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147  マコトの日

 

ジン:

「サポートメンバー用の研修をするから、完全装備で玄関に集合な?」

マコト:

「え? あっ、はい。……わかりました」

ジン:

「40秒とは言わんが、急げよ」


 鎧姿のマコトが降りてきたところで出発する。南門のブリッジオールエイジスで〈海洋機構〉の2人と合流し、そのままカンダの古書林へ。


アクア:

「今日はここから飛ぶわよ?」


 石丸と打ち合わせして、カンダの〈妖精の輪〉からそのままドラゴン狩りを行っているレイドゾーンへジャンプした。


マコト:

「ここ、どこですか? ボク、これからどうなっ……」ガクガクブルブル

アクア:

「黙りなさい」

マコト:

「ひぅっ」ビクン

ジン:

「……と、ここまでがお約束だったりする訳だが」

Zenon:

「わりぃ、俺もちょっと説明を頼みたいんだが? なんでカンダの〈妖精の輪〉からここにジャンプできんだよ?」

英命:

「大変に興味深いですね~」にこにこ

ジン:

「んー、面倒臭かったから?」


 さすがにその説明はどうなのだろうと思わずにはいられない。


アクア:

「……これよ。この指輪の能力で転移先を選んだの。いいから、そういうものだと思っておきなさい」

Zenon:

「あっ、はい……」


 そしてアクアからの説明は更に身も蓋もなかった。Zenonが圧倒されて敬語っぽくなっている。


ウヅキ:

「ちょっと待てって。てことは、その指輪があれば行きたいところに自由に行けるってことかよ!? そりゃ反則だろ?」

アクア:

「反則よ。だからなに? ……反対に質問するけど、貴方、この指輪で『どうしても行きたい場所』があるの?」

ウヅキ:

「え……?」


 半分引きこもりのウヅキにその質問は酷なのでは?とか瞬間的に考えてしまった。僕は考えるまでもなく、いきたい場所などは特にない。


Zenon:

「どうしてもと言われると、ねぇ、よなぁ?」

英命:

「そのようですね。〈妖精の輪〉がある場所なら、この世界のどこにでも行ける。……けれど、現実世界には戻れない」

アクア:

「そういうこと」


 自由に使えるなら『果てしなく便利』だが、それでも『ただ便利なだけ』でしかない。この指輪があっても現実世界へ帰還できる訳ではないのだ。本質的な価値があるわけではない、ということだろう。実際に使っているアクア自身が、そう割り切って考えているのが分かってしまった。


バーミリヲン:

「そういうことだったか。……帰るアテがあったんだな」

スターク:

「まーね。言わなくてゴメンね」

バーミリヲン:

「いや。安心したぞ」


 不器用な感じのバーミリヲンの性格故か、その実直な優しさがストレートに感じられて、いい人だなぁとこちらまで和んでしまった。


ジン:

「もういいか? ……じゃ、今日もレベル上げだ。お前らはキリキリ働くよーに」

アクア:

「今回から私が加わることになったわ。『私が参加している状態』での連携訓練が今日の課題よ」

Zenon:

「……なぁ、あの人、何モン?」(小声)

スターク:

「コンセプト的にジンと真逆の人だよ。スーパー援護歌の使い手」


 個人戦特化&戦闘特化の最強がジンであるならば、集団戦特化&支援特化の最強がアクアだ。アクア自身の戦闘力は切り捨ててしまっているため『最強の吟遊詩人』という呼称こそふさわしくないが、『最高の吟遊詩人』であれば、それは間違いなく彼女のことである。


マコト:

「ぼっ、ぼっ、ぼっ」

ジン:

「マコトはサポート要員だ。期待してるぞ」

マコト:

「なっ、なっ、なっ」

ジン:

「何をするかって? とりあえず指示したら叢雲を使えばいい。ドラゴンとか出るから、タイミングを逃すなよ?」

マコト:

「…………」


 震えながら涙をこぼし、絶望した表情で助けを求めていた。可哀想かもしれないけれど、僕に助ける手段などあるハズもなく。ある意味で助けて欲しいのはこっちも同じだ。ちょっとこの状況に慣れてきてるだけで、実際のところ立場はそう変わらない。

 〈叢雲の太刀〉で敵の攻撃を切り払う、いわゆる『叢雲要員』は攻略の鍵を握る場合もある。震えているマコトがちゃんと出来るかどうか分からないが、もとから戦力として数えている訳もないのでそれでいいのだろう。

 マコトは嫌かもしれないけれど、ジンに考えがない訳がない(たぶん)


シュウト:

(それに、きっといい思い出になる)


 ジンが素直にサポート要員にしてしまうとも思えなかったけれど、例えそうなったとしても、今日はマコトにとって特別な日になるだろう。


 第1パーティはジン・レイシン・ユフィリア・ニキータ・石丸、そして僕が担当。いつものカトレヤ組メインメンバー。

 第2はZenon・スターク・ウヅキ・バーミリヲン・クリスティーヌ・リディア。ここまでは変化なし。

 第3にエリオ・マコト・英命・アクアと、初参加メンバーを集めてある。マコト以外は実力者が揃っているので、任せてしまっていいはずだ。


 葵は時間制限があるので暇を見て、もしくは呼び出した時に参加する手はずになっている。基本的に今日もレベルアップが目的。途中どこかで竜翼人の里に立ち寄る予定だ。


ユフィリア:

「じゃあ、両手を挙げて!」

英命:

「はぁ、なんでしょう?」

ユフィリア:

「10回ね。いきますっ。う~んにゃ~ら、ぐ~んにゃ~ら、ば~らばらん。う~んにゃ~ら、ぐ~んにゃ~ら、ば~らばらん……」


 ゆるを覚えた今でも、ドラゴン戦開幕前は必ずこれをするのがお約束だ。誰よりユフィリアが楽しみにしている気もする。


ジン:

「はい9、ラスト~」

ユフィリア:

「う~んにゃ~ら、ぐ~んにゃ~ら、ば~らばらん、ウーハッハー!」


 細かな光のかけらを振りまきながら、見事にやりきったユフィリアがいい笑顔をしていた。いつものことだけど、ある意味ですごい光景だ。世界は、今、輝いている。


アクア:

「……これ、必要?」

ユフィリア:

「えっ、やっちゃダメだった?」

ジン:

「いやいや、めげてはいかん。やり切るのが大事だぞ」

ユフィリア:

「そうだよねっ!」


 この道は、真面目なだけではたどり着けない場所へと続いている。

 努力するのは当たり前。真剣なのは普通ことでしかなく、命懸けすら珍しくもない。なのに、努力は人を簡単に裏切る。真面目なだけではたどり着くことはできない。その場所へ行くと決めたのなら『真面目』は言い訳には使えない。免罪符にはならない。


 自分のようなただの大学生が、ゲームの中に閉じこめられて、ドラゴンと戦っているのだ。世の中は狂っている。もはや正気では渡り合えない。世界がふざけているのに、真面目なだけで通用するハズがなかった。


シュウト:

「よし、行こう!」

Zenon:

「っしゃあ!!」


 だから僕も、真剣に、且つ、ふざけてやろうと思う。それができなくても楽しんでやるつもりだった。仲間達と、楽しく、ドラゴンを殺す。それをどこか『いい気味』だと思った。







アクア:

「ようやくドラゴンと出会えたわね」

ニキータ:

「使いますか?」

アクア:

「もちろん。本気で行くわよ!」


 本気ではない状態でも、アクアの援護歌の威力は凄まじい。

 本気を出せば威力は数倍化するし、ニキータが〈コーラス〉のサブ職になったことで更にパワーアップしているはずだった。


ジン:

「うし、仕掛けるぞ」


 オーバーライドを発動しないまま、ジンが突撃していった。距離をおいて後に続く。ドラゴンの咆哮が炸裂すると思った瞬間、アクアの音が天を崩していた。膝を付けそうになる重圧から解放されると、力が全身に漲ってきた。その感覚を味わって楽しむ。


英命:

「これは!?」

Zenon:

「なんつー威力だよ!!」

ウヅキ:

「クッソ、あの女もか!」

バーミリヲン:

「次元が、違う……っ」


 ジンのファーストヒットが決まると、アタッカーが全力で襲いかかっていった。僕も例外ではない。さっそく新技をリリースする。


シュウト:

「〈乱刃紅奏撃〉!!」


 赤黒い『瞳』が6個まとめて現れる。ある程度『念じたルート』を飛ぶように設定でき、何も決めないとまっすぐに飛ぶことになる。広がってから、包み込むように命中するイメージで放った。カクカクとした動きで方向を変えながら、だいたい念じたイメージ通りに飛んで、命中した。


スターク:

「おおお!」

Zenon:

「スゲェ!!」

エリオ:

「なんと!」


 大成功だった。いや、とっくに実験済みだったけれど、実戦で決まるのはまた格別だ。これは使える!と大満足でほくそ笑む。20分経ったらまた直ぐに使おうと思う。いや、アクアの援護歌があれば、もう少し早く使えるはずだ。

 プロックで飛んでいく単発の瞳も、ルート指定ができるかもしれない。いろいろと試してみなければ、と考え始めていた。この時間が好きだ。


ニキータ:

「ブレス・モーション!」


 ドラゴンブレスのモーションに気付き、ニキータが鋭い声を飛ばす。


葵:

『よーし、マコちん! 叢雲チャーンス! 準備はいいかい?』

マコト:

「ははは、はいぃぃぃ」


 いつの間にか参加していたらしい葵が、マコトに指示を出していた。

 マコトのメインウェポンは槍なのだが、〈叢雲の太刀〉という特技のために今は太刀を装備していた。……細かい話をすれば、刃を上にして腰に『差す』ものは打刀(うちがたな)になるので、マコトの使っているものも分類上は打刀になるはずだ。

 長めの太刀や大太刀は、そもそも馬上戦闘用だそうで、背中に背負ったり、魔法の鞄から直接取り出して構えることが多い。両手持ちする場合、抜刀向きの打ち刀よりも、太刀の方が好まれる。

 (太刀は刃を下にして腰に『佩く』。刃を上にしてしまうと、馬上でペシペシと馬の尻を叩いてムチを入れてしまうため)


葵:

『まだだよ~、溜めて溜めて溜めて~』

マコト:

「〈叢雲の太刀〉!」

スターク:

「えええええ!?」

葵:

『早いっ、早いよ~(笑)』


 ブレス直前の何もないところを切り払ったマコトだった。プレッシャーでガチガチなので仕方ないかもしれない(苦笑)


エリオ:

「間に合わぬでござるっ!?」


 エリオのフォローは間に合いそうにない。吐き出される炎を回避しようと身構える。しかし、ブレスの炎は、ドラゴンの口元で奇妙な動きをして、威力が散らされていた。

 詳しく見ると、顔の前で縦に魔法障壁が設置されていて、炎を邪魔しているらしかった。ブレスの終了と同時に弾け飛ぶ魔法障壁。


英命:

「どうやらうまく行ったようですね」にこり

スターク:

「なんで!? 今のどういうこと?」


 ドラゴンの顔の前に、盾をかざすように防御面を配置するならまだ分かる。それならブレスの威力を一時的にせよ受け止めることができるはずだからだ。

 薄い障壁の『側面』でブレスを受け止められるはずがない。普通に考えれば、真ん中で割れたとしても、そのまま攻撃されるハズなのだ。


石丸:

「ブレスによって大量に巻き込まれるはずの、周囲の空気の動きを邪魔したんスね?」

バーミリヲン:

「気流を制御したのか!?」

英命:

「そうなりますね」

アクア:

「……やるわね。でも戦闘中よ、話しは後!」


 そうアクアがたしなめもしたが、ここの戦闘は呆気なく終わった。


Zenon:

「強ぇ、俺たち、強過ぎるだろ!」

バーミリヲン:

「まるで別人になった気分だ」


 アクアの超威力の援護歌は戦闘の次元を引き上げてしまった。再使用規制の高速化とMPの供給だけでも、総攻撃の規模・スケールがまるで別次元になる。〈堅牢なるパストラル〉や〈舞い踊るパヴァーヌ〉、〈風纏う乙女のロンド〉などが加わり、防御性能も凄まじい段階にあった。


ジン:

「はぁ~~あ」


 盛大なため息をつくジンにユフィリアが話しかけていた。


ユフィリア:

「どうしたの、ジンさん?」

ジン:

「敵が弱い。面白くない。飽きた。ツマンネ。もう帰りて~(涙)」

アクア:

「あら、勝ち過ぎたかしら……?」


 『私のおかげで』と言外に行っているアクアはともかく、ジンのぐったりうなだれ感は深刻そうだ。楽で何がダメなのか分からない。僕らには丁度いい相手だったわけで。

 

ジン:

「んじゃー、今から行こっか?」

葵:

『……と言いつつ、レイドボスの所へ行こうとするジンぷーであった』


 ナレーション風に解説する葵で何を考えているかがモロバレになる。


シュウト:

「今日はレベル上げの日にするって言ったの、自分じゃないですか!」

ジン:

「このぐらい戦力があれば余裕で勝てるって。大丈夫、大丈夫だから」

アクア:

「私は構わないわ。ビートホーフェンと出会えるのが楽しみだわ」

シュウト:

「だから、待ってください。今日は戦わないつもりだったからそれ用の準備をしてきてなくて……」

ジン:

「いらん、そんなもの必要ない」

Zenon:

「いや待てって。アンタは要らなくても、こっちには必要なことだろ?」

スターク:

「そうだよ~? 次回は行くから、今日は我慢しなよ」

ジン:

「いや、そこをちょっとだけ!」

アクア:

「まったく、我慢の足りない男ね」

ジン:

「うおい! 元を正せば、お前が参加したせいだろうが!」

ユフィリア:

「おちついて~。ジンさん、おちついて~」

ジン:

「な? 先っちょだけ! お願い! 先っちょだけでいいから!」

ユフィリア:

「先っちょ??」

葵:

『とか言って、ゴム無しで中に出す気だろ』

ジン:

「ばっ、そんなこと、する訳ないだろ?」ゴニョゴニョ

Zenon:

「ぶわははははは!」

ウヅキ:

「何の話をしてんだよ!」

ニキータ:

「下品」

ユフィリア:

「え? えっ?」


 ジンがゴネ始めてしまったため、話がどんどん脱線していく。これだけの戦力があれば『予想以上に順調』となるべきところなのだが、どうしてだか予定通りにいかない。


葵:

『あれだ、ジンぷーがソロで行動すりゃいいんじゃね?』

ジン:

「……それだ! たまにはイイコト言うじゃねーか、ロリちび」

葵:

『あたしだぞ? あたしナメんなよ?』

レイシン:

「えー? めんどくさいじゃん」←自分がメインタンクをやりたくない

シュウト:

「ソロで平気なんですか?」

ジン:

「全っ然、大丈夫です。オーバーライド時は圧縮魔力だけじゃなくて圧縮生命力も備わってんだぜ? 〈レジリアンス〉の回復力は通常の3倍越え。自分でもキモイ速度でモリモリ再生するゼ?」

葵:

『なんという再生怪人』

ジン:

「そこは(ウー)と言ってくれ。サザンアイズ的に」

バーミリヲン:

「最早、なんでもアリだな」


 そこばかりは訂正したい。『最早』というより『出会ったときから』なんでもアリの人だった、と。


アクア:

「ちょっと、その能力じゃステータス異常までは無効化できないでしょう? いくら最強だからって、事故られたらたまらないわ。レオンの二の舞はゴメンよ?」

葵:

『あー、んじゃ、誰かヒーラー付けよっか』

スターク:

「うげっ。ただでさえ少ないのに、一枚はがすの!?」

アクア:

「私の〈慈母のアンセム〉があれば平気よ」

ジン:

「だな。スターク、一緒に来いよ。ユフィと先生がいりゃなんとでもなるだろ」

スターク:

「……ボク、みんなと一緒がいいなぁ~」


 疲れそうだから嫌だという態度がまったく隠せていない。


ユフィリア:

「それじゃ私かな?」

ジン:

「……んー、そうだな。久々にデートしような」

ユフィリア:

「うんっ!」

ニキータ:

「デェト……?」ゴゴゴゴゴ


 顔が怖い。ニキータさんの顔が怖い。無表情なのに顔が怖い(大事なことなので3回)


アクア:

「貴方はダメよ。私と一緒じゃないとサブ職の訓練にならないでしょ」

ニキータ:

「で、ですが……」


 彼女が一緒に行こうとしていていると、先んじてアクアがダメ出ししていた。一瞬で困り果てたような弱々しい表情に変わって、ホッとする。


シュウト:

「というか、……僕も向こうがいいなぁ」


 3人でヒリヒリしながら戦うのとか、とても面白そうな気がする。経験点的な意味でも美味しそうな気がするし。


葵:

『シュウ君はダメだね。君が抜けちゃうと本体チームが負ける可能性がでてきちゃうでしょ。5%ぐらいだろうけど』

アクア:

「そのぐらいかしらね……?」


 ルール違反の人が抜けるのだから、そんなに戦力を割けるはずもない。そもそもレイド級のドラゴンをジン抜きで戦って勝たなければ(勝たせなければ)ならないのだ。こちらはこちらで歯ごたえは抜群だろう。


ジン:

「こっちは2人でいいぞ。というか、デートだし邪魔者はいりません」きっぱり

ニキータ:

「やっぱり、いくらレイドゾーンだからって、2人っきりは認められません。断固反対です!」

Zenon:

「普通、2人きりじゃ死ぬはずだけどなー」

バーミリヲン:

「そういう意味では言ってないな」

葵:

『あたしも向こうを見張るつもりだけど、時間制限があるからニャー。んー、……そだ。マコちんならいいじゃん』

マコト:

「えっ? へっ?!」

葵:

『いいっしょ? いや、さすがのジンぷーでも、ちょーっとハンデになっちゃうかもだけど~?』

ジン:

「バカ野郎。マコトの1匹や2匹!ハンデになってたまるか ボケェ!」


 さすがはグランドマスター・葵。巧いことジンを言いくるめて話しに乗せてしまっていた。というか、半分はマコトを『ハンデと認めたくない』のがジンの優しさだったりするのだろう(そもそも連れて来なければいいのに、といった話はここでは考慮していない)


ジン:

「とりあえず昼飯の頃に待ち合わせすっか」

シュウト:

「そうですね。じゃあ、ゴーシャバッハの方で。何かあれば連絡します」

ジン:

「わーった。……うしっ。いくぞ、マコト!」

マコト:

「うそっ!? うそですよね? 隊長っ、たいちょー!?」

シュウト:

「正直うらやましいよ、マコト。がんばれ」


 首根っこを捕まえられ、そのまま引っ張っていかれるマコトだった。せめてもの慰みとばかりに、手を降って見送った。







 ジンとユフィリアが抜けたところに、そのままエリオと英命を補充する。レイシンがメインタンクをやるのを嫌そうにしていたので、エリオに頼んでみたら、あっさり引き受けてくれた。エリオがメインタンクで、英命がメインヒーラーだ。これで2パーティー+1人。アクアが望んでパーティー外になっている。


 色とりどりの〈竜牙兵士〉との戦闘を幾度もこなした先で、ドラゴンと戦闘に入った。しかし、遭遇戦ではない。ジンのようなミニマップ能力はないが、アクアには特別性の耳がある。


アクア:

「たまたま襲われました。自衛のためにやむなく戦いました。……そんな話は認めないわ。私達は狩るのよ、ドラゴンを」


 能動的・積極的・攻撃的な、戦闘。一方的で一方向性のコミュニケーションとしての、戦闘。僕らはドラゴンを殺すべく、殺す意思をもって襲いかかった。

 結果、辛くも勝利した。……いや、誰も死ななかったし、時間がそれほど掛かった訳でもない。ジン抜きで挑むドラゴン殺し。それはギリギリの攻防だった。本来ならフルレイド24人か、それ以上の戦力でもって臨むべき巨大モンスターだ。勝因はアクアだった。間違いなく、彼女が僕らを勝たせてしまった。


 援護歌で戦闘力を大幅に引き上げられ全員プチ超戦士へ。それでも全能感でイケイケ状態だったのは始めのうちだけだった。段々と『重くなって』いく。ドラゴンに『気付かされる』。僕らは、見られていた。ジンがいないというのは、そういうことだった。ドラゴンを相手にしてダイレクトに自分たちが、自分たちで、向き合わなければならなかった。普段、使っていない感覚まで総動員する。戦士としての感覚が研ぎ澄まされていく。精神的な押し合いで負けまいと必死で武器を振るった。

 何度も戦って、何度も倒して来たのに、まるで始めて戦っているみたいな気持ちになる。良く知っているはずの、見知らぬ敵。本当に勝てるのか?とわき起こる不安。いつ終わるとも知れず、失われる時間感覚。無駄な努力をしているのではないか?という徒労感がのし掛かってくる。


 終わって見れば圧勝。しかし、勝利の実感は無かった。たまたま、勝ちを拾っただけ。喜びは薄く、まるで負けたかのような疲れだけが残った。


ウヅキ:

「勝つには、勝ったが……」


 ウヅキのつぶやきは、アクアを除く全員の意見を見事に代弁していた。

 勝つには勝ったが、こんなのを何戦も続けるのは無理だった。勝てるだけの理由も道理もありはしない。


バーミリヲン:

「居なくなると、よく分かるな」

シュウト:

「そうですね(苦笑)」


 ジンの存在の大きさが身に染みて理解される。ジンかアクアのどちらかが一緒ならば、こうしてドラゴンを倒すことはできる。しかし、得られる経験の質はそれぞれ異なっていた。


アクア:

「リディア、パーティーのMPを均しなさい」

リディア:

「は、はい!」


 回復時間をコントロールするために、MP残量を平均に(なら)す作業をするのだ。最もMPが減っているメンバーはだいたいのところアクアで、これには彼女の個人的な事情が絡んでいる。

 もともと〈吟遊詩人〉は援護歌を増やすごとに最大MPが減少することになる。アクアのスタイル『レギオンディーヴァ』は、2種類を越える永続式援護歌を駆使するもので、2種類を越えて援護歌を増やせる。そのため、アクアの最大MP値はかなり少なくなってしまうことになる。援護歌以外の特技は彼女にとっては本当に貴重な切り札なのだ。僕は呪歌などの特技を使うところをまだ見たことがない。アクアはより戦略的な立ち回りをする。勝つべくして勝つために、準備を怠らないタイプだった。


 そんなアクアだが、戦闘が終了すれば、不必要な援護歌を停止させるので、最大MPは元値に近づく。MP自体はそのままなので、差分が減少値になる。しかし回復させても、また次の戦闘になれば減ってしまうため、放置しているのだった。

 (余談だが、援護歌使用による最大MP減少時の『MP放出』を利用しているのが『タンブリング・ダウン』ということになる。最大威力のタンブリング・ダウンは、セブンヒルの戦いで見せたような超威力になる)


 戦闘終了後は、HP回復効果の〈慈母のアンセム〉、MP回復効果の〈瞑想のノクターン〉、特技の再使用規制を短縮する〈猛攻のプレリュード〉を残すのが基本になる。

 通常は2種類までなので、〈瞑想のノクターン〉を使って、後はどちらを優先するか?という形になる。

 MPは特殊な例を除けば、自然回復+援護歌の作用でしか回復しない。従って、HPを回復させるのにMPを使って回復魔法を掛けるかどうか?はその日の目的や条件によって左右される。戦闘回数が目的の効率重視であれば、メンバーやビルド・戦術との兼ね合いで再使用規制タイマーの加速を優先する場合もありうるからだ。

 つまるところ『ほっといてもHPは自然回復するじゃん』ということなのだが、〈大災害〉以後は回復呪文の使用を渋ると人間関係的な要素に影響するようになった。『痛い』とか『痛そう』といった心理が効率うんぬんより優先されるためだ。……もう少し擁護すると、(囲まれてでもいない限り)動かなければ遭遇戦(エンカウント)が発生しない、といった常識が失われた。HPの回復を時間任せにした結果、気付かぬ間に襲われて死んでしまえば、今度は蘇生の手間を掛けることになり、全滅の憂き目にあうことを意味する。

 ギルドなどによって態度は異なるが、MPの回復時間は延びるけれど、さっさとHPを魔法で回復させてしまって、特技タイマーを進めた方がいい、という辺りに落ち着くのではないだろうか。


 アクアの場合、3種類でも4種類でも同時に援護歌を使える上に、『リゾナンス』を駆使している時はその威力も桁違いになる。

 ただ、特技タイマーを高速で回しすぎると、妙な疲労感を残す結果になる。これはHPやMPと関係ないため、ぐっすり眠るなどしないと回復しない。

 ドラゴンに打ち勝った僕らのテンションが妙に低いのは、プチ超戦士になった反動もあったのかもしれない。


シュウト:

「そろそろ、行きましょう」


 普段より長めの休息を終えて、歩き始める。少なくとも昼までに約束したポイントにたどり着かなければならない。距離を考えると、あと1度ぐらいはドラゴンと戦うことになりそうだった……。







 かなり引きずられ、隊長たちのチームが見えなくなったところで解放された。走って戻れば、まださっきの辺りにいるだろうか?……そう考えてみたものの、戦闘になれば死んでしまうだけだ。もう、このままでいるしかなさそうだと涙ながらに諦める。


ユフィリア:

「マコトくん、大丈夫?」

マコト:

「あんまり大丈夫じゃないですけど……」

ユフィリア:

「そっかー。でもジンさんがいるから平気だと思うよ」


 話しかけられてしまった。やっぱりもの凄い美人だ。意外にもフレンドリーというか、気さくな人でもあった。子供みたいにニコーッと笑いかけてくれる。いわゆる『好きになってはいけない人』だと分かっていたけれど、憧れるまでに10秒も掛からなかった。


マコト:

(ユフィリアさん、キレイだなぁ。ゲーノージンってこんな人のことをいうんだろうなぁ)


 テレビなどでみる芸能人よりずっと綺麗だと思った。〈エルダー・テイル〉の世界ではみんな美人になるというけれど、この人ばかりは別格だ。アイドルよりもアイドルだった。


ジン:

「さぁ、行くぞ。……見とれてるなよ、少年?」

マコト:

「は、はい……」


 あっと言う間に好きになってしまったのがバレたのか、見咎められ、怒られたのだと思ったが、別にその後は何も言われなかった。


 サポートメンバーになりたいと言ったら、唐突にレイドゾーンに連れてこられ、みんなでレイドしていたと思ったら、なぜか3人で歩いていた。本当にどうなっているのか分からなかったが、どうしていいのかはもっと分からなかった。そして4本腕の骸骨みたいな〈竜牙兵士〉ドラゴントゥースウォリアーが6体も出てきたら、もうどうすればいいのかさっぱりだった。


ジン:

「1撃でいい。離れてダメージを入れろ」

マコト:

「は、はい!」

ユフィリア:

「槍じゃない方がいいかも、だよ?」にこっ


 ジンさんのタウンティングを待って、ユフィリアさんが魔法攻撃。命中した敵にジンさんが仕掛けて、一撃で倒していた。続く敵に攻撃するが、今度は倒せない。反撃を盾で防ぎ、金色の骸骨が技を繰り出そうとした瞬間に背後に斬り抜けて打ち倒していた。


マコト:

「〈飯綱切り〉!」


 自分の放った赤い斬撃波がどうにか命中した。その敵を狙ってジンさんが攻撃して倒していた。どうやら1撃では倒しきれないらしい。腕の多い〈竜牙兵士〉は反撃技を使ってくる。1撃で仕留めないと反撃でダメージを受けてしまうのだろう。


マコト:

(1撃でいいって、そういうことだ!)


 ある程度のダメージを与えれば、あの青い特技で倒せる。敵は残り3体。ボクは前に進み出ていた。


ジン:

「ばっ、無理すんな!」

マコト:

「〈螺旋風車〉!」


 槍専用技で自分の得意技だった。槍を回転させてから突きを放つ。3体にまとめてダメージを与えるのに成功した。


マコト:

「やった!」


 直後に一番近くの〈竜牙兵士〉に反撃を受ける。一撃ぐらいなら必要経費だろう。


マコト:

「ぐあぁっ!?」


 4000点越え。5000点近いダメージに吹き飛ばされる。HPの半分近くをたったの一撃で削り取られていた。ジンさん達があっさりと倒しているから想像すらしていなかった。まさか、こんな強い敵だったとは。

 改めて自分が『レイドゾーン』にいることを再確認した。強烈な洗礼だった。

 

ジン:

「〈スタンドアウト〉! オラオラッ、掛かってこいや!!!」


 割り込むように仁王立ちで叫んでいた。3体に襲われるが、1体に素早く寄って攻撃を限定していた。キチンと防御してダメージを受けないようにしている。その後は1体ずつ丁寧に始末していた。


ユフィリア:

「痛かった? 大丈夫?」

マコト:

「大丈夫、です……」

ジン:

「がんばったな。根性、あるじゃないか。意外と周りも見えてるようだし」

マコト:

「いえ、それはたまたまで……」


 ドラゴンじゃないから油断していた。逆に油断していたから、動けていただけとは言えなかった。


マコト:

「あの」

ジン:

「なんだ? どうした」

マコト:

「どうしてボクを、連れてきたんですか?」

ジン:

「どうして? ……サポーターを志願してたろ」

マコト:

「でも、サポーターになるのを辞めさせようってことですよね?」

ジン:

「うんにゃ? 別にそんなことは考えてないけど……」

ユフィリア:

「そうなんだ?」


 ああ、どうしよう。ジンさんがあんまり考えてなさそうな気がしてきた。シュウト隊長、助けて!


ジン:

「まぁ、アレだ。俺たちが何をやってるのかとか、ちゃんと教えとこうと思ってな。どうせやるなら、ちゃんとサポートする方がやる気でるだろ?」

マコト:

「…………」

ジン:

「どうした?」


 頭に手を乗せられる。ちょっと重たい、けれど、あたたかい大きな手だった。


マコト:

「ボクは、弱いので」

ジン:

「ふむ。弱くなかったらいいのか?」

マコト:

「でも、向いてないと思うので」

ジン:

「どうしてそう思った? ……いや、この話の展開のさせ方は、説得っぽくなるなぁ(苦笑)」


 ボクは、説得して欲しかったのだろうか。ただ、何か意見を言って欲しかった。そんな気がした。


ユフィリア:

「んー、マコくんって、サポート係がやりたいの? それとも弱いって思ってるから、サポート係じゃなきゃダメなの?」


 核心部分をズバッと貫かれる。普段はぼんやりしてそうなのに、見抜かれているような気がして、ユフィリアさんが少しばかり怖くなった。


ジン:

「まぁなぁー。弱いのを理由にしてたらサポート係もやれなくなるかも。なんでもかんでも『向いてない』とか『才能ない』なんて言ってたらキリねーぞ?」

マコト:

「それは……」

ジン:

「少なくとも、弱けりゃサポート係行きとか、俺は言うつもりないからな。 それだとサポート係やる人間はザコってことになっちまうし。……だいたい、星奈とかは果てしなく強いぞ? 戦闘の強さはともかく、あのにゃんこはガッツの塊だね」

ユフィリア:

「うん。がんばってるよね」


 そういえばいつもがんばっている気がした。〈カトレヤ〉に入ったばかりの頃は、一時的にもっと大勢の人が居た。ずっと働き詰めなのに、それでもまだがんばろうとしていたぐらいだ。


マコト:

「だけど、戦闘で弱かったら、サポートに回るしかないと思うんです」

ジン:

「メインタンクをやれとは俺も言わんよ。だが、サブタンクだって立派な役割だと思わないか? 結局、誰かがやらなきゃならんのだし。それに、強くなりたいなら手を貸してやれるんだ。本当は、強くなりたかったのか?」

マコト:

「強く……?」

ジン:

「例えば〈D.D.D〉ぐらいの規模があったら、ギルド内でランキング形式にして、競争させて水準を高めるって方法もあるんだよ。でもそれって、向き・不向きを選別してるだけなんだよな。強い奴は強くなれる。でも弱い奴はずっと弱いままだ」

マコト:

「はい」


 ランキングを駆け上がれたら、きっと気分がいいだろう。けれど、蹴落とされる側の立場からすれば面白いはずがない。才能のある新人が入ってくるのは単純な驚異であり、恐怖だろう。自分よりも若い、でも才能のある新人に怯えて生きていくぐらいなら、ランキングに関わりたいとは思わない。


ジン:

「俺はそれは好かん。選べない何かはある。個人差だってある。それを認めた上で、できることは必ずある。弱いのも、諦めるのも、別にいい。でも弱いから諦めなきゃならない、は違う」

マコト:

「それは……」

ジン:

「クラスの差はあれど、使っている体は同じだ。才能の差は肉体の差ではないんだ。だったら、才能はどこにある?」

マコト:

「はぁ……?」


 考えたこともなかった。肉体に素質の差はない。だからそれを言い分けに使えないのだ。だったら性格の差が才能の差ということなのだろうか……?


ジン:

「弱さ一つとっても、傷つきたくないのか、傷つけたくないのかでまるで違ってくる。倒す強さもあれば、護る強さもある。お前が何を望んでいるのか、それをしっかりと見極めることだ」

マコト:

「……考えてみます」

ジン:

「少なくとも、お前の限界はお前の考えているのよりも、遙か遠くにある。それは間違いない。ごめんなさい、こんなに強くならなくても良かったんです、と言いたくなる程度には強くなれるだろう」

マコト:

「…………」


 ギルドの偉い人たちが親身になってくれるのが嬉しかった。努力すれば強くなれる、と言われたのも嬉しかった。自分はどうしたいのだろう?と、もう一度考える切っ掛けになった。


 が、この後でドラゴンとの遭遇戦になり、現実を思い知ることになった。


マコト:

(無理っ! 絶対、こんな風になれないよ!!)


 ジンさんがほとんど独力でドラゴンを倒すのを見て、人間ってここまで強くなれるんだなぁ、と他人事のように思った。確かに、ここまで強くはなれないだろう。けれど、努力すればもうちょっと強くなるぐらいは可能な気もしてきた。あまりにも強すぎて、自分の感覚がおかしくなってしまった。


ジン:

「もうひと踏ん張りだぞ」

マコト:

「はい!」

ユフィリア:

「マコくんも、おなか減ったよね~?」

マコト:

「えっ? まぁ、そうかも」


 それどころじゃなかったと思うのだけれど、たぶん、もうひと踏ん張りでお昼ご飯だと言いたかったらしいと気が付く。


ジン:

「もうちょっとの辛抱だ」

ユフィリア:

「絶対、自分に言い聞かせてるよね」

ジン:

「働き者だからハラ減るんだよ。しょうがないだろ!?」


 強くても、お腹は空くのだ。なんだろう。もっと単純なことだったのかもしれない。たとえば料理を習ってみるのもいいかもしれない。自分に出来ることはなんだろう? ――そんな風に思った。

 

 

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