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154  狂刃のカドルフ


 ――数日前、ミナミ某所。

 

シュンイチ:

「やめろ、カドルフ! 本当かどうかも分からないんだぞ!?」

カドルフ:

「だが、帰りたいんだろう?」

シュンイチ:

「それはそうだ。帰りたい、今すぐに。狂いそうなほどに!」

カドルフ:

「だったら、迷っている場合じゃないはずだ」

シュンイチ:

「……いや、やはりダメだ。許可はできない。みんなで決めたはずだろ。俺たちでやろうって」

カドルフ:

「どうしてお前たちだけ犠牲になろうとする? 大勢の人間が参加すれば、速く済むはずじゃないか。これはゲームの体だし、ゲームの命だ。死んだってどうってことはない。何度だって生き返ることができる。……だから、お前たちだって死ねるんだろう?」

シュンイチ:

「だからって、覚悟のない人間まで殺すっていうのか?」

カドルフ:

「……もういい。俺が一人でやる。お前たちの許可は求めない」

シュンイチ:

「カドルフ!!」







 オールドメンズルームにて、レイドメンバー向けの講座が行われていた。講師はジンなので戦闘技法の話だ。本日は交差法の話。


ジン:

「つまり交差法というのは、だ。打撃系武術なら腕と腕、剣術や槍術なら武器と武器が接触、『交差している状態』での戦闘技法のことを言う。これにはパターンが幾つかあって、剣道なら『切り落とし』が奥義的な扱いですねー」

エリオ&シュウト:

「「なるほど」でござる」

ユフィリア:

「はい! わかりません!」

ジン:

「では実例見学会をしまーす。……レイ、頼む」

レイシン:

「はーい」


 自分で実例係をやりたかった。残念。


ジン:

「ごく初歩的で、且つ、素人っぽいんだけど、もっとも重要な動きがこうだ!」


 ジンはさっと左腕を前に伸ばした!


ユフィリア:

「……それだけ?」

ジン:

「そっそ。簡単だろ? かるくシャドーしながらやってみせよう」


 軽くといいつつ、放たれた左ジャブはドキっとするスピードだった。驚きの速さ。全力を疑ってしまうが、ギリギリで届いてはいない。それを首だけでよけたレイシンも応戦。『軽くシャドー』なんかじゃなかった。だんだんと2人の距離が近づいていくのに、それでも当たらない。本人たちにとっては軽くなのかもしれないが……。

 打ちながら躱すの繰り返し。激しい応酬が続く。レイシンの右ストレートのタイミングで、例の左腕を伸ばす動き。腕と腕が接触し、威力とベクトルを逸らしていた。更に攻防は続き、ジンの攻撃をレイシンが同じように捌き、2人の位置が入れ替わったところで止まった。


レイシン:

「こんな感じかな?」

葵:

「さっすがダーリン!」


 ちょっとレベルの高すぎる実例に、唖然となり、苦笑いの雰囲気に。今回ばかりは実例係じゃなくてよかった。


ジン:

「これなら分かり易かったと思う。えーっと、初歩的には敵のパンチの軌道上に腕を伸ばすことでクリーンヒットを防ぐことが目的だな。巧くなればそのまま受け流しつつ、攻撃に転じることも可能だ。盾でも当然、応用できるだろう。

 問題は下手に武術だのを学ぶと、こうした素人臭い動きが出にくくなることだな。武術の弊害ってヤツね。技として位置づけてしまってもいいんだけどー。なんつーか、ナチュラルな防御反応の良さが廃れるというか、スポイルされるというか……」


 超反射を理解して話を聞くと、ナチュラルさが失われるのが嫌という気持ちがなんとなく分かる。技を出すのと、とっさの防御反応とでは質が違いすぎる。技は『ここで出そう』とか思わなければならない。


ジン:

「じゃ、次。サクサク行こう。……エリオ」

エリオ:

「それがしでござるか?」

ジン:

「今度はより一般的な交差法、武器交差法についてだ」


 ジンがボッコボコ棒を出し、エリオの練習刀と接触、交差させた。武器同士が刀身の中程で触れ合った状態で一時停止。


ジン:

「この状態での攻防技術が『武器の交差法』だな。西洋剣術では『バインド』と言います。押したり引いたり、崩しを掛けたり、合気使ったりして、相手を一方的に攻め殺す術になる。いいぞ、かかって来い」

エリオ:

「むん! とわっ!?」


 押したはずのエリオがつんのめった。押されるより早く引いたのだろう。切っ先を返したジンの剣先がエリオの首もとに触れそうになっている。


ジン:

「はい、もう一回」

エリオ:

「では…… なんとっ!?」


 力の方向を変えられ、あっさりと投げ飛ばされていた。


ジン:

「もう一回」

エリオ:

「いくでござ、ぎゅむ~ぅ」


 今度は逆に吹っ飛ばされて後方へ。ゴロゴロと転がって変な声を出していた。


ジン:

「……弱っわ。実例にならんかったが、まぁ、こんな感じだ」

エリオ:

「も、もう一度お願いするでござる!」

シュウト:

「ぼ、僕もお願いします!」

ジン:

「じゃあ、2人同時で」


 鞘を左手に持ったジンとショートソードを交差させる。次の瞬間。なにがどうなったのか、のけぞってブリッジしていた。倒れないだけで必死だった。


シュウト:

「うわわわわ~(焦)」

ジン:

「ほ~れ、チクチクしちゃうぞ~、チクチク~」

エリオ:

「痛いでござる、痛いでござる!?」


 3回ばかり挑んだものの、全てあしらわれて終わった。さすがにジン本人がメインにしている分野だけある。交差法になった時点で負ける確率1000%以上。同じ土俵で戦っではダメだと思い知る。


ジン:

「……とまぁ、無様で惨めでみっともない2人はともかく、こんな感じだな。交差法の中でも時間が長いものはバインド扱いされるわけだ」

シュウト:

「では、時間が短いと?」

ジン:

「カウンターに近づく。切り落としとかだな。一応やっておくか」


 レイシンがパンチ役。ジンは胸の前で左右の腕を交差させた×の字の構え。レイシンのゆっくりめの中段右パンチに、ジンも右腕で突きを放つ。レイシンの腕を叩き落としながら、そのままパンチが当たる前に寸止め。中段の次は顔面を打たせる上段攻撃。同じように自分のパンチで方向を逸らしつつ、顔面を攻撃。


 次にエリオに刀を持たせ、振り下ろさせる。遠慮なしでいいと言われたエリオは、かなりの速度で打ち込んでいた。ジンは焦る気配すらなく、自らも踏み込みながら、自分の剣で軌道をズラし、エリオの頭に当たる直前で止めて見せた。


シュウト:

「でも、ジンさんってあんまり交差法、バインド?を使いませんよね。主にカウンターばっかりというか?」

ジン:

「そうなんだよなぁ~。防いでくれないと交差法が始まらないというか」

ユフィリア:

「んー、どういう意味?」

ジン:

「いや、そのままだが? 切りかかっていくだろ? そしたら相手が防ぐわけじゃん。そっから交差法で相手を崩して、こっちが有利になるように持って行くのが基本的な流れなんだよ」

エリオ:

「ふむふむ」

シュウト:

「そういう風に流れで考えると、やっぱり強そうですね」

葵:

「でもジンぷーの場合、相手が攻撃を防げない(、、、、)

ジン:

「まぁなぁ。そんなんだから、使うチャンスがあんまないんだよなー」

シュウト:

「あははははは(苦笑)」


 模擬戦でさんざっぱら経験していることだった。ガードが間に合わなかったり、ガードごと叩ききられたりはしょっちゅうだった。その他にもガードしているところを狙って、わざわざ叩いてもらっているようなケースが多い。


シュウト:

「……今日は交差法の訓練ですよね?」

ニキータ:

「だとしたら、どうして室内なんですか?」

ジン:

「敢えて練習はしないからだ」

ユフィリア:

「じゃあ、どうするの?」

ジン:

「うむ。見ただけでパッと使えるようになれば使えばいい。そうじゃなきゃ諦めろ」

エリオ:

「なんと!?」

シュウト:

「それはあんまりじゃ……?」


 ジンに考えがないとは思わないけれど、さすがに突飛すぎる。


ジン:

「バインドはともかく、切り落とし風のは狙ってやるものじゃない。行動選択に組み込めないからな。『次はここで交差法!』なんて戦闘中にできっこねーよ」

シュウト:

「それは、まぁ……」

エリオ:

「そうでござるな……」

葵:

「剣道の人は狙ってやってんじゃねーの?」

ジン:

「人間サイズ、剣使用、それで振り下ろしまで分かってりゃ、ある程度は狙えるかもしれないがね」

レイシン:

「まぁ、スライムとかキメラ相手には使えないよね」

シュウト:

「ではバインドの方は?」

ジン:

「交差させた後の技術が足りなきゃ意味ないからなぁ。崩しとか、聴勁とか必須だし。合気もできれば欲しい。素手格闘はレイぐらいしか使わないし、やっぱりモンスター対策としては弱いからやらない」

エリオ:

「仕方ないでござるね」


リディア:

「……あの、見ただけでパッとできるようになるものなんですか?」

ジン:

「いい質問だな。答えはYESだ。……とある行為は、動作の形・フォームと必要になる体力、それを支える脳の行動プログラムといった『記号的な要因』と、『構造的な意識』とで作られている。簡単にいえば、『記号』と『意識』だな」

シュウト:

「記号と、意識?」

ジン:

「種目ごとに割合が変わっていて、記号的な要因が多いものと、少ないものとがある。たとえば、走るのは大抵の人間ができるが、速く走るのは途轍もなく難しい」

ニキータ:

「走るのは記号的な要因が少ないってことですよね?」

ジン:

「全くない訳じゃないけどな。テニスや野球と比較すれば、難しさの質が違うのが分かるだろう。ピアノやプログラムまで考えると、記号的な質が高くなって、比較しにくくなる。でも、記号と意識で作られているわけだ。

 この世界だとゲーム的な要因が加わるが、その辺は前提条件の話だな。クラスとかサブ職とか」

葵:

「魔法とかアイテム作成は、ゲーム的な要因で可能かどうかが決まるもんね」

ユフィリア:

「じゃあ、交差法は?」

ジン:

「行為・技・概念のもつ『構造的な意識』を、『人間の意識構造』が上回っていれば、パッとできるようになる。いわゆる才能があればできるってヤツだな」

シュウト:

「それじゃあ……(苦笑)」


 またもや才能不足を実感する羽目になるらしい。


ジン:

「たとえば、シュウトが呼吸法に関しては大抵パッとできる。だろ?」

シュウト:

「えっ? ……まぁ、……はい」


 そういう風に言われると弱い。確かにパッとできる部分はあるような気もする。


ジン:

「そんなに難しい話をしている訳じゃない。できるかできないかは才能の質とか量によって決まる。これが絶望的なのは、才能は目減りするばっかりで増えないという前提があるからだ。体の柔らかさはハタチ前後で失われるから、その頃に才能は消えてしまう。

 ……逆からいえば、体の意識構造――いわゆる才能、を鍛えることができれば、大抵の技術はパッと修得できるようになるということだ」

ニキータ:

「ゆるとか中心軸とか、ですね?」

ジン:

「そういうこと。ただ、世界の天才やスポーツマンを見れば分かるように、練習を続ける必要はあるぞ。パッとできるようになっても、その後で鍛え続けることが大切なんだ。ゼロからの修得は一瞬でも、そこから先は鍛錬が必要ってことだよ」


 昨日同じテレビを見ていれば、共通の話題となって話が理解できる、という程度の気楽さだった。……そういうものなのかもしれない。


シュウト:

「それは、ジンさんが天才だからではなくて、ですか?」

ジン:

「才能があるのは否定しないが、天才と呼べるランクじゃなかったぞ。そういうことなら、超反射に踏み込みつつあるお前らも天才みたいなもんってことになるんだが」

シュウト:

「えっ? ああ、そうか……」

ユフィリア:

「私って、天才なのかな?」

ニキータ:

「貴方はそうかもしれないけど(苦笑)」

ユフィリア:

「えーっ? なんかテレちゃうね」


 超反射もパッとできるようになったということだろうか。つまり、元になっている才能や意識構造が変化しつつある、ということになるのかもしれない。


ジン:

「天才うんぬんの話は置いとくとして、今日の本題をだな」

葵:

「ん? 今からが本題け?」

ジン:

「まーな。ちと待て、今から秘密道具を出す。(ガサゴソ)……五輪の書~」ぱんぱかぱーん

エリオ:

「ほぅ」

ジン:

「読みます。えー(パラパラ)あったあった。……一つ、しゅうこうの身ということ。中略、少しも手を出す気持ちを持たず、敵が打つ前に自分の身をすばやくいれることである、以下略」

ユフィリア:

「しゅうこうってなぁに?」

石丸:

「不明っスね。手長猿という説があるっス」

シュウト:

「はぁ」

ジン:

「次、しっこうの身ということ。しっこうは(うるし)のことで、べたべたするって意味だ。えーと、敵に密着して離れないことである。中略、人それぞれに顔と足はすばやく密着できても体は離れるものである。敵の体に自分の体をよく密着させ、少しも体の隙間がないように密着させることである。以下略」

葵:

「んーと、手を出さずにベタベタくっつけってことけ?」

ジン:

「もう一つ。たけくらべということ。どんな場合でも敵に身を入れるときには、自分の体が縮こまらないようにして、足をも伸ばし、腰をも伸ばし、首も伸ばして強く敵に密着し、中略してまとめると、身の丈を比べて勝つつもりでくっつけ!」

ユフィリア:

「手を出さずに、ベタベタして、背比べするの?」

ジン:

「そうだ。これが五輪の書に隠された秘密の一つ。通常は『入り身』と呼ばれるものだな」

シュウト:

「これの、何が秘密なんですか?」

ジン:

「ここまでの話の展開で気が付いて欲しいのだが、これは入り身だが入り身ではない。入り身改め、『体幹部交差法』、『ボディバインド』だっ!」ドヤッ

シュウト:

「ボディ……」

エリオ:

「バインド、でござるか……?」

ユフィリア:

「んー、それって凄いの?」

ニキータ:

「さぁ……?」


 聞いている僕らの反応の薄さに、ドヤ顔していたジンが消沈する。


ジン:

「………………はぁ。そういう反応だよね。いや、分かってた。知ってたよ、俺」ショーボン

葵:

「ありゃりゃ。珍しくガチで落ち込んでやんの」

ジン:

「まぁ、武器にこだわらずに勝つ方法を求めた結果だろう。武器の交差法の前に、自分の体で交差法を使う風に考えるは武蔵にしたら当然というか。当時、交差法の概念があれば、こういう表現にはなっていなかったろうと思う」

シュウト:

「人間相手なら、簡単に使えそうです、けど……」


 でもそんな単純な話のわけが、ない。


ジン:

「素人の喧嘩が致命的な結果になりにくい理由は、武術的に距離を取ることが出来ず、くっついてしまうからだ。こうなるとBFSはもとより、AFSも使えない。技術的・距離的には相撲や柔道の領域になるしな。入り身を狙っていると分かっていれば対処法はあるけど、ゼロ距離での打撃は難しいからな」

レイシン:

「寸勁やワンインチパンチだね~」

ジン:

「パンチは入り身に弱く、入り身は寸勁に弱い、でも寸勁は距離を取ってパンチされると使えないって感じだな」

葵:

「ふぅ~ん。パンチを剣などの武器、寸勁を投げ技と読み替えても使えそうだね。……槍は入り身に強いかもだけど」

ジン:

「そんな感じ。体幹部交差法は、生き残りの手段として実に有用・優秀だ。五輪の書には、殺すつもりで強く体当たりしろって感じの項目もある。入り身・交差法・体当たりと、状況に応じて変化させて使うといいだろう」

シュウト:

「わかりました」

エリオ:

「わかりましたでござる」



葵:

「ちなみにこの話ってどのぐらいのランク?」ニヤニヤ

ジン:

「武術経験者なら目がキョドるね。そんで『知ってた』とか嘘つくしかないレベル。まっとうな武術関係者なら本当の価値が分かるから、頭を下げるだろうよ」

葵:

「つまり、最高峰か」ほぁ~

ジン:

「入り身の重要性はみんな分かってる。でも、そこ止まりだ。五輪の書を読むのと、理解するのとの間には巨大な隔絶が存在する。武蔵はなぜ、入り身に3つの項目を設けたのか。……極意を得ていない人間には、極意は理解できないんだよ」


 その冷たい断言に背筋がヒヤリとする。

 体幹部で行う交差法、そう聞いてから、『手を出さずに、ベタベタさせつつ、背比べする』のことを考えると、からだを剣に変えて交差させるイメージがつかめそうな気がした。







カドルフ:

「……ッ!」


 ――カドルフは東へ向かってひたすら走り続けていた。小さな川を〈ユニコーンジャンプ〉で飛び越え、更に走った。行く手を遮るモンスターを必要最小限だけ相手をして、そのまま抜けて先へと急ぐ。


 彼の考えていたのは、シュンイチのことだった。またテンゴンのことであり、おぎKUBOのこと、スゲさん、桜縞、マーバンジン、その他の大勢の仲間たちのことを考えていた。みな、それぞれに理由があり、帰ることを望んでいた。


 帰るためにはたくさんの死が必要だという。この話が本当かどうかは分からない。だから仲間たちは自分たちでやろうと決めた。それでも、繰り返し死ぬのはやはり時間がかかる。オデュッセイアだけで必要な回数を満たすには膨大な時が必要になってしまう。

 カドルフの手にした『力』はこの話を裏付けている可能性がある。だから、何度も何度も考えた結果、彼は動くことに決めた。――たとえ自らが悪と罵られようとも。


カドルフ:

「〈大地人〉? ……いや、〈冒険者〉か」


 ――行き掛けの駄賃とするべく、獲物へと接近していく。友好的な顔をして近づくのもいいが、今は時間が惜しい。


カドルフ:

〈血流戦技〉(ブラッドアーツ)……」




 



シュウト:

「お客様ですか?」

菜穂美:

「お邪魔していますわ~」

シュウト:

「どうも、ご無沙汰しています」にっこり


 ホネスティの菜穂美は葵と仲が良い。少し崇拝している雰囲気も感じられる。彼女の自宅に何度もお邪魔したし、お世話になっている関係もある。僕らにしても親しい間柄、という印象が強い。

 〈カトレヤ〉のメインメンバーが集まったところで、葵が切り出した。


葵:

「んで、内密の話ってなに?」

菜穂美:

「昨日のことですが、第8商店街のパーティーが襲われました」

ジン:

「PKか、そりゃご愁傷さま」

菜穂美:

「12人のプレイヤーが瞬く間に惨殺されたそうです。今朝も被害者が出たようです。同じく〈冒険者〉ですわ」

シュウト:

「それは……」

葵:

「強いってことだね。そんで? どこら辺が秘密なの?」

ジン:

「『円卓』で処理できない理由があるってことだろ」

菜穂美:

「はい。……望郷派のことはご存じですか?」

ジン:

「望郷派?」

ユフィリア:

「聞いたこと、ないよね?」

ニキータ:

「ええ」

葵:

「ふむ。望郷派、オデュッセイア騎士団か。なんでも、十分な数が死ねば、現実世界に戻れるとかなんとか言ってる連中のことだったかな?」

ジン:

「はぁ? なんだそりゃ?」


 あまりにも異様な内容だった。どこをどう間違えたらそんな結論になるというのだろう。


葵:

「……てことは、そのPKくん、望郷派なんだ?」

菜穂美:

「はい。望郷派のカドルフ。〈盗剣士〉でレベルは92。単独で行動しているようです」

ジン:

「そこそこ強いんだろうが、いっちまえばPKKの依頼だろ?」

菜穂美:

「そうなります」


 PKKとは、PKプレイヤーキラーをキルすることだ。PKが悪者扱いになり易いといった事情から、PKKは微妙に正義側の扱いになり易い。ただ、ゲームによって、またシチュエーションによって、そうした意味合いは簡単に変化する程度のものだ。


ジン:

「肝心の部分がまだだ。なぜ俺たちなんだ?」

葵:

「ジンぷー」

菜穂美:

「それは、……カドルフがミナミの〈冒険者〉だからです」

シュウト:

「それって〈Plant hwyaden〉の?」

石丸:

「つまり、『高度に政治的な判断』ということっスね?」

ユフィリア:

「えと、どういうこと?」

ニキータ:

「ミナミの〈冒険者〉を、アキバの〈円卓会議〉が始末するとなると、将来に禍根を残す可能性があるのね。だから〈黒剣騎士団〉や〈D.D.D〉、〈西風の旅団〉には依頼しにくい。当然〈ホネスティ〉もなるべくなら動きたくないのでしょう」

ジン:

「だな。そうなると選択肢はおのずと限られてくる、か」

菜穂美:

「申し訳ございません……」

葵:

「アインスくんってば、この件にタッチしてんの?」

菜穂美:

「お姉さま、それは……」

葵:

「あははは。それもマズいか。……でもこれ、ミナミ側からの依頼だよね?」サクッと

シュウト:

「えっ?」

菜穂美:

「…………」


 どうやらアインスの名前は前振りで、本命の質問をするための手順だったらしい。追いつめるための手法だろう。菜穂美の沈黙は、葵の推測が正しいことを証明していた。


ジン:

「やれやれ、なんとも金にならなさそーな話だなぁ。まぁ、いいか。おにーさん、ちょっち興味出てきたぞ~」

葵:

「そいつは重畳。……さぁ、子猫ちゃん、お願いしてごらん? あたしらが引き受けてやんよ」

菜穂美:

「ご厚意に、感謝します」







葵:

『また犠牲者が出たってさ。3組目だね。場所がちけーから、あんま時間なさげ』

ジン:

「了解だ。急ぐぞ」



 そうこうしている内にシブヤへ到着。僕らはシブヤ側の守備が任務だ。


 カドルフの目的は、アキバとミナミの関係悪化からの戦争だろう。今回の依頼は捕縛もしくは殺害が勝利条件となる。つまり、帰還呪文でミナミに帰らせるか、従わなければ殺してミナミへ転送してもいい、ということだ。


 人数の多いアキバ側は、数カ所の入り口全てに密かに人数を増やして警戒・対応するという。この場合、問題は人のいないシブヤの側だった。アキバ・シブヤのどちらかに入られてしまえば、帰還先・死に戻り先が上書き更新されてしまう。カドルフの街中への侵入を許した場合、何度殺してもPKをやめようとしない『理性的なPK目的のプレイヤー』が居座ることになる。〈Plant hwyaden〉の名前でそんなことをされたら、〈円卓会議〉も頭が痛くなるに違いない。


 もし、そうなった場合はカドルフを捕縛した上で、帰還呪文が使えないようにしつつ、ミナミまで送り届けることが必要になってくる。これだとミナミに厄介ごとを押しつけてしまう形になるが、カドルフの目的が戦争による大量死であるなら、PKはその手段にすぎない。従って、ミナミで〈冒険者〉を殺すことに意義はないことになる。


 ともかく、絶対に、何があってもアキバ・シブヤに入れてはならない相手だった。



 菜穂美の息がかかったホネスティの〈冒険者〉と合流し、簡単な打ち合わせを済ませる。人数を分割してシブヤの警護をすることになった。カドルフが道に迷わなければ、もういつシブヤにやってきてもおかしくない。最後の目撃情報はヨコハマの近く。南からの侵入ルートを考えると、最も可能性が高いのは、そのままアキバ方面へ抜けてしまうことだ。それは僕らの人数ではフォローできないので除外する。


 シブヤ北側からの可能性は最も低いので、協力者に任せることに決めた。南側出入り口の可能性が最も高いので、ここはジンとユフィリアを配置。次が高速道路伝いに西側からなのでレイシンとニキータ。僕は石丸と組んで東側に配置されていた。




 ――待機して20分ばかり経過。


シュウト:

「たぶんここには来ませんよね」


 そのことが少しばかり残念だった。12人を瞬殺するプレイヤーの実力を試して見たかった部分はある。12人を瞬殺と言っても、ジンやレイシンが単独の相手に苦戦するとは思えない。現れた瞬間に移動して見に行っても、どうせ間に合わないに違いない。


石丸:

「どうしてそう思うっスか?」

シュウト:

「え? さっき受けた説明だと、南側からのルートが一番可能性が高いって……」


 協力者のプレイヤー達がいうことだからそのまま受け入れただけだったりする。鵜呑みというヤツだが、そう間違っていなさそうに思っていた。


石丸:

「山手線ラインを北上するのが一番可能性が高いのは分かる話っス。しかし、ミナミからやってきたプレイヤーが山手線を発見するのは、品川駅付近の可能性があるっス」

シュウト:

「えと、それが……?」

石丸:

「京急の北品川駅付近だとしたら、山手線の大崎駅方面から北上しない可能性が高くなるっス。相手はミナミの住人で、地理に詳しくないとしたらどうっスか。シブヤに入ろうと考えていた、けれど行きすぎて、戻るとなると……」


 そこで念話が鳴り始めたため、断りを入れて話を中断させようとする。


シュウト:

「あ、すみません、ちょっと念話が」


カドルフ:

「――正解だ!」


 声と同時に投げつけられたナイフが石丸に向けて飛んでいく。結果を知る前に振り向いて敵を確認。すぐ目の前に、片手剣を振り上げた人間が走り寄って来ていた。


シュウト:

「!?」


 不意を衝かれた。精神的な動揺が、速く動かなければならないという焦りが、反応を遅らせる。残り時間は1秒なのか、0.5秒なのか判断が付かない。武器の用意はしていない、反撃は、間に合わない。


カドルフ:

「死ね!」


 僕は判断も反応も捨てた。とっさに体の動きたい動きに任せる。体の動きに、心が追従し、やがて僕自身もひとつになる。自然と加速が掛かり、敵の動きを、否、過去の自分すらも追い越した。


シュウト:

「おおお!」


 体幹部交差法(ボディバインド)。胸から、わずかに遅れて腹でぶつかっていく。瞬間、密着したゼロ距離で敵とにらみ合う。背比べだ。憎しみと驚きの色が、口元の笑いと共に賞賛のそれに変わる。バックステップと同時に〈クイックアサルト〉。眼前の敵――カドルフも素早く後退して回避。


シュウト:

「石丸さん!」

石丸:

「損害なしっス」


 目を逸らすことはできない。声を張って無事を確認する。そのまま脳内アイコンを叩きつけるように念話に応じる。


シュウト:

「……僕です。目標と交戦中!」

ジン:

『わかった。……負けんなよ?』にやり

シュウト:

「はい!」


 カドルフ、〈盗剣士〉、レベル92、ギルド〈Plant hwyaden〉。ここまでは情報の通り。中肉中背というのか、体格的に大差はない。武器は僅かに反りの入った片手剣|(シミター?)と、石丸を狙った投げナイフ。

 油断なく構えているようだが、実力的にはどうだろう。剣の握り方は? 肩の形は? カカトは利いているか、つま先立ちしていないか? にじり足をしていないか?

 ふっと力を抜くと、カドルフは剣を下ろした。


カドルフ:

「やるなぁ。今の攻撃で2人とも無傷かよ」

シュウト:

「……だからどうした?」


 会話して時間を稼げば、援軍が来る僕らに有利だ。目的は何だろうと考える。今は思考に意識を回したくない気分。


カドルフ:

「〈カトレヤ〉っていうのか? 聞いたことのないギルド名だが、レベル95ってことは、大物がわざわざ出てきたってことだよな? そっちのドワーフの〈妖術師〉はレベル94だし、いや、スゲェな」

シュウト:

「この状況でも情報収集か。たしかにここで待っていたのは偶然じゃないぞ、望郷派のカドルフ!」

カドルフ:

「チッ、もうバレてんのかよ……」

シュウト:

「正直、ここに現れてくれて良かったよ。時間がない(、、、、、)から、早く始めないか?」

カドルフ:

「なんだぁ? 焦んなよ。……もしかして、他の入り口で待ってる仲間は弱いとか、なのか?」

シュウト:

「まさか。その逆さ」

カドルフ:

「ふぅ~ん。まぁ、いいか。……じゃあ、やろうぜ?」


 片手をあげて、手を出さないように石丸に合図を出す。半分はカドルフの逃走を防ぐためであり、もう半分は、自分が集中するためだ。石丸とのコンビネーションなら簡単に勝ってしまう。それだと相手のハンデがあまりにもきつすぎる。逃がさないためには仲間と合流する必要があるのだから、ここでソロ戦闘をやってみせるのも時間稼ぎという言い訳はたつ。


 つまり、戦ってみたかったのだ(ドン)。


 さっきの体幹部交差法は自分で考えても凄かった。たぶん無念無相の動きというヤツだろう。超反射を経験して、集中の方法が変わっていたこと。体幹部交差法を習ったばかりで、自然と出たこと。どちらも幸運だった。それらの全てが、経験として蓄積されていくのを感じる。

 力を使いたくてたまらない。さっきみたいな凄いのを、またやってみたいのだ。


シュウト:

「オォオオ!」

カドルフ:

「アァアア!」


 〈ヴァイパーストラッシュ〉や〈ブラッディピアッシング〉を狙ってくる。典型的なフェンサービルド。そう思って攻めに転じると、たびたび〈フラッシングドロウ〉を使ってくる。1回目は食らってしまったが、2回目は反応できた。


シュウト:

(暗器使い……!)


 追撃の〈マルチプルデッツ〉もどうにか回避する。

 フェンサービルドはデュアルブレイドといったビルドと比較すると、攻撃が単調になりやすい。投げナイフの投擲を織り交ぜることで複雑な戦闘様式を構築している。ゲーム時代ならともかく、異世界で現実に戦闘している状況では、相手に見えにくい形での投擲技術に研鑽が見られた。


シュウト:

「なるほど、強い」

カドルフ:

「お前もな。ここまで躱されるのは、俺も初めてだ」


 そう言うと、左手にトマホークを握った。そうなると狙いは一つ。


カドルフ:

「〈トマホークブーメラン〉!」

シュウト:

「クッ!」


 かなりの速度のトマホークを回避。技後硬直が終わると同時に突進してくるカドルフ。戻ってくるトマホークを利用した挟み撃ち、対処飽和攻撃。


カドルフ:

〈血流戦技〉(ブラッドアーツ)!」


 モーションは〈ウェポンバッシュ〉のもの。受け流しから反撃可能と頭では判断したが、体は嫌がっていた。僅かな迷いを理屈で打ち消すことに躊躇いを感じてしまう。


シュウト:

「〈ガストステップ〉!」


 安全域に跳びすさる。安全を重視し過ぎて、相手に『ビビリ』と思われる可能性もあったが、気にしていられない。直後、警戒心が正しかったことを知った。地面を叩いた〈ウェポンバッシュ〉は、そのまま亀裂と陥没、炸裂を巻き起こしていた。通常の威力を遙かに越えてしまっている。


石丸:

「なんという……!」


 底光りするカドルフの視線に射抜かれる。明確な殺意。恐怖で背筋が凍る。否、体が硬直しつつある。負けるかもしれないという想像が、リスクを背負った戦闘が、自分を拘束しつつあった。


 僕は、大きく息を吐いて、意識して肩の力を抜いた。


シュウト:

「こだわっている場合じゃないか……」

カドルフ:

「まさか今から本気を出すとか、バトルマンガみたいなこと言わないだろうな?」

シュウト:

「ああ、勿論。ここからは本気だ」にこり


 破眼を発動。左腕に龍奏弓を装備。スタイル『消える移動砲台』にシフト。

 さらに相手の視界を遮るように〈ポイズンフォッグ〉発動。ライトニングステップ対策と、武器の持ち替えをごまかすための視覚的優位を作る。

 右腕を後ろに隠しつつ、時計の反対周りに移動開始。


カドルフ:

「右手に持ってるのは、剣かな? それとも矢かな?」


 敵の左腕が瞬く。閃光のようなナイフを強引に回避。すかさず持ち替えて〈トマホークブーメラン〉を放ってくる。投擲術は弓よりも準備時間が短い。距離が近い場合は、少しばかり不利に感じる。

 『ブラッドアーツ』なる強烈無比な一撃を警戒しなければならないが、こちらにも隠し技がある。――〈乱刃紅奏撃〉――この技なら一撃で形成を逆転できる。問題は使い所の見極めのみ。しかし、王道的にはアサシネイトの方を警戒させたい。


シュウト:

「〈アクセルファング〉!」

カドルフ:

「ぐっ! やはり剣か」


 油断している相手に遠慮なく〈アクセルファング〉を叩き込む。レベル差も加わって、身体性能や反応速度、その他でこちらが有利。だが油断も慢心もできない。

 〈スパークショット〉を回避される。剣に持ち替えると見せかけて、投げナイフでお株を奪うべく、〈アトルフィブレイク〉。


カドルフ:

「フッ!」


 こちらの放った〈アトルフィブレイク〉をピンポイントで弾き落としてきた。この攻撃で疑問が氷塊する。この敵の本当とは……!


シュウト:

投擲武器職人(ジャグラー)ビルドか!」

カドルフ:

「正解だ! 〈オープニングギャンビット〉!」


 剣を手放したカドルフは、両手にトマホークをセットして〈トマホークブーメラン〉さらに、両手に投げナイフをセットして、ブラッドアーツを発動。


カドルフ:

「〈ストリートベット〉!」


 マシンガンか、散弾か、はたまた絨毯爆撃か。圧倒的な攻撃の前に、僕の瞳から光が消えた。


 破眼を解除。同時に、視覚意識を拡散させ、敵に向けて走る。避けよう、躱そうと『気負う気持ち』を放棄。体が動きたい方向にただ動く。相手を殺すようにと念じ、身を委ねきる。


シュウト:

「『動かされる身体』……」


 考えるよりも早く、認知していない段階のまま、嵐のような弾幕を突き抜ける。数カ所の擦過傷、ダメージは最小限で突破に成功した。


カドルフ:

血流戦技(ブラッドアーツ)!」


 全ての投擲攻撃を回避したその先で、カドルフは全身全霊を込めてジャンプからの振り下ろし攻撃を放ってきた。

 それに対して、僕は唐突に止まっていた。


カドルフ:

「!?」

シュウト:

「、〈アサシネイト〉!」


 停止からの、ゼロ発進加速。直下への落下加速に、継ぎ足はまるで間に合わない。転ぶ寸前にアイコンからアサシネイトを入力。『動作最適化アサシネイト』は、凄まじいスピードの前方突進を実現させ、カドルフを一方的に切り捨てていた。


シュウト:

「……その技、ガードにも使えたのか」


 全損しててもおかしくない威力のはずが、ダメージはHPの半分程度だった。それでも残りHPは2割を切っている。


カドルフ:

「この、化け物め」

シュウト:

「……僕も、そう思うよ」


 奇跡的な大成功の連続に、歓喜大爆発で叫びだしたい気持ちがある一方で、どこか『当然の結果だ』と思う冷たさもあった。まるで氷でできた炎のような、冷たい高揚感がまとわりついている。絶好調すぎて、怖い。しかし、まるで負ける気がしない。


ジン:

「よ~し、決着はついたって感じだな?」

シュウト:

「はい。……僕の、勝ちです」ドキッパリ

レイシン:

「はっはっは。強くなったねぇ」


 〈カトレヤ〉のメインメンバー、揃い踏みだ。レイシンとニキータはシブヤの街中を通り抜けて現れたらしい。このメンバーが集まれば、もうカドルフに勝ち目はない。万が一すら、有り得ない。


ジン:

「じゃあ観念しろ。というか、強制的にでも観念させるけどな。喋ってもらおうか。知ってること全部に、知らないことも全部だからな!」

カドルフ:

「いやいや、知らないことまで喋らせようとか、アンタ鬼かよ」

葵:

『間違っちゃいないけどねぇ』

ジン:

「言ってろ」

葵:

『おっと、声だけで失礼。あたしは〈カトレヤ〉のグレート・グランド・ギルドマスター、葵!』

カドルフ:

「それは、ご丁寧にどうも」

ジン:

「いいから本題に入ろうぜ。『死ねば帰れる』だのの酔狂、誰に吹き込まれた?」

カドルフ:

「酔狂かどうかなんて、まだわからないだろ?」


 挑みかかるような強い視線。覚悟の違いというものだろうか。

 たしかに、確かめもしないで嘘と決めつけるのは問題かもしれない。本当に帰れる可能性がないとは言い切れない。


ジン:

「それにしたって、論理が飛躍しすぎだろう。あの濡羽とかいう女じゃないのか? アキバとミナミを戦争させようって企んでんだろ?」

葵:

『じゃなきゃ、典災とかいう謎モンスターとか?』

カドルフ:

「…………」

ジン:

「なっ?」


 完全なポーカーフェイスだったと思うが、何か反応があったのかもしれない。たとえば意識は隠し事ができない、とかの。


カドルフ:

「くっ! 〈ストリートベット〉!」


 悪足掻きか、ニキータや石丸に向かって投げナイフ攻撃を敢行。同時にレイシンの姿が消える。


レイシン:

「〈ワイバーンキック〉!」

カドルフ:

「ぐっ!」


 かろうじて腕で防御するカドルフ。弾かれて高く舞い上がるべきところを、小さくその場で回転してキャンセル。そのまま蹴りを放つ。


レイシン:

「〈ドラゴンバイト〉!」


 まさしく竜のアギトだ。上からかみ砕くかのような、全身ごと叩き付ける前転カカト落とし。カドルフの左肩を破壊して、地面に叩きつけていた。付け加えるなら、ニキータ、石丸共に損害なし。


カドルフ:

「クククッ。 こいつらにゃ、1人じゃ勝てないな……」

ジン:

「もう詰んでんだよ。いろいろ聞き出すまで逃がさねーぞ?」


 死んでも蘇生させればいいのだし、帰還呪文は外部から簡単に妨害できてしまう。拷問するのはどうかという気がしないでもないが、そんなことを言ってる場合でもない。戦争が目的のプレイヤーキラーに人権があるはずもない。


カドルフ:

「俺はまだ詰んでないと思うがね?」

ジン:

「じゃ、試してみな?」

カドルフ:

血流戦技(ブラッドアーツ)! 我が命を捧げる!」


 そういうとカドルフは取り出した不格好な短剣を深く心臓めがけて突き刺していた。自殺した形になる。


ジン:

「フン。……ユフィ、蘇生だ」


 逃がす訳がないだろ?と言わんばかりの冷酷な宣告。しかし……。


ユフィリア:

「んー、それは無理かも?」

葵:

『ほぇ?』

ジン:

「なんで?」

ユフィリア:

こう(、、)なっちゃったら、確か蘇生できないよね?」

ジン:

「こう……?」

葵:

『やられた! ゾンビ化だ。〈黄泉返りの冥香〉を仕込んだナイフってこと!? 死ぬと同時に、体内に注入される仕組みかァ~』

レイシン:

「ん~。ゾンビ化したら蘇生できないから、強制的に大神殿送りだね~」

葵:

『流石は望郷派か~。死ぬことに関しては、あたし達より上手だわな』

ジン:

「らしいな。とりあえず、殺す手間は省けたってことか?」


 〈黄泉返りの冥香〉を使えば、3分間だけゾンビとして復活する。その後は大神殿に強制送還だ。


石丸:

「問題は3分の間にシブヤに入られた場合、何処で復活するか不明ということっスね」


 つまり、戦闘が再開されることを意味するようだ。


カドルフ:

「ブボボボボボ!」


 奇妙な叫び声と共に、不死者として黄泉返ったカドルフ。勢いよく座ると、目がぐりん!と回って焦点を取り戻した。震える手足で強引に立ち上がる。神経が繋がりきっていない様子はゾンビのそれだ。


カドルフ:

「いくぞ、血流戦技(ブラッドアーツ) 最終奥義!」


 全身の筋肉が壊れるような勢いでパンプアップされてゆく。


ジン:

「ほぉ、生を超越してリミッターを解除させたか。……いいだろう」

葵:

『ちょい! 死んだからヘイトはリセットされてっぞ!』

ジン:

「チッ、〈アンカーハウル〉!」

カドルフ:

「ガアアアア!」


 ジンの〈アンカーハウル〉直後を狙ってカドルフが突撃する。レイシンが間髪入れずにフォローに入るが、片手で弾き飛ばされていた。


カドルフ:

「〈ブレイドオペラ〉、〈ワールウィンド〉!!」


 〈盗剣士〉は対集団戦闘向きの性能をしている。ブラッドアーツという技に〈ブレイドオペラ〉と〈ワールウィンド〉を駆使すれば、単体でも僕らと渡り合えるかもしれない。……あくまでも可能性の話ではあるが。


ジン:

「下がれ、巻き込まれるぞ?」

シュウト:

「了解」


 片腕で振り払われただけのレイシンのダメージがかなりのものになっている。異常な戦闘力の上昇。しかし、その前に立ちふさがるのは疑いようのない『最強』である。


ジン:

「ホレ。トドメ刺してやるから、掛かってこい」

カドルフ:

血流戦技(ブラッドアーツ)!」

ジン:

「知るか、くたばれ」


 カドルフの放った技は〈ダンスマカブル〉だったろう。血の色をしたエフェクトを纏った、死の舞踏。一方のジンは〈竜破斬〉の深い青色のエフェクトを発動させ、正面から迎撃する。……まるで生と死の対決だ。


 ダンスマカブルはジンの一撃と打ち合ったものの、勢いを止めることはできなかった。支点がズレていくかのように、〈竜破斬〉はカドルフを捉え、右肩から腰までを両断していた。

 終わってみれば、当然ではあるが、ジンの勝利で終わった。


カドルフ:

「クククク、ウハハハハ! コレ(、、)でも負けるのかよ!」

ジン:

「とっとと消えろ、死体」

カドルフ:

「…………!!」


 望郷派という集団にあるまじき、諦めの悪い瞳に思えた。もしくは、生に執着する亡者のものかもしれない。『次』を強く予感させる視線に、少しだけぞくりと震えた。

 そのままカドルフは七色の泡になって消えた。



ジン:

「ん?」


 ボキンという音がして、ジンの手にあるブロードバスタードソードが折れ、中程から先が地面に落ちた。どうみても、修復不能の損傷である。


ジン:

「うそぉぉおおおお! 買ったばっか!こないだ買ったばっかなのにぃぃぃぃぃぃぃ!?(涙)」



 カドルフが命を捨てて放った一撃はジンの体には届かなかったが、……懐にはダメージを与えることに成功したらしい。



 狂刃のカドルフ事件はこうして幕を下ろした。刹那の邂逅にすぎなかったが、強烈なインパクトを残していった。







女戦士:

「フン、死にたがりのぼんくらにしちゃ、いい目つきをするじゃないか」

カドルフ:

「そうかい? 折角だが、女は間に合ってる」

女戦士:

「生意気な口を利くじゃないか!」


 肩口を蹴りつけてくる女。しかし、大した意味はない。こんなことで怒らせようとしているとしたら、あまりにも幼稚だ。


カドルフ:

「蹴られても少し痛いだけだ。どうせなら殺してくれよ」

女戦士:

〈冒険者〉(アンデッド)が」

カドルフ:

「くっくっ。必死だな……」


 殺して貰おうとして挑発してみたのだが、ちょっとやりすぎたようだ。逆に冷静にさせてしまった。


女将軍:

「誰に殺された? 名前は、ギルドは?」

カドルフ:

「さぁな? どこかの無名ギルドだったよ。どうでもいいだろ、そんなこと」


 アレは俺の獲物だ。せっかく見つけた『生き甲斐』なのだ。横取りされてたまるものか。あの戦いを汚す真似ができるものか。

 女戦士が少し怯む。どうやら殺気立ったのを感じ取ったらしい。


 黙って聞いていた傍らの剣士が口を開いた。苦労性なのか、歪んだ顔付きをしていて、生きてても楽しくなさそうに見える。


総髪の剣士:

「お前の使う不思議な技、あれは何だ?」

カドルフ:

「いいぜ、教えてやるよ。アレは……」



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