16 マッシュルームカット
「もういいか? では、今日の講義はこのへ……」
「チョ~っと、まったぁ~っ!」
「なんだよ、うるさいなぁ」
葵が颯爽と登場するや、「夜はまだ始まったばっかっしょ。上げてこうぜい!」と叫ぶ。
ジンが心の底から嫌そうな顔をし、「俺達は明日もあるんだぞ」と抵抗してはみるのだが、やはりと言うべきか、虚しい試みであった。
「だっ、けっ、どっ、さ~あ? 葵、まだ大事な話が済んでいないと思うのぉ~」
「僕も、その、もう少しヒントが欲しいといいますか。それに僕の話ばかりじゃアレですし、みんなにも参考になるような話をして貰えたらいいと思ったんですが」
「あー、もう、それじゃコイツの思う壺だろうに」
葵がにっしっしと歯をみせて笑う。ジンは少し悩む風に天井を眺めてから、
「そうだなぁ、もしも神様がなんかの能力を2倍にしてくれるとしたら、どれにする?」
と、宝くじの賞金の使い道を話題にしているような口ぶりで問いかけた。
「えっと…………筋力がダメなら素早さですよね。攻撃にも防御にも活かせそうですし」
「いい考え方だな。そんな感じで自分の好みを考えていくのが大事だと思う。自分がどういう風に勝ちたいかとかの話だから。……じゃあ、レイは?」
「うーん、反射神経とか?」
「それを上げるのは結構むずかしいと思うぞ。自動戦闘で反射速度そのものは最速ぐらいまで高まってるだろうしなぁ。本気でやるなら時間の領域に踏み込むとかになるのかな。アレは重てぇぞぉ~」
「そっか。大変ならいいや」
「諦めるの早っ!?」
「……それ、ジンぷーはどうしてんの?」
「うーむ、拙者も修行中の身ゆえ、まだまだといったところでござる」
「いきなり武士になってるし」
「あー、見てから判断するのじゃ間に合わないから、殺気とかで判断してるけど、理想的な状態には遠いな。」
「理想的な状態って?」
「んー、考えてたら遅いんだよ、たぶん。」
「次、ユフィリアはどの能力を上げたい?」
「……MP、かな」
「ああ、HPやMPは上がらないな。厳密には他の数値も上がらないんだけど。ステータスによる筋力は固定されてて、『攻撃力』や『筋出力』といった形で結果的に上昇している風になるだけなんだ。だから、敏捷性も結果的に移動距離が伸びたりすれば、敏捷になった感じになるってだけだな。もしくは移動距離自体は実は変わってないけど、どうみても敏捷になってる感じになる、とかだな」
「で、MPの場合だと回復力が高まるなどで擬似的に達成するしかない。効果の小さな回復呪文で大きく回復したり、集団回復が広範囲に拡大されたりといった具合にMPの使用効率が良くなったら、それでMPが増えたのと同じ結果になるだろ?」
「回復量増加の特典付きアイテムとあまり変わりませんね」
「あ、それ私の武器のやつだ」
「これも代用ってことっスね?」
「そんな感じだな」
「ニキータは?」
「えと、思いつかないので……」
「そっか」
「ふふーん、読めた。ジンぷーの上げてる能力って、『レベル』でしょ?」
「あ、自分もレベルを希望っス」
「まぁ、……半分だけ正解といっておこうか」
「嘘っ、このアタシがハズした!?……えーっ、じゃあなんなの?なんなの?なんなの!」
「うっせーなぁ、人のネタバレに走るなよ!」
「いーじゃん、ケチッ。そんな秘密を持つ子に育てた覚えはないぞぉ!……こうなったら徹底抗戦も止む無しだかんねっ! ストだっ! 牛歩だっ! ロードローラーだッ!」
「どうせロードローラーが言いたかっただけだろ!」
「でも、本当にレベルが上げられるならそれが一番ですよね……」
葵が「おっしえろ!おっしえろ!」とひとりシュプレヒコールを始める。そしてユフィリアにキャバクラ的接待攻撃を指示し始めたところで、ジンが折れた。
「分かった。うるさい。黙れ。……確かに俺はレベルを上げようとした。でもそれは上手く行かなかったんだ。さっき話したリソースの問題が実はその話なんだよ。」
「ともかく、俺は体系立てて鍛えようと思ったわけだ。天才なら感覚だけでパッと強くなれるのかもしれんが、俺みたいなのが感覚だけで行けるところなんて高が知れてるし、もともと理屈っぽい方だからな。そこでより根本的な力を高めようとしたわけだ。一番良いのはレベルだが、レベルが上がった感じにするのはやはり難しい。そこで、段階を踏むことにした。リソースが足りないならリソースを増やせばいい。レベルを上げるのが難しいのであれば、レベルを上げるための別の能力を高めればいい。……そうやって試行錯誤した末にできたのは擬似的な特技だったよ。もともとはレベルブースト能力のつもりだったが、出来たのは『ブーストを可能にする特技』らしい。〈特技〉の『奥伝』や『秘伝』といった名称に倣って、〈極意〉と命名した。」
「むぅ、汚いぞ! それじゃ引っ掛け問題じゃんか!」
「別に問題とか出してないだろうが……」
「えっと…………2倍にする『何か』じゃなくて、『2倍にする』の部分を高めたってことですよね」
「そんな感じかな」
「あの、それじゃあ〈特技〉って新たに作れるんスか?」
「え?………… いや、どうだろうな。MPそのものを使う場合は、どうもシステムチェックか何かに引っ掛かるらしくてさ。俺のやり方の場合はMPを使ってるわけじゃなくて、あくまでも擬似的な『特技めいたもの』ってだけなんだ。むしろ正しく特技であって貰っては困るって事情もある。少しのMPが使えれば威力はかなり上がるけど、その代わりに再使用規制や効果時間、技後硬直なんかがオマケで付いてくるから。
だから逆に言えば、MPを使ったらイコールで『〈特技〉を使用したこと』になるかもしれないから、その辺からの応用で新しい特技を作れたりするのかも、しれない」
「そうっスか…………」
「最後に全体的な方針について触れておこうか。……ゲーム時代と比較して、今の状態を考えると、その最大の違い・変化はこの異世界に俺たち人間が囚われている部分にあるだろう」
「最もシンプルに考えれば、これまで以上に〈大規模戦闘〉がやり易くなっていると言える。プレイヤーの実生活といった都合は関係なくなってしまっているわけだから、常にレギオンレイドでの戦闘を行うことも可能だな。この方向を推し進めるなら、レギオンを4つ集めたフル・レギオンなんかも当然、視野に入ってくるだろう」
「もうひとつは、この世界に召喚されたのが俺たち人間だったということの意味だ。それが人間であるなら、必ずシステムの限界を突破する者たちが現れる。そこを踏まえれば、12職業で2パーティ程度の最精鋭を集めたスーパー・パーティなんかが考えられる。ハーフレイドってヤツだな。」
ハーフレイドとは2パーティ共同で行う戦闘の俗称であった。
低レベル向けのレイドコンテンツであれば、2~3パーティの協力があればクリアすることが一応は可能である。別の6人パーティを見繕い、報酬をざっくりと山分けにすることにしてクエストに挑むという、中小ギルドが行う変則の遊び方のことだ。大手の戦闘ギルドに所属していたシュウトに馴染みはない。
「ここから想像される敵の姿は、2つ。正確には3つだ。……ひとつは、数千を超えて、万単位の敵を相手にする超大規模戦闘。もはや戦争クラスといっていいものだろう。もうひとつは、単一の、しかしレギオン大隊では決して倒すことの出来ない何らかの固有戦闘力を持った敵との超絶戦闘。ボス戦とかだな。」
「最後の3つ目はやはり…………」
「ああ、同じ人間同士、プレイヤー同士の戦闘になるだろう。人間の敵は人間だって言われているからな。」
「…………」
「しかし、人間相手に戦うのはやはり虚しい。だから俺達は、対ドラゴン戦に特化したチーム編成を目指す。」
「やっぱり、そうなりますよね……」
こうした話の流れで説明されると、それほど突飛なことは言っていなかったと分かるのだが、シュウトとしては、もっと気楽でもいいのではないか?と思わないでもない。別段ドラゴンと戦わなくても、この世界でやっていくのに困りはしないだろう。しかし、それをジンに向かって言うのはどこか憚られた。何故だが怒られそうな気がする。
どうして怒られそうなのだろうかと考えてみて、この異世界からの帰還を既に諦めている自分がいることに思い至った。他の誰かがなんとかしてくれるのを、ただ待っていればいいのではないか?という気分なのだ。
〈シルバーソード〉の仲間が現実から目を逸らしてゲームを続けようとしていることが気に入らなかったのに、大手の戦闘ギルドから抜けた途端に、無力な個人には何も出来ないと言い訳し、だから何の責任もありはしないと思ってしまうものらしい。
(そうか、ジンさんはもっとずっと『真に受けてる』のかもしれない……)
シュウトは自分だけは決して「ゆとり」ではないと思っていた。ジンにゆとり小僧扱いされたのは密かにショックだったのだが、気が付けばこうして自分の情けなさにぶつかっている。まだ異世界を舐めているのだ。それにしても本当に些細な、気が付かなければ無視できる様な『ちょっとしたところ』で決まってしまう話なのかもしれなかった。
(ダメだな。もっと強くならなきゃダメだ。)
強くなりさえすれば、なんとかなる。問題は解決する。それすらも嘘だと気が付いてはいたが、その小さな嘘を信じるところから始めることしかできそうにない。
「ところでシュウトは明日からしばらく弓での戦闘は禁止だ」
「えっ? ど、どうしてですか!?」
「戦闘中に自分の練習するつもりだろ? どぁめ。」
「うぐっ」
完全に見抜かれている。確かに仲間と一緒の時間に自分の事情を優先するのは間違っている。全てに対して見込みが甘過ぎたかもしれない。
なんとか強くなろうとは思うのだが、その道は遠く、険しいものになりそうな気がしていた。
◆
――リィーン……
何気なく弾いた弓弦からは澄んだ音色が零れ落ち、ときめきを感じてしまう。
シュウトがしばらく前衛をすることになったので、この機会にニキータにも弓を持たせようと葵が言い出した。
ギルドの共用資金から購入代金を出すので好きな弓を選んでもいいと言われ、購入するべく朝からアキバに立ち寄っていた。
値段と威力からすれば、先ほどの店に置いてあった制作級アイテムの、水晶銀の複合弓が妥当な辺りだったが、付き添いのシュウトがこの店も見ておく方がいいと言う。……ここに置かれていたものは武楽器と言われる装備だった。趣味的な要素が大きく、その分だけ値段も上乗せされるのだが、〈吟遊詩人〉としては以前から気になっていた装備品でもある。 手に取って見せて貰うことにした。
琴弓と言っても、竪琴の形状をしているわけではなかった。そこはちょっと期待外れだったが、矢を射る時に良い音がするとシュウトに説明されたため、軽く弦を弾いてみたのだ。〈精霊の琴弓〉の名の通りに、精霊たちが一瞬だけ姿を現し、そのまま消えていくかのような儚げな響きがあった。ニキータは思わずもう一度弾いてみる。
(…………凄く、良い)
シュウトの使う弓も『気持ちの好い音』がするのは知っていたが、音に関してだけで言えば完全に別格だ。
「それ、気に入った?」
「うーん、さっきの店の方が値段的にもいいから、やっぱり、あっちにしようかな」
惜しい。本当は自分のものにしたい。
けれども、年齢的にも『欲しいから手に入れる』ということに少し躊躇いを感じてしまう。自分のお金では無いのだし、ただ戦闘に使うものなのだから必要な機能を満たしていればいいように思う。自分の趣味は二の次にしなければ、お金を出す人達に申し訳が立たない。
「悩んだら欲しそうにしてる方を買わせろってジンさんに言われてるんだけど?」
「だけど、向こうの方が威力がありそうだったし……」
「どっちも欲しそうにしてたら、高そうな方を買えって言われてる。 こっちの方が高いよね?」
「じゃ、じゃあ、差額を自分で出すから……」
「ごめん。差額を出すのを認めたら、僕が殴られることになってて……」
「…………」
頭にカッと血が昇る。自分の考えそうなことなどはとっくに想定済みということらしい。
ジンに対する反抗心だけで、意地でもこの琴弓を使わないと決意する。最善を選ばないことが彼に対しては罰になるのだ。それは抗し難い魅力を持っていた。ほんの少しの我慢をすれば、自分でも彼に一撃を見舞う事ができる。全てが自分の思い通りになると思ってもらっては困る。これは私の問題なのだ。
「その、気に入ったものを使うのも大切なことなんじゃないかな?……なんていうか、武器って辛い時に頼る相棒になるわけだし、道具との相性だなんて曖昧なものがあるか分からないけど、気に入ってるものの方が頑張れるかもしれない。だから、その……」
「……わかりました。それじゃあ、こっちにさせて貰います。」
シュウトが、自分の言葉で懸命に説得しようとしていたので、彼の顔を立てようと思い直す。彼にも立場があって、命じられたことをこなさなければならないのは分かっているが、今のことばには不器用だが思い遣りを感じることができた。だからだろう、少し冷静になれた。彼らにとって、武器はただの道具ではないのかもしれない。
「良かった。じゃあ、矢の方はこっちのを半分渡すよ。……そうだ、矢筒も買わないと」
「うん。……ありがと」
ジンにはその内にお返しをしなければと思いつつも、ニキータは買ったばかりの琴弓を弾いてみた。少し緊張してしまう。たとえ音そのものが変わらなくても、受け取る側の心情によって変わってしまうものはいくらでもある。一端けちがついてしまうとダメになってしまうかもしれない。
――リィン……
その怖れは杞憂で終わった。変わらぬ音色に胸を撫で下ろしていた。
◆
アキバのすぐ外のPKが禁止されている低レベルゾーンで再集合となった。本日分のクエストに行く前にジンが話始める。
「というわけで、本日からニキータさんに中央でメインを張ってもらいます。拍手!」
「わー」 ぱちぱち。
「まぁ、最初の内はたくさん失敗すると思うけど、全然だーいじょうぶ。全っ部、おにーさんがフォローしてあげるから、ネッ?」
「…………」
めらり、とニキータの心に炎が灯る。絶対に失敗してやるものかと心に誓った。何を、どう間違ったものか、いい感じに反発心が刺激されていた。
「冗談はともかく、遊動型の連携だのの話は俺も石丸から聞いた。ちょっとニキータ向けに事情を説明しておこうかと思う」
「戦闘教義っスね?」
「いやー、それならいっそ衛星砲を手にいれてエアランドまで行かないと面白くないよな?」
といきなり脱線してあらぬ方向に話が行ってしまった。空飛ぶ猫がどうのこうの……
「……続けてください。 早く。」
「おお?今日のニキータさんは怖いのことですよ?……まぁ、いい」
「えっと、現代の銃撃戦のセオリーだとかってのの詳しいとこまでは知らないけど、ともかく基本は火力を集中させることになるわけだ。簡単にいえば、2点や3点から、敵を集中攻撃したいわけだ。この形式を延長すると、敵を中心に包囲する円の形になる。敵を囲んでフルボッコにするわけだな。これを求心的という」
「逆に敵が広がっている場合、攻撃するポイントが2点、3点と拡散してしまう。これを離心的という。当然にこれを延長すれば自分達が包囲されて、360度敵だらけってことになるわけだ。」
「どっちが円の内か外かってことですね」
「エルダーテイルの戦闘の場合、離芯的な形に成り易い。……敵が多いと囲まれ易くなるし、前衛が前線を面で作っているのに、それを無視して勝手に動くわけにもいかないからだな。この戦術的な限定を覆す可能性は〈暗殺者〉にある。前面で敵の注意を引き付けている間に、側面や背面に回ってダメージを量産していくスタイルはみんな良く知ってると思う。」
「単身での突入となると、ちょっとミスるとすぐ死ぬんですけどね。」
「PK対策はまた別に考えなきゃならんのだが、ともかく俺達が目指すのは対ドラゴン戦だ。ドラゴンを半ば取り囲むようにしながら、求心的に攻撃を加えていくことになる。……で、こっからがニキータ向けの話。サッカーで言うMFをやって貰うことになるんだが……」
(やっぱり、そうか)
これはシュウトも実のところ予想していた。前衛と後衛を繋ぐ中間的なポジションが役割として必要になってくるのではないか?という単純な予想だったが、てっきり自分が行うものだとばかり思っていたし、今までもそれに近いことをやって来ていたと思っている。
今は白兵戦武器で前衛に加わるのだが、その内に弓の使用禁止が解除されれば、再び自分がそのポジションになるのかもしれない。だから、この話はあまり他人事ではないと思っていた。
「そこで、だ。 ドラゴン相手に真っ当なMFをやったらどうなると思う?」
「え?」
「ドラゴンブレスの餌食になるんだ。だけど、これはドラゴンに限った話じゃない。わかるだろ? 敵に魔法使いがいる場合、なるべく敵を多く巻き込もうとしたら、中心付近に向けて攻撃するのが当然だ」
「自分もそうするっス」
「これが基本の問題点。予兆を感じ取ったら素早く散開の指示を出したりする必要もあるし、何よりニキータが生き残らなければ話が始まらない。本来、敵に狙われるのは俺の仕事だからな。……それから次、レイはちょっと来てくれ」
そういうと、相撲の様にがっぷりと組んだ。
「今度は相撲をモデルに説明する。お互いの土台が固定されている場合、押すか押されるかは、力の強さによって決定される。」
そう言うと、前後に押したり、押されたりしてみせた。土台が固定されていることで、勝敗を決める要素がパワーだけになってしまっている。この状態では投げを打つことも出来ない。
「相撲の場合、投げ技を行う時には、この土台を動かして、相手が転び易い位置にこちらの土台をあてがってやる必要があるんだ」
一瞬だけ強く押し、レイシンが反発して力を出した所で体を躱し、投げ技の始まりのところで動きを止めていた。レイシンの体勢は崩れていて、もう一歩で投げられて転がっていくであろうことが分かる。
これなどはジンとレイシンのそれぞれが敵と味方のパーティという比喩になっている。単純な力押しの次の段階を示唆したいのだろう。
「建物のような動かないもの、『静的な構造』の場合は、足場や基礎をキッチリ固めていく必要がある。まぁ、地震には弱いだとかの話もあるみたいだけどな。…… それはともかく、戦闘のような変化の激しい『動的な構造』の場合、足場を固めていくのは初心者向けの話にしかならないんだ。固めたら、そこが弱点になる。」
勉強でも何でも『基礎を固めろ』といった話を散々聞かされて来ただけに、ちょっと意味深な内容かもしれない。
「先に言っておく。俺達にリズムキーパーは要らない。……とまぁ、基本的なところはこれで大体おさえたかな?後は戦闘しながら試行錯誤してみてくれ」
「え?もっと具体的な指示とかはないんですか?」
思わずシュウトが口を挟んでいた。あまりにも抽象的に過ぎないだろうか?
「ん、そうか?…………基礎理論だけあれば応用が利くようになるだろ?」
「それは流石に不親切ですよ」
「だけどモンスターだけで何百種類もいるんだから、どっちにしても『共通しうる正解』なんて無いんだ。だから俺たちも対ドラゴン戦で目的を区切ってるわけだし。そういう意味では、戦闘は即興演奏だからな。厳密には同じ戦闘なんてひとつもないんだ。全部を俺が考えて教えるわけにはいかないんだぞ?」
「後はアドバイスするなら、どっちつかずにはならないようにしろって辺りだな。攻めるなら攻める。守るなら守る。中途半端にしてると、強気の相手に付け込まれる。」
結局のところ、話が難し過ぎたのかもしれない。あまり質問も出ずに出発となった。続きは実地で戦闘しながらということになってしまった。
◆
その日も何度か戦闘があった。久しぶりの白兵戦闘でどうなるかと思っていたシュウトだったが、取り立てて問題もなくこなすことが出来ていた。ニキータの方も無難にこなしており、失敗を願っていたわけでもないのだが、痛し痒しといった心境だったりする。
「ジンさん、明後日のことなんですけど……」
「んあ?」
次第に仕事が少なくなっていた頃でもあり、予定がポッカリと開いていた。明日〈大地人〉の街を回れば急ぎの仕事があるかもしれないが、それも確実とは言えない。いや、たぶん見付からないだろう。
「じゃあ、休みにしようか? ここんところ休み無しだったから、たまにはいいだろ」
「え、ほんと?!」
休みというワードに鋭く反応したユフィリアが大急ぎで外れの方に走って行き、誰かと念話を始めてしまった。
「こりゃ確定だな」
「あの、私達…………」
「ん?……ああ、そろそろ例の日だっけか。急ぎの仕事もなさそうだし、まとめて休みにしちまうか?」
ニキータも先に休みたい日を申告していたので、急な変更がないように話を確認して通すのを忘れなかった。
「ジンさん、あの、お願いがあるんだけど……」
念話から戻ってきたユフィリアがジンに詰め寄る。
「んー?なんだ、俺とデートしたいとか? それなら考えなくもないぞ~?」
と、いい加減な受け答えをした。ユフィリアの表情が微妙に固まる。
「えっと、じゃあ、お願い増やしてもいい?」
「だめ。……お願いってなんだよ、言ってみ?」
「むー、あのね、お休みの日に一日シュウト借りてもいい?」
今度はジンが固まった。
「なんだ、シュウトか。…………わーった。煮るなり焼くなり好きに使っていいぞ」
(スネたっスね)(ガッカリだね)(意外と間が悪いのよね)
「ちょっと! 僕にも休んだりする権利が……」
「ない。……そんなもの無くてよし。明後日シュウトはユフィリアの護衛。ハイ決定。」
「やった!」
「ヒドすぎる……」
――というやり取りがあり、休み当日。
「ジンさんもだけど、シュウトも戦闘用の衣装が一番かっこよく見えるね?」
開幕からの大ダメージ攻撃に心の中で血を吐きつつ、アキバに向かって移動することになった。
「なぁ、今日は何の用件なんだ?」
「それはアキバに着いてからのお楽しみ~」
シュウトにしても、ユフィリアは綺麗だし、可愛いし、美人だし、魅力的なのだが、要所要所で釘を刺されているせいか、微妙に『そういう対象』ではないという感じであり、今回の話は全くの寝耳に水だった。せっかくの休みだっていうのに、どうせジンさんのためにプレゼントを買いたいとか、そういう理由で連れてこられたのに違いないのだ。どんなガッカリ攻撃が来ても負けないぞ!と弱々しく決意するしかない。
「なにコレ…………?」
何故か、目の前に黒髪の、可愛らしい女の子が座っている。
「〈D.D.D〉のユミだよ。」
「ユミカです。初めまして……」
(ハメられた…………っ!)
こうして嫌な緊張を味わう一日になる予感に戦慄するシュウトだったが、ユフィリアはユミカの紹介をしながらも、ここのところの出来事を話して聞かせていた。30分ほどもそんな調子でユフィリアがメインで話をしていたため、流石のシュウトも心に余裕が生まれつつあった。
連れてこられた酒場は昼過ぎなのでさほど混み合ってはいない。午後のお茶とおしゃべりが目的の客が殆どだろう。自分達もその一組だった。
ユミカは〈D.D.D〉だから当然なのか、90レベルの〈施療神官〉だった。座っているから分かりにくいが、背は低そうだった。背が高めのユフィリアと比べると、150センチあるかどうかといった感じだろう。艶やかな黒髪は切り揃えられ、……いや、デフォルトで選べる髪型の一つだったかもしれない。ボブカットというヤツだろうか?
(今日は、3人で一緒にいるつもりなのかな……?)
それなら話は簡単だ。ただ話を聞いていればいい。時々頷いたり、質問に答えたりしながら、割りと会話を楽しめる心境に到達しつつあった。
「ちょっとトイレいってくるね?」
……とユフィリアが席を立った。ユフィリア達はトイレの時はトイレと平気で言うのでギルドで一緒にいても気が楽だった。逆に「ちょっとお花摘み~」とか言うのは葵だけだったりする。
――5分経過。
内心焦りを感じながらも、軽く笑いかけたりする。
――10分経過。
まさかとは思うが、まさか、まさかなのか?と意味になっていないことを思う。
ちょうどこのタイミングでユミカの方に念話が掛かって来た。相手はまさかのユフィリアで、急用が出来たのだという。これで本格的に目の前の事態に自分で対処しなければならなくなってしまった。やばい。早く帰りたい。心の中でその連呼が止まらない。
比べるのは失礼な話かもしれないのだが、ユフィリアにしろ、ニキータにしろ、基本的に話し易いのだ。気さくで自分から話かけて来るし、別に無言で居てもプレッシャーを感じない。身近にいる女性といえば葵も同じだが、葵に至っては一方的に喋るためだけに存在しているような具合だ。ここ暫く、会話に困るってことを忘れていた。
うつむき加減にテーブルを見ているユミカを見ながら、真面目そうな女の子だなと思う。普通の女の子って、こんな感じなのかもしれない。何か話題を考えなければ…………
「あの、シュウトさん」
「なに、かな?」
「その…………も、モンスターはお好きですか?」
「……はい?」
「どうですか?」
「うん、冷たくて美味しいよ」
近頃登場したというクラッシュ・シャーベットという蜂蜜レモン風の氷菓を食べる。
意外なことに、あの後シュウトは意外にも楽しんでいた。モンスターが好きだというユミカに半ば せがまれる様にモンスターの話をする。ゲーム男子の例に漏れず『そういう話』ならば得意な方だった。〈シルバーソード〉時代から様々な場所で冒険し、〈大災害〉後もあちらこちらの敵と戦っていた。ゲームでは良く見かける相手でも実際に戦ってみると感触が違えばそれは話題に出来ることだった。何よりもユミカが一生懸命に頷いたり質問してくるのでシュウトも引き込まれるように真剣に話さざるを得ない。彼女は良い聞き手だった。
喉が渇くほど話たので、ユミカに誘われて甘いものを食べに出て来たのだった。
並んで歩いていると、やはりかなり背が低い。可愛らしい女の子だと思う。今は並んで座っているのだが、少し視線を下げると、どうしても胸に目が行ってしまう。かなりの大きさで、内側から服を押し上げていた。誤魔化すためにもっと下を見ようとすると、むっちりとしたフトモモが目に飛び込んでくる。どちらも異様な圧力をもってシュウトに迫ってくるものだった。
マーケットの入っている廃ビルで掘り出し物を探して歩き、最後に誰でも出入りできる屋上に引っ張って行かれた。そこがユミカのお気に入りの場所なのだという。夕暮れのオレンジの光が少し眩しかった。
僅かに身を寄せてくるユミカ。ビルの隙間に日が暮れてゆくのを2人はただ無言で見ていた。
シュウトは、「ああ、自分の人生にもこういうことが起こるのかもしれないな」といった漠然としたことを考えていた。
ユミカの手がシュウトの肩に触れ、見上げてくる瞳と出逢う。くちびるが少し紅い気がした。ごく自然な動作で、キスをしようと身を屈める。
脳裏に浮かんだのはあの暗い砂浜の景色だった。
戦闘の痕跡だけが残る砂浜の景色。それを指し示す白い指先と、赤い、赤い…………?
ハッと気が付くと、ユミカが目を開いてシュウトを観ていた。そして「今日は楽しかったです」とだけ言った。