り込みを掛ける。そのままパスして自分は部屋の角を目指した。
ニキータ:
「剣を発見!」
レイシン:
「……楽器かな?」
仲間の声が聞こえる。思ったほど広くないようだ。すぐに壁に行きあたる。壁づたいに奥へ。部屋の角らしき場所に石像のようなものを発見。妖精の姿をしているが作りがリアルで、なまめかしい。なんだか石化されている風に見えるけれど……?
シュウト:
「石像です。妖精の!」
タクト:
「盾だ! 盾があったぞ!」
逆の角にたどり着いたのはタクトのようだ。しかも目的物を発見している。こちらはハズレだろう。
アクア:
「盾を使って! 掲げるのよ!」
少し間があり、部屋が明るくなった。僕の位置からでも盾を掲げているタクトが見える。イビルゴースト達が光に呑まれて消えていく。
シュウト:
「……あれっ?」
ジン:
「んっ? リセットされたか」
また部屋が暗くなる。ジンとの、否、仲間達との距離が近い。元のポイント、部屋の中央にテレポートさせられたのか、もしくは、よく似た別の部屋に移動したのか。
タクト:
「よしッ!」ぐっ
リコ:
「タクト、やったね!」
活躍したことに気を良くしているタクトに、仲間だと分かっていてもイラっとした感情がチラつく。なんかキライだった。相性とかって本当にあるのかもなぁ~、などと考えてしまう。
葵:
『これ、何気に全滅ポイントだったね』
葵のセリフにハッとさせられる。
視野が限られる状況で敵に襲われれば、敵の数が把握できずに、そのまま戦い続けてしまってもおかしくない。5分、10分と戦い続ければ、その分だけ消耗していただろう。全滅の危機になっていた可能性も十分にあったのだ。
無限ポップの気配を察知し、作戦を変更、その後のギミック解除の流れまで含めて、圧倒的に早かった。情報の取得・精度、対処の的確さ、知識の正確さ、といった複数の要因が影響している。もう直感的というか、反射的というのか、あまりにも当たり前に罠を回避していて、特に感想もなしになってしまう。この強さは分かりにくいものだ。
ジン:
「おっ、違う敵かよ」
現れたのはイビルゴーストではなく『ブロンズ・ポーン』。重武装の青銅兵士といったところ。襲いくる武器攻撃を受け流し、反撃を叩き込むジン。
アクア:
「次は剣を見つけて!」
ジンを含めた戦士職が敵を十分に引き付け、剣の捜索を安全に行わせる。今度こそ僕が発見した。文化祭の小道具めいた安っぽいつくりの『妖精の剣』を掲げると、またまた部屋が明るくなり、ブロンズ・ポーンが消える。
再びテレポート?で部屋の中央に強制集合。今度はさほど暗くはない。少し奥に最初に僕が発見したのと同じ『妖精の石像』があり、その手前には3つの楽器が置かれていた。どうやら最後は3択問題で正解を選ぶ必要がありそうだ。
葵:
『笛みたいのと、バイオリンと、竪琴みたいのだね』
ニキータ:
「笛はピッコロみたいです」
ジン:
「……つーか、ここでしばらく休憩とか可能なのか?」
敵が出てこないので、休める可能性はあるかもしれない。
アクア:
「もし時間制限でもあったら、イビルゴーストからやり直しかもしれないわよ?」
ジン:
「それは面倒だな。んじゃ、さっさと正しいのを選んでくれ」
アクア:
「…………」しーん
シュウト:
「えっ?」
ジン:
「ちょっ!?」
アクア:
「冗談よ、冗談……」
そう言いつつも、そろりと竪琴に手を伸ばすアクアだった。明らかに普段の自信に満ちた態度とは異なっている。
アクア:
「正解は、リラ、のはず! 妖精アーダよ、元の姿に戻りなさい!」
アクアは竪琴 (リラ?)をかき鳴らした。えっ、掲げるんじゃないの?とツッコみたい気分を圧し込める。……不安になるような時間が2~3秒あったものの、無事に妖精アーダの石化は解けていた。感謝なのか祝福なのかなんなのか、とりあえず僕らのHP・MPもアーダの力で回復される。
アクア:
「ここまでは完璧ね」
ジン:
「いやいや、最後のは自信なさそうだったじゃねーか」
アクア:
「バカね。……アレは、ああいう演技よ」
ジン:
「なんで、ンな真似する必要があんだよ?」
アクア:
「それはもちろん、レイドに緊張感をもってもらうためね」
吹き出して笑いそうになるのを、必死で堪える。ニキータを見ると声には出さずに笑顔になっていた。
ジン:
「ダメだコイツ、折れる気がサラサラねぇ……」
スターク:
「さすがアクアだねぇ……」
アクアはどこまで行ってもアクアということらしい。
屋内のようなゾーンに変化し、ヴァーグネル再出現。装飾的には教会のようなイメージの場所だ。
葵の指示で可能なかぎりダメージ出力を上げていく。ヴァーグネル本体はあまり小細工のない、力押しタイプらしく (いや、十分に変な攻撃はされているんだけども(苦笑))そのシンプルさが却ってやりにくい。ドラゴンはそのままで必要以上に強い。だからシンプルになると隙が小さくなってしまう。
少し長めに本体との戦闘が続く。そろそろまた異次元?に飛ばされると思っていたところ、新しいパターンに変化していた。
――『神よ、守りたまえ』
ジン:
「障壁か?」
エリオ:
「破壊するでござる!」
ヴァーグネルが薄赤いバリアを展開させてきた。障壁を破壊するべく、アタッカーが殺到する。
ケイトリン:
「何かおかしい」
ウヅキ:
「だな。壊れる感じがねぇ!」
本格的な実力者が揃っているだけあって、鋭く異変を察知している。
英命:
「障壁のパワーが減っていません。逆に増えているような――」
障壁のスペシャリストである英命がコメントすると、葵が激烈に反応した。
葵:
『マズい、吸収反射だ! 後退! 散開!』
纏めて全滅させられるのを避けるべく、素早く散っていく仲間達。
英命:
「これはいけません。障壁の強化を」
スターク:
「でも、間に合うかな?」
詠唱を開始する2人。ヴァーグネルの攻撃は停止しているので、次にくるだろう攻撃に備えておくしかない。
ジン:
「ユフィ、こっちに来い」
ユフィリア:
「うん」
ジンがそばにユフィリアを引き寄せたところで、相手の攻撃が発動した。『リエンツィ』。まるで火事で建物が焼け落ち、まとめて崩落したかのようだった。そうした火炎崩落に巻き込まれ、障壁が軽く吹き飛んだ。全員がダメージを受ける。吸収したダメージ量がコレに上乗せされるのだとしたら、と思うと怖ろしい。あのまま攻撃を続けていたら全滅していたかもしれない。
ユフィリア:
「〈オーロラヒール〉!」
全体ダメージのピンチを脱し、再びレイドボスへ向かう。崩れ落ちた屋内から、野外へと変化。
バーミリヲン:
「池か」
Zenon:
「池だな」
スターク:
「池だねぇ」
唐突にゾーン内に池が現れた。怪しさ満点である。無害そうな白鳥?がプカプカと泳いでいて、それがまたシュールだ。
いわゆる『ここにギミックがあります』という分かり易いネタだ。しかし、このお約束に、お約束だとわかっていても飛び込まなければならないのが〈冒険者〉のつらいところ。
アクア:
「まさかあの白鳥、ジークフリートなの? ローエングリン? これがローエングリンだって言いたいの?!」
アクアがまた別のポイントにダメージを受けていて痛い。
ユフィリア:
「……ねぇ、葵さん。みんなどうして池でイヤそうな顔してるの?」
葵:
『あー、ユフィちゃんは初めてかー。これ定番のギミックでねー、敵が炎とかの攻撃してきて燃やされるんだよー。だけど水とかじゃ消せなくて、あの池に飛び込まないといけなくなるんだよねぇ~』
ユフィリア:
「ズブ濡れになっちゃうよ?」
葵:
『まぁ、お約束だからねー』
シュウト:
「そのあと、たぶん池の底のモンスターに襲われるんだ……」
ユフィリア:
「ええっ!?」
葵:
『まぁ、お約束だからねー』
ジン:
「モタモタしてると、足をガッと掴まれて、池の底に引きずりこまれるぞ~?」
ユフィリア:
「こわっ!?」
葵:
『まぁ、お約束だからねー』
避ける。絶対に避ける。
水は透明ではなく緑色をしている。あんな色した水に浸かりたくない。とはいえ、逆に透き通っていたら底に隠れているはずのモンスターが見えてしまうだろうから、それはそれでどうか?と思うはずだった。(いや、もしかしたら突然あの白鳥に襲われる線も?)
しかし、水が汚いから濡れたくないというのとも少し違う気がする。ゲーム時代は濡れるのなんて気にならなかった。現実になったことで、濡れることが嫌になったのだろう。この後も続くレイドボス戦で、じっとりと湿った服のまま戦うことになるのはやっぱり嫌だ。
……いや、それも違う気がする。では、なんで嫌なのだろう? そう考えてみると、どうもここまで前振りが整った状態で、まんまと罠にハマってお笑い担当になるのが嫌なのかもしれない。
その時だ。すすす、とジンが僕の前に移動して来た。そのいつにない動きにハッと状況を悟る。
シュウト:
「ちょっ! 自分は避けて、僕だけ池に飛び込むように仕組んでますよね!?」
葵:
『チィッ。バレたか』
ジン:
「チィッ、こいつ段々わかって来やがった……」
シュウト:
「葵さんまで!? も、もしかして、今までもそうやってたんですか?」
石丸:
「ときどき……」
ジン:
「ゲフンゲフン。いやぁ、……いつ気が付くのかな?って」
シュウト:
「ヒドい。ヒド過ぎる」
葵:
『シュウくん、大丈夫。……避ければいいんだよ?』
ジン:
「そそ。避ければいいのだよ、避ければ」にたり
レイドボスと激しく戦いながら、そうした意地悪までこなそうというのだからタチが悪い。
なにが何でも避けてみせる!と決意したのも束の間、ヴァーグネルの周囲4ヶ所からまき散らされる炎弾がかなりのスピードで放物線を描いて落下してくる。戦闘領域全域にランダム?にまき散らされた。その複雑さに、人間の処理能力で回避するのなんて無理じゃないの?!と心が折れそうになる。
Zenon:
「アチ、アチッ!」
エリオ:
「特技なしで躱すのは、さすがに無理でござる!」
葵:
『ほーい、火を消したい子は、池の方へドゾー?』
リディア:
「熱い! ちょっとそこ退いて!」
次々と被弾していく仲間たち。……それと、サクサクと回避していく一部のメンバーたち。ジン、レイシン、ニキータ辺りは当然のように、石丸も着弾前に予測して回避していた。ユフィリアは、楽しそうに「ほっ、ほっ!」と避け続けている。その他メンバーに関しては、生き残りを確認していられるほど僕に余裕などはなかった。
シュウト:
「うおおおお!」←ド真剣
ジン:
「だ~いじょぶか~?」ひょいひょい、ひょい
ヴァーグネルのオートアタックを捌きながら、ジンがノンビリした口調で気遣ってくれるのだが、まったく有り難くない。……と、気が付いてしまった。
シュウト:
「ユフィリア!」どん
ユフィリア:
「きゃっ!?」
彼女が見てない方向からの炎弾だった。突き飛ばしてユフィリアが燃えるのは防げたものの、逆に僕は被弾してしまう。
葵:
『あー、もうちょいだったのに。惜しかったね、シュウ君』
シュウト:
「くっ!」
僕の被弾とほぼ同時に、まき散らされる炎弾の嵐は終了した。ダッシュで池に向かう。当たった位置が悪く、腰の少し上ぐらいなので、体をどう折り曲げても火だけを消すことができそうにない。結局、ドボンと行かなければダメそうだ。
シュウト:
(なるほど、あれが30点でも良いってヤツか……!)
あえて腕で受け止めてしまい、腕だけ池に突っ込んで処理している人が数名。(その数人というのは、英命さんの真似をした人たちだったわけだけど)……僕もああいう機転が欲しい。
Zenon:
「もう下から来てる。急げよ!」
シュウト:
「はい!」
タクト:
「分かりました!」
池から上がってくる追加モンスターに対応するため、Zenon達が待ちかまえていた。
タクトも同じように池を目指して走っていたらしい。ヤツは左肩の肩胛骨付近が僕と同じように燃えている。大したダメージ量ではないとはいえ、熱いし、少しずつダメージが蓄積されている。
シュウト:
「…………」イラ
タクト:
「お前もか?」
シュウト:
「黙って、走れ!」
大きく息を吸い込み、そのまま水中戦闘に移行できるように思い切ってジャンプして飛び込んだ。緑色の水とはいえ、まったく見えないほどでもない。下からやってくる敵と剣を交えようとした時、タクトのものらしき派手な入水によって泡が巻き起こり、視界が悪化する。戦闘を諦め、水中からの離脱を急ぐ。援護のつもりで先陣を切ったのに、気遣いを返して欲しい。
池で火を消した人数分だけ現れたレイドモブを倒し、本体パーティーと合流。そこでまた次のトラブルだ。
葵:
『あー、やっぱダメだったかー』
アクア:
「そろそろ時間なのね?」
葵:
『んー。だいぶパターン見えて来てたんだけどなー。ちょっち休んでこなきゃだー』
MP切れで葵がリタイアしようとしていた。たぶん40分はすでに経過してしまい、いまはロスタイム中といったところだろう。ヴァーグネルのHPはまだ1/3も削れていない。どちらにせよ、葵は最後まで一緒に戦うことは出来なかっただろう。
単純な戦闘であれば、ジンがいて、アクアがいるのだから問題にはならない。ただ、こうギミックが次々に襲ってくる状況で、司令塔にいなくなられてしまうと、さすがに厳しいと言わざるを得ない。
葵:
『MP切れまで見てるけど、あたしが落ちたら、シュウ君?』
シュウト:
「はい」
葵:
『分かってるよね? 君ががんばるんだよ』
シュウト:
(でも、いったい、どうすれば……?)
その言葉を口にはできなかった。不安を表に出さないのは作法だ。マナーであり、当然の配慮、勝つための技術でもある。
葵:
『大丈夫。ジンぷーもアクアちゃんもいるし。MPが溜まったらあたしも復帰すっから』
シュウト:
「わかりました。保たせて、みせます!」
?:
「……?」
ジン:
「ん? なんかよく知ってる気配だな。誰だっけ……?」 ひゅっズバッ、ディンだんっドンッ!
唐突にジンがへんなことを言い始める。気配と言われても、戦闘をやってるゾーンに誰かが外から入り込んでくるとも思えない。ヴァーグネルの攻撃が熾烈になってきていて、あんまり余裕もない。のんびりと戦っていられるジンは例外の中の例外なのだ。
?:
「……ぉお!」
何か妙な声が聞こえた気が――。確かにどこかで聞いたような声というか、息づかいというか。
ユフィリア:
「んー、もしかして、……星奈?」
?→星奈:
『はい!』
葵:
『えっ? えっ? どゆこと?』
ウヅキ:
「星奈? ホントに星奈なのか?」
星奈:
『はい。おねぇちゃーん!』
ジン:
「葵! MPは? MPどうなった?」
葵:
『……あ。なんか大丈夫っぽい? かな?』
偶然の大発見によって、状況が一変した瞬間でもあった。
◇
――少し前、葵の自室にて。
星奈:
(お仕事、ですっ!)むん
――咲空と星奈は、ギルドマスターである葵の個室へも入室許可がされている。彼女たちが入れないのは、モンスター素材や魔法アイテムなどの、戦利品が保管してあるメイン倉庫ぐらいのものだ。信用がないからではなく、安全上の配慮からだ。星奈たちを利用して、金目のものを奪ったり盗んだりを最初からできないようにしておくためである。
現在、レイドに出払っていて人が少ない。ギルドマスターの葵は、ベッドで座ったまま動かなくなっていた。動かない葵のお世話といっても、できることなど何もないのだが、星奈の心はだいたい常にやる気に満ちている。なにせお世話係である。『こーえい』だと思っていた。ギルドマスターなる言葉の響きは、星奈の中ではまだまだ魅惑の光を帯び、輝いていたのだ。
星奈:
「おぉ?」
――つい、声を出してしまう。葵には聞こえていないのだが、星奈はミスだと思った。口元を手で押さえ、怒られるのを待つ。しばらくして、何も起こらず、怒られなかったことにホッとする星奈だった。本人的にはおじゃまにならないことはとてもだいじなしごとです!とか思っていたりするようだ。
星奈:
(お世話、です……)
――特にすることのない室内で、葵の方をチラチラ見ながら、仕事を探していたが、仕事らしきものが見つからず、ガッカリしながら、葵の側に歩いていった。葵が触っている水晶球の中で、何かが動いている。液晶テレビでいうバックライトなどはないため、少し分かりにくい。けれど、魔法のような輝きがチラチラ点滅しているのは見て取れた。
星奈:
(凄い、です……)
――竜眼の水晶球に葵の手が被さっているため、よく見えない。何度か位置を変えたりして、いつしかベッドにも上がりこみ、最後は好奇心からか、ちょんと指先でつついてしまっていた。その瞬間、星奈の精神は水晶球の中へと吸い込まれ、体はぐったりとその場に倒れてしまうことになった。
◇
葵:
『マジか! ひとり用じゃなかったんか!?』
ジン:
「星奈、でかした! しばらくそこで見てろ!」
星奈:
『はい!』←誉められて嬉しい
葵:
『星奈ちゃんのMPが切れたら、咲空ちゃん連れてくりゃいいんか。うはっ、レベル上げて損した!』
ジン:
「損はしてねーだろ!」きゅきゅきゅ、ゴン!
もう何回目だか覚えていないが、またもやゾーン変更でヴァーグネルが消える。明るい『昼ステージ』にて、盾役の騎士トリスタン、回復役のイゾルデ、攻撃役のサーヴァント・メーロトとの戦闘になる。
アクア:
「トリスタンとイゾルデ!」
葵:
『なんぞ、嫌な予感がするね……』
敵は3体だが、コンビネーションが作用して戦いにくい。回復役のイゾルデを先に潰したいのだが、ヘイトが作用して狙いにくくなっている。なんとトリスタンは、〈冒険者〉と同じヘイトコントロール能力を持っていた。
トリスタンとメーロト、2体の苛烈な攻撃を、しかし、ごく普通に捌いて戦っていくジン。難敵が難敵に見えず、味方の警戒心まで壊している気がしてならない。
石丸:
「範囲攻撃を行うっス!」
ジン:
「おうよ」
石丸:
「〈ライトニングネビュラ〉!」
発動にタイミングを合わせて後退。イゾルデを巻き込んでの広範囲魔法ダメージが炸裂した。雷が敵を打ち据える。
――ゾーンが昼から夜へと変わった。ポップなイメージで、星は星型を、月はマンガ的な三日月で描かれている。
ケイトリン:
「トリスタンへのダメージが無効化される!」
斬撃ダメージの無効化を確認してケイトリンが後退。
Zenon:
「先にメーロトを倒そうぜ」
ジン:
「どうなってやがる?」
葵:
『状況的には、昼状態じゃないとダメージを与えられないってことかな?』
スターク:
「時間で入れ替わり?」
ニキータ:
「たぶんですが、イゾルデへのダメージが原因ですね」
英命:
「ふむ。どうやら、イゾルデを先に倒すことはできないようですね」
イゾルデを攻撃すると、夜ステージに切り替わり、トリスタンが無敵化するようだ。イゾルデのHPは徐々に回復しつつある。回復し終わったら昼ステージに戻る仕組みだろうか。
〈竜破斬〉でジンがトリスタンに攻撃する。ヘイトを維持する目的からだろう。
ジン:
「あれ? これ、ダメージ通ってねぇ?」
ブースト〈竜破斬〉は防御力では防げない。ルールブレイカーっぷりは健在だった。夜ステージ状態ではトリスタンが無敵化するため、イゾルデがトリスタンを回復しない。つまり、ジンは一方的にダメージを蓄積できる状態だった。ケイトリンとクリスティーヌはダメージマーカーを連続で設置し、昼ステージになった途端に起爆するつもりのようだ。
アクア:
「そうか。トリスタンとイゾルデは夜の間だけ自由に愛し合える。だから無敵なのね」
葵:
『ところで、あのメーロトの役割ってどんな感じ?』
アクア:
「メーロトは確か、トリスタンに傷を与えた敵と差し違えて死んだと思ったわ」
葵:
『マズッ! メーロトを殺しちゃ……!』
手遅れだった。見れば、Zenonが最後の一撃を加えてメーロトを撃破する寸前。メーロトの死亡が確定した瞬間、Zenonを道連れにしていた。8割以上あったZenonのHPが一瞬で吹き飛び、ダメージ量を表現する赤ゲージ一色に。
Zenon:
「ぐわはっ!?」
ユフィリア:
「〈ソウルリヴァイブ〉!」
スターク:
「へっ?」
英命:
「なっ!?」
回復職の2人が、否、僕たち第1パーティーを除いたほぼ全員が絶句していた。
Zenon:
「くそっ、どのくらい死んでた!?」ズシャッ
バーミリヲン:
「一瞬だ」
ウヅキ:
「0.1秒ぐらいだろ」
Zenon:
「なんだそりゃ!? じゃあ、さっきのお嬢さんの呪文かよ。ソウル、ぐらいまで聞こえてたぞ!!?」
〈カトレヤ〉におけるプライマリヒーラーの座は絶対的だった。ジンだけに特化された、ジン専用ヒーラー。ユフィリア以外にはいないのだ。その神速のスペルキャスト能力は、他者の追随を許さない。……ただし、そのことは極めて分かりにくい。ピンチにでもならないとその真価を知ることはできないからだ。なにせ、滅多なことでジンはピンチになどならない。(戦闘外だとしょっちゅうピンチになっている気もするけど)
――この瞬間を境に、英命の役割は決定された。ユフィリアがプライマリヒーラーとなり、英命がセカンダリ、且つ、メインヒーラーの役割を受け持って、回復量や障壁のコントロールを行うことになる。
夜状態でジンがトリスタンにダメージを与え続けた結果、もはや瀕死の状態に。イゾルデのHP全回復とともにゾーンは昼状態へ。直後、クリスティーヌの〈ブレイクトリガー〉発動。トリスタンが倒れたのと同時にイゾルデも消滅。すぐさまヴァーグネルが復帰してくる。
だんだんとヴァーグネル本体との戦闘時間が長くなって来ていた。それにあわせて必殺攻撃の種類も増えてくる。HP50%を切ったと思った途端に攻撃パターンが切り替わる。
ゾーンの景色が変化するが、ヴァーグネルは消えていない。
シュウト:
(遊園地? ……寂れた感じの?)
ジン:
「来たか! 掛かってこいや、『ブギーポップ』!!」
しかし、トリスタンのような実体のある敵モンスターが出現したわけではなかった。ヴァーグネルの近くに現れたのは、うっすらとしたおぼろげな影。それは〈死神〉のものだった。死神をとりまく霧のようなエフェクトに反応して葵が叫んでいた。
葵:
『マズい! 離脱! 後退いそげ!』
ジン:
「チィッ、さがりやがれ!」
死神:
「〈ステンチ・オブ・デス〉……」
PBAE、死神を中心とした範囲攻撃、毒属性の大ダメージ高速DoT。しかも効果時間が長いタイプだ。ジンが死神を押し込んだことで味方を巻き込まずに済んでいたが、ジン本人は至近距離で直撃。ダメージ量が2000~4000点と高い上に、数回ダメージが発生するタイプらしい。ユフィリアも即時回復魔法を使っているが、それでも1人では追いつきそうにない。
葵:
『ヒール支援、急いで!』
リコ:
「〈ファンタズマルヒール〉!」
了解の声も惜しんで、呪文詠唱を開始する英命とスターク。リコの召喚生物からもヒールが飛んでジンの回復を支援している。
ウヅキ:
「消えろ、死神!」
ウヅキが死神に背後からトドメを刺すが、ダメージ効果はそのまま継続した。ジンが死ねばヘイトが跳ねて、ヴァーグネルの攻撃が予想できない状態に陥る。この状況でもヴァーグネルの攻撃は休むことなくジンに襲い掛かっている。我等がメインタンクは、それでも毒の影響を微塵も感じさせず、確実に対処しつづけていた。
石丸:
「約24秒で6回っスね」
葵:
『次に出てきたら、死神足止めしてジンぷーも回避を狙うべ』
ジン:
「だな」
オーバーライドによるレベル&スペックアップでジンの毒耐性値も異常な数値に高まっている。それでもあのダメージ量だ。範囲攻撃に巻き込まれる人数が多かったら……。これもまた全滅の危機だった。ピンチをものともせず、死への誘いを紙一重のところで躱し、躱し続けていく。
直ぐに次のピンチだ。今度はレベル98カースによるデバフである。
ステータスで確認するまでもなく、効果が重い。
スターク:
「いや、これはさすがに解除できないよ?」
ユフィリアが93、スターク、英命ともに92レベルではどうにもできない。100レベル前提のイベントのようだし、解除可能な嫌がらせのハズが、致命的な攻撃になってしまう。
ジン:
「しょうがねぇな。むん!ああああああああ!!」
バチン!と何かを弾けさせ、無理矢理にデバフを解除するジンだった。
スターク:
「……今の、何したの?」
ジン:
「瞬間的にレベルを引き上げて、強引に解除した。名付けて、『フラッシュレジスト』!」
シュウト:
「また新技だし……」
リディア:
「さすが、何でもアリの人……」
しかし、根本的な問題解決にはなっていない。ヴァーグネルの相手をしなければならないのでジンの解除は最優先だが、他にも数人の犠牲者がいる。
というか、僕もそのひとりだ。
リコ:
「じゃあ裏技を出します。〈従者召喚:吸魔ヒル〉、おいで『ひるぴー』」
シュウト:
(うひぃ!?)
ノコノコとのたうつ、不気味な生き物が数体。真っ黒でヌラヌラしていて、テラテラと光っている。ヒルとはいうが、噛まれたら痛そうな歯が並んでいるのですけれど?
シュウト:
「えっ? それを、どうする気?」
リコ:
「デバフされた人の頭に、こう……」
後頭部にぺたんと張り付けられる。思わず手足がシャキンと伸びる。吸われてる。何かを確実に吸われている!
シュウト:
「ちょっとぉ~(涙) 吸われてる、何かを確実に吸われてるってば!」
流石に思ったことを言わずにいるのは無理な相談だった。
リコ:
「悪い魔力だけですよ。しばらくしたらデバフが消えるんで、そしたら自動的に離れますから」
シュウト:
「だけどさ~(涙)」
リコ:
「ごちゃごちゃいわない」ピシャリ
エリオ:
「これは独特な」ぐちょり
Zenon:
「おい、コレでハゲたりしないだろうな?」ねちょり
なんだかんだと二重の意味で犠牲者になった僕たちだった。
葵:
『はぁ~。すげーね。めっちゃ強いじゃん。チート級だよ』
リコ:
「でも、なぜか人気ないんですよ。……可愛いのにぃ」
(えっ?)と思ったけれど、口には出さずにおいた。タクトの口数が少ないのは、たぶん同じ気持ち(つまり不気味だと思っている)だからだろう。しかし、そうなるとリコの美醜の基準が問題になってくる気がする。
タクト最高と公言してはばからないリコだが、その最高ってどういう意味なのだろうね?(正直、にんまりを禁じ得ないのですが?)
後頭部からポロリと不気味な吸魔ヒルが落ちる。説明通りでホッとした。カースによるデバフ解除もそうだが、少しばかり『良い気味』でもあって、気分がよくなった。役に立つと分かれば、不気味なのも少しはしょうがないような気分にもなる。……心の余裕はとても大事なものだろう。
果てしなく続くヴァーグネルとの戦闘は、必殺攻撃のバリエーションにも果てしなさが現れて感じた。
ランダム5属性魔法攻撃『マイスタージンガー』、そして珍しい神聖属性のドラゴンブレス『パルジファル』。どれもこれも凄まじい威力であり脅威そのものだった。
僕たちは、だんだんとワーグナーの世界観のようなものに魅了されていった。あくまでもヴァーグネルとしての攻撃ではあるし、ゲーム的に考えれば使い回しの部分も多いのは分かっている。(寂れた遊園地の背景とか、幾つかのギミックとか)我が儘さや強引さ、理不尽さ、哀愁、その他のきらめくような様々な感情と葛藤の渦に飲み込まれ、ぐるぐるにかき回されるのを、いつしか楽しみはじめていた。
葵:
『ヘイトリセット! ついでにダメージ反射に注意!』
石丸:
「了解っス」
葵:
『ランダム引き寄せテレポ! リディアちゃんをフォロー!』
リディア:
「ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」
葵:
『戦士職のタウント無効! クリスちゃんを中心にシフト変更!』
クリスティーヌ:
「盾に装備変更する!」
ギンギラギンだった。葵のテンションは最高潮に達し、それがレイドの熱を引き上げていく。矢継ぎ早の指示に機敏な対処。『カレイドスコープ』がおのずと発動し、感覚戦闘によってレイドの次元を引き上げていく。
――『ああ、我が優しい夕星よ』
アクア:
「『タンホイザー』! 来るわよ!」
ジン:
「まかせろ!」
ヴァーグネルの尾が高々と振り上げられる。その先端の鉱石塊を使った、疑似メテオ。陸尾竜ヴァーグネルの本命的な攻撃だ。
掲げた尾を一度振り回し、その勢いで全身を跳ね上げるや、更に高い位置から全身で回転、背中から落下。尾を凄まじい勢いで振り下ろしてくる。
ジン:
「うおおおおお!」
ヴァーグネルの落下がアースクエイクとなって僕らの動きを封じる。尾の先端の巨大な鉱石の塊と、ジンのブースト〈竜破斬〉とがかち合い、瞬間的にせめぎ合った。ジンの足下がぐらついたのはその瞬間だった。いかな〈竜破斬〉とはいえ、足元の影響までは相殺できない。
ジン:
「チィィィィッッ!」
足元の形状が変化。力の方向がズレた。なんと、ジンの側が弾かれ、ズルズルと後退してしまった。疑似メテオ『ああ、我が優しい夕星よ』が地面を叩き、大地のひび割れが広範囲に走る。しかも地震の影響で離脱が遅れている。途端に、間欠泉のように彼方此方でマグマが吹き上げた!
ジンの足元が滑ってしまったからだ。正直、〈竜破斬〉が負けたのを初めてみた。この場合に限っていえば〈フローティング・スタンス〉が裏目に出た形でもある。
そして、被害は甚大だった。ユフィリアの〈イセリアルチャント〉がダメージを緩和していく。素早く建て直しをはかる仲間達。
ジン:
「すまん!」
葵:
『フォローは任せろ!』
アクア:
「2方向からの攻撃には弱いってことね」
ジン:
「それも弱点っちゃー、弱点だな(苦笑)」
長い長い時間の果てに、最終局面へ。
異変の知らせは、エリオの口から届けられた。
エリオ:
「再使用規制が次々と解除されているでござる!」
ジン:
「どういうこった、……葵!?」
葵:
『時間操作! 緊急! 総攻撃に移行!!』
果断であった。総攻撃を選択し、削れるだけ削る。次々と技を繰り出すが、次から次へと再使用規制が解除されていく。自分たちに有利になる、ということが逆に恐ろしい。
アクア:
「フィナーレが近いわ」
リディア:
「予想だと、どうなるの?」
アクア:
「『ニーベルングの指輪』の第4夜、『神々の黄昏』の冒頭には、運命の女神ノルン達が現れる。最後は、神々の黄昏で終わる。神々の世界の終焉をもたらす炎で、ね」
葵が防御の指示を飛ばす。英命が最大級の障壁を展開し、スタークと協力して再現なく強化し続けていく。
石丸:
「時間遅延! いや、これは……、もしやゾーンが光の速度に近づいている?!」
葵:
『くるぞ、ジンぷー! タイミングを逃すなよ!?』
ジン:
「わかってる。……ユフィ、頼むぞ」
ユフィリア:
「うん!」
……時間が、止まろうとしている!
それはかつて〈エルダー・テイル〉には存在しなかった攻撃手段であり、従って防御手段も存在しなかいはずのものだ。時間、もしくは時間感覚?が止まった中で、僕らはどうやって敵の攻撃を防げばいいのだろう。
レイシン:
「クッ……!」
もう殆ど身動きが取れなかった。無風だが、まるで風のような圧力でその場に縫い付けられていた。
だんだんとヴァーグネルの周囲から光が消えていく。それはもしかしたら、光が停止することの表現なのかもしれない。背景が崩れ、どこかへと流れていった。時間感覚を表現したものなのかもしれない。僕らは何処に立っているか。
僕たち〈冒険者〉は、何処から来て、何処へと行くのだろう。
(いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないから!)
ユフィリア:
「ジンさん!」
ジン:
「〈キャッスル・オブ・ストー…………
永劫に続くかと思われた時の果ての、その一瞬、唐突にユフィリアが叫んだ。ジンは同時に特技を放ち……。
そして、時間が、止まった。
ヴァーグネルが停止した時の中を再び動き始める。『マイスタージンガー』。5種類の魔法効果がジンに向かって飛び、直前で停止。
『パルジファル』。神聖属性のドラゴンブレスがジンに向かって真っ直ぐに伸び、直前でまたもや停止した。
――『ラグナレク』
炎が、時の彼方から迫ってくる。それは距離とともに大きくなり、地平線の彼方まで続く高い炎の壁となり、あっという間に僕らに迫ってきて、天まで届く高さの轟炎の壁となった。もはや逃げる場所など何処にも無い。
果たして、ジンの〈キャッスル・オブ・ストーン〉は発動できたのか。間に合っていなければ、ここで全滅だ。この攻撃を防ぐ手段などあるはずがない。
シュウト:
(でも、間に合って…………ない!)
『マイスタージンガー』と『パルジファル』の攻撃で障壁が瞬間的に弾け飛び、〈キャッスル・オブ・ストーン〉が成立する前にダメージを受けて特技使用は失敗、その直後にラグナレクの炎で燃やされて全滅。そのはずだった。
全滅の寸前、僕は何かへと祈った。祈る相手もいない無宗教の人間が、都合よく奇跡を望む相手とはどんな神なのだろう。それとも相手は幸運だったのかもしれない。
シュウト:
(時が……!)
タクト:
「ぐわぁぁああああ!!!?」
シュウト:
「!!?」
複数の魔法効果を受けて何故かタクトが吹き飛んだ。そのまま死んだかもしれない。
同時に、パルジファルの効果を受け止めた障壁があっさりと消滅した。しかし、一瞬だけ『もった』。そして、その一瞬で十分だった。発動すれば、〈キャッスル・オブ・ストーン〉があらゆる攻撃を遮断する。
エリオ&Zenon:
「「〈叢雲の太刀〉!!!」」
続くラグナレクの進行を受け止めるジン。エリオとZenonが〈叢雲の太刀〉を同時に吐き出した。それでも勢いを完全に打ち消すには至らず、安全地帯であるジンの背後へ全員が移動。傷ついたタクトを抱えたリコも間に合った。
バーミリヲン:
「〈ロングレンジカバー〉!」
タクトが作った『一瞬』が、全滅を阻止した。値千金。黄金にも勝る一瞬だった。
シュウト:
(なんて、なんて戦闘センス……!)
早すぎても、遅すぎても意味がない。しかし、完璧に間に合わせた。ジンですら、間に合わなかった特技発動。それをこの男は、初見で、レイドボス戦すら始めてのくせに、事前に使って成立させたのだ。タクトは大きな賭に勝った。
無我夢中、がむしゃら、死にものぐるい。それらを一周し、疲れ果て、更に己を奮い立たせ、奇跡すら垣間見つつ、僕らは静かにその瞬間を迎えた。3時間を優に超過する超長時間戦闘。
ラストアタックは狙い澄ましたウヅキのものだった。
陸尾竜ヴァーグネル、打倒。 ……戦いは終わった。