152 敵は海賊(?)
騒ぎが大きくなり、人が集まって来ていた。オキュペテーは中央と後部に周辺警戒用の塔みたいなものが立っていて、登れるような作りになっている。その後部側の塔にシュウト隊長を登らせて、飛び降りろと言っていた。
ジン:
「さっさと飛び降りろ、オラァ!」
マコト:
「で、でもさっき、釈明の余地を与えるって……」
ジン:
「おう。だから今は誤解はしてない。基本的に怒ってもいない。ただ冷静に、淡々と、ヤツに罰を与えようとしているだけだ」
マコト:
「えええええ?」
シュウト:
「そんなぁぁあああ」←上から
石丸:
「釈明とは、避難や誤解に対し、相手の理解を求めるべく事情を説明することっスね」
この距離でも会話が成立するんだなぁ、と思った。
ユフィリア:
「なに? なにするの?」
ニキータ:
「まったく、もう……」
先輩方は興味津々だったり、呆れてたりはする。だが、なぜだろう? 止める気はなさそうだった。そのことがちょっぴり怖い。
ジン:
「ロープ結んだかー? ちゃんと結んでおけよー?」
シュウト:
「でもー、これー、ただのロープじゃないですかー!?」←上から
ジン:
「バカか、おまえ。その場のノリでゴム紐なんか使ったら、床にビターンといくだろ、ビターンと。そっから海に飛び込め!」
物見の塔の高さが15m?ぐらいはありそうだ。海面までだと30m近くあるような気がする。甲板の端から塔までが5mかそこらなので、ちゃんとジャンプすれば海には届くだろう。
レイシン:
「んー、ロープを結ぶ位置を変えた方がよくない? 上の柵が壊れちゃうかも?」
ジン:
「あー、適当にそこらに結ぶか。アレがないと船に置き去りにされちまうかもだろ?」
オキュペテーの速度が問題で、海に投げ出されたら隊長を置き去りにしてしまう。そのためのロープだった。
トモコ:
「キャプテーン、取り合えずちょっと船、止めて~」
ジン:
「なるほど、その手があったか。シュウトぉー、ロープなーし」
マコト:
「もうバンジーじゃなくなってるし……」
ジン:
「元ネタはこうした船での度胸試しなんだがな」
レイシン:
「ロープって事故の元だからね。送り出しに失敗したり、首に巻き付いたりすると大変なんだ。なければない方がいいよ」
同年代の女性メンバーなども集まってきた。事態を知ると、騒ぎ始めていた。
りえ:
「たいちょー!?」
静:
「隊長が、隊長が!」
ジン:
「船は止まったな? ……じゃあ、さっさと飛べ、オラァ!」
シュウト:
「いきまーす……」ぴょん
柵を蹴って、シュウト隊長が跳んだ。そのまま甲板を飛び越して海へと一直線に落ちていった。
ドバッシャーン。
ロープを投げて、掴まったところで引き上げる。上がってきたところで言葉をかけていた。
ジン:
「別に大丈夫だったろ」
シュウト:
「はい、高くておっかないですけど、特に痛みとかは」
ジン:
「そうか。じゃあ、あと29回な」ニコッ
シュウト:
「はい?」ぱちくり
集まっていたギルドメンバーに向かって、さらに追加される悪魔的なセリフ。
ジン:
「ところでキミ達、『連帯責任』って言葉を知っているかね?」
静:
「……えっとー、あんまり聞いたことないような?」
りえ:
「……うーん、知りませんねー?」
ジン:
「おい、意外と薄情だな。シュウトが残り29回飛び込む代わりに……」
ユフィリア:
「はい!」
ジン:
「か、代わりにお前らが跳べば、シュウトが飛び込む回数を……」
ユフィリア:
「はい!はい!!」
ジン:
「……へ、減らしてやってもいいんだぞ?」ヒクヒク
ユフィリア:
「はーい!はいはいはいはい!!」
気付かないフリをするのは、さすがに無理があると思う。
ジン:
「……なんですか?」
ユフィリア:
「わたしもやりたい!」
ジン:
「なんで? 秋の海だぞ?」
ユフィリア:
「でも楽しそうでしょ? シュウトばっかりズルいよね?」
リコ:
「それ、誰に同意を求めてるのかなー?」
ニキータ:
「そうね、楽しそうね?」にっこり
リコ:
「!?」
ジン:
「だぁーかーらぁ、これは罰ゲームだっての!」
ユフィリア:
「罰ゲーム、了解!」
そして妖精な人も飛んだ。華麗な大ジャンプをみんな目で追っていたと思う。ロープで引き上げられ、ずぶ濡れになったTシャツが体に張り付いている。そして輝く笑顔で一言。
ユフィリア:
「最高! もう1回!」
段々と、みんな1回は行かなきゃダメな空気が醸成されていく。ナチュラルに前向き、且つ、はた迷惑な人だ。
リコ:
「…………」そそくさ
ニキータ:
「さ、いくわよ」ガシッ
リコ:
「へっ!?」
Zenon:
「うっしゃ! 俺たちも行くぜ!」
バーミリヲン:
「……だな」
そー太:
「ま、負けてたまるか!」
朱雀:
「フン、この程度。試練の内になど入らない」
雷市:
「マコト、先に行くぞ?」
汰輔:
「どした? さっさと来いって」
……結局、ボクも跳ぶハメになった。高いところが得意な人なんていないと思うのだけど。
――結果。
ユフィリアが10回飛び込んでトップ。ニキータとリコがつき合いで8回。トモコも4回ばかり飛び込んでいる。なお、2回目以降はシュウトの分を減らさなかった。シュウトは5回飛び込んでペナルティ終了。
◇
ユフィリア:
「もう1回! 最後にもう1回いいでしょ?」
シュウト:
「まだやるの……?」
もう一度飛び込むべく、梯子になっている階段を登っていく。バイタリティが凄いとかじゃなくて、もはやただのバカなんではないかと。
ユフィリア:
「いっくよ~!」
ニキータが手を振って応えている。ぐったりとしたリコがブツブツと呟いていた。内容は『やっぱりアイツは私の敵だ』とかなんとか。ちゃんと仲良くやっているようだ。←?
ユフィリア:
「キャー!(笑)」
笑顔で悲鳴みたいなものを叫びながら落下、そして着水。こちらも楽しそうで何より。ジンが木製の浮き輪みたいなものに、ロープを結んだものを放り投げた。
ジン:
「もう終わりだ、さっさと上がってこ~い」
ユフィリア:
「もう終わりー? もうちょっと~」
波に揺られながらまだ遊び足りないご様子。タオルで頭を拭きながら、お風呂かシャワーにしないとダメそうだ。海水でベタつく。
ふと、ジンの顔が真剣味を帯びる。
ジン:
「ユフィ、直ぐに上がれ!……おい、ロープを引っ張るのを手伝え!」
Zenon:
「分かった!」
エリオ:
「ユフィ殿、早く掴むでござる!」
僕も自分の荷物に飛びつき、龍奏弓を取り出した。フォローすべく、海面に向けて弓を構える。
静:
「ユフィさん急いでぇ!」
ニキータ:
「ユフィ!!」
海面を気にしながらも、グイグイと引き上げられてあっという間に甲板へ。最後はジンが手を伸ばしていた。
ジン:
「つかまれ!」
ユフィリア:
「うん!」
腕を握り合うと、一気に引き上げてしまう。これで一安心だ。
ユフィリア:
「ありがと、ジンさ……」
ジン:
「なーんつって。信じちゃった? ウソだぴょーん!」
りえ:
「へっ?」
汰輔:
「ウソ?」
ユフィリア:
「(わなわな)~もぅ! ジンさんのいじわるぅ!!」
冗談だったらしい。力が抜けたところで、弓を引っ込める。その時、目の端で何かを捉えていた。海面で何かが動いたような……。
シュウト:
「?………………」
巨大な尾ヒレのような、何か。それは直後に波間の泡のように海底へ消えた。本当の出来事かは自信がない。ただの見間違いの気もする。本当の本当には、ジンのついたウソだったのだろうか……?
海面を見つめていたのに気が付いたのか、ニキータが声をかけてきた。
ニキータ:
「シュウト、どうかしたの?」
シュウト:
「いや。……本当は、何かいたのかも」
ニキータ:
「ええっ?」
しばらく海面を注意していたが、もう何も起こらなかった。
騙されたことにむくれるユフィリアをからかいつつ、ジンはどこか見守るような、穏やかな瞳をしていた。
◆
夕食はオキュペテーの艦内の専用スペースでとることになった。〈カトレヤ〉の定番ルール、食事時間帯の禁酒(&禁煙)はここでも守られた。
一応、未成年対策を兼ねているので、ジン達がいなくなるまではお酒なしで食事を楽しむ決まりである。これはオキュペテーのクルーも理解し、受け入れてくれた。
実際に未成年に対して禁酒を命じる人はいないので、特に不満にはなっていなかった。ジンですら、止めることはない。飲みたければ飲めば?という空気なのだ。
咲空や星奈と一緒にジンが席を立ち、シュウトが逃げようとするのを静たちが捕まえ、といういつもの展開だった。私たちもお付き合いで少しだけ口を付ける。ユフィリアがおしゃべりするのが目的なので、お酒は味を確認する程度である。流石は〈海洋機構〉、お酒の方もかなり良いお味をしていた。
トモコ:
「美味しかった~」
ユフィリア:
「お魚がプリプリだねっ!」
ニキータ:
「身も脂もね。ほら、お皿がこんなギトギト」
トモコ:
「うわぁ。私たち、こんなの食べちゃったの?」
ユフィリア:
「どうしよう。明日、顔、テカテカ?」
ニキータ:
「魚の脂は体に良いっていうけど」
基本的にどうでもいい話ばかりなのだ。
トモコ:
「いいなぁ、毎日こんなの食べてるなんて」
ユフィリア:
「いいでしょ~」にひひ
ニキータ:
「羨ましいなら、ウチに来る?」
トモコ:
「行く!行く行くぅ!」
ユフィリア:
「来ちゃえ来ちゃえ!」
〈海洋機構〉関係者から不穏な気配が漂い始める。トモコ脱退は大きなニュースになるだろう。……どちらにしても冗談で言っているだけなのだが。
トモコ:
「ま、いまさら抜けるのは無理なんだけどねぇ。わかってますよ……」どよよん
ユフィリア:
「そうなの?」
トモコ:
「そっちには行けないから、逆に来てもらおっか。レイシンさん、引き抜いちゃおうっかなー?」チラッ
ユフィリア:
「やーだぁ、とっちゃダメー」
トモコ:
「ユフィもウチに来ちゃいなよー」
ユフィリア:
「えー、どうしよー?」白々しく
アルコールを入れた状態で、毒にも薬にも、なったとしても毒にしかならないだろう会話にしばし埋没する。大した理由もなく、理由なんかないからこそ、楽しかった。
ユフィリア:
「わー、お星さまがいっぱ~い!」
くるくると踊るように手を伸ばすユフィリア。
甲板にあがれば、そこは遮蔽物のない満天の星空だった。夜になって速度を落としたのか、波の揺れもゆったりと優雅に感じられた。
ユフィリア:
「あれれ? ジンさん発見」
甲板で良さそうな場所を探していたら、先客で、およそ星だの景色だのに興味なさそうな人が来ていた。
ジン:
「見つかっちまったか。仕方ない、膝枕をさせてやろう。こっちに来い」
ユフィリア:
「もう、言い方が変だよ。お願いしますでしょ?」
ジン:
「お願いしまーす」
別に嫌がりも困りもせず、いそいそと膝枕をするのだから、この2人の関係も変な感じだ。
ジン:
「うむ。いい按配であーる」
ユフィリア:
「……凄いね。吸い込まれそう」
ニキータ:
「本当にね」
そもそも星座などに詳しくないので、異世界の夜空が地球のそれとどう違っているのかも分からない。ただ、ハーフガイアといった縮尺が小さいはずの世界は、そんなこととはお構いなしに広大だった。あまりの大きさに、自分の矮小さ、卑小さを突きつけられてしまうほどだ。
ユフィリア:
「ジンさんって、星とかに興味ある人?」
ジン:
「まーなぁ。どっちかというと親近感が近いけど」
ユフィリア:
「どうして親近感なの?」
ジン:
「んー、中心軸は天を越えて、宇宙の向こう側まで届け!って感じで練習するからなー。だんだんと具体的な宇宙を知りたいって感覚が生まれてくるんだよ。何回も何回も宇宙のことを考えるからな。銀河を飛び越えた先の領域のことを思うのだし、足の下の地球を貫いたその先の宇宙のことも考える。最初は鍛錬のためだからって、少しでも知識を入れておきたいとかってコスい理由だったりするんだけど(苦笑) ……でも、それを越えるとだんだん親しみに変わってくるというかね」
ユフィリア:
「トモダチみたいな?」
ジン:
「ボッチみたいな言い方しないでくれません?」
ユフィリア:
「えへ」
ニキータ:
「でも、ちょっと圧倒されませんか?」
ジン:
「おっ、通だね」
ニキータ:
「……通、ですか?」
ジン:
「日本に八極拳を広めたカンフーマンガのネタだろ? 最終巻の」←拳児
ニキータ:
「違います。関係ありません……」
ジン:
「なんだつまらん」
何を言っているのか分からないが、頭が痛くなってきた。
ジン:
「自分が小さく感じるのは、宇宙と自分とを『別もの』だと考えているからだな。
武術ってのは、戦いの時代だと非常に即物的な、勝てればなんでもいいや!な方向に流されていくもんなんだが、平和な時代だと色々な意味で洗練されて上質な方向に進むんだよ」
ユフィリア:
「即物的って言えば、ジンさんのことだよね」えっへん
ジン:
「否定しねぇよ(笑) 自然との合一であったり、宇宙、即、我であったりと、宗教的な悟りに近い認識に到達するのも、また、武術のひとつの側面なんだ。なんであれ、道を求め、究極をめざし、極めていけば、神の領域へと近づくものだしな」
ユフィリア:
「むつかしいね?」
ジン:
「簡単にいえば、『全てはひとつ』ってことだな」
ユフィリア:
「いいね!」
全てはひとつ、ゆえに、親近感ということか。
ジン:
「星はいいとして、船旅には飽きてきたぞ。なんかイベントでも起こらないもんかなー?」
ニキータ:
「結局、モンスターに出て欲しいんですね?」
ニュアンスとしてはエルムの目論見通りになってしまうことを意味する。
ジン:
「いや、考えてみたら俺を使いたい訳じゃなかったんだろう。モンスターを倒すのが目的で呼ばれたのではなかったんだ」
ユフィリア:
「じゃあ、倒さなくていいの? モンスター」
ジン:
「モンスターを倒すには、目の前に居なきゃどうしようもねーべ」
ニキータ:
「じゃあ彼の狙いは、いったい……?」
ジン:
「イベントトリガー、もしくは、幸運の女神ってことだろ」
ユフィリア:
「?」
幸運の女神とはユフィリアのことだろう。イベントトリガーで何かのアイテムだろうか?と考えてみたが、なんとなくシュウトのような気がした。前に聞いた『居合わせる能力』みたいな話だろう。
この辺りの機微が理解できないユフィリアが、別の話題に変えた。
ユフィリア:
「でもでも、明日はパテル島でしょ?」
ジン:
「パテル島?」
ユフィリア:
「船長さんが説明してたよ」
ニキータ:
「リトラブレ諸島のパテル島です。小笠原諸島の父島、みたいですよ」
ジン:
「へー、そんなトコ行くんだ?」
リトラブレ諸島へはマイハマから定期便が出ている。〈虹色イルカ号〉ならば12時間で到着できる。これもゲーム時代のご都合主義的な速度だったようだが、オキュペテーであれば更に何時間か短縮できるらしい。けれど、お昼に出発したこともあり、到着時刻が朝になるように調整するそうだ。
たっぷりと星空を堪能したところで、早めに就寝してしまうことにする。深夜時間帯の歩哨はオキュペテーのクルーにお任せだ。何かあったら起こしてもらえるだろう。
◆
夜明け頃からオキュペテーの荷卸しが始まっていた。パテル島の住民への必要物資の補給などを請け負っていたようだ。急ぎの出発にはこうした複数の理由が絡んでいたのだろう。
魔法の鞄を利用した簡便な荷卸しは数時間で終わる見込みだ。その間に上陸が許されていたため、私たちもツインシィという村に行って来た。朝市をやっていたため、トロピカル・フルーツを食べたり仕入れたりしている。100人程度の村でもあって、どこかミウラの村を連想していた。
リコ:
「どうして〈冒険者〉向けの下着が特産物なのかしら?」
静:
「けっこー、買っていくらしいですよ」
ユフィリア:
「買う? 記念にどれか買っちゃう?」
そうして再び、私たちは船の人に戻った。海洋モンスターの退治が主目的なので、村に長居する選択肢はないのだろう。
ジン:
「ンまい!」
サイ:
「おいしい」
トモコ:
「サイッコー!」
お昼はジンのリクエストでトンカツだった。海のものばかりでも飽きるからという理由だが、単に食べたかっただけだろうと思う。
大量のトンカツを常温の油の中に並べて、ゆっくりと時間をかけて仕上げるのだ。噛んだ時の『じゅんわり』とした感覚が独特で、また次の一口を求めてしまう。
そー太:
「このカツでカツ丼くいてぇな!」
朱雀:
「カツ丼じゃ大して変わらない。ここはカツカレーだろ」
そー太:
「カツカレーじゃ乗せただけだろ、カツ丼ナメんな!?」
朱雀:
「やるか?」
そー太:
「かかってこいよ?」
マコト:
「やめなよー、喧嘩はダメだよー」
午後はオキュペテーのクルーと仲良くなったユフィリアが、海鮮丼祭り用の魚釣りに興じていた。ちなみにパテル島でも念のために仕入れているというので最低限の準備自体はすませているという。狙いはプラスアルファなのだが……。
ユフィリア:
「きゃー、誰か来てー!」
かなり強い引きで釣り竿が折れそうなほどしなっている。釣り師のスキルを持ったクルーがワラワラと駆け寄り、大騒ぎになっていた。
こうしてプラスアルファの確保にも成功した…………。
◆
ユフィリア:
「美味しいねっ、楽しいねっ」←大満足
シュウト:
「いや、一応、これ、モンスター退治がメインだからね?」
ジン:
「……タイミング的にはそろそろだよな?」
ユフィリア:
「そうなの? ご飯終わるまで待っててくれるかな?」
たぶん、そのぐらいは待っててくれるだろう。理由はないが確信がある。ユフィリアの食事を邪魔する無粋なモンスターなど八つ裂きに決まっているからだ(邪魔しなくても八つ裂きなのだが)
星奈:
「おいしい、ですっ!」くわ
リコ:
「星奈、ご飯粒ついてる」
咲空:
「~~~っっ!(涙)」
シュウト:
「……咲空、大丈夫?」
咲空:
「ふぁい、ワサビ、効き過ぎちゃいましたぁ」
ジン:
「俺たちも握り、いっとくか!」
ユフィリア:
「うんっ!」
剛運にもマグロをゲットしたため、夕飯は甲板でマグロ海鮮丼祭りを開催することになった。さっきまで解体のやり方を教わりながら、レイシンが捌いていたのだ。包丁の扱いはさすがに慣れたもので、ザクザクと切り分けてしまう。
オキュペテーのクルーみんなでマグロを楽しみつつ、料理人が握っているマグロの寿司を堪能する。
シュウト:
「雲が出てきた……?」
食事を終えて、後片づけしていると、曇り始めていた。月明かりが隠れ、かなり暗くなってくる。海の天気は変わりやすいというし、雨でも降るのかもしれない。
シュウト:
「台風とかにはなりませんよね?」
ジン:
「まさか。お客さんだろ。オラ! 戦闘の準備を始めろ!」
〈カトレヤ〉のメンバーも武器を取りに走り、鎧の装着でゴタゴタした感じになっていた。
Zenon:
「どうだ、敵はどこからくる?」
手に入れたばかりの幻想級装備|〈火牙刀〉〈ひばとう〉を手にZenonが駆け寄ってくる。〈火牙刀〉は防御的な装備だ。竜の口の中にある牙は、当然ながらブレスにも耐える。そこから高い属性防御を使い手に与える。武器としては斬りよりも突きに向いているという。
ジン:
「もう来てる。下だ」
Zenon:
「下?」
思わず足下の甲板を見てしまったが、船の下の海にいるということだろう。どこからか「出たぞ!!」とう叫び声が聞こえた。
名護っしゅ:
「なんだ? 生臭いぞ!?」
巨大なモンスターの触手が、オキュペテーに巻き付き、甲板に姿を現していた。元は白に近い色だっただろう触手は、汚れたような、腐っているような薄汚れた印象を与えるものだ。そしてダイレクトアタック的な腐敗臭が空気を汚染している。
〈不死魔海獣〉、クラーケンが不死となったものだ。船を持っていないと海のクエストに挑む機会が少なくなる。クラーケンまではどうにか戦ったことがあっても、アンデッド化しているものはさすがに初めてみる。
ジン:
「オラ、この船壊す気か? とっとと攻撃を始めろ!」
戦う気のなさそうなジンがせっついて来る。近くにいたエリオをタンク役にして、甲板に伸びてきた触手への攻撃を始めた。反対側へはZenon達が向かっていくのが見えた。
戦い自体は順調で、問題は触手へのダメージだけで逃げられてしまわないかどうか?という辺りだろう。攻撃的な魔獣は倒し切らないと、また別の船に被害が出てしまう。
オキュペテーのクルー:
「接近する船舶あり!」
ジン:
「このタイミングでか? シュウト、見てこい!」
戦闘から一時的に離脱し、船の高い場所へ飛び移る。
シュウト:
「……幽霊船? いや、海賊船かな?」
白い霧に包まれた船が接近してくる。真っ黒な帆は海賊のイメージなのだが、全体の印象はファントムやゴーストのそれだ。けっこういいスピードでこちらに向かってくる。
すると、オキュペテーのクルーが騒ぎ始めていた。「突っ込んでくるぞ!」「回せ回せ!!」などの怒鳴り声が聞こえた。
戦っているアンデッドクラーケンを無視して、突っ込んでくる幽霊海賊船。オキュペテーはどうにか回旋し、角度を変えて衝突の威力を殺していた。衝突で船体が大きく揺れた。
後で聞いた話では、『衝角』という船の突撃攻撃用の武装は、船首に付いている槍みたいなものではなく、海水面の下にあるのだという。あのまま船の側面に突撃されていたら、オキュペテーの船腹が突き破られて、沈没していた可能性もあったという。
幽霊海賊船の攻撃は尚も続く。曲刀を手にした〈骸骨海賊〉(スケルトンパイレーツ)が次々と乗り込んでくる。武器を手にしたオキュペテーのクルー達が迎撃する。
クラーケンの相手をしながらなので、少し余裕がなくなって来たかもしれない。
ジン:
「だっせぇなぁ、いいから順番にしとめろ。クラーケンを倒せ」
シュウト:
「了解!」
ジンが重い腰を上げるのか?と思いきや、斜め上の行動に出た。
ジン:
「よし、ここはレベル上げのチャンスだ。いくぞ?」
咲空&星奈:
「「はい!」」
スケルトンパイレーツと戦うクルーの間をふらふら移動しながら、回復と攻撃の支援を行って経験値を得ていく。レベル50台の2人には十分に格上の敵でもあって、効率が良い。ジンは護衛に徹しているようで見守っている形だ。2人のところにたまたま来てしまったら、仕方なく瞬殺する程度。
シュウト:
「よし、トドメを!」
アンデッドクラーケンはそー太や朱雀達と連携して倒すことが出来ていた。幽霊船の衝突がクラーケンにヒットしたらしく、HPがごっそり減っていたのが大きい。そのタイミングで逃げられそうだったのだが、攻撃速度を高めてしとめきった形だ。
続けて幽霊船への対処に移る。こちらは無限に沸いて出る骸骨海賊の相手をしなければならず、オキュペテーのクルーが押され気味だった。
ジン:
「どうだ、葵?」
葵:
『船自体がゾーンっぽいね。なんかのクエストじゃないかな? アンデッド発生装置っぽいのが6つ。それを壊すか止めるかすればいいと思う』
ジン:
「ゾーン? 石丸、何か知ってるか?」
石丸:
「……失われたクエストの可能性があるっス」
ロスト・クエスト。期間限定や難易度調整などで、今では発生しなくなったクエストのことだろう。
ジン:
「シュウト。何人か連れてって、装置を止めてこい」
シュウト:
「わかりました」
レイシン、ニキータ、バーミリヲン、スタークにリコを加えてパーティーを編成。リコの鋼鉄蜘蛛、イダさんに乗り、幽霊海賊船のマストに糸を張り付けてアメイジングで乗り込む作戦だ。
この作戦には囮が必要になるので、ようやくジンが出張ることになった。次々と現れるスケルトンパイレーツを鬼の速度で倒してしまう。再出現からオキュペテーに乗り移ってくるタイミングを見計らって僕らはジャンプした。乗り移りに成功。
レイシン:
「これ、破壊不能だね」
スターク:
「レバーを下げればよさそうだよ」ガチャリ
こうしてアンデッドの無限沸きがストップする。
ジン:
「よーし、こっちも終わったぞー」
咲空と星奈を連れて、ジンが幽霊海賊船に移動して来ていた。レベル上げをまだ続けていたらしい。2人とも3つレベルが上がっていた。
オキュペテーのクルーが悪霊でも見たような顔をしているのだが、それは考えないことにする。現実には、幽霊よりも人間の方が怖いものだ。
クリスティーヌ:
「ギルマス、ご無事ですか?」
スターク:
「ぜんぜん平気~」
ジン:
「おっと、イベント開始か?」
バンッ!と勢いよく扉を開くと、中から怪人が現れ、強烈な雄叫びを轟かせた。クエストボス、レイドボスのようだ。
ジン:
「アザラシの海賊船長?」
ユフィリア:
「オットセイじゃなくて?」
シュウト:
「トドなんじゃ?」
ニキータ:
「でもアシカかも?」
石丸:
「牙が長いものは、セイウチっス」
みんな:
「「そうなんだー」」
セイウチベースの亜人で、海賊船長ライクな格好をしている。しかもアンデッド。正直なところ、要素盛りすぎじゃないか?とか思わないでもない。名前は……
ジン:
「俺、パス。鼻がもへほうらし」←途中から鼻をつまんだ
スターク:
「確かに、キツいね」
ジン:
「そのションベン臭いキビヤックの処理は任せたからな」そそくさ
シュウト:
「そんなぁ~」
すえたアンモニア臭がするボスにジンが逃げ出した。エリオとZenonが顔を見合わせて、どちらがタンク役やるか?で譲り合う。
先頭で戦うタンク役は過酷だ。敵を引きつけ、ダメージを引き受け、更にこんな悪臭と間近に接しなければならない。後で装備を洗ったりする手間は数倍だろう。数日間は臭いがこびりつきそうだ。ジンが逃げるのも当然だ。本当は、タンクをやってくれる人に感謝しないといけない。
Zenon:
「しゃあねぇ、俺がやるぜ!」←義務感
エリオ:
「さすが〈武士〉の鑑でござるねっ!」←意外と調子がいい男
ユフィリアが「くちゃーい!」(><)と言ったところで攻撃開始。さっさと終わらせてしまおう。
ウヅキ:
「ちょっと待て、このキビヤックは……!?」
正式名称をガン無視してキビヤックということになった。それはいいとして、ヒュドラを越える回復速度で傷が消えていく。ほぼ不死身と言っていい回復力を備えたアンデッド。しかし、ヒュドラでいう首みたいなものがない。
葵:
『あー、そういうこと? だから破壊不能オブジェクトだったんだねぇ』
いつにも増して緊張感のない声が状況を悟らせる。つまり、6つあるスケルトンパイレーツ発生装置を最低いくつか作動させた状態でないと、このボスを倒せないのだろう。そうなると意外に難易度が高いことになる。
後から考えてみると、ボスが現れたのは装置が停止し、残っていた骸骨海賊も全滅した後のタイミングだったりした。こちらも納得である。
葵:
『ジンぷー、働けや。こっちなら臭くねーべ?』
ジン:
「はぁ~、めんどくせぇ……。咲空、星奈、全部の装置をオンにしろ」
咲空&星奈:
「「わかりました!」」
リコ:
「全部って……」
ジン、咲空、星奈の3人(つまり、ほぼジン1人)で〈骸骨海賊〉の相手をし、その間に僕らがキビヤックの相手をすることに。割と時間が掛かったので怒られながらも、打倒・殲滅に成功した。
シュウト:
「意外と、難易度高めでしたね」
レイシン:
「そうだねぇ」はっはっは
ジン:
「連中だけじゃキツかったかもな。……まぁ、俺たちが来たから難易度が上がったのかもしれんけど」
シュウト:
「?」
ドロップアイテム以外に何かないか?と船の中を探索する。風を帆で受けつつ、櫂を漕ぐ構造なので、船の中に降りていくと専用のスレイブアンデッド|(こちらも骸骨)がズラッと並んでいた。だが特に抵抗もなく、戦闘にはならない。船の機構の一部、機械のようなものらしい。アンデッドというよりもゴーレムだろうか。
ユフィリア:
「みてみて~」
ジン:
「どうした?」
ユフィリア:
「オシャレだなって思って」
ジン:
「ボトルシップだな」
瓶の中に、幽霊海賊船が小さな縮尺で収まっていた。帆のほつれた感じなど細部まで緻密で美しい造形だ。
石丸:
「見せて欲しいっス」
ユフィリア:
「うん。どうぞ?」
石丸:
「やはり。……これは魔法のアイテムっス」
ジン:
「それってどういう……?」
こうして僕たちは幽霊船〈黒き幻影号〉を手に入れ、3泊4日の予定を切り上げ、2日間でこのクルージングを終えた。
オキュペテーのクルーに挨拶し、帰還呪文でアキバへ。
静:
「終わりか~、楽しかったな~」
りえ:
「リフレッシュできたね~」
ジン:
「つか、……おまえ、臭うぞ?」
Zenon:
「だろうな。アンタんトコの風呂を貸してくれ」
星奈:
「お風呂、ですか」きらーん
ジン:
「……だが断る! 川にでも飛びこんどけ」
Zenon:
「おいおい、半分はアンタのせいだろ!?」
トモコ:
「あの、レイシンさん!」
レイシン:
「えっと、何かな?」
トモコ:
「あの、コレを受け取ってください!」
レイシン:
「見てもいいかな……?」
渡された包みを開くと、衣服が出てきた。黒字に銀糸での刺繍がなされている。その名も〈ウロボロスの武闘着〉
トモコ:
「〈竜気の装束〉の上位試作版で、ウロボロスをモチーフにして改良しました。レイドでも使えるようにと思って……」
レイシン:
「えっ、こんなの貰っちゃっていいの? 大丈夫?」
トモコ:
「大丈夫です。試作品ですし、作ってたみんなもノリが良かったですし。……ちょっと権力は使っちゃいましたけど」てへっ
Zenon:
「いや、使ったのかよ……」
トモコ:
「権力はこういうことのために使うべきでしょ?」
ジン:
「そうか?」
エルンスト:
「難しいところだな」
トモコ:
「ファンです、応援してます!」
葵:
「いやいやいや、あたしのダーリンを口説くな!」
レイシン:
「はっはっは。ありがとう。使わせてもらうねー?」