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155  おとな会議 / ゾーンを探して

 

葵:

「では、ギルド〈カトレヤ〉 第665回おとな会議の開催を宣言します!……んじゃ、後は任した」


 600回もやっている訳がないので、適当な数を言ったに違いない。


エルンスト:

「了解した。……まずハッキリさせたい。これは会議なのか、それとも裁判なのか?」

ユフィリア:

「はい!はいはい!」

エルンスト:

「発言をどうぞ」


 ユフィリアの代わりに重々しく立ち上がったのはニキータだった。


ニキータ:

「では、……ジンさんに死刑を求めます!」

ジン:

「にゅや!?」

ニキータ:

「というのは冗談ですが、知っていることの開示を『強く』要求します!」


 ニキータ検事の追求は厳しいものになりそうだった。

 カドルフ事件のジンさんの不用意な一言があの後、問題になったのだ。濡羽がアキバとミナミを戦争させようとしている、というヤツだ。その推論の前提が何なのか?という話である。

 笑顔で追求するニキータさんの恐ろしいことと言ったらない。おとな会議を開催し、追求の機会を作る約束でその場をおさめたのであった。


エルンスト:

「では弁護人」

シュウト:

「…………というか、誰がジンさんの弁護をするんですか?」


 見回してみても誰かが立ち上がろうとする気配はなかった。僕はたぶん足手まといにしかならないので以下略である。


ジン:

「薄情者! いいよ、自分でやるよ! ……俺は無実だ。おにゃのこのフトモモをさすさすなんてしてない。信じてくれ!!」

葵:

「……それを信じろという方がどうかしてね?」

ユフィリア:

「ジンさん、有罪!」

大槻:

「悪いが一言だけ言わせてくれ。……不毛じゃないか?」


ユフィリア:

「ゆ・う・罪! ゆ・う・罪! ゆ・う・罪!」

赤音:

「ゆ・う・罪! ゆ・う・罪! ゆ・う・罪!」

ジン:

「こうなりゃ徹底抗戦だ! かかってこいや~!!」


 いつもの面白くなればなんだっていいや的展開だ。巻き込まれないように注意しなくてはならない。つるし上げられた挙げ句、ボロを出したら後で何を言われるかわかったもんじゃない。とかくこの世は罠だらけ、である。


名護っしゅ:

有罪(ギルティ)かなんか知らんけど、どういう話なんだ?」

ニキータ:

「今回、カドルフに接触した際、ジン容疑者が……」

シュウト:

「容疑者って……」

葵:

「てゆーか、カドルフの件って秘密の約束なんだけどー」

ニキータ:

「あ……」

ジン:

「うわぁ、口が軽ぅ~い。喋っちゃうのぉ~? 秘密だって言われたのに、喋っちゃうのぉ~? 草不可避~」ニタニタ


 ここぞとばかりに全力である。口元を手で押さえ、頬を膨らませたプププの顔は、少しばかりイラっとさせられるものがある。


ジン:

「くっくっく。この中に、裏切りものがいる!」ばばーん

葵:

「殺人事件だな? ……よし、謎は解けた!!」

シュウト:

「なんの謎ですか!?」

葵:

「犯人はジンぷー、貴様だぁああああ!」

ジン:

「ヒデぇ!」


 もうそろそろどうでも良くなってきた。


ユフィリア:

「そうだ。あのね、今度ね、アキバ通信って雑誌で、表紙の絵のモデルをやりました!」にょん

シュウト:

「それ、今、報告すること?」


 唐突な話題転換は空気を読めていないような気がした。……いや、逆に読んだ結果なのかもしれないけれど。


名護っしゅ:

「へぇ、凄いなぁ。いつ発売?」

ユフィリア:

「いつだっけ?」

葵:

「来週だね」

ジン:

「あ? 今週じゃなかったか?」

葵:

「部数を増やしたいらしくてねぇ。やっぱホラ、ユフィちゃん表紙だし?」

ジン:

「またそんなこと言って……」

葵:

「だいじょび、今度は売れるってばさ」

ジン:

「毎回、同じこと言うつもりか!」

大槻:

「……ということは、アキバ通信にも関係してるのか?」

葵:

「ん? 言ってなかったっけ?」

エルンスト:

「ほとんど何も聞かされていないな」

ジン:

「あー。……葵の発案で、スポンサーをやってる」

葵:

「情報をかき集めるためのツールだね」

名護っしゅ:

「情報を? 発信するんじゃなくてか?」

葵:

「そこはそれ、『海老で鯛を釣る』わけよ」ふふん

ジン:

「鯛でドジョウを釣りそうだけどなー」


 ジンを追求する雰囲気はすっかり途絶えていた。なんという展開の速さだろう。


エルンスト:

「他に問題や議題は?」

ユフィリア:

「はい! 朝のおにぎりの具って何がいいかな?」

シュウト:

「いや、シャケでいいと思うんだけど」

葵:

「つーか、シャケの仕入れにかかるコストは調べたんか!」

名護っしゅ:

「あー、無性にシャケ食いてぇ」

レイシン:

「オッケ」

ジン:

「じゃあ、そろそろモンスター系の食材を攻めてみっか?」

葵:

「だから、仕入れの値段とか考えろや!」

ジン:

「そこはそれ、ガキんちょ共を働かせるわけよ」

シュウト:

「そー太達ですか? エルムさんじゃなくて?」

ニキータ:

「……それもどうなの?」

ジン:

「というか、あいつらどうやって鍛えようかってのが目下最大の悩み所だしな。何しろ人間の言葉が通じないし……」

シュウト:

「『人間の言葉』なら通じるんじゃないでしょうか……」


 実際、ジンが人間の言葉を喋っているかどうかの方が不明だ。天界人の言葉・概念という方が近い可能性がある。未来情報とか平気で言ってくる人なのだ。


ジン:

「てかさー、本当はお前の担当だったよな?」

シュウト:

「えっ?」ギクリ

ジン:

「なんで俺が訓練する話になってんだっけ?」

シュウト:

「それはー……」

葵:

「そりゃ、あれだ。シュウくんが困った顔をしてこちらを見ている。……コマンド?」

ジン:

「無視だ、無視!」

葵:

「で、永久ループと」

シュウト:

「いや、でも、ジンさんが鍛えないと実力差が開いちゃいますし?」

ジン:

「つかえねー、この雑用つかえねーったらねーぜ。アレだな! 犬とか猫とか拾ってきても、テメェで面倒見ないタイプ、な!」

葵:

「あー、はいはい。家族に奪われるんでしょ?」

ユフィリア:

「っぽいね」くすくす

赤音:

「さみしい……」


 責任追及からの罵倒→哀れみのフルコンボを食らわせて、僕にどうしろというのだろう。部屋にもどって枕を涙で濡らせばいいのか。


葵:

「とりあえず、クエいっぱいやらせたらいいんじゃね?」

シュウト:

「それ、僕らもやりましたね」

ユフィリア:

「たのしかった!」

大槻:

「何かあるのか?」

葵:

「何かってほどでもないよ。アキバ通信って攻略情報誌だからさー。やっぱ攻略情報を配信していかないとじゃん?」

名護っしゅ:

「それだったら一石二鳥だな」

ニキータ:

「ついでにおにぎりの具材も見つけて貰えると」

ユフィリア:

「一石三鳥だね。ウフフフフ」


 なんだかいい感じにまとまって終わりそうだった。世界平和ばんざい!(涙)


石丸:

「では、一石四鳥にするのはどうっスか?」

ジン:

「お、何かアイデアか?」

石丸:

「カドルフの事件があって、現実世界に戻る方法について少し考えてみたっス」

エルンスト:

「フム?」

葵:

「続けて、続けて」

石丸:

「帰還に至る方法は大きく分けてふたつ。一つは、ゲームイベントとは関係ない『別の仕組み』を用いる裏技的な方法。これは探しても無意味なので今は除外するっス。もう一つは、ゲームイベントの関連が強い場合っスね」

ジン:

「ふむ。ゲームイベントだとしたら?」

石丸:

「現在は最新の拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉によって新規ゾーンが開拓されているはずっス。なので新しいゾーンで新しいイベントが発生していて、それが帰還への手がかり・足がかりになる可能性があるっス」

ジン:

「まぁ、既存のゾーンに大規模な変化を起こすよりは、不自然ではないわな」


 〈エルダー・テイル〉の舞台となるセルデシア世界の歴史は連続している。僕らからみれば〈ノウアスフィアの開墾〉は拡張パックとして新しいゲームの可能性を広げるものだが、〈大地人〉にすれば適用された日は昨日と今日程度の違いしかなかったはずだ。昨日まで草原だったところに塔や城などの巨大な施設が出てきたら、それなりに話題にもなるだろう。


 開発されていなかった、もしくは拡張パック向けに取り置きされていたゾーンが解放されて入れるようになった、という方が自然なのだ。そこで手つかずのクエストが現実世界への帰還に繋がるか、そのヒントになっているとする方が、確かに分かり易い話ではあるだろう。


大槻:

「この場合、問題は『ドコが新規開拓ゾーンか不明』という点だな?」


 〈妖精の輪〉の周期変化があったかどうかなど、Web上の攻略サイトから切り離されている僕らにとっては、異世界に来てしまったことも含めて、すべてが『真新しい現実』だった。どれが古い拡張パックのイベントで、どれが最新のイベントかの判断が難しい。過去を失ってしまったとも言える状況だ。

 僕個人としても、すべてのイベントを経験している訳ではない。過去に存在していたかどうかは、大勢の記憶と照らし合わせる必要があるかもしれない。


葵:

「どうする気? 虱潰しにするとか?」

石丸:

「その通りっス」

ジン:

「マジでか……?」

名護っしゅ:

「いくらなんでも、そりゃ……」

石丸:

「その地域でのクエストをやり尽くしてしまうと、再発生までのタイムラグから暇になってしまうっス」

葵:

「な~る。誘導イベントか!」

ユフィリア:

「誘導イベント?」

大槻:

「クエストがなくなることで、やることがなくなってしまわないように、自然な形で別地域へと誘導するクエストやイベントのことだな」

ジン:

「千葉の仕事がなくなりそうになったら、神奈川へ行けって感じで誘導するわけだ」

ニキータ:

「でも、〈エルダー・テイル〉のクエスト数は……」


 MMORPGでも古参の〈エルダー・テイル〉は、膨大な数の冒険・クエスト・ミニイベントがある。日本サーバーの初期プレイヤータウンであるアキバ周辺のクエスト量は尋常ではない。僕らだけでどうにかしようとしたら、何年も必要になってしまうかもしれない。


石丸:

「だからっス。アキバ通信にこの考え方を発表し、クエストをやり尽くして誘導イベントを発生させ、また次の地域でも同じように誘導イベントを発生させるっス。これを記録しながら繰り返せば、最後には……」

ユフィリア:

「新しい地域と、新しいクエストにたどり着く?」

石丸:

「そうっス。これならば、〈妖精の輪〉の調査をするよりも確実に先へと進むことができるっス」


 〈妖精の輪〉の調査をしても、移動先が新しいゾーンかどうかまでは分からない。確実に先へ進むという意味では、この方法が正攻法になりそうだった。


ジン:

「フム。日本っていう平面マップを、階層構造化するのか。なるほどなー」

名護っしゅ:

「さしずめ、アキバは第一階層ってことか」

大槻:

「……問題は、大規模な協力者が必要になる点と、別地域に拠点をどうやって作るか。また、その間の移動方法などだな」

ジン:

「小パーティをたくさん、最低でも優秀なのが300人、50パーティーは欲しいとこだが」

葵:

「サポートメンバーはその3倍だね」


 正直、想像することだけなら可能、という水準の話だろう。実現しようと思えば、大規模な組織が、それこそ小規模な国が必要かもしれない。誰も考えないほどの正面突破。効率を度外視し、最短ルートの存在を無視するやり方だ。こうした網羅的な思考はまさしく石丸らしさでもある。


 でも、だからこそ、前提が問題になってしまう。『この世界』が帰る方法を用意していなければ、この方法では帰れないのだ。これは『この世界を信じる』という前提が根にある考え方だった。

 僕たちは、そこまで『この世界』を信じきれるものだろうか?


ウヅキ:

「バカバカしいが、あたしは嫌いじゃないね」

リディア:

「楽な方法がいいけど、どうすれば楽なのかがわかんなきゃ、しょうがないよね?」

赤音:

「この〈エルダー・テイル〉を一番満喫したヤツが勝つ!」キラン

ジン:

「お!? 言うねぇ」

葵:

「名言キタコレ!」


エルンスト:

「みんなどうする? いや、……どうしたい?」


 なんとなく、注目されているような気がした。プレッシャーを感じる。


シュウト:

「そうですね。……たしかに困難な道のりですけど、闇雲なのよりは、いいと思います」


 ジンは承認するというように、ただ口元で微笑んだだけだった。


葵:

「じゃあ、アキバ通信は正攻法でいこうかね。真っ正面からガツンと!」

エルンスト:

「わかった。俺たちもその方針に従おう」

大槻:

「うむ」

名護っしゅ:

「へっ」


レイシン:

「はっはっは」

ジン:

「そうだな」

ユフィリア:

「うん! がんばろっ!」きらきらきらどーん


葵:

「じゃ、〈円卓会議〉系の依頼は避けて、ゲームイベント系だね。たぶんアキバだけでも終わっちゃえば、残りはサクサク進むかもだし」

ジン:

「逆に問題も出てくるがな」

シュウト:

「ミナミ周辺、ですね……」


 僕らではミナミ周辺のクエストには手が出せそうにない。しかしそれは、今は考えなくてもいいだろう。その内に、何か変化があるかもしれないし、ミナミからしか『誘導されない』というのは状況的に考えにくい。


ジン:

「高難易度のものは俺たちに振ってくれ。アクアが戻ってきたら速攻で今のレイドを終わらせっから」

ウヅキ:

「……速攻で終わんのかよ?」


 それには答えず、首を竦めるジン。僕は苦笑いするしかなかった。

 タイミング良くこの後でアクアが戻って来たため、翌日のレイドの準備を慌ただしく始めることになった。







ジン:

「揃ったか?」

シュウト:

「後はケイトさんだけです」

スターク:

「来たみたいだよ……?」


 スタークが指さした方向からはケイトリンの他に男性が4~5人一緒だった。〈シルバーソード〉と別れた後で見繕った取り巻きだろう。明るいところでちゃんと姿をみるのは僕も初めてだ。


ケイトリン:

「遅くなったか?」

シュウト:

「いえ、時間ぴったりです」

ジン:

「そいつらは何モンだ?」


 男性のひとり、〈武士〉のサブリナが前に進み出て挨拶する。


サブリナ:

「ウチのボス、というか、お嬢がお世話になってるんで、いちお~御挨拶にと思いまして……」

ユフィリア:

「あーっ! この人たち、知ってるよっ!」

サブリナ:

「ん?」

ジュン:

「げっ!?」


 どうしてだか狼狽える取り巻きの男たち。ユフィリアは有名人だが、それにしては反応がヘンだ。別の理由でもあるのだろうか?


ジン:

「どういった知り合いだ?」

ユフィリア:

「アサクサの近くでカップルバスターってゆーのをしてた人たち。ジンさんも一緒だったよ?」

ジン:

「…………あーっ! あの時の、ネナベかぁ!」


 時間がかかったのは、たぶんEXスキル『男は覚えない』という例のアレだろう。


ジン:

「ほほぅ? 性懲りもなく俺の前に顔を見せるとは。いい度胸だなぁ~」

トガ:

「ちょっ!?」

イッチー:

「不可抗力!これは不可こーりょくだと思いまーす!」

マシュー:

「困った」

シュウト:

「あのー、結局、どういったお知り合いで?」

ユフィリア:

「カップルをPKするの。私たちもPKされそうになったんだよ」えっへん

ニキータ:

「なんですって? カップル? PK?」ゴゴゴゴゴ


 ニキータ、怒髪天を衝く。スーパー○イヤ人ゴッドになりかけていた。


ジュン:

「まって! ボロ負けしたってば! なんもしてない! 逆に半殺しの目にあったってば!」

サブリナ:

「こうなったら、あたしが新技を出すっきゃない!」

ジン:

「新技?」ぴくり


サブリナ:

「だあああああ!」


 まっすぐ走って逃げて行くと思いきや、ぐるっと回り込んでこちらに向かって突進してくる。そして側転からロンダート?だかでぐるぐると回転し、宙へ跳びあがった。それなりの高さが出ている。


石丸:

「……屈伸の2回宙返り一回ひねり。月面宙返り(ムーンサルト)っス」


 綺麗に着地したと思ったところから、大きく体勢を崩していた。丸まるような体勢で額を地面に打ち付けてしまう。しかし……。


サブリナ:

「すいまっせんっっしたぁぁぁぁああああああ!!!」


Zenon:

「なん、だと……?」

葵:

「これは、ジャンピング土下座の遙か上を行く大技、……ムーンサルト土下座だ!!」

トガ:

「よし、きまった!」ぐっ


 そして、ジンの判定は……? (いや、判定って……)


ジン:

「10点(涙)」はらり

葵:

「10点」

ユフィリア:

「10てん!」

バーミリヲン:

「納得の 10点」

星奈:

「(ビクッ)!?…… ← → じゅっ、てん?」


 サブリナ選手のムーンサルト土下座。見事に10満点を獲得。


サブリナ:

「よっしゃあああああ!」


アクア:

「くだらないことをやってないで、そろそろ行くわよ?」

葵:

「だーねぇー」

ジン:

「……見事な芸だった、褒めてつかわす」

サブリア:

「あ、ありがたき幸せ!」

シュウト:

「何をやってるんですか、何を!(苦笑)」

ジン:

「いいか、お前たち。出来の良い芸は褒めるものだ。認め、称えて、賞賛せよ。それが日本に生きるものの心得であり、心意気というものだ」シャキーン

星奈:

「ふぉぉおお!」

シュウト:

「はぁ……?」

ジン:

「この国は芸のありきなのだ。武芸も芸だが、職人技もまた芸。スポーツもよし、文芸もまたよしだ。……だというのに、ニューハーフのゲイばっかりになりやがって!」ぐぬぬっ

Zenon:

「巧いっ」

ジン:

「巧くねぇ!」


ユフィリア:

「じゃあ、いってきまーす!」

葵:

「いってら~」

サブリナ他:

「「いってらっしゃーい!」」


 なんだかよく分からないまま、PKの人たちに見送られて出発となった。どうせ後で考えても間に合うだろうと思われたので、後回しにすることにした。今はレイドに集中しておこう。







アクア:

「この辺りよね?」

ジン:

「そのハズだが……。入り口が見あたらないな……」


 アクアが戻って来たため、速攻でレイドを終わらせるべくレイドゾーンへ飛んだ。4カ所目と目される付近をしばらくウロウロしてみたが、ゾーンの入り口は発見できないままだ。


シュウト:

「どうしますか? 何か条件を変えるとかしないとダメそうな感じですけど」

英命:

「これは、困りましたね」


 まるで困っていなさそうな笑顔だったりするのだが、そんなところにツッコミしている場合ではない。


ジン:

「なんか意見はあるか?」

Zenon:

「ねぇ。わかんねぇ」

ユフィリア:

「じゃあ、葵さんを呼ぶね?」


 ちょっとは自分たちで考えてみない?とかいいたくなる程の依存っぷりである。……いや、僕が言えた義理ではないのだけれど。


葵:

『しゃあ! ボス戦だな。やるぜ!』

レイシン:

「ごめんね~、まだなんだ」

葵:

『おろろん? どったの? なんかあった?』

ジン:

「逆だ、なかった」

シュウト:

「敵のボスがいるはずのゾーンの入り口が見当たらないんです」

ジン:

「場所的にはここで合ってるハズなんだがな~」


 さすがのジンも自信に翳りが見られる。


葵:

『前回のレイドボス、ビートホーフェンを倒したことで、正規ルートへ復帰しているハズだよ。イベントを挟むんだとしたら、〈竜翼人〉の里に行くぐらいしか思いつかないしな~』

アクア:

「いいわね。ついでに今度のボスの情報も聞けるかもしれないし。早く名前が知りたいわ」

ジン:

「ここからだと結構かかるんだよな~」

石丸:

「行って、戻ったら夕方っスね」

葵:

『今日は厳しいかもね』


 〈竜翼人〉の里までここからだと片道約3時間。お昼休憩を挟んで戻ってきたら、夕方と言っていい時刻だ。夏を過ぎて段々と日が短くなっていることも一因としてあるだろう。

 そうして往復すること自体は手間だが大変という程でもない。しかし、戦闘はそれなりに発生てしまうことになる。HPやMPは全回復できるけれど、プレイヤーである自分達の精神的な疲労度のようなものはどうしても残る。100レベルを越えるレイドボスとの激しい戦闘だけあって、万全の状態で挑みたいのが本音なのだ。集中のほころびのようなものが影響してしまう可能性は高い。


 どちらにしても、一度〈竜翼人〉の里へ向かうことに。口には出さなかったが、今回レイドボスと戦う可能性が減ったことで、移動中の戦闘回数がぐっと増えていた。ジンがミニマップを使って回避していないからだ。

 ドラゴン素材の売却も目的の一つなので、戦うことは決して悪いことではない。経験点もきちんと手に入る。


シュウト:

「敵の平均レベルがほのかにあがってますね」

リディア:

「1~2レベルだからまだ影響はないけど……」


 ドラゴントゥースウォリアーのレベルが、平均90前後から92へ。ドラゴンも93、94レベルになって来ている。ここは90レベル以上のゾーンらしいので異変とまでは言えないものの、シナリオ(?)の進行状況で敵のレベルがあがるのだとしたら、まだ数レベル上昇する見込み、ということになりそうだ。


アクア:

「こちらもレベルを上げやすくなるのだから、悪くはないわ」

ジン:

「ポジティブですこと。……いくぞ」


 ジンの「はらへったー」が増え始めたころ、無事に里へ到着した。周囲に敵影が無いことを確認してから、以前に預かってそのままの印で里の中へ。

 奥へ進んでいくと、取り次ぎの手間を省くためなのか、赤い竜翼人のリーダーがそこで待っていた。


ジン:

「よう。出迎えごくろうさん」

赤い竜翼人:

「ああ。話は工房で聞くことにしよう」

シュウト:

「お世話になります」ぺこり


 あまり歩き回られるのも不快なのかもしれない。もしくは警戒されている可能性もありうる。なにしろ五聖とかいうレイドボスのドラゴンたちを倒しているのだ。〈冒険者〉を警戒しない方がどうかしているのかもしれない。

 もともとモンスターなのだけれど、もはや僕の中では知的な種族というイメージが先行してしまっていた。(知的な種族『だから』友好的、とは限らないのだが……)


 襲ってこなければNPCみたいなものなので、モンスターだからどうこう、と思うことはない。ゲーム的には珍しい状況ではないからだろう。



アクア:

「さっそくだけど、次のボスの名前を教えてちょうだい」←初対面

ジン:

「それもそうなんだが、ちっと待て。まずアレだ。場所はだいたい分かってるんだが、ゾーンが見当たらない。どうやったら戦えるのか教えてくれないか?」

赤い竜翼人:

「そんなことか。夜になれば聖域に入ることができるだろう。それと、土聖の竜の名は、ヴァーグネル。これでいいか?」

シュウト:

「夜……? それだけですか?」


 意外にも単純な仕組みだったらしい。


ジン:

「な~るほど、ザ・ワールド。時間だったのか」

アクア:

「ヴァーグネル? ヴァーグネル、ワグネル、まさか……」

石丸:

「そうっスね」

ウヅキ:

「なにがどうしたって?」

石丸:

「次の相手がわかったっス」

英命:

「伺いましょう」

アクア:

「今度の楽聖はリヒャルト・ワーグナー、『楽劇王』のオマージュね」



 …………。



ジン:

「あー、えっと、スマン、それってどのくらいの感じなんだ?」

アクア:

「今ばかりは、その無知が羨ましいわね。ベートーヴェンとモーツァルトの間に並べても遜色ない、といえば伝わるかしら?」

シュウト:

「相当マズい相手なのだけは、わかります(苦笑)」


 そもそも弱いレイドボスが来るとは最初から思っていない。


葵:

『話は聞かせてもらった。……問題は何故、夜しか戦えないかだね。相手が楽劇王と来たら、答えは一つだね』

アクア:

「そうね」

Zenon:

「おいおい、だから俺たちにも分かるように説明してくれよ」

英命:

「つまり、専用のオペラ劇場(ハウス)で我々を楽しませてくれる、ということでしょう」

葵:

『今度の相手はゾーンもコミコミってことだよ』

ジン:

「別段、ゾーンにギミックがあんのは当然じゃね?」

アクア:

「『楽劇王』だと言ったでしょう。ゾーンが敵の本体だと考えた方がいいかもしれないぐらいよ」

ジン:

「固有結界みたいなイメージか? そいつはヤベー、のか?」

葵:

『かもね。……ゲームが現実になったことでバグは考えなくて良くなったと思うけど、運営がいないことで難易度調整はしくじっててそのまんまでもおかしくない。つか、ジンぷーとかその失敗例だし』

ジン:

「意図的な破綻を失敗と呼ぶかという議論はあるだろう。ともかく、人を失敗扱いすんな、ゴラァ!」


 いっそジンが調整を喰らって弱体化してくれれば、ついでに運営にログアウトも頼めて助かりそうな話ではある。……そうなったら、正直つまらないだろうな、と思ってしまうけれど。


ケイトリン:

「調整の件で思い出した。前回もらった剣のことだけど……」

ニキータ:

「何か問題?」


 ケイトリンに渡したのは黒炎剣ソード・オブ・ダークフレイム。幻想級のロングソードだ。先端部分に少しだけ反りの入った直剣で、黒の刀身に魔法で淡く輝くオレンジのラインが入っている。名品の存在感ある一振りだ。


ケイトリン:

「ここしばらく暇だったから、いろいろ試してみた。ある意味、最強の武器かもしれない」

シュウト:

「最強……?」ドキッ


 以下ケイトリンの話をまとめると、黒炎剣は爆発タイプの追加攻撃を持っているらしい。プロック発動率は表示上6%になっているが、体感で3%前後という。その代わりに大威力で追加ダメージが5000~6000点にもなるとのこと。確率的にクリティカルよりも低くなってしまうが、それでもその威力はなるほど高い。

 問題はもう一つの機能の方だ。ダメージマーカーと接触すると、小規模な爆発が100%の確率で発生するという。こちらの威力は500~600点というので、1/10ほどだ。


Zenon:

「ん? どこが最強の武器なんだ?」

葵:

『わかんない? ダメージマーカーが100個ぐらいある状態で、ブレイクトリガーしたら、5~6万点の追加ダメージなんだよ』

スターク:

「うはっ。200個なら更に倍か。そのぐらいならレギオンレイドで十分に狙える数でしょ。それ見当てで組んでも面白いかもしれないな~」

アクア:

「200個もあれば、3つぐらいは大威力の爆発も発生しそうね」


 『ある意味で最強』とはこういうことだった。前準備に時間も手間もかかるが、決まれば圧倒的な火力、ということになりそうだ。


ジン:

「……というか、『タンク殺し』だろ?」

ケイトリン:

「(こくり)もう仲間で試してみたけど、成功してる」

葵:

『あっ、そういうことか!』


 〈守護戦士〉などが用いる〈フォートレス・スタンス〉は、ダメージマーカーを起爆させないようにすることができる。……そうすると、ダメージマーカーは起爆しないまま、プロックだけ発動し続けることに。それはちょっと強すぎるような?

 

アクア:

「ふぅ~ん。使えそうね?」

ケイトリン:

「この話はともかく、……レイドの問題点はもうひとつあるんだろ?」

葵:

『ま、ね』

アクア:

「ええ。今度のは厄介だわ」

シュウト:

「なんのことですか?」

ケイトリン:

「……これからどうするか、決めて」


 僕の問いかけには答えず、先を促すケイトリンだった。


ジン:

「無論、さっきの場所に戻ってゾーンの入り口があるかどうかを確認する。と、その前に先にメシな! これが最も重要だ」

レイシン:

「了解~」

Zenon:

「なぁ、折角ここまで来たんだし、ちょっとアイテムを見させてくれよ!」


 そういうと〈竜翼人〉の工房のアイテムをヨダレがでそうなほど見つめていた。

 昼食後、ヴァーグネルの居るであろう地点に戻るべく移動を開始。しばらくしたところでニキータのレベルがあがって94へ。夕方というには少しばかり早い時間帯に到着したため、周囲を探索しつつモンスターを狩って回った。

 そうして野山を照らす鮮やかな茜が、ねばりつくような濃紺へと変わりつつある頃、僕らは『それ』を目にすることになった。


シュウト:

「……ありましたね」


 空間の(ゆが)みというのか(ひず)みというのか。どこかへと続いているであろう穴があいていた。この先に次の相手、ナントカ竜ヴァーグネルがいるはずだ。

 その穴を見つめているだけで、息が浅くなるような気がしてくる。プレッシャーがハンパじゃない。


ジン:

「どうする、入ってみるか?」にやにや


 この次元の穴を見て『何が問題なのか』よく分かった。入ったら出てこられるのか分からない。負けそうになった時、逃げられるかどうか、ゾーンから本当に脱出できるかどうかが分からないのだ。ちょっとお試しで、といった軽い気持ちで入ってみて、敵の戦力を確かめて戻る、ができる気がしない。

 〈エルダー・テイル〉のようなゲームでは、生きるか死ぬか、全滅が前提になっている状況はそう珍しくない。そういうハードなバランスがゲームのスリルを作っているからだ。

 死に戻り先はたぶんこのゾーンの外側になっているはずだが、それは『死ななきゃ外に出られない』という意味に変わる。撤退不能というだけで重圧の質や量が全く変わってしまうし、戦闘にも影響してくるだろう。


ユフィリア:

「葵さん、葵さん、おいでくださいませ!」

ジン:

「まるでコックリさんかお稲荷さまだな」

レイシン:

「狐尾族だしね(笑)」

葵:

『ほい、おまっとさん。……ふぅーん、ここかぁ~』

アクア:

「どうしたものかしらね」

葵:

『夜の間だけ出入りできる、ならいいけど、朝にならないと出ることはできない、とかってタイプかもねぇ』


 ゲーム時代であれば、1時間で昼夜は入れ替わったが、今はきっちり12時間ぐらい掛かる。(と思う。計算とかまでしたことはないので)


葵:

『んで、どうするジンぷー?』

ジン:

「ん? 今日やんのか? 俺は行けるぞ」

シュウト:

「余裕、ありますよね……」

ジン:

「そりゃそうだ。レイドの成否は俺の実力や計算とは別のところにあるからな。言っちまえば、お前らが全滅するかどうかだし。その辺のことまで俺にはどうにもできんよ」

リコ:

「ジンさんは最後まで生き残りそうですもんね……」

ジン:

「当然そのつもりだ。まぁ、最優先でユフィを守るから、最後まで残るとしたら、俺かユフィになるように持って行く。1パーティーならこれが全滅回避策になるところだが、レイドだと流石にこれだけじゃ間に合わないんだよな~」

シュウト:

「ですね……」


 ジンとユフィリアだけ生き残り、他のメンバーが同時に全滅した場合、消滅→復活ポイントへの転送――までに何人まで蘇生させられるだろうか。ユフィリア1人では確実に手が足りないので、英命とスタークを先に蘇生させて、という順番になるはずだ。アクアを蘇生させれば特技の再使用規制を大幅に短縮できるが、どのタイミングで蘇生させるかも問題だろう。そんな事を考えると、10~12人ぐらいなら蘇生させられるかもしれない。(あれ、意外と人数が多いような気が……?)


ジン:

「まぁ、アレだ。俺は今でも別にオッケーってだけだ。ヤバそうなら引くことも大事だぞ。悩むならやめとけよ、マジで」

アクア:

「…………」

葵:

『…………』


 意志決定権を持つ2人が黙り込むと、葛藤の深さが感じられるようだった。難敵、とはこういうものかもしれない。


アクア:

「降参よ。私のせいで攻略に時間が掛かっているから、無理したかったみたい。ごめんなさい」

ジン:

「お前のわがままだってんなら、しゃあねーな(笑)」

シュウト:

「そうですね(笑)」

ユフィリア:

「ウフフフ」


 アクアのわがままということにして、笑いをとった形だった。対して彼女はカチンと来た顔をしている。


アクア:

「そうね。私のわがままよ。だから、わがままついでに決めさせてもらうわ。……明日も朝からレベル上げだから、そのつもりでね!」

Zenon:

「マジかぁ~」

スターク:

「うへぇ~」


 やはりである。黙ってやられているタイプではない。反撃はキッチリだった。


ジン:

「なら、晩飯前にもうひと稼ぎといこうかね」

シュウト:

「はい!」


 

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